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 ――次の日。  蓮太郎は、朝早くから歌夜と沙夜が住まう神社へと向かっていた。  今日もまた、彼女たちと一緒に霊術の修行を行うためである。  昨日は姉妹のスキンシップでなかなか修行に移れなかったため、本日の修行は早めに始める予定だった。  まぁ、あの破壊力抜群の身体の姉妹に揃って迫られたのだ、修行に身が入らないのも仕方ないことではある。  が、いつまでも見習いのままでいるわけにもいかない。今日はしっかりと気を引き締めなければ、と誓う蓮太郎であった。 「……ん?」  境内の石畳を踏みながら歩いていると、蓮太郎はふと足を止めた。  敷地内に、見慣れぬ少年を見つけたからだ。  自分が同世代と比べて身体が小さいことを加味しても、恐らく自分と同年代かそれより下と思わしき背丈の低い少年が、神社の本殿の前に立っていた。  参拝客とも思えない少年にどうしたんだろうと思っていると、こちらの視線に気付いたのか、少年が振り向いてきた。  目が合った瞬間、蓮太郎はビクッと肩を震わせた。  別に、彼の見た目におかしな所があったわけではない。少々生意気そうだが、至って普通の少年だ。  しかし、なぜだろうか。蓮太郎はその少年に何か異質であり、不吉とも言える物を感じ取った。  本能的に、蓮太郎はあの少年と関わってはいけないと感じた。  だが、こちらに気づいた少年は、ズンズンと一直線に蓮太郎の方まで歩いてきた。  そして、目の前に立つなり口を開いた。 「あんたが、蓮太郎?」 「えっ? そ、そうだけど……君は?」 「俺は優吾」 「ゆうご?」  向こうはこちらのことを知っているようだが、その名前は聞いたことのないものだった。 「えーと、よろしく……優吾くん」  取り敢えず挨拶を返しておくと、優吾は蓮太郎を値踏みするように観察してきて、ハンッと鼻で笑った。 「こんなナヨナヨしたのが退魔師ぃ~? 弱っちそうだなぁ」 「えっ!?」  突然の罵倒に驚いたが、それ以上に気になったのは、彼が蓮太郎が退魔師であることを知っているということだ。  退魔師の存在は本来秘匿であり、基本的に退魔師の一族以外は知らないはずなのに。 「き、君は……?」  動揺しながらも尋ねようとするが、その直前、本殿の方から聞き慣れた声が耳に届いた。 「蓮くん!」  見ると、そちらからこの神社の巫女であり退魔師である玄川姉妹の姉の方、沙夜が豊満な胸を揺らしながらこちらに駆けてきていた。  沙夜は蓮太郎の前で止まると、心配そうな顔で蓮太郎の顔を覗き込んできた。  その顔にはどこか焦りの色が見えており、何か言いたげにしていたが、すぐにハッとした顔になり蓮太郎の横の優吾に視線をやった。 「えっと、沙夜姉、この子は?」 「……あぁ、うん。蓮くんにも紹介しないとね」  蓮太郎の言葉に、沙夜は少し迷うような素振りを見せた後、改めて優吾に向き直った。 「この子は優吾くん。今日からここで退魔師として修行することになったわ。つまり、蓮くんの弟弟子ね」 「弟弟子……? この子も退魔師なんだ」 「えぇ、元々退魔師の一族では無いんだけど、特別に才能があるということでウチで面倒を見ることになったの」  言われてみれば、確かに退魔師特有の霊気を感じる。先程感じた不吉さもその霊気のせいだったのだろうか。  こちらのことを知っていたのも、予め沙夜から聞いていたということだろう。  すると、優吾がニヤリと薄ら笑いを浮かべながら前に出てきた。 「まぁ、そういうこと。よろしくな先輩」  そしてにこやかに挨拶をしてくるが、どうにも下に見られている気がする。  まぁ先程随分失礼なことを言われたが、才能があると言われて調子に乗っているのだろう。  ここは年上らしく大人な態度で接してあげようと、笑顔で握手を求める。  が、その手を握られることは無かった。  優吾は差し出された手を一顧だにせず無視すると、脇に立つ沙夜に向かって話しかけた。 「へへへっ……沙夜もよろしくな。今日から一緒に住むんだからさ」 「え!?」  優吾の言葉に、蓮太郎は驚きの声を上げた。  一緒に住むとはどういう事なのか。  沙夜に目を向けると、沙夜は言いづらそうに頬を掻いて口を開いた。 「えーと……まぁ、その、そうなの。優吾君はちょっと複雑な事情があって、家族もいなくてね。だからしばらく……修行中はずっと、ウチで暮らして貰うことになったの」 「そ、そうなんだ……」  といことは、玄川姉妹と優吾は四六時中一緒にいられるというわけだ。  蓮太郎は自宅から通っているので、いくら仲が良いと言っても会える時間は限られている。  事情があるならば仕方ないが、こちらからしてみるとなんとも羨ましい状況である。  そんな風に考えていると、沙夜が優しい笑みを浮かべて視線を合わせてきた。 「安心して、蓮くんの修行もちゃんと見てあげるからね。でも、これからは二人で仲良く退魔師として高めあってくれると助かるわ」 「あ、うんっ! もちろんだよ!」  二人っきりになれる機会は減るかもしれないが、こうして沙夜の方からも頼ってくれているのだ。ならば期待に答えるのは当然だ。  蓮太郎は元気良く返事を返すと、沙夜と視線を合わせたまま、グッと拳を握った。  その様子に、沙夜もまた嬉しそうに微笑む。  優吾だけはふーんとつまらなそうな顔をして二人の様子を見ていたが、やがて沙夜に向き直るとその手を取った。 「まぁいいや、じゃあさっそくその修業ってのやろうぜ。俺の才能見せてやるよ」 「やる気満々だね優吾くん」  確かに少々生意気だが、向上心はあるようだ。  そう考えるとまだまだ子供らしく、無邪気にも見える。  優吾はぐいぐいと沙夜を引っ張って、境内を進んでいった。 「もう……優吾くん」  沙夜もやれやれといった様子で、巫女服の袖を掴まれたまま着いていった。  僕も修行頑張らなきゃ、と蓮太郎は二人を追って神社の裏庭へ向かった。  ◆  退魔師の修行は、精神の統一が重要となる。  深く集中し、気を高め、霊術を練る。  実戦ともなれば霊術を発動するまでの速さこそが重要となってくるのだが、見習いの身では速度より退魔の力に身体を慣らすことがなにより大事だ。  蓮太郎は昨日に引き続き、召喚符を扱う練習を始めていた。  霊力を札に込め、式神を呼び出す。  しかし、結果は芳しくなかった。  霊力は問題なく札に宿っているし、発動しようと念じてもいるのだが、実際に召喚の文言を描かれた札に宿るのは、ほんの小さな霊力だけだった。  これでは鳥霊を呼び出そうとしてもひよこ程度の鳥しか生み出せないし、犬霊ならばチワワのような小型犬しか出てこないだろう。 「うーん……」  イマイチ満足では無い出来に、蓮太郎は小首をかしげる。  歌夜曰く、蓮太郎の本来の力はこんなものじゃないとのことだが、この調子だと先は長そうだ。  蓮太郎が眉間にシワを寄せながら頭を悩ませていると、不意に横から声をかけられた。  声の主は沙夜だった。沙夜は心配そうに蓮太郎の顔を見つめてくると、麦茶の入ったペットボトルを差し出してきた。 「頑張ってるみたいね蓮くん。でも、あんまり根を詰めすぎても集中力が削れちゃうわよ?」 「ありがと。でも、やっぱり僕も早く沙夜姉や歌夜姉の役に立ちたいからさ」 「あら、健気なこと言ってくれるわね。お姉ちゃん嬉しいわ」  沙夜から貰った麦茶を飲むと、少しだけ頭がスッキリした気がする。  実際沙夜の言う通り、少し休憩を入れた方がいいのは事実だ。蓮太郎は一度深呼吸をすると、そういえばと、もう一人の見習い退魔師のことを思い出した。 「優吾くんは? あの子も今日から修行始めるって言ってたけど、最初だし基礎訓練してるのかな?」  先程まで沙夜を連れてどこかに行っていたようだが、蓮太郎は自分の修行に集中していたのでそちらの様子は伺えていなかった。 「あぁ、優吾くん……? ……あの子なら、蓮くんが召喚符の練習してるって聞いて、俺もやるんだって言ってたわ。向こうでやってるんじゃないかしら」  言って、沙夜は本殿の東側の方を指差した。  するとそれに合わせたかのように、優吾が角を曲がってこちらに歩いてきた。  優吾は蓮太郎と沙夜の姿を見つけると、ニィっと意地の悪い笑みを浮かべた。  そしてそのまま沙夜の隣を通り過ぎて、蓮太郎の方へと歩み寄ってきた。 「よう、お前も修行してたんだろ? 式神は召喚出来たかよ?」 「え? あ、まぁ……」  蓮太郎は曖昧に言葉を濁す。  正直なところ、あまり成果は出ていないので素直には答えづらい。  そんな蓮太郎の態度に優吾はふふん、と鼻を鳴らした。 「そうか、じゃあこれくらいは当然出来たんだよな? 先輩?」 「ん……? ――えっ!?」  突然、優吾が手に持っていた召喚符を突き出してくる。  すると、その札に霊力が注ぎ込まれていき、やがて細長い生物を形作っていった。  それは一匹の蛇だった。  蛇としてはかなり巨大な、人間の大人程の全長はありそうな大蛇だ。  このレベルの式神を召喚するとなると、かなりの霊力と技術を必要とするはずだが、それを修行一日目で平然と成功させるなんて、いくら才能があると言っても桁外れだ。  大蛇はシィィーと舌を慣らすと、突然蓮太郎の顔に向かってグワッっと牙を剥いた。 「う、うわぁっ!?」  凶悪な蛇の迫力に、蓮太郎は大きな声を漏らして思わず後ずさってしまった。 「ハハハッ! 何ビビってんだよ、別に噛んだりしねえよ」  優吾は得意げな表情のまま、蓮太郎の反応を楽しんでいるように笑った。  が、そこで沙夜が慌てて蓮太郎に駆け寄った。 「だ、大丈夫蓮くん!? ……優吾くん! いきなりそんな風に驚かせちゃダメでしょ!」 「あーハイハイ。ちょっと遊んだだけだろ? ちゃんとコントロールしてるっての」  優吾はめんどくさそうに言いながら、召喚した大蛇に合図を送って落ち着かせた。  蓮太郎は、まだ心臓がバクバク鳴っていた。  単純に大蛇の迫力もあるが、それを事もなげにこの少年が召喚したということに嫌な汗が出る。  才能があるとは聞いたが、まさかここまでとは。 「でもま、これくらいでビビってるようじゃ妖魔とは戦えねえんじゃねえの? なぁ?」  優吾が、見下すように言ってくる。 「……っ」  確かにその通りではあるが、自分よりも年下の少年に言われるのはどうにも悔しい。  蓮太郎は拳を握りしめながら、なんとか反論を絞り出そうとする。  が、それよりも先に沙夜が口を開いた。 「蓮くんは優しい子なの。退魔師として世の人のために戦うには、誰かを守ろうって気持ちこそが大切なのよ。そういう意味では、この子は誰よりも資質があると私は信じてるわ」  沙夜は厳しい視線を優吾に向けると、静かな声で言った。  いつもの優しい雰囲気とは違う、少し冷たい声色だった。  まるで、アナタとは違うと言うかのように。 「はんっ、気持ちだけじゃ勝てないだろ。誰かを守りたいってんなら、それだけの力が無いと意味ねーじゃん」  優吾は吐き捨てるように言うと、再度召喚した大蛇に命令を下した。  すると大蛇は素早い動きで這いずり、眼の前の沙夜の身体に絡みついた。 「きゃっ!?」  沙夜の身体をするすると蛇が駆け上がり、巫女服をぎゅうっと締め付ける。 「沙夜姉!? やめろっ、何してるんだ!」  蓮太郎が叫ぶが、大蛇は沙夜から離れようとしない。  むしろ沙夜が抵抗すればするほど、キツく巻きついていくように見えた。 「んん……っ、や、だ……」 「ほらどうした? お姉ちゃんがピンチだぞ? 助けなくていいのかよ先輩?」  優吾は挑発するように言い、沙夜の身体を締め上げる。  蛇の胴体が沙夜の女体に巻き付き、その起伏激しいボディラインを浮かび上がらせるように圧迫した。  そしてそのまま、優吾は沙夜に顔を近づけていった。 「沙夜姉! そんなの振りほどいて!」  沙夜の霊力を持ってすれば、式神の拘束も解けるはずだと思うのだが、沙夜は抵抗する素振りを見せない。  苦しげに耐えるような表情を見せ、「大丈夫だから……」と目配せしてくる。 「優吾くん……イ、イタズラはここまでにして。あんまり度が過ぎると、怒るわよ……?」 「へー……?」  沙夜の言葉にも優吾は臆した様子無く、ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべる。  そしてそのまま沙夜の顔に自分の顔を寄せていき――。 「……へっ、マジになるなよ。ちょっと遊んだだけだろ?」  言って、手を振り払うようにして召喚した大蛇を掻き消した。 「っ……、んっ」  拘束から開放された沙夜が息を吐き、ふらついて倒れそうになる。  蓮太郎は駆け寄って沙夜の身体を支え、今しがた蛮行を働いた優吾を睨みつけた。 「い、いきなりなにするんだよ! あんなの……危ないだろ!」 「あぁ? 危ないと思ったなら助けたら良かっただろ? ビビって見てるだけだったくせに偉そうなこと言うなよな」  悪びれもしない優吾に、蓮太郎は奥歯を噛みしめる。  確かに自分がもっと早く動いていれば、沙夜を助けることは出来たかもしれない。  だがそれは蓮太郎に式神を倒せるだけの力があればの話だ。  残念だが、今の自分にはそんな力は無いことはよく理解していた。 「やめなさい……っ、同じ退魔師同士、喧嘩なんてしても意味無いわよ」  にらみ合う二人の間に割って入り、沙夜が息を整えたばかりの声で二人を叱りつける。 「優吾くん、初めての霊術が上手くいって嬉しいのは分かるけど、あんまり燥いじゃ駄目。蓮くんも、年上なんだから怒っちゃ駄目よ?」  蓮太郎は「うっ」とバツが悪そうに口をつぐんだが、優吾はフンと鼻を鳴らしてそっぽを向いてしまった。  沙夜には悪いが、どうにも仲良くなれそうになかった。  いくら才能があると言っても、この性格では……。  そうして新しい仲間、優吾との初対面は、最悪の印象から始まったのだった。

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