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5:深淵の底へ住まう男 「そこに居るのは……マドレアか?」  ベッドに横になりながら弱々しい声を零す1人の男性……。彼がこのように弱々しい声となっているのは体中の痛々しい刺し傷が原因である事は誰の目にも明らかである。  包帯の隙間から次々に溢れ出る薄赤い血液……。手当は十二分に行ってあるにもかかわらず、心臓の鼓動が脈打つと同時に相応のそれを吐き出し続けるその傷は因縁深い呪いが原因であることは彼が一番良く理解している。 「はい。少しだけ時間を取られてしまいましたが……今日の分の治癒魔法をかけさせていただきます」  教会の深淵ともとれるその深い地下の一室に寝かされていたその男は、部屋へと入ってきた白いフード姿の女をマドレアと呼び、ふぅと大きな息をついて安堵の表情を浮かべる。 「痛っつつ……このエルフの呪いってやつは厄介だな……。未完成とは言え俺の不老不死の成分を宿したあの霊薬も今や効果がなくなりつつある……」  男は体を起こし傷を手で押さえつつ壁に背をもたれさせる。それを見た白フードの女は男の手をゆっくりと誘導するように包帯から離させ胸周り巻いてあった血の滲んだ包帯をゆっくりと外し取っていく。 「ちっ! 後一歩で完成するはずだったってのに……こんなドジを踏んじまうとは……我ながら情けないぜ……」  包帯を取った後の男の体には槍で刺した跡が複数残っており、年月が経っているにもかかわらずその傷は“今付けられた傷”であるかのように真新しく見え、その傷から男の血を多量に吹き出し続けていた。 「しかし……あの薬を飲んでおいて良かった……。アレを飲んでいなければこうして生きながらえることも出来なかっただろうぜ……。って事はやっぱりあの調合は間違いないって事だ。エルフのマナを凝縮した体液と我らが研究していた再生の霊薬……それらの効果を繋ぎ留めつつ何倍にも高める純潔処女の淫液……その素材は全て集まったんだ……後は配合率を見直すだけ――ゲホゲホっ!」 「マルカス様。どうぞ興奮なさらずに……。今治癒を済ませますので、これで2日程は出血も収まります……」 「あぁ……。助かるよマドレア……。いや、今は名前を変えてそのフードを被っているんだったよな?」 「はい。私の今の名はミゼル……。この教会で司祭を行っていた者の名を借りてございます……」 「はは……しかし操られているとは言え味気ないものだな。以前はあんなに俺の事を情熱的に好いてくれていたのによぉ……今はまるで人形みたいじゃないか……」 「……以前の記憶は……もはや遠い記憶……。今はマルカス様が主であり信奉に値するお方……」 「……まぁ、これはこれで有りか……。人形のように従順に尽くしてくれる女というのも悪くはない……」 「マルカス様……治癒は終わりました……」 「ん? あぁ……そうか……。体の方は直してくれたってわけだな? じゃあ今度は俺の性欲の方も満たして――」 「恐れながら……。今は裏切り者の粛清中にございます……。しばしお時間を下さいませ……」 「裏切り者? なんだ? 餌が誰か裏切ったってのか?」 「ドクター・メリッサが……貴重な素材を逃してしまいました……」 「メリッサ? って……まさか……あのメリッサか?」 「はい。主様が以前お勤めされていた霊薬研究所の調合主任……彼女に不老不死の霊薬を調合させております……」 「フハハッ! あのクソ生意気な女にか? それは傑作だ! あいつは俺を危険分子だとか言って追い出した張本人なんだ。不老不死の霊薬などもってのほかだと喚いていたあいつにソレを作らせているとか傑作中の傑作だな! ハハハハ!」 「どうやら……ドクターにはラフェリア様の誘惑(チャーム)が効いていなかったようで……現在はしっかりと魔法が効くよう懲罰も兼ねて弱らせているところでございます……」 「あぁ……アイツの事だから淫魔を見た瞬間、チャーム耐性のある薬を飲んでたんだろうぜ……。妹共々抜け目のない姉妹だからな……」 「はい……」 「んで? 調教は上手くいきそうなのか?」 「はい。先ほど始まったばかりですが……思いのほか“ああいう刺激”に弱いらしく……思った以上に早く決着がつきそうです」 「そうか……だが油断するなよ? ヤツは狡猾な女だ……また演技でもされて騙されたとあっちゃ目も当てられんぞ」 「それは心得ております。ラフェリア様も徹底的に行くと仰っておりましたので……」 「頼むぞ。あの霊薬が完成しなければ俺のこの傷は絶対に治らない。それに……あの淫魔の女王をその気にさせちまったんだからちゃんと対価を払わなくちゃなんねぇ……それがあの女の手にかかってんだ……抜かりなくやれよ?」 「勿論でございます。今度は悪巧みなど出来ないよう……徹底的に責め落として差し上げます。死ぬより辛い責め苦で……」 「おいおい……操られているとはいえその嬉しそうな口元はなんだ? 楽しみにしてるとでも言いたげだな……」 「楽しみにしておりますとも……。彼女の笑い方は……私の体の芯を……熱く揺さぶって仕方がないのですから……」 「ハハ……流石は司祭様だ。愉しみ方も存じていらっしゃる……」 「では……彼女が待っておりますので……この辺で失礼いたします。配合実験が出来る段階まで彼女を操れるようになりましたら……改めて次の配合をどのようにするか伺いに参ります……」 「あぁ……それなら先に伝えておく」 「…………?」 「次はエルフの体液を52%に上げて再生の霊薬の分量を35%に減らしてみろ。恐らく……今までの失敗を見る限りその配合で完成を見る事ができるはずさ……」 「……それぞれ4%ずつ増減させるのですね? 承知いたしました……」 「後は調合士がしっかり仕事をしてくれるか……ってのが問題だ。ただ混ぜるだけでは絶対に完成しない代物だからな……」 「そこは抜かりなく……完璧に従順な調合士をこれから“作って”参ります故……」 「……フフ。頼もしい限りだ……任せたぞ……」 「……はい。お任せを……」  地下深くに用意された特別な部屋を白いローブ姿の女性が去っていく。    目隠しの下の顔は何かを楽しみにするかのようにニヤリと笑みを浮かべ……音もなく階段を上がっていく。  湿りと薄ら寒い空気が時を止めているかのように張り詰め、その場に居るだけで逆に耳鳴りが襲ってきそうな静寂さを石造りの螺旋階段は滲み出している。  白いローブの女は向かう。  地下にて呪いの傷に犯された男の命運を握る……調合士のもとへ……。  操られし彼女の主を……助けんとするために。

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