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ポニー学園物語 1.ポニーテールのポニーガール 「それでは、これを着けます」  矯正教育を選んだ私に、指導員のひとりが革のベルトに手枷が取り付けられた装具を見せた。 「そ、それは……?」 「革手錠と呼ばれる拘束具です。今から、これであなたを拘束します」 「そ、そんな……なんで!?」  思わず抗議の声をあげると、もうひとりの指導員が、スーツの内ポケットからスタンガンを取り出した。 「もちろん、矯正教育のためです。おとなしく従わないと、これを使うことになりますよ」  そしてバチバチと青白いスパークを見せながら、私を脅す。 「ひっ……!」  そのスパークにおののいたところで、制服の上から、お腹にベルトを巻きつけられた。 「や、やめて……縛らないで……」  ギュッとベルトを締められ、手首を手枷の上に抑え着けられ、弱々しく懇願しても無駄だった。  ひとりがスタンガンで威嚇しながら、もうひとりが私の手首に手枷を嵌めていく。  右手、左手。お腹にきつく巻かれたベルトに両手を縫いつけられて。それからは、抵抗することはおろか、抵抗しようと思うことすらできなくなった。  それもまた、私の心の弱さ。  周囲に流され、乗せられ、陸上競技にのめり込んだように、このたびも流されて。  おだてられ、失敗すると手のひらを返すように非難され、心が折れたように、今回も諦めて。  私は逃げることはおろか、助けを呼ぶこともできなくされていく。 「口を開けなさい」  幅広のベルトの内側に突起が取り付けられた革製の猿轡――ペニスギャグという名は、あとで知った――を突きつけられ、渋々従うと、口に突起をねじ込まれた。 「ぁう、んむむっ!?」  口中を突起に占拠され、舌を下顎に押さえつけられ目を白黒させたところで、頭の後ろでベルトを締め込まれた。 「歩きなさい」  そして、背中を押される。 「んうう(どこへ)……?」  連れて行こうというのか。  そのことは、指導員の宣言であきらかになった。 「端澤美羽、これよりあなたを一級全寮制矯正教育施設、馬飼野女子学園に連行します」 「ぅえ(えっ)、ぉんあ(そんな)……」  ただの転校ではないのか。連行ということは、このままその学園に連れて行かれ、収容されてしまうのか。  それは、ひどすぎる。  そのときになって抵抗を試みても、あとの祭り。  両手を腰の前側に縫いつけられたように拘束されて、足で踏ん張るだけでは抗えない。  口にはペニスギャグを嵌められて、抗議することも助けを呼ぶこともできない。  いや、仮に抗えたところで、逃げ切ることはできないだろう。いかに優れた陸上選手でも、両腕を使えなければ、全速力で走れない。  助けを呼べても、ここでは誰も助けてくれないだろう。こうして拘束した女の子を連行しながら、堂々と廊下を歩いているのが、その証拠。  そして追いつかれたら最後、スタンガンを使われ、抵抗どころではなくなってしまう。  そう思い知らされて、革手錠で拘束されペニスギャグで口を塞がれたまま、背中を小突かれて廊下を歩かされる。  突き当たりのエレベーターに乗せられ、1階へ。そしてまた廊下を歩かされてたどり着いた建物の裏口には、窓もボディも真っ黒の大型ワゴン車が横付けされていた。  楷書の金文字で『女矯連』と書かれたスライドドアを開けると、指導員のひとりが先に乗り込む。  続いて私が車内に押し込まれ、シートの真ん中に座らされた。続いてもうひとりの指導員が乗り込み、ドアを閉めると、運転席と仕切られた車内から外を見ることはできなかった。  そのことで、もう助かる見込みはないと諦めたところで、指導員が運転席との仕切り板をノックすると、ワゴン車が静かに動き始めた。  何時間走っただろうか。途中から覚え始めた尿意が強くなってきた頃、ようやくワゴン車が止まった。  仕切り板の向こうの運転席から、人が降りる音。直後、後部座席のスライドドアが開かれる。中からは開けられないしかけが施されていたのだろうか。だとしたら、ワゴン車に乗せられた時点で、逃げる望みは絶たれていたというわけだ。  そしてドアが開いたからといって、逃げられるわけではない。  革手錠で厳重に拘束されていることに変わりはないし、指導員に加えて運転手まで、監視している。  そのうえ私の折れてしまった心は、まだ立ち直っていない。 「降りなさい」  そう言われてワゴン車から引きずり出されると、そこはさびれた港だった。  私たち以外の人は、ひとりもいない。陽の傾きからして、時間は午後。それも、かなり夕方に近い。途中ほとんど停車しなかったことから考えると、大半の距離は高速道路を使用していたのだろう。だとすれば、ここは私の町から、数百キロ離れた場所かもしれない。  そんなことを考えていると、目の前に泊まっていた小型クルーザーから、3人の女性が降りてきた。  ひとりは、仕立てのよさそうなスーツ姿の、見ため30歳を少し超えた感じのインテリ美女。残りふたりは、お揃いの乗馬服を着ている。 「馬飼野女子学園園長、貴龍旭(きりゅう あさひ)です」  スーツ姿の女性が自己紹介して右手を差し出すと、指導員のひとりがその手を握り返した。 「全国女子矯正教育連盟の指導員、中野です」 「太田です」  そしてもうひとりの指導員も頭を下げると、スーツの女性――貴龍園長が、私を見た。 「この子が……?」 「端澤美羽。性格的にも経歴的にも、貴校に最適と判断いたしました」 「ええ、転送していただいた資料を拝見いたしました。良い子を紹介していただけたようですね。藤島……」  そこで九重園長が、乗馬服の女性のひとりを呼んだ。 「藤島調教師、貴様がこの子……0039番ミワ号を担当せよ」  0039番、ミワ号、それは私のことだろうか。  調教師、それが藤島とかいう女性の肩書きなのだろうか。 「藤島沙希(ふじしま さき)よ。園長先生のご指名により、今日からおまえの調教を担当するわ」  わけがわからず呆然としていると、背が高いほうの乗馬服の女性が、私の前に進み出た。  年齢は20代の半ばくらいか。おそらく貴龍園長と私の中間くらい。身長は160センチ台後半、女子としては高めの私より、さらに若干高い。手足はスラリと長く、長い髪を私のポニーテールより低い位置でひとつに結んだ地味な髪型にもかかわらず、華やかさを感じさせる顔だちとも相まって、まるで雑誌モデルのよう。  そんなことを考えていると、藤島調教師が手にしていた乗馬鞭で、私の肩をピシッと打った。 「ぁうっ!?」  短くくぐもった悲鳴をあげてしまったが、派手な音に驚いただけで、それほど痛くはなかった。  生地の厚い冬物のセーラー服、しかも服本体と襟で生地が二重になった部分なので、痛くなかったのかもしれない。  実のところ、それは藤島調教師の鞭を扱う技術が卓越しているからだ。  鞭の扱いに慣れた優れた調教師は、鞭を振るう力加減ひとつで、音だけ出して痛みは与えないようにも、皮膚表面だけに痛みを与えることも、もっと奥までダメージを負わせることも、思いどおりにできる。  しかし、そのときの私は、呑気にもそう考えていた。  馬飼野女子学園の恐ろしさも、藤島調教師の厳しさも、まだ知らずに。  馬飼野島。  元は波も気候も穏やかな内海に浮かぶ、小さな無人島。そこにバブル期、リゾート施設が作られた。  その施設の核は、ゴルフ場。その周囲にクラブハウスやコテージ、ホテルなどが建設されたが、ほどなくバブル崩壊。長く続いた不況を経て、運営会社は倒産。その後施設一式を譲り受けた貴龍一族が、馬飼野女子学園を設立した。  目的は、この地をわが国におけるポニープレイの中心地とするため。  馬飼野島には船しか行き来する手段がなく、関係者以外は容易に立ち入ることができない。資産家が密かな趣味を愉しむ場所には、うってつけだ。  そのうえ、整備されたゴルフ場は、そのままポニープレイにも使える。クラブハウスなどゴルフ場付属の建物は、少しの改造でポニープレイ関連施設に転用できる。外部から訪れた客は、ホテルやコテージに宿泊させればいい。  そしてわが国でポニープレイをしようなどという酔狂な資産家は、愉しみのためなら金に糸目をつけない。自前でポニーガールを養成すれば、事業として成立する。  とはいえ、一番の難関が、そのポニーガールの養成だった。  ポニープレイは、ただ女性に馬車を引かせればいいというわけではない。そこには、ポニーとしての作法がある。そしてその作法を完璧に身につけさせるには、若いうちに厳しい調教で身体に教え込まないといけない。  そのため、ポニー事業を任された貴龍旭は、厳選した配下の女性をポニープレイの本場に派遣。ポニー調教の技術を習得させるとともに、全国女子矯正教育連盟と提携。ポニーガール候補生確保の方策も確立させ、ポニーガール養成のために馬飼野女子学園を設立した。  その学園に連れて来られた39番めのポニーガール候補生が私、端澤美羽というわけだ。  ともあれ、そんな裏の事情は聞かされず、革手錠も外してもらえないまま小型クルーザーに乗せられ、私は馬飼野女子学園に連れ込まれた。  桟橋にクルーザーが接岸すると、待ち受けていた牧童――カウボーイふうの衣装を着た、馬飼野女子学園の女性従業員――が、船体をロープで固定した。  おそらく、警備員も兼ねているのだろう。あるいは格闘技経験者かもしれない。体格のいい彼女たちに無言で監視されながら、革手錠で拘束されたまま上陸すると、遠くに裸同然の姿で馬車を引く女性が見えた。  衣装と呼べるものは、ウエストを細く締めあげるコルセットのみ。股間に伸びるベルトも、そこを隠すことが目的ではなく、お尻部分の尻尾を取り付けるためのものだろう。踵のないハイヒールのような変な形のブーツを履いて、両手は後ろでまとめて、袋状の拘束具を着けられているようだ。そのうえで顔も見たことのない装具で拘束された女性は、1歩ごとに足を高く上げる独特の姿勢で、調教師が乗った馬車を引いている。 「あぇあ(あれは)……?」 「彼女はポニーガール、2年生の0028番キリ号。1年後のおまえの姿よ」 「うぇ(えっ)……?」  はじめ、目に映る光景が、現実のものと思えなかった。藤島調教師の言葉も、冗談としか思えなかった。  しかし何度まばたきしても、ポニーガールキリ号は、そこにいる。彼女は、現実に存在している。  そして藤島調教師の表情は、あくまで真剣だ。けっして嘘や冗談を言っているわけではない。  そこで、港での貴龍園長の言葉を思い出した。 『藤島調教師、貴様がこの子……0039番ミワ号を担当せよ』  そのときは漠然とそうかもしれないと思ったことが、確信に変わる。それが、ここでの私の名前なのだ。 「女矯連の指導員がなんと説明したかは知らないけど、馬飼野女子学園の実態は、ポニーガール養成所。おまえはポニーガールにされるため、ここに連れて来られたの」  藤島調教師の言葉で、確信が怒りに変わる。私は、騙されたのだ。 「うぃおい(ひどい)ッ!」  ここで、いつものように流され、諦めるわけにはいかない。でないと、自分もあんなふうにされてしまう。  逃げることはできなくても、せめて反抗の意思を示さなければ。  気持ちを奮い立たせ、怒りを込めた目で藤島調教師をにらみ、喋れない口で叫ぶ。 「ううぇあい(許せない)ッ!」  叫んだせいで気持ちが高揚し、逆上し、怒りにまかせて彼女を打とうと手を振り上げかけて、革手錠に阻まれた。それなら蹴ろうと脚を動かしかけて――しかし、藤島調教師のほうが速かった。  ビシッ!  動かしかけた脚に、乗馬鞭が炸裂した。 「うッ!?」  制服のプリーツスカートごしにもかかわらず、電撃を受けたような猛烈な衝撃。少し遅れて、熱さをともなった痛み。 「うぃあいい(痛いい)ッ!」  目を剥いて叫んだところで、もう一発。  ビシッ! 「うぃあああッ!」 「調教師への反抗は、ここでは最大の罪。そのことをまず……」  私を鞭で打ちすえ、藤島調教師が言いかけたとき、その悲劇は起こった。 「うあッ!?」  はじめは鞭で打たれた衝撃で、チョロっと漏れただけだった。  しかし、数時間トイレに行かせてもらえなかった私の膀胱には、満タン近くまでおしっこが溜まっていた。  そのため蟻の一穴から堤防が崩壊するように、私の膀胱も決壊する。 「ぃあああ……」  普段使いのショーツが、温かい液体をせき止めていられたのは一瞬。 「ぁあああ……」  とめどなく漏れるおしっこは、すぐに薄い布から溢れ出した。  そして内股で膝をすり合わせる脚を伝って流れ、通学用のソックスとスニーカーを濡らし、地面に水たまりを作る。 「ぁあぁ、うぃあいえ(見ないで)え……」  懇願もむなしく、私は衆人環視のなかで、おしっこを漏らしてしまう。 「あぁ、いぁああ……」  動くこともできない。隠すこともできない。もちろん、いったん漏れ始めたおしっこを止めることもできない。  そんな私を、藤島調教師が鞭で打つことも、叱責することもなかった。  それは、すでに私が衆人環視の失禁という、女の子として最大の恥辱を味わっているから。鞭で打って痛みを与えるより、今は恥辱を与えるほうが、罰になると判断しているから。 「いぁああぁ……」  恥辱のお漏らしが終わってからも、おしっこの水たまりの真ん中で立ちすくみ、泣きじゃくる私を責めもせず、藤島調教師は無表情に眺めていた。 「処理しておくように」  牧童たちに命じると、藤島調教師はなにごともなかったように泣きじゃくる私の肩を押し、歩きだすように促した。  とはいえ、おしっこを漏らしてしまったという事実は消えない。じゅくじゅくに濡れてしまったショーツとソックス、スニーカーの存在が、その事実を忘れさせない。 「うぇ、うっうっ……」  革手錠で拘束されたまま、ペニスギャグで塞がれた口で嗚咽しながら、肩を押されて歩かされる。  恥ずかしい、恥ずかしい。  つらい、つらい。  どれだけ泣いても、涙が止まることはない。 「気にしないで」  そこで藤島調教師が、私にしか消えないような、小さい声で告げた。 「何時間もトイレを許されず、連行されてきたんでしょう? だとしたら、鞭で打たれた衝撃で、失禁してしまうのはあたりまえよ」  そしておしっこを漏らして汚れた私の肩を抱き、身を寄せて、耳元でささやいた。 「ミワ号が晒した恥や、意図せずやってしまった失敗を、私は責めない。もし他に責める者がいれば、私が赦さない。逆にミワ号が命令に従ったうえでの恥や失敗は、私の責任。でもミワ号が、もし私や学園に反抗の意思を示したときは……」  わかっている。  反抗の意思を示せば、先ほどの鞭のような、厳しい罰が待っている。  しかし藤島調教師の言葉の前半部分は、全国大会での失敗をきっかけに手のひらを返して非難の嵐に晒された私の心に、ズシンと響いた。 (この人に従い続けるかぎり、もう失敗を責められることはないんだ。責める者がいても、この人が守ってくれるんだ)  心のツボをピンポイントで突かれ、出会ってから1時間も経っていないのに、そう思ってしまった。  同時に、馬飼野島に上陸してわずか10分のあいだに、その言葉を直接言われることなく、私は馬飼野女子学園のルールを、精神に叩き込まれていた。  調教師の命令には絶対服従という、鉄の掟を。  女矯連の指導員が、トイレに行く機会を与えなかったことも。藤島調教師が、あえて私を怒らせ、逆上させるような言葉をかけたことも。そのうえで鞭で打ちすえ、失禁という恥辱を与えたことも。そして女矯連から転送されてきた資料から、私の心のツボが的確に把握されていたことも。  すべてはその掟を叩き込むための、巧妙にしかけられた罠と知らないまま。 「う、うん……」  木製の扉を乱暴に叩く音に、低くうめいて私は目覚めた。  結局、よく眠れなかった。自室の柔らかいベッドと清潔なシーツに慣れた身体は、馬飼野女子学園の馬房――馬飼野女子学園では、寮のことをそう呼んでいる――の床に敷き詰められた藁の上には馴染めなかった。  あれから――。  制服と下着、ソックスやスニーカーを剥ぎ取られ、冷たい水をかけられて乱暴に身体を洗われたあと、着替えの服を与えられず、全裸のまま馬房に放り込まれた。  もちろん、恥ずかしかった。悔しかった。  しかし絶対服従のルールを無意識のうちに叩き込まれていた私は、逆らうことができなかった。  パンとスープだけの粗末な食事を与えられ、革の首輪を嵌められ、ベルトのバックルに鍵をかけられても。その首輪を、長い鎖でコンクリート壁に打ち込まれた鋼鉄製のリングにつながれても。私は抗おうとしなかった。  藁の上で寝るように命じられても、素直に従うしかなかった。 「いけない、起きなきゃ……」  牧童が扉を叩いて起こした10分後に、調教師が現われる。 「それまでに身だしなみを整え、姿勢を正して私を迎えること」  その命令に絶対服従すべく、睡眠不足ぎみで重い身体を引きずり起こすと、ジャラリと鎖の音。  それで囚われの身を実感しつつ、鎖をつながれたリングの隣の、小さな洗面台へと向かう。  そこにあるのは、小さなコップと歯ブラシ。コップも洗面台の上に設えられた鏡も樹脂製なのは、収容されたポニーの自傷を防ぐ目的か。あるいは脱走の道具にさせないためか。  一夜にして自分のことを『収容されたポニー』と呼ぶことに違和感すら抱かず、鏡に顔を近づけて指で髪を梳かし、いつものように後ろでひとつに束ねようとして、髪ゴムも奪われていることを思い出した。  仕方なく髪はそのままで顔を洗い、歯を磨いたところで、ガチャリと扉の錠前を開ける音。  慌てて藁の上に正座すると、藤島調教師が現われた。 「おはよう、ミワ号。きちんと言いつけを守っていたようね」  彼女の声と表情が昨日より柔らかいのは、堅く厳格な雰囲気の貴龍園長がいないせいか。それとも、私が素直に命令を守っていたからだろうか。それで、少しは気を許してくれたのだろうか。 「おはようございます。えーと……」  彼女の言動が柔らかく感じられた理由を、自分のほうが気を許したからとは思えず、漠然と考えながら挨拶しようとして、藤島調教師をどう呼べばいいか迷った。 「どうしたの? なにか欲しいものでもあるのかしら」  すると私の迷いを勘違いして、藤島調教師が訊ね返した。 「えっ……お願いしてもいいんですか?」  意外な言葉に思わず声をあげると、藤島調教師は穏やかな表情でうなずく。 「反抗すれば罰せられる。従順に従い、調教師の期待以上の成果を示せば褒美を与えられる。信賞必罰もまた、学園のルールよ。もちろん、望んでも与えられないものもあるし、ポニーが望んではならないものもある。それを踏まえて、ミワ号の願いは、なにかしら?」  服を着させては、通らないだろう。家に返しては、論外だ。望んで与えられるものはなにか、わずかの時間考えて、私は一番最初に頭に浮かんだものを口にした。 「ゴムを……髪を結ぶゴムをください」  その言葉に、藤島調教師は一瞬見開いた目をすぐに細めて笑った。 「そうね、昨日のおまえはポニーテールが似合っていたものね。いいわ、ポニーが指定装備以外の私物を馬房に持ち込むことは禁止だけど……」  そしてそう言うと束ねていた自分の髪をほどき、そのゴムを手にして、正座したままの私の背後にしゃがみ込んだ。 「その代わり、毎朝私が髪を結んであげる。それでいいかしら?」 「は、はい。もちろんです」  かすかに甘い藤島調教師の匂いにちょっとドキドキしながら応えると、彼女は穏やかにほほ笑み、私の髪を結んでくれた。

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