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10:聖堂の戦い 「右だっっ!! あの右の1匹をヤれっっ!!」 「言われなくても分かってます!! いちいち命令しないでくださいっっ!!」 「真上からも来るぞっっ! 私の銃じゃ間に合わん! お前がそいつも処理しろっっ!!」 「このっっ!! 私の名前はエ・リ・シ・アだと何度言わすんですかっ!! いい加減覚えてくださいっッ!!」 「後ろも気を配れ! 背後を取られれば終わりだぞっ!!」 「あぁぁもうっっ!! キリがないぃぃ!! 一体どれだけ倒せば終わってくれるんですか!」 「知らねぇよ! いいからとにかく矢を放ちまくれっ!! 喋ってる暇があれば1匹でも多く撃ち落とすんだよっ!!」 昼間なのに窓や戸が閉まりきった薄暗い教会に侵入した狩り人2人は、まさか教会の神聖なる一角でもある“聖堂”で待ち伏せがあるとは思ってもみなかった。 始めは暗さもあったせいか天井付近に見える無数の動物的な目の集合体が柱に止まるコウモリかなにかかと勘違いしていた。しかしその赤く濁った目の軍団は、教会の入口が魔法で固く閉じられると同時に羽根を広げてはばたき、閉じ込められあっけにとられていた彼女達めがけてそれ等は急降下を始めた。 僅かな光に映ったその影は確かにコウモリのような羽根を広げているように見えた。しかし、その羽根の持ち主である本体はとてもコウモリと呼ぶには似ても似つかぬれっきとした魔物であることがわかる。 羊の角に赤い髪……人間の胎児よりも小さい紫色の裸体を持つミニチュア版の淫魔と呼べる容姿を持っている彼女達は、ラフェリアの魔力が生み出した意思を持つ幼魔である。 「クソッ! 弾が尽きた! リロードするから援護を頼むっ!!」 「ちょっ! こっちも手一杯ですよ!! 自分で何とかしてくださいっっ!!」 「ちぃっ! それじゃあ銃はもう仕舞いだっ!! ここからはこの特製の水銀ナイフで相手してやるぜ!」    1匹1匹はさほど強くはないが、彼女達は集団で一斉に襲ってくる。しかも、虫や獣のように単純な意思疎通だけで襲ってくるのではなく高度な知性も持って戦いに挑んでくる。それがゆえ倒し辛い! 知性をもったそれぞれの個体が動きを読ませまいと複雑に飛行するがゆえ、翻弄され攻撃が当たらず弾や矢を余計に浪費してしまう。  こちらの攻撃が中々当てられないのに、妖魔の鋭い爪の引っ掻きは時折受けてしまうというジリ貧な展開に痺れを切らしたレファは銃で狙うことを諦め近寄ってくる妖魔を近接武器で薙ぎ払おうと腰のベルトに止めてあったナイフを逆手に持ち構えを低くする。 「痛っっ!? くっっ!! こいつら思った以上にすばしっこいっっ!! 攻撃が当たらねぇ!!」  しかし近寄ってくる妖魔の動きは想定よりも早く、ナイフを振れども突き刺そうとしても彼女達に当たることはなく逆に手や足や背中に爪の傷を負うこととなった。 「矢がっっ!! 矢がもう無くなってしまいますっっ!!」  一方エリシアの方は弓矢が当たりはするのだが、淫魔を狩るために特化したレファの弾丸とは違い致命傷を与えるにいたらず、射ち落としては回復され……射ち落としては回復されを繰り返してしまう。  そうこうしていると彼女の矢もすぐに底をつき、もはや手に持った数本の矢で応戦を余儀なくされるまでに追い込まれていた。 「くぅっっ……本当にキリがねぇ! おいネェちゃんっ! 何か魔法とかで数を減らすことはできねぇのかよっ!」 「で、出来ますけど……あの魔法は大量のマナを消費してしまいます! 今使えば大事な時に魔法が使えなくなるかもしれませんよ!!」 「問題ねぇっ!! ココを凌げなきゃその“大事な時”とやらすらもやっては来ないぞ! いいから出し惜しみなしでやってやれ!!」 「わ、分かりました……では、詠唱のために少し時間をください。20秒……いえ、10秒でいいので!!」 「ちっ!! わかったよ! 1個しか用意できなかったから使っちまえばこれっきりだが……こいつなら怯ませるくらいは出来るだろう!」  時間を稼いで欲しいと頼むエリシアに対しレファは覚悟を決めるようにベルトにぶら下げてあった手榴弾型の武器を手にとり、ピンを口で噛んで抜き、手に持ったまま頭の中で秒数を数えた。  1………2………3………  そしてカウントが4を数えた瞬間、その手榴弾を上空高くに放り投げ、自分はマントを翻し顔を覆ってその場にしゃがみこんだ。 ………5……ドカン。  カウントを小声で呟ききると同時に炸裂音まで真似る言葉を彼女が零すと、放り投げた爆弾は空中で眩く光を放ちレファの音真似よりも遥かに甲高い音を響かせて炸裂した。  一瞬閃光弾が爆発したのかと思うほどの閃光が教会を照らし出すが、次の瞬間、炸裂した爆弾から銀色の小さな粒が花火のように飛び散り周りにいた幼魔たちの体にめり込んでいった。 「へっ! お前らの大っ嫌いな水銀の炸裂爆弾だ……。弾の大きさが豆粒ほどだから近くにいる幼魔にしか効かねぇだろうけど……仲間を倒されれば別の幼魔も怯むだろうよっ!」  レファの狙い通り、爆発に巻き込まれた幼魔が水銀の球を複数打ち込まれ体を石のように硬化させて落ちていく様子をほかの幼魔達は思わず見てしまう。知性があるが故にヤられた仲間の状態とどんな武器を使われたのかを確認してしまう。  その隙をエリシアは見逃さなかった。 「大地に眠る紅蓮の業火よ……精霊の巫女たる我がマナに集まりて魔を討つ力となれ……炎と閃光の華となり我が手中より大気を焼き焦がせっっ!!」  彼女の詠唱に、暖かかった聖堂内の空気が極端に温度を下げ始め何やら気の流れが彼女の手に集中するように渦を巻き始める。やがてその渦は人間のレファにも目視できるくらいに丸い球体となり、その中心が高い熱を発しているのがわかる空気の歪みが見受けられる。 「精霊術奥義っっっ!!」  エリシアの目がカッと見開かれる! そして手のひらを広げその手を動きの止まっていた幼魔の集団へ向けて掲げ、球体に力を一気に送る。 「法閃華ぁぁっっっ!!」  掲げた球体から言葉とともに一直線に太い炎の柱がレーザーのように放射され、動きを止めていた幼魔の集団を飲み込んでいく。 「う、うおっっ!? なんだそのやべぇ魔法はっっ!!」  教会の屋根までは届かなかったものの炎の柱は多量の火の粉を撒き散らし、かもすればその火の粉によって木造の教会の床が燃えてしまいかねないとレファは危惧し降り注いでくるそれをマントで払って消火していった。  火の柱が直撃した幼魔は蒸発するように肉体が消滅し、その周囲に居た幼魔の羽根には火が燃え移り容赦なく彼女らの飛行能力を奪い大多数の幼魔を床へと墜落させていく。  放射が始まって数秒……その燃え盛る柱は短い時間ではあったが空中にいた妖魔のほとんどを燃やし尽くした。  炎の勢いが収まる頃には床には炭のように真っ黒に焼き焦がされた幼魔と羽根を燃やされのたうち回る幼魔が大量に撃ち落とされてされており、それを見た生き残りの幼魔達は恐れ慄き2人から距離を取るように離れていった。 「はぁ、はぁ、はぁ……いかがです? 随分減らせたのでは?」  掲げていた炎の球体が消えると同時にガクリと膝をつき体勢を崩すエリシア。マナを大量に使い疲弊した様子の見て取れる彼女にレファは駆け寄り肩を貸して手助けを行う。 「あぁ! ほとんどの幼魔は撃ち落とせたみたいだ……助かったよ……」   「良かった……。でも私のマナはだいぶ消費してしまいましたから……今は回復の一つも行えません……」 「いや、十分だ。後は私に任せな! あんたには十分助けられたよ……」  エリシアの魔法から難を逃れた生き残りの幼魔達は警戒するように2人の頭上をクルクルと円を描くように飛びながらも、2発目の魔法がすぐには飛んでこないことが分かると示しを合わせるように一斉に降下を始めた。 「すまねぇが、ちょっとだけ床に下ろす……ぞっ! とっっ!!」  肩からエリシアの腕を下ろし、彼女の体を床に座らせたと同時にレファは片手に持っていたナイフを身体の捻りと同時に振り抜く。すると、背後から彼女を襲おうと低空飛行して近づいていた幼魔の体がそのナイフの閃光に切られ真っ二つに裂かれる。  そしてレファは振り抜いたナイフを顔の前で構えなおすと、次に正面から襲ってきた幼魔の顔面に真正面から一突き……間髪いれずに突き刺さったそのナイフを抜いて、次は踊るように身を翻しながら遅れて襲ってきた幼魔の攻撃を紙一重で横に躱し、体の横から一切り……更にそのナイフを振り抜いて3匹目の攻撃を身をかがめ前転にて回避し、攻撃が当てられず一瞬動きを止めてしまった幼魔に向かって転がりながらそのナイフを投げ見事に命中させる。ほぼ一瞬で残党3匹を片付け、その華麗すぎる殲滅にあっけにとられていた幼魔の最後の一匹にはナイフが無い代わりにと言わんばかりに体重を乗せた拳を正面からぶつけ柱に叩きつけ、ついに幼魔の大群の処理を終える。 「ふぅ……これでここも安全になったってわけだな? よし、もういいぞ! 出てこいよ!」  投げたナイフを抜いて回収をしつつ聖堂の長椅子の下に安全のために身を隠していたマリナに声をかけるレファ。その呼びかけにマリナは怯える顔を見せながらオズオズと椅子の下から身体を這い出させていく。 「あ、あの……凄いですね……。あんなに沢山いた魔物をこんな短時間で……」  開口一番の彼女の感想はオブラートに包んではいるが彼女達の化け物じみた戦闘能力を畏怖する内容だった。レファの人とは思えない反射神経とナイフさばき……そして戦闘能力の高さ……エリシアの弓の命中精度から幼魔を一網打尽にしたあの超魔法……。普通の家庭に生まれ普通の人生を歩んできたマリナには彼女達の戦闘スキルの高さが逆に恐ろしくさえ思えてくるのは当然だ。 「大部分はそこのねーちゃんがヤってくれたんだ……私は楽させてもらっただけだよ♪」   「い、いえ! 貴女のナイフさばきだって……あと銃による狙撃もかなりのものかと……」 「まぁ、何度も修羅場を戦ってきた身だから……身体に染み付いちまってんだわ♥」 「修羅場……ですか……」 「ラフェリアを追っかけていれば、こういう魔物と戦う機会は嫌でも多かったんだよ……」 「なるほど……」   「さて、待ち伏せも蹴散らしたところで……早速この教会の見取り図のありかを教えてもらおうか……」 「あっ! はい! 書庫はこちらに……」  マリナがレファを案内しようと歩み始めようとしたのと同時に祭壇横の地下へと通じる扉から煙のような冷気が溢れ出し、その扉の裏に禍々しい魔気を発している何者かが近付いていることを3人は感じ取る。  鋭利な刃物の切っ先を見ているかのように寒々しく痛そうなその感覚は扉がゆっくりと開かれるたびに強さを増していく。 「お、お前は……」  扉から見えた姿は豪華な装飾を施した白いローブを羽織り目を目隠しで隠した妙齢の女性……。つい先日までは“ミゼル司祭”と呼んでいた女性が蝋燭台を片手に強い冷気をまとって現れた。 「か、母……様っっ!!」  頭の中のどこかでは先ほどの話は何かの間違いであってほしいと願っていたが、背格好もそうだが溢れ出す魔気の質が紛れもなく自分の母親のソレだと分かるとエリシアは声を上げずにはいられなかった。 「その声は……エリシア? もしかして……貴女もココへ来てしまったのですか? ドクターの妹さんと一緒に……」  マドレアは娘が現場に来ていることに驚きの声を上げる代わりにニヤリと口角を上げむしろ喜びの声色もって彼女に返答する。 「母様っっ!! なぜですっ!! なぜ淫魔の言いなりにっっ!!」  エリシアは疲弊した身体をヨロヨロと立たせ、震える脚でどうにか自分の体を支えながら声を荒げる。 「言いなり? なぜそう思うのです? 私は自分の意志で……ラフェリア様にお仕えしているのですよ?」 「う、嘘ですっ!! 正義感の強い母様が自分の意志で魔族に肩入れするはずがありません!! 母様は操られているんですっ!! あの淫魔にっっ!!」 「いいえ、私の意思は私が持っています……。本当の気持ちはチャームごときに操られるものではありませんよ? エリシア……」 「じゃ、じゃあ! なんで……なんであんな酷いことを……なんで、村を襲わせたんですか!! 人を、エルフの仲間をっっ! なんで殺す手助けなんかを……」 「貴女は昔から私のことを買いかぶり過ぎです……。私だってエルフの巫女であったと同時に1人の女でもあったのです……女である以上……女の幸せを求めるのは自然の摂理でありましょう?」 「幸せって……まさか……マルカスの……ため?」 「そう……。私は愛してしまったのです。金に執着しエルフである私を利用し人を実験道具にしか思っていないあの心の醜い人間を……」 「そこまで分かってて……利用されているって分かっていてなんでっ!! あの男は母様の事なんてこれっぽっちも想ってはいなかったじゃないですかっ!! 彼の最後を見たでしょ!!」 「えぇ……最後の裏切りは正直キツかった……彼のことを信じる事なんて……もはや出来なくなった……。でも……琥珀化されて想うことは彼の事ばかりだった……。彼のぬくもりを……思い出すことだけがあの孤独な一人の世界で唯一の幸せだった……」 「な、なぜ? 母様は……なぜそんなにもあの男の事を……」 「エリシア? 貴女に想像できますか? 毎日毎日琥珀の中で思い焦がれていた男が……自分の琥珀化を解除してくれた瞬間の喜びを……。彼の腕の中に飛び込めた時の幸せを……」 「分かりません!! 母様の言っていることが……全然分かりません!!」 「彼は……私をまた利用するつもりで琥珀化を解きにきました……それは重々理解しています。でも……私はそれでよかった……彼の温もりを感じられただけで……それだけで良かった……」 「母様……」 「だから、彼がまた不老不死の霊薬を作る手助けをしろと言った時……とある野望が私にも生まれました……。それは……誰のためでもない……私の醜い願望……」 「野望? 願望?? それは一体……」 「些細な野望です……。というよりも願いとでも言いましょうか……。」 「願い?」 「全てはその願い故……彼と永遠を共にするため……」 「永遠……? という事は、やっぱり母様も……不老不死の霊薬を望まれているということですか……」 「えぇ……。そうとも言えますね……」 「母様……」 「私のささやかな野望を邪魔するのであれば、例え貴女でも霊薬の材料にして差し上げます! むしろその方が……娘として生まれてきた甲斐があるというものでしょう?」 「母様っっ!! そんな……嘘ですよね? 母様が……そのような事……言うわけが……」 「さぁ……大人しく霊薬の素材へと成り果てなさい! 私自らが貴女の肉を切り裂いて差し上げますっっ!!」  蝋燭台を左手に持ちつつ右手には服の中から儀式用のナイフを取り出し無造作に構えるマドレア。そのナイフがギラリと光を反射した瞬間、彼女は音もなく素早く前進しエリシアとの距離を一気に詰める。 「おいっ! エリシア!! ボーっとするな!! お前の母ちゃんはあのバカ淫魔に操られているんだ!! 言葉に惑わされるんじゃねぇ!!」  自分の母親とは思えない言動が返されショックを受け立ち尽くしてしまっているエリシアに、レファは手助けをしてあげたいが距離が思いのほか離れていてすぐには助けに向かえない。そうこうしている間にも素早く移動するマドレアのナイフは真っ直ぐにエリシアの胸を狙って接近してくる。レファはありったけの声を絞り出してエリシアの意識を取り戻させようと声を張るが、それでも茫然自失の彼女の顔は固まったまま……。  やがてマドレアの構えたナイフはエリシアの体まで接近し、そして…… ――ズブっッ!!  刃物が柔らかい肉に沈み込む音を立て、彼女の皮膚に沈んでいく。  エリシアの胸にナイフが刺さってしまった! と、レファとマリナは慌てるが…… 「母様……やはり貴女は……操られてなど……ないのですね?」  静かな声でエリシアの声が響く。 「………………」  マドレアは突き立てたナイフを軽く引き、彼女の肉体から切っ先をゆっくり抜いていく。 「本当に操られているのでしたら……抵抗しない娘であっても……一突きにしたはずでしょ? 心臓を……」  彼女が刺したナイフはエリシアの胸ではなくその随分と横下の脇腹の端に刺し傷を残す。彼女は胸を突き刺さなかったのだ……。 「勘違いしていただいては困ります。新鮮なマナは本体が生きていないと搾取できません……故に殺すことは出来ない……殺したくても……ね……」 「嘘ですっ! 私は母様の邪魔をするつもりなんですよ? 不老不死の薬なんて……絶対に作らせないって思っているんですよ? 今私を殺さないと、絶対に霊薬は作れません! 意地でも邪魔してみせますから!! それで良いんですか?」 「くっ……う、うるさいっ!! 殺すことなど造作もない事っ!! 不老不死の霊薬は……後は調合してしまうだけの段階っっ! 娘だから殺されないだろうなんて思わないことですっっ!! 今度は……外しません!!」 「じゃあ……もう一度刺してみて! 私のことを殺して止めるつもりならっ! 刺して見なさいよっっ!!」 「くぅっっ!! 親に向かって……なんという暴言……いいでしょう……そんなに死にたいのでしたら……今度こそ……」 「お、お、おいっエリシアっっ!! やべぇっって!! 次は避けろっっ!! さっきのは偶然かもしれねぇんだ!!」 「いいえ! 刺してもらいますっ! 私は……母様を信じてますのでっ!!」 「こ、このっっ!! そんな目で私を……見るなァァっっ!!」 ――ドスっっ!!  またも肉を刺す刃の鈍い音が聖堂内に響き渡る。レファは目を大きく見開き、マリナは目を手で覆って成り行きを見ないように視界を隠し言葉を失う。僅かな沈黙が聖堂には行き渡り……そして数秒の後、ドサリと音を立てて床に膝から崩れ落ちる彼女……。  誰もがエリシアが崩れ落ちてしまったと予感したが、実際に崩れ落ちたのはマドレアの方だった。 「なん……で? なんで……避けないの? なんで……そうまでして私のことを……」  蝋燭台とナイフがカランと床に落ちる。  膝を崩したマドレアの前には腕に新たな傷を負ったエリシアが痛みに屈せず微動だにせず立っている。 「母様……。私は母様の娘です……娘が母親を信じないなんて……有り得ません……」  腕と腹部の端から流れ出る血は重傷とは言わずともかなりの傷にはなっている。しかしエリシアはそれを気にするよりも崩れ落ちた母親の方に優しい言葉を投げかける。 「母様は自分の願望のために人やエルフ……ましてや娘を犠牲にするような方ではありません。それは私がよく知っています……」 「でも……私はもう……取り返しのつかないことを数え切れないほどしてきたし、手伝っても来た。操られていたとはいえ、やってしまった事への罪を償うすべなんて……もうこれしか……」 「やっぱり今は術が解けているんですね? チャームの……」 「術なんて関係はありません。私とマルカスがしでかした罪は……私たちで償わなければ……」 「それは決着がついてから考えましょう? あの淫魔の狩り人さんが……必ずラフェリアを討ち取ってくれますから……」 「淫魔の……狩り人……?」 「そう。彼女なら……母様を操っていたラフェリアを倒すことができます! 彼女を倒して完全に正気に戻れたら罪を償う方法を一緒に探しましょう? ね?」 「………………」 「母様……」 「私は……決して許されない罪を背負いました……。しかしそれは私だけではなく……マルカスも……そしてあのラフェリアも……」 「えぇ……。彼女もそうです。同じ罪を背負ってます……」 「確かに……今の私はまだ……彼女のチャームに操られている部分も多々あります。完全には支配から逃れられてはいません……」 「だったら……倒さないと! 絶対倒さないと……」 「そうですね……ちゃんと正気に戻れた時に罪を償うのが……筋というものでしょうね……」 「えぇ!」 「…………淫魔の狩り人……とやら……」 「お、おう! なんだ?」 「これから下へ降りるのでしたら注意なさい。もう知っているとは思いますが、ラフェリアの本体はアレではありません!」 「あぁ……どこかに隠れているんだろう? これからそいつを探してボコボコに……」 「いいえ! 隠れてなどはいません! むしろ堂々と姿を見せてます!」 「は? な、なんだって!?」 「彼女は貴女たちの想像の斜め上の場所に居て……うっっ!!?」  ここまで喋ると、図ったかのようにマドレアに強烈な頭痛が襲い言葉を遮らせるよう仕向けてくる。 まるでマドレアが裏切る様子をどこかからか見ていたかのように、大事な言葉を零そうとした瞬間その頭痛が激しさを増しマドレアに頭を抱えさせる。 「母様っ!? 母様っっ!!」 「くっっっ!! 私が裏切ると……予測して……いたのねっ!! んぐぅぅぅっっ!!」 「おい! しっかりしろ!! 大丈夫かっ!?」 「直接的な言葉は……裏切りの言葉を吐けば発動し直す……そういう魔法だったのね……あのチャームはっっ!!」 「母様っっ!? い、今助けますっっ!!」 「くぅっっ!! 狩り人っっ!! よく聞きなさいっっ!!」 「お、お、おう!」 「見たままの光景を信じては駄目っっ!! 彼女の本体は……うぐぅぅぅっっ、本体はっっっ!!」  ――パンっ!!  強烈な破裂音と共にマドレアの頭がガクンと項垂れる。それと同時に意識を失ったのか体が床に倒れこむ。 「お、おい! 大丈夫か?」 「母様っっ!? 母様っっ!!!」 床に倒れ込んだマドレアを揺さぶり安否を確認するエリシアだったが、実母の体はしっかり呼吸をしていることにすぐに気づき顔の緊張を解き安堵の表情を浮かべる。 「だ、大丈夫みたいです。気絶させられた……だけかと……」  その言葉にレファとマリナも安堵の息を零し、エリシアのもとへ駆け寄る。 「裏切ったことが分かれば意識を奪って強制的に口を閉じさせる魔法ってところか……部下にも抜け目なくそういうのを仕掛けるんだな……あの淫魔は……」 「身体の方に心配はないかと思いますけど……念の為に私が付いておいてあげたいのですが……それでも構いませんか?」 「あぁ……あんたはマナを使いすぎたし、怪我も負ってる……ここで少し休んでおきな……」 「すみません……」 「なぁに、どうせ一人でやるつもりだったんだ……楽させてもらっただけ得したってもんよ♪」 「あの……アイネの事も……」 「分かってるって。ちゃんと救い出してみせる!」 「……はい。ありがとうございます……」 「よし、それじゃあマリナとやら……教会の見取り図を渡してくれ! ここからは私一人で潜るっっ!」 「えっ!? いえ……私も何かお役に……」 「見取り図を貰えればそれが一番の援護だよ。それ以上は逆に足でまといになるかもだ……」 「うぅ……そうですよね……」 「アレだろ? あんたも、下に捕まってた人達の事が気がかりなんだろ?」 「え、えぇ……はい……」 「任せとけって! 全員……一人残らず救出してやっから!」 「……うぅ……お願い……します……」 「おう!」 マントを翻し、右手には銃、左手にはナイフを握りレファはマドレアの入ってきた扉を改めて睨む。 この下に……ラフェリアが居る。 そして自分の姉も居る。 マドレアの最後に言いかけた言葉が気にかかる……。 “見たままの光景を信じるな”とはどう言う意味だったのか? 直接的な言葉を吐く事ができないと悟ったマドレアが最後に振り絞ったこの言葉……。 レファはまだその言葉の意味に気づけない。 見たままの光景の“見たまま”という部分をまだ……見ていないのだから……。

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