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1:女子高生くのいち美月と時雨  月明かりが照らす闇夜に紛れ、家々の屋根をまるで地面をひた走っているかのように疾走している影が2つある。  “影”という言葉はそのままの意味でも別の意味でも使われてきた。  月光に照らされた身体から伸びるスレンダーな女性の人影。現在の世ではこちらを影と言う場面が多いが、彼女達はもう一つの意味で使われてきた“影”という言葉にも該当してしまう。  古来よりこの国では絶対的な権力者である将軍の“影”として仕え、情報収集、不穏分子の発見、秘密裏に取り交わされる密書の奪還、果ては主要人物の暗殺……などという裏の家業を生業とする者をそう呼んでいた。  今ではスパイや暗殺者という言葉が当てはまるかもしれないが、その当時は主にそのような者達をそう呼ばず“影”と呼称したり“忍び”と呼称する事の方が多かった。  忍び……。乱波……。透破……。忍者……。  呼び方はそれぞれあったが、忍びの者は一様に身体能力を高めるために特殊な訓練を積み、忍具と呼ばれる潜入・逃亡・暗殺の為に使われる道具を身につけ、仕える主君の為に裏の仕事をこなしていく。  それは今から考えれば遥かに昔の事と思う人もいるかもしれない。  そんな野蛮な事は、高度電脳機器が張り巡らされた現代には必要などないと思うかもしれない……。  しかし、彼女達は居る。  昼間は普通の年頃の女子を演じ、月照らす闇夜になると忍びの本文を全うする……そんな世界が、この日本の裏には確かに存在した。 「ツキ姉っ! 待ってよぉ! 走るの速いよぉ~~!」  小柄な体躯に、パッツン前髪のボブショートの少女……。前を走る姉貴分の忍びにヒィヒィと息を切らせながらついていくのは、“彼女”の妹分『延琉寺 時雨(えんりゅうじ しぐれ)』と言う見習いの忍である。  幼い容姿に加え目が大きく口元はいつも自信なさげにへの字に曲げている……。それでいて顔に似合わず胸部は“彼女”よりも発育していて、今の言葉でいう“ロリ巨乳”がピッタリ合う少女である。性格はのんびり屋で、楽しい事や面白い事にはすぐに興味を示す好奇心旺盛さがあるが、逆に自分の興味の無い物事にはすぐにソッポを向いてしまう気紛れ屋である。特に努力や忍耐という言葉が嫌いで、なるべく楽をしたいとさえ考える節があり、潜在的な能力は“彼女”よりも上であるのに努力を怠る性格のせいでその能力を開花させるに至ってはいない。   「時雨。もう少し急がないと、目標の時間に間に合わなくなるわ。キツイかもしれないけどもう少し急ぐわよ!」  時雨の遥か前をひた走る“彼女”……名前を“延琉寺 美月(えんりゅうじ みつき)”と言う。  腰まで届く長い黒髪を後頭部から一本に束ね、長いポニーテールのように結わいだ髪を走る度に大きく左右に揺らす彼女。  時雨とは違い背が高く体躯はスレンダー。顔立ちも時雨とは真逆で僅かに吊り目がちで口元も小さく、今風な言葉でいうとクール美人なお姉さんタイプ……と表現される事だろう。考え方も真面目で堅苦しく、それでいて努力家でありどんな修行でも冷静にこなす優等生である。 「ハァ、ハァ……つ、ツキ姉は……胸が小さいから……走りやすいだろうけど……時雨は……おっきいから……重くて……ハァハァ……」  美月の事をツキ姉と慕う時雨だが、実は美月の本当の妹ではない。同じ苗字を名乗っているが、苗字は仕える主人の名前を借りているに過ぎない。  実の母親に捨てられた幼い2人を拾った女主人……延琉寺 稲穂(えんりゅうじ いなほ)から拝名されたに過ぎず、自分達も本当の苗字は覚えていない。 「か、身体の事は関係ないでしょっ!! あんたが修行をサボり過ぎなのよ、このお馬鹿っ!!」  実の姉妹でも稲穂の本当の娘達でもないのだが、彼女達と稲穂との絆は本物の親子以上のものがある。  共に苦楽を共にし、共に悲しみ、泣き、怒り、笑い合って過ごしてきた16年間……。孤児であったにもかかわらず時に優しく、時に厳しく、本当の親のように無償の愛を与えてくれた稲穂には、2人は感謝してもしきれない大恩に値する存在として捉えてきたのだった。  そんな稲穂の無償の愛と恩に報いるため、2人は高校生になった時期を見計らって稲穂へ“修行”をさせて貰いたいと申し込んだ。  代々忍びの家系であった稲穂に2人は忍術を教えて欲しいと頼んだのである。  稲穂は困惑した。美月と時雨を育てる傍ら2人には内緒で行っていた裏稼業の事を彼女達は知ってしまっていたのである。いつ、どこで知ったのか……その問い詰めは行わなかったが、しかし命を賭ける事もある“忍務”を娘同様に可愛がってきた2人にやらせるなど稲穂には考えられなかった。  散々危険である事を説き、修行も辛い事ばかりだと強く伝えても2人は1歩も下がらなかった。  前々から教えてもらおうと思っていた旨を伝え、稲穂が居ない隙を見て自分達だけで修行を行ってきたとも伝えながら自分たちは本気なのだと彼女に告げた。  最後まで修行させることを渋っていた稲穂だったが最後の最後には根負けし、2人に忍びとしての心構えから身を守る方法……戦い方までも丁寧に教え込んでいった。  姉妹の様な2人は互いにそれぞれの技を研鑽し合い、切磋琢磨しながらともに高め合い……やっとの事で初任務に出ることを許され今に至る事となったのである。   「はひぃ……はひぃ……関係あるよぉ~~。だって……重いんだもん! 別に屋根の上走らなくても、タクシーで向かえばいいじゃん……現代なんだし……」  2人は心の底から喜んだ。やっと自分達も母親以上の愛を注いでくれた稲穂に恩返しが出来る……と。  稲穂は逆に2人にはその道を歩んでもらいたくはなかった。常に危険が付きまとう忍務にその身を晒すという事も心配であったが、何より……忍びとなった彼女達が、たとえどのような形であれ敵に捕まってしまえば……その時点で親子という絆は断たれてしまう事となる。  無情ではあるが捕虜となったくのいちは見捨てられ、その関与を一切否定しなくてはならなくなる。稲穂は母親と言う感情を捨て去らなくてはならなくなるという事が辛かった。  忍びは無情で非情で冷徹な世界に生きる……孤独な稼業。  そこに親子の情を挟んではいけないし、ましてや姉妹の情なども挟んではいけない。そんな世界に……拾い児とは言え、愛情を注いだ“娘達”を巻き込みたくなかった。  出来れば平穏無事に表の世界で女子高生という生活を送っていてほしかった。  しかし、2人の情熱は彼女の想いを遥かに上回っており、その想いに稲穂は異議を唱える事など出来なかった。どんな形であれ義母である自分に対してこんなにも熱い思いをぶつけてきたのは初めての事だったものだから……正直嬉しかった。  自分を母親と認めてくれたいたのだと知れて……そしてその恩に報いたいという思いを知れて、心の底から嬉しかったのである。  そんな彼女らを頭ごなしに否定するなど……稲穂には出来ない。例えこのまま熱意冷めぬ彼女達にNoと言い続けても、彼女達は自己流で修行をしてしまい中途半端に忍務を受けてしまうかもしれない……。それは最も危険なことだし、それをさせてはいけない。  結局稲穂は渋々と言いながらも彼女達に忍びの基礎を叩きこんでいった。自分が先代に教えてもらった通りに、厳しくも実直に……彼女の知り得る知識、技術、心構えに至るまでを徹底的に叩きこんでいった。 「タクシーを使う忍びってどうなのよ……。ほら、ワガママ言わずに頑張って走る!」 「うぅ……ツキ姉が、家から忍び装束で出動よ! なんて言うから……こんな事に……。母さんだって忍務は車を使って行くっていうのに……」 「お母様はお母様……私達は私達よッ! 忍びの修行にも良いんだから……最初は楽しないで苦労してでも向かいましょう!」 「むぅ~~! ツキ姉は……ほんと真面目星人だ……。時雨は楽に行って楽に帰りたかったのにぃ……」 「ほら! ゴチャゴチャ言ってないで、目的地はすぐそこよ! ダッシュ、ダッシュ!!」 「もぉ~~~! 帰りは絶対タクシーか電車で帰るんだからねッ!! 絶対だからね!!」  その昔……女の忍びは“くのいち”と呼ばれていた……と、現代では考えられている。しかし、歴史の史料には明確に女の忍びが存在したという記述は無い。江戸期におけるくのいちとは、単に“女”を示す隠語であるだけだった。女と言う字を1ずつ分解して「く・ノ・一」とし……“くのいち”と読む。隠語ではあったが女忍者と言う意味はまったくなかったのである。  しかし、男では入れない場所や、男では不可能な情報収集の仕方を女性に代替わりさせたという記述は残っている。これを女の忍びとみなすか否かは論者によって分かれる次第だが、彼女達が“くのいち”という忍びを名乗るのであれば、それは間違いではないのであろう。明確に一般の人と忍びの者をどこで線引きするかは決まっていないのだから……。 「うわっぷ!? ツキ姉?? 何で急に止まったの??」  遥か先を走っていたと思っていた美月の背中が、時雨のすぐ目の前に迫ってきた。気を抜いていた時雨はすぐに走りにブレーキをかけ義姉の背中にぶつからない様にと足を止める。 「……着いたわよ。私達の最初の忍務場所……。そのスタート地点に……」  瓦屋根の上で立ち止まった美月の正面には一際立派な屋敷が現われていた。  錦鯉の泳ぐ立派な池……広くて手入れの行き届いた大きな庭。木造の柱に木造の縁側……そして近代では珍しい藁ぶき屋根の屋敷。  時代錯誤の様なこの屋敷に唯一現代的な所があるとするならば、その屋敷を囲う高いコンクリートの壁と有刺鉄線。後は玄関口を警備している黒スーツ姿の真夜中なのにサングラスをかけた怪しい男達……と言ったところか。  とにかくその古めかしい屋敷は現代の科学によって厳重に守られている風だった。守られていると言うより……どちらかと言うと隠されていると言えなくもない。この屋敷を外から眺める事も叶わない様に高く作られた壁……。家の屋根上からでないとその全容は見れなかったであろう。 「うわぁ……凄い屋敷だね……」  時雨は、立ち止まった美月の肩を掴んでピョンピョンとその場で跳ねながら屋敷を見る。  確かにその屋敷は“凄い”という形容しか浮かんでは来ない。  普通の家が3つは入りそうな……大きすぎるL字に連なった屋敷の屋根。そしてその周りは多額のお金をかけたであろう高い壁が囲ってある。  歴史を感じさせる大木をそのまま利用して作ったかのようなゴツイ柱が何本も使われていて、ドアの代わりに障子や襖が家の外郭を飾り廊下も板造り……柱や梁も全て年代物の木を使われている。 「タクシーじゃ……こんな風に屋敷の全容は見えなかったでしょ?」  美月はフフっと小さな笑いを零し口元をニヤつかせる。 「むぅ! タクシー降りて屋根に登り直せば見れたもん!」  その笑いを背中越しに見た時雨はプクッと頬を膨らませ可愛く怒った風を装う。 「でも……お母様の情報通りね……。侵入するにはここからフックアームを屋根に引っ掛けて空からトライするしかなさそう……」  笑っていた口元をすぐに戻し再び真面目な顔つきに変えた美月は、今風なバックパックに忍ばせていた鉤縄風のフックアームを取り出してそれを銃型の射出装置に取り付けていった。 「えぇ? そんなスパイ道具みたいなのを使わずにさぁ、忍者らしく“ムササビの術”とか使って風に乗って侵入しようよぉ!」 「あんた……ムササビの術なんて使えないでしょうが……。っていうか、この現代にそんな術は修行の項目にも載ってないわ。昔も本当にあった術かも分かんないし……」  せっせと射出装置を設置する美月に今だ頬を膨らませて不満を漏らす時雨だったが、そのわがままに聞こえる言葉にも美月は正論で言葉を返していく。 「むぅ……冗談なのに、また真面目に返すぅぅ!! ツキ姉は真面目過ぎだよぉ~~」 「あんたが不真面目なだけでしょ? ほら、いいからあんたがコレを射出しなさい。私よりも上手いんだから……」 「ちぇっ! これだから“天才”な時雨は損だわぁ~~いつも困ったら時雨の出番だもん……」 「うっさいわねぇ~~! さっさとやりなさいっての!!」 「へぇ~~い」  時雨は確かに努力嫌いだった。汗水たらして修行に挑むという行為が苦手だった……。自分が努力しているという姿を見られるのはカッコ悪いと感じていて恥ずかしくてならなかった……。  しかし、だからと言って修行をサボっていた訳ではない。彼女は陰で努力していた。稲穂や美月の目を盗んで、夜中に一人で修練場へと向かっていた。  自分の事を天才だと言って能力の高さを才能だと豪語する彼女だが、その実は結局彼女の努力の賜物だった。それを気付かせないために時雨はいつも能力の高さをそう言ってはぐらかす。気恥ずかしさを隠すために……。 「射角は24度に合わせて……、あの正面の屋根の雨どいを狙いなさい。風は南南西3mってとこだから、それも計算に入れて――」 「もぅ! 分かってるってばぁ! 集中したいから静かにしてよぉ!」 「――はい、はい……」   昔の忍びでは考えられないデジタルな照準器を片目で覗き込んで時雨が口元にキュッと力を込める。そして言葉とは裏腹に美月の言った“風”の情報もちゃっかり頭に入れ、射出機のトリガーを慎重に引く。 ――バシュッ!!  僅かな煙と共に金属製のフックがついた鉤縄が月照らす闇夜に射出され、フックに引っ張られてワイヤーもヒュルヒュルと小さな輪を描いて飛んでいく。そして僅かに風に煽られながらも遥か遠くの屋敷の屋根上……その僅かに出っ張った金属製の雨避けに引っ掛かけ、しっかりとワイヤーを今いる屋根上から繋げることに成功した。 「よし……良い感じね……初めての実践にしては上出来よ」 「んむぅ! 素直に褒めてよぉ! 大成功でしょ?」 「あんたはすぐ調子乗るから簡単には褒めてあげないって決めてるの!」 「……ケチ!」  ワイヤーをピンと伸ばし直し、今いる屋根の端にしっかりと固定した美月は今一度ワイヤーの張りと安全性を確かめる様にピンと弾いて見せる。そしてそのワイヤーが安全に人の身体を運べると確認するとバックパックを降ろし、必要な道具だけを忍び装束のそれぞれの腰ベルトに装備していき、ワイヤーに滑車を取り付けた。 「さぁ、ここからは私達の初任務よ。準備は良い?」  夜の闇に溶け込めるようにと黒を基調として作られた忍び装束。色があるのは僅かに袖口と裾付近に主張しないように暗みがかった赤の色だけだった。  色気の無い地味な服ではあるが、その忍び装束は彼女達が任務を果たせるようにと様々な工夫が施されてある。  まず、その服は軽い。とにかく軽い。  服を着ていないんじゃないかというくらいに軽い素材で出来ている。しかし強度は普通の服とは比べ物にならないくらいに丈夫である。下に着ている鎖帷子も必要最低限の金属しか使われておらずやはり軽い。軽いが機能はしっかりしていて、拳銃の銃弾程度であればしっかりと受け止めてくれるし衝撃も吸収してくれる。  更に運動可動域をアップさせるために袖口はザックリとカットされていて服が肩に引っ掛かったり、腕を服が締めつけて任務の邪魔をする事は無い。逆に言えば肌の露出が高くなっているという事なのだが、それは忍務の為という事で仕方がない。  同じようにスカートも短く作っている。  正直……街中を歩くにはかなり勇気がいる程に短いのだが、これも脚に服が絡まないようにした結果であるから仕方がない。まぁ、そもそも忍んで任務を遂行するくのいちにとって、人目につくことは滅多にな為……露出はそこまで気にしなくていい要素だが……思春期真っ盛りな華の女子高生である彼女達にはやはり恥ずかしさは否めない。  特に美月の方は、そういう格好に疎いため……尚更である。 「私達の初忍務は、あの屋敷で行われている“人攫い”の噂の確認……。その為に屋敷へ潜入して真偽の証拠を収めてくる事……それだけよ」 「うん……分かってる。さっさと終わらせちゃおうよ……ツキ姉……」 「お母様が未熟な私達の為に先行して潜入してくれたけど、屋敷には怪しいカラクリが多数……罠のように設置されていたらしいわ……」 「お母さん……確か、あの屋敷には地下があるっていう情報を掴んだんだったよね?」 「そう。でもその入り口が見つからず仕舞いだったらしいわ……」 「私達はその入り口を探すんだよね? その地下で何が行われているか……今度こそ探るために……」 「えぇ……。お母様が大体の屋敷の見取り図と罠の場所を書き込んでくれたから、後は入り口を探すだけっていう簡単な忍務のハズよ……」 「失敗……出来ないね。ツキ姉……」 「勿論よ! 絶対に成功させて……これからもお母様の負担を軽くしてあげないと……」 「今はお母さんって呼んじゃダメなんだよね? そういう風に……考える事も……」 「そうよ。忍務に私情は禁物! 私とあんたも姉妹と考えてはいけないわ! 私が捕まっても……必ず見捨てて帰りなさい!」 「う……うん。私も……ね?」 「……………………」  忍びの世界は非情である。例え親子であっても、姉妹であっても……姉妹以上の絆で繋がっている義姉妹であっても、その情は忍務の最中は捨てなくてはならない。例え見捨てることになったとしても……。  2人で潜入するとは言え……結局は個人の能力しか頼れるものはない。2人で潜入しても1人だと思わなくてはならない。もしもどちらかが不測の事態に見舞われ捕まる様な事があったとしても1人は助からなくてはならないのだ。状況を依頼主に伝えるために……。  時雨にはその掟は辛かった。  苦楽を共にした大好きな義姉をいざとなれば見捨てなくてはならないと割り切るには、時間がいくらあっても足りなかった。  だから彼女は心の中でソッと呟く。 『私は……絶対に見捨てないよ。ツキ姉……』と。

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