小説 牧場のポニーガール物語 前編 (Pixiv Fanbox)
Published:
2021-01-22 09:36:03
Edited:
2021-01-22 12:12:46
Imported:
2021-01
Content
前編
「夏休み、うちのポニー牧場で住み込みで働いてみない?」
同級生の山野茜《やまの あかね》が声をかけてきたのは、あと10日ほどで夏休みが始まるという頃だった。
私、海田碧《かいだ あおい》は、女子大の1年生である。
とある地方の公立高校から都会の大学に進んで数カ月、茜は一番親しい友人だ。
最初に声をかけてきたのは、茜のほう。それは、入学後のオリエンテーションの自己紹介で、同郷であることを知ったからだろうか。
ただし、ふたりが生まれ育った環境は、対照的だった。
私は海沿いの漁師町の生まれ。茜は山あいの町出身。
私の両親が役場勤めの公務員。茜の家は牧場を経営している。
いや、対照的なのは環境だけではない。
私は水泳部出身で、今でも日焼けの名残りがあり、髪はその頃と同じショートカット。対して茜は、色白で長い黒髪、切れ長で吊り目ぎみの瞳が印象的な美人さんだ。
私が都会の女子大のなかでは少し浮いた感じなのに、茜は都会出身の同級生と同じ、いやそれ以上に洗練された雰囲気を身にまとっている。
とはいえ、茜の考えは違うようで。
「えー、私なんかより碧のほうがかわいいよ」
私が容姿を褒めると、茜は首を横に振った。
「私はきつい印象を与えてしまいがちだけど、碧は愛嬌があるから、一緒にいて落ち着くの」
そう言って、私の手を握ってくれた。
それで、ドキリとした。あまつさえ細めた目で見つめられて、いっそう鼓動が速く激しくなった。
(どうして……?)
女の子どうしでそうなってしまうのか。
そのときはわからなかったが、今なら理解できる。
私は、茜のことが好きなのだ。彼女に友情のみならず、恋愛感情を抱いているのだ。
(そして、おそらく……)
茜も同じ気持ち。
そのことに気づいていた私にとって、茜の申し出は渡りに船だった。
牧場の仕事はきついかもしれないが、水泳部で鍛えた体力には自信があった。それになにより、四六時中茜と一緒にいられることが楽しみだった。
しかし、アルバイトを引き受けた私は、知らなかった。
茜の牧場の仕事が、きわめて特殊なものであることに。彼女の恋愛感情が、少なからず歪んだものであることに。
それは、茜の実家を訪れた夜のことだった。
温厚そうなご両親とともに夕食を摂り、離れにある茜の自室でベッドの縁に並んで座ったところで、彼女が私の手を取った。
「私ね……」
そして一瞬のためらいののち、告白してくれた。
女性でありながら、同性の女の子を愛する指向を持っていること。大学で私に出会い、恋に落ちたこと。それでもすぐには想いを告げられず、悩み続けてきたこと。そして今、清水の舞台から飛び下りる気持ちで告白していること。
真剣な表情で、私の目を見て告げられた言葉を、私は受け入れた。
受け入れて、自分も茜が好きだと。彼女に出会って初めて、自分にも女の子を好きになる指向があると気づいたことを告げた。
「ありがとう、碧……嬉しいよ」
私の告白返しを聞き、茜が目を細める。
「ううん、私こそ……嬉しかった」
答えて私も、はにかんで笑う。
そこで、茜が私の肩を抱いた。
並んで腰かけたまま、上体を捻って身を寄せ合う。
そして、ゆっくりと顔を近づけていく。
(茜、キスしようとしている……)
そうと気づいたが、ちっとも嫌じゃなかった。嫌じゃないどころか、私もキスしたいと思った。
目を閉じる。唇が触れる。
ぷるぷると瑞々しい柔らかさのなかに、わずかな硬さを感じる。
それであらためて茜の決意と緊張を感じたところで、いったん唇が離れた。
目を開け、超至近距離で見つめ合い、お互い照れてクスリと笑う。
(もっと、キスしたい……)
その思いは、茜も同じだった。
再び唇を重ねる。
先ほどより唇を強く求められ、身体の芯が熱くなった。
背中に手を回して抱きしめられ、生まれた熱が大きくなった。
(大好き、茜が……)
強く思い、愛しい女性《ひと》を抱き返す。
その女性《ひと》がしてくれるのと同じくらい強く、その唇を求める。
熱い、熱い。肉が熱い。
蕩ける、蕩ける。頭が蕩けて、熱に浮かされたようにぼうっとする。
「んぁ……」
息継ぎをするように唇を離し。
「ん、んっ……」
一瞬視線を絡め合ってから、またお互いの唇を貪り合う。
「あぁ、碧……」
三たび唇を重ねたあと、茜が口を開いた。
「碧が、欲しい……」
それは、抽象的な意味の言葉ではなかった。
「碧を私のものにしたい」
精神《ココロ》のみならず、肉体《カラダ》も欲しているのだと、私にはわかった。
そしてもちろん、私にも異存はない。
「碧の全部、奪ってもいい?」
その言葉に、彼女の目をしっかり見てうなずく。
「身も心もすべて、私に捧げてくれる?」
心の底からそうしたいと思い、もう一度。
それからふたりでベッドに横たわり、私たちはひとつになった。
夢心地のまま茜の行為に身を委ね、恍惚の世界に連れていってもらった。
そして大いなる悦びのなかで、私は幸福感に酔った。
この先、どんな運命が私を待ち受けているのかも知らずに――。
「ぅ、ん……」
肩の鈍い痛みに、私は目覚めた。
右半身を下に、横向きに寝た状態。背中側に回した腕が身体の下敷きになり、変な角度になっているのか。
いや、その程度のことで、私の肩は痛んだりしないだろう。
私の肩関節は柔らかい。水泳部の現役だった頃は、お尻のほうで両手を組んだまま、頭の上から身体の前側に回すことができていたくらいだ。
引退後は本格的なトレーニングはしていなかったが、最低限のストレッチは欠かしていない。私の肉体から、柔軟性は失われていない。
それに痛みを覚えているのは、身体の下側になっているほうの肩だけではない。鈍い痛みは、両肩にある。
そこで、少しずつ覚醒してきた。
目を開けると、目の前にはダークグレーの壁と、干し草が敷き詰められた床。
胸の膨らみの先端、敏感な乳首にもわずかな痛みがあるのは、干し草がそこを刺激しているのか。
とはいえ、身体は横向きだ。乳首は干し草に触れていないはず。
さらに、お腹が苦しい。なにかに強く締めつけられているようで、胸郭を膨らませて息を深く吸い込めないほど。
加えて、お尻の穴にも違和感がある。まるでうんちをしている途中のような異物感が、そこにずっと存在している。
頭全体を覆うようなマスクを被せられているのだろうか。目鼻口以外の顔と、頭を軽く締めつけられている感覚もある。
わけがわからないまま、首だけ回して上を見ると、壁と同じ色の低い天井。埋め込みの照明器具と半球体のカバーが取りつけられたカメラ、リング状の金具が設えられたそれの長さ2メートル、幅は1メートルほどか。
つまりその大きさが、今いる部屋の広さということだ。
あきらかに、茜の自室ではない。
彼女の部屋は壁も天井も白系の壁紙が貼られていた。広さも8畳ほどはあった。
(どうして……)
こんなところで目を覚ましたのか。
(たしか、昨夜……)
茜と愛し合ったあと、彼女が持ってきてくれたスポーツドリンクを飲み、それから裸のまま再び抱き合って眠りに落ちたはずなのに。
(ここは……)
どこなのか。
そのことを確かめるため、起きあがろうと床に手をつくため、腕を動かしかけたときである。
「……!?」
腕はまったく動かなかった。
(えっ……?)
もう1度試して、腕が背中側でひとつに束められ、1本の棒のように固められていることに気づいた。
(な……こ、これは……?)
やはり身体の下敷きになったせいで痺れているのか。
いや、違う。
痺れているわけではない。腕に力を込められている実感はある。
どれほど力を込めても動かせないほど、背中側でひとつにまとめて。厳重に拘束されているのだ。
(いったい、私の身になにが……)
そのことを確かめようと、自分の身体に視線を移したときである。
「……ッ!?」
視界に飛び込んできた光景に、一瞬で完全覚醒した。
胸のふたつの膨らみの頂、乳首の左右に、それよりひと回り小さい金属球。
知っている。友だちのひとりが、耳につけているのを見たことがある。
これは、バーベル形と呼ばれるピアスだ。
(で、でも……)
乳首にピアスを嵌めた覚えはない。そもそも、私が乳首にピアスをつけるわけがない。そこは、ピアスをつけるような場所ではない。
(だ、だけど……)
視界のなかの両乳首は、間違いなくバーベル形のピアスを嵌められている。
それが嵌められていることを証明するように、乳首にはかすかな痛みがある。
(なんで……? どういうこと……?)
信じがたい現実から逃避するようにさらに視線を移すと、お腹にはコルセット。それで苦しい理由だけはわかった。
さらにコルセットに金具で接続されたガーターで吊られたストッキング。ただしそれは布ではなく、半透明で光沢あるラバーのような素材。
そして膝下までを覆う、奇妙な形の超ハイヒールブーツ。
本来隠しておきたいところだけを曝け出し、一種異様な衣装を身につけさせられていることに気づいたところで、拘束された腕のようすを確認しようと首を回す。
そこで、私はもう1度息を飲んだ。
(PONY、39……?)
私の肩には、ゴシック体のアルファベットと数字が記されていた。
いや、これは単に書かれているだけなのか。
(まさか、タトゥーを……)
眠っているあいだに乳首にピアスを嵌められたくらいだ。タトゥーを彫られていたとしても不思議ではない。
(どうして、こんなことに……)
なってしまったのか。
眠っているあいだに何者かに襲撃され、さらわれてしまったのだろうか。
だとすれば、茜も一緒に囚われて、別の場所で同じような目に遭わされているのか。
「あ、茜ッ!」
わが身の惨状を差し置いても、彼女のことが心配になり、愛しい女性《ひと》の名を呼ぶ。
そこで、背後から声をかけられた。
「はい、ここにいるわよ」
茜の声だ。
そうとすぐに気づき、救いを求めるようにその美しい顔を見ようと、壁を向いた状態から仰向けに――。
「ぃ……あがッ!?」
なにか硬いものに肛門を抉られ、変な声が出た。
「うふふ……乳首ピアスと肩の刻印には気づいたようだけど、お尻に尻尾のプラグが挿入されていることは知らなかった?」
「えっ、尻尾……プラグ……?」
お尻の違和感には気づいていたが、その名の異物が挿入されていたなんて。
愕然とする私を見下ろし、茜が告げる。
「馬の尻尾つきアナルプラグ。ポニーガールの必需品よ」
「ぽ、ポニーガール……?」
わからない。自分が置かれた境遇も、茜が言っていることも、なにもかもわからない。なにからどう訊ねたらいいのかすら、私にはわからない。
横たわったまま茫然と見上げる表情で、そのことに気づいたのだろう。
「いいわ、一から話してあげる」
私のコルセットやストッキングと似た素材の衣装を身につけ、乗馬鞭を手にした茜が、唇の端を吊り上げた。
「うちの牧場の名称、知ってる?」
知っている。山野ポニー牧場だ。
「どんな仕事かは?」
それも知っている。ポニー、すなわち小型の馬を育てて出荷したり、一部は訪れた観光客を乗せた馬車を引かせたりしている。
私がそう答えると、茜が妖しく輝く瞳を細めた。
「半分正解。点数を与えるなら50点というところね」
「そ、それは……どういう……?」
「うちのポニー牧場は、小型の馬のほかに、ポニーガールを扱っているの」
「ポニー……ガール?」
「そう、ポニーガール。まぁ平たく言うと、性奴隷の一種ね」
「せ、性奴隷……って……」
「女の子をポニーガール、性奴隷として飼育、調教し、好事家向けに出荷する。あるいは、すでに所有している性奴隷を、依頼を受けて調教する。さらに一部は自家用ポニーとして、所有し使役する。碧は私のものだから、後者のポニーガール。生涯私のポニーガールとして、飼われて暮らすの」
「そ、そんな……性奴隷だなんて。嘘をついて私を騙したのね!?」
そう言い返して睨みつけると、茜は妖しくほほ笑んだまま、首を横に振った。
「酷いことを言うのね。私は1度たりとも、碧に嘘をついたことなんてないわ」
「嘘! それも嘘!」
「いいえ、嘘じゃないわ。よく思い出してみて」
言われてしばし考え、ハッとした。たしかに碧は、1度も嘘をついていない。
『山野ポニー牧場』
出会ってすぐの頃、私が訊ねると、茜はすぐさまその名を告げた。それで小型の馬の牧場だと勝手に思い込んだのは、私のほうだ。
『夏休み、うちのポニー牧場で住み込みで働いてみない?』
そう言われ、私は仕事の内容を詳しく確認することなく、ふたつ返事で引き受けた。
『碧が、欲しい……碧を私のものにしたい』
甘いキスとその言葉に酔わされて。
『碧の全部、奪ってもいい?』
『身も心もすべて、私に捧げてくれる?』
茜の真意を確かめもせず、申し出を迷うことなく受け入れた。
つまり、私はもう茜のものなのだ。身も心も私の全部を奪われ、彼女にすべてを捧げているのだ。
「でも……だけど……!」
私はただ、女同士の恋人になるつもりだった。
ポニーガールにすると、性奴隷に堕とすとあらかじめ聞かされていたら、けっして受け入れていなかっただろう。
私がそう告げると、茜はふうとひとつ息を吐き、それからあらためて口を開いた。
「私は碧のことが好き。碧も私のことが好き。その気持ちに変わりはない?」
もちろんだ。ポニーガールとして飼われることは受け入れられないが、彼女に出会って教えられた自分の気持ちは、けっして変えようがない。
「じゃあ、碧は私と出会う前から、女の子を好きになる性的指向に気づいてた?」
それはわかっていなかった。自分の指向に気づけたのは、茜を好きになったからこそだ。
「だとすれば、今はまだ気づいていないだけで、碧は私のポニーガールとして飼われる暮らしも、受け入れられるかもしれないね?」
「そ、それは……」
ありえない。
しかし、そう答えかけた私を遮り、茜が言葉を続けた。
「10日間……」
「えっ?」
「10日間、お試しでポニーガール生活を体験してみて。それで耐えられると思ったら、夏休みのあいだポニーガール生活を続けてみて」
「10日間試して耐えられないと思ったら……?」
「もちろん、それでポニーガール体験は終わり。もし期間を延長しても、最終的に私のポニーガールになるかどうかを決めるのは、夏休み中の体験を終えてから」
でも、私は乳首にピアスを嵌められてしまった。後戻りはできないのではないか。
「大丈夫、ピアスを外せば、穴はほどなく塞がるわ」
だとしても、肩のタトゥーは消せない。
「それはホンモノのタトゥーじゃないわ。いわゆる眉タトゥーに使われる染料を使って書いたもので、皮膚の新陳代謝を繰り返すうち、ひと月もすれば薄くなって消える。どちらも、けっして不可逆的な処置ではないわ」
だったら、試してもいいかもしれないと思った。
「もちろん、私のポニーガールになると決めても、本格的に飼われるのは大学を卒業してから。それまでは、ポニーガールとして暮らすのは長期休暇のあいだだけ。ふだんの私と碧は、女どうしの恋人の関係よ」
それで気持ちが軽くなり、試してみたいと思わせられた。
「試してみる?」
にっこり笑って問われ、私はうなずいていた。
(10日間。まずはそれだけ試してみて、先に進むかどうか決めればいいんだ。それで先に進んだとしても、夏休み期間で嫌になったらやめればいいんだ)
軽い気持ちで、そう考えて。いや、考えさせられて。
「まずは、立ってみましょうか」
ポニーガール体験を受け入れた私に、茜がにっこり笑ってそう言った。
「ポニーガールに必須の装備であるポニーブーツは、ふつうは立ち上がることすら困難なものだから」
そして告げると、身体を支えながら私を立たせた。
ポニーブーツ、それがこの奇妙なブーツの名称なのか。言われてみると、金属製のソール部分は、馬の蹄を模したような形をしている。
とはいえ、その実態は踵のない超ハイヒールブーツ。茜が言うとおり、立ち上がることすら困難な――。
しかし、茜に支えられながらではあっても、意外とあっさり立てた。
それどころか、茜が手を離しても立っていられた。
それは、馬の蹄を模したソール部分が通常のハイヒールより広く、かつ後方に延長された部分があるからだろう。
私なりにそう判断したが、茜の考えは違ったようだ。
「うふふ……やっぱり思ったとおり。碧はポニーガール適性が高いわ」
そうなのだろうか。私がポニーガールに適しているから、簡単に立てたのだろうか。
「そうね、たしかにソールの形は立ちやすいように工夫されているけど、それでもふつうは立ち上がるだけで相当な訓練期間が必要なのよ。碧がスッと立てたのは、人一倍バランス感覚が優れ、体幹が強いから。さすがは元アスリートといったところね」
私の言葉に嬉しそうに答え、茜が鉄格子がはめ込まれた扉を開いた。
その向こうはまだ室内だ。天井近くの高い位置に明かり取りの窓があり、中は充分に明るい。
加えて、そこには私たち以外に人の姿はなく、ポニーガール姿のままでも恥ずかしくない。
「ここはね、私専用の厩舎なの」
私を扉の外に連れ出しながら、茜は言葉を続けた。
「ほら、今出てきた扉を見て」
言われて振り返ると、そこには『39』の数字。私の肩に刻印された番号と同じだ。
「うちの家族はそれぞれ専用の厩舎を持っていて、10の位は誰の厩舎かを表しているの」
つまり、茜のお父さんは10番から19番。お母さんは20番から29番。そして茜の個人厩舎が、30番代というわけだ。
「そして、個人で飼育が許されるポニーガールは、その番号の範囲だけ。それが私たち家族のルールなの」
ということは、茜には私以外にすでに8人のポニーガールを所有しているということなのか。
思わずそう口にすると、茜がクスリと笑った。
「この厩舎の中、静かでしょう?」
言われてみると、そのとおりだ。
「碧は、私の最初のポニーガールよ。そして最後のポニーガールにするつもりで39番、すなわち最後の番号をつけたの。この先ずっと、あなた以外のポニーガールは所有しない覚悟でね」
その言葉に、なぜかズクンときた。
私に対する茜の深い想いを感じ取り、同性愛の告白をされたときのように、蕩けそうになってしまった。
そのことを知ってから知らずか――あとから思えば知ったうえで――茜が新たな装備を取り出す。
「遮眼帯《ブリンカー》、側方視界を制限し、前方に集中させるための馬具」
馬具。その言葉にこれから10日間ポニーガールとして過ごすのだとあらためて思い知らされながら、馬の耳のような飾りつきのそれを、被されたマスクのこめかみのあたりにパチンと留められる。
すると遮眼帯はその名称どおりの機能を発揮し、私の側方視界は著しく制限された。
そのせいで目の前の茜の顔を集中して見ざるをえない状態の私に、次なる、そして最後の装具が見せられる。
「馬銜《はみ》。本来は馬の口に噛ませ、それを介して手綱の指示を伝えるための馬具。でもポニーガールの馬銜には、もうひとつの目的があるの」
それはおそらく、言葉を奪うという目的だろう。少しばかり歪んだ数字の『3』、あるいはギリシャ文字の『ε(イプシロン)』の形の金属棒を噛まされてしまうと、私は喋れなくなってしまう。
そのことがわかっていながら、馬銜の装着を拒もうとは思えなかった。
「あーんして」
そう言われて、素直に従ってしまった。
10日間限定でポニーガールになると決めた私は、馬銜の装着も受け入れていた。
3形の中央部の突起が、口中に押し込められ、舌の動きを制限する。
「軽く噛んでみて」
その言葉にも従ったところで、短いベルトを介して、馬銜をマスクに固定された。
装備をすべて取りつけられ、私の肉体は完全にポニーガールにされた。
「ポニーガールには、厳格に決められた歩法がある。でも特殊なポニーブーツを履いて歩くこと自体が初心者にはとても困難なこと。だから、まずは歩くこと自体に馴らしていくわね」
そう言うと、茜は私の腕を1本の棒のように縛《いまし》める拘束具――アームバインダーという名称は、のちに知った――の先端に設えられた金属製リングに、短い鎖をつないだ。
「歩いて」
そう言われて、1歩足を踏み出す。
カッ。金属製の蹄が床を打つ。
カッ。もう1度。
厩舎の狭い個室から出されたときのように、狭い歩幅ですり足のように歩くぶんには、なんとか進めた。
とはいえ、踵のない超ハイヒールのポニーブーツは、きわめて不安定。そのためふだんの歩行とは違い、脚全体に自然と力が入ってしまう。そのため、歩きかたがぎこちなくなってしまう。
「今はまだ、それでいいわ。姿勢や歩法は、歩くことに馴れてから矯正していけばいいから」
ぎこちないヨチヨチ歩きを見て茜はそう言ったが、私の肉体には別の問題が発生し始めていた。
それは、お尻の穴にねじ込まれた尻尾つきプラグが生み出す、奇妙な感覚。
そこをこじ開け、固定されたプラグのせいで、もともとウンチをしている途中のような感覚が続いていた。
それに、歩くことによって新たな刺激が加わる。
不安定なポニーブーツのせいでふだん以上に脚に力が入る。
脚のみならず、お尻の筋肉にも力が込められる。
自然と力が入った括約筋が、挿入されたプラグを食い締める。
食い締めた状態で動く肉が硬いプラグに擦られ、ムズムズとかつてない感覚が生まれる。
それでプラグの存在をいっそう意識させられながら、1歩2歩。
カッ、カッ。蹄が床を叩く。
カッ、カッ。その振動も、プラグに伝わって肛門を刺激しているような気がする。
いや、実際にはそんなことはないのだろう。どんどん強くなる奇妙な感覚が、そう思わせているのだ。
(そういえば……)
歩いても抜け落ちる気配もないプラグは、どんな構造なのだろう。
実のところ、肛門内に挿入された部分は、丸みのある三角すい。肛門の外は扁平な尻尾つきの土台。そのあいだをつなぐ細い部分を括約筋で食い締める仕組みである。
とはいえ、私はそのことを知らない。
おそらく飲まされたスポーツドリンクに、睡眠薬が混ぜられていたのだろう。それで眠っているあいだに乳首ピアスを嵌められ、肩に番号を刻印され、そのうえでプラグを挿入固定され――。
そこで、ハッとした。
(わ、私……)
眠っているあいだに、茜の手で肛門をこじ開けられ、尻尾つきプラグを挿入固定されたのだ。
そこは、ほかの場所とは違う。本来、性器よりも秘しておきたい恥ずかしい場所。
眠る、いや眠らされる前、ふたりはキスから始まりすべてを曝け出し合ったが、そこだけは見せも触らせもしなかった。
でも、嫌な気持ちにはならなかった。
肛門を見られ、凌辱されたことを知っても、嫌悪感はまったく生まれなかった。
(それは、きっと……)
相手が茜だから。
お試しなら彼女に所有されるポニーガールを体験してもいいと思うほど、茜のことが好きだから。
(茜だから、知らないあいだに肛門を凌辱されても、嫌じゃないんだ)
そう思えることで、茜のことが好きだという気持ちを再確認しながら、愛しい女性《ひと》に拘束具につながれた鎖を取られて歩く。
カッ、カッ、カッ。床を叩く蹄の音を響かせながら、厩舎内の廊下の端まで。
30番の扉の前でUターンし、また39番、私の個室の前まで。
1往復するあいだに、お尻の奇妙な感覚が大きくなってきた。
わかっている。
けっして経験豊富とはいえない私だが、人並みに最低限の性の知識はある。
これは、お尻の快感。正確には、快感になる寸前の、予兆の感覚だ。
(でも……)
どうして、そうなるのかわからない。
お尻の快感は、禁断の快楽だ。
世の中にはお尻で快感を覚える人がいることは知っていても、自分もそうだいう事実が受け入れられない。
とはいえ、私は女同士で愛を育むことができると知った。知っただけじゃなく、自ら茜への愛を自覚した。
それまで禁断と思っていた愛を受け入れたのだ。
やがて私は、同じように禁断の快楽も受け入れるようになっていく。
それと同時に、肉の芯に熱が生まれた。
熱い、熱い。肉が熱い。
暑い、暑い。身体が火照り、頭がぼうっとしてくる。
「はっ、はっ、はっ……」
馬銜を噛まされた口から吐息を吐きながら。
カッ、カッ、カッ。
床を叩く蹄の音をたてながら、茜に拘束具の鎖を取られて歩く。
「はっ、はっ、はふぁ……」
吐息に甘みが混じり始める頃には、肉の芯に生まれた熱が蜜となり、肉壺からジュンと染み出すようになっていた。
尻尾つきプラグに肛門を抉られる快感に身を委ねながら、私は歩く。
「はふぁ、はふぁ、ふぁ……ッ!?」
そこで、噛まされた馬銜の隙間から、口中に溜まっていた涎が溢れた。
唇から顎を伝い、涎の雫が床に落ちる。
恥ずかしい。
だが、立ち止まることは許されない。
背中でまとめて束ねられ、1本の棒のように拘束された両腕には、いっさいの自由がない。
その無慈悲な拘束具の先端につながれた鎖を茜が軽く持ち上げるだけで、私は上体を前傾することを強いられる。
前傾させられた上体が倒れないよう、ポニーブーツの脚を前に運ぶしかない。
拘束具の鎖を取る茜に操られ、肛門の快感に身を委ね、上下の口から涎と蜜を溢れさせながら、私は歩く。
「ふぁ、はふぁ、はふぁ……」
頭が蕩ける。肉が融ける。
「はふぁ、あっ、はふぁ……」
熱に浮かされたようにぼうっとして、ものごとを深く考えられない。
茜に鎖で指図されるまま、ただただ足を動かし続ける。
そして、何往復したか数えていられなくなった頃、ようやく止まることを許された。
「頑張ったね、碧」
前方に周り込んだ茜が、私の頬に触れて告げた。
「初日からこんなに歩けるなんて、偉いよ、碧」
そして、にっこり笑ってくれた。
嬉しい。
頭が蕩けてしまったせいか、彼女の笑顔を見て素直にそう思う。
気持ちいい。
肉が融けているからか、彼女の手が頬に触れるだけで悦びを覚える。
身分がポニーガールなのか恋人なのかは関係なく、私は茜に愛される存在なんだと思えて満たされる。
しばらくそうして幸福感を与えられてから、39番の小部屋に戻された。
「食事をして、それからまた少しだけ歩行訓練をしましょう。それまでのあいだ、休憩していて」
そしてそう告げて、茜は鉄格子つきの扉を閉め、ガチャリと閂の金具をかけた。
それから、どれほどの時間が経っただろう。
茜が立ち去って1時間ほど経過したか、あるいは10分ほどしか経っていないのか。狭い小部屋のなかにも、厩舎内にも時計がないから、時間の経過がわからない。
干し草の上に腰を下ろしてしまうと尻尾つきプラグに肛門を抉られるので、お尻をつけて座ることはできない。
両腕をガッチリ拘束された状態で身体を横たえてしまうと、次に起きるのが困難だ。
かといって、踵のない超ハイヒールブーツで立ち続けることも難しい。
それで立ったりしゃがんだり、ときには正座をしたり、定期的に体勢を変えていると、そのたびごとに肉が動いて肛門をプラグで刺激される。
とはいえ、厩舎内を歩いているときのように、絶えず刺激されているわけではない。
そのため頭が蕩け、肉が融けるほどの快感は、得られなくなってきた。高まっていた性感が、少しずつ冷めてきた。
そんな頃、ふたつの樹脂製ボトルを手に茜が戻ってきた。
「それじゃ、あまり休憩できなかったでしょう? 早くポニーガール姿のまま、楽に過ごせるよう馴れないといけないね」
つまり、ポニーガールの装備、特にアームバインダーと尻尾つきプラグを、簡単に外すつもりはないということだろう。
「ポニーガールとしての栄養と水分の補給も、稽古しようか」
ともあれ、そのためにいったん馬銜を外されるはずだ。
(そのとき、拘束とプラグのことをお願いしてみよう)
しかし、そう考えた私は甘かった。
「それじゃ、まずは水分補給ね」
そう言うと茜は馬銜を外すことなく、樹脂製ボトルの上部に設られたチューブを、私の口に差し込んだ。
「ぉうぉあっえ(ちょっと待って)……!」
そして、言葉にならない私の声を無視して、ボトルを傾ける。
直後、口中に水が流れ込んできた。
こうなると、もう流し込まれる水を飲み下すしかない。
「ぁう、んっん……」
舌の動きを制限されて自由にならない口で、必死に水を飲み下す。
「んぁ、んっんっ……」
半分ほどは口の端からこぼしながらも、なんとか水を飲むと、茜が樹脂製ボトルを交換した。
「こちらはポニーガール専用の流動食。味は保証しないけれど、栄養バランスは、ふつうの食事よりずっと優れているのよ」
そう言われ、水のものより太いチューブを口中に差し込まれて与えられた流動食は、茜の言葉ほど不味いものではなかった。
とはいえ、美味と言えるほどのシロモノではない。そしてもちろん、水と同じく飲み込みにくい。
それでもなんとかボトルの中身を飲み終えたあと、口中をすすぐためにもう1度水を与えられ、ポニーガールとしての味気ない食事が終わった。
(いえ、これは……)
食事ではない。
ボトルを片づける茜を見ながら、ふと思った。
これは、餌だ。ポニーガールの餌だ。食事ではなく食餌だ。読みは同じでも、意味は違う。
それでこの先10日、自分はポニーガールとして過ごすのだとあらためて思い知らされたところで、味気ない餌の時間が終わった。