小説 貞操帯倶楽部 1章 愛美先輩の貞操帯 (Pixiv Fanbox)
Published:
2018-07-06 10:26:08
Edited:
2020-04-10 09:34:20
Imported:
2021-10
Content
1章 愛美先輩の貞操帯
貞操帯倶楽部の部室は、他の部と少し変わっていた。
いや、違いは少しどころではない。同じところは入り口の見ためだけで、内装はまったく別物だった。
ドアを開けると、1畳半ほどの小部屋。両側に脱いだ靴を置く棚と、正面にもう1枚ドア。
「ここで靴を脱いでね」
言われたとおりまだ新しい通学用のローファーを脱いで右側の『ゲスト用』と書かれた棚に置き、愛美先輩に続いて豪奢な樫の木のドアの向こうに進むと、そこは別世界だった。
ひとことでいえば、セレブが通う高級スポーツクラブのロッカールーム――実際に行ったことはないのだが、興味本位でホームページを覗いたことはあった――のよう。
ふつうの部室ふたつぶんくらいの部屋の床はフローリング。壁の一面は整然と並べられた木製ロッカー。その反対側には革張りのソファーが置かれている。
おそらく、数年前に行われたという耐震補強の工事で窓が埋められた箇所なのだろう。他の部室なら窓にあたる場所にはまた壁があり、そこに3つドアがある。
「お茶を淹れてくるから、かけて待ってて」
3つのドアのうちひとつが給湯室なのだろうか。ソファーを勧めた愛美先輩がそこに入っていくと、私はひとり部室に取り残された。
「どうして……」
貞操帯倶楽部は、こんな豪華な部室を持てるのだろうか。
部屋を見わたしながら、考える。
いま腰かけているソファーは、1脚何万円かで買える代物ではないだろう。それが、壁沿いに2脚。セットのひとりがけチェアが対面に4脚。そのあいだに木目が綺麗に揃ったテーブル。内装工事の費用まで考えたら、いったいどれだけの費用がかかっているのか、見当もつかない。
そんなことを考えていると、部室のドアが開いた。
現われた人は、エンジ色スカーフの3年生。身長は女子としては高めの愛美先輩よりさらに高い。先輩と双璧の美人だが、タイプは違う。暖かみのある美人の愛美先輩に対し、某歌劇団の男役のようなこの人は、まさしくクールビューティ。
「豊岡純《とよおか じゅん》だ。新入部員かい?」
「あ、城崎裕香です。あの……」
ルックスにふさわしく男っぽい口調で名乗った豊岡先輩に応えて立ち上がると、まだ入部を決めたわけじゃないと告げる前に、大股で近づいてきた彼女がひらひらと手を振った。
「ああ、堅苦しい挨拶はいいよ。あたし、こんな性格だからさ」
そしてそう言うと、ゆっくりとひとりがけチェアに腰を下ろした。
(なぜ……?)
男子のような口調と大胆な歩きかたに相反する慎重な座りかたに、わずかばかりの違和感を抱いたところで、今度は給湯室のドアが開いた。
「裕香さんは見学にきただけよ。純、脅かして帰したりしないでね」
お茶のセットを載せたトレイを手にした愛美先輩が、私の代わりに豊岡先輩に答えた。
「私としては、ぜひ入部していただきたいんだけど」
そして愛美先輩はテーブルの上にお茶のセットを並べながら、私を見てにっこり笑った。
3人でお茶を愉しんだあと、愛美先輩があらためて口を開いた。
「貞操帯……どんなものか、知ってる?」
知っていた。
たしか中世のヨーロッパ。十字軍で遠征するご主人が、留守のあいだ奥さんに浮気させないために着けさせたという――。
「うふふ……よく知ってるわね。でも現代の貞操帯は、その頃のものとまったく違うわ」
「えっ、貞操帯って、今でもあるんですか?」
「もちろんよ。当時のものは女性の性交を禁止するという一点に特化したものだった。でも現代の貞操帯は、肉体の貞操とともに、精神の貞操を守るためのものなの」
「精神の……貞操ですか?」
「ええ、将来できる好きな人のために。そのときまで純潔を守ろうとする女の子の誓いが、現代の貞操帯。そしてその貞操帯を着けて暮らす女の子の集まりが、貞操帯倶楽部」
「えええっ……?」
貞操帯倶楽部。それは貞操帯について研究する部活かと思っていた。思わず声をあげたのは、そうじゃなかったからである。
しかし愛美先輩は、私の驚きを、違う意味で受け取ったようだ。
「うふふ……貞操帯を着けて暮らすって、信じられない?」
もちろん、信じられなかった。
以前一度だけ見たことがある貞操帯は、博物館の拷問道具のコーナーに展示されていた。そしてその無骨な見ためは、拷問道具と呼ぶにふさわしいものだった。
しかし私がそのことを口にすると、愛美先輩は穏やかにほほ笑んで、首を横に振った。
「たしかに昔の貞操帯は、着ける女性の肉体的精神的負担にまったく配慮していないものだった。拷問道具に分類した学芸員さんの気持ちはよくわかるわ。でも現代の貞操帯は違う。1日24時間、毎日着け続けても、快適に暮らせるよう作られているの」
その言葉も、信じられなかった。
貞操を守るということは、性器を封印するということ。容易に脱げたりしないよう、鍵をかけるだろうし、簡単に壊したりできないよう、硬い金属で作られているだろう。
そんなものを穿いて、快適に暮らせるなんて――。
「見せてやったらどうだ?」
そこで、豊岡先輩が口を開いた。
「百聞は一見に如《し》かずと言うじゃないか。実際に見たら、一発でわかるぜ」
彼女らしい男子みたいな言葉使いで、愛美先輩に告げた。
「そうね……」
言われて、愛美先輩が立ち上がる。
「よく見てね、裕香さん」
そして制服のスカートの裾をつかんで、ゆっくりとたくし上げていく。
「ああ、恥ずかしいわ……」
その言葉を裏付けるように、愛美先輩の頬は朱に染まっている。
しかしなぜか、彼女の口角は上がっていた。恥ずかしいのに無理に笑っているわけじゃなく、逆に抑えようとしても抑えきれず、笑っているように見えた。
その表情の意味がわからないまま、愛美先輩のスカートがたくし上げられていく。
引き締まりつつも張りのある、白い太ももがあらわになっていく。
コクリ。
なぜか口中に溜まった唾を飲み込む音が、やけに大きく聞こえて焦ったところで、それが目に飛び込んできた。
ピカピカに磨きあげられ、黒いゴムのようなもので縁どりされた、輝く銀色の金属製の下着――。
「これが、私の貞操帯よ」
どこか熱を感じさせる声で告げられて、私はその装具から目を離すことができなかった。
「なんなら、あたしのも見せてやろうか? 愛美のと同じもんだけどな」
今にもガハハと高笑いしそうな調子で軽口を叩いた豊岡先輩を、スカートの裾を直して座り直した愛美先輩が、キッと睨んだ。
「おーこわ……」
その視線におののくふりをする豊岡先輩。
「まったく、貴女は……」
その態度にため息をつきつつも、愛美先輩が豊岡先輩を憎からず思っている気配が伝わってくる。
とんでもない美人という以外は、まったく共通点がない愛美先輩と豊岡先輩。おそらく本来なら、お互い馬が合わない関係だろう。
しかし、ふたりからは強い仲間意識のようなものを感じる。
それは、ふたりが同じ貞操帯を着けているからに違いない。
『でも現代の貞操帯は違う。1日24時間、毎日着け続けても、快適に暮らせるよう作られているの』
愛美先輩は断言したが、必ずしもそうではないだろう。
先輩の貞操帯は、見るからに堅牢そうな作りだった。
腰骨のいちばん出っ張っているところの少し上から、おへその数センチ下にかけて、微妙なカーブを描く横のベルトは、先輩の肌に密着していた。
その横ベルトにおへその下で組み合わされ、南京錠で施錠されたおしゃもじのような形の金属板も、みっちりと貼りついて股間を覆いつくしていた。
そしておしゃもじ形の金属板の上、横ベルトに留められた南京錠のすぐ下にもう1枚、無数に小さい穴が穿たれた金属板が、わずかに浮かせて同じ南京錠で取り付けられていた。
若い女の子が、これほど厳重に股間を封印されたまま暮らすのは、相応の苦労があるはずだ。
1年生のとき貞操帯倶楽部に入部してから貞操帯を着け始めたとして、以来2年と少し。共に同じ苦労をしてきたからこそ、愛美先輩と豊岡先輩には、強い仲間意識があるのだ。
(でも、そんな関係が羨ましい……)
正直、そうとも思う。
(貞操帯倶楽部に入部して……)
貞操帯を着けたら、素敵な愛美先輩と仲間意識を持てるんじゃないか。そう思わないでもない。
(だから……)
強く入部を勧められたら、首を縦に振ってしまうだろう。
しかし――。
「裕香さん、もう少しおしゃれしたら、もっとかわいくなるのに」
愛美先輩は入部を勧めることなく、話題を変えた。
「うんうん、あたしもそう思う。どこをどうしたらいいかは、さっぱりわからんけど」
愛美先輩が変えた話題に、豊岡先輩も乗っかってきた。
「簡単よ。たとえば……裕香さん、ちょっといい?」
そしてそう言って私を立たせると、愛美先輩が私の髪を後ろで束めていたゴムを外した。
「裕香さん、中学のときと同じように、髪を束ねてるでしょ?」
「あっ、ええ……はい」
「たぶん中学のときは校則で決められてたから、こうしていたんだろうけど……純、私のコスメポーチ取って」
「あいよー」
答えて豊岡先輩が取ってきたポーチから折りたたみのヘアブラシを取りだすと、解いた髪をとかし始めた。
(愛美先輩が、自分のブラシで私の髪をとかしてくれてる……)
そう思うだけで、ドキドキした。
ときおり先輩の指がうなじに、耳たぶに触れるたび、身体がビクンと跳ねそうになった。
「たとえば、こういうふうに束ねかたを変えてみれば……」
そんな私の気持ちを知ってから知らずか、愛美先輩がとかした髪をもう一度束ねていく。
前髪を下ろすぶんだけ残して左右均等に。もともと束ねていた位置よりずっと上で、左右に分けた髪をひとつずつ。
「校則であまり派手なものは使えないけど……」
そして束ねた髪を、制服のスカーフに似た濃い青のリボンで結ぶと、愛美先輩は私をロッカーの扉に設えられた鏡の前に立たせた。
「ほら、髪型ひとつで、ずいぶん雰囲気が変わるでしょう?」
そのとおりだった。耳より少し上で左右ひとつずつ、ふたつに分けて束ねた髪型――いわゆるツインテール――に変えただけで、見違えるほど華やかな雰囲気になっていた。
「あとはまつ毛をカールして、目をぱっちりした印象にして……先生に怒られない程度に、薄くリップも塗ったほうがいいわね。ほんとうは眉も少しだけカットしたほうがいいけど……そうだ!」
私の後ろに立ち、肩ごしに鏡を覗き込んでいた愛美先輩が、なにかを閃いたようにパンと手を打った。
「裕香さん、お小遣いに余裕はある?」
「えっ……はい。少しくらいなら」
「じゃあ、コスメの買い出しにいきましょう。純、あとのことは頼むわね」
「はいはい。泥舟に乗ったつもりで、かわいい後輩とデートしてきな」
「純、そこは泥舟じゃなくて大舟」
そして豊岡先輩と軽口を言い合うと、愛美先輩は私の背中を押すように、部室を後にした。
帰宅して、愛美先輩に見立ててもらったリップを塗り、愛美先輩が選んでくれたビューラーでまつ毛をカールして、鏡を見る。
『裕香さん、もう少しおしゃれしたら、もっとかわいくなるのに』
愛美先輩の言葉どおり、髪をツインテールにしただけで華やかな印象になった私の顔は、リップとまつ毛カールでかわいさが増していた。
「でも、愛美先輩の足下にも及ばないけどね」
ちょっとだけかわいくなったことで自惚れないよう自分に言い聞かせ、愛美先輩のことを思いだす。
「愛美先輩は……」
貞操帯を着けている。それは間違いない。この目で、先輩のスカートの下の貞操帯を見た。
「それなのに……」
愛美先輩は、硬い金属の下着を着けているとは思えないほど自然に、しとやかにふるまっていた。その所作は、あくまでたおやかだった。
『でも現代の貞操帯は違う。1日24時間、毎日着け続けても、快適に暮らせるよう作られているの』
そうなのだろうか。厳重に股間を封印されて暮らすには相応の苦労があるはずというのは私の杞憂で、ほんとうは愛美先輩が言ったとおりなのだろうか。
「だとしたら……」
貞操帯を着けてもいい。
いや、それで豊岡先輩のように、愛美先輩の『仲間』になれるなら、むしろ着けたい。
「でも……」
私の心は揺れていた。
貞操帯を着けるべきか。
貞操帯を着けると誓って、貞操帯倶楽部に入部するべきか。
家族揃ってごはんを食べているあいだも。お風呂に入っているあいだも。パジャマに着替えてベッドに潜り込んでからも。
どうするべきか決められず、明かりを消すと、やがて私は眠りに落ちた。