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こちらは『永久封印指定の魔女~破綻』の続きのイラスト・SSで、永久封印指定の魔女シリーズの最終回となります。 「特別刑務所職員、竿尾妹実《さお まいみ》……」  男とも女とも判別できない、機械的に変換された声が私の名を呼ぶ。  いやほんとうは、それは私の本名ではない。  数藤ルリカ――今も地下数十メートルに封印されている、永久封印指定の魔女――の救出を目的に、彼女の監獄の看守になるために使用した偽名である。  とはいえ、私にほんとうの名前があるわけではない。  竿尾妹実を名乗る前の名も、私という個体を識別するため便宜上つけられただけの、記号のようなものである。  先の大戦における戦争孤児だった私は、引き取られた施設で受けた検査により、違法な遺伝子操作による肉体強化への適性を見出され、研究所に送られた。  そこで出逢ったのが、ルリカだ。  彼女が最高傑作とされたのに対し、私の強化率はせいぜい常人の1.5倍程度。いわば超優等生と落ちこぼれという関係なのに、なぜか彼女は私と仲よくしてくれた。  強化兵士としては落第生の私が、臨時雇いの雑用係として研究所と部隊に残れたのは、ルリカの強い推しがあったから。  それがなければ、私は失敗作として早々に闇から闇に葬られていただろう。  同時に関係者すべてが処刑されたにもかかわらず私が見逃されたのは、部外者にはただの雑用係と思われていたからだ。  とはいえ、彼女が私を助けてくれたのは、同情からではない。私がルリカに尽くしたのも、恩を感じたからだけではない。  私は、ルリカが好きだった。ルリカも、私のことを愛してくれた。  そう、ふたりの関係は――。 「竿尾妹実……」  もう1度名を呼ばれ、私はようやく覚醒した。 「現在の状況は把握できているか? できているなら、1度だけ発声せよ」 「あぅ……」  応えて素直に声をあげてしまったのは、数日間にわたる尋問で使用された、強力な自白剤の影響がいまだ残っているから。  そう、私は囚われの身になっていた。  ルリカの身柄を狙って潜入した敵国の女スパイが捕らわれたあと、特別刑務所全職員に対する身辺調査が、極秘裏のうちに行なわれたのだ。  その結果、不審なところのある者は全員拘束され、自白剤を用いての尋問が実施された。  実のところ、自白剤は睡眠導入剤の一種である。投与された者が眠りに落ちる寸前、心の防壁が失われる時間帯に質問し、回答を引き出すためのものだ。  とはいえ、その時間は短い。個人差はあるが、せいぜい数分間程度。当然質問できる内容は限られているし、当人は夢うつつの状態だから、期待できるのは『はい』か『いいえ』程度の簡単な答えのみ。  だから、私の過去やルリカとの関係にまで質問は及んでいないだろう。それは、私のことをいまだに『竿尾妹実』と呼んでいることでもあきらかだ。  潜入までの工作に使ったのはすべて非合法組織だから、仮に私の供述を元に摘発を受けたところで、なんら問題はない。  白状させられた事実もあるだろうが、そこから私の背景が知れることも、協力者に捜査の手が及ぶことも、まずありえない。  とはいえそれは同時に、私の潔白が証明されるわけでもないということ。むしろ、疑いは深まったと言えるだろう。  そして自白剤を用いての尋問で、満足する供述を得られなかった場合、諜報機関が行なうことはただひとつ。 「これより、拷問を執り行なう」  予想したとおりの言葉を、電気的に変換された声が告げた。 「そのための準備はすでに、整えられている」  そのことも、全頭マスクの目の位置に穿たれた穴ごしの視界に見る正面の鏡――おそらくそれはマジックミラーで、その向こうに声の主がいる――で、すでにわかっていた。 「我々の拷問がどういうものか、知っているな?」  そのことも、知っていた。  ほんとうの拷問は痛めつけながら問うのではなく、徹底的に痛めつけ、拷問の恐怖を植えつけたあと、休憩時間に問うものだ。  拷問の恐怖に苛まれた者は問われていないことまですべて白状するし、そうならなければ、さらにきつい拷問を加える。  繰り返し、繰り返し、何度でも。  そんな諜報機関の拷問に耐え抜くことは、私にはできないだろう。  精一杯粘り、手こずらせてやるつもりではいるが、いつかは洗いざらい白状させられてしまうに違いない。  私と私の計画は、終焉を迎える。  だが、それでいい。  ルリカ以外の強化兵士部隊の仲間も、研究機関の者も、今はもうこの世にいない。孤児である私の背景を知られたところで、誰に迷惑がかかるわけではない。  ここに至るまでの協力者はいるが、あえてお互いの正体を教えあっていない。  そして私からの連絡が途絶えた場合、その協力者が、ルリカ救出のための最後の手段を発動する手はずになっている。  だから、それでいい。  覚悟を決めた私の前に、拷問部屋に入ってきた覆面の女が立つ。  直後、開口式口枷を嵌められて閉じられない口に、シリコンゴム製の棒がねじ込まれた。 「ぉ、う……」  ゴムの棒に一瞬喉奥を突かれ、えずきかけたところで、口枷に固定される。  眠っているあいだに測定されたのか、ゴム棒の長さは気道に達して塞ぐか塞がないかギリギリの長さ。  首の角度を一定に保っておかないと、気道入り口を塞がれて呼吸を止められそうになる。  おまけに全頭マスクの鼻の位置に穿たれた呼吸孔がきわめて小さいせいで、口を塞がれた今、吸い込める空気の量ははじっとしていてギリギリ。わずかでも呼吸を乱してしまえば、窒息の恐怖に襲われるだろう。  とはいえ、口枷のシリコンゴム棒は、あくまで拷問の準備のようなもの。  呼吸を制御された私の身体に、いよいよ拷問用の装具が取りつけられる。  あらかじめ嵌められていた電極乳首ピアスに、電源コードが接続される。  特殊な装具で拡張された膣と肛門に、極太電極棒が挿入される。  そして、呼吸制御のせいで声もあげられない私に、無慈悲な宣告が行なわれた。 「それでは、拷問を開始する」  直後、装着された拷問器具に、電源が入れられた。  あたし、数藤ルリカが解放されたのは、突然のことだった。  強化兵士の最高傑作たるあたしが地下監獄に人知れず封印されていることを示す証拠が、何者かの手で国際機構に持ち込まれたのだ。  その結果、急遽国際機構の強制査察が入った。  現政府は封印当時の関係者にすべての責任を被せたうえで事実を認め、あたしを解放した。  その後、接触してきた通報者に、ことの経緯を知らされた。  愛する女性《ひと》が竿尾妹実を名乗り、あたしを救出しようとしてくれたこと。その女性は囚われの身となり、いまだ監禁されていること。そして国際機構の監視が厳しい今、処刑されずに生存していること。  そのことを知らされたあたしが、やることはひとつだった。  強化兵士の最高傑作たるわが身をもって、彼女を救い出す。そのうえで、協力者が手配した第三国へとふたりで脱出する。  失われた時を取り戻すため、あたしは再び武器を取った。 (了)

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