13.初めての依頼 (Pixiv Fanbox)
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「……暇ですわね」
「……そうだね」
「あ、あはは……」
放課後の奉仕活動部の部室。
わたくしたちは手持ち無沙汰な時間を過ごしていました。
今日はクラスの仕事がなく、各々の所属する部活のために時間を使うように言われたのですが、奉仕活動部は今のところ仕事がありません。
わたくしは手持ち無沙汰を紛らわすように、部費で購入したおやつをレレに与えていました。
レレはヒールスライムではありますが、何も薬草しか食べないわけではありません。
甘い物も好きなようで、先ほどからビスケットを美味しそうに食べています。
「何かゲームでもしましょうか?」
「イヤよ。ボードゲームやカードゲーム系は、メイが強すぎるわ」
メイの方を見ると、彼女もまたレアにおやつを与えていました。
わたくしの視線に気づいたのか、レアはビスケットをかじるのをやめ、メイの陰に隠れてしまいました。
ホント、臆病な子だこと。
「……シモーヌが分かりやすすぎるんだとおもうけど」
「そ、それにしたってメイちゃんは強いですよねぇ」
入学からそろそろ一ヶ月がたとうとしています。
奉仕活動部にはまだ依頼がなく、部活の時間はもっぱら暇つぶしをしているのです。
ポーカーやブラックジャック等のカードゲーム、チェスやオセロなどのボードゲームは、メイが飛び抜けて強いのでした。
ちなみに次点で強いのは意外にも――と言ったら失礼かもしれませんがリリィ様で、シモーヌとわたくしはいつも最下位争いをしています。
「大体、アタシは暇じゃないから」
「何してるんですの?」
「ポスター描いてるわ」
「……文化祭の?」
「い、いえ、シモーヌちゃんには部のポスターをお願いしてるんです」
そういうこと、とシモーヌは一度頷いてから続けました。
「この忙しい文化祭の時期に何も仕事が来ないなんて、宣伝不足なだけでしょ。今朝、学生掲示板の展示許可取ったついでに、簡単なのは張っておいたんだけど、どうせなら凝りたいじゃない」
「「「シモーヌ(ちゃん)えらい!!」」」
「べ、別に普通よ。部員なんだし。それより、仕上がり遅くてごめん、リリィ。急ぐわね」
「「「謙虚!!」」」
「な、なによ……」
ホント、シモーヌはいい子ですわね。
とはいえ、
「やはり、ある程度はこちらから困っている人を探しに行く姿勢も必要なのではなくて?」
「……ちょっとそんな気もしてきた」
「そうかもねぇ」
「う、ううう……」
困難を成長の機会と捉え、主体的に助けを求める姿勢を尊ぶリリィ様の考え方は尊重しますが、このままでは奉仕活動部が暇つぶし部になりかねません。
――などと思っていると、部室の扉を叩く控えめなノックの音が響きました。
「は、はい!」
「こんにちは。ここって奉仕活動部の部室であってる?」
そう言って顔を覗かせたのは、二人の女生徒でした。
◆◇◆◇◆
「私はリディ=グラック、こっちはルイーズ=モデルヌ」
「初めまして」
「は、初めまして。ぶ、部長のリリィ=リリウムです」
簡単に挨拶を交わす三人をわたくしはこっそり観察していました。
リディは背がすらりと高く、目鼻立ちがはっきりしていて、どこか中性的な雰囲気を身にまとう女性でした。
ルイーズの方は女性らしさに恵まれた容姿をしていて、どこかの国の貴族や王族であると言われても納得しそうな空気を身にまとっていました。
応対に当たるリリィ様も美人ではあるのですが、雰囲気が小市民的というか小動物的というかとにかく親しみを感じさせるので、リディたちと一緒にいると少し浮いて見えるのでした。
「私たちは演劇部なんだ。文化祭で劇を上演することになっているんだけど、それに当たって奉仕活動部の力を借りたくて」
「演劇……なるほど、どうりで」
リディにしてもルイーズにしても、一般人にしては姿勢が良すぎますし体の使い方に迷いがなさ過ぎました。
わたくしは最初、二人が武術を修めているのかとも思ったのですが、それにしては立ち居振る舞いに含まれる意味が多すぎます。
演劇者と聞けば納得です。
「え、演劇部でいらっしゃったのですか……。そ、それで、リリィたちはどんなお手伝いをすればいいですか?」
「文化祭本番までもう一週間もないって時に、部員が二人一緒に流行病になってしまってね。端役ではあるんだけど欠員には出来ない役なんだ。そこでその穴埋めをお願いしたい」
つまり、舞台に立って演技をして欲しいという依頼のようです。
「や、役者としてのヘルプのお願いですか……。お、大道具や小道具のお手伝いならなんとかと思っていましたが、出演となると……」
「無理かい?」
「え、えっと、ちょっと待ってて下さいね。……み、皆さんの中に演劇の経験者はいらっしゃいますか?」
縋るような視線をリディに向けられ、リリィ様はわたくしたちに困ったような問いを発しました。
「わたくしは経験ありませんわね」
「……メイも」
「アタシもないわ」
「で、ですよね……」
演劇というのはどちらかというと王族や、かつていた貴族たちの文化です。
もちろん役者は一般市民がほとんどではあるのでしょうが、観劇の経験ですらまれ、実際に演じた経験がある人はもっと限られているでしょう。
「そこまで難しい役じゃないんだ。一週間みっちり練習すれば素人さんでもそれなりに形になると思う」
「台本もやりやすいように書き換えるわ。どうにかお願いできないかしら?」
「う、うーん……。ちょっと相談させてください」
「……分かった」
そう言って、リディは奉仕活動部の部室を辞しようとしましたが、途中でふと思い出したように口を開きます。
「ちなみにお願いしたい役の二人は、ちょっといわくつきの恋人同士っていう設定だよ」
最後にパチンと茶目っ気たっぷりのウィンクを残し、いい返事を期待しているからね、と二人は今度こそ去って行きました。
「え、えーと、それではご相談ですが、今回の依頼を――」
「受けるに決まってますわ」
「そ、即答ですか!?」
話を切り出そうとしたリリィ様を遮って、わたくしは言いました。
リリィ様が狼狽したような声を出します。
「こんな面白そうなこと、逃す手はありませんわよ。記念すべき奉仕活動部の依頼第一号にふさわしいですわ」
「そ、そうでしょうか……? 結構、難しそうな依頼ですよ……?」
「……リリィ様、分かってない」
「え?」
「アレアのそれは建前よ、リリィ。本音はもっと下心アリアリだわ。アタシでも分かる」
「えええ!?」
メイは肩をすくめ、シモーヌも呆れ気味です。
あら、そんなに分かりやすかったかしら。
リリィ様だけが一人取り残されているようです。
「ど、どういうことですか?」
「……依頼された役の関係性は?」
「え、えーと、恋人同士でしたね」
「それをアレアが二つ返事で受けたということは?」
「???」
「リリィ様、恋人同士の役ですわよ!」
「あ……あああ、そういうことですか!?」
わたくしの勢い勇んだ声色に、リリィ様もようやく悟ったようです。
「主役でないのは少し残念ですが、大義名分を得て恋人同士を演じられるのはいいですわね!」
「む、むむむ、無理ですよ! り、リリィに演技なんて!」
やる気満々のわたくしとは正反対に、リリィ様は二の足を踏んでいるようです。
「大丈夫ですわよ。リディも言っていたじゃありませんの。そこまで難しい役ではないと」
「そ、そういう問題じゃありません! り、リリィはこういうの向いていないんです! 第一、ただ人前に立つだけでも苦手なのに……!」
「こういうのは慣れですわ、リリィ様。いずれ精霊教会に戻ったとき、人前で話せないのは困るでしょう? つまり――」
「つ、つまり……?」
「ショック療法ですわ」
「むーりーでーすー!」
リリィ様は涙目になってしまいました。
「わたくしと恋人同士をやるのがそんなにイヤなんですの? さすがにちょっと傷つきますわ」
「そ、そうじゃありません! む、向き不向きの問題です!」
「……リリィ様、困難は人を成長させるんじゃなかったの?」
「メイ、やめたげなさいよ」
「ふえええ……」
メイの冷静な突っ込みに、リリィ様は完全に撃沈してしまいました。
「とまあ、リリィ様をいじるのはこれくらいにしましょうか」
「……そうだね」
「え、ホンキなのかと思った」
「ちょ、ちょっとどういうことですか!?」
方向転換の意向を示したわたくしに、メイはあっさり頷き、シモーヌは意外そうな顔をし、リリィ様はもう何が何やら分からないといった顔です。
「リリィ様と恋人役をやりたいのは本当ですけれど、無理強いするつもりはありませんわ。お仕事ですし」
「……アレアは意外とそういうところは弁えている」
「七割くらい本音だったでしょ」
「九割ですわ」
「あ、そう……」
わたくしだって、出来るものならやりたかったですわよ。
「シモーヌはやりたくて?」
「アタシはパス。台本覚えらんないもん」
「リリィ様も辞退……ということは、メイとわたくしの組み合わせが無難かしらね?」
「……メイは構わない。アレアはメイの嫁。ふふふ……」
こくりと頷いたメイは、心なしか嬉しそうにも見えました。
はて?
「じゃ、じゃあ、この依頼受けてもいいんですか?」
「ええ、受けましょうよ。ようやく奉仕活動部の本格始動というわけですわね」
「あ、ありがとうございます、アレアちゃん、メイちゃん!」
「ちょっと、アタシだって手伝いはするわよ?」
「もちろん、シモーヌちゃんも!」
さっき泣いてた鴉がなんとやら。
リリィ様はたんぽぽのように破顔しました。
「そうと決まれば、早速リディさんたちにお返事してきますね!」
「待ってちょうだい、リリィ様。どうせなら四人で行きましょう」
「……台本やその他に手伝うことも聞きたい」
「そうね、手間が省けるわ」
「そ、そうですね、そうしましょう!」
こうして、奉仕活動部は最初の依頼――演劇部の欠員補充に挑むことになったのです。