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 気に食わない新入りの登場で少し心がささくれ立ったが、一日経てばその気持ちも随分と落ち着いてきた。  蓮太郎は昨日あった出来事のことは考えないようにし、今日も玄川家の神社へと学校帰りに訪れていた。  長い階段を登り神社が見えると、境内を箒で掃除しているポニーテールの巫女が目に入る。 「歌夜姉ー!」  手を振って巫女の名を呼ぶと、その少女はこちらに気づき、ふっと柔らかい笑みでもって応じてくれた。 「蓮太郎か、一日ぶりだな?」 「うん、昨日は仕事だったの?」 「あぁ、依頼があってな。その依頼はすぐに片付けたんだが、結構遠出だったから一日掛かったよ」 「そっか。問題なく終わったんなら、良かった」  退魔師の仕事は、舞い込んでくる妖怪・心霊退治の依頼を片付けることだ。  世間的にはお祓いという名目で、基本的には自ら足を運んで原因となる妖魔を退治することになる。  退魔師の関係者から仲介されて来た仕事ならば依頼の難易度はある程度調査されているが、一般人からの依頼では殆ど概要は分からないことが常だ。 「なんだ、心配してくれてたのか?」 「いや、歌夜姉なら心配いらないって思ってるよ? でも、どれくらい時間掛かるかは分からなかったから」 「ふむ、そんなに私に早く合いたかったのか。寂しがり屋め」  悪戯っぽい笑みを浮かべ、ずいっと顔を近づけてくる。  整った顔立ちと、大きな瞳にドキリとさせられる。 「ち、違うって! 別に、寂しかったとかそういうんじゃ……。僕もそこまで子供じゃないよ!」  普段は真面目で凛々しい雰囲気だが、こうして時折見せる年相応の表情がとても可愛らしいと思う。  歌夜はこちらの瞳をまじまじと見つめてきた後、「なんてな」と小さく笑ってみせた。 「冗談だよ。まぁ、私からすれば蓮太郎はいつまでも子供だけどな。弟みたいなものだしな」 「むぅ……」  優しく頭を撫でられ、蓮太郎は不満げに頬を膨らませる。 「さて、いつまでもこんなところで話してても仕方ないし、家に行くか? また後で修行も見てやろう」 「……うん。そうだね」  促されるまま、蓮太郎は境内の縁に建てられた玄川姉妹の住む家へと向かった。  歩きながら、蓮太郎は歌夜に問いかけた。 「沙夜姉は今日居るの?」 「ん? あぁ家にいるぞ。どうかしたか?」 「いや、別に……」  一瞬、昨日の優吾との一件を思い出したが、伝えるべきが迷い、蓮太郎は口をつぐんだ。  代わりに歌夜が続ける。 「そういえば、昨日から家に居候が一人出来てな。蓮太郎と同じくらい――いや、少し年下かな? 小さい子だ」 「あ、あぁ……優吾くんでしょ? 昨日紹介して貰ったよ」 「もう知っていたか。どうだ、仲良くなれそうか? 退魔師の先輩として」 「う、う~ん……」  曖昧な返事をする蓮太郎に、歌夜は不思議そうな顔を見せた。 「何か気になることでもあるのか?」 「いや、昨日沙夜姉と修行してたんだけど、優吾くんが沙夜姉に式神で悪戯し始めてさ。沙夜姉も少し困ってたみたいだし、大丈夫かなって……」  まだ会って一日だが、あの少年からは性格が歪んでいるのをひしひしと感じる。  確かに退魔師としては才能はあるようだが、あんな子供が沙夜達と共に暮らしているのでは心配で気が気ではない。 「ふむ、確かに如何にも悪ガキって感じではあったな。まぁ安心しろ、私からも言い聞かせておいてやるから」  そう言って、歌夜は頼もしく微笑んでくれた。  しかし、そこに割って入るように声が聞こえてきた。 「何を言い聞かせるって?」  今しがた話題に上がっている最中の少年、優吾がこちらを見つけ近づいてきたのだ。 「優吾くん……」 「む」 「なんか俺の話してた? よぉ蓮太郎、今日もナヨナヨしてんな。また無駄な修行しに来たのかよ」  現れて早々に失礼なことを言い出す優吾に、歌夜はやれやれといった風に語りかけた。 「ふぅ……優吾、やんちゃなのは別にいいが、年上に対してその言葉遣いは頂けないな」 「才能無い奴のことなんか知らねーし」  歌夜の注意にも、優吾はどこ吹く風といった感じで聞く耳を持たない。  とはいえ優しい沙夜相手ならばそんな態度を取っても大目に見てくれるだろうが、歌夜相手ではそうもいかない。 「ふむ、才能か。……確かにお前は才能を見込まれてウチに来たようだが、私から見ればまだまだひよっ子だ。私も天才だなんだと言われてチヤホヤされた記憶はあるが、見習いの時点での才能なんてそれ程意味のあるモノでは無い。慢心せず、努力を積んで初めて意味あるモノになるんだ」 「うえぇ~、努力なんてしなくても、強けりゃそれでいいだろ」  諭すように語る歌夜に、優吾は面倒くさそうな態度を取る。 「俺はとっくに蓮太郎より強いんだし、弱い奴は強いやつに従うべきなんだよ!」 「なるほど。強い者に従うべき、か」  優吾の言葉に歌夜は思案するように顎に指を当てた。 「ならば、私の言葉にも従うべきじゃないのか? 私はきっと、お前よりもかなり強いぞ?」 「ぐっ……!」  歌夜の挑発的な言葉に、優吾は苦虫を噛み潰したような表情を見せる。  だが、すぐに不敵に広角を持ち上げ、沙夜に向かって一歩進み出た。 「へっ、じゃあ試してみっか? 俺と戦って、もしお前が勝ったら言う事聞いてやるよ」 「ほう」 「でも、もし俺が勝ったら……歌夜も俺の言う事には逆らわないって誓えよ!」  無茶な要求に、蓮太郎は流石に止めるべきかと迷った。  だが、優吾が歌夜に勝てるとは流石に思わない。言い負かされ、咄嗟に勝負を持ちかけてしまったのだろう。  歌夜もそれは分かっているのか、余裕の表情で首を縦に振った。 「ふっ……いいだろう。まぁ見習い退魔師に、本物の退魔師の力を見せてやるのも勉強になるはずだからな」  それに……と歌夜は続ける。 「悪戯好きな悪ガキに、お灸を据えてやるのも悪くない」 「余裕ぶりやがって……っ。負けたらどうなるか覚えとけよ!」  優吾は吐き捨てると、昨日と同じ召喚符を懐から取り出した。  優吾では昨日見た大蛇の式神を倒すことは出来ない。だが、歌夜ならば問題は無いはず。  蓮太郎は歌夜の勝利を信じているのだが、同時に嫌な不安も感じていた。  もし負けたら、歌夜があの悪ガキの言う事を聞かなければならない。  あり得ないとは思いつつも、そのことを想像してしまうと、歌夜が誘いに乗ったのは危ないのではないかという考えも僅かに生まれてくる。 「か、歌夜姉……」  思わず、蓮太郎は歌夜に声をかけてしまう。  すると、歌夜はこちらを振り向いて、自信に満ちた顔で微笑んできた。 「なに、心配するな蓮太郎。私の力を見くびるんじゃないぞ? むしろ、優吾が怪我しないよう心配してやれ」  ポンと蓮太郎の肩に手を置き、優吾の方へと向き直る。  そして、優吾の視線を受け止めながら、武術の構えを取る。 「まぁ軽く稽古をつけてやろう。好きに攻撃してきていいぞ」 「舐めやがってっ!」  不安な目で見つめる蓮太郎の前で、二人の戦いが始まった。  ◆  勝負はすぐに尽いた。  優吾の召喚した大蛇の式神を、歌夜は霊力を込めた拳によって一撃で粉砕し、そのまま優吾を軽く小突いて地面に転ばせた。 「っってえぇぇ!」 「ま、こんな物だ。その歳で召喚術に成功したのは見事だが、まだまだ力不足だな」  頭を押さえてうずくまる優吾に、歌夜は満足げに語りかける。  優吾もまさかここまで一瞬でやられてしまうとは思わなかっただろう。 「流石歌夜姉……」  今更ながら自分の憧れる女性の凄さを思い知り、蓮太郎は鳥肌が立った。  余計な杞憂をしてしまったのが恥ずかしいくらいだ。 「さて、約束通り私の言う事には従ってもらうぞ。蓮太郎に対するあの態度は改めてもらおう」 「くっ……」  優吾は悔しそうに歯噛みするが、言い返せないようだ。あれだけ見事に完全敗北したのだから、当然ではあったが。 「とはいえ別に、服従させたいわけじゃない。ただ仲良くしてやって欲しいんだ。畏まる必要は無い。私に対してもな」  歌夜は優しく語り掛け、手を差し伸べる。  優吾はその手を取って立ち上がり、「フンッ」と鼻を鳴らして蓮太郎の方を向いた。 「……分かったよ。悪かったな、バカにして」 「え、あ、うん……」  存外素直に謝られ、蓮太郎は戸惑ってしまう。  だが、力の差を分からされても歌夜に逆らう程馬鹿では無いらしい。  これで大人しくなってくれればいいのだが、そう上手くいくだろうか。不安な気持ちが無いわけではない。 「よし、それでいい。私も殴って悪かったな」 「ホントだよ。あー頭痛え」  優吾は頭を擦りながら、逃げるように家のほうへと歩いていった。 「ふふん、頼れるだろう? お姉ちゃんは」  優吾が消えてから、歌夜が誇るように胸を張ってこちらに笑顔を見せてきた。その際100センチ超えの巨乳がだぷんと揺れたので直視はしづらかったが。 「うん……凄かった。あんな、素手で式神を一撃なんて、普通は無理だよ」 「あれくらい紙を破くようなモノだ。そうだな、今度蓮太郎にも肉体の強化のコツを教えてやろう。まぁ、蓮太郎はどちらかというとサポート寄りの能力が合っていると私は睨んでるがな」  どこか得意げに歌夜は語り、蓮太郎はそれに耳を傾ける。  玄川姉妹はどちらも当代屈指の実力を持つ退魔師だが、それぞれ得意分野は異なっていた。  単純に分別するなら、歌夜は近接戦闘、沙夜は遠距離戦闘に秀でている。  歌夜の肉体強化による格闘術は、接近戦に於いて無類の強さを誇っていた。  一方で、大型の妖魔を一撃で屠る程の威力の術を正確無比に発動出来る沙夜は、最強クラスの遠距離攻撃の使い手である。  彼女たちに並ぶ程の退魔師となるには道は遠いが、自分の得意分野を見つけることはその近道になり得るだろう。 「さて、じゃあ私達も行くか。姉さんも待っているだろうしな」 「そうだね」  取り敢えず、先程優吾が使ってみせたレベルの霊術は早く出来るようにならなければ。  そう蓮太郎は意気込んで、今日も師匠であり姉である姉妹たちと共に、修行をこなしていくのだった。

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