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18:歪んだ愛に溺れた末路 「母様……なんで…………。……なんで……身体が……硬化を?」  実母の精霊魔法の直撃を受け身体中に氷の槍に貫かれそのまま意識を失ってしまっていたエリシアが次に目を覚ましたのは……傷の具合とは釣り合わないほどに短い、ほんの数分後のことだった。  気づけば母の太腿の上……。懐かしい太腿枕の上でエリシアは目を覚ます。  しかし彼女が最初に見た光景は、普段の優しい笑みを浮かべる母の穏やかな顔と、そんな彼女の肩に突き刺さった水銀のナイフと……その傷口から首元まで結晶化しかかった彼女の無残な体だった。 「これが……運命でしたのね? それも仕方のないこと……」  今なお硬化が進み続けている母の姿にエリシアは激痛をこらえ体を起こし、母の肩から自分が突き立てたナイフを抜き去る彼女。しかしそのナイフの効果は衰えることなく進行し、マドレアの片胸と首の根元付近まで皮膚を固まらせ彼女の体を蝕んでいく。 「なんでっっ!! 母様は操られていただけっっ!! 操られていただけでしょう? なんで……淫魔の為のナイフが効いてしまうのですかっ!! なんで身体が固まっていくんですかっっ!!」  エリシアの頭は理解が追いつかない。  淫魔の遠隔魔法であるチャームだけを払おうと突き立てたはずのナイフが……事もあろうに母の体を硬化させていく……。  淫魔の血が流れているはずがないのに……流れているわけがないのに……なぜ?? 「私は……あの方に捧げたのです。自分の……“目”を……」  そう言うとマドレアは自身で巻いていた目隠しをゆっくりと外していく。  目隠しの外れた母の目を見て……エリシアは驚きを隠せず声を上げる。悲鳴に近い驚きの声を……。 「母様っっ!! 目が……赤い?? なんでっっ!?」  そこにあったのはコバルトブルーの美しい母の目ではなく、燃えるように赤い……禍々しい爬虫類のような目……。それは紛れもなく淫魔特有のあの目であることが一目で分かってしまう。   「私は……マルカス様の野望のため……自らの意思でこの目を差し出しました……。あの淫魔を召喚する供物とするために……」 「目……目を?? 供物?? どういうことですかっっ!!」 「あの淫魔は……ここより遠い淫魔界の牢獄に捕らえられている身でした……。マルカス様は不老不死の霊薬を作って財を成すことを望み、淫魔はあの牢獄から出るために外で動けるカラダを欲しました……」 「不老不死の霊薬……牢獄に捕らえられた淫魔……?」 「マルカス様は私を琥珀から救ったあと言いました……“お前の力がまだ必要だ”と……。そして淫魔の力も必要になる……と……」 「マルカス……あの男っっ!! まだ母様を利用してっっ!!」 「利用? フフ……そうですね……。でも……私は嬉しかった……。裏切られたことも利用されているという事も知ってはいましたが……それでも嬉しかった。たとえ悪意であれ……私を欲してくださったのだから……」 「母様……なぜあのような男にそのような感情を……」 「エリシア……。お前は父の顔……覚えておりますか?」 「えっ!? いえ……。物心付いた時には……居ませんでしたから……」 「そうでしょうね……。エルフの村の掟は……残酷なものですから……」 「掟? 村の……掟ですか?」 「そう。特に多大なるマナを持つと言われる“巫女”の家系への掟は……その身体、その人生、その幸せの全てを村のために捧げよという残酷な掟……」 「残酷な……掟??」 「巫女の長女は必ず村のマナを多量に持つエルフと交わい……3人の後継を産まなければならない……っという掟があの村にはありました」 「っっ!? な、なんですかその掟っっ!! そ、そんな掟……聞いたことがありません!!」 「交わう相手は自分では選べない……。どんなに夫婦事に無関心な相手であれ、交じり合わなければならない……どんなに愛という言葉に無頓着な相手であっても……」 「自分で選べないんですか? 結婚相手を……」 「結婚なんて……させてもらえません。子を宿すまで交わって……子が出来たと分かれば私のもとから去っていく。マナが高いという理由だけで妻帯者である男とも交じり合う事を強要されました……」 「ひ、ひどいっっ!! なぜそんな……」 「全ては村を守るため……。より強いマナを持った巫女が必要であったため……」 「そんな理由だけで……母様の自由を奪ってきたのですか? あの村はっ!!」 「私は……欲しかった。村の利益だとか、巫女家系の為だとか言う理由抜きで……私だけを見てくれる殿方を……」 「それが……マルカス? あの男……?」 「彼は最初から包み隠さずに全て言ってくれたわ。自分が成したいこと……自分の野望のために私をも利用したい……なんていう理不尽な要求も……全部」 「ひどい……。平然とそんな事を言ってのけるあの男は……やっぱり酷すぎる!」 「しかし彼は……こうも言ってくれました……。目的の為に共に動いてくれるなら、その間はお前を愛してやる。目的が達成されるまで……偽りなく愛してやる……と……」 「歪んでるっっ! そんな愛……歪みきってる……!! 結局は母様を利用したいだけでしょ? その愛に意味なんて……」 「意味など必要ありませんでした。私の乾いた心に……その言葉は清涼水のように染み渡ったのです。そして彼の言葉は正しかった……。私が彼に協力すればするほど……私を愛してくださいました……毎晩……私の虚無を埋めるかのように……」 「母様……」 「あの時の私は、村に対して反抗したかったという思いも強かった……。だからつけ込まれたと言われても反論はできません。でも……嬉しかった。たとえ利用されていると分かっていても……。私を見てくださる……私と接してもらえる……それだけで幸せに満たされていたのです」 「で、でもその愛は……偽りであると自身でもお分かりだったはず……」 「偽りでも……形は変わっていても……愛は愛……。その場その時満たしてくれる相手がいることの幸せを……貴女は理解できませんか?」 「……分かりかねます。そんなもの……愛と呼べるのかどうかも……」 「私は……愛だと実感しております。だからこの目を捧げたのです……」 「目っ!! そう、その目は……一体どうしてしまったのですっっ!!」 「ラフェリアは体液を集めたいと望むマルカスの要求を飲み、こちらの世界に意識体を移すことを了承しました。しかし、それを行うにはこちらの世界に居る者の体の一部を牢獄にいる彼女の体に供物として捧げなくてはならなかった……」 「供物?? ど、どうして……そんなものが必要だったのです?」 「ラフェリアのカラダを守るため……」 「あの女の体を……守る??」 「意識体だけの転送では魔力を十分に引き出せない……だからコチラの人間かエルフに一部分を受肉させ、それを中継して魔力を送り込んで引き出す必要があったのです」 「つ、つまり……母様は今……ラフェリアの目を自分の目と入れ替えていて……魔力の中継を行っている……と?」 「えぇ……。受肉した目からは淫魔の血が流れ、体を淫魔の妖力に包んでいるので、このように……水銀のナイフが効いてしまうのです」 「母様は……淫魔になってしまわれたのですか?」 「いいえ、私の身体は確かに淫魔の血が流れ込んでいますが……元々彼女たちの妖力に耐性のある身。完全には淫魔に成り果ててはいません」 「じゃ、じゃあ! この硬質化も……」 「えぇ……いずれ止まるでしょう。完全ではありませんから……」 「よ、良かった……。それじゃあ今すぐにでも治癒魔法をっっ!!」 「いいえ、それはもう良いのです」 「えっ!?」 「耐性があるとは言え体の中に流れていた淫魔の血は私から“意思”を剥奪し、非道な実験の手伝いをさせこの手を汚させてしまいました……」 「そ、それは母様が悪いわけでは……」 「それに……私は自分の村のエルフ達も殺めてしまいました……守るべき民達を……」 「村の人達を? 母様が……」 「そう……。淫魔のチャームは心の負の感情をも増幅させ憎しみすらも快楽に変えてしまう恐ろしい服従魔法です……私は心の底で村を……掟を憎んでいました。その負の感情は……私の想像以上に大きくて……」 「母様……」 「抗いきれなかった……耐性があるはずなのに……全く抗えなかった。気がつけば……村を壊滅させることこそが快感とさえ思えるようになっていました……村人や掟に罪があるわけではないのに……」 「………………」 「一度覚えた快感は……私に更なる負の感情を植えつけさせました。もっと快感を得たいと……無限に沸く欲望が植えつけられました……。意識は確かに乗っ取られてはいましたが……やってしまった行いは全て覚えています。そしてそれを快感に結びつけていた自分の感情も……鮮明に覚えています」 「………………………」 「あの快感に溺れていた私は……本物の私なのかもしれません……。あの人を好きになってしまった私こそが……本当の私の感情なのかもしれません……。でもそれは狂っていると……自分でもわかっているはずなのに……やめられないのです……この気持ちは止められないのです……」 「……母様……」 「貴女の突き刺してくれたこのナイフのおかげで……私はまた……意識を取り戻すことができました。ありがとう……エリシア……」 「えっ、いえ……」 「私は……私の我侭な想いのために沢山の命を奪ってしまいました……。それはマルカス様も同様……」 「…………?」 「私達の決着は……私達で付けます。ですからエリシア……貴女は地下へと降りていった彼女を……淫魔の狩り人さんとやらを助けておやりなさい……」 「決着とは……どう言う意味ですか?」 「……少々甘えた決着とはなりますが……もうこれしか……思いつけません……だから私は……この道を選びます」 「……母様?」 「貴女には、私の力が一番に流れているはずです。だから必ず彼女の役に立てる……」 「母様の力……?」 「あの淫魔があれほど危険な魔物だとは……あの時は思わなかった。マルカス様も“体液を搾り取るためだけに利用”するつもりで召喚されたのですが……」 「ラフェリア……」 「私がこちらも決着をつけたいという意思はあるのですが……彼女の血が流れている私は、対峙しただけで体を乗っ取られることでしょう……だから、貴女たちに託すしかありません……」 「…………」 「今はこれくらいしか……してあげられませんが……」  マドレアの身体がポウッと淡く光り、彼女の体を支えていたエリシアにその光が伝わっていく。  その光はひどく懐かしく……暖かい。 「母様っっ!! これは?」  光の暖かさにエリシアの負っていた切り傷や擦り傷が癒されていき……やがて傷はそこに無かったかのように塞がり痛みも失せていく。  体の芯から温まり、その芯からは力が漲ってくる。 「私の事は大丈夫。必ず……彼と罪を償って来ますから……貴女は貴女の正義を貫いて……」  弱々しく光が消えていくと同時に床へと腰を付けるマドレア……。娘を癒すために使った力は先ほどの攻撃魔法以上にマナを消費したが、彼女は満足気に柱に背を預けニコリと娘へ笑顔を向ける。 「母様っっ!! 大丈夫ですか? 母様っっ!!」  硬質化は止まった彼女の体だが、今度はマナの使いすぎで体に力が入らず柱の支え無しには体勢を維持できないほどであった。 「ラフェリアはとても狡猾で危険な淫魔です……。心して……挑みなさい――」 「母様? 母様っ?? 母様ぁぁっ!?」  マドレアは力を使い果たしたかのようにぐったりと体の力を抜き静かに目を瞑った。もしかすると命に関わる程マナを使いすぎたのでは? と焦ったエリシアだったが、マドレアの口から呼吸音が聞き取れ彼女が存命であった事にホッと息をつく。  暫くすれば彼女のマナも戻ることだろう……。そう解釈したエリシアは、母親の寝姿を優しい目で見下ろし手には強い拳を握り込む。 「マリナさん!」 「んはっ? は、は、はい!! はい!!」  そして椅子の下に隠れていたマリナを覗き込みながら声をかけ、 「母を……少しの間見ていてあげてください……お願いいたします」  と、一声かけて地下へと続く階段を向き返った。  マリナは返事を返そうと椅子の下から体を出すが、そこにはもうエリシアの姿は既になく……  彼女の言葉尻だけが残響を残して聖堂内に反響していた。

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