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 波呂院《はろいん》村立波呂院女子学園。  幼稚園から大学まで、一貫教育を行なう女子校である。  地理的に周辺の市町村から完全に隔絶したこの村が、なぜ一貫の学校を維持できているのは不明。  村出身の世界的企業創始者から多額の寄付であるとか、村自体がその会社の大株主だからなどと言われているが、本当のところはわからない。  ともあれ波呂院村では、全国的に普及するよりはるか前から、ハロウィンの行事が行なわれていた。  それは、村の名前と音の響きが似ていたから。当時の村民は、そこに何らかの関係性を見出したのだ。  とはいえその頃、国内にハロウィンについての情報はほとんどなかった。インターネットなど影も形もなかった時代、都市部ならともかく、村では断片的な知識しか入手できなかった。  そのため村のハロウィンは、現在全国で広く開催されているようなものや、本家の行事とはまったく違う形態になった。  曰く、仮装した子どもが「トリック・オア・トリート」と言うらしい。西洋カボチャに顔の模様を彫って飾るそうだ。  噂に近いおぼろげな情報が村の土着の信仰と融合し、独自の波呂院祭として定着した。  参加者は選抜されたふたりの村立女子学園生。選ばれた学園生のうちひとりが酉玖《とりく》という名の生贄役に、もうひとりが生贄の設えを整える鳥居戸《とりいと》に扮する。  そして、酉玖が鳥居戸の手でカボチャの仮装をさせられ、供物として3日に渡る波呂院祭の期間中、朝から夕方まで特別に展示される。  そんな他に類を見ない独特な――村外の者の目には異様かつ変態的と映る――祭が、今年も始まった。 「おめでとう、貴女は今年の酉玖さんに選ばれました」  私がそう告げられたのは、今年の春のことだった。  私の名前は――いや、そんなことはどうでもいい。春から半年間、酉玖さんだけに許された、特別な布名札を制服の胸に付けて過ごしてきた私は、もはや酉玖さんでしかない。  そしてそれは、同じ時期に鳥居戸さんに指名された同級生の女の子も同じ。  いや、身も心も酉玖さんになってそのときを待てばいいだけの私と違い、鳥居戸さんは供物の人間カボチャを設える準備をしなければならないので、ずっと大変だ。  酉玖さんに指名される学園生に一定の特徴はなく、身長体重その他毎年まったく違うから、鳥居戸さんは一から準備しなくてはならない。  そうしてやってきた波呂院祭当日の早朝、鳥居戸さんの家で、彼女が縄を手に私の前に立った。 「両手を後ろに」  そう命じられ、おとなしく従い、両手を背中に回してコ形に組む。  すると重ねた手首に、ふたつ折りにした縄を巻きつけられた。  ひと巻き、ふた巻き。手首に肌に縄が触れる程度の、いっけん緩すぎるのではないかとも思えるきつさで。  とはいえそれは、縛りに手心が加えられているわけではない。  村の伝統たる波呂院祭で、個人的な関係に基づく妥協など許されるわけがない。  それに、縄目が追加されていくほど、緊縛は厳しさを増していくのだと。それゆえ、肉の薄い手首の縄は、はじめ緩いと感じるくらいで丁度いいのだと。鳥居戸さんの緊縛練習台を、半年間務めてきた私は知っている。  手首を縛った縄の残りを、鳥居戸さんが胸の膨らみの上側に這わせていく。  私に後ろから抱きつくような体勢で、手首のときと同じようにふたつ折りにした縄をふた巻き。合計4本の縄目がぶ厚い冬服に食い込んだところで、残り少なくなった縄を、背中側の縄目に絡めて留められる。  それだけで、私はもう動けない。  とはいえ、鳥居戸さんによる緊縛は、それで終わりではなかった。  新しい縄を取り出した鳥居戸さんが、ふたつ折りにして背中の縄目に絡める。  それからその縄を、胸の膨らみの下側に這わせていく。  ここでもふた巻き。いったん背中で縄留めすると、腋の下から腕と胴体のあいだを通し、残りの縄が身体の前側に引き出された。  その縄が、下側の胸縄に絡められ、再び背中側に戻される。  閂《かんぬき》と呼ばれる縄目をキュッと絞られて、胸縄がきつくなる。  同じ処置を反対側でも施され、上半身が固められたように動かせなくなる。  それでようやく緊縛が完成し、鳥居戸さんが革の装具を手にした。  ハーネス式の開口封印口枷。  彼女が私専用に新しく調達した、これまでの波呂院祭では使われなかった装具である。  マウスピースつきの金属筒と革ベルトを複雑に組み合わせた装具を、鳥居戸さんが私の顔の前にかざした。 「あーんして」  言われて素直に口を開けると、筒が口腔に押し込まれた。 「ぁ、う……」  長い筒が舌を下顎側に押しつけながら、口中に侵入してくる。 「あ、ぉ……」  筒の先端が喉奥を突く寸前、マウスピースが私の歯をガッチリ捕らえた。  それは、硬い金属の筒を直接噛むことで、歯と歯茎を傷めないようにとの私への気遣い。同時にそれは、口と筒とのあいだの隙間をなくすためでもある。  開口を強制されれば、口中に唾液が溜まる。溜まった唾液は、開かされた口から溢れて垂れる。  しかしマウスピースで隙間を塞がれていたら、溜まった唾液は外に溢れない。喉奥近くまで達した筒から流れ込む前に、唾液は食道のほうに落ちる。私がぶざまに涎を垂れ流すことを防げる。  波呂院祭の供物たる酉玖さんは、人間カボチャとして晒されている最中も、晒される場所まで引き回されるあいだも、凛としていなければならないのだ。  これまではふつうの布を噛ませる猿ぐつわが使われてきたが、それでも布の猿ぐつわに唾液が染み、最終的には吸い取りきれず垂れてしまっていた。  それが村の悩みの種だったが、鳥居戸さんが用意した特殊な口枷は、その問題を解決してくれるものだ。  そんなことを思い出しているうち、すべてのベルトが締め込まれた。  カチリ、とベルトのバックルに南京錠がかけられる。  カチリ、カチリ。鳥居戸さんがもつ鍵なしには、口枷を外せないようにされる。  この厳重さも、供物たる酉玖さんに求められるもの。供物の境遇からけっして逃れられない状況に、私は陥らなければならない。  それは、口枷にかぎったことではない。私の身体を縛《いまし》める縄目も、絶対に解けないようにしなければならない。  そのために、鳥居戸さんが強力接着剤を手に取る。それを縄の結びめや絡められた部位、交差する場所すべてに塗り込める。  そして接着剤が固まるのを待ち、鳥居戸さんが私の縄尻を取った。  鳥居戸さんの家を出ると、早朝にもかかわらず、すでに村人が見物に出ていた。  そのなかを、厳重な緊縛の縄尻を取られて進む。 「酉玖か鳥居戸か!?」  私たちの登場を待っていた、村の子どもたちが口々に叫ぶ。 「酉玖か鳥居戸か!?」  年少の者のみならず、学園の同級生や先輩も声をかける。 「私が鳥居戸、縛られしこの者が酉玖!」  その声に鳥居戸さんが答えながら、私たちは村の道を進む。  それもまた、この村の伝統。波呂院祭の習わし。  とはいえ、厳重口枷緊縛姿で、村じゅうを引き回されるのは苦しい。身体がきついだけではなく、年頃の女の子にとっては、精神的にもつらい。  実のところ、酉玖役も鳥居戸役も、断ることはできる。自分には無理と思ったら、拒否してもかまわない。実際に、一昨年は4回め、去年は3回めの選抜でようやく決まった。  にもかかわらず、私たちは拒まなかった。  正直に言うと、指名されたら絶対に断らないと誓い、自分たちが選ばれるよう根回しをした。  その理由は――。  引き回しの苦痛と羞恥のなか、あらためて覚悟を固めたところで、特別展示場所たる村役場の入り口横にたどり着いた。  そこにあったのは、私の肩よりわずかに高い程度の木の柱。  大男が何人がかりで押しても引いても動かないほど、頑丈に固定されたそれを背にして立たされる。  すると鳥居戸さんが、手にしていた縄尻を柱に結びつけた。  さらに新たな縄で、私の脚を柱に縛りつけた。  これでもう、私は逃げられない。  だが波呂院祭の供物としての設えが終わったわけではない。  まずは、私が身じろぎすらできないようにするための、ぶ厚い木の板が柱に取りつけられた。  首、お腹、足首の少し上あたり。3箇所で、板の後ろ半分が柱に固定される。  同じ部位で、私のサイズに合わせて切り欠きされた前半分も、しっかりと嵌め込まれる。  ただ嵌め込まれるだけでなく、けっして外れないよう、金具とネジで留められる。  そうして私を晒し柱に完全固定して、鳥居戸さんが革製のマスクを取り出した。  中央部にチューブが設えられたそれが、鼻口を覆って口枷に取りつけられる。  それで、先端に金属製コネクターがあるチューブを介してしか、呼吸できなくなった。  そんな私の前に、波呂院祭用カボチャを模した金属製オブジェが運ばれてくる。  いや、それはただのオブジェではない。私を波呂院祭用カボチャのオブジェに変える、金属製頭部拘束具なのだ。  その拘束具が、側面で二分割される。分けられた後ろ半分が、後頭部に押し当てられる。  内装の柔らかいクッション材が私の頭を捕らえたところで、カチリと首の板に設えられていた金具に固定される音。  それからマスクのチューブが、カボチャ上部の呼吸孔に接続された。 「息、できてる?」 「シュー」  小声で訊ねた鳥居戸さんに、狭いところを空気が通過する音と視線で答える。  すると私の顔の前に、カボチャ形頭部拘束具の前半分がかざされた。 「嵌めるよ」  鳥居戸さんがあらためて告げたのは、それを着けると、私は意思を示す手段を失うからだ。  今日の日暮れまで、いや日没とともにいったん解放されても、波呂院祭が終わるまでの3日間、毎日供物として扱われるからだ。  私を人ではないモノに貶めるそれが、顔に迫る。視界の大半が、内装の黒いクッション材に占拠される。  そして――。  カチリ、と金具どうしが噛み合う音が聞こえたあと、鍵をかけられて、私は波呂院祭のカボチャにされてしまった。  どれほどの時間が経過しただろう。数時間のような気もするし、30分ほどしか経っていないようにも思える。  あれから――私の頭がカボチャ形頭部拘束具に囚われてから――首から下を隠すように、木の板が取りつけられた。  口枷ごしのうめき声は、頭部拘束具の金属板と内装のクッション材に遮られ、誰にも届いていないだろう。  厳重に拘束され、晒し柱に縫いつけられた身体は木の板に覆われ、見た目からではそこに私がいると、誰にもわからないに違いない。  大人は『酉玖さん』という人が閉じ込められていると知っているが、子どもたちは詳細を聞かされていない。私も小さい頃は、ただの供物がそこにあるのだと信じていた。  そんな状態で、ただじっとしていなければならない。いや、じっとしているしかない。  酉玖さんとしての務めをまっとうしたあとのことを想像して。  酉玖さんと鳥居戸さんを経験したふたりは、村のなかで特別な存在となる。  一生に一度、ふたりでひとつの願いを叶えてもらえる。  その習わしがあるからこそ、私と鳥居戸さんは、迷わず役目を引き受けたのだ。  鳥居戸さんは私と、私は彼女と、女どうしで結婚して生涯を共にするために。  私は真の暗闇と静寂のなか、側で見守ってくれている彼女の存在を感じながら、波呂院祭の供物として、ただそこに佇んでいた。   (了)

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