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「あたしと付き合ってよ」  杵明里《きね あかり》の言葉で、彼女との関係は始まった。  明里と私、臼田佐智《うすだ さち》が通う山百合学園は、全寮制の名門女子校である。  彼女と初めて会ったのは、入学式の前日。私が先に入寮したふたり部屋に、ルームメイトとして明里がやってきたときだった。  明るい色のショートの髪。小麦色の肌。凛々しい切れ長の目。服の上からでもわかる、筋肉質に引き締まりつつも、女性らしい柔らかさを兼ね備えたボディライン。  一瞬で魅入られた。  ドギマギして、思わずそっけない態度を取ってしまった。  同性の彼女に、恋心を抱いてしまった。  私には、女性を愛する指向がある。同時に、男性への嫌悪感が強い。教職員を含め、男性がいっさいいない山百合学園を進学先に選んだのも、そのためである。  そして、日々接するうち、彼女の明るく前向きな人柄にも惹かれた。  そんな私に明里が件の言葉を告げたのは、入学して2週間ほどが過ぎた頃。 「あたしとじゃ、嫌?」  突然の告白に驚いた私が答えられずにいると、断られることはまったく想定していないかのような態度で、明里が訊ねた。  傲慢なわけではない。自信過剰でもない。断られる可能性に、思いが至らないのでもない。スポーツの推薦枠のない名門女子学園に、部活を引退してから半年間の猛勉強で合格した頭脳明晰な明里に、思慮が足りないわけがない。  おそらく明里は、私が嫌じゃないことを察知したうえで、彼女らしく明るく前向きにそう言ったのだ。  その読みどおり、私に異存はない。むしろ、チャンスがあれば私から告白したいと思っていたほどだ。  百合の指向のある女の子にモテそうな明里が、ほかの誰かに告白される前に。  でも、勇気がなくて。  もし断られたらと。それ以前に、明里が私と同じじゃなかったらと、結果を恐れて言い出せなかったのだ。  そもそも中学時代、勇気を振り絞って好きな女の子に告白した結果、私は――。  いや、今そんなことはどうでもいい。  ひと目見て恋に落ちた相手から告白されるなんて、こんな僥倖は二度とない。  私は明里の目を見て、しっかりうなずいた。  身体の芯が熱くなるのを感じながら、笑顔で答えた。 「ありがとう……嬉しい」 「あたしと付き合ってよ」  その言葉を口にするまで、あたし、杵明里は迷いに迷った。  山百合学園では、異性との交際が厳しく禁じられている。禁止されているどころか、接触する機会がいっさいない。  一方で、同性との交際は禁じられていない。もちろん、表立って推奨されているわけではないが、公然と黙認されている。  あたしが3年間打ち込んだ陸上競技での推薦入学を断り、スポーツに力を入れていない学園への進学を志したのはそれが理由だ。  そんなあたしは、入寮した日、ルームメイトとして佐智に出逢った。  少しクセのある、艶やかな長い黒髪。透きとおるような白い肌。くりくりの大きい瞳。あたしとは違う、柔らかそうな肉づき。それでいて、太っているわけではない。  ひと目で惹かれた。  その場で告白したい衝動に駆られた。  でも、すんでのところで自制した。  あたしは女性との交際を求めて、学園に入学した。だが、佐智もそうだとはかぎらない。  山百合学園は名門女子校だ。偏差値も高い。佐智のような秀才ならば、ふつうに進学先として学園を選んでも不思議はない。  そう考えて、あたしは密かに沙智を観察した。  観察しながら、思慮深く思いやりのある彼女の内面も愛するようになった。  そして、彼女もあたしと同じ指向を持っているんじゃないかと考えるようになった。少なくとも、女性どうしで付き合うことに、嫌悪感を持っていないと確信した。  同時に、あたしのことを憎からず思っていると、なんとなく感じとった。  そこで、清水の舞台から飛び降りる気持ちで告白すると、佐智は驚いたように目を見開いた。 「あたしとじゃ、嫌?」  しばしの沈黙に耐えられず、できるだけ明るく無邪気を装って訊ねたのは、佐智も自分と同じだと感じていたから。加えて、彼女も好意を寄せてくれていると信じていたから。  とはいえ、ドキドキは止まらない。  もし断られたらという、不安も拭いきれない。  そんななか、佐智はあたしの目をしっかり見てうなずいてくれた。  頬を朱に染め、ぎこちない笑顔を作って答えてくれた。 「ありがとう……嬉しい」  読んでいた書物から顔を上げ、窓の外を見る。  見えるのは、学園のグラウンド。そこを走る、明里の姿。  明里は、学園でも陸上部に所属した。彼女が入部したいと積極的に望んだのではなく、陸上競技に力を入れている学校からの勧誘もあった彼女を、陸上部が放っておかなかったのだ。 (でも……)  明里が、ほかの子に告白される心配はない。 (だって……)  彼女と私は、お揃いの赤バッジをつけているのだから。  自分の胸に視線を落とし、私は心のなかでほくそ笑んだ。  山百合学園では、制服の胸に指定のバッジをつけるよう校則で定められている。  学園名が刻印されたバッジの色は、赤と青。なぜ2色あるのか、もともとの由来は伝わっていないが、現在はどちらを選んでもいい。  とはいえ、現役学園生のあいだでは――もちろん、OGや教職員のあいだでも――暗黙のルールが存在していた。  交際中の相手が学園内にいる子は赤。そうでない者は青。赤のバッジをつけている子には、けっして告白してはならない。  それは、学園内に修羅場を作らないために、先人が作った決まりなのだろう。  ともあれ、そのおかげで、私は安心して走る明里を見ていられる。  私なんかとは釣り合わないほど魅力的な彼女が、一緒にいられないあいだに、ほかの誰かに奪われる心配をしなくて済む。  そう考えながら再び窓の外に顔を向けると、私を見つけた明里が、にっこり笑って両手を振ってくれた。  陸上部の練習中、ふと校舎を見上げると、ひとりの学園生があたしを見ていた。  佐智だ。佐智があたしを見てくれていたんだ。  それが嬉しくて、自然と笑顔になる。  中学時代の部活では、練習中よそ見をしたらお小言をもらっていたが、今は違う。山百合学園の部活は、体育会系でも任意のサークル並みに緩い。そのうえ、あたしと佐智は互いに赤バッジをつけ合う公認の関係。先輩や顧問の先生も、見て見ぬふりをしてくれる。  部活といえば、あたしと交際するようになってから、佐智は文芸部に入った。  理由を訊いたらはぐらかされたが、きっとあたしの練習中、ひとりでいるのが寂しいから。数ある文化系部活のなかから文芸部を選んだのは、部室からグラウンドが一望できるからだ。  それも嬉しくて、つい大きく両手を振ってしまう。  すると、佐智も応えて小さく手を振ってくれた。  あたしとは違う、控えめな愛情表現。だがそれは、彼女の愛が小さいからではない。  佐智は、人前で自分を表現することが苦手なのだ。  でも、そんな佐智を変えたいとは思わない。ありのままの佐智を、あたしは好きになったのだ。 (佐智のすべてを……)  愛している。 (もし……)  彼女がまだ見せていない一面を持っていたとしたら、それをも愛するだろう。いや、きっと愛する。  気負いなくそう思えるほど、あたしは佐智に魅入られていた。  陸上部の練習を終えた明里と、手をつないで寮に戻る。  同級生の大半は、私たちが付き合っていることを知っている。上級生や教職員も、赤バッジどうしが手をつないでいてもなにも言わない。  女の子しか愛せない女子にとって、この女性《ひと》が好きと堂々と示せることは、示してなにも言われないことは、とても幸せなことだった。  人が誰を好きになるかは本来、その人の自由であるはずなのに、世の中には内心に干渉してくる者がまだまだ多い。その行為が、人をどれほど傷つけるのかに思いが至らず――。  いや、今はもうどうでもいい。少なくとも学園にいるあいだは、私たちは堂々としていられる。  そう考えて、明里を見る。  視線を感じた明里も、私を見る。  一瞬見つめ合い、ふたり同時にクスッと照れ笑い。  幸せだ。ほんとうに幸せだ。  その幸せを感じるうちに、ついつい手に力が入る。  応えるように、明里の手にも力が込もる。  ギュッと、ギュッと、ギューッと。 「痛い痛い。力、強いって」  明里が冗談めかして口を開いたところで、私たちはもう一度視線を絡ませ合い、お互いクスリと笑った。  寮の部屋に戻り、制服を脱ぐ。  同じように部屋着に着替える佐智を、横目でチラリと見る。  相変わらずの、透き通るように白い肌。太っているわけでもないのに、柔らかそうな肉づき。練習着の日焼け跡のある、筋肉質な身体のあたしとは大違いの、女の子らしい肉体が眩しい。  とはいえ、佐智の考えは違うようだ。  あたしが彼女のすべてが美しいと思っているように、佐智はあたしのことを美しいと感じてくれている。  お互い口には出さないが、その思いはひしひしと伝わる。  そんなことを考えながら、長い黒髪をゴムで束ねる佐智を見ていると、彼女もあたしの視線に気づいた。  大きな瞳と目が合い、ドキッとする。  それは、佐智も同じだったのだろう。彼女は髪ゴムを、手からポロリと落とした。 「あっ」  手からこぼれたゴムを、佐智が空中で受け止めようとする。 「あっ」  反射的に、私も手を伸ばす。  ふたりの手が、そうしようと意図せず触れた。 「あっ……」  思わず引きかけた手を佐智がつかんだ。つかむだけじゃなく、指に指を絡めた。  右手に左手、左手に右手。向かい合ったまま、両手貝殻つなぎ。あるいは、プロレスの手四つ。  不意の体勢に色気もなにもないことを考えながら佐智を見ると、愛しい女性《ひと》は頬を朱に染めていた。大きな瞳は、ウルウルと潤んでいた。 (どうして……)  佐智はそんな表情を見せるのか。  顔が赤いのは、向かい合っての両手貝殻つなぎが恥ずかしいのか。いや、違う。もしそうなら、絡めた手を離すはずだ。  瞳が潤んでいるのは、悲しいからなのか。いや、そんなわけがない。息がかかるほどの距離で向かい合い、お互いの体温を感じながら、佐智が悲しいわけがない。 (きっと、佐智は……)  彼女の気持ちに気づいたところで、あたしは意識せず目を閉じていた。  佐智の顔がさらに近づく気配。  あたしの唇に、柔らかく熱いなにかが触れる。  沙智の唇だ。あたしは愛しい彼女と、生まれて初めてのキスをしているんだ。  そうと気づき、言葉では形容しようのない悦びが湧きあがる。  やがて、佐智の唇が離れる。  ゆっくりと目を開ける。  すると超至近距離で目が合い、ふたり同時に照れ笑いした。  明里と私が交際を始めてから、ひと月ほどが経った。  その期間で、わかったことがふたつある。  ひとつは、どうしようもなく明里が好きだということ。もうひとつは、愛しい彼女は意外と奥手だということ。  いや、奥手というのは正確じゃないかもしれない。  たぶん、ほんとうに漠然と思っているだけだが、明里はいわゆるネコなのだ。  だから初めてのキスをしたとき、彼女は先に目を閉じ、受け身の姿勢を見せた。  受け身を好むゆえ「好き」と告白はできても、自分からそれ以上の関係に進むことができない。 (だとすれば……)  私が誘わなければならない。  勇気を出して告白してくれた明里を、次は私が導かなくてはならない。 (でも……)  どうやって誘えばいいのか。  そもそも明里は、ここから先に進みたいと思っているのか。  思ってはいても、どこまでの関係を期待しているのか。  思っていないのに、あるいは思ってはいても、彼女が望む以上の行為まで、私の勝手な思い込みで突っ走ってしまったら――。  彼女を好きになったときと同じように弱気の虫が顔を出し、私は悶々とし始めた。  佐智が悩んでいることは、すぐわかった。  それはきっと、あたしにしかわからなかったこと。あたし以外の誰も、彼女の悩みに気づいていない。  佐智の悩みは、どうやって私との関係を1歩先に進めるかという点。具体的には、キス以上の肉体的な関係を持つきっかけを、どうやって作るのか。  その頃になると、あたしにはもうわかっていた。  佐智は、いわゆるタチだ。本来なら、相手をリードしたい性向の持ち主だ。  昼も、おそらく夜も。  きっと彼女は、告白も自分がしたかったに違いない。でも、あたしがするまでできなかった。  それはただ、佐智が弱気で引っ込み思案だからではない。 (たぶん……いえ、きっと佐智は……)  昔、女の子に告白したことがある。あたしが彼女にしたように、勇気を出して告白した結果、断られた経験がある。  いや、それだけじゃない。  告白した結果、嫌なことが起きたのだ。それで、つらい思いをしたのだ。  そうなることを恐れ、山百合学園で佐智に出逢うまで、行動を起こせなかったあたしにはよくわかる。 (でも……いえ、だからこそ……)  佐智にはもう一度、行動してもらいたい。あたしを、今より先に誘ってほしい。  そう思いながら、あたしはそのときを待った。  悩み始めて、さらに1週間ほど。  私はまだ、明里を誘えないでいた。  流れでキスをしたあの日から、1歩も前に進めていなかった。  ことここに至り、明里も先に進みたいと、今以上の濃密な関係を持ちたいと思っていると、私は確信するようになっていた。  でも、進めない。  それは、ただ肌を触れ合わせ、お互いを求める以上の関係を、私が望んでいるから。  明里を独占し、支配し、所有したいとすら、私は願っている。  その願望を、彼女は受け入れてくれるだろうか。  もし濃密な関係を持ったあと、私が行為をエスカレートさせていったら、彼女はどこまで許容してくれるのか。  ネコの明里は、許容できるギリギリまで私の行為を受け止めてくれるだろう。  だが、その一線を超えたとき――。  中学時代、私は同級生に告白して断られた。  その子が私の告白を言いふらすようなことはなかったが、とても気まずくなってしまった。彼女も私を避けるようになり、それまでのような、仲のよい友だちではいられなくなった。  その教訓から、次に告白したい相手が現われたら、まずその人の気持ちを探ってからと考えた。 (でも……)  いつまでも、悩み続けているわけにはいかない。  明里が勇気を振り絞って告白してくれたように、私も前に進まなくてはならない。  秘めた願望を小出しにしながら許容範囲を探るようなやり方ではなく、彼女がしてくれたように、自分の正直な気持ちをぶつけないといけない。  そう心に決めて、練習を終えた彼女と落ち合う。  いつものように手をつなぎ、寮への道を歩く。  今日、これから、私のすべてを明里の前にさらけだすつもりで。  いつもの待ち合わせ場所にいた佐智の表情は、どことなく硬かった。  あたしに向ける笑顔は、なんとなくぎこちなかった。  つなぐ手は、心なしか汗ばんでいた。 (佐智はきっと……)  今日、あたしを誘うと決めたのだ。  流れでキスしたときと違い、強い意志をもって、そうすると決意したのだ。  その思いに必ず応えようとあたしも思い定め、寮の個室に戻る。  すると、制服から部屋着に着替える前に、沙智があたしの手を取った。 「明里、ちょっといい?」 「うん、いいよ」  そう答えたのは、ただ話を聞いてもいいという意味ではない。それがどんな話であれ、佐智の望みはすべて受け入れてもいいという意味だ。 (でも……)  ロマンティックな雰囲気を作ってという感じじゃなく、まじめに正面から向き合って誘うのも、不器用な優等生の佐智らしい。  そう考えて、ほほえましい気持ちで聞いた言葉は、あたしの想像の斜め上をいくものだった。 「きみを飼いたい」  手を握ったまま、まっすぐ見て告げると、告白されたときの私と同じように、明里は目を見開いた。  でも、それは一瞬のこと。 「明里を飼いたい」  もう一度、目をしっかりと見て告げると、あのときの私と同様、明里はぎこちなくほほえんで答えた。 「いいよ、あたしを飼って」  飼うという言葉の意味が、わからないような明里ではない。  とはいえ、具体的になにをするのか、されるのかは知らないだろう。  にもかかわらず、彼女は無条件に受け入れてくれた。 (きっと……)  私になにを求められても、承諾すると決めていたのだ。  それが、嬉しい。  すべてをさらけだした自分を、迷いなく受け入れてくれたことが。それほどまでに私を愛してくれていることが。そんな明里を、愛していられることが。  たまらなく嬉しい。 「でもね、ひとつお願いがあるの」  そこで、明里が冗談めかして告げた。 「飼うと決めた以上、途中で捨てたりしないこと。最後まできちんとお世話すること」  もちろんだ。異存があるわけない。  そのことを、明里がしてくれたように迷いなく答えると、愛しい女性《ひと》は心の底から浮かび上がってきたような笑顔を見せてくれた。 「きみを飼いたい」  その言葉は、全く予想していなかった。  正直、驚きとまどった。 「いいよ、あたしを飼って」  でも、驚きとまどいつつも、迷わず答えた。  あらかじめ、なにを言われても受け入れると決めていたから。  いや、それだけじゃない。  実のところ、佐智の言葉を聞いたあたしは、彼女に飼われたいと思ってしまった。  ずっと手元に置かれ、愛玩されたいと、そうなったらどんなに幸せだろうと想像してしまった。 「でもね、ひとつお願いがあるの。飼うと決めた以上、途中で捨てたりしないこと。最後まできちんとお世話すること」  自分のことをペットに見立てて告げたのもそのためだ。  しかし、冗談めかしたお願いを、佐智は正面から受け止めた。  受け止め、彼女らしくまじめに答えてくれた。  それで佐智の真剣さを感じるとともに、自分は愛しい女性《ひと》のペットのような存在になったのだと、現実味を帯びて思い知った。  とはいえ、自分の言動を後悔することはなかった。  むしろ、飼われる悦びが大きくなった。  具体的になにをされるのか、させられるのか、してくれるのか、まったくわからない。  だが、佐智が望むことならなんでも受け入れようと、むしろ受け入れたいと、あたしは思っていた。  カーテンの隙間から差し込む月明かりの中、白いシーツの上で明里の肢体が蠢く。 「ン、く……ぅん」  けっして巧みとはいえない私の指技で高まり、声を抑えようと、薄い夏布団の端を噛む。  かわいい。なにもかもがかわいい。  かわいい明里が、愛おしくて仕方ない。  その気持ちを素直に伝えると、彼女が唇を求めた。  そうと口にしたわけではないが、明里が私を求めていることは伝わった。  それで、あおむけの彼女に覆いかぶさるように、唇を重ねる。  私の長い髪がぱさりと下に流れ、面紗《ベール》のようにふたりの接吻《ベーゼ》を隠す。  そのなかで、私たちは互いを求め合う。 「ん、ン……」  艶を帯びた明里のうめき声。 「ン、ぁ……」  ときおり息つぎをしながら、私も昂ぶっていく。  もともとそれほど大きくないうえ、あおむけに寝ているせいでなだらかになった明里の胸に、私の柔らかい乳房も重なる。  明里の胸の頂に、彼女の高まりを示すかのようにポチッと屹立した乳首に、ときおり私の乳首が触れる。 「あ、ぅん……」  濃厚なキスをしながら、明里が艶めく。 「んっ、ぁ……」  呼応するように、私も蕩ける。  あれから何度、肌を重ねただろう。  もう、わからない。  わからないが、明里を抱くたび、彼女のことがいっそう好きになる。愛おしさにたまらなくなる。  そんな明里を、恋人からペットに変えるアイテムを、私は枕元の棚から手探りで取り出した。  そして唇を離し、明里のお腹を跨いで馬乗りになると、薄く目を開けた彼女にそれを見せつけた。  重ねていた唇を離した佐智が、あたしのお腹を跨いだ。  どうしたんだろう。次はなにをするんだろう。  期待半分、目を開けると、佐智がそれを手にしていた。  あたしを彼女の恋人からペットに変えるアイテム、首輪。  ペットの首輪と言われれば、そうとしか見えない。それでいて、首飾りのチョーカーだと言い抜けることができそうなそれは、あたしも一緒に選んだものだ。  それが、今これから着けられる。着けてもらえる。 「首輪、嵌めるね」  そうだ、首輪は着けるものではなく、嵌められるものだ。  恋人が相手着けるアクセサリーではなく、ペットが飼い主に嵌められる支配と服従の証なのだ。  そう考えて、ズクンときた。 「あぁ……」  頭が蕩け、甘い吐息を漏らす。  熱く火照る肉の奥が融け、蜜となってジュンと染み出す。  馬乗りのまま、佐智があたしの首に手を伸ばした。  後ろに手を回しやすいよう頭を浮かせると、うなじに首輪の革が触れる。  その冷たさが、ペットの身分を実感させた。  佐智に飼われる立場になったのだと、あらためて思い知らされた。  冷たい、でも柔らかい革が、首に巻きつけられる。  それが首が締まらない程度に軽く肌に食い込んだところで、バックルが留められると、締めつけが少し緩んだ。  ついに、首輪を嵌められた。  身も心も、佐智のものにされた。  その悦びを噛みしめながら、佐智を見上げると――。  差し込む月明かりの下、愛しい飼い主は唇の端を吊り上げ、妖しく嗤っていた。

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