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さて、公演30分前。 私は今日演じる怪獣たちに、今この場で初対面をした。青ビニール袋にくるまった巨大な包荷をほどいていくと、怪獣が2体顔を出した。 まず、生の怪獣たちを目の当たりにして色々と衝撃を受けた。 重いのだ。重すぎるっていうくらいに重いのだ。 スーツアクターの人たちは、この重さに耐えながら、怪獣たちは演技していたのか…。 2体ともに重さは20キロ近くある印象。 ただ、衝撃はそれだけではなかった。 それはウレタンの量。埃っぽくて汗くさい、ギュウギュウに詰め込まれたウレタン。ちょうど体育館にあるマットのような感じがした。 今日のショーでは4体の怪獣が大暴れするのだが、私が演じる2体は最初はザコ怪獣で、そのあとにラスボス級の怪獣を演じる。女子高生の演じる怪獣は味方の小型の怪獣、アメフト部所属の人が演じる怪獣は、味方で主戦力としても頼れる怪獣だった。 4体ともに楽屋に並ぶとスゴイ光景になるのだが、その4体のうち3体、つまり男たちの演じる3体の着ぐるみはウレタンの量が尋常じゃなく、非常に重いものだった。 私の演じる一体目の怪獣は、撮影でも使われた仕様のものらしく、頭には色々な電飾が使われていた。造形もしっかりしていて、手足と首も一体型になっていた。人間が入る部分は、まずは金属ファスナーで閉じてから、カチャッとベルトの留め具をして、更にその上からマジックテープで留める仕様になっている。絶対に、と言い切れるほど自力で脱ぐことは不可能な仕様だ。 手の部分はミトンのような形状であるが、中では指同士がセパレートしていた。 私の体型は太っているわけではないごく普通の体型だが、その怪獣のボディはかなりヨコに太ったような怪獣だった。中はほぼ空洞だが、かなりのウレタンが使われていた印象がある。 ただ、股間付近はぐいっと締め付けるほどウレタンが敷き詰められていて、歩くたびにアソコをソフトにムニムニとする感じで、もどかしい刺激に中ではカチカチにしていた記憶がある。 二体目の怪獣は、中々かっこよくていかにもラスボス感のある目つきと武器を持っていた。スマートな体型であるが、この怪獣も中々重い。 特に重いというのが、腕だ。腕には武器が備わっていて、手の平のような機能は無かった。モノを掴むことは不可能なのだが、中は腕を振っても位置がズレないように、紐のような素材が入っていて、それを握りしめながら演技をすることになる。 その紐はかなり汗臭くて、握っていた手が凄く臭くなってしまったのを今でも覚えている。 この怪獣も手足頭が一体型で、着たら絶対に一人で脱ぐことは出来ない。 この二体の怪獣に共通して言えることだが、中に入るときは、怪獣をうつ伏せに寝かせ、背中に開けたファスナーから中にうつ伏せの状態で入っていく。入っていくときは腕立て伏せを何度も繰り返しながら入るような状況で、慣れないと非常に体力を奪われる上に汗だくになってしまう。 なんとかうつ伏せで着込んだら、背中のファスナーを閉じてもらう。 ジーーーー 中の容器に密閉されるような、この時ハッキリと閉じ込められた感が出てくる。 ぎゅうぎゅうに中に閉じ込められた次にやることは、立ち上がることだ。 うつぶせに寝かされた状態から、20キロ近い着ぐるみをまとった状態で立ち上がる。これは本当にキツイ。慣れていないと一人で立ち上がることすらできない。その時はジタバタとその場でもがくことしかできなかった私は、スタッフの支え手無くして立ち上がることが出来なかった。 そして、何とか怪獣に変身した状態で立ち上がった私。 ズシっとした重さが両肩と首と腰を響かせてくる。股にギュウギュウに敷き詰められたアンコのせいで常にガニ股で歩かなければならない。また、尻尾が長いタイプの着ぐるみでは尻尾を踏まないように計算して歩くことも求められる。 この状態でステージの階段を上ったり走ったり演技をしたりする必要がある。階段を上る感覚が全然ない上にウレタンがぎっしりなので足元は一切見えない。 怪獣初体験、着込んでから1~2分で汗だくだった。 怪獣体験を終えるために、再びうつぶせに寝て、背中を開放してもらい、そして地上に出ようとした。が、この時も一筋縄ではいかなかった。 出るときも一苦労で、足が抜けなかったり、腕が抜けなかったり、さらに背中のウレタンが厚くてガバっと開くこともままならない。チャックが開いたとはいえ、外に出ることがかなり大変なのだ。 と、もうすでに会場内にはお客さんが結構入ってきていて、開園まで残り20分前となっていた。 私は急ぎ水分補給を行って、最初のステージに登場するための怪獣に着替えた。 先ほどの汗でウレタンが湿っていて気持ち悪い。 1回目の袖通しとは異なり、幾分かスムーズに着ていけた。汗だくになりながらの着替えであることは間違いないのだが・・・。 そして、もうすぐで出演。 5分間ステージの横で登場のタイミングを待つ私。暑くて重い厳重な怪獣の着ぐるみに密閉されて、登場のタイミングを待つ私。いつもこのタイミングというのは非常に緊張する。トチったらどうしようか。躓いたらどうしようか。。。不安な考えを巡らせて1周くらいすると、緊張感はあるものの自分の中で無の時間が訪れる。 無の時間…瞑想に近いのかなとも感じる。そんな無の時間にふと過去のことがフラッシュバックしてくることがある。この時のフラッシュバックが中々クセの強い内容だったからか、何となく覚えている。 小学二年生のとき、自分の中ではそこそこ大きな事件が起きた。 私は毛布を頭に巻きつけて、疑似着ぐるみ体験なる秘事を家で楽しんでいた。それも幼稚園児の時から。モフモフした毛布を駆使してシッポを作ったり足を作ったり…自分には無いモコモコのシッポや足を見て、興奮しながら楽しんでいた。 毛布を顔に巻き付けて、もこもこした感触と締め付けと息苦しさ、暑さを体感して、あぁ着ぐるみの中ってこんな感じで苦しいけど幸せな空間なんだなと、感じていたことがあった。 未だその頃は自慰を覚えていないので、毛布を顔に巻き付けたり、胴体に巻き付けたりして、ある程度満足したら終了するのが決まりだった。 親の足音には十分に気を付けながら疑似着ぐるみ体験をこなしていた幼少期。頭に巻き付けて、締め上げて、出来るだけ簡単に取れないような着ぐるみにすべく、巻き方にも工夫を凝らした。が、ガッチリと巻き付けてはいるものの、階段を上がる足音が聞こえると、必死に毛布をはぎ取って、何事もなかったかのように過ごすスキルを身につけていた。 そんな小学二年生の時。毛布が敷かれるのは冬の時、いつも通りに頭に毛布を巻き付けて、モフモフとした圧迫を顔全体で体感して楽しんでいた。 と、その時だった。 「なにやってるの?(笑)」 う、うわぁああああ!! どうして足音に気が付かなかったんだ…小学二年生の私は猛烈な恥ずかしさとパニック状態の中、顔にきつくまかれた毛布を必死にはぎ取ってみると、目の前にはニヤニヤと笑っている母の姿があった。 もともと動物の着ぐるみやフワフワしたものに興味があったことはバレていたが、着ぐるみのことを小学生になった今でも好きだなんて知られたら…恥ずかしくて恥ずかしくて生きていけない…とそんな感じの感情を抱いていた。 「昔から着ぐるみ好きだったもんねー」 と言われてしまい、極限の恥ずかしさでこの世から一瞬で消えてしまいたいと願った。 私は苦し紛れに 「も、毛布に何かついていたから…!」と意味不明な言い訳をして、1階のトイレに駆け込んで1時間近く外に出てこられなかった。 母が足音を忍ばせて部屋に入ってきたせいで、盛大に疑似着ぐるみ体験を楽しんでいたがバレてしまった――――― と、そんな恥ずかしい過去の記憶がフラッシュバックしてきた。 幼少期の出来事であるものの、その衝撃は計り知れず今でも思い出しては恥ずかしさにもだえてしまう。 ・・・そんな私が、今や着ぐるみの中に包まれているんだよな。しかも公式の怪獣だよ。経験したくても中々経験できない、怪獣着ぐるみの中の人。。。。 今度は、着ぐるみの中の人な存在になれた自分に満足していた。 自信と嬉しさと暑さと苦しさと緊張…浮かんでは消えていく、この緊張の一瞬。 ・・・!! ステージ上にショーの音源が大音量で響き始めた。 怪獣の鳴き声とともに会場に派手に登場する私。力強く足踏みし、会場全体を威嚇するかのような咆哮。 会場から子供たちの泣き声がちらほら聞こえてくる。 ・・・快感だ・・・! 破壊神として君臨する怪獣。それを演じる私は、何物にも代えがたい充実感を味わっていた。着ぐるみの中で。緊張感はぬぐえないが、なんというか、非日常感がスゴイとしか言いようがなかった。 着ぐるみの魔力だとここでも感じる。特に、怪獣ほどの巨大な存在は別格だった。会場中の視線を一身に集め(とはいっても、会場中を見渡せるほどの十分な視界は皆無)、会場中に恐怖をまき散らす存在。悪くない。 ・・・ ヒーローにあっさりやられた私は、次にラスボス級の怪獣に早着替えする。 時間は割とある、が、着付けはそれなりに大変で時間との勝負になる。 1着目の怪獣をものすごいスピードで解体していくアシスタントさん。それに応えようと、私は早く脱げるようにひたすらジタバタとしたが、これが逆効果になって中々簡単に脱げない。もがけばもがくほど脱げなくなって、体力がどんどん消費されていく。 最終的にはアシスタントさんの協力があって、何とか脱ぐことができた。どうやら足が引っかかってどうにもこうにも脱げない状態だったようだけども、力業でスポンと抜くことができた。 私は休憩する暇もなく、スポーツドリンクを一気に飲み干して、次の怪獣の着付けに入った。今回は割とすんなりと中に密閉された。 次の演技は先ほどのまったりした怪獣よりも狂暴で凶悪、激しく動いてヒーローたちを徹底的に追い詰めていく。怪獣2を演じる華奢な女子高生めがけてタックルして倒すようなこともするくらいに、獰猛で激しい怪獣だった。 そして、その怪獣に追い詰められているのは私もだった。激しい動きと20キロ近い着ぐるみで中では灼熱地獄と息苦しさでどうにかなってしまいそうになっていた。 そして、この怪獣の演技時間は前半で演技した怪獣のほぼ2倍近くもあり、中々人間に戻ることはできない。 一瞬にして中では汗だくになって、目に入ってくる汗が染みるのを我慢しながら必死に演技しまくった。首からの視界の穴から汗が大量に噴き出して、演技中に舞台にしぶきのように汗が飛び散っていたことを後で聞かされて、まぁそのくらいは普通に怒る環境だからなぁと特に驚きもしなかったのを覚えている。それほどまで極限にものすごく苦しみながら演技していた。 ・・・ ついに私はヒーローのミラクルな力で撃退されて、ステージにはけていった。 観客から見えなくなったところで、私は怪獣の着ぐるみを着たまま、膝をガクっとついてうつぶせに倒れこんでしまった。言葉では大丈夫、大丈夫です!とアシスタントさんに声をかけていたが、明らかに過呼吸の症状が出ていたそうな。 あれだけ激しい運動をしているにもかかわらず満足に空気が入ってこず、かつ熱のこもり方が半端ではない環境の中、初めて怪獣を演じた。今になって思えばそりゃぁ過呼吸になっていてもおかしくなかっただろう。 怪獣になって演技できた経験自体は、それはそれは素敵で快感だった。が、演技を終えたその時には、圧倒的に疲労感の方が上回っていたことは間違いない記憶だ。 過呼吸の症状も軽く、私は怪獣の背中から上半身を出した状態でドリンクを飲みつつそのまま10分くらい休憩をした。 周りの演者も私を心配してくれたが、なんとか私は普通通りに回復できた。 メインヒーローを演じていた社員さんは、まだまだ序の口で余裕だ!くらいの勢いだ。あれだけ激しいアクションを決めて、あれだけ暑くて苦しいヒーローのスーツを着ていたのに…すごすぎる。これがプロの技なのかと感嘆した。 怪獣1を演じていたアメフト部の社員さんは熱中症の初期症状が出ていたのか、怪獣の手が震えながらで楽屋に戻ってきた。案の定中から出すと尋常じゃない汗と熱気でとんでもないことになっていた。汗でビシャビシャになった状態でしばらく床に座り込んで、頭に氷を乗せながらうなだれていた。 スポーツも激しくやってのける屈強な漢が、怪獣着ぐるみで演技するとグロッキー状態になってしまう。それほどまでに怪獣着ぐるみの負担というのは恐ろしいものがある。 逆に、怪獣2を演じていた華奢な女子高生は、怪獣自体のウレタンの量が少なくて、まだ軽量な方の怪獣を演じていたためそこまでダメージは蓄積していなかったのだが、やはり怪獣は怪獣であって、相当暑かったみたいだ。汗びっしょりな顔を恥ずかしがった表情のままタオルでぬぐう仕草は、なぜだがグッとくるものがあった。 こうして私は最初の怪獣デビューを飾ったのだが、お昼ご飯を食べてから第二の公演がある。 が、この2回目の公演では非常にスムーズに着付けが行われた上に、要領もつかんでいたため、本当に何事もなく終わった。1回目のダメ出しポイントも良く改善できていたことでお褒めの言葉ももらった。 ネタとしてはあまり面白味もないので第二の公演の内容はカットすることにする。 当然だが、二回目の公演が終わった後の私はむごたらしいほどに蒸れて汗でびしょびしょだった。可哀相なくらい苦しそうな呼吸をしながら楽屋に戻ってきたと思う。 ちなみに、このショーを行ったステージの裏手側が我々の着替えスペースになっているのだが、その着替えスペースはかなり広く作られていて、別の着ぐるみ(会場に登場する動物の着ぐるみキャラ)たちの控室にもなっていた。 可愛らしい3体の動物着ぐるみ(ウサギとネコとリスさんだったかな)が帰ってきて、脱ぐ瞬間も見てしまっていたが、明らかに小柄のオバサンたちで非常にガッカリとしたことを今でもしっかり記憶に刻まれている。とても可愛らしくてモフモフしたキャラクターたちからオバサンが登場した光景というのは、子供だったら間違いなく泣いてしまうであろう。 この業界、中の人の高齢化(特に女性)が結構深刻なのは有名な話だが、若者が簡単にやめてしまうくらいの良い労働環境とは言えないのが、難点と言える。 ということで、初めての怪獣体験も無事終了し帰宅するわけなのだが、全身の筋肉痛が半端じゃなさ過ぎてガチガチになりながら帰っていったのを思い出す。筋でも痛めたんじゃないかと思うくらいに、3日間くらい非常に重い筋肉痛で悩まされた。 この初めての怪獣体験の後、本当に様々な怪獣を演技することになる。私の怪獣職人の第一歩はこんな感じだった。 ⑦最も視界が悪い着ぐるみに出会う 季節は秋。それなりに着ぐるみの経験を積んだ私は、それなりに着ぐるみ役者として自信が付き始めていた。ショーをソコソコこなし、汎用の動物着ぐるみに変身してグリーティングをしたり、時にはアテンド業務をしたりしながら、イベント業務のいろはを学んでいった。 と、そんなときに舞い込んできた案件。何の変哲もない着ぐるみだと思っていた、その子が経験した中で“最も視界が悪い着ぐるみ”だったことは今でも忘れられない。 つづく

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