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油断すると一週間があっという間に過ぎちゃうわよ

 気持ち的には昨日くらいに雑記を書いたはずなんですがもう4日も経ってる・・・信じられへん・・・役所の書類書いたり役所とハロワと前住んでたとこの役所と連絡したりウロウロしてる間に一日はあっという間に終わり,そうこうしてるうちにpixivFANBOXには見出し機能が付き,人生は終わっていってしまう,しかしゲームはちょっとずつ作ってるので次の成果発表は10月とか11月とかになると思うんですがお待ちいただけると・・・(たとえばSCE2は初版の発表までに制作丸々1年くらい,さらに追加でもう1年くらい使ってるのでそれくらいの距離感は見といてもらえると・・・)

 しかし市役所とかに行って「お金がなくて税金が払えないんです」って書類かいてるとそこそこみじめな気持ちになってきますね,これをみじめで悲しいなって思ってるうちは多分まだよくて,しょうがないか!!笑笑みたいになってくるとちょっとやばい可能性がありますね。でもいきなり30万円?だか払ってねって言ってくる国サイドにも問題があると僕は思いますよ


 徐々に爆裂していた気温が落ち着いた日も増えてきて,ちょっと外をぷらぷら出歩いたりもしているのですが,田舎はいいですね~,外人が少ないし犬とかめちゃめちゃおるし今日なんかヤギ飼ってる人を見ちゃいました,ヤギなんて動物園でしか見たことないからびっくりしちゃった,毎日のどかやね~。こないだはイノシシが爆走してますってニュースが流れてたみたいです。

 しかし田舎の時間感覚は一週間が一日くらいのスピードで過ぎていくのでほんまに気合をバシッと入れないとアカン! 一分一秒を大切にしていこう! そんな感じで今週もよろしくお願いします。


生まれて初めてボウリングをちゃんとやったわよ

 引っ越し祝いとかで遊びに来てくれる友人がちょいちょいいるんですが,「なんか娯楽ないの?」って聞かれたときに,「セカンドストリートを見るかデパートを散歩するか100均とホームセンターを散歩するくらいしかない,パチ屋は潰れた,あと駅前にボウリングがあるけど俺はやったことない」って答えたらボウリングをやることになりました。

 

 地元に昔ボウリング場があって,今は更地なのですが,物心つく前にみんなでボウリングをやりにいった記憶はあり,そこで僕はボウリングをしないでスペースインベーダーDXのパロディモードをめちゃ遊んでいた記憶しかなく,その次は昔地元に潰れてるのかわからないボウリング屋があって入ってみたらお客さんが来たなら電気つけるね~ってボウリング場に電源が入って,そこにめちゃめちゃレトロなゲーム機がいっぱいあって「え!すご!!笑笑」って思いながら片っ端から制覇した記憶があるくらいで,ほんとにボウリングやったこと全然ねえな~と。なので1から教えてもらいながらやりました。自分の意識をもって体を制御するのって結構面白いですね。


 これは人生初のストライク,腰が全然入ってない

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 ボウリング,ちょい場代が高いかな~(靴代込みで1ゲーム5~600円くらい)って印象はあるのですが,1500~2000円くらい払うことで1日分体動かすのは面白かったです,もうちょい思い通りにボール転がせるまでやってもいいかな~とは思いました。


 これが初ボウリングのスコアです,徐々に慣れてきて最後はエネルギー切れで力尽きてる感じがしていいですね。こういう経過みたいなものも含めて見れるのはおもろい。いつも言ってるけど,ゲームって外野も面白くあってほしいし,細かくゴーストが見れることでどんなプレイをしたかがある程度追えるんですよね。感想戦というやつ。


スマホゲーのシナリオを書く

 今回,縁があって「毎日こつこつ俺タワー」の季節限定イベント「ハイパータピオカンデ」の本編テキストを書かせていただきました(今週ちょっと作業が停滞気味だったのはこれの影響もあり・・・)。

twitter post: 1296371719842619394

 俺タワーは「建設機械や工具の擬人化ゲーム」で,艦これに端を発するクローンゲームの中では比較的,というか艦これより好きで,ブラウザ版は一度サ終してしまったところから不死鳥のごとく蘇ったのですが(不死鳥は不死だから死なないのでは?),再開直後はIPの使い方がよくなくて(婉曲表現)足が遠のいておりました。

 それから3年,初期の面影を残さないすっかりまともなゲームになり,新キャラもバシバシ投入されてやる気十分といった感じで,そういうやや追い風の状況にある俺タワーに,1ファンだった僕がこういう形で好きなIPに足跡を残せるのは素直にうれしいな~,とか思います。スポット参戦なのでお仕事履歴,というほど立派なものではないのですが,でもこういうのに関われるのは素直に嬉しいですよね。


 実は前年の「一攫千金! 海の家」でも少しだけテキストをやらせてもらっていたのですが,今回はメインシナリオの部分をガッツリやらせてもらえたので喜びもひとしお。イベントは前後編にわかれていて,今からでも全然乗り込めるので,興味があったら是非遊んでみてくださいね。そんでバシバシ課金してくださいね。ぼくには1円も入りませんがサービスが続くとうれしいので・・・


 シナリオの内容についてはまだ後編が配信されていないこともありますし,ぼくが言えることは特にないのですが,スマホゲーのシナリオはユーザーの手ごたえがすごいライブ感を伴って伝わってくるのでやりごたえあるな~,と思いました。その代わり負荷もめちゃくちゃ高い。メンテ明けから一斉にユーザーが感想をつぶやき始めるので,自分の仕事がどういう立ち位置に収まったか知りたくて,コミュニティを追ってたら2日くらい経っちゃったのもあります。

 なんやかんや言ってキャラクタービジネスですから,ぼく自身がいくら作品が好きとはいえ,その好きさを独り占めしたり私的利用するわけにはいかないし,とはいえキャラクターの愛着にも正直差があるのは否めません。そんな中でバランスをとるのは運営さんのお仕事で,足りない部分に加筆してもらうことでちょうどいい落としどころにサービス感ある内容になってるのは巧いですね。


 そんな感じで,評判が良かったらまた書かせてもらえるかもしれないので,プレーよろしくお願いしま~す。ぼくはウォーターポンププライヤーちゃんが好,好きなんだな。


聖地化の主従逆転

 ぼくが今住んでるところってヤマノススメってアニメ(それ自体はあんま見たことないので何とも言えない)とコラボしてるらしくて,駅前のそこかしこにポップが立ってたりキャラが居たりするんですけど。ぼくは聖地化を後押しすること自体は町の方針だと思うので自由にすれば良いと思う反面,聖地であることを守るために聖地がファンに呼びかけるのは逆じゃねえかなあ。

 っていうのも,なんか単にソフトクリーム食べたいなぐらいのノリで知人とアイス屋に入ったら,オタクみたいな身なりだったからかオタクみたいな話をしてたからか知らないんですけど,店長さんがめちゃめちゃヤマノススメの話してくるし,店内の見所紹介みたいなんしてくるし,いや~息苦しいッス~って正直思ったんですよね。

 挙句に「私のTwitterをご存じではない?」「しろ先生(ヤマノススメの原作者)の書かれていったイラストはこれ!!!」みたいなリロ殴りとかされて,ただ涼みたい+アイス食いたかっただけなのに,店長の雑談につきあわされてTwitterまで見せられてどんな顔して帰ったらいいねん・・・という感じの空気になっちゃったりとか。

 べつにそれを求めてる人にそれで返すのはいいんですけど,おれはただの地元民ですからね。ぷらぷら散歩したついでにアイス食おうと思って店に入ったら「ココナちゃんが食べてたアイスだよ!!!おすすめはコレ!!!」って凄いあおり運転されてしまい,注文する前から濃いくて疲れてしまった。田舎っぽい距離感なのかもしれないんですけども,気疲れするな~と。あんま知らんけどヤマノススメって飯能とタイアップしたアニメなんですかね? 富士山とか登ってた気もするので,別に特定の地元に土着してるということはないと思うんですが・・・(調べたら,いちおう主役が住むのが飯能市らしい)

https://www.city.hanno.lg.jp/article/detail/3548/


 まあそれは置いといて。町の一個人の店がキャラ人気・作品人気に乗っかって我が物顔するのは何やねんとか結構思うところがあるんですよね。もちろん外部からはあずかり知らぬ事情があるのかもしれないし,持ちつ持たれつな側面があるのかもしれないんですけど,とは言えあんな営業でグイグイ来られたらとにかくしんどい。ぼくが営業トークが単に嫌いなだけかもしれないですけど。ガールズバーとかメイドカフェとか行ってもなんか「う~ん」って思ってしまうので。自然体あれかし,みたいなのは理想論であり,現実を見たら使える武器は全部使うというのが正しいのかなとは思いますが,なんかモヤモヤしちゃった週末でした。


感想って何論みたいなやつ

 いや~賑わいますね,感想論。ぼくなんかは,感想が欲しい時には自分から聞きに行くので,感想が来ないよ~って泣いたりはあんましない方なのですが,でもまあ感想が来ないと暗闇に向かって剣振り回してる感覚は出ちゃいますよね。

 FANBOXはじめたての頃も「感想がぜんぜん来ないんだがなんで!? やばいこと書いてるか!?」って思ったんですが,べつに特になんも言うことないのは良いことだと思うのかな!? ならいいか! って開き直ることにしました。あとみんなの前で名前出るのが嫌とかって人もいるらしいですし。ゲームの感想とか聞くときは匿名OKにしてるのはそこらへんの事情がありますかね。そうするとちらほら必要な言葉が集まるので助かるな~って感じで。


 感想を強要したり,感想を書くことを強要することってやっぱ感想がなんであるかという本質からズレてしまうと思うんですよね。昔ぼくがツクスレにいたころに,いずこともしれず,彼とも彼女ともわからないコテハンがある日「ツクスレに投下されるゲーム全部に感想を書く」ってことをし始めて,見たまんまをそのまま言う,消化試合みたいな感想に皆イライラしてたりしたんですけど。

 感想を書く,書かせることが目的になると,こういうまじで小学校の読書感想文が出てくるんですよ。出てきたものをそのまま書きうつして,そうですねって言う内容の。そんなもん貰ってうれしいやつがおるんか? って言いたいんですが,実はいるんだよな・・・(だからキャバクラとかがなくならないわけで・・・)。

 感想を真剣に求めている人って,たぶん「感想が正しいものであるかどうか」はあんまり気にしてないと思うんですよね。自分の創作を「どう解釈して,どう自分の言葉で表現しようとしたのか(自分の心の中に,どういうカテゴライズで収納したのか)」を知りたいんじゃないかなと。前に話した気がするんですが,ぼくは遊んだ個人製作のゲームが真剣に面白いなと思ったらけっこうメールで感想を書く方なんですが,多くはとくに返事をくれなかったり通り一遍の返答をさせてしまう(これはつまり「感想を求めていない」というアピールであると思うので,悪いなと思っている)のですが,たまにすごく熱量のある返事を直接くださることがあって。

 それらは,正しいか間違いかという部分は水物,つまりただ単に解釈の相違でしかなく,そう表現するに至った過程であるとか,作品に込めた思いを語ってくれるのがめちゃめちゃうれしいし,勉強にもなるんですよね。すくなくとも,作品という表層の部分を見たときに得た感情は,作者の想定したものと違ったり正しかったりというのはあるかもしれないんですけど,もっと根っこの部分で,「他人の思想を言葉として引き出す」という,ものすごい心のつながりを感じるというか。

 そして,それらの言葉をくださる人たちは,一様に「製作者の込めた想い自体は,プレイヤーには関係ない」って仰られるんですよね。


 おそらく,「感想を求める」というのも,そういうことなのかな,と思います。


 ぼくもゲームを作っていく上で,めちゃくちゃ傷つくようなショッキングな文句を言われるようなこともありますけど,しかしその多くは「的を射ている」という意味でもあるので。わけわからん攻撃するための攻撃とかに心を痛めるフェーズは,あるタイミングでみんな乗り越えるか,乗り越えられなかった人から死んでいく仕組みになっているのは悲しい世界だなとは思いますが。とりあえず褒めようとしてるな,みたいなのってすぐわかりますしね。書いてあることそのまま読んでるだけだから。それと同様になんも自分の言葉を持たないまま逆張りしたいだけかなみたいなのも同じくらいしょうもな,と感じる,みたいな。


 他方,傷つく発言やら創作やめろみたいなやつが響いて,結果的に創作者がペンを折ることを一概に良い悪いとかは語れなくて。たとえばぼくなんかは,創作で生きていくほどの稼ぎはないし,熱が入りすぎちゃうと仕事そっちのけで自分の創作に打ち込んでしまうので,「ぼくと,ぼくにかかわる人の人生」を考えるのであれば創作のペンをぶち折った方が社会のためになるんですが,でも「ぼく自身の幸福」のためを考えるとナニクソって言いながら創作する方がいいよね~とか。


思想的自由さと他人の権利の侵害とSNS

 少なくとも豊かさは自由の一部であって,自由であるのは良いことだし,そこに様々な論理や倫理があるのってめちゃめちゃ多様性があり面白いので,ぼくはそういうのを積極的に差別していく面はないとは言い切れないんですよね。同調することは異分子が漂っている状態を善しとしないので。


 アニマルライツとかビーガンとかジェンダーレスみたいなのも,ぼくは個人の主張としては全く自由だと思うし,そういう学問に触れると「確かに理屈は通っている」って感心するんですよね。結構主義主張としてはいろいろ複雑で,「自分に関係あること/関係ないこと」と「関係の有無がポジショントークに説得力を生むこと」はベツだったりするのでまたむずいよね~とか。ぼくは中卒で倫理とかカラッキシやってなかったので,そういう本を何年か前にまとめて買って生兵法したんですが。最近だと,前もいったんですけど「ここは今から倫理です」めっちゃいいので,4巻まとめて買いましょう,学論や引用じたいには手あかがついているんですが,まんがの本質ってやっぱまんがが面白いことと主人公を引き立てる鏡の存在だな~と思います。


 それで言うと動物倫理は「あにまるえしっくす」さんがすごく勉強になりました。実際に様々な側面から学問を学んでるわけじゃないので,この人だけ参考にするとそれはそれで中庸さを失うとは思うのですが。だれか俺にあにまるえしっくすの本買って(ハート)

https://note.com/animalethics

https://animalethicsnaeyub.wixsite.com/amr3/web%E3%81%BE%E3%82%93%E3%81%8C


 背理法の端的なことばの表現では「たびしカワラん!」の序盤のこれがずっと響いていますね。漫画やゲームが何かを教えてくれるということはありえないと僕は思っているのですが,知らなかったものを漫画やゲームで知るきっかけになることは全然あると思います。

 しかし,自由さって,個人の自由さを認める反面,それは他人の権利を侵害していいって事じゃないんですよね。コロナの話とかもそうなんですが,「マスクを着けない自由を侵害している」って言って徒党を組んで反発するのは,安寧に生きたい他人の権利を侵害しているということにもなるので。

 

 そういう話で言うと,ビーガンとかレイシストとかジェンダー論者とかアニマルライツとかの類の過激な人達が大騒ぎして嫌われるのは,「オタクwwwキモwww」って10~30年くらい言われ続けてた状況と変わらんっちゃ変わらんのですよね。そして論理や倫理を学問として語るということは,twitterやfacebookみたいなSNSでフォロワー数やRT数を増やすのとは全く関係ないところに目的があるので。だからオープンなSNSを言論の場にしている人を信用できないというのもありますね。何の意味もない(自由にかさまし可能な)数字がノイズとして引っ付いてくるのはちょっとね。そして論理や倫理を背負って立つということは,完全に正しい存在になりえない,ということでもあるわけで,特定の倫理や論理を崇拝することで起こる欠損は(自分の選択で掴み取った弱者の部分は)受け入れつつ話を進めんかい,と思うんですけど,どうですかね。多数派になって強い派になりたいだけで弱い側についてるだけでは? って思われるのが,倫理の最たる論理の欠陥なのではないでしょうか? って。

 ナチスがユダヤを迫害してた頃にあなたはどうのこうのみたいなコピペがありますけども,ナチスはかなりわかりやすい結果として有用な反面,ナチスを使うこと自体に忌避感があってどうのこうの,ってのも「ここは今から倫理です」で言ってたな・・・



 くそ~だめだ! 長くなりすぎた! 非公式翻訳の持つ二次創作のファンコミュニティの在り方みたいな話も温めてるのに一生書き終わらねぇ! また今度やろう! みんなも読んでくれてありがとう! 聞いてくれてありがとアロエリーナって若い世代の子に通じなくてこないだ落ち込みました,みなさんは元気ですか? ぼくは「エアコンで部屋が涼しくても壁と床と天井と窓が熱いからトータルで体調悪いな・・・」って思っています,それではまた今度!!


(Twitter)


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