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「ぁ、うぅ……」  耐えがたい苦痛にうめき、ミハルは目覚めた。  目を開けても、なにも見えない。 「あぇあ(誰か)ッ!」  一瞬パニックに陥り叫ぶが、その声は言葉にならなかった。 「あぃおぉ(なにごと)ッ!?」  真の暗闇から逃れようと手足に力を込めるが、窮屈な姿勢のまま、ピクリとも動けなかった。 「ぁふぅ……」  ひとしきり叫んだあと、深呼吸。少しばかり冷静さを取り戻し、わが身の状態を探る。  両腕は背中側でコ形に組まされたまま、固められたように動かせない。  重ねた手首を縛り合わされたうえに、二の腕と胸にも縄目をきつくかけられているのだ。そのため、胸を膨らませて深く呼吸するのも難しい。  いや、呼吸が苦しいのは、そのせいばかりではない。  両脚を胡座をかくような形で縛られ、重ねた足首が顎にくっつきそうなほど、身体を折りたたまれている。  加えて首にも圧迫感を感じる。締まる寸前まできつく縄を巻かれ、上方に吊られているようだ。  それらすべてが一体となり、呼吸の苦しさをもたらしているのだろう。  さらに縄目は、練習着のスパッツごしに女の子の場所に埋まっているではないかと思えるほど、股間にもきつく食い込んでいる。  お尻と背中の首に近い位置、膝の外側が硬い壁のようなものに押しつけられているのは、厳重に縛られたうえに、きわめて狭いところに閉じ込められているからか。 「おぇあ(コレは)……?」  何者かに捕らわれ、拘束のうえ監禁されているのか。  とはいえ、ミハルは女子格闘技界軽量級最強の選手。襲ってきた暴漢に遅れを取ることは絶対にない。そもそも、敵に襲撃された記憶はない。  では、いったい自分に身に、なにが起こったのか。 (たしか……)  記憶の糸をたぐり寄せて、ハッとする。  今日――もしかすると、すでに昨日かもしれない――は、やけに練習場に部員が少なかった。  そのことをさして気に留めず、ふだんどおりに練習をこなしたあと、中途入部した新入部員が飲み物のペットボトルを手わたしてくれた。  それを一気に飲み干し、その新入部員がおかしな笑みを浮かべたことを怪訝に思った直後、急に眠気に襲われ――。  そこで、ミハルの記憶は途切れていた。  つまり、その飲み物に睡眠薬の類が混ぜられていたのだ。  中途入部の新入部員は、自分を捕らえた者の一味だったのだ。 (でも……)  あのとき、周りにはほかの部員たちもいた。苦楽を共にしてきた彼女たちが、眠らされた自分が連れ去られるのを、黙って見ているはずが――。  そこまで考えたところで、頭のすぐ上でゴトリと重い音が聞こえた。  同時に、差し込んできた眩い光が、暗闇に慣れた目を刺した。 「ぅうッ!?」  反射的に目を閉じると、頭の上から聞き覚えのある女の声。 「姐御、起きてるようですぜ」  たしかこの声は、ミハルに睡眠薬入りの飲みものをわたした新入部員の声だ。 「いつも言っているでしょう、その呼びかたはおやめなさい」  そのやりとりを聞いているうち、明るさに慣れてきたので目を開けて――。 「……ッ!?」  冷酷な笑みを浮かべて自分を見下ろす人物を見て、ミハルはわが目を疑った。  そこにいたのは、学園理事長の娘にして学園生自治会の会長、学園の実質的支配者とも言われる令嬢だった。 「ぁえ(なぜ)、ぁあぁあ(あなたが)……」  ここにいるのか。件の新入部員に『姐御』と呼ばれる立場だということは、自分を捕らえた一味の首魁であることは間違いないのに。  言葉にならないミハルの声を聞き、なにを言いたかったか理解したのだろうか。令嬢が妖しく輝く目を細めて口を開いた。 「私がなんと呼ばれているか、知っているでしょう?」  もちろん知っている。校長をはるかに凌ぐ権力を持つ、学園の実質的支配者だ。 「わたくしは学園のすべてを支配している……もちろん、貴女が個人的制裁を加えた、不良グループも含めてね」  それは、数日前のできごとだった。  名門の女子学園には相応しくない不良グループが、一般学園生を恐喝している現場に、ミハルは遭遇した。  多勢に無勢と侮ったか、彼我の実力差を判断できない程度の連中を一瞬のあいだに撃退し、被害者を救いだしたのだが――。 「その者どもは、わたくしの配下でもあったのよ」  驚愕の事実を告げた令嬢が、囚われのミハルを冷たく見下ろす。  周りの部員たちが新入部員の行為を止めなかったのは、それが令嬢の意を受けて行なわれていると知らされていたからだろう。  なかには同意しない部員もいただろうが、そういう者は事前に排除されていた。ふだんより部員が少なかったのは、きっとそのためだ。  なぜ、それを不審に思い、警戒しなかったのか。  己の迂闊さを悔いても、あとの祭り。 「わたくしの配下の者に逆らったことは、私に逆らったも同然。その報いを、貴女は受けなくてはならない」  唇の端を吊り上げ、酷薄に嗤う。 「私に逆らったこと、狭くて暗い穴蔵の中で反省なさい」  そこで、ガタガタと四角い穴蔵の蓋を持ち上げる物音。 「安心なさい。最低限の通気性は確保されているし、1日に1度、食事はさせてあげる」  令嬢の言葉が聞こえた直後、ゴトリと重い音とともに、ミハルの視界は再び闇に閉ざされた。

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tyson-boyd

解放される日は来るのでしょうか...