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12:奈落の道 「あ、ありがとうございました!」 マリナから教会の地下見取り図を受け取ったレファは早速と言わんばかりに地下へと足を踏み入れ、道中に点在していた簡易的な牢に捕らえられていた少女たちを次々と解放して回っていた。 「あっ! ちょい待ち! すまねぇがお嬢さん、助ける代わりにと言っちゃなんだが少しだけこのナイフで傷をつけても構わないか? ほんのちょっとでいいんだ……」  勿論、姉が拷問をされていると分かっている状況でこのような時間を割いてしまうような行動をするのは得策ではないという事はレファ自身もわかっている。どうせラフェリアを倒せれば捕まっている人間など簡単に助け出すことはできるのだから……。 「あ、はい……それは……構いませんけど……」  しかしそのラフェリアの本体が何処に隠れているか分からない以上、こういう……“被害者を装った身の隠し方”をあの狡猾な淫魔がやっていてもおかしくはない。もし本当にそうであれば、いくら偽物を倒したところで裏をかかれて油断したところを襲われる可能性も大いにある……。だから、不安の芽は先に摘んでおこうと考えこの行動に出たのだ。 「――っ痛!?」  淫魔のマナを帯びた血は水銀に触れると固まって本体を滅ぼす……。それは淫魔の女王を名乗る彼女にも同じことが言える。だから、レファは用意しておいた水銀製のナイフを助けた娘の指に僅かな切り傷を負わせ血が固まるかどうかを確認している。 「……大丈夫そうだな……すまねぇな、協力感謝するぜ。そこの階段を上っていけば聖堂につくから、そこから逃げて行ってくれ……」 酒場での話にあった“ミゼル司祭にラフェリアの意識体が召喚された”という仮説が本当であれば本体を見つけたとしても肉体は人間のものである可能性が高い。であれば淫魔の純粋な血を巡らせているわけではないため血が完全に固まるとは思えない……。しかし、水銀が作用するのは主に淫魔の“マナ”が宿った血液であるため……必ずしも無駄になるとも断言できない。少なくともチャームをかけたり遠隔搾取を行えるほどの魔力を有しているのだから、人間の血液であっても彼女のマナは存分に浴びていることだろう……であれば、完全とはいかないまでも判別するくらいの指標にはなる……レファはそのように考えをまとめ、この人質解放の任を先に済ませていたのだった。 「あ、そうだ!! 1つ聞いてもいいかい? お嬢さん……」 「……はい?」 「今のところ、この階だけでお嬢さんを含めて6人の女子を助け出したんだが……他に捕まっている子はもういないか? 空いていた牢が4つほどあったんだが……」 「あぁ……それでしたら……多分、地下の霊安室にまだ……解放されていない子が居るかもです……」 「地下の霊安室?」 「はい……。私たちはそこで……あの悪魔のような魔物に……」 「あぁ……何されてたかは言わなくても大丈夫だ。事情は十分に察してるつもりなんでね……」 「う、うぅぅ……はい……。私が気を失う直前までで覚えているのは……確か2人……。大人の人間の女性と……もう1人は小さなエルフの子が向かい合わせに拘束されていて……」 「小さいエルフの子……アイネの事か……。という事は、下の階には餌にされているのがアイネとその女性だけか……。そしてその更に下の階に本体を隠しているってところか……」 「……餌?」 「ん? いや、気にしないでくれ! すまないな……呼び止めちまって。上にはシスターとエルフの姉ちゃんが待機してくれていると思うから、そこまで気をつけて上がって行ってくれ」 「あ……はい。ありがとうございました」  少女が階段を駆け上がっていくのを遠目に眺めながらレファはボソリと独り言を呟く。 「しかし……見取り図を見る限りはこの下が霊安室で……その下が控え室になっているから、もう身を隠しておくような牢は無いってわけだ……」  そして下へと続く階段を改めて眺め一つ息を吐く。 「恐らく……霊安室がヤツの食事場になっているだろうから……必然的にヤツの本体は一番最下層の控え室ってことになるよな……。最下層に行くには餌場を横切らなくちゃなんねぇから……やっぱり本体から叩くなんてズルはできねぇってわけだ……」  背負っていた重々しいリュックを床に下ろし、刺さっていた砲身の長い銃を肩から斜めに担ぎ、手のひらに収まるくらいに小さなリボルバー銃をポケットに忍ばせ、いくつかの弾薬とナイフをベルトのホルダーに差し込んで小さく「よし!」と呟き覚悟を決めるように眼光を鋭くさせた。 「待っていろよ……アイネ……お姉! 私が必ず助けてみせるから……」  薄暗い階段を踏み外さないようにと1歩1歩慎重に踏み込んで降り始めるレファの後ろ姿はリュックがなくなったことでマントがヒラヒラと風に遊ばれはためいている。  階段を下りるごとにそのはためきは強さを増し、肌が感じる温度も降りるごとに下がっていくように感じる。  この狭く1本道な階段がどこまで続くか見当もつかない。1歩下の階段すらも薄い靄がかかっているようで輪郭さえもぼやけて見える……。一体この階段はどこまで続くのか? 見取り図を見る限り下層までは大した距離があるわけではなかった為そろそろ霊安室の扉に辿り着いても良さそうな話なのだが……。 そのような事をあれこれ考えていると、不意にレファの背筋に寒気が走りそこはかとない嫌な予感が彼女の体を包み込んだ。 「――っッ!!?」 階段を下りようとしていた足が次の階を踏み込むもうと体重をかけつつあったが、その嫌な予感が功を奏しギリギリのところでその足を宙に留める事ができた。 「う、うおっっ!? あ、危ねぇぇっっ!!」 足元しか見えないその階段の先は相変わらず薄ぼんやりして輪郭をはっきりさせないが、目を凝らして見続けると分かってくる……彼女が踏みしめようとしていた階段はもうすでに無かったということが……。 もしももう一歩足を下ろしていたら間違いなくこの奈落に転落していただろう。その危機を彼女は察知したのだ。ギリギリのところではあったが……。 「くそっ! 階段が途中でなくなっているとか……こんな薄暗い通路で何の気なしに進んでいたら間違いなく踏み外していたぞ!」 空中にとどめていた脚をゆっくり戻し、改めて自分が進もうとしていた道の先を睨むように見る。 下には底の知れない奈落……目の前は先も見えない暗闇の空間が真横に広がっている。 「なるほど……ココが階段の終点だったってわけか……。本来ならここから横に通路が伸びていたはずだったんだ……」  しゃがみ込み階段の淵をなぞるように見渡して分かったことは、その階段の横壁に“先程まであったハズの床が引っ込んでいったであろう”床を収納するための横穴が奥まで続いているという事実だった。 「さっきまではここに床があったんだろうな……。でも私達が来たことが分かってその床を引っ込めたってわけだ……この横壁の奥に……」  階段の端には何やらレールのような窪みが掘ってあり、床が横にスライドしやすいような工夫がなされているのがわかった。そして壁の横穴に手を入れて確認してみると、その予測を裏付けるように床の端が指先に触れるのを感じ取ることができた。 「この先に扉があるのは間違いないだろうが……この床のない通路がどこまで続いているのかは見当もつかねぇ……。そしてこの奈落を強引に渡って来いと言わんばかりに掘ってあるこの2本の溝……罠であることはあの頭の悪いエリシアでも分かっちまうぜ……」  レファの言うとおり、見上げれば床を収納している横に走る溝とは別にもう1本横に走っている用途不明の溝が存在している。丁度手を伸ばせば届きそうな場所に掘ってある下と同じ大きさの細い溝……その溝に手を、そして床が収まっている溝に足先を忍ばして体を支えていけばこの奈落の道を壁に横這いになりながら進むことはできる。多分それを誘導するようにわざと掘ってある溝なのだろう……。  このような溝を掘っていなければレファは扉の前へ辿り着く事は出来なかっただろう……しかし掘っているということはその溝に手を入れて横壁を渡ってこいという無言のメッセージに他ならない。つまりは罠なのである。渡る前から分かりきっている罠に……自分の意志で掛かりに来いと言っているようなものである。 「あいつらしい……ムナクソ悪ぃ罠だ……。私に選択肢がないと分かっていて、あえて挑発してやがるんだ……。罠と分かってても飛び込んでこいって……」  本来ならこのような分かりきった罠に自らかかる程自信家でも、ドMでも、破滅願望を持ち合わせている彼女ではない。しかし今は時間がない。自分の姉が制裁を受けているかもしれないというこの状況で、回り道を探すや他の方法を探るというような時間をかけてしまう選択肢を選ぶわけには行かない。  罠だと分かっている。あの性悪淫魔の考えることだから、きっとロクでもない罠に決まっていると想像できている……。分かってはいるが…… 「やっぱり……このブーツじゃ横穴に入らねぇ……。靴下じゃ滑るだろうし…………くそっ!! どれだけお膳立てしてやりゃいいんだよっ!」 ラフェリアの性格上……きっと“アレ”絡みな罠を仕掛けているに決まっている。だから出来るだけ素肌を晒すわけにはいかない……。しかし、そうは思っていてもレファの服は鎧などではなく単純にツナギのような服であり、戦闘がしやすいようにと袖や裾も大きくカットしてしまっている。故に腕を頭上に掲げればアノ場所を大きく晒すことになるし、無防備にもなってしまう。それにダメ押すかのように、横穴に靴の先が入らない……それ故靴を脱ぎ素足の状態で横穴へ足を入れなくてはならなくなる……。 罠がどういう類のものか簡単に想像できる。だからこそ露出は最低限で抑えたかったのだがことごとく“そういう罠”に弱い箇所を露出誘導させられている事実が歯がゆい。 「うぅ……足はギリギリか……」  試しにと言わんばかりにブーツを脱いで靴下を脱ぎ、素足になって横穴に足先を入れてみるが……入れた指がすぐに床の端に当たってつま先だけがやっと穴に収まるくらい……。足裏やカカトは宙に晒されコチラも襲い来るであろう罠に対して無防備を強いられる。  とてもこんな状態で対岸まで渡り切るなんて思えない。こんな弱点を晒した状態で危険な奈落の横壁を伝っていくなんて……。 「でも……行かなきゃダメなんだよな……畜生っ!」  しかしレファは唇を噛みしめつつも頭上遥か上にある横穴に両手を上げていく。  背伸びをしてようやく指先が端にあたり、そこからしっかりと指先に力を込めて横穴の端を掴んでいく。  そして指先に力を込めて、自らの体重を支え懸垂をする要領で体を浮かせ……靴を脱ぎ去った素足をゆっくり下の横穴へ入れ足指で体重を支える手助けを行う。 「絶対渡りきってみせるっっ!! 絶対に……」  手の指に力を込め体を横にずらし、足先を横穴に沿って擦らせて少しずつ移動を始めるレファ……。   足裏は宙に晒され……万歳の格好で袖のない服の端からは彼女の少し筋肉質なワキが体重移動の度に筋の形を変えて艶かしく運動を行っている。 こんな姿を晒しているレファを……ラフェリアは見逃すはずがない。必死に壁渡りを行おうとしている彼女を邪魔しない訳がない……。 予想したとおり当然のようにレファの邪魔をする“虫”たちが……横壁に無数に空いた穴から這い出してきた……。 レファが戻ることも諦めざるを得ないくらいに進んだ……奈落の通路の中央付近で……。

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