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前回、半分だけだった第80話を修正&後半の加筆しました。 --------------------------------------------------------------------------------------------------- ――森でバッタリと熊と遭遇してしまったらこんな気持ちだろうか……  膝上まである水位だが彼女の足元だけ浅瀬になっているのだろうか、まるで水面に立っているかのように全裸の女性が目の前にいる。  水槽の中にいるときにはわからなかったが、彼女の長い髪は栗色というよりオレンジに近いだろうか、特徴的な髪色をしていた。  水を吸って垂れる長い前髪の隙間からジッとこちらを見ている。  そこに浮かぶ感情はうかがいしれないが、彼女の放つ殺伐をした雰囲気が変わらずだった。  はじめて見た時には鎌を手にした死神を連想させた彼女だが、二度目となれべその身体を観察する余裕もあった。  手足は長く、ほっそりとしてスレンダーな体躯だが、それに似合わぬたわわな乳房をもっている。双乳はその重さで垂れることもなく砲弾状に突き出されいた。 (大きさでいえばシオさんの方が上だろうけど、実物を前にしたその迫力は目を見張るものがあるなぁ)  そんな不埒なことを考えながら引きつる顔で愛想笑いを浮かべてみせる俺を、彼女はジト目で見ていた。  その視線が不意に外れると横へと流れた。流されずに残っていた自走式の磔台の陰から狗面の大男が飛び出してきた。  先ほどの黒人とは違い白色系の肌をした男の方だ。襲い掛かるチャンスをうかがい隠れていたのだろう、丸太のような剛腕を繰り出して彼女の顔面を狙う。  それを彼女は軽く首を傾げただけで避けてみせた。拳圧で長い髪が靡くほどの凄まじい威力だ。掠っただけでも大惨事なのだが、彼女の表情に相変わらずムスッとしたまま変化はない。  すかさず二撃目を放とうとする大男だが、それは叶わなかった。  次の瞬間にはその巨体は宙に舞っていたのだ。  彼女が蹴り上げたと理解した時には、男の身体はゆうに五メートルはある高さまで飛んでいた。 (いや、いや、おかしいだろう)  まるでダンプカーにでも引かれたような飛びようで、とても細身な女性の繰り出せる威力ではなかった。  仰向けで打ち上げられて空中で手足をジタバタしている姿は亀の子のようだが、それもすぐに背を下にして落ちてくる。  それをI字バランスのように突き上げられた彼女の右脚が受け止めた。  百キロ以上はありそうな肉の塊が五メートルの高さから落ちてくる。その衝撃は凄まじいもののであるはずなのに、彼女の身体は衝撃で揺れることすらなかった。  軽々と巨漢を片足で支える光景は、俺の中にある様々な常識を吹き飛ばしていた。 「ぐッ、ぐぇぇぇぇッ」  衝突の衝撃はすべて男に返ったのだろう。彼女の足を支点にして男の身体が大きく仰け反り、苦しげに手足を振り回わす。  だが、それもまるで見えないものに絡みつかれて足掻いているようにも見えた。  どんなに足掻こうともその状態から逃げ出せぬまま、メキ、メキと嫌な音を立てるたびに男の身体があり得ない方向へと曲がっていくのだった。 「ノッ、ノォォォッ」  野太い声が悲痛な叫びをあげたのを最後に、なにかが砕ける音とともに男は動かなくなった。  あらぬ方向へと折れ曲がった男の身体を、彼女はゴミでも捨てるように無造作に放り投げていた。 (いや、いや、いや……なんだよこれ、死神なんて甘い表現だったよ)  正直にいえば目の前で起こっていることのほとんどが理解できなかった。  常識の範疇にない存在、人間は理解できないモノを前にすると思考が止まってしまうのを、そのとき初めて知った。  悠然と水面を歩いてくる彼女――鷹匠 杏子の姿を呆然と見つめていた。  混乱する頭の中に沸き起こるのは、畏怖や恐れといった感情で、身体が竦んでピクリとも動けない。 「…………」  いつの間にかそ彼女が目の前にいた。裸体であるのを恥ずかしがりもせず、腰をかがめて俺の前で顔を突き出している。  口をパクパクと動かしているのをただ見上げていると、だんだんと彼女が不機嫌になってきたのがわかった。 「――痛ッ」  唐突に脚を蹴られて、その骨にまで響く衝撃に思わず涙がでてしまう。 「な、なにするんですかッ!?」  あまりの痛さに涙目になって、おもわず抗議の声をあげていた。 「……あれ?」  そのお陰か、まるで呪縛から解き放たれたように思考がクリアになっていた。  あまりの出来事に頭がバグっていたのだろうか。彼女の蹴りのお陰でそれから脱することができていた。  だが、映りの悪いテレビを叩くかのような不条理な扱いと、腰に手を当ててドヤ顔で見下ろしてくる彼女を見ると素直に感謝する気も失せてくる。  不満げにする俺をなにやら面白いモノでも見てるような反応の癪にさわった。 (なんだかこの人……)  タギシさんの言葉では恐怖の対象であるかの説明だったが、それよりも凄く横暴な人なだけにも感じられた。  不条理が人の形をして歩いているっというのが鎌を持った死神から修正された彼女の印象だった。  その彼女だが、どうやら今は喋れないようだ。人魚を模した拘束によって水槽が飼われていたために、呼吸の機器を施されていた弊害のようだ。  それを手振りだけで伝えてくるのを苦労しながら解析して、どうにか理解することができた。 「……手助けしてくれるお仲間……あぁ、下僕がいるのですね」  わざわざ下僕と修正した点がきになったが、とりあえず、それを探すのを手伝えっというのが彼女の主張のようだ。  だが、俺の方でも涼子さんや玲央奈たちの安否も気になっており、正直にいえばそれに付き合っている余裕などないのだった。 (とはいえ、だからダメです……とは言わせない雰囲気だよな)  彼女は俺に断られるという可能性を微塵も考えていなさそうだった。  それに先ほど見させられた不条理なほどの彼女の強さも捨てがたい。  この施設から脱出するには欠かせない要素で、お互いに妥協して協力するのが最善だろう。 「はぁ、わかりました……でも、こちらも涼子さんの安全確保も必要なんです。それは譲れませんからね」  優先順位はすでに決まっている。強気な態度で主張する俺に、彼女は機嫌を悪くするどころか満足そうに頷いてきた。  契約書代わりなのだろう、手を差し伸べてくると俺と握手を交わすのだった。 「その前に、なにか着るのも探しましょうか……」  全裸姿でいることに彼女は躊躇しないが、俺の方が目のやり場に困ってしまう。  今夜は女性の裸を見続けた俺だが、その辺りの感覚は元のままのようだった。  ひとまず見つけ出したバスローブを杏子さんに差し出して着てもらうと、一緒にホールから通路へとでてみる。  すると、そこには武装した黒服の男たちが俺たちを待ち構えていた。彼らの手にはスタン警棒だけでなく銃器まで握られており、今度は容赦することなくそれを放って来た。 「うわぁぁぁッ」  本物の拳銃を前にして慌てて物陰に隠れた俺だが、杏子さんは反対に前へと飛び出していた。  文字通り銃弾が飛び交う中を跳躍して、一気に黒服集団の中に踊り込んでみせる。  その後は、味方への流れ弾に躊躇して引き金を引けずにいた者から次々と宙に舞うことになった。  今度はホールのような広い空間ではない、狭い通路で彼女に吹き飛ばされれば壁や天井にそのまま叩きつけられることになる。 「滅茶苦茶だ……」  男たちの血反吐が壁や天井から滴り、足元の水は赤く染まっていく。その中に倒れ込んだ男たちの手足はあらぬ方向に折れ曲がり、呻き声をあげていた。  目の前に広がる光景は、まるで大型台風が通過した後のような凄惨さで、彼女を相手することがまるで災害のように語られていた理由を垣間見たきがした。  そんな無類の強さを誇る彼女だが、それでも無敵という訳でもないようだ。死角からの射撃にヒヤリとさせられることが何度もあり、そのたびに俺が彼女に注意を促して、時にはモノを投げつけて相手の気をひいた。  お陰で少しは役に立てると証明できたようだ。彼女が親指を立てて、満足そうに目を細めてくれた。 「しかし、想像以上に、えらい騒ぎになっているなぁ」  施設内に鳴り響いていた警報は止められたものの、水槽から流れ出した水で施設内は水浸しになっていた。  その上、どこかで火災でも起こっているのか黒煙まで充満しはじめて、混乱に拍車をかけていた。  施設内に設置された各種のモニターも、本来なら映し出されている各種情報は映し出されず、ただノイズ画面が映っており、それだけでも施設が正常に機能していないのがわかる。  その前に発生していた指揮系統の乱れも手伝い、取り押さえようと現れる相手も断続的ですんでいた。  それらが全てナナさんの手筈によるものであるのなら、流石というべきだろう。これ以上ないほどの脱出のチャンスを作ってくれている。  そんなナナさんもまた押し寄せる大量の水に飲み込まれていったが、あの手際のよい彼女のことだから今は無事だと祈るしかない。 ――まずは涼子さん、そして玲央奈を見つけ出す……  その為に混乱の最中にある施設の中を探し回っているのだが、彼女らの痕跡すら探し出せず、俺も徐々に焦り始めていた。 「くそッ、どこにいるんだ」  気がつけば戦闘の最中に杏子さんとはぐれてしまっていた。  幸いなことに彼女が注意を引いてくれているお陰か、こちらに追手がくる気配は今のところない。  逃げ惑う会員らに交じり、涼子さんを探しながら移動することができていた。 「あぁ、やっと見つけたぜ」  物陰から大きな影が突然現れて、俺の前へと立ち塞がった。それは、あのホールにいた狗面のひとりだった。  反射的に逃げようと身体が動いた俺だが、ふと相手が俺にまだ座っているように促してくれた相手だと気づく。 「あぁ、敵じゃないから安心してくれよ」  被っていた面を上げて晒されたのは、荒らしい顔立ちで野性的な眼差をした青年の顔だった。  二十歳ぐらいだろうか、鍛えられた肉体の彼は警戒を解こうと二ッと笑ってみせる。  だが、犬歯をみせる姿は狂犬が獲物を前にして口を開けたかのようで、とても彼の狙うような効果は期待できそうもない。  それに本人は自覚がないようで、どこか不器用な感じで、反応なく見上げている俺に困った様子を見せはじめた。 (悪い人ではないようだな)  苦笑いを浮かべて肩の力を抜くと、警戒を解いたことを伝えると彼もホッとしたようだ。 「悪いな、暴力ざたばかりで交渉事とか苦手でね」 「貴方は……」 「あぁ、悪い。名乗るのが遅れた、俺の名は犬咬 ケンジだ。アンタがさっきまで一緒にいた所長……鷹匠 杏子の下ぼ――んんッ、部下だよ」 (もしかして、今、下僕といいそうになったのか?)  わずかの時だが鷹匠 杏子という女性と一緒にいたことで彼女の性格を垣間見ることができた。自由奔放、傲岸無知といろんな言葉が脳裏に浮かび、今なら彼女の部下である彼の苦労もなんとなく察しられる。 「なんで、あの時は助けて……」 「あぁ、そんな事よりもアンタにお届けものだぜ」  そういって両脇に抱えたものを彼は見せてくる。軽々と両手で持っていたものは人間ふたり、それが玲央奈と美里さんであるとようやく理解する。  グッタリと瞼を閉じた彼女らが、規則正しく呼吸しているのにホッとする。外傷もないようだし、どうやら意識を失っているだけのようだ。 「キミが助けてくれたのか……えーと、犬咬くん」 「あぁ、ケンジと呼び捨てでいいぜ。堅苦しいのは苦手なんだ」 「わかった、それならケンジと呼ばせてもらうよ。ふたりを助けてくれてありがとう。ところで、涼子さんは……」 「あーッ、すまない、咄嗟のことで二人の身柄しか確保できなかったんだ」  表情を曇らせた目の前の青年はすまなそうに頭を下げてくる。目つきの悪く陰の強い容姿だが、やはり根は誠実な人のようだ。  そんな彼に対して、二人を助けてくれたことを感謝こそすれ責める気など俺にはなかった。  涼子さんを心配する心をひとまず置いて俺は改めて彼に感謝の言葉をかけていた。 ――ザ……ザザ……  スピーカーからノイズ音が響かせて、通路に設置されていたモニターたちが一斉に画面が切り替えた。  そこには、紫堂の姿が映っているのだった。 『……やぁ、ルーキー。キミの方は無事だったかな?』  そう語り掛けてきた彼もまた濁流に呑み込まれたはずだが、何事もなかったように白スーツ姿で身なりを整えていた。  今や彼は明確な敵であり、涼子さんを悪意をもって貶めようとする存在だった。それなのにタギシさんとして一緒にいた為か無事な姿を見て、安堵してしまっている自分がいた。  そのことに戸惑っているとカメラが引かれて彼の全身が映し出される。  すると、その足元には横たわる涼子さんの姿も画面に表示されるのだった。 「――涼子さんッ!?」  通路の各所に設置されたモニター、そこに涼子さんの姿が映し出されていた。  全裸姿で横たわる彼女も、特に目立った外傷は見受けられなかった。  瞼を閉じ、豊乳がゆったりとした呼吸に合わせて上下しているのが見える。 「安心していいぞ。ただ気を失っているだけだ……今のところはな……」  思わず身を乗り出して叫んでいた俺に呼応するように、映像に割り込んできた紫堂が補足する。  無事だと聞いてホッとするものの、最後に付け足された言葉によって俺の緊張は続く。 「とんだ邪魔が入ったね。仕切り直してゲームを愉しみたいところだが、どうやら外も騒がしいようだ。今夜はこれで切り上げるよう部下が煩くってね」  そういう彼の背後では狗面の最後のひとりが涼子さんの手足を拘束しているところだ。  後ろ手に組ませて両腕に幅広のベルトと巻きつけ、揃えた両脚にも同様にベルトを巻いていく。  そして、唇を押し開いてバーギャグを噛ませると、軽々と肩に彼女を担ぎ上げた。  奥では貨物用の大型エレベーターが下りてきたところで、その扉がゆっくりと開いていく。  涼子さんを荷物のように担ぎ上げた大男が乗り込むと、銃器で武装した黒服たちを従えた蛍さんがその後に続いた。 「そういう訳で、今夜はこれで失礼するよ」  紫堂が背を向けるとカメラから遠ざかっていく。このままエレベーターに乗り込んで、いずこかへと向かうつもりなのだ。 (まずい、このまま彼女を連れて行かれたら……)  警察でも紫堂の居所が掴めずに今夜のようなリスク覚悟の潜入捜査に踏み切っているのだ。もし、このまま彼女を連れて姿を消されたら、発見するのは困難だろう。  その間に涼子さんも蛍さんが受けたような苛烈な調教をされると思うと恐怖で俺の脚は震えてくる。 「おい、アンタ、大丈夫かよ」  そんな情けない姿を見かねてか、犬咬 ケンジと名乗った青年が肩に手を置こうとしてくるのだが、それを手首を掴んで止めるて周囲を見渡す。 (どこだ……どこかにあるはずだ……)  ナナさんが地上で教えてくれた事を思い出していた。 「でも、あのカメラの本来の目的は、敷地内の全てのプレイをオーナーに送り届ける事なんですわ」  それが事実なら施設内にあるすべてのカメラを紫堂は自由に見ることができるということだ。  ならば今もこちらの姿を見ているはずなのだ。 (よしッ、あったぞ)  装飾品でカモフラージュされたカメラを見つけた。  対戦相手を求めている彼ならば、これから俺が言う言葉に必ず反応するはずだ。その時の反応次第で出来ることも変わってくる。  意を決してカメラを見上げると、俺は用意していた言葉を放つ。 「このまま勝ち逃げですか?」  俺が放った言葉に、最後にエレベーターへと乗り込もうとしていた紫堂の足がピタリと止まる。  やはり彼はこちらの動向を把握していた。その上で、わざわざ映像を全館に流して場所がわかってない風に装ったのだ。 (やはり、試されてるな……)  これまでも常に情報を散りばめて俺の反応を嬉しんでいた彼だ。今回もそうだと確信していた。  今、一番恐れるべきは彼が俺に興味をなくすことだ。それを避けるには、常に彼の注意を引いて満足させ続けるしかない。  だからこそ、この言葉での彼の反応が知りたかった。挑発の言葉に怒りを露わにするのか、それとも悦びを浮かべるのかで、こちらの対応が変わってくる。  ゆっくりとカメラの方へと振り向いてくる彼の反応を固唾を飲んで見守った。  そして、振り向いた紫堂の表情に俺は愉悦を感じ取った。 (よしッ、彼は、まだ満足していないぞ)  一見して不機嫌そうにも見えるが、俺にはまるで帰宅時間になっても遊び足りない子供のように彼がみえていた。  俺の次に述べる言葉にキラキラと目を輝かせて期待しているのがわかる。 (こちとらブラック企業で技術屋だけでなく営業までさせられていたんだ。無理やりでもねじ込んでやるぞッ)  すでに俺は仕事モードに入っていた。そうなれば足の震えも消え、今なら大企業の重役ともサシでやり合える気がする。  そんな気配を感じ取ってか、紫堂の口端もわずかに上がていた。 「……で、どうするつもりだ? そう言うからには、なにか提案があるのだろう?」 「えぇ、先ほどのゲームのルールなら、次はこちらのターンでしたよね? ならば、この状況で俺が彼女にしてやれることは連れ戻すこと……だと思うんですよね」 「ほぅ、それで?」  俺の言葉に彼は興味をしめしてくれた。注意を引ければ、交渉のテーブルに乗せたのも同じだ。  あとは魅力的なプランを提示して、折衝するだけだ。 「今から俺がそちらに追いつきますよ。そちらは邪魔でもなんでもすればいい。ただし、退去する前に俺がアナタの前へと立てたのなら、涼子さんを返してもらいますよ」  俺の提案に紫堂は目を細めて見つめてくる。画面越しでも背筋が凍えるような冷たい目だ。  だが、ここで臆するようでは実際に彼の元にたどり着いて立つことも叶わないだろう。勇気を振り絞り、背一杯の虚勢を張って彼の視線を受け付けてみせる。 「……フッ、いいだろう。これからこのエレベーターの乗って迎えのヘリが待つヘリポートへと向かうつもりだ。給油やらの準備で飛び立つまで時間もあるだろう、それまでに辿り付けたのなら、コレは返そうじゃないか」  大男の肩に担がれている涼子さんの髪を掴み、その顔をカメラへと向ける。  髪を引かれた痛みに彼女の眉が歪められ、瞼がゆっくりと開かれていく。 「うッ……うぅ……」 「ちょうど、お目覚めのようだ。なら、ただ待っているのもつまらないな。その間は時間つぶしにコレで愉しませてもらうが、文句はないよな?」 「くぅ……」  こちらの提案を飲ませている手前、それを拒否することはできない。それがわかっていての紫堂の発言だった。  止めたいのをグッと堪えている俺を愉快そうに見つめてくる。彼が言う時間つぶしが、どんなものかも容易に想像できそうだ。 「異論はないと解釈させてもらうよ」 「大事な景品なんですからね、壊さないで下さいよ」 「あぁ、精々、大切に扱わせてもらうよ」  まるでタギシさんのような爽やかな笑みを残して紫堂はエレベータへと乗り込んだ。  閉じられる扉によって、その姿は見えなくなり、映像もそこで途切れてしまった。 「ふぅ――ッ」  映像が途切れたことで緊張の糸が切れてしまった。  グラリとよろける俺をケンジが慌てて支えてくれる。 「大丈夫かよ」 「えぇ、ちょっと気が抜けたみたで……」 「そっちの話じゃねぇよ」  彼が言っているのが先ほどの紫堂への提案をさしてのものだとようやく気づく。 「まさかと思うが、杏子さんや俺を当てにしてないだろうなぁ」 「あはは……ダメですか? てっきりナナさんの手回しで味方してくれるのかと思ってましたけど」 「ちげぇよッ、杏子さんもたまたまだ。俺の本命はコイツだよ」  彼が両脇に抱えている二人、玲央奈の方を見せて苦虫を噛みしめたような顔をみせる。 「コイツのプロダクションとウチの探偵社は提携しててな、トラブル時には対応する契約をしているんだが……まったく、ここまで大事だと知ってれば追加報酬を請求してたぜ」  玲央奈の所属する生天目(なばため)プロダクションへと例のカネキと呼ばれた中年オヤジが執拗に業務提携を迫っていたらしい。  その調査の任されていたらしく、カネキが不審な動きを見せているので注意を促そうとしていた矢先に玲央奈が攫われてしまったらしい。  肝心のプロダクションの社長とも連絡が付かず、今回は彼の独断で玲央奈の身柄確保に動いた結果が今の状態なのだった。 「ナナ……あぁ、そんな名前を八祥のオッサンから確かに聞いてたなぁ。女狐だから関わるなって忠告させてたっけなぁ」  玲央奈の一件で名刺を渡してくれた濡羽 八祥さんの名がここで再び出てきた。  どうやら情報屋というのは本当らしく、裏の世界ではそれなりに名の知れた人物のようだ。  彼からの情報を元に玲央奈奪還のために厳重な警備がひかれたこの施設へと侵入をしたケンジは、上司である杏子さんが囚われていたのを本当に知らなかったようだ。  「あのオヤジ、知ってて黙ってやがったなぁ」と目つきの悪い顔をさらに凶悪に歪めてボヤいていた。 「だいたい、杏子さんなら自力で帰ってこれたって、あの人は文字通り化け物だから――うおッ」 「誰が化け物だッ」  背後から蹴られて、ケンジが大きく仰け反らされた。それでも両脇に抱えた女性らを離さなかったのは見事だと褒めるべきだろう。  背後から水の残る通路に倒れ込もうとするのを、全身の筋肉を駆使して無理やり堪えてみせていた。  その顔を見下ろすようにして腕組みをする杏子さんが立っていた。  喉が回復したのか、ややしわがれつつも先ほどは言葉を話していた。  不機嫌そうに見下ろす彼女は、無造作に長い脚を高々と上げると、目の前でブリッジ状態の青年の頭へと踵落としを振り下ろすのだった。 「アブねぇッ、マジになるなよ」 「本気なら、その頭が床にめり込んでるよ」  寸前で躱してみせた青年に冷たい視線を送っている杏子さん。どうやらスパルタ教育が基本のようで、お互いに慣れっこの様子だ。  殺伐としつつも、どこか微笑ましい光景だが、間違っても代わりたいとは思わない。 「そのナナっていう女にアタシは助けられた。対価に彼を手助けして欲しいとのご要望よ」 「いやいや、それは杏子さんとそのナナって女との契約っスよねぇ。俺は請負い業務以外のタダ働きはゴメンですからね」 「なに言ってるのよ、下僕なら四の五の言わずに手伝いなさいよ」 「いーや、今回ばかりは言わせてもらいますがねぇ、杏子さんが不在の間、事務所は俺一人でまわしてたんですからねぇ、超過勤務分のボーナスが欲しいくらいですよぉ」  鋭い目の下に濃い隈があるのには気づいていたが、どうやら寝る間も惜しんで働いていたのは本当のようだ。  同じような目にあっている自分としては、つい彼に肩入れしたくなってしまう。 「それ……私が払うわよ」  喧々諤々と見苦しい争い発展していた二人に割り込んできたのは、予想外の玲央奈だった。  いつから目を覚ましていたのかわからないが、事態はすでに把握しているようだ。 「そのボーナスを含めた追加料金、私が払ってやろうじゃないの。その代わり、アンタも手伝いなさいよねぇ」 「いやいや、アンタってねぇ。そもそもアイドルはじめて二年だろう? ウチの高額料金を払えるのかよ」 「国民的アイドルを舐めるなよ。キャッシュで払ってあげるから、その頬を札束で叩かせなさいよね」  抱えていた腕を振りほどくと、玲央奈は周囲を見渡して落ちていた端末を拾いあげる。防水仕様らしく、水没してても正常に動作していた。  それを素早く操作して外部へとアクセスしているのだが、どうやら自分の口座の情報を引き出しているらしい。画面には恐ろしい数のゼロが並んでいるのがチラリと見える。  眼前に突き付けられた金額を、ケンジは唖然と見つめていた。 「どうよッ、これが私の個人資産よッ」 「……マジかよ」 「作詞や作曲もしてるからね、なに? まだ文句があるの?」 「いーえ、問題ありません」 「なら、コイツではなく、今度から玲央奈さまと呼んでもらうわね」  ニッコリと微笑むがこめかみには血管が浮かんでる。どうやら、彼がコイツ呼ばわりしていた時から目を覚ましていたようだ。  その場で平服しかねない様子の青年に対して、腕を組んで小柄な身体で仁王立ちしてみせている。  そんな彼女の肩に、近くで見つけ出してきたローブを掛けてやると、振り向いた彼女はパッと明るい笑顔をみせてくる。 「玲央奈が無事でよかったよ」 「ありがとうございます、ご主人様ッ」  俺の首に腕をまわして盛大に抱きついてくる玲央奈。海外生まれだからか、彼女の感情の表現は激しいように感じる。  小柄な身体には不釣り合いなほど豊かな乳房を俺にこれ見よがし押し付けてくるのだった。 「ちょ、ちょっと玲央奈、もう、この状況になったら演技する必要はないと思うぞ」 「えーッ、いいじゃない。結構、気に入ってるんだけどなぁ」  声を潜める俺に合わせて彼女も囁きながらクスクスと笑う。  彼女の気に入っているという言葉の意味を測りかねたが、奴隷役を演じることとひとまず解釈した。  だが、必要以上なスキンシップをその後もしてくる彼女を見ていると自信がなくなってきた。  戸惑う俺をからかっている風でもあり、歳の離れた少女にいいように振り回されてしまうのだった。  そんな姿をイチャイチャしている風に見えたのだろう。ケンジが呆れるような羨ましそうな視線を向けてくる。 「なぁ、もしかしてこの場で一番立場が下なの俺なのかよ?」  遅れて目を覚ました美里さんを下ろしながら、犬咬くんはそうぼやくのだった。

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Comments

わか

次の展開ですね。 どのように涼子を凌辱するのか・・・ 徹底的な調教を期待してしまいます。 変なハッピーエンドは期待していないかな^^ とわいえ次回からの展開をすごく楽しみです。

konaru

余談は許さないものの、明るい兆しも見え始め、この先どうなるかとても楽しみにしています。 どうぞ思うがまま執筆なさってください。

久遠 真人

紫堂くんの用意してあるモノもまだ残っているので涼子さんの受難はまだ続きそうです(苦笑)

久遠 真人

ありがとうございます。 孤立していた主人公くんも久々に肩を少し軽くできたと思うので、彼ともども頑張らせていただきます。