巨人整骨院 (Pixiv Fanbox)
Published:
2024-02-01 09:37:11
Edited:
2024-02-02 13:58:47
Imported:
2024-05
Content
「ここか……」
俺は、スマホの地図アプリが指し示す、目的地の巨大な建物を見上げて呟いた。
巨人サイズの巨大な建造物。看板には「トウキ整骨院」と書かれている。
俺がここに来たのは、デスクワーカーの俺が最近極度の背中の凝りと痛みに悩まされていることを人間の同僚に話していたのがきっかけだった。
偶然その話を聞いていた巨人の上司が、腕のいい整骨院があるから行ってみたらどうだ、と紹介してくれたのだ。
『巨人の院長一人でやっている小ぢんまりとした整骨院だが、人間への施術も対応している、いい腕の整骨院だぞ』と巨人の上司は話していた。
俺は目の前に建つ建物を見上げたまま思う。
小ぢんまり、というのは巨人の尺度での話だったようだ。人間の俺から見れば扉ですら途轍もなく大きい。しかし、巨人用出入り口のすぐ脇にはちゃんと人間用の出入り口まで用意されていた。それも、エレベーターの入り口になっているようだ。
「よし、じゃあ入るか」
上ボタンを押してエレベーターに乗り込む。
エレベーターは、駅でもよくあるようなタイプで、今入ってきた扉の向かい側にも扉がついている。
上昇した後、向かい側の扉が開き、俺は建物の内部へと足を踏み入れた。
「こんにちは!初めての方ですか?」
エレベーターを出てすぐのところに人間サイズのカウンターがあり、若い人間が元気よく挨拶してきた。
「はい。知り合いに紹介されて初めて来ました」
「かしこまりました。ではこちらの問診票に記入いただけますか?」
と言って、クリップホルダーに挟まれたA4サイズの問診票を差し出した。
俺は手早く住所や年齢、痛む部分等を書き込んで人間スタッフに渡した。
「ありがとうございます。それでは順番にお呼びしますので、あちらの待合席でお待ちください」
人間スタッフは手で人間用座席がたくさん設置されている一角を指した。
基本が巨人サイズの建物だからか、人間用の待合スペースもかなり広く作られているような感じがする。
それに幸いなことに今は人間は誰も座っていない。
「わかりました」
俺は人間スタッフに会釈してから座席の方へと向かう。
俺は人間用待合の椅子に腰を下ろした。そして、何の気なしに巨人用待合座席の方をボーっと眺める。
壁の一面は、たくさんの写真や色紙で埋め尽くされていた。
写真には、大勢の巨人のラグビーの選手たちが笑顔で写っていた。あまりラグビーに詳しくない俺でも名前を聞いたことのある名門校のユニフォームを着た巨人達の集合写真で、色あせた古いものから最近貼られたであろうものまで、さまざまだった。
それに色紙には「院長のおかげで、大会で優勝できました!」「院長の治療がなかったらラグビー続けられてたかわかりません。本当にありがとう」といった寄せ書きがびっしりと書きこまれていた。
なるほど、まだ姿も見ていないが、ここの院長はかなり慕われているようだ。そういえば、ここを紹介してくれた俺の上司も学生時代はラガーマンだったと話していたな、と今になって合点がいった。
人間用待合席には俺一人しかいないが、巨人用待合席には俺が来るより前からひとりの巨人が座っていた。こちらも一目でラガーマンだと分かるような風貌で、大学生ぐらいのようだ。筋肉の上に脂肪が乗ってるような、がっちり感とむっちり感がある肉体。赤と黒のユニフォームに身を包み、足元にはでっかいスポーツバッグを置いて、スマホをいじっている。
『ヤスハル君、施術室入ってきていいぞー!』
突然、部屋の奥のほうからそんながなり声が轟いた。今のが院長の声だろうか。
『うっす!よろしくお願いします!』
ヤスハルと呼ばれた大学生巨人がパッと顔を上げて腰を浮かせる。その立ち上がった全長は普通の巨人よりも頭二つ分くらいは高いようだ。それにラグビー選手らしく厚みもある。うちの会社でも巨人社員は多いので巨人には見慣れているが、現役スポーツマンのガタイにはなかなかに迫力があった。
彼は、俺の前をズシン、ズシンと重い足音を立てながら通過し、施術室に入っていった。
『どう?腰の調子は』
『う~ん、そうっすね。大分良くはなってきてるんすけど、やっぱり練習中まだちょっと違和感があるような……』
施術室の中からそんな会話が聞こえてくる。
『そうか。よし、分かった。じゃあ今日はちょっと本格的に施術してみよう。ちょっとキツいかもしれないが、腹ぁくくるんだぞ?』
『う、うっす。お願いします』
『よし!じゃあまずはうつ伏せになろっか』
俺は興味本位でそっと施術室の中を覗いてみる。
ここからだと柱なんかであまり詳しくは見えないが、ヤスハルがベッドの上でうつ伏せの姿勢になっているのがわずかに見える。先程目の前を通った分厚いその身体が横たわっている様子は、まるで山のようだった。
そんなヤスハルの横に、白い半袖のケーシー姿の巨人が立っている。こちらに背を向けているので顔は見えないが、あれが院長なのだろう。
『それじゃあ、まずは軽く揉むからな』
『はい、お願いします』
院長がヤスハルの肩あたりに両手を添えた。それから力を込めて、肩回りを揉みこんでいく。大きな掌の付け根が、大柄な巨人の身体を揉み解していく様はなかなかに圧巻だ。
『よぉしそろそろ腰のほういくからな。痛くても我慢するんだぞ?』
『うっす』
今度は大きな親指がヤスハルの分厚い肉体の腰に添えられ、グイっと揉みこまれていく。
『イ、イデデデっ!』
ヤスハルはうめき声をあげた。
『ほら我慢しろって言っただろ!』
『で、でも、いででっ!』
『ほらほら、次の試合までに治したいんだろ?』
『う、うっす!』
『よーし!じゃあがんばれ!』
院長は情け容赦なく腰回りを再び揉みこみはじめる。
『……っうぐぅぅ……』
ヤスハルの身体が若干反り返り、歯を食いしばっている。相当痛いようだ。
俺は大の巨人が大声を上げて悶える姿に、気圧されつつも、ハラハラと部屋の中の様子を垣間見ていた。
『よーし、こんなもんかな』
院長がそう言うと、ヤスハルはぐったりと力無く手足を伸ばした。
「ほら、ちょっと立ち上がってみてくれ』
院長に促され、ヤスハルは施術ベッドからズシンと足を降ろし、立ち上がる。
『どうだ?腰は』
『おっ?あ、あれ?なんかすっげぇ腰が軽くなってる!』
ヤスハルが驚いたようにそう声を上げた。院長は得意そうに『ふふん』と笑う。
『まぁな、俺の施術は効くだろう?』
『はい!ありがとうございます!』
『まあ、これでしばらく経過を見よう。また腰が痛くなってきたらいつでも来ていいからな』
『うっす!ありがとうございました!』
ヤスハルは再び俺の前を横切っていく。心なしか足取りは入っていく時より軽くなっているようだ。
そして巨人用待合席に着くと、ズゥゥゥンと重苦しい音を立てて着席した。
『えーっとじゃあ次は……セイヤさんですね』
俺の名前を呼びながら、院長が待合室まで出てきて、その姿を露にした。
「……」
俺は初めて面と向かって見る院長の、その大きさに言葉を失った。
ヤスハルですら巨人の中でもかなりの長身だが、院長はそれを更に上回る。多分、42メートルぐらいはあるんじゃないだろうか?
ケーシージャケットに身を包んだその肉体は、あぁこの人も学生時代は絶対にラグビーをやっていたんだろうなということがはっきり分かる程だった。盛り上がった大胸筋、ジャケットの袖をパツパツにしている太く逞しい腕。まさに筋骨隆々という言葉に相応しい肉体だった。
『セイヤさんは、うちに来るのは初めての方ですね? 初めまして。院長のトウキと申します』
ニカッっと笑って院長が俺に向かって右手の人差し指を差し出しながらそう挨拶してきた。俺も立ち上がり、握手に応じる。
『えーっと、先程書いていただいたシートによると……、肩に痛みがあるとのことですが?』
院長が、人間サイズのクリップホルダーを親指と人差し指で摘まみ上げ、問診票の文字を目を細めて読む。
「はい。デスクワークが続いて、肩に負担が蓄積してしまったようで……」
『分かりました。では、施術室へ案内しますので、僕の手に乗ってください』
そう言って、院長は俺の前へとその巨大な掌を差し出す。その手は、俺がこれまで出会った巨人と比べてもダントツで分厚くてがっしりとしている。俺は少し緊張しつつも、その掌に乗る。俺が乗り込んだのを確認すると
『はーい、ではしっかり掴まっててくださいねー』
院長はズシン、ズシンと足音を立てながら進み始めた。どうやら、巨人の患者には自分で施術室へ入ってもらうが、人間は掌に乗せて運ぶシステムらしい。
施術室には、巨人サイズのでっかい施術ベッドがいくつも並んでいる。そのうちのひとつに、俺は静かに降ろされた。
院長は丸いキャスター付きの椅子にズズウウウンンと着座し、視線をベッドの上の俺に合わせるように顔の位置を下げた。
『施術の前に、身体に歪みが無いか見させてもらいますね。こっちを向いて気をつけの状態で立ってください』
いわれた通り、俺は気をつけの姿勢になる。院長が左目を閉じて、右目でじっと、俺を見つめる。こんなに近距離で巨人のでっかい瞳に凝視されると、なんだかどぎまぎしてしまう。
『う~ん、少し左肩が下がっているようですね。普段座るときなどに、左側に体重を掛けちゃう癖があったりしませんか?』
「あ……」
そう指摘されて、俺は普段デスクに座っているとき、ついつい電話がある左側に体重を掛けてしまっていたことに気付く。そのことを院長に伝えると、
『やはりそうですか。それで左右のバランスが崩れて、痛みが出ているのかもしれませんね』
院長はそう納得したようにうなずいてから、姿勢を元に戻した。
巨人の院長から見れば、人間の俺の左右の違いなんて誤差みたいに小さいだろうに……見ただけこれほど言い当てられるとは、と俺が感心していると
『じゃあまずは軽く揉みほぐしていきますので、もう一度掌に乗ってください』
と言って、大きな左手を差し出し、ベッドの上に置く。
「え……ベッドの上で横になったりするんじゃないんですか?」
俺はてっきりこのベッドで施術を受けるのかと思っていた。
院長はニッと笑って答えた。
『あぁ、人間さんは掌の上に横になってもらって、主に小指を使って揉み解すんですよ。その方が身体の向きを調整したり力加減がしやすいですしね。
巨人と同じようにベッドに乗せて、親指でグッとやっちゃうと人間さんだと潰れちゃいますから』
ガハハと笑いながら事も無げに言うが、ふと俺の脳裏には先程のヤスハルの様子が蘇ってきていた。
あ、あんなでっかい巨人ですら痛みにうめくような力で揉まれて、本当に大丈夫なんだろうか……。
激しく不安に駆られながらも、俺は恐る恐る巨大な掌によじ登る。
『では顔を指側に向けて、仰向けに寝転んでくださいねー』
院長の指示の通り、俺はうつ伏せになった。院長の分厚い掌の溝や掌紋が、複雑な模様を描いているのが目の先に広がる。
こんなに間近に、巨人の掌の表面をまじまじと見る機会も無いので、なんだか不思議な気分になった。
『じゃあ、まずは軽く肩の周りの筋肉を緩めていきますね』
院長はそう言って、巨大な右手の小指を俺の右肩に押し当てる。
押し当てられた瞬間、無意識に身体に力が入ってしまう。しかし、
ぐぃぃぃぃぃ~っ……
その感触は、ヤスハルのことを見ていた先入観からは全く予想外のことに、何とも絶妙で心地よかった。
指の圧力は強いのだが、痛みは耐えられないほどという訳ではない。イタ気持ち良いという感じだ。
人間の整復師に掌の付け根で押される時よりも遥かに広範囲にわたって、巨人の小指の先の力が俺の肩に圧し掛かる。
ぐいぃぃ~っ……
『どうですか?痛くありませんか?』
「はい……大丈夫です。なんかすごく気持ちいいです」
『それは良かったです』
院長は嬉しそうな声で言うと、今度は左肩を揉み始めた。それもまた絶妙な力加減で気持ちがいい。肩全体の筋肉がじわじわとほぐれていくのが分かる。院長はそのまま俺の肩全体を丹念に揉みほぐすと、今度は指先を俺の背中に移動し、同様に揉み始めた。
優しく撫でるような指先が、凝り固まった腰の筋肉をほぐしていく。
『セイヤさん、結構腰も固まっていますね……。デスクワークが続くとどうしても身体の各部が固まりますからね。時々立ち上がったり伸びをしたりして、気を付けてくださいね』
院長はそう言いながら、俺の背を揉みほぐしていく。
「はい……気を付けます」
俺がそう答えると、院長の指は今度は俺の右腕に押し当てられ、グリグリと解き揉みほぐされていった。
「あ、そこもすごく気持ちいいです」
『腕のこの辺りの筋肉も、デスクワークだと凝りやすいんですよ』
院長は楽しそうにそんなことを言いながら、今度は左腕も同様に揉みしだいていく。やはり心地いい……。思わずウトウトとしてしまいそうになるが、そんな俺に院長から声がかかる。
『ではそろそろ背中側が終わりましたので、仰向けになってください』
俺は体操マットのような、巨人の分厚い掌に手を突きながら、ゆっくりとうつ伏せになっていた状態から身体を起こす。そしてゴロンと仰向けになった。
『はい、では楽にしててくださいねー』
院長はそう言って先程と同様に、グッグッと小指の先で俺の腕の流れに沿うように指圧していく。手の位置を少し変えたり、少し力を強めたり、バリエーション豊かに筋肉を揉みほぐしていく。
「あぁ~……気持ちいい」
『ははは、良かったです。じゃあそろそろ仕上げに取り掛かりますよー。力抜いたままにしててくださいねー』
院長は嬉しそうにそう言うと、今度は俺の顔をそのぶっとい親指と人差し指で摘まむと、素早い動作で指をひねり、グッと俺の頭を右に向けさせた。
その瞬間、ボキっと首の骨が鳴る。
「!?」
俺が目を白黒させていると、院長は
『はーい楽にしててくださいね~』
と言いながら、今度は俺の頭をグリっと左にひねる。
されるがまま、ボキボキ!っと更に首の骨が鳴った。
『はーい、これで施術終わりです。お疲れ様でしたー』
院長はそう言って俺の顔から手を離した。それから
『ゆっくり立ち上がってみて、肩の調子を確認してください』
そう促され、俺は院長の掌の上でゆっくりと立ち上がる。
「ん……おお!?」
あれだけズッシリとしていたのが嘘のように、肩の周りが軽くなったというか、スッキリした感じがする。
両手を軽くグルグル回しても、驚くほど滑らかに動くのが分かる。
『どうです?楽になったでしょう?』
院長はニコニコと笑みを浮かべながら俺にそう尋ねる。
「はい……とても……」
院長の言葉に俺は驚きながらそう応える。院長はそんな俺を見て満足げに笑いながら言った。
そんな俺の様子を見て、院長は嬉しそうに笑った。
『良かったです! どうでした?巨人の整骨院は。セイヤさん、見たところ巨人には慣れてるようですけど、最初と最後のほうは身体に力が入っているように感じたんですが、ちょっと怖かったですか?』
ほんの少しの人間の身体の歪みも分かる院長には、指先で触れるだけでバレバレだったようだ。俺は言い訳がましく答える。
「え?……あ、はい……。うちの会社では巨人も働いてるんでそれは大丈夫なんですが、その……さっき、巨人の大学生ぐらいの子が、すごく痛がってたのを見てたのでちょっと……」
『あぁ、ヤスハルね。アイツ結構痛がりなんですよね。あと、僕の母校の後輩なんでちょっと遠慮なくやっちゃったってのもあるんですけど』
院長は頭を掻きながら言った。
『ヤスハルにもよく言われますよ。『院長は巨人にはドS過ぎる!巨人と人間で扱い方が全然違う!もっと巨人にも優しくしてくれよ!』って。いやぁ、まぁ巨人の場合、頑丈なのが分かってるからガンガンできちゃうんですけど、流石に人間さん相手に全力を使うわけにはいきませんからねぇ』
そう言ってガハハと豪快に笑う。その姿は巨人の力の強さ、凄まじさをまざまざと感じさせた。下手したら恐ろしく聞こえてもおかしくはないが、その口ぶりはカラッとしていて、不思議とすんなりと耳に入ってくるようだった。
もしかしたら、揉んで貰う前にこんな話を聞いていたら、大雑把な人物だと判断していたかもしれない。しかし実際に施術を受けてみて思うのは、こんな大きな身体の巨人でありながら、非常に丁寧で的確な技術を持っているということ。まあ、どうやらそれが当てはまるのは人間限定のようだけど……。
しかしその腕は信用に足るものだと、俺は思った。
『まあ、こんな僕のところでよかったら、また調子が悪くなったらいつでも来てくださいね』
ニっと歯を見せて笑う院長。
その姿に、俺は心強さのようなものと、なぜか妙に胸が高鳴るのを感じていた。