魔法少女特別対策班の凄惨 (Pixiv Fanbox)
Published:
2022-09-09 09:00:00
Imported:
2022-09
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「ふぅ……やれやれだわ」
新任の上司たる貴屋真有紀美《きやま ゆきみ》を送り出し、自室の椅子に深く腰かけると、真祖の魔法少女にして魔法少女特別対策班班長、黒咲弥美《くろさき やみ》はひとつ息を吐いた。
「でも彼女には、とても大きい野心がある。その野心をうまくくすぐり、利用すれば、私の野望が実現に近づく……」
そうつぶやくと、弥美は唇の端を吊り上げて嗤った。
弥美が有紀美に語った言葉は、すべて真実というわけではなかった。
それは、魔法少女と魔巣拘斗についてのこと。
『魔巣拘斗の姿は、同類と魔法少女にしか見えません。その声は、仲間と魔法少女にしか聞こえません』
その言葉は、事実だった。だが続く言葉は、ほとんど嘘だった。
『魔巣拘斗は、自らの魔法少女の前では、小動物のような愛らしい姿に擬態しています』
それは違う。魔巣拘斗は、擬態などしていない。
『魔巣拘斗は、自分が覚醒させた者以外の魔法少女には、醜悪な真の姿を見せていると?』
弥美が肯定した有紀美の問いは、ほんとうは当たっていない。魔巣拘斗の真の姿は、けっして醜悪なものではない。
魔法少女が、真の姿を見せたほかの魔巣拘斗や、自分以外の魔法少女と戦っているわけでもない。当面の敵を倒したあと、その矛先が人類に向くということもない。
『我々はいまだ、魔巣拘斗出現の予知はおろか、出現したこと自体を感知できないのですから』
魔巣拘斗出現を予知できないのは事実だが、弥美は出現したことを感知できる。
「そもそも……」
薄く嗤ったまま、弥美はひとり言《ご》ちた。
「資質ある娘を魔法少女として覚醒させる魔巣拘斗も、ほんとうは魔法少女。自らの力で能力に覚醒した、真祖の魔法少女……」
そこで弥美が椅子から立ち上がり、入り口とは反対側の書架に歩み寄った。
「長年、私は探してきた……」
書架から一冊の本を取り出し、その奥に設えられたスイッチを押す。
すると書架がゆっくりと横に移動し、鋼鉄の扉が現われた。
「そして、ついに見つけた……」
つぶやきながら、弥美が扉に設えられたキーパッドに暗唱番号を入力する。
ぶ厚い鋼鉄の扉が、スライドしてゆっくり開く。
「見つけて、捕らえた……」
捕らえた者が、この部屋にいるというのか。
「戦闘を中心にあらゆる魔法に長けたゼネラリストの真祖たる私とは違い、ほかの娘を眷属の魔法少女として覚醒させる能力に特化した、覚醒スペシャリストの魔法少女。いわば魔巣拘斗の真祖を……」
その娘が、ここに閉じ込められているのか。
部屋の中には、逆海老反りを強いられた若い娘を象ったような、鋼鉄のオブジェが天井から吊られているだけなのに。
もしそのオブジェの中に人が閉じ込められたら、苦しい体勢に1時間も耐えられないだろう。
顔の部分に縦に並んだ小さな穴のうち、上側の緑色のLEDランプ近くのものが呼吸孔だとすれば、生きていくのにギリギリの空気しか取り込めないに違いない。
下側の赤いランプつきのほうが食餌用なら、固形物は注入できず、流動食しか与えられない。
「うふふ……」
瞳に妖しい光をたたえ、弥美が鋼鉄のオブジェの前に立った。
「そろそろ、仕上がってるかしら……」
どこか恍惚としたような表情でオブジェの表面を撫で回し、それから手のひらに収まる程度の小さな端末を取り出す。
「快楽の虜にしたあなたを堕とし、私に絶対服従の奴隷とする。そのうえで、集めた魔法少女候補をあなたの力で覚醒させる。そうして、私の魔法少女部隊を編成する。そのために……」
そう言いながら、弥美が端末を操作すると、オブジェからピッと小さな電子音が聞こえた
「今、顔だけ解放してあげる。顔を見ながら、陥落の言葉を聞いてあげる」
そして端末をポケットにしまい、人型オブジェの顔にあたる部分の側面に設えられていた、親指の爪ほどの大きさのピンを外す。
すると、仮面のような部分が、オブジェ本体から離れた。
「ぉ、う……」
直後、オブジェ本体と仮面の隙間から、人のうめき声のような音が聞こえた。
「おぅ、ぉご……」
仮面が本体から離れるにつれ、うめき声が大きくなる。
その下から、人の――若い娘の顔が現われる。
「ぉお、ぅごぉ……」
その娘が目を白黒させながら、獣のように低くうめく。
それは彼女の口に赤いホースが、ふたつの鼻孔に緑色のチューブが、それぞれねじ込まれていたからだろう。
その色からして、同じ色のLEDが灯る仮面の穴に、ホースとチューブはつながっているのだ。
仮面が20センチ以上顔から離れた。
しかし、ホースとチューブは、まだ娘の口と鼻から抜け落ちない。
「ねぇ、引きずり出されるの、つらい?」
苦しげにうめく娘に、弥美がいやらしく訊ねる。
「うふふ……まだ喋れないか?」
それは、ホースがいまだ、彼女の口中を占拠しているから。
「でも、喋れても答えてくれなさそうね?」
そう言ったのは、娘が一瞬、弥美を睨んだからだ。
「これに閉じ込めて、すでにひと月。まだ、そんな目ができるのね……大好きよ、苛めがいがあるわ」
そして、弥美が妖しく輝く目を細めた直後――。
「ぉごぉおおッ!?」
ホースとチューブを一気に引きずり出された娘が、再び目を剥いてうめいた。