第17話:その紫だけが、彩。 (Pixiv Fanbox)
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目がさめると、全ては無くなっていた。
部屋ですらない場所で、俺は目ざめた。
空は重い灰色に覆われ、建物は崩壊し、人間の営みの息吹が全く感じられない。
世界の終わり。
そんな言葉が当てはまるような光景が、目の前に広がっている。
これは、一体。
人の姿が見当たらないと思ったが、ひとりの人間が立っていた。
日本人の容姿とは異なり、西洋人のような薄青い目に、アルビノのような白い髪を肩の長さまで生やした青年。
それだけなら神秘的な青年に見えただろうが、とてもそうは呼べない格好をしている。
ボロ雑巾のような布を肩から垂らし、擦れたハーフパンツと泥にまみれたブーツを履いている。
腰にはメッキの剥がれたサーベルを帯刀していた。
彼の名は、マダレ、というらしい。
漢字なのか、カタカナなのか、異国の名なのか、さっぱりわからない。
マダレ青年は俺に問う。
「お前、どこから来た?」
サーベルを抜刀し、きっ先を突きつけてくる。
一体何なのか、さっぱり分からない。
おそらく今、俺は命の危機に瀕している。
だが、この状況でさえ他人事のように、外側から俯瞰しているような感覚だ。感じるべき恐怖は、不安と混乱で隠れてしまっている。
怖くないのではない。ただ、意味がわからない。
まず、冷静に思い出してみよう。
昨日の俺は、いや、つい7時間前まで俺は、東京都内のアパートの自室で、いつもどおりの夜を過ごしていた。つまらない仕事から帰宅し、風呂に入り、ご飯を食べ...
床に就くまで、代わり映えのない日常生活を送っていたはずだ。
そしてめざめた時には見知らぬ光景があった。
寝ている7時間の間に、何があった?
ここは、どこだ?
「答えろ」
マダレは語気を強めて、一歩近づいてきた。
サーベルの先は、俺の鼻先に向けられたまま。
「え、あの、俺は…」
俺は昨日、そうだ。
りうちゃんと焙じ茶を飲みながら、いつもどおりゲームを楽しみ、りうちゃんを自宅まで送った後、布団に入ってすぐに眠ったはずだ。
そして、目がさめたら見知らぬ土地に立っていた。
魔法でも掛けられたのだろうか。
魔法でも使ってきそうな謎の青年を前に、混乱を極める。
周囲には知らない世界ーーー街と呼べないようなセピア色の荒んだ光景と、刃物をこちらに向けて睨んでくるひとりの人間。マダレ。
俺のアパートも、りうちゃんの暮らすアパートも、何もかもが無い。
「ちょっと、すみません…何がなんだか…」
「…」
「あ、その、りうちゃーーー高校生くらいの、このくらいの背丈の黒髪でショートカットの女の子を見かけませんでしたか?」
自分の肩の高さあたりを手で示して、髪の長さを説明しながら聞いてみる。
「ん?ああ、そいつなら、多分さっき出会った。あっちの方に向かっていったぞ。面妖な着物を着て、知らぬ言葉を話していた」
俺からすれば、マダレ青年もよっぽど面妖な格好なのだが。
何しろ相手はサーベルを携行している。うかつに機嫌を損ねないようにしないと。
「知らない言葉、ですか」
「ああ。俺たちと同じ日本語も話していたが、それとは別に、何か呪文のような言葉を唱えて、俺にお辞儀をして去っていった。『黒痕(こくこん)』の香りはしなかったから、それ以上は追わなかったが。お前の知り合いか?」
『黒痕(こくこん)』。何のことだろう。
というか、なんだここは本当に。まだ実は夢の中にいるのでは?
今頃、布団の中でもぞもぞと起き出し、会社へ向かう支度をしなければならないのだが。多分。それに、今何時だろう。
空一面が分厚く低い雲のような“もや”に覆われているので、時刻が全く想像できない。
腕時計は…していなかった。当然、スマホも持っていない。
俺はただ、昨日布団に潜った時に着ていた寝巻きに、スニーカーを履いて、荒廃した世界に突っ立っている。俺の格好もなかなか面妖であった。
「す、すみません、今何時か分かりますか?」
「知らん。こんな世界に、時間なんてあって無いようなものだろう」
「はぁ」
「もう一度聞く。お前は一体何者だ。あの娘も。この世界の住人とは思えない洋装だが」
それはこっちのセリフだ。
一体ここがどこで、あなたは誰で、そしてりうちゃんはどこに。
急に不安が牙をむいて襲ってくる。
遅れてやってきた恐怖が、俺を身震いさせる。嫌な夢ならさめてくれ。何なんだ一体。
でも、人は夢の中で「これは夢だ」とは思わない。そういう意識は働かない。そう思っている時点で夢ではないのかもしれない。
「でも、お前もあの娘からも『黒痕(こくこん)』の香りはしない」
そう言って、マダレはサーベルを下ろし、鞘に収めた。
「あの、えっと…」
「なんだ」
「その女の子と、こくこん?…って、何のことでしょうか。お、俺、本当に何も分からなくて…」
ビル群が崩壊し、あちこちに水道や下水道、その他ライフラインとおぼしき管路が露出し、道路はアスファルトが捲れ上がっている。好き放題に廃墟と化していた。
荒廃した世界も、マダレの格好も、異世界そのものだ。
まさか異世界転生?いや、アニメじゃあるまいし。
さすがにその発想は馬鹿げている。
「今は旧暦で数えると西暦2061年4月。世界がおかしくなってしまってから10年が経つ。…ごく稀にお前のような、無知な者がやってくると聞いたことはあるが、お前、本当に何も知らないのか?」
「…はい」
2061年!?
俺は40年間も眠っていたと言うのか。いや、まさか。そんなに眠り続けて何も食べなかったらミイラにでもなっている。
不意に自分の顔を触ってみる。ヒゲは剃られており、40年分の老化は見当たらない。
ということは、タイムトラベル…?
それこそアニメか何かの話だ。本当に、一体何が…。
「あの、寝て起きたらこんな状況で…訳が分からなくて。自分は西暦2021年に生きていたんですが…」
「2021年!?…嘘だろ?」
今度はマダレが驚く番だった。
「嘘じゃ無いです!昨日までそうだった訳ですし…」
「…ふむ」
マダレは考え込む仕草を見せ、俺に向き直った。
「もしかすると、お前は『時継ぎ(ときつぎ)』に掛けられてしまったのかもしれないな」
「『時継ぎ』…?」
また知らない単語だ。
“ここ”に来てから、『黒痕(こくこん)』だの『時継ぎ(ときつぎ)』だの、訳が分からない。
「日本国の元号が令和に変わって間もない頃、世界には、自分の意思とは関係なく時を跨いでしまう異能力を持った人間が現れた。自分だけでなく、その周りの人間も巻き込んで。お前自身にその異能力がなければ、親しい人間が『時継ぎ』だった可能性が高い」
「時間を行き来してしまう、またはさせてしまうような力を持った人のことを『時継ぎ』と言うのですか」
「簡単に言えばそうだ」
ファンタジー小説でも読んでいる気分だ。
無意識下で時を操り、自分の周りの人を異なる時代へワープさせる。なんとも恐ろしい話。
「さっきの娘。そいつも『時継ぎ』で飛ばされてきたのかもしれない。まだ近くにいると思う。探してみろ」
「は、はい」
もし、それがりうちゃんだったら、さぞ寂しい思いをしているだろう。混乱しているだろう。どれだけ心細いことか。
…無事でいるのか。
得体の知れない世界で、りうちゃんの安否がとても気がかりだ。
マダレが言っていた「呪文のような言葉を唱える面妖な着物を着た女の子」が、りうちゃんかどうかは分からないが。
事情を知っている人にもっと話を聞きたい。
「ありがとうございます。色々と。その人を追ってみます」
「ああ、気をつけろよ。『黒痕』の香りがしたら、ためらわずに殺せ。お前がやられる前に」
「あ、えっと…」
「いいから、行け。さっさと探してやれ。知り合いかもしれないんだろ?」
そういうとマダレは、足早にその場を去っていった。
※※※
どこまで歩いても、暗澹とした空の下、荒れ果てた街が広がっていた。街だった場所、の方が正確か。
見知らぬ世界、と思っていたが、それは少し違うようだ。
この風景は見たことがあるかもしれない。この建物も。そんなものが朽腐しながらも、必死で大地に根を張っていた。俺の知っているかもしれない世界。
もしマダレが言っていたことが本当だとしたら、住んでいる場所の40年後にやって来たことになる。それも、どうやら平穏な40年が過ぎただけの未来ではないらしい。
何かがあって、多くの人々にとって不都合が生じ、荒れ果てた40年後の未来。
にわかには信じ難いが、この風景が、状況が、徐々にそうだと教えてくる。示してくる。
そんなところに俺はポトリと、ハンカチ落としのように落とされた。
りうちゃんもそうかもしれない。一刻も早く、会いたい。
彼女の無事を祈るばかり。
それに、彼女に会わなければ、俺自身が不安で押し潰されてしまいそうで。
孤独に蝕まれた心は震え、涙がこぼれそうになるのを必死で堪えた。
※※※
遠く、古びた神社の跡地のような場所が見えた。
この神社にも見覚えがある。自宅のアパートから歩いても行けなくはない距離に、小さな神社があった。きっと、それの成れ果てだろう。
赤鳥居は崩れ、倒れている。石畳には亀裂が入り、境内を囲む木々はあちこちに倒木していた。
無惨な神社の敷地には、社務所らしき建物跡は無かった。
しかし、全てが朽ちたその場所に、なぜか、綺麗な藤の花が一面に咲き、濃紫をたたえている。
枝垂れ藤。
美しすぎて、その場にそぐわないように浮いている。そのアンバランスさが、皮肉にも神秘的に思えた。
そこに、ひとりの少女が背を向けて立っていた。
藤の花に似た紫色の矢羽模様の浴衣姿。
枝垂れ藤と同じように、この荒廃した世界に、異彩を放って美しさをさんざめかせている。
その紫だけが、この世界の彩だった。
「りうちゃん!」
思わず俺は叫んだ。
ずっと会いたかった。時間にしておよそ1時間くらいだろうか。目醒めて、この世界に来てからたったそれだけ会えなかっただけで、どれだけ心細かったか。どれだけ彼女を案じたか。
彼女は俺を見ると、不思議そうな顔をして、そしてふっと表情を緩めた。
浴衣は半分ほど脱げてしまっていて、枝垂れ藤がなければ乳房が露に見えてしまうような格好だ。だが今は、それがエロティックなのではなく、なぜか、美しく見えた。
雪一面の大地で羽ばたく一羽の鶴のような、そんな特別な美しさがあった。
「そっか、キミも来ていたんだね」
「りうちゃん…!良かった!…じゃあ、りうちゃんもその、『時継ぎ』…だっけ?その誰かのせいでこの世界に飛ばされてきた?」
「ううん、誰のせいでもないよ」
「え、じゃあ、どうして」
「私が『時継ぎ』だから、だよ」
え、何言ってんの?
りうちゃんが、『時継ぎ』…?
「どうして、いつからそんな」
「キミは少し勘違いをしているよ」
「勘違い?」
「うん。私は、キミといつも一緒に過ごしている有栖川りう、そのものじゃないの。少し難しいけれど、複製みたいなもの。コピーって言った方が分かりやすいかな」
全く分かりやすくない。
「りうちゃんの、コピー?」
「そう。どっちがコピーか分からないけどね。でも、本人じゃない」
「じゃ、じゃあ本当のりうちゃんは今どこに」
「キミのよく知る有栖川りうは、今、自宅のベッドで寝ているよ、普通に」
「そ、そうなの…?」
「でも私も“本当の有栖川りう”だから。キミの言うりうちゃんであって、りうちゃんでない」
「は、はぁ」
よく分からないが、少し、ホッとした。りうちゃんは無事で、このおかしな世界に来てはいないとのことだ。
では、自分をコピーだと言った、りうちゃんそっくりのこの子は何者だろうか。
「私は『時継ぎ』の使命として、この世界に降り立ったあなたのような人に事情を説明しているの」
「えっと、さっき会ったマダレという方には、『時継ぎ』は無意識で自分や周りの人を別の時代に送ってしまうと聞いたけれど…」
「一般的にはそう。無意識下で自分や他人を他の時代、世界に送ってしまう。そしてキミの住む2020年代の世界でも『時継ぎ』は現れ始めている。2021年だとまだ大袈裟な話にはなっていないだろうけれど。でも、私はそういった『時継ぎ』たちとは少し違っていて」
彼女はそこで一旦言葉を切って、俺を見据えた。
やっぱり、りうちゃんにしか見えない。
だって、こんなに吸い込まれるような瞳をたたえているんだから。
だって、こんなに俺の心を穏やかにしてくれるんだから。
「私は、意識的に他人を他の時代や世界に送ることができる。だから『時送り』なんていう呼ばれ方をしている。それを生業にもしているんだよ」
「え、それって…」
「使い方を誤れば大変なことになっちゃうね」
「そんな…で、でもりうちゃんのコピーと言うなら、そんな間違った使い方、しない…よね」
「しないように心掛けてる。でもね、それが100%成功しているかどうかは、私には分からない。“この世界”からは転移させることができるけれど、その方々が望む世界に、ちゃんと送り届けられたかどうかは、私には分からないの」
そう言って彼女は苦虫を噛んだような表情を浮かべた。
疑問はたくさんある。
まず、なぜりうちゃんのコピーがこんなところで『時送り』なる者となっているのか。そもそもコピーってなんなのか。遺伝子レベル的に複製体ということなのだろうか。
それにこの世界。40年後の世界はこんな風に荒れすさんでしまうのか。マダレ青年は言っていた。世界がおかしくなってから10年が経つと。“今”が西暦2061年だというマダレの言葉が本当なら、すなわち、10年を遡った西暦2051年に何かが起きたということだ。一体何があったのか。
そして、出会ったらためらわずに殺せとまで言われた『黒痕(こくこん)』。概念なのか物体なのか生命体なのか、それすらも分からない。
全てこのりうちゃんのコピーに聞いてみたいが、今、聞きたいことは、
「あの、お、俺は元の世界、つまり2021年に帰れるのかな?」
「帰してあげたい。私の力で」
「でも、もし失敗したら…」
「…」
もし『時送り』の力が100%でないとしたら、また別の時代や世界に飛んでしまう可能性もあるだろう。そこに彼女とは別の『時送り』がいる保証は無い。極端な話、出会ったが最後、りうちゃんのコピーが最初で最後の『時送り』能力者ということだってあり得るのだ。
そして、『時送り』がいない世界に辿り着いてしまったらゲームオーバー。一生、元の世界には戻れない。
ものすごい賭けだ。
身震いが止まらない。
でも、りうちゃんのいるあの世界に、時代に、帰りたいと思った。
こんな時、きっと物語の主人公なら、この荒廃した世界を救った上で、自分の世界に帰っていくのだろう。原因を追求し、放って置けないと世界に刃を向け、そして世を救済する。
だが、申し訳ないが俺はそんな救世主的主人公ではない。
こんな薄暗い世界は早々と立ち去ってしまいたい。ただ、りうちゃんに会いたい。
目の前の複製体ではなく、いつも一緒に過ごしているりうちゃんに。
余計なことには首を突っ込まない主義は、ここでも如何なく発揮していこう。
「キミのその…『時送り』の力、信じてみても良いかな」
「えっ」
「この現状を知った上で無責任かも知れないけど、俺は、元の世界にすぐにでも帰りたい。リスクがあったとしても、待っていてくれる人がいる…はずだから」
「私のコピーが、待っているのね?」
「キミの、コピー元だよ」
「ごめんなさい」
「い、いや、こっちこそ、ごめん!」
つい、売り言葉に買い言葉で突っかかってしまった。
りうちゃんのことをコピーと称されて少しムッとしたのだ。
コピーはお前だろ。
暗にそう言わんとする自分の言動を猛省する。
彼女はこんな過酷な役割をずっと担い続けているのだ。それに、俺のことを元の世界に帰してくれようとしてくれている。そんな彼女に対して、とても非礼をはたらいてしまった。
少しずつ状況を飲み込んできたとはいえ、気は動転しているようだ。
「ううん。大丈夫。じゃあ、早速『時送り』の準備をしなくちゃ」
「え、そんなに急いだ方が良いの?」
「うん。だって、キミの体は今ここにいるんだよ。多分、元の世界だと夜中の2時とかそのくらいの時刻だと思うけど、同じ速度で時は過ぎていく。だから、何日もキミが帰らなければ行方不明ということになっちゃう」
「そ、そっか。俺は複製体じゃなくて、転移しちゃってるから戻らないと突然消失したように…」
「うん、そういうこと。でも『時送り』の儀式には少し時間がかかるの。人によって相性もあるし、力の伝わり方が、その…」
「そうなんだ。だいたいどれくらいか分かるかな?」
こんな悲惨な世界で、俺のような迷い子を懸命に元の世界に送り返す仕事。
そんな過酷な使命をまっとうする彼女の前で、会社に間に合うまでに帰れるとありがたい、なんて呑気なことは、口が裂けても言えない。
最悪、会社は諦めよう。でも数日以内に戻らないと、りうちゃんが心配するだろう。もし失踪届でも出されたらシャレにならない。
「普通は三日くらいかかるんだけど…本気を出せば、最短で2時間くらいかも」
「おぉ!?随分早くなるんだね。じゃ、じゃあその…申し訳ないけど本気モードでお願いしてもいいかな?」
「ええっ!?」
「うん?だめなの?できる範囲で良いけど…」
「あ、ううん。で、できる…///」
「え?」
なぜか彼女は顔を紅潮させた。
本気になることがそこまで恥ずかしいのだろうか。
まさか、この半裸の格好で舞を舞う、とか。だから恥ずかしい、みたいな?
ばか。
こんな状況で何を考えているんだ俺は。
「じゃあ、早速こっちに来て」
「う、うん」
そう言って連れてこられたのは、境内の奥、雑木林を少し越えた先だった。
そこには綺麗な池があった。
いや、これ池じゃない。温泉、かな。
暖かい湯気が、白く立っている。
「この中に、入って」
「温泉?」
「ちょっと違うけど、感覚は温泉みたいな感じ。服、脱いでね」
「えぇ!?は、裸で入るの?」
「そりゃそうでしょ。あっちの世界でも裸で入っているでしょ、お風呂」
「お風呂はそうだけど!」
「お風呂でイチャイチャしてたの知ってるよ」
「ちょっ!なんでそんなこと知ってるんだよ」
「言ったでしょ?私はりうであってりうでない」
「ず、ずるい…」
露天風呂だと思って、と脱衣を促してくる。
仕方なく、手近な茂みに隠れて全裸になる。
そして水面から恐る恐る中へ足を入れていく。
「あ、あったかい。ほんとだ温泉みたい」
「でしょう。普通に浸かっていて大丈夫だよ。…ちょっと待っててね」
「うん、わかっーーーは!?」
彼女ーーーりうちゃんのコピーは、すでにはだけていた浴衣を全て取り払った。俺と同じように、全裸になり、温泉もどきに足からするりと入り、俺の隣に座った。
一気に心拍数があがる。
なんだこの状況は。
荒廃した西暦2061年にタイムトラベルし、全裸の美少女と温泉に浸かっている。
それも、よく知る俺の大好きなりうちゃんとうりふたつの容姿の子と。
「こ、これが、『時送り』の儀式なのかな」
「そ、その前の段階…」
「え、まだなんかあるの!?」
「ここで、禊ぎ(みそぎ)を結ぶ」
「禊を結ぶ?」
「…」
どういうことだろう。
「それが、最短最速で『時送り』をする方法」
「えっと、つまり?」
「…むっ」
なんで怒ってるの。
容姿も性格も、りうちゃんそのものだ。怒った顔も可愛かった。
それに、前に回り込んでくると、色々とみてはいけないものが見えてしまう。せめて真横か後ろにいてほしい。
「えっと、よく分からないけど、最短最速の方法でお願いします。早く帰りたいので」
「…」
「…あの…だめでしょうか」
「…エッチ///」
「なんで!?」
禊を結ぶ、とはそんなにエッチな内容なのか。
「禊を結ぶっていうのは、ふたりがこの湯に浸かりながら、セックスをするということ」
「ぶっ!!」
思わず吹き出した。
なんだそれは!!
でもそうか、『時送り』なる者とつながることで力が最大限に享受できるなら、性行為が最もつながりが深いというのは理解できる。
「ちょ、ちょっと待って!それ、いつもみんなとしてるの?」
なんだかちょっといやらしい質問になってしまったが、最もな疑問だと思う。
嫌じゃ無いんだろうか。
りうちゃんの容姿で、他の誰かと“禊を結んでいる”ということを思うと、すごく嫌な気分になる。
「そんな訳ないでしょ!まだ誰ともしたことない。普通は、相手にこの湯に入ってもらって、私が後ろから両肩に手を置き、呪文を唱え続けるの」
「そ、それで良いんじゃないかな!」
「それだと3日以上かかるけど」
「うっ…」
「どうする?」
この際、一日半くらいは覚悟しよう。そのかわり、
「その間をとったくらいの方法はないの?」
「試したことはないけど…あるにはある。丸一日くらいの時間で飛べると思う」
「それにしよう!」
「…エッチ///」
それもエッチな方法なんかーい!!
ええい、もうどうにでもなれ。丸一日くらいがせいぜい限界だろう。
さっきから、裸のりうちゃんーーーのコピーからエッチ、エッチ、と言われて、こんな状況にも関わらず、下半身が熱く膨張してきてしまった。隠すものもないし、このお湯、かなり透き通っていて澄んでいる。色々と丸見えだ。お互いに。
「その方法は…?」
「その方法は…」
りうちゃんのコピーがこちらに近づいてくる。もう、頭がくらくらして、うまく彼女から逃れることができない。
勃起の状態も、最高潮に達した。
りうであって、りうでない。
複製体。
大好きな、世界で最も大好きな彼女のコピー。
過酷な使命を背負った、もうひとりのりうちゃん。
一糸纏わぬ裸の彼女が、正面から、俺の肩を抱き寄せる。耳元に唇をつけて、囁いた。
その方法を。
もう、感情は抑えきれそうにない。
性的欲求、愛の欲求、不安と孤独と安堵のマリアージュが生む、ごちゃ混ぜの感情。
狂ったように、彼女を貪りたい。彼女がほしい。
りうちゃんが、欲しい。
硬直規起立した下半身を知ってか知らずか、彼女はその滑らかな肌の全てを、俺の肌に重ね、抱きついてきた。
藤の香りのする彼女の体が、俺の体を優しく包み込む。
唇に、彼女の薄い唇が重なる感触を、感じた。
To be continued...