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 魔法少女が初めて公式に確認されたのは、20年ほど前のことである。  以来、少なくない数の魔法少女が、登場してきた。  はじめは、ごく稀に自然発生的に。のちに、魔巣拘斗《マスコット》と呼ばれる、いわば触媒のような存在を介して、同時期に複数。  とはいえ、魔巣拘斗が一から魔法少女を作るわけではない。それが年頃の娘の内に眠る資質を見いだし、覚醒させ、盟約を結ぶことにより、魔法少女が誕生する。  魔巣拘斗がいれば、資質のない娘でも魔法少女になるわけではない。また資質のある娘であっても、真祖と呼ばれる自ら覚醒したごく一部の者を除き、魔巣拘斗の助けなしには魔法少女にはなれない。  そうして覚醒した魔法少女と、覚醒させた魔巣拘斗は、協力して人知れず人類の敵と戦い、陰ながら人と人の暮らしを守って――。 「魔法少女と魔巣拘斗について、長くそう考えられてきました。しかし、わが魔法少女特別対策班の調査研究により、実は違うということが判明したのです」 「違う……とは?」 「はい、実のところ、魔巣拘斗の姿は、同族と魔法少女にしか見えません。その声は、仲間と魔法少女にしか聞こえません。そして魔巣拘斗は、自らの魔法少女の前では、小動物のような愛らしい姿に擬態しています」 「つまり魔巣拘斗は、自分が覚醒させた者以外の魔法少女には、醜悪な真の姿を見せていると?」 「ご明察です、閣下」 「閣下はよして頂戴。私は国家と国民に奉仕する、いち公僕にすぎないのだから」 「うふふ……そうでしたわね。ここでは、そういうことにさせていただきましょう」 「まったく、かなわないわね……魔巣拘斗の助けなしに、自らの力で覚醒した真祖の魔法少女たるあなたには、すべてお見通しというわけ?」 「ご想像にお任せいたします。とはいえ今の私は、閣下の目であり手足であることをご理解いただければ幸いです」 「ありがとう、力強いわ。ともあれ、魔巣拘斗は自分が覚醒させた者以外の魔法少女には、真の姿を見せている。魔法少女と魔巣拘斗以外には、彼女たちの存在は認知されない。魔法少女と魔巣拘斗は、同時期に複数存在している。だとすれば……」 「ええ、彼女たちが戦っている人類の敵とは、真の姿を見せた魔巣拘斗と自分以外の魔法少女なのです。その戦いで生き残った魔法少女の証言しか得られないので、一般的には魔法少女は人類の敵と戦っているとされてきたのです」 「よくわかったわ。でもそれだと、魔巣拘斗と魔法少女の戦いは、我々にはまったく関係ない次元で行なわれているということでは?」 「はい、今のところは」 「今の、ところ?」 「ええ。自らの妨げになる同類と魔法少女をすべて倒したあと、勝ち残った魔巣拘斗が次に牙を剥く先は、どこだとお考えになりますか?」 「役目を終えて眠りに就く……というのは、楽観的すぎる考えなのでしょうね」 「魔巣拘斗は猜疑心と攻撃性の塊。ほかの魔巣拘斗と魔法少女いなくなれば、それが向かう先は、彼ら彼女らにとっての次なる脅威……つまり、人類です」 「だから、魔法少女として覚醒しないよう資質がある娘を捕らえ、こうして監禁していると?」 「そのとおりです、閣下。我々はいまだ、魔巣拘斗出現の予知はおろか、出現したこと自体を感知できないのですから」 「ならば、捕らえた娘にどうしてこんな仕打ちを? ただ、閉じ込めておくだけではいけないのかしら? これほど大勢の、若い娘を……」 「現在のところ、23名です」 「正確な数字はいいわ。ともあれ、私もけっして善人ではないけれど、いち公僕としてこれは見過ごせないわ」 「ですが閣下、ここで施している処置には、すべて理由があります」 「理由? 覚醒前の娘には厳重すぎる拘束にも理由があると?」 「ええ、万が一我々が感知できないままここに魔巣拘斗が出現し、気づかぬうちに目当ての娘を覚醒させてしまっても、この拘束装置があれば、短時間ではあっても逃げられることを防げます」 「なるほど、覚醒されてもすぐ逃げられなければ。全員同時ならともかく、ひとりやふたりなら。真祖の魔法少女たる貴女が対処できる……ですか。では、彼女たちに同じ髪型を強制し、同じ制服を着せ、架空の名前の名札をつけ、顔にカバーをかけていることにも意味が?」 「もちろんです。彼女たちの個性を奪うことで、もしここに魔巣拘斗が出現しても、自分が覚醒させるべき娘を探し出すまでの時間稼ぎができます」 「顔カバーの下で、彼女たちの鼻を吊り上げていることも?」 「これは個性を奪うことに加え、顔を醜悪なものに変えることも目的です。魔巣拘斗が覚醒させる魔法少女の特徴として、容姿端麗という点も挙げられますから」 「では、このお股の……」 「はい、魔法少女は覚醒時、処女であることがひとつの条件です。まれに例外があり、それが絶対条件ではありませんが、あらかじめ処女を奪っておくほうが安全なのは間違いありません」 「その、なんと呼べばいいのか……それ以外の股間の装具については?」 「尿道と肛門の排泄管理器具ですね。口から食道へと挿入された食餌管理器具同様、我々の管理を容易にするためのものです」 「わかったわ……それにしても、やはりこれは行き過ぎでは? こんな残酷な状態で、人が心身の健康を保てるわけがない」 「閣下、彼女たちが魔法少女の資質を持つ娘であることをお忘れですか?」 「それはどういう……?」 「ここにいる娘で一番の古株は、すでに8年間この姿で暮らしています。それで肉体的にも精神的にも健康な状態と、若く可憐な容姿を保っているという事実が、その答えです」 「なるほど、覚醒前であっても、一般国民とは身体と精神の耐久性が違うということですか……。ともあれ、これは私が赴任してくるずっと前から、延々と続いていることなのね」 「そのとおりです。これは、閣下がお命じになった措置ではありません」 「わかりました……では、くれぐれも問題は起こさないように」 「心得ております」 「ふぅ……やれやれだわ」  上司たる新任の高級官僚を送り出し、自室の椅子に深く腰かけると、真祖の魔法少女にして魔法少女特別対策班班長、黒咲弥美《くろさき やみ》はひとつ息を吐いた。  これまで2年に1度、短いときは毎年、上司が変わるたび繰り返されてきたやりとりである。 「でも……」  弥美はこのたび、新たに赴任した貴屋真有紀美《きやま ゆきみ》に、これまでの上司とは違うものを感じていた。 「彼女には、とても大きい野心がある。その野心をうまくくすぐり、利用すれば……」  弥美自身の野望が、実現に近づく。  そう考えて、黒咲弥美は唇の端を吊り上げて嗤った。  弥美は自身が期待する新しい上司・有紀美にも、魔法少女と魔巣拘斗について、事実を語っていなかった。  弥美が有紀美に吐いた嘘とは。そして、嘘を吐いてまで、彼女が為そうとしていることは――。

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