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待ち時間にはウィンドウショッピングでも。

そう思って、約束の30分前に有楽町駅の改札口へ到着したのだが、急に面倒になってしまった。


そもそも、見て回ったところで銀座・有楽町界隈で、俺が購入すべきものは何一つない。

お洒落な衣類も革細工もアクセサリーも、身につけたとて似合わなすぎる。身に纏われた商品が可哀想な気さえしている。


なので、適当にスマホアプリを開き、今日の天気や冴えないニュースをひと通りチェックすると、高架下のコンクリートに寄りかかって、街ゆく人を眺めた。


春先だが、今日は初夏を思わせるように暑い。何もしなくてもじんわり額に汗が滲んでくる。


休日の数寄屋橋。

有楽町の、いや、ある意味東京のど真ん中と言っていいい。

ここぞ都心と言われる交差点を歩く人々も、みな薄着だ。俺は一応羽織りのパーカーを持ってきたが、カバンの底で眠っている。黒の半袖Tシャツにジーンズという格好だ。

ドヤ顔で「One more thing...」とでも言えば、スティーブ・ジョブズに見えなくも...いや、ないか。


今日は、土曜日の午後から高校時代の旧友と会うために、繁華街へやってきている。

数少ない、というか、唯一と言っていい友人だ。


高校卒業後、俺は地元の大学へ進学し、友人は東京の大学へ進学した。

その後もお互いの道は交わることなく、俺は東京の中小企業へ就職し、友人は俺と同程度の規模の会社員となり地方へ飛ばされた。

学生時代は俺が田舎暮らし、友人は都会暮らしだったのが、就職を機に逆転するというのはなんとも皮肉なものだ。


「よっ!早いじゃないか」

「今来たところ。そっちこそ。玲太(れいた)は元気にしていたかい?」


まだ約束の時間には20分以上あるが、高校時代からの友人、鏑木玲太(かぶらぎ れいた)はやってきた。俺は彼のことを名前ーーーつまり『玲太(れいた)』と呼ぶ。ずっとむかしからそうだ。出会ったのは高校一年生の入学式の日。つまり、出会った頃はまだお互い15歳だった訳だ。子どもが生意気という衣を身に纏ったようなチグハグな年頃だ。


そして今。

三十路を迎えた玲太は、黒縁のスクエアメガネをかけ、クールビズスタイルなブルーのワイシャツに、ベージュのチノパンを履いている。意外としっかりした格好をしているのは、昨日の金曜日に仕事で東京に来たからだろう。

学生の頃からは想像もつかない格好だ。一丁前に社会人してるじゃないか。


「昨日は遅くまで仕事があったんだって?」

「そうそう、お得意さんのところにプレゼンとその後の接待飲み」

「上手くいったの?」

「全然。営業は相手にされないし、飲み会はつまらないし。帰りてーって顔しながら2時間烏龍茶を飲み続けてやった」


お互いお酒が飲めず、こういう苦痛には共感しか湧かない。


「ま、昨日は遅くなったから会社の経費で宿泊代が出たわけ。それで、せっかくだからお前に会っておこうと思って」

「そうだったのか。疲れているところわざわざ悪いね」

「悪すぎるからメシおごってくれよな」


自分から誘っておいて、奢ってくれはないだろう。


「時間は大丈夫なのか?」

「ああ、お前に牛タンをご馳走になるくらいの時間はたっぷりあるぞ」

「そこは割り勘な」


やれやれ。昔から変わらないな。久々の再会とは思えないようなスムーズな会話だ。

だが、こういう“いつもどおり”な雰囲気は嫌いじゃない。久方ぶりだからといって、気負わずに自然体でいられる。玲太と過ごす時間は、なんだか居心地が良いのだ。実家に帰ってきたような気分にさせてくれる。




※※※




表通りから一本裏へ入ったところに、お昼時からやっている牛タン専門店がある。今は14時少し前だ。昼食客が2回転した後なので、店内は空いていた。


「ここの牛タン定食が美味いんだよなー。俺の地元にはないし、やっぱ東京帰ってきたらここだよなー」

「俺も最近来てなかったな。結構良い値段するし、こういう機会でもないと」


お互い、会社勤めを始めた頃に、東京で会ってはこの店へ足繁く通った。


当時、学生にはちょっと値が高いこの店に、躊躇うことなく足を運べるのは社会人ならではだと思っていたので、なんだか少し鼻が高い気分だったのだろう。

味も抜群に美味しく、そういう店に通い詰める常連になった高揚感も相まって、俺たちふたりの思い出の店にもなっている。


「そうなのか?お前は家からもそこそこ近いし、てっきり彼女とデートでよく来てるのかと」

「てっきり彼女ができてると思っているあたり、玲太は分かってない」

「デスヨネー」


玲太に“彼女”と言われ、内心ドキッとする。


彼女ではないが、俺には、恋人のように日々を共にしているりうちゃんがいる。

唯一の親友の玲太にもまだこのことは打ち明けていない。打ち明けにくすぎる。説明も難しいし。


そういえば昨日、会社帰りにりうちゃんの家に遊びに行ったら、ちょうどりうちゃんもバイトから帰ってきたところだったようで、













このような素敵なラッキースケベに遭遇したのだった。

「な、なんでキミがいるの!?」

「え、いや、早めに帰ってこられたから遊びに行こうと思って...ご、ごめん!」

「来るなら来るって言ってよー!///」


セーラー服を半ぬぎ状態にして、綺麗な肩が覗いていた。それにスカートが脱ぎ終わっていて、純白のパンツが丸見えだった。


積年の

 疲れも癒える

  スケベかな




「おい、よだれ垂れてるぞ」

「えっ、あ、すまん」

「気持ちはわかる。ここの牛タンはまじでうまい。それにセットのとろろご飯はお変わり自由だし」

「あ、えっと、そ、そうだったな...はは」


よかった。そういうことにしておこう。お手拭きで口元を拭いながら安堵する。


まさか、「昨日見た友達以上恋人未満の美少女女子高生の肌とパンツを思い出してよだれ垂らしちゃいました」なんて白状をしたら、小一時間では済まない事情聴取が始まる。


「そ、そういえば玲太は彼女とか...いやまさかな...」


数年前に会った時は女っ気ひとつなく、当たり前のように「彼女いない歴=年齢だ」となぜか誇らしげに言っていた。


「よくぞ聞いてくれた、友よ」

「まあ、俺たちはそういう星の元に生まれた者たちだからな。まさかそんな」

「いや、そのまさかだ」

「え、まじで」

「ああ、まじだ。半年前に彼女ができた」


頭蓋骨に衝撃を受けたように、頭がクラクラする。


玲太に彼女ができた?

何かの間違いだろう。


玲太は昔からモテなかった。俺と同じく。だからなんとなくモテない男子ふたり組みたいなレッテルを貼られ、そうした者同士仲良くなったのだ。


その玲太に、ついに彼女が出来てしまったらしい。


嘘だと思いたい。いや、もちろん親友の幸せなら祝福すべきだしそうしてあげたい気持ちもあるが、器の小さい俺は、なんだか裏切られた気がしていた。


恋人ができたらできたと、連絡くらいくれても良いのに。


自分とりうちゃんの微妙な関係を隠していることを棚に上げて、俺はちょっと釈然としない。


玲太の得意気な表情の前に、厚切り牛タンととろろご飯、チョレギサラダが運ばれてきた。


「うーん!これだよこれ。今も昔も変わらないなー」

「玲太は変わっちまったみたいだけどな...」

「そうしょげるなって、良い子いたら紹介してやるから。な?冷める前に食え食え」


いただきます、と手を合わせて、久々の味を楽しむことにする。

変わってしまった玲太はひとまず置いておこう。


牛タンにしては破格、とはいえ普通の定食屋の値段に比べたらはるかに高価な食事だ。気を揉みながら食べてはもったいない。

牛タンは厚いが、切り込みがしっかり入っているのでとても柔らかくジューシーだ。炊き立てご飯の上のとろろも、自然薯をその場で擦ったもので、新鮮な香りがする。スパイシーなチョレギサラダがこれら二品と絶妙にマッチする。これで2500円。

ランチにしては良いお値段だが、牛タンも多いし、ご飯のおかわりは自由。破格と言っていい。


「で、その彼女さんとはどこで知り合ったんだ?」

「お、やっぱ気になる??」

「そりゃ気になるさ」


玲太は鼻高々といった感じで、気を持たせてくる。

わざとらし過ぎて逆にイラッとさせないのが、こいつの良いところなのかもしれない。


「まあ、言ってみればネットってところだな」

「あー、今は恋愛もネットからが主流なのか」

「んー、モテるやつは学校でも会社でも合コンでもモテるんだろうけど。俺みたいなモテない上にコミュ障な奴は、ネットからってのが手をつけやすいんじゃないかな」

「ああ、玲太はネットだと饒舌だからな」


昔、オンラインゲームで一緒に遊んだことがある。

玲太はイケメンキャラを使っていたのだが、中身もイケメンかのように饒舌にチャットをし、女性プレイヤーに好かれていた。ちなみに俺はチャットでさえまともに会話が成立しなかった。


「ま、人間、得手不得手があるってことさ」


まったく、言い得て妙である。


「でさ、玲太の彼女さんはなんていう名前なの」

「綺羅星せいかちゃん」

「きら...なんて?」


なんかすごい名前だったぞ。


「綺羅星せいか(きらぼし せいか)、だ」

「それ、本名?」

「本名っていうか、ハンドルネーム的な?」

「...え?玲太、もしかしてキャバクラとかで...」

「ネットだって言っただろ」


そうだった。てっきりキャバ嬢みたいな名前だなと。


「ん。待てよ、っていうことは...」


スマホのネットアプリを開く。

綺羅星せいかちゃんの情報が現れた。

『まさに界隈の彗星!一等星の如く煌めく「綺羅星せいか」ちゃん!生放送は毎週土曜日夜9時から!


「...」

「どうした」

「Vtuber?」

「おう」


おうって。

てっきり普通の人間女性かと思ったじゃないか。いや、皆そう思うだろう、普通。


玲太の言っていた“彼女”とは、バーチャルユーチューバー、略してVtuberだった。


なんだか、玲太はやっぱり玲太だなと。ホッとした。


「なあ玲太。変わらないな、この牛タン。美味いよホント」

「なんだよ急に」

「本当に彼女ができたと思ったじゃないか」

「だからできたって言ってるだろ。俺のせいかちゃんが」

「あのな、それ。玲太のせいかちゃんじゃなくて、みんなの綺羅星せいかちゃん、だろう?」


Vtuberなら、玲太だけのものじゃなかろうに。


「寝言は寝て言え。せいかちゃんの本命は俺一人だ。間違いない」

「どこからそんな自信が湧いてくるんだよ」

「自信の無い男に推しを語る資格はない」

「玲太はもう寝言すら言わんでいい」


呆れて物も言えない。なんという男だ。

でも、なんか良いな、とも思ってしまう。


玲太は、昔からこういうやつで、ちょっと、というかかなり変わり者だが、俺と親しくしてくれて、俺に色々と『オタク文化』を教え込んでくれた。

その昔、俺の中の秋葉原というひとつの街が、電気屋街から楽園に変わったのも、玲太のおかげだ。


だから俺は、いつまで経っても玲太といると楽しいし、一人の人間として敬い慕っている。三十路を迎えた今でさえ、一緒にいると、なんだかお互い学ランを着ているような気分にさせてくれる。

いつまでも変わらない存在って、大人になればなるほど、大切だと身に沁みる。


とろろごはんの3杯目を麦茶で流し込むと、玲太はキリッとした目を向けてくる


「お前もさ、形とか周りの目とか気にしないで、もっとのびのび生きようぜ。ちょっと窮屈に見えるんだよな」

「まあ、昔からそうだよな、俺...」

「だからこそ、彼女でも作って、俺とお前でダブルデートしようぜ!」

「ん。そうだな、しよう!」


俺とりうちゃん、玲太と綺羅星せいかさん。

4人でダブルデートをしたらどれだけ楽しいだろうか。

...でも、どうやってデートをするのだろう。特に、綺羅星さんは。


謎は解き明かされぬまま、玲太は「21時の配信は死んでも間に合わせないといけないから」と、新幹線を目指して東京駅へと旅立っていった。


それでも玲太なら、なんだか本当に“4人”でダブルデートを遂行してしまいそうで怖い。

結局、りうちゃんの話や関係を話せず仕舞いになってしまった。今度改めて説明しなきゃな。




※※※




「ただいーーーま!?」

「あっ」













ラッキー。ハッピー。俺、おっき。


りうちゃんは寝転がってセーラー服を脱いでいるところだった。

まさにお着替えタイム。

しかも、ブラジャーから脱いでしまったのか、セーラー服のリボンだけで乳首が隠されている。つまり、その布がひらりと舞えば、可愛らしい桃色の...おっと。


まったく、これでは身がいくらあっても足りないくらい、毎日興奮してしまう。嬉しいハプニングなのだけれど。


俺が慣れるか、りうちゃんが控えるか。

うーん、どっちも無理だろうな。


彼女はこういうところで天然成分をいかんなく発揮する。かといって、彼女と過ごし始めてもうかれこれ半年近くが経つというのに、俺は、この状況に一向に慣れる気がしない。


「も、もうちょっと遅くなるかと、お、思ってた...///」

「あ、うん、その、だ、大丈夫。お風呂入ってくるね」


まあ、それもそれで良いのかもしれない。そういう時間を過ごしていくのも悪くない。


せめて、次に旧友と再会を果たしたダブルデートの時には、“彼氏”らしく振る舞い、ちゃんとエスコートしている姿を見せられたら。


そんなことを脳裏で思い浮かべながら、彼女の白く形の良い胸を、見て見ぬふりをした。





Fin.

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