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2:潜入開始 「よし……それじゃあ、ここからは2手に分かれて調査するわよ……」  ワイヤーを滑空し見事に忍務対象の屋敷の二階屋根へ辿り着いた2人の新人くのいちは、屋根の上で身を屈め小さな声で言葉を交わす。 「あんたはこのまま窓から侵入し2階を探索して情報を集めて。私は一階に降りて直接地下への入り口を探ってみるわ」  稲穂から預かった屋敷の見取り図には、罠の場所やその起動方法などが大雑把に記されており……それを見ながら美月は不安そうな顔を浮かべる時雨に指示を下す。  ここからは思いやりなど不要で非情に徹さないといけない世界に飛び込まなくてはならないのだが、美月は最後に時雨の事を思って罠の表記の少ない2階の探索を彼女に託した。罠の表記が少ないだけで罠が無いとは言い切れないのだが、明らかに罠の表記の多い1階部分を彼女に託すよりも安全だろうと考えそのように促したのだった。  美月も出来れば時雨の事を想っていたい……想っていたいが、忍務は優先しなくてはならない。そんな狭間で悩んでいる彼女が唯一出来た優しさに時雨はすぐに気が付いた。彼女も同じ見取り図を見ていたのだから自分の調査範囲に罠が少なく書かれていたのも知っていた。  1階部分は地下への入り口があるだろうから罠も警備も厳重になっているだろうという事は火を見るより明らかである。そんな危険な場所を避けて2階部分の調査を促してくれた義姉の優しさに、時雨は気付かない振りをしながらも震える声で言葉を返してあげた。 「うん……ツキ姉……気をつけて……行ってね?」 「……ツキ姉は……今から禁止よ。ここからは……お互い他人同士……」 「……うん……」  寂しそうに返事をする時雨に……胸の奥が絞られる様な息苦しさを感じた美月だが「忍務を優先しなくては」と自分に言い聞かせその内に秘めた感情を押し殺す。  そんな彼女を心の底から心配しながら時雨は後ろ髪を引かれつつも指示された通り窓の横へと静かに進み、そっと窓が開くかどうかを手で確かめた。  窓は……まるで、彼女達を歓迎しているかのように何の抵抗もなく横にスライドし、無防備に彼女が侵入するのを許してくれた。  それ自体が罠かも……という“嫌な予感”を美月は感じたが、声をかけ直す事は許されないと自重し時雨が無事に屋敷の2階へと侵入していく様子を見届け、自分も新たな鉤縄を屋根の縁に引っ掛けて1階へと静かに降りていった。   『こんなに簡単に潜入出来て……良いのかしら?』  初めての忍務でここまでは何事もなく順調に進んでいる……。それは逆に手加減された喧嘩のように不気味で、てのひらで踊らされているかのような錯覚を受けてしまう。  本当に大丈夫なのだろうか? このまま時雨と別々に行動して大丈夫なのだろうか? 一抹の不安を心に抱えるが、美月はその都度頭を横に振りその考えを振り払おうとする。  今進行している忍務に集中しなくてはと、周囲に目を配り直し目つきを鋭くさせていく。 『ここは……台所ね……』  美月が降り立った場所は、丁度屋敷の1階の隅……。綺麗に整頓された炊飯道具や鍋などが吊り棚などに所狭しと置いてある炊事場へと侵入していた。  今風の電気ジャーや電子レンジ、ガス台……フライパンなどは無く、まるで江戸時代にタイムスリップしたかのような窯だったり火を起こすための薪が置いてあったり、古びた不格好な鉄鍋などが雑然と置かれてあった。昔ながらの台所であるように、炊事場は部屋の中にあるシステムキッチンなどではなく……下は普通に地面の床であり、小石や砂利が混ざった土床に石窯や甕に入れた水や、何かを漬けているであろう壺などが地べたに直接置かれ並べてあった。  何故……現代のこの時代にこんな古臭い台所を使っているのか……  美月はその様な疑問を頭に浮かべるが……これも忍務には関係ないと考え直し、時雨の事と同様頭の中を空っぽにするかのようにその事を考えない様にと務めた。 『台所には入り口は無かったと聞いたわ……。地図によれば次が大きな居間にあたるはず。まずはそこを調べるべきでしょうね……』  美月は素足に藁で編んだ草鞋(わらじ)を履いている。勿論、時雨も同じものを履いているのだが、このわらじは普通の靴と違って物音を立てにくい。靴底がゴムではなく藁で出来ている為消音性に優れているのである。  おかげで台所から板間に上がろうとも美月の体重では板の軋みの音すら一切立てなくて済む。藁製の草鞋のお陰で素早く静かに侵入する事が出来る。  最初は美月も時雨も“可愛くない”という理由でこの草鞋を敬遠していたのだが、こうして忍務で実際に使ってみるとその利便の良さに先人の知恵の様なモノを感じずにはいられない。今頃時雨も同じような事を思っているだろう……と、考えずにはいられない。 ――スッ。  静かに物音を立てない様に両手を添えて襖をゆっくりと横開きしていく美月。  徐々に見えてくる部屋の様子を注意深く覗き込み、人の気配がない事を察知すると素早く隙間から身を横に入れ、畳が敷き詰められた居間へと侵入していく。 『何も見えないわね……』  光源が何ひとつない居間は薄暗く……月明かりで見える範囲も襖の手前までで、広い居間の奥は視界が届かない。  かすかに壁に掛け軸が掛かっているという事とその下に大きな壺が置いてある事くらいは分かるが……夜目が利く訳ではない現代の女子高生の美月には文明の利器を使う以外に部屋を見渡す術を持たなかった。 ――カ、チッ。  音を抑えるようにゆっくりと小型のライトのスイッチを入れ、ペンサイズのライトを点灯させる美月。なるべく襖から外にその光が漏れないようにと地面を照らし、慎重に部屋の奥へと歩を進めていく。 『確か……この畳の4枚目を踏むと……天井が開いてカラクリが飛び出してくる……って書いてあった……』  稲穂から託された屋敷の見取り図を思い浮かべ、その罠の箇所近辺でしゃがみ込んで慎重にてのひらで探り……その箇所が僅かに沈み込むのを確認した美月はそれを罠だと改めて確認して、その畳を迂回する様に回り込み対岸の掛け軸が掛かった壁へと辿り着く。 『お母様は……よくこの罠を見破ったものね……これも熟練のなせる業なのかしら? 私も……いつかお母様のようになれるのかしら?』  罠を回避した美月は月夜に照らされた掛け軸を前にそのように物思いに耽る。しかしすぐに忍務の最中である事を思い出し、掛け軸へと手を伸ばした。 『この掛け軸の裏は……見取り図には何も書かれてはいなかったから……お母様も調べていないハズ……』  そう言葉を頭の中で浮かべながら掛け軸の端を指で摘まんだ美月は、そのまま静かに掛け軸を裏にひっくり返していく。  表には何やら昔の言葉が達筆すぎる筆文字で書かれていて読み取れなかったが裏に返すと別の文字が現われ、その文字が美月の危機感を即座に煽った。 「なっ!? は、“はずれ”??」  掛け軸の裏にはひらがなで確かに“はずれ”と書かれてあった。その予想外の言葉に仰天した美月は思わず素の声を上げてしまう。  そして続けて書いてあった言葉までも口に出してしまう。 「“罰として、お仕置き”っっ!!?」  掛け軸を完全に裏返すと、掛けてあったフックが“カチッ”とスイッチを入れる様な音を立てる。  すると、間髪入れずに下の大きなツボの中から蛇の様なクネクネとした何かが飛び出してきて掛け軸に伸ばしていた美月の右手に絡まっていく。  蛇の様なクネクネした何か……。  美月が驚きのあまり思わずライトを落してしまうと、その明かりがたまたま一瞬だけその蛇の様な何かを捉えその正体を映し出す。  それは古風な日本屋敷に似つかわしい、機械仕掛けの細いアームとその先端についた人間の手の様なマシン……。今風に言うなればマジックハンドと呼ぶにふさわしいそれに美月の右腕は捕まえられたのだった。 『な、なによこれっッ!? わ、罠だったの?? これは……罠ッッ!?』  蛇の身体の様に見えた細いワイヤーと明らかに人間の手を模したかのような機械の手。それが美月の右手を掴み、放そうとしない。  やがてその機械のアームは物凄い力で美月の腕を上に引っ張り始め彼女の右腕を頭上に持ち上げていく。  その力に逆らえない美月は機械の成すがままに右腕を上げさせられていってしまう。 『こっ、このっっ! 何て力なのよっッ!! 機械のくせにっッ!!!』  腕を振ってみたり、身体を引いてみたりと力で機械の拘束に抵抗しようとして見せるが美月の華奢な身体では機械の拘束はビクともしない。逆にその機械の力によって持ち上げられていき、徐々に身体が地面から離されていく。 『ま、マズい!! 今誰かに見つかったら……逃げ切れない!!』  そんな不安を過らせた美月だが、機械の手は尚も天井方向へ向けて美月を持ち上げていく。  そして完全に足が宙に浮いた頃合いを見計らって、機械の腕はピタリと持ち上げを止める。   『くっっ!! 腕が……痛いっッ!!』  右手を限界まで天井に向けて伸ばし、その腕だけで自分の体重を支えている今の格好は腕に与える負担が大きく苦痛を伴う。必死に身体をバタつかせてその拘束から逃れようとしても腕への負担が重くなるばかりで一向に逃れられる気配は見せない。 『っッ!? な、な、何?? もう一本出てきたッ!?」  そうこうしていると、壺の中からは同じようなマジックハンドがもう一本這い出してきていて、美月の身体を探る様にウロウロとうねりながら様子を観察し……美月の左腕を発見すると、まるで目でもついているかの様にその手首をガチリと掴み込み、右腕と同じようにその腕も頭上へと運んでいった。 『し、しまった……油断した!』  右腕に気を取られマジックハンドの狙いに気付くのが遅れた美月は、結局両方の手首を機械の手に握られ……頭上高くまで上げさせられてバンザイの格好を強いられてしまう。足は地を離れ少し浮いた状態にさせられたため踏ん張る事も出来ず……これ以上力で抵抗する事も叶わなくなってしまった。 『ど、どうにかしないと……このままじゃ敵が来て捕まっちゃう!!』  罠が起動した事でこの屋敷の住人たちが大挙として押し寄せて来るのではないか? と、不安が過ったが……そのようなザワつきは今のところは無く、屋敷は先程までと変わらぬ静けさを保ったままだった。 『どういう事? 罠は起動したけど……警報装置は……ついていなかったって事かしら?』  普通なら罠と連動して侵入者を検知したという警報装置が稼働する……と想像していた美月には、にわかにこの静けさが信じられなかった。  もしかしたら警報装置は付いていなかっただけか……たまたま作動しなかっただけかもしれない……等と不信を自分都合の解釈に置き換えて考え直し、美月はこれはチャンスとばかりに身体を左右に傾けてどうにかこの拘束を解けないかと様子を伺った。 『っッ!? な、なに??』  敵が押し寄せない事を一瞬安心した美月だったが……その次の瞬間、屏風の左右の壁に複数の穴が開いた事に一気に危機感を募らせ捻っていた身体を元通り掛け軸の方へと戻す。  すると、その掛け軸の縁に沿って複数開いた穴からは甲高い機械音が響き始める。 『なっッ!!? また……手が!!』  機械音の正体は他のマジックハンドが駆動する音だった。  それぞれの穴から2本……3本……4本と次々に指をくねらせながら蛇が這い出す様に現われ、やがてその手達は美月の身体を舐め回す様に見始める。 『なに?? なんなの?? この機械の手達は……』  おぞましい手の動きを目の前で見せられながら嫌な予感を募らせる美月だが、その予感は掛け軸の文字をなぞるように的中してしまう。  掛け軸には“罰としてお仕置き”と書いてあった。  この手が……合計8本ほど現われたこの機械仕掛けのアームが、そのお仕置きとやらをこれから行おうとしているのだ。  バンザイ拘束されて……身動きが取れなくなった美月に対して……。 『くっっ!! なんか……いやらしい手つき……。ま、まさか……これって……』  蠢き、くねる指先……。  身体の側面に対して何かを探るように動き回るマジックハンド達……。  その動きに美月は嫌悪感と共に、背筋にゾワリとした寒気を走らせる。  この妖しい動きを見せている機械の手達はきっとこれから自分の身体をまさぐろうとしているいるのだ……。えっちぃ目的の為に……。と、想像力豊かな優等生の美月が想像した回答は意外にも彼女の性格からは考えられない程卑猥な……自分がこの機械達によって犯される妄想だった。 『こんな身動きが取れない状態でそんな事されたら……私……』  ジワジワと身体の左右から距離を詰めてきているアーム達に、顔を真っ赤にさせながらも想像を豊かにさせていく美月。想像の中の自分は機械達に身体中をまさぐられ悶えまくる……あられもない姿となってしまっていた。 『くっっっ!! ま、負けないわよ!! 私は……何をされようと……負けないっッ!!』  気色の悪い動きを見せる機械の手を見て淫らな妄想に支配され顔を真っ赤に火照らせている美月だったが、目だけは気丈さを保とうと鋭くさせ、口元も嫌悪感を示す様に歪めている。  そんな彼女に対し、何の感情も見せない機械の手は淡々と美月を責める段取りを整えていく。まずは先陣を切る様にと、美月の忍び装束の裾へと辿り着いていたアームが、僅かに開いた裾の隙間から侵入を試み始める。  ピチッとした忍び装束の中を這うようにアームが侵入すると、服の生地は外から見ても分かるくらいにハッキリとアームの形に盛り上がりそれがモゾモゾと這い回る様子を服のしわの形で見せていた。  横っ腹付近の素肌に触れたアームの機械的な冷たさに、美月は思わず「あっ♥」と悲鳴のような変な声を零し、想像通りエッチな事をされるのだろうと不安を募らせると同時に何故か僅かな期待感も持ってしまった。  真面目に学校の授業を受け……学級委員長にもなり、クラスでも人気者な彼女……。家に帰ればしっかりと修行に励み、母親代わりである稲穂の手伝いを少しでもしようと、皆のご飯まで作っている母思いで妹思いな彼女……。  そんな彼女も、一歩外に出ればエッチな事にも興味を示す多感なお年頃の女子高生なのだ。  クラスの中でも真面目に足が生えて歩いていると揶揄されるくらいに生真面目で、自分にもその自覚がある。  だけど最近……いろんな本を読んだり、くのいちが捕まった時に行われる拷問等を学んでいく内に……少しの興味が彼女には湧いていた。  女の身体を弄ぶ下衆な拷問。それを自分が受ける事となったら……どんな苦しみが待っているのか? はたまたどんな快楽にイキ果ててしまうのか? そればかりが頭の中で想像させられ……でもそんな想像は不潔だと自分で自制をしようとしたりして……。モヤモヤとしたどうにも行き場を失った妖しい感情を美月は抱えていたのだった。 『くぅ……とうとう私も……機械達に……犯されて――』   それぞれ左右の服の裾から侵入した2本のアームが胸の横を過ぎたあたりでそのように想像した美月に、その想像とは遥かにかけ離れた刺激が与えられ始める。 ――ムズッ! ムズムズ……  てっきりそのまま胸を無慈悲に揉まれて性感帯を刺激されていくのだろうと想像していた美月には思いがけない刺激が与えられた。  胸の横が……ゾワゾワっと寒気を感じる刺激……。  胸というより……胸の横……。ピンと伸ばされたワキの……下あたり。その辺が突然むず痒さを感じ始める。 「は、はへ?? あへへ?? な、何っ?? ちょっっ!! 胸の横が……ムズムズする!!」  胸の横を細い何かで上下に撫で回されている様な感触……。  その細い何かとは、当然アームの指部分であろうことはすぐに分かったが……その動きは恐ろしい程にじれったい!  胸を触る訳でもなく性感を増幅させる乳頭を弄る訳でもない……。ワキの少し下あたりを指先で上下に撫でる刺激だけなのである。  これには美月も何が何だか分からない。なぜこんなじれったい刺激を送り込んでくるのか……想像だに出来なかった。 「あっ!? ふっ! ちょっっ!! そんな撫で方……しないでっっ!! ふっ、ふふっ……く、くすぐったい!!」  伸び切った胸横の脇の下ラインを指先がゾワリゾワリと撫で上げていく感覚……。それは美月に耐え難いこそばゆさを与えた。  じれったくて……むず痒くて……身体が勝手に反応してしまうこの感覚……。  エッチな刺激が与えられると覚悟していた美月には拍子抜けであったと同時に、そんな想像をした自分が恥ずかしくて堪らない。エッチな刺激でなかったことに僅かな期待外れ感を味わってしまった美月だったのだが、この一向に止む気配の無いむず痒い刺激は徐々に彼女の余裕を削ぎ落していく事となる。 「ちょっっと! んくっっ!? しつこいっ!! やめ……やめなさい!! んくふっ!? くくくっ……くくく……」  美月が抵抗できないのを良い事に、機械の手は彼女の敏感なワキの下に陰湿な悪戯を繰り返す。  指を触れさせるか触れさせないかの絶妙な距離感で薄く触れさせ、こそばゆさを感じる神経を指の一点で掠りながらジワジワと美月に笑いたくなる衝動を植え付けていく。  この刺激を嫌がった美月は必死に身体を横に振ったり捻ったりするが……機械の手にはセンサーか何かが付けてあるのか、そういう動きに対してもすぐに対応してどんなに逃げても同じ場所を摩ってくる。  逃げる事も抵抗する事も出来ないこそばゆさに、美月の精神は徐々に追い詰められていく事となった。 「はふっ!? ひっっ!? はひっっ!! やっ……! 何のよっ、一体……!! いい加減に……」  敵に居場所がバレてはいけないと声を出すのを抑えていた筈の美月だったが、このむず痒い刺激に怒りの念を禁じ得ず……ついつい機械相手に声を荒げてしまう。  しかし、その自分の声が大きくなっていることに自分で気づき、すぐさま取り繕う様に小声となり……やがて口を噤むようになった。 『折角侵入がバレていないのに……声を出してしまったら存在がバレちゃう!! だめッ……声は出せないッ!!』  自分が居る事が万が一敵にバレれば、妹の時雨にも良くない状況を作ってしまいかねない……。そう感じ取った美月は、とにかく声だけは出すまいと口をへの字に固めて唇に力を込め直す。 『うぐっっ! こ、この機械の動き……。だんだんこそばゆさが増していくっッ!! 何なのよっ? 一体何がしたいわけ??』  声を出してはいけないと口を固く結んだ美月だったが、服をモコモコさせながら撫で上げる範囲を徐々に広げていく指の動きに耐え難いこそばゆさを感じ始め口元を波立たせる様に歪ませてしまう。油断すれば声を出して笑ってしまいそうになる……その様なくすぐったさが、今の美月を継続的に襲っている。 「はひっ!? んくふっっ……くふふ……ふふ……! んんんんっっ!!!」  必死に耐えようとすればするほどこそばゆさは増していく。  声を出すまいと必死になればなるほど声を出してしまいたくなってしまう。  ワキの下をサワリサワリと刺激するこの単純な動きに、美月は可笑しさよりも怒りの方が込み上げてくる。  こんな緊張を強いられる場で……こんな緊張感の無い刺激によって声を出してしまいそうになっている自分が腹立たしくて……。緊張感の無い自分に怒りを……そして、緊張感のない攻撃を仕掛けてきているこの機械にも同様の怒りを沸々と煮えたぎらせていた。 「うぷっっ!! ふくっっ……くく! や、やめ……、んぐぅぅぅぅぅぅ!!」  突っ張るまで引っ張られている胸横の皮膚も、肋骨の僅かに浮き出た薄肌も、上方向に伸ばされた筋肉の筋も……美月がどんなにくすぐったがろうが機械仕掛けの手達は淡々と彼女にお仕置きの刺激を加えていく。  脇の下付近を上下になぞるだけの単純な動きのハズなのに……美月が感じるこそばゆさは時間を追うごとに強さを増していく。 「あくぅぅっっ!! くふっ、ふふふっ! んくぅぅぅぅ……ぅくふっ!!」  万歳の格好で拘束されたため、腕より下の筋肉や肌やその下の神経さえもピンと伸び切った状態にさせられてしまっている。そんな風が吹いただけでもこそばゆさを感じるであろうその皮膚の表皮に、機械の指は容赦なくなぞる刺激を加え彼女に耐え難いこそばゆさを与えていく。機械の与えてくる意地悪な刺激に美月の我慢もいよいよ限界を迎える事となった。 「ぷっっ!! うぷぷぷぷ、くひゃっっ!? あぐぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっっっっ!!」  延々と上下に撫で回される胸横のワキ筋。そのいつまでも終わらないむず痒い刺激に、美月の我慢顔は強制的に笑いの顔を作らされていた。  任務中だから笑いたくもないのに……楽しい事など一つもないから笑ってはいけない場面なのに……。くすぐったい刺激は美月の固めたはずの表情筋をも無理やりにほぐしていき、強制的に笑いの形に仕立てていく。 「あっっっ! だ、だ、だめっっ!! わ、笑いたくないのに……くふっっ!! も、も、もう……笑いが……抑えらんない……んくっっっふふふふ!! ぅくくくくくくくくくく……」  口の端からどうしても笑いが吹き零れていってしまう。笑うまいと必死になればなるほど可笑しさは増していき、むず痒さも天井無しに強くなっていく。  このまま口を開けてしまえば溜め込んでいた笑いが際限なく吐き出されてしまうだろう……。それだけは阻止しないと、誰かに見つかってしまうかもしれない……。美月は笑いたい衝動に対し必死に抵抗せんと戦っている。可笑しくない! くすぐったくはない! と、自分に言い聞かせながら……  しかし、そんな彼女の努力を察したのか、機械の手達は中々笑いを吹き出そうとしない美月に向け次の攻撃を仕掛け始める。 ――ウイィィィィィン! 『う、うそでしょ!? 別のアームが……動き出してるっッ!?』  最初に複数出てきたアームの内、ずっと美月の横で指だけを動かして待機していたアームが2本……この笑いの飽和状態にある美月にトドメを刺さんが為にゆっくりと動き始めていた。  新たに動き出した2本のアームはスローモーションを再生しているかのようにゆっくりとその指の動きを美月に見せつけながら所定の位置につき、そこでほんの数秒だけ動きを止めてみせる。 『や、や、やだ!! まさか……そこを触る気っっ!? む、無理……そんなトコ触られたら……もう無理よ!!』  2本のアームは彼女の左右の腕の付け根……彼女の産毛1つない美しいワキの窪みに陣を構えた。  今、最も触られたくない箇所に機械の手が「今からくすぐるぞ」と言わんばかりの格好で構えている。  くすぐりと言えば必ず責められるであろう箇所……。ワキの窪み。  筋肉と神経筋と肩骨の合流地点であり、刺激されれば大抵の人間は悶絶を強いられる……くすぐりという行為に特に弱い箇所。  そのくすぐりに弱い箇所をこれから嬲られると想像するだけで可笑しさは増してしまう。あの指達がコチョコチョと動き回る姿を想像するだけで無性に笑いたくなってしまう……。 「はひっっ! や、やめて……お願っっふふ!! も、もう……限界ぃひひひ……んくくくくくくくく!!」  笑いを必死に堪えながらも美月は機械相手だと分かっていながら懇願してしまう。これ以上の刺激は与えないでくれと……半分笑いながら。  しかし勿論機械がそんな彼女の願いを聞いてくれるわけもなく、少しの間を置いてすぐに彼女へ絶望の刺激を与え始める事となる。 ――コ、チョ……。コ、チョ……コチョ……。コチョ……コチョ、コチョ……  複数の指が肩の少し内側……ワキの窪みの外側部分に触れ、そのまま優しく引っ掻く様な動きを始める。  順番に、ピンと張った皮膚をなぞり上げるように……最初はゆっくりとした動きでワキの窪みの外側を撫でていく。 「うぷっっ!? くひゃっっっっっ!!? んくぅぅぅぅっぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!! はひぃぃいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ、ひぐぅぅぅぅぅうううううううぅぅぅぅぅぅうううううう!!」  左右両方の腋縁を同時になぞっていく指達の刺激に、美月はギリギリ大きな笑いを吹き出さずに耐えた。しかし小さな笑いは口の端から常に零れていて、決壊寸前のダムのように細い笑いを徐々に太くさせてしまっている。 ――コチョコチョ……コチョコチョ……コチョコチョ……コチョコチョ……  我慢の限界点で踏みとどまっている美月に機械の手はいやらしい進軍を開始した。腋の外側をくすぐっていた指を徐々に内側へと集めていく様に距離を詰め始めたのだ。  ワキの内側へ向かう……そこは当然、ワキの窪みの中心地点を目指す事と同意義である。  ワキの中央には神経が集中した刺激に最も弱い柔らかな丘陵がある。  そんな所をこの指達に刺激されれば……美月の我慢など嵐の前の紙切れの如く吹き飛ばされてしまうだろう。  何とかそこだけは触らせたくない! そのように思ってはいても、美月にはどうする事も出来ない。足先が地面から離され無理やり頭上に上げさせられて拘束されている美月にはこの迫りくるおぞましい刺激の進軍を止める事など出来ないのである。 「ひっっ!? んひひっっ、ら、らめ!! やめ……っんふふふふふ! くふふふふふふふふ……んぐっっくくくくくくくくくくく!! はひぇっっ!?」  笑いを堪えようと必死に頭を横に振る美月だが、刺激の侵食はすぐにあの場所へと辿り着いてしまう。  ワキの中心……窪みの丘陵へと。  いよいよ触られてしまうか!? っと美月は目を固く瞑り、口元を力ませ、刺激に対して構えようとするが……そこで、指は一瞬だけピタリとくすぐるのをやめ、不気味に動きを止める。 「はぁ……はぁ……はぁ……はへ??」  一瞬の安息を得た美月は、愚かにも油断の息を吐き呼吸を大きく取るために口を半分ほど開いてしまった。  計算された動きなのか、単に次の行動に移すときの予備動作の様なものなのかは定かではないが、一瞬の停止を行った機械達はその油断した美月に対して絶妙なタイミングで活動を再開させる。 ――コチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョ!!  服の中の指と腋の丘陵のふもとで止まっていたアーム達が、突然今までとは比べ物にならない程のスピードで蠢き始めた。 「ぶふっっっっ!! ぶひゃああぁぁあああはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!! ちょっっっ、ズルひぃぃぃひひひひひひひひ、いきなり動くのはズルいわよぉぉぉぉ!! んはひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひ、えはぁぁぁぁあああぁぁはははははははははははははははははははははははははははははははは!!」  口元を緩ませて油断してしまった美月にこの嵐のように開始された強烈なくすぐり責めが耐えられはずもない。  我慢から一転……転がり落ちるかのように大爆笑を強いられる事となった。 「おひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ、いへへへへへへへへへへへへへへへへへへ!! くしゅぐったいぃぃひひひひひひひひひひひひひ、くしゅぐったすぎいぃぃぃぃぃぃひひひひひひひひひひひひひ!! やめでぇぇへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへ、ンヒャアァァハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!」  両腋の丘陵をコチョコチョと強く引っ掻き回す5本の指達……。その、痒いを通り越した猛烈なこそばゆさに美月は身体を左右に捩って抵抗をする。  身体を捩ればほんの僅かな時間だけ腋からアームが離れる為くすぐったさから解放されるが、くすぐっているアームはその2本だけではない。  服の下から侵入している2本のアーム達。それらは彼女のワキの下をしっかりつかんで離されないようにし、同時にモニョモニョとマッサージするかのようなくすぐり方に変化していた。  丁度肋骨の間付近に指がめり込み、その状態で揉み込むようなマッサージを受けるものだから美月は腋の刺激以上に強制的な笑いを機械達に強いられてしまう。  その逃げられないくすぐりに笑わされている内に腋から離れたアーム達はすぐにくすぐる体勢へと復帰し、美月の生腋を再び容赦なくくすぐり回していく。美月も何度かくすぐりから逃れようと同じ行為を繰り返すが、その機械達から決して逃げられない事を悟らされると身を捩るのをやめ、どうにか笑いだけでも止めてしまおうと下腹部に力を込めて我慢しようとする。  しかし、機械の手から送られてくる強制的な笑わせようとする刺激は、一度我慢が崩壊してしまった美月に抑え込める刺激ではなかった。 「あひぃぃぃぃひひひひひひひひひひひひひひひ、ギャアァァハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ、やめぇぇへへへへへ、やめでぇぇへへへへへへへへへへへへへへ!! うひゃはははははははははははははははははははははははは!! だめっ、だめぇぇへへへへへへへ、だめぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっ!!!」  いつも女性らしくない低い声で会話をしたり、大人の女性の様な落ち着いたトーンで話す美月には、この子供の様にキンキンした声で笑ってしまっている自分が恥ずかしくてならなかった。  務めて大人であろうとする彼女にはこの“笑ってしまう刺激”に笑わされている自分が我慢ならない。こんな乱れた姿のまま敵に見つかってしまうなど言語道断であり、時雨にもこの馬鹿みたいに笑う自分の声は聞かせたくない。  彼女には『優秀な姉』として見ていてもらいたい……。  こんな子供騙しな罠に捕まってだらしなく笑っている自分の姿など見てもらいたくなどない。  時雨がこの声を聞いて異変に気づき、この部屋へ様子を見に来ない事を切に願う。敵にも時雨にも気付かれる前にこの無様な笑いを押し殺してしまわないと。そう美月は思っているのだが……。 「あぴゃあぁぁははははははははははははははははははははははははははははははは!! うひへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへ、イヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!! いぎぃぃひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひ!!」  込み上げてくる笑いがどうしても抑えられない。壊れた蛇口が水を出し続けているかのように美月の笑いは口から溢れ、我慢しようとする心を砕き、延々と望まない爆笑を生み出し続けている。  この仕打ちは美月の羞恥心を大いに刺激し、生まれてこの方味わった事の無い恥ずかしさを美月に与えていた。  肌が殆ど露出したボロボロの服を着せられ、路上に置かれた段ボールに実の母に捨てられた……あの幼少期に味わった屈辱感……。他者の目に触れる恥ずかしさ……。その時に感じた羞恥の感情よりも今の自分の状態は遥かに恥ずかしい。  脳が勝手に送り込んでくる“笑え!”という命令に逆らえず、感情のコントロールすらも出来ずにゲラゲラと笑ってしまっている自分が情けなくて恥ずかしくて……このまま誰かに見つかる前に死んでしまいたい……とさえ思ってしまう。    しかし美月のそんな葛藤など機械には感じ取る事すら出来ず……。いや、感じ取ったとしても罠である以上攻め手を休める事などしないだろうが……とにかく機械仕掛けの手は美月に慈悲をかけるような事はしない。腋の窪みと脇の下の部位を色々な触り方で刺激を加え続け、彼女が笑い続ける様にくすぐっていく。 「アヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!! はひ、はひっ! んはぁぁはははははははははははははははははははははははははは!! くるひっっ!! くるひぃぃひひっひひひひひひひひひひひひひひひひひ!!」  笑いが途切れない美月は、やがて体内に酸素を送るための体機能である呼吸が阻害され酸欠の息苦しさに苛まれ始める。  笑う度に肺の酸素を吐き出してしまい、その笑いが連続する事で吸わなくてはならない酸素が吸えなくなる。吐き出すばかりで十分な酸素が一向に満たされない肺は美月の脳に酸素欠乏の危機警告を送り、それを受け取った脳は美月の意識に息苦しいから酸素を吸えという命令を下す。命令は下されているが、しかし美月はその命令に従う事が出来ない。くすぐったい刺激が条件反射の様に彼女を笑わせてしまうから、笑いたくなくても笑ってしまう。  そうなれば美月の肺はますます警告を脳に送らざるを得なくなる。このままでは酸欠が続いてしまう、苦しいから助けて……と。しかしその肺の救難信号は一方通行に脳へ運ばれるだけで、何かしらの解消手段になると言う事はない。美月の脳も笑ってはいけないと判断している……。だけど美月の身体は笑ってしまう。どんなに苦しくても……どんなに恥ずかしくても……どんなに笑いたくないと思っていても……。  抵抗できないワキをまさぐる機械の手達に笑わされ続ける。 「あへへへへへへへへへへへへへへへへへ、いひぃぃいぃいぃいぃひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひ!! ゲホゲホっ! んひゃあああぁぁはははははははははははははははははははははははははははは、も、も、もうやめでぇぇへへへへへへへへへへへへへへへへへへ!! くしゅぐらないでぇぇへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへ!!」  どれだけ笑わされたであろう? 一時間? 数十分?? それとも五分に満たない?  酸欠によって著しく低下させられた美月の考える力では、そのくすぐられた時間など冷静に測る事なんて出来てはいない。  苦しみの連続の中に放られた彼女には永遠に終わらないのではないかという錯覚さえ植え付けていた。  しかし、酸欠ではっきりしない頭の中でもある疑問だけは浮かんでいた。  少なくとも数分以上は大声で笑い続けているハズなのに、一向に見張りの敵だとかその仲間だとかが自分を捕えに来ない。  これだけ大声を張って笑っているのだから、静まり返った屋敷中にこの声が響かない筈がない。敵が侵入して罠に掛かったと気付いたならば、いの一番に捕えに来て然るべきなのに……。それが無いというのはどういう事なのか?  その疑問だけはずっと頭に浮かんでいた。  出来ればこの姿で見つかりたくはない……とも思っていたが、いざ敵が捕まえに来ないというのは不気味であり不自然でもある。  なぜ? どうして……? 美月は笑い悶えながらもその疑問だけを頭に浮かべ続けていた。 「はひ、はひ、んがあぁぁはははははははははははははははははははははははははは!! いひぃぃっひっひっひっひっひっひっひっひっひっひっひっひっひ!! 何とがしないどぉぉほほほほほほほほほほほほほほほ、早ぐなんどがじないどぉぉぉぉ!! んぎひぃぃぃぃぃぃぃいいいいぃぃひひひひひひ、いっひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひ!!」    疑問はあるが、忍務の途中である美月には好都合ではあった。  どんな状況であれ捕まるわけにはいけない。敵に捕まるという事はそれだけで時雨を危険に晒してしまうことに繋がる。  優しい性格の時雨の事だから、捕まった自分の事を助けないという選択肢を持つ事は出来ないかもしれない……。忍務そっちのけで助け出そうと躍起になってしまうかもしれない……。そうなれば敵の思うつぼだろう。そんな一つの事しか見えなくなった時雨を捕える事なんて敵からしてみれば簡単な事だろう。きっと捕まってしまう……自分のせいで……。  ともに修業し、共に苦楽を共にした美月だからこそ分かる。時雨の優しさを……。  彼女だったら、義理とは言え姉である自分の事を間違いなく助けに来てしまう……。  今捕まるわけにはいかない! 絶対にっっ!!  敵が捕縛に来ない事が不気味にさえ思っていた美月だが、結局自分が捕まらないことが優先事項でありそれが時雨の危険を減らす方法でもあると考え直し、笑い苦しみながらも改めてこの笑い地獄からの脱出手段を探り始める。  未だ酸欠で上手く頭は回らないが、そんな真っ白になりかけな頭をフル回転させこの機械が作動した直後の事を思い返してみた。 「いひぃぃぃひひひひひひひひひひひひひひ、そ、そ、そうだぁぁぁはははははははは! か、か、掛け軸っっふふふふふふふふふふふふふふふ!! 掛け軸を裏返したらスイッチが入ったぁぁははははははははははははははははははははははははははははは!!」    美月は爆笑しながらも思い出した。隠し通路でもないかと裏返した掛け軸は、完全に裏を向いた瞬間にカチリとスイッチが入る様な音が鳴り、その次の瞬間にこの機械の手達が起動し始めた。  つまりは裏返したからこそスイッチが入り、機械が動き出したという事。  であるなら、掛け軸をまた表に向ければこの仕掛けは止まるのではないだろうか?  安直な考え方だが、美月はその行き着いた答えに全てを託すしかなかった。  彼女を宙に浮かせるくらいに強い力を持った機械達……。これに対抗する忍術を美月は体得してはいない。  となればこの機械に止まって貰う以外に脱出の方法はない。  そして今、美月に出来る唯一の対抗手段は、その“掛け軸を表に返す”という行動だけだったのである。 「あひゃあぁぁははははははははははははははははははは、あ、あ、あひ! 足を使えばぁぁははははははははははははははははははははは!! うひへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへ、んははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!」  手を頭上に拘束された美月が出来る唯一の行動……。それは足を使う事だった。  素足に草履を履いた……くのいちらしい格好で来た美月には、宙に浮かされた足だけが唯一自由の許された部位である。  それを思いついた美月は早速と言わんばかりに草履を片方脱ぎ、素足になって思いっきり片脚を前に伸ばし掛け軸の端を足指で挟んでしっかりと掴んだ。  そして不自由ながらも疲弊した身体を再度左右に振って勢いをつけ、一気に掛け軸を反転させるための力を加える。 ――カチッ!  掛け軸は美月の思い描いた通り表を向き直し、掛け軸を掛けてあったフックの箇所から再びスイッチが押される音が小さく鳴る。  それと同時に、美月の身体中をくすぐっていた機械達が順番に動きを緩めていき、“お仕置き”の時間を終えるかのようにそれぞれの手が美月の身体から離れていくのを確認できた。 「はひ、はひ、はひぃ……はひぃ……はひぃ…………」  服の中の手もスルスルと撤退していき完全に服の外へと出ていくと、くすぐる格好をした形のまま固まったアーム達はそのまま掛け軸横の穴へと引っ込んでいった。  そしてその手が見えなくなると穴が閉じ、同時に美月の腕を掴み上げていた手も力を緩め、彼女をゆっくりと解放していく。 「や、やっぱり……掛け軸が……カラクリのスイッチに……なっていたのね……」  ハァハァと息を切らせながら自由にして貰った手で腋を守るように隠しながら罠の仕掛けを改めて理解した美月は、完全に姿を消したくすぐりアーム達がまた何かのはずみで襲ってこない様にと警戒を強めながら後退りし距離を取る。  美月の腋や脇の下は未だ機械達に与えられたおぞましい刺激が余韻として残っており、腋を守っていても身体をゾクゾクさせる嫌悪感は頭を何度も横に振って気を紛らわそうとしても簡単には離れてはくれない。思い返すだけで笑いが込み上げてきそうになる程美月の頭に強烈な記憶を刻みつけていた。 「そ、そうだ……時雨は? 時雨に……私の声……聞かれたかしら?」  薄い天井を隔てた一階と二階……。距離的にもそんなに離れていないであろう屋敷の中で、あのような馬鹿笑いを発してしまったのだから敵にも時雨にも聞かれていておかしくはない。  しかし、時雨はおろか敵すらもこの部屋へ寄り付かなかったという謎は未だ美月の頭に疑問符を残している。  なぜあんな大笑いを敵は聞き逃してくれたのか?  障子張りの部屋に見えるが、実は防音の素材で出来ているのか? それとも、自分が思っていた以上に笑い声は抑えられていて、気付かれない程に小さな声で笑っていたのか? ただ単に眠っていて気付かなかっただけなのか?  様々な憶測が頭を過るが、これと言った納得のいく確証は得られない。  ただ、時雨の安否だけは気にかかっていた。  この不気味なほどに静けさを取り戻した屋敷に、時雨の動いている気配を感じない……。  まさか敵に捕まってしまったのか? それとも身を隠しているのか? 或いは…………。  美月は一抹の不安を感じ冷や汗を頬に一筋垂れさせるが、結局自分も忍務に集中しなくてはならないという事を思い出し、その部屋を後にする。  時雨と一旦合流して情報交換をした方が良い……と、後ろ髪を引かれるが、彼女はその心配してしまう思いを振り切って次の部屋へと調査を再開させた。  本当は、気にかけていた方が正解であったと……  彼女は気付かないままに……。

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