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1:七戦目の絶好手  外で降りしきる雨音も時折鳴り響く雷鳴の轟きもこのホテルの地下に併設された巨大な賭博遊技場の中ではその一切は客の耳には入ってこない。  所狭しと壁際に並んだスロットマシンの電子音やルーレットの回る音、勝った負けたの一喜一憂を声高に叫ぶ者、ゲームの案内をアナウンスするマイクの声……それらが交じり合って一種の喧騒を作り出しているこの地下カジノでは、その外の音すらも掻き消してしまう程の喧騒を嫌うものなど誰一人いない。むしろその喧騒を好んで浴びに来ている客がほとんどなのであり、そこに居心地の良さを感じる人間も少なくはない。  普通の感覚であればこの過剰な雑音に耳を覆いたくなりそうなものだが、賭博場と言う特殊な環境はそういうストレスに成り得る雑音もギャンブル熱を高める興奮剤にしかならない。だからこういう場では誰も文句は言わないのである……例え、負けが込んで発狂に近い声を隣の人間が上げていても……。 「では、カードのオープンをお願い致します……」  そんな様々な雑音があちらこちらから飛び交うカジノにおいて比較的落ち着いた雰囲気で賭博を楽しめる場がカジノの隅の方に設置してある。  スロットのように電子音と強い光で射幸心を煽るような機械的なギャンブルではなく……昔ながらカードを使ったギャンブル……  その卓は“ブラックジャック”というカードゲームを一人の女性ディーラーが執り行っていた。 「お客様のカードはダイヤの9……。手札の合計は13でしたので……合計22となり、残念ながらお客様はバーストとなります」  深緑色の柔らかそうな前髪を耳の裏まで運びながらそう告げた女性はペコリと頭を下げ、テーブルを挟んで向かい合っている男性に向けて敗北の2文字をバーストという専門用語に置き換えて伝えてあげた。それを聞いた対戦相手だった灰色のスーツに身を包んだ男性客はガクリと肩を落し、うな垂れる様にテーブルに散らかっている自分の負けた手札を見て、改めて「はぁ……」と息を零している。  テーブルには4人までゲームを楽しめるよう席が設けられてはいるが、このカジノの一番人気であるルーレットの方に客が集まっていてそのテーブルには彼しか客は居なかった。  そんな彼もこのテーブルでの連敗が込み、茫然自失な目でテーブルと散らばったカードを見ていた。 「お客様? いかがいたしますか? もう一勝負……されていきますか?」  うな垂れたまま顔を上げようとしない男の顔を下から覗き込む様に女性ディーラーは、次の勝負に進むかの確認を行う。  ワザとなのか計算なのか……その覗き込む仕草をするために腰を曲げ顔を突き出す格好となったディーラーの姿は、うな垂れ意気消沈していた男性客を不意に喜ばせてしまう光景を目の前に作り出してしまう。  突き出された美人顔と、パックリと開かれた服の襟から覗く推定Dカップはあるであろう彼女の豊満な胸。その胸が作り出す見事な谷間がこれ見よがしに強調され男性の目はカードからそちらの方に誘導される事となった。 「お客様~? 聞いていらっしゃいますかぁ? お・きゃ・く・さ・まぁ~♥」  黒の下地に白の淵どりを施した短めの燕尾服を模して造られたディーラー服。そのディーラー服はとにかく挑発的で、カジノを訪れる男性客を大いに悦ばせる露出を強いている。  胸の谷間を見せる為としか思えないような大きく開かれた襟元……肩口は袖がカットされていて彼女らの健康的な二の腕から脇の下までを惜しみなく露出させてある。  上着の丈の長さもその高身長の女性には全く足りておらず、胸の下までは辛うじて隠せてはいるがその下の上腹部から腰骨に付近に至るまでは大きく露出しており、彼女の健康的で透き通る白い腹部を見てくださいと言わんばかりにが露出させられている。  更に腰のくびれや美しく引き締まった腹部から視線を下に落としていくと、上着と同じデザイン・色遣いをした揃いのヒップボーンスカート(ウエストではなく腰骨に引っ掛けて着用するスカート)が視界に映り、これまた目を楽しませるためなのか恐ろしく短めの丈にカッティングされていて、着用しているディーラーの美しいスラリと伸びた太腿や脚のほとんどが見て貰えるよう露出させられている。  ホテルの外へ出れば即アウトを食らいそうなギリギリのデザインを施された衣装を着せられているディーラーに羞恥心の是非を問いかけてみたいと思う男性客がほとんどだろうが、それを着てカジノを進行している彼女たち自身は頬の一つも赤らめることなく淡々と進行と接客をこなしていた。  それが“慣れ”であるのか“諦め”であるのかは判断のしようがないが、ある意味その露出をものともせず接客を行う彼女達の逞しさに女性客からも憧れの目で見られる事もしばしばである。 「うぅ……そんなけしからん格好を見せつけるなよ。俺はこれで20万以上の勝負を6連敗したんだぞ? またっく……あんたが卓につくとどうも勝てなくなるんだよなぁ~前もあんたがディーラーの時にしこたま負けを食らったし……」  持て余す色気を見せつけながら誘惑してくる彼女の姿にチラチラと視線を移しながらも自身の財布を開いて残金の確認を行った男性だが、すでに先程の勝負で『遊べるお金』と設定していた額を越えている事が分かり、女々しく愚痴をこぼしながらも財布をスーツの内ポケットに仕舞い込む仕草を始める。  その様子を見て『財布の紐が固くなったな……』と感じた女性ディーラーは前かがみの姿勢を解き、次の対戦に備えて真新しいトランプの封を破って手に取り、素早くカッティングを始めた。 「フフ……私と相性が悪いようですね? 残念です♥ しかし次のゲームは……もしかするとチャンスがあるかもしれませんよ? 次は“7戦目”ですし……」  前屈みじゃなくなったディーラーに対して聞こえる様に「チッ!」と舌打ちをした男性は財布をポケットに仕舞い込むと勝負の場から去ろうと身体を反転しかけたが、ディーラーがカードを切りながら呟いたその言葉が耳に入るとピクッと身体を反応させ、再び彼女の方に向きを変え直してテーブルに手をついて身を乗り出すようにしながら怪訝な顔を作りながら言葉を返した。 「7戦目って何の意味があるんだよ? カジノのブラックジャックなんて……所詮、運のギャンブルなんだろ? ギャンブルに6戦目なのか7戦目なのかなんて関係あるわけないじゃないか!」    彼女の言った“7戦目はチャンスがあるもしれない”という言葉に、男は当然反論の言葉を被せた。  ブラックジャックというギャンブルは最終的に配られたカードの“運”で勝負が決まるゲームである。だから余程高名な占い師じゃない限り“7戦目がチャンスかも”なんていう予言めいた事が言えるはずがない。  もしも何か“意図的”にチャンスが舞い込んでくるという事なら……それは……  彼が後に続く言葉を口から出しかけると、ディーラーはニコリと薄く微笑みを浮かべ先程同様顔を再び男性の顔に突き出して胸元を見せながらも薄ピンク色のルージュを塗った艶やかな唇を彼の耳元に運んで内緒話をするかのように言葉を続けた。 「えぇ、その通りです。所詮は運の勝負というのは勿論なんですが……しかし、私と対戦するお客様はなぜか分からないんですけど、7戦目の勝負の時……“絶好の手札”を手にする事が多いんですよ♥」  耳元をゾクゾクさせる甘い囁き声に男は身体をピクリと反応させ、その接近したディーラーの体温さえも感じられそうな頬を横目で睨み、つられる様に小声で彼女の言葉に返答した。 「絶好の……手札? それは……なんか……意味深な言い方だな?」  半円形のテーブルに身を乗り出し誘惑しているディーラーはクスリと声を漏らしながら笑顔を見せると、前かがみの姿勢からスッと姿勢を正し、改めて手に持っていた新品のカードを目にも止まらぬ速さで切り始めた。 「さぁ……私にもなぜそんな事が起こるのかは分かりませんが、このカジノの中では結構有名な話なんです……」  手元が全く見えない程高速のシャッフルを繰り返し、美人顔のディーラーは苦笑いを浮かべて話を続ける。 「7戦目の勝負は、なぜかお客様の手札が良くなる……お客様の間ではいつしかそんな噂が囁かれる様になってしまったんです。まぁ、ラッキーセブンという言葉もありますし……そういうのと混同した迷信の類でしょうけど……ね♥」  苦笑いを浮かべる彼女と再び財布の中身を見比べはじめた男性客はハァと息を吐き、諦めた表情で「わかったよ」とうな垂れながら小さく零した。 「その可愛らしい苦笑いに免じて、今の胡散臭い噂に乗ってやろうじゃないか……どうせ使い果たそうと思っていた金だ、未練もないさ……最後の勝負、ヤってやるよ」  男はそう言いながら財布の中に入っていた最後の札束をドカンとテーブルの上に叩きつけた。そのお金を即座にチップへと変え男の前へ差し出したディーラーは、彼に気付かれない様にクスリと笑みを零しこのように言葉をかけた。 「では……あなた様に幸運が訪れますように♥」  ディーラーは切り終えたトランプの束をそっとテーブルの自分の手元側へ置いて、1枚目の勝負札を男性の手前に裏返しで運んであげた。  次に自分の手元に1枚……それも裏返しに運ぶ。 「頼むぞ……ココは普通のカジノと違ってレートが高いんだから……噂でも迷信でも都市伝説でも何でもいいから俺にもチャンスをくれよっ!」  男は祈る様に1枚目のカードに手を添える。そしてディーラーが2枚目のカードを男の手元に運んだのを見計らって最初のカードを勢いよく表に向けた。 「おぉぉっ!! 良いじゃないかっ!! いきなり絵札だぞ!!」  バシッとテーブルにカードが叩き付けられる音が響き、表に返ったカードが衆人の目に晒されると、豪華な衣装を纏い王冠を被った横顔の絵柄がまず目についた。  右上にはハートの柄があしらわれ、その下にはKと記されている。 「お客様の最初のカードは、ハートのキングでカウントは10ですね? ではもう1枚のカードの方も開けてください……」  最初のカードが絵札だったことに喜んでいる男性に向け、薄く目を閉じてディーラーは淡々と次のカードを開く様に促した。  その促しを聞き生唾を飲み込みながら男性客は、2枚目に配られたカードの端に指をかける。  そして勢いよくそのカードを捲った瞬間、男は今日一番の歓喜の声を上げる。 「ま、まじかよっっ!! また絵札じゃないかっ!! どうなってるんだよ、おいっっ!! すげぇぇよ!!」  勢いのまま緑の薄い芝がひかれたテーブルをバシンと叩き、喜びを表現する男性……2枚目の絵札は女王をあしらった絵柄でハートのマークのQと書かれてあった。 「フフ……お客様、素晴らしい手が入りましたね♥ 2枚目も絵札でしたので合計は20です! では私の見せ札をオープンします……」  喜びを台へのド突きで表現している男性に向けて柔らかい笑みを浮かべているディーラーは、マイペースに自分の手札の1枚目をゆっくりと開いて見せた。 「私の見せ札はスペードの3です……」  ディーラーが開いたカードにはスペードのマークが3つ並んでいて、本人が口頭で述べた様にスペードの3という結果が男性の目にも耳にも届けられる。 「ハハ! やった!! 噂ってやつに乗ってみたのは正解だったな! 本当に絶好の手札が来やがった!! 最後の最後でどんな幸運だよ、まったく……」   ディーラーの手札を見るなり、あからさまに拳を掲げて勝利を確信したポーズをとっている男性。先程の噂の真偽が本当であったことに歓喜と感謝の念を体現している。 「では、お客様。“いちお”聞いておきますが……ヒットは、なされますか?」  興奮気味の客に対し、分かり切っているとはいえ業務的な促し言葉を投げかけるディーラー。男性には分からなかっただろうが、その口元は僅かに妖しい笑みをこぼしていた。   「馬鹿! するわけないだろうヒットなんて!! 20だぞコッチの手は!! ここでもう1枚なんて引くか!」  男性の手の合計は20……ほぼ負けの無い手札だと言ってもいいこの手に彼がリスクを犯す道理は見当たらない。だから当然彼も拒否をする。ヒットなんてしない……と。  ブラックジャックのルールは簡単に言うと手札の合計を“21”に近づけるゲームである。  絵札と10のカードは1枚につき“10”と計算し、2~9までの数字はそのままの数字で計算する。つまり絵札を2枚持っている男性は10+10で合計20であり、21を目指しているこのゲームの中では最も勝ちに近い手が入っているという事になる。    先程ディーラーが促した“ヒットしますか?”という言葉……これはそんな最強の手札を持つ彼に対して「もう1枚引いて数字を足しますか?」と促していると言ってもいい。  合計が“22”以上になってしまうとどういう状況であれ負けになってしまうので、合計が20である彼がヒットをするハズが無いのは目に見えていた。   20の上は21しかない……つまり1……Aを引かないと他はバースト(超過してしまう事)になって負けてしまう。50枚前後あるカードの山の中から都合よく4枚だけしか入っていないAを引く可能性など殆ど無いと言っていい。  普通の感覚ならヒットなどしない。こんな絶好の手でわざわざリスクを冒す必要性など皆無に等しいのだから…… 「では、スタンドでよろしいのですね?」  興奮気味の男性客の『ヒットはしない』という言葉に対し、冷ややかな視線を送りながらなぜか念を押してくるディーラー。  手札を見ればスタンド(手札を確定し勝負)する事など目に見えているのに……“あえて”念を押している風に彼女は真剣な表情で聞いている。 「くどい! さっさと勝負をしろっ! あんたの2枚目を開けるんだよ!」  ディーラーの“最後通告”とも取れる確認を跳ね除け、勝負を選んだ男性客。  その返答を聞き、ディーラーは再び口元に怪しく笑みを浮かべた。 「では……勝負です。こちらの2枚目は……」  緩めた口元は男性に気付かれる前に固く結びなおし、自分の裏返しになった2枚目の手札を静かに開いて見せた。 「私の2枚目のカードは……スペードの7です。合計は10ですのでもう1枚ヒットいたします……」  薄赤いマニキュアを塗った彼女の細い指先が静かにカードを捲ると、彼女が言った通りの数字が表を向いた。  ディーラーは合計が17以上になるまで引き続けるのがブラックジャックのルールであるため、1枚目が3……2枚目が7で合計が10である彼女は次のカードを引く権利が発生する。 「ちっ! ココで……ディーラーの手が10かよ! 安心なんて出来ないじゃないか……頼むぞ! 絵札なんて引いてこないでくれ!!」  男は手を胸の前で組んで頭を下げて祈る姿勢をとる。  もしも次にディーラーの引くカードが絵札なら、合計が20になり引き分けになってしまう……折角の好手が同点で仕切り直しになってしまえば、負けがこんで疲弊している彼の精神的なダメージは計り知れない。それだけは防ぎたい……彼は祈りの中で『絵札だけは来るな!』と何度も叫んでいた。絵札だけは引かれてはいけない……と。 「では3枚目を引いてきたので……オープンします……」  男が引いた2枚の絵札を抜かすと、山札にある10以上の数は14枚存在する……山札48枚の中からその内の1枚が引かれれば同点となってしまう。確率としては3回に1当たってしまう数字……気が抜けない。  かなり分は良いハズなのだが……冷淡に勝負を進めて行くディーラーの態度を見た男は、先程の歓喜に震えた瞬間も忘れ背筋に冷たいものを走らせていた。  ――嫌な予感――  そんな言葉が男の脳裏を横切った。  徐々に真横から開かれていくカード……男はそのカードをジッと凝視する。  テーブルに対してほぼ垂直に開かれ、もう10度程傾けるだけで数字が分かってしまう所までカードが捲られた。  その時、男の視界にはカードの模様が僅かに見えていた。 『よし! 絵札じゃないっ!!』  瞬間的にそのカードの模様が絵札ではなく普通の数字である事が、開かれていく中で見て取れた。  後は数字の10でない事を祈るだけ……  徐々に見えてくるカードの模様……  沢山の模様が印字されていれば10の可能性が高くなる……  絵札じゃないのなら10の可能性も低いハズ! 男は更に祈る様に頭の中で言葉を巡らせ、開かれるカードに集中する。   『よしっっ!! マークが少ないっ!? やった……勝っ――』  カードの表部分が完全に見え切った瞬間、男は思わずガッツポーズをとろうとした。  カードの数字は10ではなかったのだ。  見えているマークの種類はスペード……そのスペードのマークは男の恐れとは裏腹に、少ない数しか印字されていなかった。  10ではない! そのことが分かった瞬間、男は歓喜の声を上げようとする。  最後の残金を全てつぎ込んだギャンブルは自分の勝ちだ! そう結論付け、今まさに腕を振り上げようとしていた。  しかし……   「スペードの“エース”です。残念ですがこの勝負……お客様の“負け”です……」  ディーラーの言葉が耳の奥を木霊するように何度も響き渡ってくる。彼女は確かに言った……『お客様の“負け”です』と……  開ききったカードは確かに10でも絵札でもなかった。同点という事態は回避できて男は瞬間的に喜びを体現しようとした……だが、現われた数字は男の想像の斜め上……よりにもよって一番出てはいけない札である『A』が出てしまったのである。 「ば、ば、馬鹿なっっ!! なんでだよっっ!! 何でこんな時に……よりにもよってAが出るんだっ!」  普通“A”は1と数えるものであるがブラックジャックのルールは少し特殊で、Aは1“もしくは”11と数えることが出来る。  つまり、ディーラーは合計10の手札にAを引いた事で11が加算され合計が21になってしまった。  男の合計が20であるため最大数である21を出したディーラーの勝ち……結果は残酷にも男性客に微笑んではくれなかったのだった。 「ふ、ふ、ふざけるな!! ありえないだろ!! 同点ならまだしも、21で勝つなんて……」  自分の目の前から無情にも大量のチップが取られていくのを絶望の表情で見送る男はその時、ディーラーが先程言っていた言葉を思い返していた。 『7回戦目は“絶好”の手が入る』  絶好の手……それは確かに男の手にも入っていた。  普通なら何もしないでも勝てる手……  勝ちを確信できる手……  しかし結果は負け。同点を恐れていたハズなのに……その上を行く手がディーラーに入ってしまった。  確かに絶好の手が入ってはいたが、勝てなかった……  ディーラーは確かに『勝てる』とは言っていない。絶好の手が入るとしか言ってはいない。  その言葉の通りだった……  良い手札を手にしたにもかかわらず結局負けてしまったのだ。 「フフ……勝負とは分からないものですね?」  肩を落し頭をうな垂れさせ落胆の表情をする男に向けて、ディーラーは優しい微笑みを投げかけながら言葉を静かに紡ぐ。  散財を強いられた男は当然その言葉に怒りの言葉で返答する。 「ふ、ふざけるな! こんな事があってたまるか!! 普通は俺の勝ちだろうがっ!! 20なんて手で勝負出来たんだから……」  怒りに震える男の表情を妖しい微笑みで眺めながら、ディーラーはそっと言葉を続けた。 「いえいえ……私が言いたいのは、あなたが“20”で負けた……という事ではなくてですね……」 「……なんだよ? 何が言いたいんだ?」 「ほら……お客様、思い出してみてください? この最後に私が引いてきたA……これは山札の1番上にあったものでしょう?」 「くっ! それが何だっ!! 何だっていうんだよ!!」  「簡単な事ですよ。つまり……もし、あなたがあの時――」  フッと含み笑いをして見せた彼女の口元を見た瞬間、彼女の言わんとするところが分かり男は愕然とする。  そして、彼女が言葉を続ける前に続きの言葉を男自らが話しだした。 「……俺が、あそこで“スタンド”ではなく……“ヒット”をしていれば……このAは俺が引いてた……って事か?」   男の手札の合計は20……  つまりあの時、ディーラーの促した“ヒットをしますか?”という言葉に乗ってさえいればAは男が引いていた。  Aは11と計算しても1と計算してもいい数字……だから20に1を足して合計が21になって彼が勝っていたハズだったのだ。  その事実をディーラーは男に気付かせようとしていた。  勝つチャンスはあった。あの時……もう1枚引いておけば―― 「ば、馬鹿言うな……そんな判断するわけが無いだろ普通っ! 20で満足せずにリスクを背負ってAを狙いにもう1枚引くなんて……」  男性の言葉も間違ってはいない。  通常、確率の高いほうに張るのが常識であり定石でもある。  わざわざ目の前にチラついている勝ちを捨ててまで上を目指そうと考えるのは、本当のバカか頭のネジのとんだギャンブラーの考える事だ……と、彼は続けて言おうとした。しかしその言葉を遮る様に、大きなクリッとした目を半分閉じて囁きかけるように耳元まで顔を突き出したディーラーが言葉を返した。 「お客様? ギャンブルとは……リスクを背負う事で可能性が広がる遊びなのです。リスクを恐れてはいけません。馬鹿みたいな選択の先にこそ……次の道が開けるチャンスが埋もれているモノなんですよ♥」  ギャンブルは運……確率と偶然の絡み合いで結果が出る遊び……  確率の高い安全な道を選ぶ事こそが必勝法だと信じてきたこの男に、ディーラーの言葉は響かなかった。  あの時、あの場面が全く同じシチュエーションで再び彼の前に現れたとしても、きっと同じ選択をするだろう。  いや、ほとんどの者が同じ境遇に立った時、やはり彼と同じ道を選ぶ事だろう……  勝てるかもしれない……という甘い誘惑が目の前にぶら下がっているのだから…… ―――― ―― ― 「えぇ……例の彼女……今、裏に引っ込みましたわ。多分休憩の時間ですのね……代わりのディーラーが席についてますの……」  勝敗の決したブラックジャックのテーブルには、未だ悔しがるように拳を叩きつけたままの状態で先ほどの男が未練がましくうな垂れていた。その男の横に、時代遅れ感の漂う折り畳み式の黒い携帯電話で話をする女性が立った。  ドレスコードを無視したかのような派手な赤いドレスに、裾が大きく広がった膝下までも隠すほど長い丈のフレアスカートを合わせた、いかにも“お嬢様”を意識したかの格好。  服の派手さに合わせ髪も眩しいくらいの金髪で、側頭部は螺旋階段の様な縦ロールのパーマが当てられてある。  しかし見た目のド派手さとは対照的に、電話をする彼女の顔つきは何処となく寒々しく冷淡な感じを与え、お嬢様というよりも女王様の風格を表情だけで作り上げていた。 「智恵理さん? 予定通り“今日”決行いたしますので、先程言った手順でサポートをお願いしますわね?」  その女性は口元を僅かに歪ませ、フフフと妖艶に笑う。そして、真横でうな垂れていた男の肩にポンと手を置いた。 「えっ!?」  男は驚きその女性の方を向くと、彼女は男の方を見ず正面を向いたままポツリと電話口の相手に言葉を漏らした。 「えぇ……これからキチンと交渉させて頂きますわ♥ 彼女の毒牙に掛かってしまった……この哀れな社長さんに……ね」――と。

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