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2話 新たな支配者 「ふぎぃあああッ!?」  まず乳首に生まれた痛みに、続いて襲いきた衝撃的な快感に、灯里は絶叫して覚醒した。 「はひッ、はッ、ふはッ……」  乳首に嵌められたピアスの金属球をつかまれ、捻りながら引っ張られたのだと気づいたところで、その手を離される。 「ふひゃあああッ!」  それで吊られた金属球にピアスを引かれ、もう一度快感の大波に襲われる。 「はふっ、はっあっ……」 「やっぱりそうね」  その快感の余韻に酔わされていると、拘束衣のまま寝台に横たえられたわが身を見下ろしていた女が、口を開いた。  歳の頃は、20代後半といったところか。魔法師のローブ――それが魔法師の身分を示す職業着だということは、のちに知った――を着た、無表情な女。 「乳首がちぎれそうなほど引っ張っても、この子は快感を得ている。あらゆる刺激を性的快感に変換するピアスを外さないと、一生色狂いのままね」  見知らぬ他人にあらためて言われ、再び絶望感に囚われる。  とはいえ、それはすでに灯里自身自覚していたこと。今大切なのは、この女が何者なのかということだ。  自分をラウラから買った、新しい飼い主。そう考えるには、違和感がある。  ラウラの顧客は、すべて有力貴族か大富豪。  しかし今寝かされているこの部屋は、富豪の邸宅とは思えない。板張りの粗末な壁、低い天井。どちらというと庶民の家、いや家というより小屋と呼ぶべきか。  さらに目の前の化粧っ気がない女も、貴族には見えない。女が纏うローブはもともと高級そうだが、古びて若干色落ちした雰囲気があり、貴族の衣装とは思えない。 「イリア……それはつまり、この子を正気に戻すことはできない?」  加えて、イリアと呼ばれたローブの女と対等に話す、もうひとりの女だ。  年齢はイリアより少し若いくらいか。灯里と同じように日焼けした顔に、質素な生成り色のワンピース。イリア以上に、貴族や富豪の雰囲気はない。 「元どおりには……ね」 「ある程度は戻るってこと?」 「ええ、さっきも言ったとおり、ピアス本体が魔力回路で、吊られた金属球が増幅装置。接続部分を切断して金属球さえ外せば、魔法の効果は半減する。それにこの子、今でも完全に正気を失っているわけじゃないわ」 「まさかこんな状態で……ほんとうに?」  その女の疑問は、灯里自身のものでもあった。  凄絶な調教に屈してしまい、熟練の魔法調教師ラウラに奴隷堕ちを宣言され、あらゆる刺激を性的快感に変換するピアスを乳首に嵌められた自分に、正気が残っているとは思えない。  実のところ、そう考えられることが、灯里に正気が残っている証である。  とはいえ、奴隷堕ちの運命を受け入れきっていた灯里は、そのことに気づけない。 「エレナ、見て」  そこでもうひとりの女の名を呼んで、イリアが寝台の上の灯里を見た。つられてエレナも視線を落とす。 「ごくわずかだけど、瞳にまだ理性の光が残っているわ。そして正体を探るように、私たちを見ている。話を聞いている」 「それじゃ、私たちの計画を進められるってこと?」 「そうよ。でもそのためには、さっき言ったように、再調教しなくちゃいけない。だけど、そのことはほかの面子に知られてはいけない。わかるわね?」 「ええ、聖女の再来を、私たちが調教しているなんて、知られるわけにはいかないわ」 「そこで、エレナに頼みがあるの……」  そこで唇の端を吊り上げて嗤い、イリアがエレナに告げた。 「皆に聖女に魔法治療を施すと告げてきて。その治療は苦痛を伴うものだから、叫び声が聞こえるけれど、心配しないようにって。そして、なんぴとたりとも、この部屋に近づけないで」 「さて、と……」  エレナが部屋を出ていったあと、イリアがあらためて灯里を見た。  その瞳には、嗜虐的な光が宿っている。これから行う再調教とやらに、昂ぶっているのだろうか。しかし、瞳の光以外に表情の変化はない。  思えば、ラウラは表情豊かだった。灯里が従順に従えば満足そうにするし、逆に上手くできなければ怒りの表情を見せる。  それは調教を進めるうえであえてそうしていたのだが、ラウラの感情の動きがわかり、被虐者としてある種の安心感があった。  しかし、イリアは違う。  灯里を責めることに昂ぶっていることはわかっても、どうなれば満足するのかわからない。  わからないから、恐ろしい。  聖女、魔法治療、再調教……。恐ろしくて、イリアの口から吐き出された数々の不穏なワードのことを、訊ねることもできない。  もっとも口枷を嵌められたままだから、物理的にも訊ねられないのだが。  ともあれラウラとイリア、ふたりの表情の差は、対象を奴隷として完成させることが目的の調教師と、自分が満足することだけが目的の嗜虐者との差なのだろう。  被虐者としてなんとなくその違いを感じ取り、恐れおののく灯里にイリアが語りかける。 「私がエレナに頼んだことの意味、わかる?」  それは、苦痛を伴う魔法治療を施すということ。そのために灯里があげる叫び声に仲間が動揺しないよう、あらかじめ告げておくこと。そして、誰もこの部屋に近づけないこと。 「あぅ……」  そのことを承服して灯里がうなずいたのは、彼女が身も心も奴隷に堕ちているからだ。  同時にイリアの言葉を理解できたのは、彼女が理性と正気を残している証拠だ。 「ほんとうに、言葉どおりの意味だと思う?」 「あぅ……?」  しかし、それはわからなかった。  灯里を正気に戻すためという言葉の奥に、嗜虐心を満たしたいという本能の気配は感じたが、それ以上の意図は感じられなかった。  そのため灯里がキョトンとしていると、イリアが唇の端を吊り上げて嗤った。 「うふふ……さすがにわからないか。まぁいいわ。おまえはおとなしく、私に従っていればいいだけ」  そして革の拘束衣に囚われたままの灯里の身体を、ベルトで寝台に固定していく。 「魔法師としての格では、私はラウラ・コペンハーデに遠く及ばない……」  そう言いながら、交差した腕のすぐ下の、お腹のあたりでベルトを締められた。 「そのうえ、私の得意は戦闘用の魔法……」  さらに胸の上でもベルトを締められた。 「攻撃魔法と、応急処置程度の回復魔法しか使えないの……」  それから太ももと脛のあたりでもベルトを締められ、寝台に縫いつけられた。 「そう言えば、これだけ厳重に拘束する意味、わかるわね?」  つまり、灯里を暴れさせないためだ。  これから行われる処置は、拘束衣に囚われていてなお、灯里が暴れだすかもしれないほどの苦痛をともなうということだ。  そしてその苦痛を和らげる手段を、イリアは持っていない。 「うぃあ(いや)……」  そのことを感じ取り、灯里が震える。  灯里はもともと、痛みに弱い。  それを知ってから知らずか、おそらくは知ったうえで、ラウラは痛みを中心とした調教を施さなかった。  鞭を使うことはあったが、そのときは痛みが快感に変換されるようなしかけを施し、しかも痛みが変換された快感を凌駕しないよう、力を加減していた。  そして、そんな灯里が対象の苦痛など考慮せず、思うさまに責め苛むことを悦びとするカルラ・ベルンハルトの元でも長持ちするよう、乳首ピアスの処置を施した。 「その乳首ピアスと金属球を接続する部分を、今から切断してあげる」  おののき、震える灯里に見せつけるように、イリアが右手をかざした。 「ピアスに施された痛みを快感に変換するラウラの魔法回路は、おまえの感覚神経に直結している……」  妖しく嗤いながら、呪文を詠唱。かざした右手に、魔法の刃を出現させる。 「だから、ピアスを切られる痛みは、おまえの肉体を斬られる痛みと同じ。接続部はピアス本体より細いし、それほど硬くは仕上げられていないようだけど……」  そしてピアスの金属球を左手でつかみ、上方に持ち上げた。  持ち上げられた金属球に、ピアスが引かれる。引かれたピアスに、乳首が伸ばされる。 「あっふぁあ……」  硬い金属に、敏感な肉を内側から刺激され、灯里が艶めいて喘いだとき――。 「ひいッ、ギ……ッ!」  魔法の刃が、ピアスと金属球の接続部分に押し当てられ、目を剥いて悲鳴をあげてしまった。 『ピアスを切られる痛みは、おまえの肉体を斬られる痛みと同じ』  イリアの予言どおり、乳首をニードルで貫通されたときと同種の、いやそれを上回る激痛。 「ぃぃあああ……あふぁあああッ!」  しかし耐えがたい痛みは、ピアスの効果ですぐに圧倒的な快感に変換される。  その快感で、もともと昂ぶった状態を維持させられていた灯里の肉体は、あっけなく性の高みへ飛ばされた。 「あぅあッ! うぃグ(イク)ぅううッ!」  あられもなく喘いで、瞬間的にイク。  厳重に拘束された全身がこわばる。こわばりながら、ビクンビクンと跳ねる。  しかし、ベルトで寝台にきつく縫いつけられた身体は、かすかに震えただけだった。  灯里にできたのは、意味不明な声をあげながら、いやいやするように首を振ることだけだった。  やがて、接続部が断ち切られる。  激痛と快楽の奔流は収まり、ジンジンと痺れるような疼痛混じりの緩い快感と、暴力的な絶頂の余韻だけが残る。 「はぁ、うぃ……はっ、あぁ……」  ときおりピクリと震えながら、放心したように、肩で息をする灯里。  しかし絶頂の余韻を味わう暇《いとま》も、休息する時間も与えられなかった。 「うふふ……金属球は、もう1個あるわよ」  瞳に妖しい光をたたえ、薄く嗤ったイリアが、もうひとつの金属球を持ち上げる。 「あっ、ふぁあ……」  もう一方の乳首を引き伸ばされ、新たな快感が生まれる。 「魔力増幅の金属球がひとつ減ったから、今度は快感より痛みが強くなるかしらね?」  そのことが愉しみであるかのように言って、魔法の刃を再びピアスと金属球の接続部へ。 「ぃぎぃああァアああああッ!」  イリアの言葉どおり、先ほどをはるかに凌ぐ激痛。 「あぃアァアああああああッ!」  しかし快感は、痛みを凌駕するほどは大きくならない。 「ぃあぃ(痛い)ぃあぃあアッ!」  とはいえ、確実に快感はある。  そして一度イッたあとだけに、二度めの絶頂までの道のりは近い。  そのせいで、痛みが快感に勝っている状態で、灯里は性の高みへと押し上げられてしまった。 「ふぎぃあああァアあああッ!」  激痛に悶絶しながら、灯里はイク。  痛いのに、イカされてしまう。自分は痛いのにイケる体質に変えられてしまったのだと、思い知らされる。  それは、イリアが意図したことではなかった。  若い女を責め苛むだけの新しい飼い主、カルラ・ベルンハルトの元でそうなるよう、ラウラが仕向けていたことだった。  しかし灯里の身柄は、元レジスタンスの盗賊団に奪われた。  カルラが享受するはずだった嗜虐者の立場を、イリアが手に入れてしまった。  やがて、接続部が切断される。ふたつ目の金属球も、ゴトリと落ちる。 「これで、おまえはラウラ・コペンハーデの呪縛から解放された。おまえの新たな支配者は私。私の元で、私とエレナの野望ために働いてもらうわ。そのために……」  そして灯里を寝台に縫いつけていたベルトを解きながら、イリアが宣告した。 「そのために……まずはおまえを再調教して、私が主人だと思い知らせておかないとね」  激痛の余韻と絶頂の恍惚のなかでイリアの言葉を聞きながら、灯里はこのたびも、そうされる運命を受け入れていた。  帝国随一の魔法調教師、ラウラ・コペンハーデの元には、日々各地から文《ふみ》が届く。  そのなかで一番多いのは、調教依頼と奴隷の発注。次に多いのは、奴隷を買った顧客からの礼状。たまに混じるのが、他国からの引き抜きである。  彼女が所属する帝国は、大陸《エルデ》の実に9割を支配下に置いている。とはいえ、残り1割の他国はある。いずれも帝国の覇権を認めたうえで存在を許された小国だが、それでも彼らのあいだでの上位争いはある。  その争いに勝つため、帝国随一と言われる魔法調教師を自国の所属とすることで、他の小国に対するアドバンテージを得ようというわけだ。  とはいえ、並みの貴族の年収に匹敵する高額な契約金を提示されようと、ラウラがその誘いに乗ることはない。  彼女の顧客は、いずれも帝国の有力貴族か大富豪。数度の奴隷取り引きで、提示された契約金と同程度の報酬を得ることができる。  そのうえ、覇権国家である帝国に所属していることのメリットも多い。 「駆け出しの新米調教師ならともかく、このわたくしを引き抜こうなんてね……」  この日も届いた小国の王からの文を暖炉に投げ込み、ラウラは次の書状を手に取った。 「これは……」  彼女が帝国各地に配置してある、調査要員からの文であった。  ラウラの顧客は、帝国の有力貴族か大富豪。それゆえに、気を使わねばならないことも多い。  基本的には身分が高い者、大きい権力を持つ者の依頼を優先に。奴隷の入手や調教の進み具合でそのとおりにいかない場合は、相応のケアをする。それができなければ、プライドの高い彼らの不興を買いかねないし、下手をすれば権力争いに巻き込まれかねない。  そのためにも、各地に連絡要員や、貴族富豪の動向を探る調査要員は必要なのだ。 『ベルンハルト領に動きあり』  その調査要員からの文には、そう記されていた。 「ベルンハルトといえば……」  先日出荷した、異世界から召喚した奴隷――灯里の買い主である。  その夫人カルラ陣頭指揮のもと、騎士と兵が総動員されているという。 「おかしいわね……」  ラウラがそうつぶやいたのは、若い女を責め苛むことにのみ情熱を燃やす、カルラ・ベルンハルトの人となりを知っているからだ。  同時に、彼女を夢中にさせられるだけの質の高い奴隷を提供したという自負があるからだ。 「にもかかわらず、ベルンハルト夫人が直接指揮して兵を動かしている……」  その理由をしばし考えて、ラウラはひとつの可能性に思い至った。 「つまり、彼女が夢中になるはずの奴隷が、輸送中何者かに奪われた。ならば……」  そこで、ラウラが唇の端を吊り上げて嗤った。 「ならば、ベルンハルト夫人に手を貸してあげましょうか」  それは本来、ラウラの仕事ではない。魔法調教師としての仕事は、ベルンハルトから派遣されてきた輸送隊に、調教済みの奴隷を引き渡した段階で終わっている。  とはいえ、彼女にも職業上のプライドはある。魔法調教師の仕事は、売った奴隷に顧客が満足することで、完遂されるのだ。 「だから……」  奪われた灯里の行方を探るべく、ラウラは魔鏡の前に立った。

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