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どの技術も基本的には反復学習によって習得します。多くの人がプロフェッショナルの水準に到達しにくいのは、この繰り返しチャレンジすることが上手くできないからではないでしょうか。

繰り返しは単調で、同じ失敗を踏んでしまうこともあります。一回一回の上達もわずかで、変化にとぼしい。失敗して疲れた時に「自分は何をしているんだ」と挫折しやすいのです。以前、挫けそうになったときに支えとなるのは動機だと書きました。しかし、何度も失敗するのは無用な苦しみを味わうだけで進展がありません。そこで失敗と出会う確率を下げる必要があります。その一つは繰り返しの負担を減らすことです。主に以下の二つが考えられます。


・学習のハードルを下げる

・調べる時間を減らす


初心者の方を教えていると、かなり難しい要求を自分に課しているのを見かけます。ねじった体だったり、アオリやフカンといった視点だったり。慣れていても赤入れしにくいほど難しい。美術では一般的な表現でも、解剖学に当てはめようとするとハードルが一気に上がります。こうした難しい表現を避けることも、学習のハードルを下げることに重要です。学習のハードルを下げるにはまずは文法のように解剖学のルールを知りましょう。


現代的な美術解剖学では、かなり地味な姿勢で順序通りに解説が進んでいきます。例えば図の姿勢や視点が難しいと鑑賞者側が形と視点を読み解きにくくなります。したがって多くの人が理解できて、なおかつ解説が容易になるような以下の姿勢が採用されています。


・足を揃えてまっすぐ立って、手のひらを前に向ける

・あごは上下させず、視点は真正面を向く


この姿勢は「解剖学的正位(anatomical standard position)」といいます。頭の傾きは左眼窩(頭蓋骨で眼球がおさまるくぼみ)の下縁と外耳道(頭蓋骨に開いた耳の穴)の上縁が水平になる「フランクフルト平面」が採用されています。


解剖学の上下左右などの方向は、この姿勢が基準となっているため、ここから外れた姿勢になると、用語と見た目の上下が逆転したり、初心者にはどこから見ているのかわからなくなります。したがって構造を初めて覚える場合は、自分の好みのポーズではなく、この姿勢で勉強した方が頭に入りやすくなります。


次に順番についてです。解剖学では頭のてっぺんからつま先まで一定の順序に従って解説されます。クリエイターは決まった順序に従うことを好まない人が多いと思います。私もその一人で、最初は興味のある部位から好き勝手にバラバラの順番で勉強していました。しかし、それだと知識にムラができて、頭の中で部位同士の繋がりをうまく整理できませんでした。好き勝手な順番で学んでいくと結果的に遠回りになるということに気がついたのです。


教科書の掲載順序は大まかに以下があります。


1:頭

2:体幹(胴体)

3:上肢(腕)

4:下肢(脚)

(ポール・リシェの教科書など)


1:下肢(脚)

2:体幹(胴体)

3:上肢(腕)

4:頭と首

(ゴットフリード・バメスの教科書など)


順序以外の編集方法では骨や筋肉など臓器ごとに分ける「系統解剖学」と

部位ごとの骨や筋を順番に解説する「局所解剖学」があります。

どちらかといえば系統解剖学の方が古くから採用されていた編集方法で、

局所解剖学の方は20世紀に入って主流になった編集方法です。

ちなみにリシェの教科書は系統解剖学、バメスの教科書は局所解剖学です。


基本的には上から順に解説するか、下から順に解説するかの違いのようですが、それぞれ重複なく一通りの構造を解説できるようにしている点は共通しています。現代的な教科書ではこの「重複なく一通り解説する」方法が採用されていて、これが守られていない場合、十分に整理された本ではないと言えます。ウェブサイトなどを見ていて、別のページに進んだと思ったのに同じページが出てきたら戸惑いますよね。


私は前の記事で「解剖用語は一度で覚えられない」とも書きました。一度で覚えられないのにどうして順に進む必要があるのでしょうか。覚えられなければいつまで経っても次の項目に進めません。

 この場合はいわゆる「斜め読み」をするのです。まず全体をざっと俯瞰する。この段階で構造を一つ一つ覚える必要はありません。全体の順序と図を一通り把握するのです。これによって調べ物をするときの参照時間が大幅に短縮できるようになります。

 美術解剖学の授業では、受講者にこの斜め読みをさせることを目的としています。教える側も一度で覚えられるとは思っていませんが、大まかな概要や流れは覚えていることが多い。

 これが独学との違いです。独学の場合は好き勝手なところを調べるのでなかなか概要が把握できません

 私も最初は独学でした。医学部の授業で全身の骨格、筋だけでなく、内臓や神経、血管が順序通り完璧にまとめられているのを目の当たりにして、人類の知識の蓄積と、独学で出来ることの限界を感じました。しかも独学よりも遥かに短い時間で全身の要点を把握することができます。授業を受けるのが難しければ、教科書を斜め読みしてください。

 学問というのは「ある一定の理論に基づいて体系化された知識と方法のこと」です。美術解剖「学」も一定の理論に基づく知識体系です。まずは一通り内容を知ることでその体系を大まかに把握することができるようになります。わからなくなった時に調べる。調べる時の労力を減らす。これも学習を長続きさせる大事な要素の一つです。

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