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センス、感性という言葉は、いろいろな意味を含んでいますが、ざっくりまとめると「人が真似できない水準で物事を実行できる能力」のことのように思います。

 感性は基本的にはポジティブな体験によって向上します。楽しかったり、興味深かったりが増えていくとその人の知識の引き出しにストックされていきます。したがって行動力があって興味のあるジャンルが多ければ多いほど感性を磨くチャンスが増えます。

 美術解剖学にもジャンルがあります。以下に美術解剖学が関わるジャンルをざっと並べてみます。

・人体

・動物

・男性

・女性

・骨、関節

・筋肉

・体表

・運動

・素体

・手足などの部位

・ポーズ(姿勢)

・プロポーション

・美術史

 これらの中に興味がある内容が多ければ多いほど知識を取り入れる機会が増えます。学習者の多くは基本的に自分が必要としている情報をその都度学んでいくので、分野全体を俯瞰している人は少ないかと思います。

 上記のリストの情報は、互いにリンクしているので、反復学習が行えたり、多角的に構造を知ることができるようになります。色々な要素を知っていくことで美術解剖学のセンスが磨かれていくのです。それぞれの要素を興味を持ってもらうため、内容について手短に解説してみます。

人体

 最も人口が多く、人体への興味が美術解剖学を学ぶ動機になっていることが多い対象です。イラストレーター、アニメーター、漫画家、3DCGモデラー、ゲームクリエイターなど人体作品を扱うあらゆるアーティストが参照する可能性があります。美術解剖学では主に人体の外形に影響する構造、骨、筋、表層の血管、脂肪体などを紹介していきます。外形に影響しにくい、内臓や心部の血管や神経などはほとんど取り扱われません。

 古典的な美術解剖学の教科書はヨーロッパの美術学校で教えられていたものを編纂していますが、現代ではイラストレーターやクリエイターが教科書を執筆していることが多く、現場で使用できるようなTIPS(描き方のコツ)をまとめた内容が人気を博しています。

動物

 全体の学習者の分母としては少数ですが、動物好きをきっかけに解剖学に興味を持たれる方もおられます。好きが高じて学んでいるので熱心な方が多く、自分で調べて詳細な情報を知っている方も多いように思います。美術解剖学では主に、ウマ、ライオン、ウシ、シカ、ヤギ、イヌなど、美術作品に表現される機会が多い哺乳類が解説されます。ほとんどの教科書の図は『エレンベルガーの動物解剖学』(2020, ボーンデジタル刊)のコピーだったりします。

 ほかに、動物解剖学の用語は人体の構造と対応関係があるので、人体の構造や形と比較することで生物の成り立ちがより理解できるようになります。

男性

 美術解剖学や医学の解剖学では基本的に男性モデルの解剖図で解説が進んでいきます。理由としては、ホルモンの影響で皮下脂肪層が少なく、筋肉が発達しており、体表から内部構造を確認しやすいためです。美術解剖学に慣れていくと男性モデルの方が体の起伏を描画、造形しやすいことに気がつきます。ただし、初心者にとっては起伏の情報量が多すぎて難しいと思われる方もおられるようです。

女性

 女性がメインの美術解剖学の教科書は非常に珍しく、通常は骨盤、脂肪体などの性差が大きい部位のみ解説されることが多いです。歴史上何度か女性に特化した教科書が出版されていますが、どれもリリースが続いていません。皮下脂肪の厚みなど解剖学でもまとまったデータがなく、解説しにくいというのも原因かと思います。

 女性の体表は男性と比べて起伏がなだらかなため、初心者が描きやすく、人体デッサンの授業などではしばしば女性モデルが採用されています。

 人体の外形の構成要素のうち、骨は長さや幅、軸を規定しています。骨だけをまとめたものは骨学と呼ばれます。人は大小約200個の骨で構成されていて、それらの一部はくぼみやふくらみとして皮下に確認できます。ちなみに骨単体では骨、複数の骨が組み合わさったものは骨格と言います。

 作品の制作時に、下書きで棒人間のような軸で捉える事があるため、骨の形と範囲を知ると下図の段階の精度が高まります。

 骨は標本として残しやすい組織なので、骨格模型がよく売られています。動物の解剖学に興味がある方は、筋の資料があまりないので、骨の標本で構造を勉強されると良いかと思います。骨の美しさに魅せられた人は骨格標本を入手したり、自分で動物の標本を作成される方もいます。


関節

 関節は骨の連結部分のうち、可動性がある連結部のことを言います。これらの情報をまとめたものは関節学と呼ばれます。主に関節部の骨の形状や関節周辺の靱帯について解説されます。骨の形状のうち複雑な部分は関節付近にあるため、関節の形状が理解できれば骨のディテールの大部分が理解できるようになります。

 関節の可動域は5度刻みで表現されることが多いです。これは角度を計測するゴニオメーターという計器が5度刻みを採用しているためで、可動域として表示されている角度はおおよその目安と考えると良いでしょう。美術表現ではミケランジェロなど実際の可動域よりも大きく表現されていることもあります。

 アニメーションや3DCG、球体関節人形など運動を必要とする方に特に実用性が高いかと思います。


筋肉

 人体の外形のうち起伏の大部分を占め、周囲寸法などに影響をします。全身で600を超えると言われますが、カウント方法によって増減するのと、左右で数が半減するため、覚える必要のある筋肉は100〜200種くらいです。

 筋が理解できると体表の起伏の大部分の意味がわかるようになるので、男性像を作成される気概が多い方や、手っ取り早く体表の情報量を増やしたい方は筋肉の配置を学ぶと良いかと思います。筋肉を一通り覚えると、次に運動時の筋肉の変化にも対応できるようになります。例えば、腕組みをしたときに見える前腕の筋肉の変化など、しばしば表現に採用されるポーズで違和感のない表現が可能になります。


体表

 美術解剖学では医学の解剖学よりも体表の情報が詳細に記載されることがあります。体表をまとめたものは体表解剖学と表記されます。もともとは19世紀ごろに人体デッサンの授業と美術解剖学の授業が統合されたため、解剖学者が人体の体表を解説して、医学書にない構造まで解説することになったのが発端です。現代でも美術解剖学の授業でしばしば人体デッサンが行われています。

 解剖図は標準構造を寄せ集めたもので個人差を含みません。そのため人体デッサンなどで実際の人体を観察して、解剖図との擦り合わせを行う必要があります。実際の人体には個人差や解剖学で記載されにくい個人差や年齢差などの形がたくさんあります。


運動

 関節との違いは、歩行などのモーションや運動の軌跡を取り扱うことです。美術解剖学では主に歩行、走行、ジャンプなどの解説が行われますが、19世紀末の活動写真を基にした資料なので、現代ではあまりみられません。有名なものではエドワード・マイブリッジの連続写真があります。今後発展していくとスポーツなどのモーションが取り入れられる可能性があるアニメーション表現に直結した分野です。


素体

 美術解剖学ではなく、漫画表現やイラスト表現の現場で必要な人体像としてデザインされた人体像です。手軽に素早く描くための造形なので、情報量を落とした比較的シンプルな形をしています。現代的な美術解剖学の書籍では、腕や足を円筒形で捉えた図を見かけます。教える人によって取捨選択された形状が変わるため、様々なバリエーションがあります。例えば骨盤は、箱型に捉えるタイプと、バケツ型に捉えるタイプ、楕円形の球体で捉えるタイプなどがあります。

 可動フィギュアなどの教材も出ていて、少し装飾的ですが、東亜重工製合成人間などが有名です。


顔、手足などの部位

 顔面や手などディテールが細かく、表現される機会も多い部位は、単体の書籍として編纂されています。肖像画など顔を専門の職業の方もおられるので、こうした特定の部位の専門書があれば需要にマッチすると思います。

 部位に絞った教科書は特定の専門書という効果もありますが、教科書のリリースの関係で分冊にされていることも多いように思います。美術解剖学の教科書は、フルスペックで執筆すると600ページ近くなります。読者としては知りたい部位を探す時間を短縮できますし、価格も抑えられます。著者側では、作図と文章を同時に手掛けるため、執筆に労力と時間がかかります。分冊にすることでリリースまでの負担を軽減する効果があります。


ポーズ(姿勢)

 運動と似ていますが、こちらは漫画の一コマやキャタクターの立ち絵などのポーズからくる需要が基になっています。『ポーズの定理』(2022, 玄光社)のリリース後に、私の方にもポーズ解説の依頼が来るようになりました。

 美術解剖学が取り扱っているポーズは主に重心やバランスについてです。例えば腰を反ったときには肩から上が後ろ側に傾きます。逆に腰が曲がっていると肩から上が前に傾いて猫背気味になります。こうしたバランスが表現に必要な場合に有効な知識となります。


プロポーション

 人体プロポーションでは主に体の比率を扱います。古代ギリシャから続いている人体の見方で、美術に解剖学が導入される以前からある人体の見方です。頭部の高さを基準として身長を分割する方法が一般的ですが、指や手などの部位の比率も解説されることがあります。

 人体プロポーションの代表例には、英雄体型の8頭身と標準体型の7.5頭身があります。英雄体型という名称は、古代ギリシャの英雄像に多いことから付けられています。


年齢差

 子供の成長から老齢までの加齢変化について解説されます。子供の成長段階は1歳で4頭身〜16歳で7頭身になり、プロポーションにも関わっています。子供のキャラクターを表現される方は必要になりますが、現代的な教科書では、子供の人権配慮の観点から記載されることが少なくなっています。

 老人は頭の骨で解説されることが多いです。昔は老人になると歯がなくなり、無歯顎という状態になっていました。歯がなくなった状態では、老人が入れ歯を外したときのように上下の顎の間の距離が近づき、顎先が前突します。ルネサンスなど古典的な作品ではしばしばこのタイプの老人が表現されていたことから、美術解剖学の教科書でも記載されていました。


美術史

 美術作品は、イラストや漫画など表現を問わず過去の名作を引用していることが多いです。美術作品をたくさん知っていた方が作品のネタに困りません。過去の名作は人体構造を的確に表現しているので、解剖学的構造とも対応関係があります。

 時代に応じて流行が変わるため、過去の作品が実用的ではないように思われる方もおられますが、長年の淘汰に耐えた造形は、再現したときに見栄えしたり、多くの人とコミュニケーションが取れる可能性があります。冒頭で紹介したように表現に好き嫌いなくいろいろな造形を楽しめるほど感性を磨くチャンスが増えます。


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