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SNSを見ていると、解剖図をトレースと模写して勉強している人が多いようです。どちらかといえば模写をアップしている人が多いでしょうか。中には著作権的な配慮をされている方もおられるかと思いますが、非営利で個人的に勉強する分には模写やトレースはOKです。問題があれば著者や出版社から注意を受けると思います。


 私はトレースと模写の違いについて以下のように区別しています。


トレース:対象の形を直接なぞること。複写したい対象の上に紙やレイヤーを重ねてなぞる。

模写:見比べて形を描きうつすこと。複写したい対象と画面を並べて見比べながら描く。方眼状に線を引いて座標をはかることもある。


 個人的に初心者に模写はお勧めしません。見た光景をある程度そのまま写しとる技術ができないうちに始めると、学習効果が薄いからです。描き慣れていないうちに模写をしてもコントロールされていない線で形を再現することになったり、形を写し取ることで精一杯になって知識が頭に入ってきません。そもそも模写しきれずに未完成で終わってしまうこともあると思います。

 そうした場合はトレースすることで負荷を軽減できます。大きな違いとしては形を探る必要がないことです。注意力を解説の内容に割くこともできるし、なにより練習時間を大幅に短縮できます。

 美術大学などの座学の授業では構造の解説を行うことが一般的ですが、私の授業ではトレースしながら解説を行います。トレースによる形の勉強と、構造の解説をいっぺんに行うことで学習効果を高めようという理由からです。


 しかし、トレースをしても絵が上達しないと思われている方もおられるようです。これは、模写の方が画力が向上するという考えからきているようです。その主張はわからなくはありません。

 模写をする意味は作家の手技を真似ることです。作家が向き合った画面を隅々まで追って追体験すれば、作家の技巧やプロセスの一部を吸収できる。この技術習得の方法は19世紀末ごろまでヨーロッパのアカデミーや工房で行われてきた手法です。現代でも知られる有名な例が『シャルル・バルグのドローイングコース』です。

 当時のヨーロッパの画塾では、最初にバルグのリトグラフの教本を模写させていました。講師が学生の模写を見て、一定の水準まで形が再現できていれば(バルグ=プロの画家と同じような水準の絵が描けていれば)、次の段階のモチーフを観察しながら描く石膏デッサンや人体デッサンに進むことができたようです。

 ちなみにバルグのリトグラフは大判で、B2サイズくらいあります。予備校のデッサンのようにイーゼルなどに立てかけて模写するのには向いていますが、トレースには向きません。おそらくこうした学習方法と美術解剖学の学習を混同した結果の意見ではないでしょうか。


美術解剖学を学ぶ=画力(表現力)が向上する


上記の方程式は成り立ちますが、この「=」の部分には「知識によって目が養われた結果」という言葉が含まれています。表現力向上までのフローを書くと以下のようになります。


1:美術解剖学を学ぶ

2:知識を取り入れる

3:形を見て判別できるようになる

4:形が再現できるようになる

5:表現力が向上する


 美術解剖学の知識は、一度覚えると次から自動的に形を見て判別できるようになります。判別できるので形が再現できるようになる。形が再現できると画力が向上する。現代では治療家さんなど、画力を必要としない方々にとっても体表の判別能力を重視する美術解剖学の見方は有効なので、画力や表現力の向上は結果の一つに過ぎません。


ですので、解剖図をトレースしたり模写したりすることの目的は知識を取り入れて目を養うことにあります。知識を取り入れることができればトレースでも模写でも構いません。逆に知識が取り入れられないで模写を繰り返しても、学習効果は薄まります。

 トレース、模写、どちらでも画力(表現力)は向上しますが、トレースの方が模写に比べて知識を取り入れる余裕があるので、私はトレースの方をお薦めしているのです。

 実際に、パリ国立高等美術学校(エコール・デ・ボザール、フランスの最高学府)の授業では、現在でも130年前のポール・リシェの図をトレースさせているようで、スタッフの小山先生がボザールに留学された時にその話を聞かせてもらいました。

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