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こちらはSSつきイラスト『ヒトイヌ科3年3組の山田さんはおさんぽイヤイヤ中』の前日談的小説です。1年2組編が前編、2年3組編が後編となります。  三方を二千メートル級の急峻な山に囲まれ、南は海に向かって開けた小さな平野、そこに山之中集落がある。  いや、正確には『あった』というべきだろう。  気候は温暖。夏は南から海風が吹き、冬季は北風を高い山が遮る、暮らしやすい常春の土地。  しかし、いかんせん不便だった。  山を抜けて集落に向かう道は、細い林道が1本。しかも、ときおり崖崩れで不通になる。海はもともと遠浅の浜で、港には小型船しか接岸できない。  おまけに、これといった産業もなかったため、いつしか集落は無人となった。  その地に、全寮制の女子校、山之中学園ができた。  きわめて不便な土地に新しく女子学園が設立され、存続し続けているのは、他に類を見ない特殊な学科を持つからである。  それは、ヒトイヌ科とヒトイヌトレーナー科。  山之中学園は、将来ヒトイヌとして飼われたい女の子とヒトイヌを飼いたい女の子が、全国から一堂に集う場所なのだ。  その性質上、むしろ関係者以外の者が、学園に近づかない環境のほうがいい。  そんな山之中学園ヒトイヌ科に、山田華恵《やまだ はなえ》が入学した。  陸上部出身らしく、日焼けした小麦色の肌。部活を引退してからも続けてきたベリーショートの髪型。童顔に形を整えていない太くて短めの眉も相まって、制服に身を包んでいると、中学生にも見える。  一見フェティッシュな世界に無縁そうな華恵がヒトイヌを知ったのは、まだ陸上部の中距離選手として頑張っていた頃。  偶然見つけた動画に、衝撃を受けた。手足を折りたたんで拘束された女性が、肘と膝を使ってヨチヨチと歩く姿に、華恵は惹かれた。いつしか、自分もこうなりたいと思うようになった。  そしてヒトイヌの姿を求めてネットの海を泳ぐうち、山之中学園の存在を知った。  とはいえ、すぐに入学を決めたわけではない。ヒトイヌになりたいからヒトイヌ科に進学したいなどと、年頃の女の子が気軽に言い出せるわけがない。  だが華恵のような女の子のために、学園は巧妙な偽装を用意していた。  ヒトイヌに興味のある子には、ヒトイヌ科およびトレーナー科が目に止まるように。そうでない者には、都市から遠く離れた落ち着いた環境で、淑女教育を行なう全寮制女子学園の側面だけが見えるように。学園の存在は、巧妙に工作されていた。  そのため華恵の希望は、周囲にもすんなり受け入れられた。  そして、晴れて山之中学園ヒトイヌ科に入学。真新しい制服に身を包んで入学式に出席したあと、華恵は運命の女性《ひと》に出逢った。  河上楓《かわかみ かえで》が山之中学園ヒトイヌトレーナー科を志望したのは、華恵のようにヒトイヌに惹かれたからではなかった。  彼女が志望した理由は、そこが周囲から隔絶された環境にある全寮制の学園だから。  かつ表向き、伝統的な作法に則った淑女教育を標榜していたから。  とはいえ、淑女教育を受けたかったわけでもない。  ごく稀に学園の偽装に騙され、良家の子女が入学を希望してくることがあるが、そのような子は面接で落とされる。  入学できたという時点で、楓は学園の本性を知っていた。  透き通るような白い肌。長いストレートの黒髪。見る者に理知的な印象を与える相貌。一見旧家の令嬢然とした楓だが、正真正銘のお嬢さまというわけではなかった。  娘のことには興味がないくせに、世間体だけは気にする親の元を離れるために、楓は学園の表の顔を言い訳として利用したのだ。  楓の祖父は、一代で財を成した大立者である。  彼は還暦を過ぎて一線を引くにあたり、事業を実子に継承させななかった。代わりに直系の身内すべてに財産を生前贈与した。  それにより、派手に散財しなければ一生食べていける程度の財産を、楓も受け取った。  ただし、彼女が受け取った財産を自由に使えるのは成人してから。それまでは、祖父の顧問弁護士が認めた目的以外には支出されない。  全寮制の女子学園への進学は、その名目としても恰好のものだった。  親元を離れるための隠れ蓑として、かつ成人して財産を受け取るまでの期間を静かに過ごす場所として、楓は山之中学園を選んだのだ。  そうして大した希望も抱かず学園に進んだ楓が、入学式のあと運命の出逢いを果たした。  山之中学園では、ヒトイヌ科とヒトイヌトレーナー科の学園生の数がほぼ同じになるよう、新入生の数を揃えている。  ひとりに1頭、トレーナー科の学園生がヒトイヌ科の者の飼育係として担当し、実践的に訓練するためだ。  もちろん、ヒトイヌと飼育係にも相性がある。はじめ相性がいいと思っても、ペアで活動するうち、そうではなかったと気づくこともある。  また、どちらかが卒業まで耐えられず、途中で脱落することもある。特に肉体的精神的にきついヒトイヌ科には、トレーナー科より脱落者が多い。  ゆえに、学園には教師を兼ねた専属トレーナーと学園所有のヒトイヌもいて、相方を失った学園生の訓練を手助けする制度もある。  とはいえ、学園生どうしでペアを組むとが基本方針。  2学期制の1学期ごと、つまり1年に2回担当するヒトイヌと飼育係を指名しなおす機会はあるが、トレーナー科の学園生がヒトイヌ科の同級生を担当飼育する制度は揺るがない。  もちろん、それは1年生の1学期から。  そのため入学式のあと、ヒトイヌ科とトレーナー科の新入生の顔合わせが行なわれる。それぞれ担当ヒトイヌと飼育係候補に目をつけ、初期研修ののち指名をするのだ。  その顔合わせの席で、華恵はひとりの学園生を見つけた。  地元の公立校では、他校を含めて陸上部では、ついぞ見かけなかった色白の清楚そうな美少女。 (なんて綺麗な女性《ひと》……)  ひと目見て、そう感じた。  ほかのトレーナー科学園生が、ギラギラした目つきで品定めするように自分たちを見るなか、どこか冷めた視線でヒトイヌ科の列を眺める理知的な表情に惹かれた。  惹かれて彼女だけを見つめるうち、その人と目が合った。  ドキッとしつつも、視線を外すことはできなかった。いや、外したくなかった。 (この女性に……)  飼われたい。  ヒトイヌに憧れる性向の部分でそう思った。 (きっと、あたしは……)  この女性に飼われるのだ。  視線を絡ませ合ううち、華恵は本能的にそう考えていた。  ほかの新入生と違い、楓はヒトイヌに強い興味を持っていない。  彼女にとって学園は、成人までの期間を静かに過ごすための、いわばシェルターのような存在でしかなかった。  だから顔合わせの席でも、トレーナー科の同級生のように、ヒトイヌ科の学園生を舐めまわすように見たりしなかった。  残り者とペアになってもいいし、なんなら新入生の誰も指名せず、学園所有のヒトイヌと組んでもいいとすら考えていた。  そんなとき、自分を見つめる視線を感じた。  そちらに目を向けると、ひとりの娘と目が合った。  小麦色に日焼けした、ベリーショートのスポーツ少女。童顔なことと相まって、中学生だと言われても疑わないだろう。  楓に熱い視線を向けていたその娘が、目が合った瞬間、驚いたように一瞬目を見開いた。  しかし視線を逸らしたりはせず、じっと楓を見つめ続けた。 (この子、かわいい……)  そう感じて、楓も視線を外せなくなった。 (この子なら……)  ペアを組みたいと、ヒトイヌとして飼育してもいいと思った。 (きっと、私は……)  この少女を指名し、飼育係になるべき。  視線を絡ませ合いながら、理性の部分で――少なくとも自分が理性的だと判断しながら――楓はそう考えていた。  そして、2週間。  初期研修を経て華恵がヒトイヌとして飼われる基礎を、楓がヒトイヌを飼う基本を身につけたあと、ふたりはお互いを指名してペアになった。  山之中学園の朝は早い。  始業時間はふつうの学校と変わらないが、それまでにヒトイヌの設えを整えなくてはならないから。  おまけに寮から校舎まで、ヒトイヌ科の者は手足を折りたたんで拘束され、肘と膝を使って四つん這いで歩かなくてはならない。  トレーナー科の学園生は、不自由なヒトイヌのリードを取り、寄り添って連れてこなければいけない。  それでも2年生3年生ともなれば、トレーナー科の学園生は設えに慣れるし、ヒトイヌ科の者も歩行に馴らされてくる。そのぶん時間も短縮されるが、1年生はそうはいかない。  ヒトイヌの装具は、ただ身体に着ければいいというものではないのだ。 「おはよう、山田さん」  楓が声をかけて扉を開けると、華恵はすでに衣服を脱いで待っていた。もちろん、ヒトイヌの設えを整えるためである。  はじめ、扉を開けていきなり全裸を見せられ、正直びっくりした。  だが、華恵に羞恥心が足りないせいではないと、すぐわかった。  時間のない朝、いかに楓に手間と時間をかけさせないかを考え、彼女なりにそうしたほうがいいと判断したのだ。  その証拠に、華恵は今も制服姿の楓に裸身を曝す恥ずかしさに、頬を朱に染め身体をこわばらせている。  それでも胸と股間を隠そうとしないのは、ヒトイヌは飼育係のトレーナーにすべてを明かし、身を委ねなくてはならないから。  違反することが許されない校則で、厳格にそう定められているから。  華恵は羞恥にうち震えながら、設えの準備をする楓を待っている。  その初々しく、愛らしいさまを横目で見ながら、楓はわざとゆっくり準備する。  トレーナー科学園生用の半分ほどの広さしかない、通称『犬小屋』と呼ばれる狭い部屋。  入学式で着ていた制服や私物のほとんどを学園に預け、衣類は部屋着代わりの体操着と下着しかない部屋のほぼ半分を占める棚から、ヒトイヌ装具一式を取り出し、華恵の前に並べる。  そのなかから、楓が最初の装具を手に取った。  ウエストから上が白、そこから下が紺色の、光沢ある全身スーツ。ラバーのような質感だが、最低限の通気性と、ラバー同様の伸縮性がある新素材である。  そのスーツには、ファスナーが4箇所。ひとつは、背中の着脱用のもの。もうひとつは、任意の位置に開口が作れるよう、スライダーがふたつ取りつけられた股間のもの。さらに胸の左右にも、短いファスナーがふたつある。  お尻のすぐ上までの背中ファスナーを開き、開口部をくつろげながら、楓が華恵の足元にしゃがみ込んだ。 「私の肩につかまって」  楓が告げたのは、スーツ着用時の安全のため規定された、学園の校則に則ってのことである。  元陸上部のアスリートの華恵は、優れたバランス感覚を持っている。一般人ならスーツに足を通すため片足を上げるとき、バランスを崩して転倒する恐れがあるが、華恵にはその心配はない。 「はい」  にもかかわらず、そう答えて華恵は楓の肩に手を置いた。  厳格に定められた拘束に従って。  加えて、ヒトイヌに仕立てられる華恵が人として楓に触れられるのは、そのタイミングしかないから。  ヒトイヌに憧れて学園に入学した華恵だが、今は同じくらい楓にも惹かれている。  好きな女性《ひと》に触れたいと思うのは、年頃の女の子としては当然の感覚だ。  そしてそれは、楓も同じ。いや華恵と違ってヒトイヌへの思いがないぶん、楓のほうがその思いは強いかもしれない。 (できることなら……)  華恵と手をつないで、寮から校舎まで歩きたい。  他人行儀に姓ではなく、『華恵』と名前で呼びたい。  だが、それもできないことだった。  トレーナー科の学園生は、担当するヒトイヌ科の者をニックネームや下の名ではなく姓で呼ばなくてはならないと、学園の校則で定められているのだ。 (ヒトイヌと飼育係が親しくなりすぎることで、調教に手心を加えないようにとの配慮はわかるけれど……)  ヒトイヌへの思いが強くない楓には、いくばくかの不満はある。  とはいえ、今は集中しなければならない。考えごとをしながら装具を適切に装着できるほど、楓はヒトイヌの設えに習熟していない。  そう考え直し、両足を納めさせたあと腰のあたりまでスーツを持ち上げ、それをいったん華恵自身に持たせる。  ウエストから下が紺色のスーツの、そこだけ白いソックス部分、その先端に華恵のつま先がきちんと収まり、踵の位置も合っていることを確認する。  それから脛、膝、太ももと、下から上に撫で擦るように、引き締まった華恵の脚に貼りつくスーツを引っ張りながら引き上げていく。  華恵の実寸よりわずかずつ小さく作られたスーツを着せるのは、いつも苦労する。  だがそれもまた、ヒトイヌの作法なのだ。ヒトイヌ装具のスーツは、それを着る者の肌にぴっちりと密着し、わずかに締めつけていないといけないのだ。  被装着者が、ヒトイヌ装具を身につけていることを自覚するように。  初期研修で教えられたことを思いだしながら、黙々と作業を繰り返す。  そして制服の下にうっすら汗をかき始めたところで、ファスナーで開閉できるスーツのマチ部分が、華恵の股間にぴったり張りついた。 「ふぅ……」  と小さく息を吐いて立ち上がるが、いまだスーツ着用は半ば。  立ち上がって彼女が腰のあたりで持っていた、スーツ上半身部分の塊をつかむ。そして広げて持ち上げながら、華恵に腕を入れさせる。  ベルトが取りつけられたミトン一体の袖の先端に、華恵の指がきちんと納まったことを確認し、脚のときと同じように撫で擦る。  そうして腕にもぴっちりと素材が貼りついたところで、肩もスーツに納める。  それから背後に回り込み、スーツの開口部をぐいぐい後ろに引っ張りながら、ファスナーを閉じていく。  そのスライダーすべてに、つまみの下に小さな鍵穴がある。その鍵をあらかじめかけておけば、上げることはできても下げることはできない。つまり、楓が所持する鍵なしには、閉じられても開けられない一方通行の仕様である。  華恵の手指はベルトつきミトンに閉じ込められ、なにもつまめない。そもそも自力でファスナーを開けられず、己の意思ではスーツを脱げない状態。  にもかかわらず、鍵つきファスナーが採用されているのは、ヒトイヌのスーツを脱がす権利を持つのは担当トレーナーだけだから。緊急時のために学園管理のスペアキーはあるが、それは厳重に管理され、関係者以外が手にすることはできない。  そんな残酷な仕様のファスナーが閉じきられ、スーツの着用がようやく完了した。  とはいえ、ヒトイヌ装具のうち、まだ最初のものを着けただけ。 「きついところ、痛いところはない?」 「はい、へいきです」  言い合ってスーツが問題なく着付けられたことを確認してから、楓がふたつめの装具を手に取った。  華恵が着せられた、いや楓が着付けてくれた学園指定のヒトイヌ用スーツはきつい。  肌にみっちりと貼りつくだけではなく、全身を締めつけてくる。  とはいえ、きついのはスーツだけではない。それ以上にきつく苦しい装具が、まだまだ残っていた。  そのうちのひとつを手に、楓が華恵の背後に立つ。  胸の下からおへその下までを覆うぶ厚い帯、ヒトイヌ用コルセットである。  左右に3本、下端に1本、四隅にもバックルつきベルトが取りつけられたそれが、華恵のお腹に巻きつけられる。  楓の装着を助けるため、ミトンの手でわき腹のあたりでコルセットを押さえて視線を落とすと、コルセット正面に貼りつけられた、クラスと苗字がプリントされたゼッケンが目に入った。  『1-2』、改行して『山田』。  みじめなヒトイヌの所属と名前を明らかにする、残酷なしかけ。  とはいえ、それが貼られているのは華恵のお腹。このあと手足を折りたたんで拘束され、四つん這いになれば見えなくなる。  つまり、ヒトイヌの正体を明らかにしたくなければ、四肢を使って這い続けなければならない。所属と名前を隠しておきたければ、犬の姿勢をとり続けなければいけないということ。  学園指定ヒトイヌ装具に施されたしかけを華恵があらためて痛感していると、コルセットのベルトが締められた。  まずは3段並んだもののうち、一番上のベルト。続いて真ん中、一番下。3本のベルトをいったん留めてから、さらにひとコマずつ増し締め。 「うッ……」  うめいて苦悶しながら3本のベルトをきつく締め込まれると、華恵のウエストは、自分のものではないと思えるほど細く矯正されていた。 「脚を開いて」  そこで楓が命じたのは、コルセット下端に取りつけられた、股間ベルトを締めるためだ。 「はい」  素直に答えて従った華恵の脚のあいだから、楓がぶら下がっていたベルトをつかむ。  それを股間にみっちりと這わせながら、お尻の上でベルトを締める。  スーツごしにベルトが女の子の敏感な場所に食い込み、ジーンと妖しい感覚が広がった。 「は、ふ……」  それで思わず漏らしてしまった吐息を気に留めず、楓はバックルの爪に南京錠をかけていく。  カチリ、カチリ……。  それにしても、楓のヒトイヌ装具装着には容赦がない。  きつく締め込まれたコルセットは、胸郭の下半分を固めるように動きを制限し、深く大きく息を吸い込むことが難しい。 (でも……)  それがいい。  楓がしてくれることだから、お腹と呼吸の苦しさも、彼女の腕で抱きしめられているように思える。  そして、容赦なく装着されるのは、コルセットだけではない。  犬の証たる装具――首輪も、首が閉まる寸前まできつく締め込まれてしまった。  もちろん、そのベルトも施錠される。華恵自身には外しようがないのに、楓以外の者に手が出せぬよう、きっちりと鍵をかけられる。  そして、いよいよ手足の拘束。  それにも、学園指定のやり方があった。  被装着者があお向けに寝て、折りたたんだ脚にヒトイヌ拘束具を被せて嵌める。そののちトレーナーが手伝って身体を起こし、膝をついた蹲踞の姿勢で腕を拘束する。  学園がそう指定している理由は、装着中に倒れたりする恐れがなく、より安全だから。  加えて、あお向け寝は犬にとっては降参と服従のポーズ。またそれは、結果的にM字開脚で身体の前面すべてをトレーナーに曝け出すことになり、人しても恥ずかしく屈辱的なポーズ。  もっと効率的なやり方はあるのだが、装着過程でもヒトイヌとしての自覚を植えつけるため、学園はあえてその方法を指定していた。  装着方法までも指定する校則に則り、華恵の脚が拘束される。  まずは右。折りたたんだ脚に、三角形の袋状拘束具が被せられた。  その素材は、スーツと同じもの。ただし、厚さは倍以上。そのぶん、伸縮性はない。  そんな拘束具で折りたたんだ脚をけっして伸ばせないよう拘束するため、設えられているのが編み上げ紐だ。  身体の外側のそれを、楓が締めあげていく。  キュッ、キュッと締められるたび、太ももの裏とふくらはぎが密着していく。スーツごしに肉が肉に押しつけられ、脚の自由が奪われていく。  そこでも、楓は容赦ない。  脚の自由を完全に奪うようきつく、厳しく。かつ血流を阻害したり神経を傷めたりしないギリギリのところを狙って。  はじめの頃はきつすぎて途中で緩めてもらうこともあったが、今はそんなことはない。楓はもう、華恵の限界を的確に知っている。  それで終業までなんとか耐えられるきつさで編み上げ紐をを締められ、最後は拘束具の上端のベルトを、結びめを覆うように締め込む。  さらに左にも同じようにヒトイヌ拘束具が嵌められ、華恵の両脚は犬の後ろ脚に変えられた。  そこで、楓に手伝ってもらいながら身体を起こす。  一般的な女の子なら、独力で膝をついた蹲踞の姿勢を取るのは困難。体勢変換に際しトレーナーが介助するよう校則で定められているのは、そのためだ。  とはいえ、身体能力に優れた華恵なら、ひとりでもなんとか起きられる。  それでも甘んじて介助を受けるのは、楓に触れてもらうこと自体が、今はもう華恵の悦びだから。もし校則で定められていなかったとしても、華恵は楓の介助を喜んで受けていただろう。  華恵がそれほどまでに楓を慕うのは、ただ初対面で惹かれたからだけではない。  まだ短い期間ではあっても、楓の手で拘束され、ヒトイヌに仕立てられることの虜になっていたのだ。  だからヒトイヌの設えを整えられながら、身体の自由を奪われながら、華恵は拘束そのものに酔わされていく。  折りたたんだ腕に拘束具を被せられ、脚のときと同じように編み上げを締めあげられながら。 「はふ、はふ、はふ……」  口を緩く開き、熱い吐息を漏らす。  編み上げ紐の結びめの上にベルトを締め上げられ、太めの短い眉をハの字に歪める。  中学生にも間違われかねない日焼けした童顔が、官能の色に染まっていく。  そのあいだに、スーツのミトン先端と脚の拘束具のお尻側のベルトが、コルセットの四隅のバックルに留められた。  そこで、楓が新たな装具を手にした。  シリコーンゴムの皮膜がかけられた金属製リングに、複雑なベルトが組み合わされた顔の装具である。  楓がその金属リングを、華恵の眼前にかざした。 「山田さん、アーンして」  言われて口を大きく開くと、リング部分が口中に押し込まれた。 「ぁう……」  シリコーンゴム巻きの金属リングがガッチリと歯を捕らえ、口を閉じられなくなる。  開口状態を固定するため、頭の後ろでベルトを留められる。  それだけで、華恵の口の自由を奪われた。  だが、顔と頭の拘束は終わらない。  鼻の横を通り頭頂部を経て後頭部に達する逆Y字の縦ベルト、顎の下を締めるベルト、側頭部の犬耳ふう飾りつきベルトが次々と締められた。  それから後頭部で主要なベルトが施錠され、顔の拘束が終了。これ以降、終業後寮に戻るまで、華恵は人の言葉を喋れなくなった。  加えて、華恵は固形物を食べることもできない。手足の自由も使えないから、水も自由に飲めない。流動食の食餌も水分補給も、飼育係たる楓に委ねるしかない。  生殺与奪の権利すら楓に握られた華恵の首輪の金具に、ラミネートコーティングされた身分証がぶら下げられる。  さらに、金属製リングにリードがつながれる。  そこで、楓が声をかけた。 「装具が締まりすぎたりしていない?」  その言葉にうなずくと、再び楓に抱きしめられた。  それは、華恵に四つん這いの姿勢を取らせるため。  しかしその介助の行為ですら、華恵は蕩けそうになってしまう。 「はふ、はふ、はふ……」  閉じられなくなった口から、ほんものの犬のように舌をてろんと出し、吐息を漏らす。  肘と膝をついた四つん這いの姿勢になっても、体重を支える部位への負担は最小限。  それはヒトイヌ拘束具の先端、肘と膝に当たる部位に、クッション材が仕込まれているから。加えてその厚みを変えることで、必要以上に身体が前屈みになることが防がれている。  その状態で、リードを握った楓が、ヒトイヌ華恵の横に立った。  ヒトイヌ華恵はかわいい。人だったときもかわいかったが、ヒトイヌ状態だともっとかわいい。  楓は、心の底からそう思う。  もともとヒトイヌに興味はなかったが、ヒトイヌ華恵だけは別だ。  楓がそう思うほど今の華恵が愛らしいのは、学園指定ヒトイヌ装具のデザインにもよるのだろう。  スーツは上半身が白、足首から下の白以外、下半身は紺色。クラスと苗字がゼッケンのようにプリントされたコルセットも、ウエストの少し下で白と紺に色分けされている。  さらに手足を折りたたんで拘束する拘束具が肌色であることも相まって、半袖シャツとハーフパンツの体操服のように見える。  それが、ボーイッシュな童顔の華恵によく似合っているのだ。 (ほんとうは……)  愛らしいヒトイヌ華恵を眺めていたい。愛玩犬のように、全身を撫で回してやりたい。 (でも……)  もう、時間がない。  後ろ髪を引かれる思いでオプションのヒトイヌ装具――それらは躾の懲罰や調教用で、今はまだ使われない――を詰め込んだリュック式の指定鞄を背負い、華恵のリードを取った。  楓にリードを取られ、肘と膝を使ってヨチヨチと歩く。  手足を折りたたんで拘束されているだけじゃなく、ミトン先端と脚の拘束具のベルトを背中側でコルセットにつながれているから、その動きも制限されている。  そのせいで、歩幅は15センチから20センチといったところか。もっとも、動きが制限されていなくても、その程度の歩幅でしか歩けないだろう。  優れた身体能力を持つ華恵をもってしても、それほどまでに肘と膝を使っての四足歩行は困難だ。  おまけに、暑い。  ヒトイヌ装具のデザインのせいで、華恵は一見半袖シャツとハーフパンツの体操服を着ているように見える。  だが実際は、かいた汗がスーツ内に溜まらない程度の最低限の通気性はあるものの、華恵の首から下はラバー質の特殊素材で覆いつくされているのだ。  季節はいまだ春から初夏に差しかかる頃。山之中学園は常春の地にあり、他地域ほど気温は上がらないとはいえ、真夏になったらどれだけ暑くなるのだろう。  いや、ただ暑いのではない。  いまだ何者も侵入したことのない、オンナの肉が熱いのだ。  願望が叶いヒトイヌにされた高揚。愛しい楓にリードを握ってもらえる昂ぶり。加えて、きつく締め込まれた股間ベルトの刺激。  それらが渾然一体となり、未経験の華恵の幼い肉を火照らせていた。  とはいえ現在の華恵は、そのことを気に留めていられる状況になかった。 「はッ、はッ、はッ……」  顔の拘束具で開口を強制された口から下をてろんと出したまま、浅く短い呼吸を繰り返す。 「はッ、はッ、はッ……」  深く息を吸い込められればいくぶん楽だろうが、きついコルセットで胸郭の下半分まで矯正され、それも不可能。 「はッ、はッ、はッ……」  開きっぱなしの口から垂れ流しの涎を、恥ずかしがる余裕もない。  そんな状態で、寮の建物を出て外へ。  そこから校舎までは、地方の田舎町を模して造成された通りが続く。  それがかなり凝った作りだから、ほんとうに町中を犬として散歩させられているように感じる。  とはいえ、垂れ続ける涎同様、羞恥心を抱けるだけの精神的ゆとりはない。  憐れでみじめなヒトイヌ姿の華恵は、ヨチヨチと四足歩行することで精いっぱい。  そのうえ、ここには華恵以外にも同じ格好同じ状態のヒトイヌがいる。自分だけじゃないという思いが、恥じる気持ちにフィルターをかける。  さらに、大勢のヒトイヌのなかには、同級生だけじゃなく先輩もいる。というよりむしろ、先輩のほうが多い。  身体能力は抜群の華恵だが、いまだ肘と膝を使っての四足歩行に習熟したとは言いがたい。対して、ヒトイヌの歩行に慣れた先輩のなかには、華恵よりずっと速く歩く者もいる。  そして、華恵はアスリート、競技者だ。現在はいちヒトイヌにすぎない存在だが、いまだ現役当時の負けん気は残っている。  アスリートとしての気質が顔を出し、自分を追い抜いた先輩を追いかけようとしたときである。 「山田さん、待て」  楓の声がきこえた。  彼女の命令に即座に反応、歩みを止め、脚は正座で肘だけを地面についた『待て』の姿勢を取る。  すると楓は、首輪のリードを手にしたまま前方に回り込み、華恵の前にしゃがみ込んだ。  そして、顔の拘束具のベルトがかかる頬に手を当て、穏やかにほほ笑んだ。 「焦らなくていいんだよ、山田さん。ふたりで一緒に、ゆっくり成長していこう」  言われて、ハッとした。  たしかに、自分は焦っていたのかもしれない。  早くヒトイヌとして一人前、いや一犬前になりたくて、経験値が違う先輩についていこうとした。  そんな華恵の気持ちを、楓は見抜いていた。  そのうえで、無理をしないよう優しく諭してくれた。  そのことが無性に嬉しくなり、華恵は目を細めてうなずいた。  自分たちを追い抜いた先輩を、華恵が追いかけようとしていることはすぐわかった。  それが彼女に染みついたアスリートの気質によるものだとも理解した。  だが、華恵はもうアスリートではない。  そもそも、これはレースではない。  ただ、登校しているだけ。競走で疲れ果ててしまうと、華恵は今日1日のヒトイヌ生活に耐えられなくなる。  そう考えて、楓は命じた。 「山田さん、待て」  その指示に、華恵は迷うことなく従った。  即座に足を止め、『待て』の姿勢を取った。  正直、それからのことは考えていなかった。ただ、追いかけるのをやめさせようとしただけだった。  だが、考えるまでもなく、身体が動いていた。  リードを手にしたまま華恵の前に回り込み、しゃがんで頬に手を当てると、自然とほほ笑みを浮かべていた。 「焦らなくていいんだよ、山田さん。ふたりで一緒に、ゆっくり成長していこう」  その言葉もまた、楓の内面から湧いてきたものだった。 (たぶん、これは……)  楓自身の素直な気持ちだ。  ヒトイヌに興味がなかった楓が、ヒトイヌになりたくてなった華恵と、一緒に成長していきたいと思うようになっていたのだ。 (そして、きっと……)  華恵も、同じ気持ちでいてくれる。  愛らしいヒトイヌが目を細めてうなずくさまを見ながら、楓はそう感じていた。

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