Home Artists Posts Import Register

Content

5:誤算 ――カツン……カツン……  教会の地下に伸びる石壁の廊下に響き渡るヒールのついた靴で歩いている音。その音は地下の更に地下に幽閉された“彼女”の耳にも届いている。  ラフェリアは靴など履いていない。じゃあ誰がこの地下牢の廊下を歩いてきているのか? 彼女は鎖に繋がれながらも顔を緊張させその靴音が響く鉄扉の方を睨んだ。   ――ガチャッ! ギギギギギ……  睨んでいた鉄扉の鍵が開けられ重々しく開く音が牢屋の中に鳴り響くと同時に、その扉を開いた人物が逆光を背に姿を現す。 「催眠の効果は……もう切れているでしょう? マリナさん……」  落ち着いた口調におしとやかな声……扉が重みで自動的に閉まると逆光が晴れ、その人物姿が鮮明に視界に入ってくる。 「貴女は……確かメリッサさん?」  白衣を着たキツネ目の女性という特徴で彼女を覚えていたマリナは、思わずその彼女の名前を大きめな声量で返してしまう。 「シっ! まだミゼル司祭が何処にいるか分からないんだから……あまり大きな声を出さないで!」  メリッサは口元に人差し指を立て声量を絞るようにとマリナに返すと、白衣のポケットから細い針金のようなモノを取り出しマリナを拘束している手枷を外し始めた。 「あ、あ、あの! 私……もう……何が何だか分からなくて! 何で私は捕まっているのですか? この教会では何が行われているのですか??」  自分に意識を取り戻してもなお自分がなぜこの場所に拘束されているのか、なぜあのような凄惨な現場を目の当たりにしたのか理解できていない。声を抑えることができずメリッサにその質問をぶつけると、メリッサは優しく口元に残していた指を彼女の口元に当て再び「シーッ」と声を抑えるよう促した。  やがて手枷が外されるとメリッサはコホンと咳払いをし、少しの間隔を置いて彼女に言葉を零し始める。 「簡潔に貴女に必要なだけを話しますから……しばらく質問は無しでお願いしますわね……宜しくて?」  メリッサの落ち着いた声にマリナは静かに頷くと、疲労からか尻をペタンと床に付け座りの姿勢に変える。  それに合わせてメリッサも腰を落として姿勢を低くし、改めて視線を彼女に合わせて話を始めた。 「まず……この堅苦しい丁寧しゃべりをやめさせてもらうわね。どうもこの喋り方は演技とは言え私に馴染まないわ」  メリッサはそう言うと自身の長い銀色の髪をサラリと掻き分け髪の一部を後ろへと流す。そして閉じているかのように見えた目をゆっくりと開き少し影を帯びた瞳でマリナを真っ直ぐに見た。 「ひとつ誤解のないように言っておくけど……私は、あの淫魔の手先なんかではないわ。……その逆で……アレに復讐を誓っているものよ」  復讐という言葉にビクリと身体をびくつかせたマリナだったが、雰囲気の変わったメリッサに逆らうわけにはいかず彼女の言葉通り浮かんだ質問の言葉を飲み込み頭を縦に振って静かにその言葉に相槌をうった。 「あの淫魔は私に“不老不死の霊薬”を作らせようとしているわ。それを使って永遠に搾取できる“餌”を作りたいと考えている……」  美しく真っ直ぐに見つめるメリッサの瞳にゴクリと息を呑むマリナ。彼女の言う“餌”という言葉にも先程見た凄惨な光景が脳裏をよぎり、意思とは関係なしに体がビクついてしまう。 「霊薬を作るにはエルフの体液と処女の淫液が材料として必要なの……だから、この地下を使ってその両方を得ようとしている……」 処女の淫液……それを聞いたマリナは無言で自分の下腹部に視線を落とす。服も着せられていない哀れな自分の姿を見て改めて顔を赤く染め、自由になった手でその無防備な陰部を隠す動作をした。 「私はアイツに勘付かれないように従順なふりをしながら、ソレに近い霊薬を精製してきたんだけど……“あの女”の言うとおりに素材を配合していくと本当にその馬鹿げた霊薬が完成しそうな段階まで行き着いてしまった……」 「あの女の言う通り? その霊薬とやらは……貴女が調合しているのでは?」 「ううん、私はもともと霊薬の調合士としてある研究機関にいたんだけど……そういう胡散臭い霊薬を研究なんてしてこなかった」 「霊薬の……調合士?」 「そう……私達が研究していたのは“再生の霊薬”と呼ばれるごく一般的で健全な効果しか出さない霊薬だった……」 「再生の……霊薬?」 「まぁ、簡単に言えば傷ついた皮膚や骨、臓器に至るまでを生物に備わった自己修復能力を極限まで高めて瞬時に回復させる……そういう薬のことよ。市販のもので言えばポーションやエリクサーなんかが有名かしら」 「あ、あぁ……聞いたことあります……冒険者がよく使うアレですよね? 私には高くて買えませんですけど……」 「その研究所にある時あの2人が突然現れて……職員を皆殺しにし、研究主任であった私にこんな要求をしてきたわ……」 「……2人…………? ミゼル司祭も……?」 「不老不死の霊薬を作るためには私の研究している“再生の霊薬”の調合が必要になる。だから手をかせ……と」 「再生の霊薬が必要?」 「さもないと唯一命を奪われなかった私の“妹”を殺す……と」 「妹さんを……殺す?」 「私は了承せざるを得なかった。作ると約束をしなければ間違いなくあの場で妹のレファは殺されていただろうから……」 「………………」 「ただ、協力する代わりにレファだけは自由にしろっていう交換条件をつけてやったわ……。ミゼル司祭は難色を示していたけど、ラフェリアは『呪いをつけて監視する』という条件でだったら良いと言ってくれた……」 「それで……妹さんは自由に?」 「まぁ、その呪いっていうのが陰湿でたちの悪い効果付きだったんだけど……それでも彼女は外へ出ることが許された」 「たちの悪い……効果付き?」 「そして私はこの地下施設へ連れてこられた……。不老不死の霊薬を作らせるために……」 「さっき……完成間近の段階まで……行き着いたと言ってましたよね?」 「そう……それもあの女の言う通りに調合していくと見えてきたわ……。私が研究していた薬の回復力とエルフの体液に含まれる尋常じゃないマナの力……そしてその2つを喧嘩させないように潤滑油のように差し込まれる処女の淫液……。それらのバランスが整ってしまう時……薬は完成してしまう……」 「そ、そんな! どうにか完成を誤魔化すことはできないのですか? 完成すれば……きっと酷いことに使われるのは目に見えてます!!」 「そうしたいのはやまやまだけど……あの女には多分見透かされている……」 「あの……女?」 「彼女は恐らく“完成するのが分かっていて”私に調合を指示している……」 「彼女って……あの女って……誰です? あの淫魔の事ですか?」 「ううん、恐らくあの淫魔すらも操っているのは彼女……」 「…………」 「ミゼル司祭……」 「み、ミゼル……司祭っっ!?」  「恐らく不老不死の霊薬をあの淫魔に教え込んだのは彼女だと思う。調合するエルフの体液の分量を決めているのは彼女ですし、実質、あの淫魔にエルフの体液を搾取するよう指示を出しているのは彼女のようだし……」 「司祭が? ほ、本当ですか?」 「あの司祭は……多分、人間ではないわ。彼女は人外のなにか……」 「人間じゃないっッ!? そ、それは……どういうことですか!?」 「正体は分からない。でも、かなりの魔力を彼女が秘めているというのは間違いないわ」 「魔力を秘めている?」 「私をココへ連れ去る際、彼女は転移魔法で私をココへ飛ばした……。その後、自分とラフェリアの体も瞬間移動させているの……。転移魔法は近距離であってもマナを大量に消費してしまう魔法……だからそんな魔法を連続で3回も使うなんて並の魔法使いなんか出来るはずがない……」 「っということは……まさか、魔族?」 「さぁ、そこまでは分かりかねないわ……でも、人間の魔法使いにそれを行えるものはいないし、ましてや一介の修道女上がりの女に出来るなんて……」 「そ、そんな! ミゼル司祭は確かに組織名簿にも載っているれっきとした人間ですよ? 私もココに派遣される前にその名簿は確認しています! 彼女は人間のはずです!」 「だとするなら……彼女はもう……何者かが成り代わった別人ということに……なるかもしれないわね……」 「べ、別人??」 「何かがミゼル司祭に憑依したか、もしくは司祭は何者かに殺されて別人が成り代わったか……どちらにしても今の彼女は人間でないことだけは確かね……。あんな魔力は人間には蓄えきれないから……」 「じゃ、じゃあ……何者なんです? あのミゼル司祭は……」 「うん、それを貴女には調べてもらいたいの」 「えっ!? わ、私が??」 「私はこの地下から出してはもらえない……出れば逃げたとみなされて妹が殺されてしまう可能性があるわ。だから、貴女をこれから逃がすから……この街の人間にミゼル司祭が最後に何処で何をしていたのか確認してもらいたい!」 「何処で……何をしていたか?」 「そして、私の妹が恐らく数日以内にこの街に来るはずだから彼女に集めた情報を伝えて欲しいの!」 「妹さんに……集めた情報を?」 「きっと妹は私を助けにやって来る! でも彼女はミゼル司祭の存在を知らない可能性が高いわ。恐らく……ラフェリアよりも彼女の方が謎も多くて危険よ。だから少しでもいいから情報をあげて欲しいの!」 「……私が逃げて……大丈夫なんですか? すぐにバレるのでは?」 「大丈夫だと……思う。今はあの幼いエルフにラフェリアはご執心だし……人間が1人居なくなったところで気に求めないと思うわ」 「そう……ですか……」 「でも、外に出れば素性は隠しておいてね? どういう経路であの淫魔の耳に入るか分かったものじゃないから……」 「は、はい!」 「じゃあ……これ。私の服で申し訳ないけれど……これを着て裏の階段から逃げて頂戴。出来るだけ急いで……ね」 「あ、ありがとうございます! で、でも貴女は……これからどうされるんです? また戻るんですか? あの地獄のような場所へ……」 「そうね……私に出来ることはあの淫魔の責めからなるべく少女達を守るために苦痛を紛らわす薬剤をこっそり与えてあげる事くらい……。でもそれも霊薬の効果実験と称して与えているものだから……バレるのも時間の問題ね……」 「バレたら……不味いんじゃないですか?」 「フフ……。心配はご無用よ。時間さえ稼げれば妹が必ず来てくれる! それを信じているから……」 「そう……ですか。わかりました! 私も頑張ってあの司祭の情報を集めて貴女の妹さんにしっかり伝えておきますので、貴女もどうか無理はなさらないよう彼女たちを守ってあげてください!」 「えぇ……ありがとう……。妹は貴女よりも少し背が低くて燃えるような赤い髪をしているからすぐに分かると思うわ。会えたらよろしく言っておいてね?」 「はいっっ!!」  手渡された衣装一式を手早く着込み扉を出る前にもう一度深々とお辞儀をしたマリナは、そのまま教会の裏手に通じる階段を駆け上がり去っていった。  しばしその後ろ姿を見送った後、メリッサは「ふぅ」と大きな息を吐く……。その息がシスターを逃せた安堵の息だったのか……それとも、これからあの場所へ戻らなくてはならないという事への諦めの息だったのかはメリッサには判断はつかない。 「さぁ……そろそろ戻っておかないと――」  そう言って出口とは逆の廊下へと踵を返した途端、メリッサは絶句した。  そこには、今もっとも居て欲しくない人物が蝋燭台を片手に不気味なまでに静かに立っていたのだ。 「ドクター……メリッサ……」  今までの彼女の行いを全て見ていたかのように彼女は口角を上げてニヤリと笑う。  そして慄き動きが固まってしまったメリッサの目の前に蝋燭台をソっと近づける。 「溜息は……幸せを逃すと言いますよ? 貴女ほどの女性が……そのような大きな溜息をついてはいけませんね……」  ユラリと左右に揺れる蝋燭の炎……メリッサはその炎を見つめてしまい、その後抵抗の間もなく静かに床へと崩れ落ちてしまう。  意識は朦朧となり、やがてその視界は暗く閉ざされていく。  眠りに入るかのような心地のいい催眠にかけられたメリッサだが……彼女が“心地いい”と感じられたのはこの意識を失う直前の瞬間が最後であった。  あとは……ひたすらに繰り返される……地獄が待つだけ。  裏切りの代償を支払っても支払いきれないくらいに……深く重い罰を……彼女は受ける事となる。

Comments

No comments found for this post.