Home Artists Posts Import Register

Content

1:生贄の巫女 ――大陸エルヴァニラの端……辺境の小さな村。 「エリシア……。今日、お前の姉さんであるエイレーヌが祠の外で見つかった……」  人口僅か100人と少しの村の住人達は、今朝方からこの小さな集会所に押し寄せ1人の巫女に縋る様に言葉をぶつけていた。 「えぇ、先程伺いました。姉様は……琥珀化してしまっていたのでしょう?」  集会所の奥には白装束を着た巫女が一人と、隣にも同じ衣装を着た幼い娘が座っていた。  2人とも人間の巫女の格好をしているが、彼女達は人間という種族ではない。  容姿こそ人間の成人女性と変わらない姿形をしているが、彼女達は人間には見られない長くて細い耳が携えられていた。 「あぁ……。エルフが命の危機に陥った時に発動するという……アレになってたよ……」  神妙な面持ちで状況を説明する村人に対し、ブロンド色の綺麗な長い髪を手で馴らす様な仕草を取る姉のエルフは大体の事情を察して深く息をつく。 「では……次は私と言う事に……なるのですね?」  息を突きながらそのエルフは覚悟の定まった目で村人たちを一望する。 「申し訳ないが……今はお前さん達に頼るほか……ない……」  村人たちは一様に顔を俯かせ覇気の無い顔でエルフの言葉を聞いていた。 「分かりました。では準備を致しますので、しばしお待ちくださ――」 「姉様っ!」  姉のエルフが立ち上がろうと片足で床を踏みしめると、その姉の巫女服の裾を摘まんで妹のアイネが泣きそうな声を上げる。 「……アイネ?」  立ち上がるのを一時的に中断した姉エルフは声の方を向き直し彼女の名前を呟きながら裾を掴んでいる手に自分の手を重ねた。 「姉様が今行っても……またエイレーヌお姉様みたいにあいつの餌にされて……死ぬ寸前まで追い詰められるだけです! もっと別の手段を……」  妹エルフは必死に姉の裾を振り自分の言葉を彼女にぶつける。  しかし、姉のエルフの決意に満ちた目は変えられなかった……。 「アイネ……。コレは私達にしか出来ない役割なの……分かるでしょ?」 「ですがっ!!」  声を上げ姉に反論の声を上げようとする妹にエリシアは張りつめるような顔から少し緊張を和らげる笑顔を見せ、彼女の頭にポンと軽めに手を当て、次に出そうとした言葉を呑み込ませる。 「良いんです。私はこの使命を誇りに思っているのですから……」  ニコリと微笑みかける姉の笑顔の透き通った美しさに反論の勢いを殺されたアイネは姉の手を握ろうと手を握り返そうとするが、その前にエリシアの手は離れていってしまう。  頭から姉の温もりが消えていく感触が何やら切なく感じたアイネは、目尻に涙を浮かべてエリシアの顔を見上げる。 「それに……。私が頑張っている間……今度は貴女が村の人達を守ってあげなくちゃいけませんからね。アイネだってちゃんと役目を果たすのですよ?」  最後にもう一度ニコリと微笑んだエリシアは、表情を引き締め直し村の人々を見渡しながらコクリと頷いて見せる。 「わしも……出来ればお前さんを差し出さずに済む方法を探りたい……。しかし……淫魔の女王は、すぐにでも代わりを連れて来いと喚いていると聞く……。代わりをよこさなくては……村を襲うと……」 「分かっています。お心遣いは嬉しいですが、今は私が彼女の遊び相手になってあげなくては……」 「国からの援軍もいつ来るかは分からん。じゃが、必ずお前さんは助け出して見せるから……済まないが一時の間、耐えてくれ……」  「えぇ。大丈夫……私は姉よりも巫女の力が強いと聞かされています。ですので……もっと長い時間稼ぎが出来るでしょう……」 「済まない……本当に……済まない……」 「良いのです。こういう時の為の巫女ですから……」  縋るような目で見上げるアイネを見る事無くスッと姿勢よく立ち上がったエリシアは、最後まで妹を見ようとはせず集会所の扉から外へと出て行く。  アイネは目尻に溜まった涙を手の甲で拭い小さな声で「お姉様……」と呟き、姉とは反対の扉へと去っていった。 「村長! ……俺も……エリシアを送るのは……反対です。姉があんな姿で戻されて……代わりが居なくなったから次の巫女を差し出すっていうのは……あまりにも……」 「わしだって……彼女達を差し出したくはなかった……。しかし……今は頼るしか方法がないのじゃ……。国への要請も何度となく却下され兵の一人も来る気配はない……。我々で戦おうと思っても……女、子供の多いこの村では戦う準備すら出来ぬし……」 「だとしても……俺は巫女様にはえらくお世話になったんだ……。その恩を返せないまま生贄として差し出すなんて……酷過ぎじゃねぇか……」 「無論……見殺しになど絶対にしない! あと10日……。10日だけ頑張ってくれれば……」 「10日? 10日後に……誰か来るってのか?」 「期待できないかもしれないが……彼の者と繋ぎが取れたと知らせがあった」 「彼の者って……あの噂の?」 「あぁ……。伝者の報告によれば、10日後にこの村へ寄ってくださる……との事じゃ」 「ほ、本当なのか? いるかどうかも怪しい存在だったんだろ?」 「分からぬ……。外の伝者を雇ったからのぉ……期待外れである可能性も否定はできん……」 「じゃ、じゃあ……10日経っても……助けが来なければ?」 「やむをえん……。巫女だけに辛い思いをさせるのは忍びないからのぉ……」 「女、子供、そしてアイネは逃がして……俺達だけでも戦いに出てみる……って事か?」 「あぁ……それしかあるまいて……」 「……そう……だよな。それが良いさ……どのみち討伐軍が来ない限りは俺たちはじり貧で死んでいく運命だ……それならいっそ――」  村の男連中と村長の話を扉の裏で涙をぬぐいながら聞いていたアイネは、複雑な思いを頭に巡らせまた涙を目尻に溜め込む。  自分の思いとは裏腹に人間たちは勝てない戦いを挑もうと決起している。姉が居ればそのような決起は止めている所だろうがアイネ自身は刺し違えてもエリシアを助けたいと思っている。人間の力で淫魔の女王に勝てる見込みなど万に1つないと言えるが……今はその戦う意思が心強い。村人がいかないなら自分だけでもと思っていたのだから……。  しかし、巫女としての役割も無下には出来ない。巫女の役割は代々人間の村を守る事を旨としている。だからやっぱり止めなくてはいけない立場なのだ……知ってしまった以上。  止めたくないが止めなくてはならない……その葛藤にアイネは答えが出せない。どのような立場に居ればいいのか……幼い彼女の経験則では答えなど出るはずもない。  どうすればいいのか……。何を貫けば正しいのか……。 「姉様……。私は……どうすれば……」  縁側の大きな木を見つめアイネは大粒の涙を頬に伝わせる。押し寄せる不安の圧力に心臓が潰されそうなほど苦しい。  どう足掻いても村も姉もすべて失ってしまうという未来しか見えてこない。その絶望感が……アイネの小さな身体を押し潰そうとしている。  どうにかしたいけど自分の力ではどうする事も出来ない歯痒さがアイネの小さな胸を抉っていく。零したくもない涙が勝手に零れ出してくる。  ここは大陸の果ての小さな村イシュト。  平穏と豊かさがあったこの村に半年前……突如として災厄が降りかかった。  上級魔族である淫魔の女王ラフェリアが襲来したのである。  村の半数の人間は1日と経たないうちにラフェリアの供物とされ、搾れるだけの体液を搾り取られミイラのような体にされ村へ返された。 遥か以前の時代から村を守る役目を担っていたエルフの巫女はである長女のエイレーヌはラフェリアと交渉し、自分が生贄になる代わりに村の人間の安全を保障して貰うという交換条件を呑ませた。  1000年を生きるエルフならば人間が供物とされるよりも時間が稼げるはず……という策も何もない一時しのぎの交渉ではあったが、時間さえ稼げば討伐隊を呼ぶ時間が稼げると考えた苦肉の策であった。  しかし……エイレーヌの目論見は外れ、討伐隊は到着することなく半年が過ぎ……  エイレーヌのエルフとしての力は底を突き、琥珀化という一種の冬眠状態へと変えられてしまった。    琥珀化はエルフ族にとっての最終手段……。それが発動するということは肉体的、精神的に極限まで追い詰められてしまったという証拠……。 ラフェリアの棲みついた淫魔の祠の中では何が行われていたのか? 何をされて琥珀化するまでに追い詰められたのか?  次に祠へ身を捧げに行くエリシアにはまだ想像だに出来ていなかった。  しかし彼女は向かわなくてはならない……。  守ると誓った人間たちの村を、姉に代わって守るという使命を目に宿して。

Comments

No comments found for this post.