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3:洋書  何時間その図書館に居ただろう……  ノートに字を数行書いては机の下に左手を持って行き……そして手を動かしては身体をビクビクと跳ねさせる……そんな事を繰り返している玲を遠目に観察し続けていると、気が付いてみれば日もドップリと暮れ図書館の館内放送は閉館の知らせを物悲しい音楽に乗せて私達の耳に届けくれていた。  玲はその館内放送を聞くや否やあの大きな洋書をパタンと閉じ、椅子の端をハンカチで何度か拭くような動作をしてその洋書を元の棚に返却した。  私は自分の姿がばれないようにと玲の視界に入らず、本棚の壁を利用して彼女が図書館を去るのを隙間から覗いていた。  隙間から一瞬だけ見えた彼女の顔は、普段学校では絶対に見せない口元の緩んだ油断し切った表情をしていた。  なにかスッキリしたかのような……頬を少し紅潮させ目元がトロンとした顔……  そんな顔を見たものだから私は彼女が去った後“気になっていた事”を確認する為に彼女の座っていた席へと歩み寄る。  そして姿勢を低くし彼女の座っていた椅子に手を当ててみた。  ……玲の太腿の体温がまだ僅かに残っている。そしてその体温を辿って手の位置をずらしていくと―― 「湿ってる……やっぱり……」  思わず声に出てしまう。自分が想像した通りの行為を行っていた証拠が椅子の丁度彼女が尻をつけていた座面に感じられ、私は独り言のようにポツリとそう零すと口元をニヤつかせてしまった。  座面の表面を軽く拭き取っただけではどうしても残ってしまうこの湿り……その湿りは彼女が左手で何をしていたかを如実に物語っている。  そしてその確認を終え彼女の行為に確証を得た私は、次にあの本が置かれているコーナーへと足早に移動する。  彼女が読んでいたであろうあの洋書……無駄にデカくて重いあの洋書の中身が何なのか……それが気になっていたからだ。  私の予想では、実はあの洋書は海外のポルノ小説とかそういう類の本で、それを見て興奮していたのではないか? と当たりを付けている。オカズと言ったらなんか変な感じだけど……でもそういう物があって興奮してたんだろうし……あの本はそういう物だったんだろう……と、その本を手に取るまでは思っていた。  しかし……その本を手に取り中身を確認した時“そうではない”という事実に突き当たってしまう。  いや、オカズという言葉自体は間違っていないのだけど……その洋書自体がオカズだったわけではなかったのだとすぐに気づかされる。  本を開こうとした瞬間、まるで折り目でもついていたかのように不自然に真ん中のページが両開きになる。  本の真ん中のページ……そこには一回り小さいA4サイズのノートが挟まっていた。そのノートが真ん中のページに挟まっていたせいで本を開けた瞬間そのページが開かれたのだ。 「これって……」  そのA4サイズのノートには見覚えがあった。そう、あの赤い背表紙のノート……  あの無表情がデフォの玲を焦らせた元凶……私が彼女に興味を持った最初のきっかけ……  そのノートが挟まっていた。この一回り大きい洋書の中に……  慌てていたから挟んだことに気付かなかった……という言い訳は成り立たない。だって、先程まで赤背表紙のノートはこの大きな洋書の下に隠していたのだから。  つまり、帰り支度をするならば洋書を先にたたみ、下敷きになっていたノートを畳んでカバンに入れるはずなのだから、洋書の中に紛れ込む余地は生まれない……。  だから自分の手でわざわざ挟んでいったという結論にたどり着く……この本を家でもなく学校でもない場所に隠しておきたかったのだろうから……。  もしかしたらこの洋書自体はただこのノートを隠す為だけに選んだ本だったのかもしれない。誰も読まなそうな“哲学”と書かれた本棚に有り、しかも1番取り辛い身長が高い者しか取れないような高い箇所に置いてあった本……後半のページに和訳された解説が載ってあったが、それを見る限り本当に限られた人しか読まないであろう難しい哲学書である事は間違いない。そんな本をオカズにするハズがない……  本命はこのノートだったのだ。  このノートには何が書かれてあるのか? 当然私の興味はそっちに移る。  だから本の間からそのノートを抜き取って、無駄に重いだけの洋書は元の場所に戻してあげた。  そして思い切ってそのノートの表紙を捲ろうとした――その時! 「お客さん? もう閉館の時間を過ぎちゃいましたよ?」  背後から私の耳に入ったしゃがれた声に、力を込めようとした手が止まる。同時に自分でも情けないと思う程に素っ頓狂な悲鳴が口から洩れ身体が固まってしまう。  ぎこちなく後ろを振り返ると、先程まで出入り口のカウンターに座っていたこの図書館の受付のおばあさんが私の背後でニコリと微笑んでいた。気づかなかったがとっくに閉館の時刻を過ぎお客は私だけになってしまっていた。 私は「す、すいません」と何度か頭を下げ、いそいそとその図書館を後にした。    手にはあの赤い背表紙のノートをしっかりと握りしめて……

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