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今回は掲載遅れのおわび用に書いた『淫獣捜査』の小話となります。 兼城 憲蔵(かねき けんぞう)って誰よ? っとなると思いますが、玲央奈と主人公が出会った際に出てきた中年オヤジです(苦笑)。 今回は彼によって玲央奈の周囲に起こったことへの裏話となります。 -----------------------------------------------------------------------------------------------------  首都の中でも特に洗礼された雰囲気が漂う街――六本木。高級なホテルやレストラン、ブランドショップが立ち並び、ファッションやグルメ、アートに敏感な人々が集まる場所だ。  夜になると輝きを一層増して、光り輝くビルや看板の下にファッショナブルな人々が行き交い、クラブやバーで夜遊びを愉しむ人々でにぎわう。  そんな、この国の文化と国際色豊かなエッセンスが融合した街に、芸能プロダクションである生天目(なばため)プロダクションのビルがあった。  六階建ての建物には、ダンスや歌のレッスンを行う設備のほかに、規模は小さいが収録スタジオまで完備しているいる。それでも、絶大な人気を誇る歌姫が所属する事務所としてはささやかなものだろう。  その最上階のフロアにある応接室で社長である生天目 琥珀(なばため こはく)は、突然の来訪者に対応していた。 「こんな夜遅くにアポイントもなしでの来訪とは、少しは常識をわきまえて欲しいですわね」  一昔前には神成 琥珀(かみなり こはく)という名でアイドルとして一斉を風靡したこともある彼女は、専属マネージャーとの熱愛とふたりで独立しての個人事務所の設立、それを良しとしない大手事務所との軋轢など、波乱に満ちたエピソードで話題には事足りない人物だった。  その夫であり、プロダクションの社長であった生天目 和人(なばため かずと)を交通事故で亡くして、自らが社長に就任して五年になる。  社長業をこなせるのか懐疑的な周囲の声とは裏腹に、堅実な経営手腕で事務所を大きくしてきた彼女だった。  常に笑顔を絶やさない彼女が今夜だけは違った。嫌悪を隠さずにテーブルを挟んで座る人物を睨みつけているのだ。 「やれやれ、そんな邪険な態度を取るとは、こちらも嫌われたものだなぁ」  彼女の視線の先には、ソファにふんぞりかえる男の姿があった。金融業界の雄としてカネキグループの会長として君臨する男、兼城 憲蔵(かねき けんぞう)その人である。  紋付袴を身につけた肉体はでっぷりと緩みきり、禿げ上がった頭頂は脂でギラついている。たらこ唇に目の下には濃い隈と容姿には恵まれていない男だ。  その態度も実に横柄で、睨め付けてくる琥珀を見下した目で見てきている。 「なぜ嫌われているか、心当たりはおありでしょう?」  規模は小さいが才能豊かな歌手や俳優が所属すると評判だった生天目プロダクションから、翠河 玲央奈がデビューしたのが二年前。  その歌声は国内に旋風を巻き起こして、瞬く間にスターダムに昇りつめてしまった。  玲央奈とは大学時代の友人の娘として幼い事から接していた。時折みせる才能の片鱗を感じてはいたが、ここまでの才能を発揮するとは琥珀自身も予見は出来ていなかった。  デビュー三年目となり、ますます勢いを増す玲央奈をサポートする為にスタッフを増員して、新しい事務所ビルへと引っ越してきた。  そんな矢先、兼城が生天目プロダクションへの資本提供を持ちかけてきたのだ。  法に触れるギリギリまで借主を追い込む手腕と、その利益を元にさまざまな業種で強引な買収を繰り返す兼城の評判はすこぶる悪い。  資金提供を受けたために会社を乗っ取られたという訴訟も数知れず、当時の琥珀も兼城の提案を丁寧に断っていた。  だが、それから所属する芸能人の引き抜き、メインバンクの突然の貸し渋り、各種契約のトラブルと様々な問題に生天目プロダクションは見舞われた。  その裏で手を引いていたのが兼城であるのは、提携している鷹匠探偵社による調査で判明していた。 「はて、なんのことやら皆目、見当もつかないな」  扇子を広げてニヤける口元を隠しながら、目の前の男は白々しくしらばっくれてみせる。  この兼城という男は、貧しい家庭で育ち、何事にも家庭の財政難に足を引っ張られて育った為にか金に妄執しているところがあった。  金を稼ぐために汚い手段も厭わず、ライバルを蹴飛ばして成り上がった男は、その使えきれぬ金を今度は自分の欲望を満たすために使い始めた。 「金は実にいい。何事にも平等に価値を付けられ、金に換算できる。それはすなわち、何事も金で買うことができるというわけだ」  金の力で高価な宝石も美女も思いのままに手に入れてきた彼は、次第により困難なモノへと手を広げるようになっていた。  だが、ようやく手に入れてもすぐに飽きてしまい、次の欲しいモノを探し始めるの繰り返しで、決して欲望が満たされることはない。  それは、人に羨ましがられる、人に認められる、そうした心の奥底に潜む渇望を満たす為の代償行為だった故なのだが当の兼城自身はそれには気づいていなかった。  そして今回は国民的アイドルとして人気絶頂の翠河 玲央奈と、そのアイドルとしての育ての親であり、かつての憧れの対象であった生天目 琥珀へとその矛先を向けてきたのだ。 (清純派アイドルであった神成 琥珀も四十を超えてどうかと思ったが、どうしてなかなか、まだまだ美味そうではないか……)  元々が童顔だったというのもあり琥珀は年齢を感じさせない容姿をしている。  その上、会社経営者としての日々が彼女に自信を持たせて、大人の女性としての魅力も上乗せされてより魅力が増しているようにも感じられた。  彼女の強い意志を感じさせる瞳を向けられると、サディストの一面をもつ兼城は昂ぶりを感じられずにはいられないのだった。 (だからこそ、いろいろと下準備をしてきたわけだしな。金でなびかぬ相手なら、金がどうしても欲しい状況にしてやれば良いだけよ)  多くの会社を乗っ取ってきた兼城は、どんな人間でも金でいうことを聞かせられるとの考えの持ち主なのだ。  生天目のスタッフもすでに何人も懐柔しており、目の前の琥珀に付き添う形で同席している社長秘書である宮藤 妃奈子(くどう ひなこ)もその一人であった。  元はプロダクションに所属していたモデルで、大学で経営学も学んできた才女でもあった。今は表舞台から身を引き、未亡人となり社長に就任した琥珀をサポートする立場にみずから志願していた。  今では右腕として琥珀に頼られるほどの重要な人物なのだが、その彼女を抱き込むことに成功しているのだ。 (まさか、こう上手くあの女をこちら側に引き込めるとは思わなかったが……)  懐柔するべき相手の行動を徹底的にマークして弱みを握り、その能力から試算した金を積み、それがダメなら用意しておいた罠にはめるのが兼城の常套手段だった。  その為の尾行や盗聴などの裏工作を専門とする総務二課という部署まで社内に造っているほどで、今回も彼らの調査報告が大いに役だっていた。 (まさか、このクールで澄まし顔の才女がレズビアンで、琥珀に惚れていたとはな……だが、お陰でことはスムーズに進んだわ)  妃奈子は一度、酔った席で琥珀に迫ってしまった事があるらしい。その場は酔った勢いでの悪ふざけと流されたようだが、それ以来、琥珀に酒の席では距離を取られるようになったのを密かにショックを受けていたのだ。  レズビアンバーに出入りして鬱憤を晴らしていた彼女に、兼城グループの総務二課がハニートラップを仕掛けて罠にはめるのは簡単だった。 「こちらの協力をするのなら生天目 琥珀の管理をお前に任せてもよいと考えているぞ」  札束の山よりも、その言葉の効果の方が絶大で妃奈子を引き込むことに成功したのだ。  それから先ほど琥珀が考えていた嫌がらせを隠れ蓑にして、裏では妃奈子による主だったスタッフの懐柔を進めさせてきた。  そして、その準備が終わったとの報告を受けて、こうしてやってきたのだった。 (さて、そろそろ頃合いだな)  琥珀の脇に立つ妃奈子に向けて目配せすれば、コクリと彼女も頷く。  夜遅くに予告もなく訪れたのは周囲の人気が減る時間帯を狙ったからだった。  妃奈子によって兼城たちがいるフロア内の人払いは済ませており、警備にも手をまわしてある。今夜、兼城はここを訪れてはいないし、これから起こることも記録には残ることもない。 「さて、それではもう一度だけ確認してやるが、自ら俺のモノになる気はないのか?」 「しつこいですッ、何度、聞かれようとも買収のお話はお断りしますッ」 「ふん、もう買収なんて細かい事は、どうでもいいッ」  問答にも飽きたのか、兼城は本性を露わにして好色の目で目の前の美人社長の身体を舐めるように見てくる。  その絡みつくような視線に寒気を覚えるものの、琥珀は気丈にもにらみ返す。 「いったい、なんの話をしてるんですかッ、いい加減にして下さい」 「俺の女になれと言っている、今なら愛人として可愛がってやるぞッ」 「――なッ」  ニタニタと嫌な笑みを浮かべる兼城の発言に、琥珀は怒りでおもわず言葉を失う。 「宮藤さん、警備の人を呼んでください。この失礼な人を摘まみだしてッ」  その言葉に対して妃奈子は動かず、兼城にいたっては激高して立ち上がった琥珀を面白そうに見上げている。 「ど、どうしたのよ、宮藤さん」 「すみません、その指示には従えません……ごめんなさいね、琥珀さん」 「えッ、なにを言っているの……」  応接室に漂う奇妙な空気に、琥珀は戸惑いをみせた。  だが、その疑問には誰も答えず、妃奈子はおもむろに腕にはめたカルティエのヴィンテージウォッチで時刻を確認する。 「そろそろ時間ですね」  その言葉を合図に応接室の入り口が外から開けられた。  入ってきたのは清掃員の服を着た男たちだ。彼らこそが兼城グループの裏工作を一手に引き受けている総務二課の社員であった。 「な、なんですか、貴方たちはッ……いや、放しなさいッ、放してッ」  掴みかかってきた男たちにより、琥珀は即座に取り押さえられて、床に組み伏せられてしまった。 「こ、これは、どういうことなの、宮藤さんッ」 「ごめんなさいね。私は兼城会長につくことにしたんです」 「貴女がお金で懐柔されるなんて思えないわ、なにか脅されているのね!?」 「あははッ、お金で懐柔されていないのは正解だけど、脅されているのはちょっと違うかなぁ……だって、仲間になればアナタの管理を任せてくれるっていうんですものぉ」  それまで涼しげな表情を浮かべていた妃奈子は、瞳を熱く潤ませると妖艶な笑みを浮かべていた。 「か、管理って……なにを言ってるの?」 「わかりやすく言うと、琥珀が従順になるよう躾ける役ね。これから貴女を監禁して、奴隷として徹底的に調教してあげるわ……うふふッ、この日をどんなに愉しみにしてたことやら」 「なにを馬鹿な事を言っているのよッ、そんな事をすればすぐに露見するわよ」 「ご心配なく、主なスタッフもすでにこちら側よ。社長不在でも問題なく業務はまわせるわ」  それまで妃奈子の裏切りを信じられなかった琥珀も、彼女が手引きしていた事を知ってようやく事実を飲み込み始めた。  だが、それがわかったからといって彼女の窮地が変わるわけではなかった。 「妃奈子ッ、貴女って人は――むぐぅぅッ!?」 「はい、お喋りはここまでにしましょう。対外的には急な海外出張で不在ということにはなっているけど、時間は有限だから早くしましょうか」 「そう言っているが、琥珀を早く愉しみたいだけじゃないのか?」 「うふふ、バレちゃいましたか。会長もご一緒するんでしょう?」 「まぁ、最初はな。だが、俺も忙しい身だからな、調教は任せるが業務も滞りなく処理するんだぞ」  口に粘着テープを貼られてしまった琥珀は、総務二課のメンバーによってすぐに服を剥ぎ取られはじめた。 「んッ、んん――ッ!!」  必死に抵抗を試みる彼女だが、男たちは相手の抵抗を奪うことに慣れていた。関節を極められて動きを封じる一方で、別のメンバーが手早く作業を補助するのだ。  そうして彼女の身体からブランド物のスーツを脱がせると、すぐに下着姿にしてしまう。  彼女の白い肌は、柔らかい光に照らされて、まるで月のように輝いて見えた。清純派アイドルとしてグラビアを飾っていた見事なプロポーションは今も崩れることはなく維持され、さらに人妻となったことで大人の魅惑も宿している。  ラズベリーカラーの下着は、その魅力を最大限まで引き出しており、ブラジャーのカップから溢れ出さんばかりの双乳は深い谷間をつくり、折れそうなぐらい括れた腰から垂れるベルトで吊られるガーダーストッキングがなんとも艶めかしい。  ショーツはサイドを紐で結わえたタイプで、張りのあるヒップを突き出した姿は、いまでも写真集をだせば注文が殺到しそうな予感をさせる。 「……これは、想像の身体以上に美味そうなだな、未亡人にしておくのが勿体ない」 「これだけイイ身体をしてたら夜も人肌恋しいでしょうしね。存分に慰めてあげるわね」  愉しそうに見下ろしてくる兼城と妃奈子の言葉に、琥珀はキッと睨みつけてくる。  だが、その目にも黒革のアイマスクが装着されて隠されてしまう。 「う、うぅぅ……」  背後で組まされた両腕に幅広のベルトが巻かれ、首に装着された首輪と短い鎖で繋がれてしまう。  さらに両脚も足首、膝下、太ももと同様のベルトを次々と巻かれてしまうのだ。  その状態で両脚は折り畳まれて、膝が胸につくようにされる。ちょうど体育座りのようなポーズにされて、今度は脛と身体が粘着テープでグルグルと巻かれていくのだ。 「ん、んくぅ……」  ほとんど身動きが取れない状態に拘束された彼女は、清掃時に使われるダストカートへの入れられていく。  男たちによって丸められた身体を軽々と持ち上げられて、カートへと乗せられようとすると、動けぬ身体の彼女は不安げに呻いた。  そのまま緩衝材が詰められた中に下ろされると、布袋の底で丸まっている琥珀の上にボロ布を被せていった。  そうしてと、外部からは彼女の存在は完全に視認できなくなっていた。 「それでは会長、我々はこれで、こちらは予定通りに目的の場所に運んでおきます」 「うむ、高い給料に見合ったいつもながらの手際の良さだったぞ」 「ありがとうございます」  ゴロゴロとカートを押して清掃業者を装った社員たちが応接室からでていく。  彼らによって運び出されていく琥珀を見送ると、兼城もようやくソファから立ち上がった。 「さて、これで今夜からあの女の調教をはじめるわけだが、手筈の方はどうなっている?」 「先ほども少し言いましたけど、記録上は急な出張で海外に出ていることにするつもりです。準備の方も完了しています。ただ……」 「どうした?」 「玲央奈が懐いてますから、彼女に連絡を取ろうとすると思います。そちらは、あまり長くは誤魔化せないかと……」 「翠河 玲央奈か……」  母親は米国でITの新興企業を経営しており、父親は海兵隊の将校として世界を転々としていた。そんな多忙すぎる二人だから協議の上で、今は離婚して別々に暮らしている。  そんな両親のどちらとも関係は良好な玲央奈であったが、実質的に育ての親となっている琥珀のことを一番に慕っていた。  時差や端末の不調だとか誤魔化すとしても、頻繁に連絡されたら流石に彼女も不審に思い始めるだろう。それを妃奈子は懸念しているのだ。 「ならば、あの娘にも体調不良で休んでもらうしかないな」 「それでは……」 「あぁ、予定より早いが倶楽部に連れていく」  公にはなっていないが、この国には大戦後から存在する政財界の重鎮たちが密かに参加する秘密倶楽部があった。  その噂は耳にしていたが都市伝説の類と一笑に付していた兼城だが、とある時にそれが実際に存在していると知った。  それ以降、倶楽部の会員になろうと躍起になるが、いくら金を積もうともダメであった。  総務二課の調査により、すでに会員である者の推挙があり、さらに運営側の調査により会員に相応しい人物であると判断された者だけがなれると知った。  そのため、兼城は会員の権利を持っている者を探し出して、強引に会員になるために手を尽くして、最近になってようやく入会が許されたのだ。  そうして何事も思い通りに進めてきた彼は、意気揚々と踏み込んだ先で己が井の中の蛙であることを思い知らされることになった。  そこには財力や権力、そして悪事すらも自分を凌駕する者たちがゴロゴロといたのだ。  選び抜かれた会員たちは兼城のことを見下すことはなかった。だが、彼自身が人より自分が下にいることを素直に認めてしまっていた。  その事実に腹を立て、卑屈になる心を払拭しよう画策した彼は、翠河 玲央奈という存在を利用することで倶楽部での己の地位を獲得しようと目論んでいたのだ。  資本提携という名目の買収行為は、そのための布石であった。 「あぁ、誰もが知る国民的アイドルを奴隷にしたとあれば……くくくッ、あの倶楽部でも俺は注目のまとだろうなぁ」  大人気のアイドルである玲央奈も、兼城にとっては胸に下げる勲章みたいなものであった。  この時点では乳臭い小娘よりも大人の色気のある琥珀により魅力を感じていたのだ。  その為、会員たちに自分の存在を印象づけたら、玲央奈を倶楽部に提供するなり、オーナーに譲り渡して特権を得るのにも使えると打算的な考えですらいた。 「わかりました。確かに予定より随分と早まりますが、手筈を整えます」  急な予定変更にもかかわらず嫌な顔ひとつせずに対応してみせる、そういう意味では宮藤 妃奈子という女は有能な秘書であった。  そして、有能は人間は正当に評価して、それに見合う対価を払うのが兼城 憲蔵の流儀であった。 「うむ、ならば景気づけに今夜は一緒に愉しむとするか、美味い酒と食い物を用意してあるからな、存分に楽しめるぞ」  機嫌よく笑うと兼城は美人秘書を引き連れて運転手付きのリムジンに乗り込む。  そして、琥珀を監禁するために用意させた都内のマンションへ向かうよう鼻息荒く指示を出すのだった。

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