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ポニー学園物語 2.ポニーの装備 「本格的な調教に入る前に、まずはポニーの装備に馴れてもらうわ」  夕食のスープがミルクに変わっただけの粗末な朝食のあと、牧童が運んできた革の山を前に、藤島調教師が宣言した。 「まずは、コルセットよ」  そしてそう言って手にとったのは、ふたつの金属製リングが設えられ、真ん中を編み上げ紐で繋がれた革の板。板と見えたのは、実物のコルセットを見たのが初めてのうえ、素材の革自体がぶ厚く、内部に十数本のボーン(芯材)が仕込まれ、縦方向にはほとんど曲がらないからだ。 「両手を上げなさい」  命じられて素直に従うと、正面から胴に抱きつくように、腕を回された。  整髪料のものか、シャンプーなのか、目の前に迫った藤島調教師の髪の香りにまたドキドキしながら、コルセットを胴に巻きつけられる。  すると予想外に、真ん中の編み上げ紐は背中側だった。 「そうね。本格的なコルセットを見たことがない子は、編み上げが前にくると思ってるみたいね」  私がそのことを口にすると、藤島調教師が前側で金具――バスクというらしい――を閉じながら、口を開いた。 「でも、思った疑問を、初日から調教師に訊ねる子は珍しいわ」  それはおそらく、私の性格だ。そしてそれ以上に、陸上部のコーチが、そういう指導をしてくれたからだ。 「す、すみません。差し出がましいことを言って……」  とはいえ、あまり誰もしないという質問をしてしまったことを反省すると、バスクを留め終わった藤島調教師が立ち上がってにっこり笑った。 「いいえ。ポニーと調教師は、まずは許される範囲内でなんでも言い合える関係を作らないといけない。ふつうは何カ月も、場合によっては何年もかけてそういう関係を築くのだけど……ミワ号は初日から私に気兼ねなく訊ねた。おまえとはいい関係になれそうね」  そう言われて、なぜか嬉しくなった。  騙され、強制的に連行され、力ずくでポニーガールに堕とされたのに。ほんとうなら藤島調教師は憎むべき相手なのに。  そのときの私は、心から嬉しいと思った。  それは、私が県内トップレベルの陸上部に所属し、厳しい練習に耐え――いや耐えるという意識すらなく、厳しい環境に身を置いてきたから。上下関係を意識しつつ、指導者を信頼し、身を委ねることに馴れていたから。  そして、そんな私の経歴や性格を把握したうえで、一番効果的な方法で精神を掌握することこそ、藤島調教師の手練手管。  そのことに気づけないまま、陸上部のコーチを信頼したように、私は藤島調教師に惹かれていく。惹かれながら、かつて短距離選手になることを受け入れたように、わずかな時間でポニーになることを受け入れさせられていく。 「コルセットを締めるから、その柱に手をつきなさい」  信頼し始め、惹かれ始めた藤島調教師の言葉に従うと、コルセットの締めあげが始まった。  まず、ギューッとひと締め。コルセットの革がお腹に密着したところで、位置を直してもう一度。  ぶ厚い革にお腹を締めつけられて苦しい。でも耐えられないほどじゃない。 「英語の『トレーニング』。日本語ではスポーツの練習という意味で使われることが多いけれど、本来の意味は訓練、あるいは調教。そしてコルセットトレーニングという言葉があるように、コルセットを締め込んでいくことは、訓練でもあり調教でもあるの」  さらにひと締めされる頃には、その言葉が正しいと思えるほど、締めつけがきつくなってきた。 「とはいえ、筋肉質でウエストに脂肪が少ないミワ号には、あまり締めしろがないようね。初日の締め込みは、これくらいにしておきましょう」  藤島調教師が締めあげた編み上げ紐をキュッと結ぶ頃には、これが毎日続くと思うだけで気が滅入りそうなほど、ウエストの締めつけは厳しいものになっていた。  そしてウエストと同じくらいきつく胸郭下部を圧迫され、胸を膨らませて呼吸しにくい。さらにぶ厚い革と仕込まれた十数本の頑丈なボーンのせいで、肉体が窮屈な型にはめられたように、上半身の動きが制限されている。 「ハイヒールを履いたことは?」 「ありません」 「それなら、本格的なポニーブーツは、ハイヒールに馴れてからにしましょう」  コルセットがもたらす私の苦しみを気に留めず、藤島調教師が次に手に取ったのは、ウエッジソール(踵一体型の底が平らなハイヒール)のポニーブーツだった。 「ほんとうのポニーブーツはもっと高く、かつ踵部分のない、きわめて不安定なものだけど、ミワ号がポニーの基本歩法を身につけるまでは、歩きやすい練習用ポニーブーツを使うわ」  とはいえ、用意されたブーツは、私にとっては充分ハイヒールだった。  おまけにつま先部分は、のちに知る本格的ポニーブーツと同じように、馬の蹄をかたどるために変形したもの。おそらく、一般的なウエッジソールのブーツより歩きにくい。 「私の肩につかまりなさい」  ブーツを履かせるに際して藤島調教師そう言ったのは、それゆえだろう。 「はい」  そう判断して素直に従い、上半身を屈めて肩に手を置こうとして。 「うッ!?」  お腹と胸をコルセットに圧迫された。 「わかった? コルセットはただ、ウエストを細くするだけの装具ではない。常に背すじを伸ばし、美しい姿勢を保つよう促す装具でもあるのよ」  そのことを身をもって理解し、背すじを伸ばしたまま、膝をわずかに折って藤島調教師の肩に手を置き、中身がなくても自立しているほど革がぶ厚いブーツの筒に足を差し込む。  ブーツの革は、ひんやり冷たかった。同時にわずかに湿りけを感じるほど、しっとりと柔らかかった。 (きっと、高くていい革なんだろうな……)  革製品なんてほとんど持っていない私でもわかるほど、高級な革の突き当たりまで足を差し入れたところで、筒のファスナーを引き上げられる。  ジーッとわずかに音を立ててファスナーが閉じられるにつれ、脚が革に閉じ込められていく。  コルセットのときは、きつすぎる締めつけのほうに気を取られていたが、革の装具の閉じ込められ感はすごい。  それはおそらく、つま先からふくらはぎに至るまで、ブーツのどこにも緩んだところや、締めつけがきつすぎる箇所がないからだろう。  私のサイズを詳細に測定してオーダーしたものでもないのに、ここまでフィットしたものを用意できるのは、あらゆるサイズの装具が準備されているからだろうか。そしてそのなかから、私にピッタリのものを選べる藤島調教師の眼力は、どれほど優れているのだろうか。  あらためて馬飼野女子学園の奥深さ、藤島調教師の力量を思い知らされたところで、ブーツの装着が終わった。  いざ履いてみると、練習用ポニーブーツは予想外に快適だった。ハイヒールとはいえ、ウエッジソールで比較的安定感があるのと、ぶ厚い高級革が、足首をホールドしてくれるからだろう。  そんなことを考えていると、藤島調教師が、次の装具を手に取った。 「次は、これ……」  それは、底辺部分が開口した二等辺三角形の革袋の開口部分に、ベルトが取り付けられた装具だった。 「アームバインダー。腕の拘束具よ」  その言葉で、昨日見たポニーガールが、袋状の拘束具に腕を閉じ込められていたのを思い出した。 「腕を背中に。手のひらどうしをくっつけて、指先までまっすぐに揃えなさい。胸を反らせ、肩を後ろにすぼめるように。理想は左右の肘をくっつけるような……」  そして言われたとおりにすると、藤島調教師が感嘆の声をあげた。 「すごいわ、ミワ号。素で左右の肘どうしがくっつくなんて、関節が柔らかいのね。さすがは一流のアスリートといったところかしら」  そうなのだろうか。よくわからないが、たしかに私はスムースに腕を振るため、上半身の柔軟性も鍛えている。 「自力で肘どうしをくっつけられるなら、一番タイトなタイトなアームバインダーでもフルクローズできそうね」  そう言って藤島調教師が持ち替えたアームバインダーを見ると、二等辺三角形の底辺から頂点にかけて、コルセットと同じような編み上げが設えられていた。  つまり、フルクローズというのは、編み上げ紐を全部閉じきるということだろうか。 「そうよ。編み上げが設えられた拘束具がフルクローズしているのは、ポニーがよく訓練されている証。ポニーにとってひとつの勲章になるの。おまえは初日から、その勲章を手に入れるというわけ」  そう告げられ、なぜか誇らしい気持ちになったところで、アームバインダーの装着が始まった。  背中で揃えた腕を、革の袋に収められる。 「アームバインダーは、ただ腕を拘束するだけの拘束具ではない……」  そう言われたとき、指先が革袋の突き当たりに当たった。 「拘束からの脱出、いわゆる縄抜けをするためには、指が使えることが肝要……」  そう言いながら、革袋に設えられていたベルトを、左の腋から胸にかけられ、右肩に回された。 「でも指先まで一体のアームバインダーで拘束されてしまうと、その指がまったく使えなくなる」  革袋の中で指を動かしてみて、そのとおりだと感じたところで、背中でバックルに留められた。 「そしてアームバインダーから逃れるためには、このベルトを外さないといけないんだけど、いったん拘束されてしまうと、バックルに手は届かない」  まさしくそうだと思ったところで、反対側のベルト。右腋から左肩、最初のベルトと胸で交差させて、また背中の高い位置で留められる。 「仮に届いても、指が使えないからバックルは外せない。そして、後ろの編み上げをフルクローズしてしまうと……」  言われながら下から編み上げ紐を締め上げられる。  キュッキュッと革と革紐が擦れ合う音をたてながら、腕の締めつけがせり上がってくる。  コルセットのときとの違いは、締めあげに容赦がないこと。最初からのフルクローズを目指し、きつく固く編み上げを締められるほど、手首が、肘が、腕全体が、アームバインダーに囚われていく。  そして最後に閉じきった編み上げ紐を固く結ばれると、フルクローズされるとどうなるのか、身をもって思い知らされた。  腕が、動かないのだ。いや腕だけじゃなく上半身全体が、胸を反らせ、肩を背中側にすぼめ、肘と肘をくっつけた姿勢で、固められたように動かせない。 「腕を上に持ち上げてみなさい」  そう言われて力を込めても、腕はピクリと震えただけだった。背中側で見えないため正確にはわからないが、おそらく数センチしか上げられなかっただろう。  初めてのハイヒールブーツに馴れていないこと、コルセットのせいで屈めないこととも相まって、首から下の自由を相当なレベルで奪われてしまった。 「うふふ……アームバインダーの厳しさ、身にしみてわかったかしら?」  そしてそう言って、藤島調教師は残された首から上の自由も奪っていく。 「ネックコルセット。単なる首輪ではなく、首を支配する装具」  前側にお腹のコルセットと同じ金属リングが取り付けられたそれを首に巻かれると、鎖骨のすぐ上から顎の下までに達した。  呼吸と頚動脈の血流が妨げられる寸前まで編み上げ紐を締めあげられると、首を横に回すことも、縦に振ることも困難になった。 「そしてこれが、最後のポニー標準装備。顔の自由を奪う、フェイスハーネスよ。ほんとうはもうひとつ装具があるけど、それはあとで着けてあげるわ」  そのもうひとつの装具とは、馬の尻尾と、それを固定するベルトのことだろう。  それを取りつけるのがなぜあとなのか。わからないままそう言われて見せられた装具は、2本の太い革のベルトと、それを繋ぐ細いベルトと帯、金属製の棒、それに馬の耳のような飾りが組み合わされたものだった。  どうやって取り付けるか。取り付けてどうするものなのか。想像すらできないまま、太いベルトを上側を、額から後頭部にかけて巻きつけられ、ポニーテールの結びめのすぐ上で留められる。  下側のベルトに取り付けられた2本の細いベルトを顎の下と鼻梁にひっかけられてから、ネックコルセットの上端に被る位置で締められる。  すると2本の金属棒が、顔の側面で垂直に立った。  とはいえ、顔の拘束という状態にはほど遠い。たしかに2本のベルトの存在感はものすごいが、それだけのこと。  そう思ってフェイスハーネスを侮る気持ちが生まれかけたところで、縦の棒の片側に、新たな棒状の器具が取り付けられた。 「口を開きなさい」  言われて従ったところで、三次元のカーブを描く棒を、口に噛まされた。 「あぅう……」  棒のカーブした部分が、口中深くにはまり込む。 「あぅ、あう……」  はまり込んで、唇の端に食い込みながら、舌の動きを制限してくる。  そしてカチリと金属どうしが噛み合う音とともに、反対側の縦棒にも固定されると、私は言葉を奪われていた。 「これはフェイスハーネス標準付属品の、ハミと呼ばれる轡。そして……」  言いながら、藤島調教師が轡の少し上に、オフホワイトの革の板を取り付けた。 「これは遮眼帯(ブリンカー)、ポニーの側方視界を制限し、歩行に集中させるためのもの」  そう言うと、藤島調教師は棒の下端に幅2センチ強の扁平な革紐をつないだ。 「そしてこれが手綱。逃走を防ぐとともに、本格的に調教が始まれば、鞭と合わせてポニーに調教師の指示を伝えるためのものにもなる」  そしてにっこりと笑い、手綱を引いて藤島調教師が告げた。 「さて、ポニー装備に馴れるために、そのへんをひと回りするわよ」 「足が止まってるわよ。さっさと歩きなさい!」  そう命じられたのは、ハイヒールに馴れていないせいではない。  たしかに馴れてはいないが、ウエッジソールの練習用ポニーブーツは、思いのほか安定感があった。 「ほら、顔を上げなさい!」  手綱を引かれて厳しく命じられるのは、白日の下、裸同然の姿で歩かされる恥ずかしさのせいだ。  恥ずかしくて視線は伏せたまま。そのせいで、すぐ顔自体も下がってしまう。  すると、口中に溜まっていた涎が、ハミと唇の隙間からゴポリとこぼれた。 「あぅ……!?」  それが恥ずかしくて、顔を上げると人々の視線。  それもまた恥ずかしくて、顔を伏せると、また涎。  そのうえ手綱を引かれて歩かされることが屈辱的で、嵌められたハミを噛みしめる。  自然と歩みが遅くなり、ときおり止まりかけてしまう。 「どうしたの? 裸で歩かされるのは、初めてじゃないでしょう?」  そうだ、初めてじゃない。昨日、おしっこで汚れた制服と下着を剥ぎ取られ、ホースの水をかけられて身体を洗われたあと、裸で馬房まで連れて来られた。  でもそのときは、手で胸と股間を隠すことができた。それが今は、アームバインダーで両腕を背中に縫い付けられて、恥ずかしいところを隠すことができない。  おまけに昨日は日没が迫る時間で、洗い場から馬房まで誰にも出会わなかった。それが今は、他のポニーや調教師、牧童が行き交う場所を歩かされている。その人たちが、すれ違う私をジロジロ見ている。 「それは、なぜだと思う?」  わからなかった。調教師も牧童も、他のポニーですら、私以外の人がジロジロ見られている気配はない。それなのに、なぜ私だけか視線を集めているのか。 「おまえが見られるのは、堂々としていないからよ」  そこで、藤島調教師が手綱を引きながら告げた。 「ぅえ(えっ)……?」 「ポニーの基本姿勢は、背すじを伸ばし、胸を張り、顎は持ち上げぎみで視線はまっすぐ正面。ある程度調教が進んだポニーは、皆この姿勢ができている。にもかかわらず、おまえだけ基本姿勢ができていないから、見られるの」 「うぉ、おぇあぁ(それじゃ)……?」 「ええ、堂々と背すじを伸ばし、胸を張り、顎を上げてまっすぐ正面を見れば、おまえを見る人は少なくなるわ」  そう言われ、恥ずかしさに耐えてそのとおりにすると、たしかにジロジロ見る人は減った。でも、皆無にはならない。 (それは、どうして……?) しばし考えて、私を見る人が脚に視線を向けていることに気づいた。 (ジロジロ見られたのは、他のポニーと違い、基本姿勢ができていなかったから。だとしたら、今は脚が他のポニーと違う?)  そう考えて他のポニーの歩きかたを見ると、あきらかに私と違っていた。  それは縦に跳ねるように膝を高く上げ、そこで一瞬『溜め』を作ってから、前方に下ろす、独特の歩きかた。 (あの歩きかたができていないから、脚を見られる……だとしたら!)  すれ違う人の視線から逃れたい一心で、他のポニーの歩きかたを真似てみる。  左脚をぐっと踏ん張り、右脚を高く上げ、少し前方に慎重に下ろす。  1歩。練習用ポニーブーツを履かされた足を、うまく運ぶことができた。  2歩、3歩。慣れるにつれ、誰も私の足を見なくなった。  同時に、歩きかたの変化に気づいた藤島調教師が、私を見て目を剥いた。 「ミワ号……おまえいつ、ポニーの基本歩法を身につけたの?」 「ぅえ(えっ)……?」 「まさか、他のポニーを見て、真似を?」 「ぅあい(はい)……」  命じられてもいないことをしたのがいけなかったか。それで藤島調教師を怒らせたか。  一瞬恐れの感情を抱くが、そうではなかった。 「ミワ号、おまえはすごいわ!」  嬉しそうにそう言うと、藤島調教師が私を抱きしめた。 「今日はポニーの装備に馴れさせるだけと思っていたのに、見よう見真似で、基本歩法を行うなんて!」  褒められて、ちょっと嬉しい。  でもまた他の人の注目を集めてしまって、同じくらい恥ずかしい。  とまどう私をひとしきり抱擁したあと、藤島調教師があらためて口を開いた。 「背すじをピンと伸ばしたまま、その背すじと太もも、太ももと脛の角度が、それぞれ90度になるよう歩いてごらんなさい。そうすれば、基本歩法は完璧になるわ」 「ぅあい」  応えて、言われたことを意識しながら、脚を上げ、下ろす。 「そう、その感じ。このぶんだと、今日じゅうに基本歩法が身につき、明日からはほんもののポニーブーツを履かせられるかもしれないわね。まさに期待以上の成果だわ」  そこで、今朝の藤島調教師の言葉を思い出した。 『反抗すれば罰せられる。従順に従い、調教師の期待以上の成果を示せば褒美を与えられる』  つまり今日じゅうに完璧に基本歩法を身につければ、髪をポニーテールに結んでくれたことのような褒美を、また貰えるのだ。  そのことを期待して、私は噴き出す涎のことは気にしないことにして、集中して歩く。 『背すじをピンと伸ばしたまま、その背すじと太もも、太ももと脛の角度が、それぞれ90度程度になるよう』  藤島調教師の言葉を反復しながら、さらに1歩、2歩、3歩。  もう、誰も私をジロジロ見ない。すれ違うとき藤島調教師に挨拶することはあっても、私のことは気に留めない。  それはすなわち、私の基本歩法が完璧である証拠。  調教初日にして、基本歩法を身につけた証。  そのことで誇らしい気持ちになり、誇らしい気持ちになったことで、ますます胸を張り、堂々と歩けるようになる。  でも、そのときの私は気づいていなかった。  すれ違う人は私を見なくなっていたが、後ろから来る人は、私のお尻をジロジロ見ていたことに。  私は忘れていた。  まだ着けられていないポニー装備が、まだひとつあることに。  気づけず、忘れたまま、私は藤島調教師の言葉を反復しながら、私は集中して歩き続けた。

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