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夏の合宿.2  貞操帯倶楽部の夏合宿の第1の目的は、ふだん昼間しかともに過ごせないコンプリッツェどうしの親睦を深めること。第2の目的は、共同生活を通してコンプリッツェ以外の部員との親交も深めることにある。  そのため、部屋割りはコンプリッツェどうしのふたり部屋が望ましい。  とはいえ、学生の合宿向けの施設の多くは、複数人がざこ寝の大部屋で、第1の目的に適さない。ホテル等の宿泊施設ならふたり部屋を確保できるが、こちらは第2の目的を果たせない。  そこで、何年か前から、夫婦カップル向けのゲストルームが複数ある芦屋先生の別荘を、合宿所として使わせてもらうようになったというわけだ。  そしてただの旅行ではなく合宿であるから、食事などの当番も、コンプリッツェふたりで分担して行う。  合宿は3泊4日だから、今年はひと組ずつが当日の昼食と夕食、翌朝の朝食を担当し、片づけをして次の担当に引き継ぐことになった。 「初日の当番は、愛美ちゃんと裕香ちゃん。2日めは芽衣ちゃん瑠衣ちゃんの姉妹。3日めは純ちゃんと小海ちゃん。最終日は朝食後、全員で片づけをする。それでいいわね」  到着すると、まず食堂に集合。くじ引きでそのことを決めて、コンプリッツェごとに割り当てられた部屋に移動。私と愛美先輩は制服のセーラー服を脱いで、私服に着替えた。  それは、食料などの買い出しに出るためだ。  貞節学園創立当初の理念にのっとり、貞操帯倶楽部では基本合宿中も制服か体操服で過ごす決まりなのだが、ここは資産家の別荘が立ち並ぶ高原のリゾート地。制服や体操服で外出したら悪目立ちしてしまう。  そのため、買い出しに出るときだけは、おのおの私服を着用することになっていた。  愛美先輩と並んで、セーラー服の上衣のスカーフ留めのスナップを外し、スカーフを取る。ちなみにセーラー服の三角スカーフは、あらかじめ4つに折ってから襟の下に収めると、形よくスカーフ留めに留めることができる。  これは母が学園生の頃にはなかったやり方で、中学の制服がブレザーだった私は、この方法も愛美先輩に教えてもらった。  思えば、私はあらゆることを、愛美先輩に教えてもらった。直接教えてもらったことじゃなくても、愛美先輩の真似をしてきた。  でもただひとつ、愛美先輩を見習っていないことがある。 (でも、今日は……)  愛美先輩を、見習ってみようと思う。  そう考えたのは、私も愛美先輩のように強く在りたいと、強く在ろうと決めたから。  それ以上に、大好きな愛美先輩と同じになりたいと思ったから。  セーラー服の上衣とスカートを脱ぎ、私は貞操帯の上に穿いていたショーツにも手をかけた。 「ゆ、裕香……?」  その行為に、愛美先輩が驚いたように私を見る。 (いいんです。先輩と同じになってみたいから)  その思いを込めてほほ笑むと、愛美先輩はちょっと複雑そうな表情を見せた。  その表情の意味はわからない。  でも、私の意思は伝えられた。  そう確信して、貞操帯の上にマリンブルーのフレアスカートを穿き、メーカーのロゴが胸にあしらわれたフレンチスリーブのTシャツを着る。  ダサくならず、同時に派手すぎない、よそ行きと普段着の中間くらいを狙って選んだコーデネイトだが、やはり愛美先輩には敵わなかった。  オフショルダーの、白いワンピース。ウエストを付属の紐で縛ってマークするだけの、シンプルな一着。それが愛美先輩が着ると、上品なリゾートウエアになるのだ。  その姿に見とれていると、愛美先輩が少し照れたように口を開いた。 「おかしい……かな?」  そんなことない。ただ似合いすぎて、美しすぎて、見とれていただけだ。  私がそのことを告げると、愛美先輩がにっこり笑った。 「うふふ、ありがとう。裕香もかわいくて似合ってるわ」  そしてそう言って小さめのショルダーバッグを斜めにかけ、私の手を引いて部屋を出た。 「買い物に行ってきます」 「はい、行ってらっしゃい。愛美ちゃんはわかってると思うけど、くれぐれもレンタルサイクルは借りないようにね」  愛美先輩が食堂にいた三木さんに告げると、彼女はにっこりほほ笑んでそう言った。  なぜ、レンタルサイクルを借りちゃいけないのか。昔合宿中に自転車で事故でも起こした子がいるのだろうか。  荷物の中から持ってきた水色のスニーカーを履き、玄関を出たところでその疑問を口にすると、愛美先輩がプリントに書かれていた貞操帯を着けて暮らすうえでの注意点を暗唱した。 「私たちの貞操帯は毎日着け続けても快適に暮らせるよう作られていますが、素材はきわめて頑丈なステンレス鋼であることを忘れてはなりません。大切な場所への不必要な衝撃を避けるため――」  つまり、そういうことだ。  大切なところへの衝撃を避けるため、私たちは教室のもののような、座面が硬い椅子に座るときにも注意している。  滑らかに舗装された道ならまだいいが、ガタガタ道を走るときや、ちょっとした段差を乗り越えるとき、クッションが薄い自転車のサドルは、その衝撃を貞操帯にもろに伝えてくる。 「まぁ、かつてはその衝撃を愉しむために、わざと自転車に乗る猛者もいたようだけど……」  その言葉の意味するところも今ならわかるが、それはあまりにも危険な行為だ。  それに今の――貞操帯の上にショーツを穿いていない私たちにとって、スカートやワンピースで自転車に乗るというのは――。  そう考えて、あらためて今の私たちの危うさに気づいた。  風が吹いてスカートやワンピースの裾が舞い上がるだけで、貞操帯着用者だと周囲に知られてしまう。  股間がすべて覆われているならまだましだが、大きいほうの排泄のため、お尻の穴だけは露出されている。  いや、ただ露出しているだけじゃない。お尻の肉をかき分けるようにTバック状の板が食い込み、円形の開口部が肛門周辺の肉を押し出しているから、そこがより目立つ状態だ。 (もし、それを見られたら……)  とんでもないことになる。  貞操帯に守られているから、暴漢の凌辱を受ける心配はない。しかし、人の目は避けようがない。  男の人に強姦されることはないが、老若男女問わずあらゆる人に視姦されてしまう。  コクリ。  そのことに気づき、緊張で喉が鳴る。 (愛美先輩は、このことを……)  並んで歩く先輩を見ると、穏やかにほほ笑んで手を握ってくれた。 『大丈夫よ』  口には出さないが、そう言ってくれているようだった。  やはり、愛美先輩も気づいているのだ。いや、そもそも聡明な愛美先輩が、私でも気づく程度のことを知らないわけがない。 (つまり、愛美先輩は……)  そのことを知ったうえで、凛としている。 (いえ、違う……)  以前なら、わからなかっただろう。でもコンプリッツェになり、深くつながり合えた今ならわかる。  愛美先輩の頬は、わずかに朱に染まっている。理知的な瞳の奥に、かすかに情欲の火が灯っている。 (愛美先輩は、見られることを怖れている……怖れながら、この状況を愉しんでいる……だとしたら!)  愛美先輩の言葉。 『それはね、裕香が私と同じだから』  芦屋先生の言葉。 『あなたには、愛美ちゃんと同じ、いえ彼女以上の才能がある』  だとしたら、私もこの状況を愉しめる。  そう考えて愛美先輩の手を握り返すと、ぎゅっと強く握ってくれた。  それで私の気持ちが伝わったことを確信しながら、並んで歩く。 (もし、裾がめくれたら……)  その思いが、脚の運びを慎重にさせる。  スカートの裾を膝で蹴り上げるような動きを避けるために、あまり大股にならないように、膝が外側を通らないように。  そう意識しながら歩いているうち、それが愛美先輩のいつもの歩きかただと気づいた。 (つまり、愛美先輩は……)  スカートがまくれ上がると貞操帯が見えてしまうという状況を怖れているから、たおやかに歩けるのだ。  見られるかもしれない状況を愉しみながら、しとやかに振舞っているのだ。  たおやかに、しとやかに振る舞いながら、身の破滅につながりかねない状況を愉しんでいるのだ。  そして私は、愛美先輩と同じ性質を持っている。 (もし、いま一陣の風が吹いてスカートがめくれ上がったら……)  前から来る人に、貞操帯着用者だと知られてしまう。後ろから来る人に、貞操帯から剥きだしの肛門を見られてしまう。  愛美先輩とふたりで、眉をひそめられて後ろ指をさされてしまう。  そのとき、貞操帯の奥で淫らな肉が蕩けた。  頬が熱くなり、わずかに視界が潤んだ。  おそらくいま、私は愛美先輩と同じ表情をしているだろう。お互いにしかわからない程度の変化で、表情に性の悦びが顕われているだろう。 「ほんとうに、私と同じになっちゃったみたいね?」  そんな私を見て、愛美先輩が目を細めた。 「裕香、もう戻れないよ?」  それは、どういう意味だろうか。  もう、貞操帯のない暮らしには戻れないのか。  貞操帯を着けたまま、鍵を愛美先輩に管理し続けてもらわなといけないということだろうか。  生涯、愛美先輩のコンプリッツェでいなくてはいけないという意味だろうか。  だとすれば、私は――。 「はい、戻りません。戻りたくありません」  愛美先輩がいつもしてくれるように、にっこり笑って答えると、愛美先輩がつないだ手をいっそう強く握ってくれた。  ときおり吹く風が、スカートの裾をふわりと持ち上げかける。  そのたびドキリとして、同時に肉体の芯がズクンと蕩ける。  しかし身の破滅に対する怖れが心にブレーキをかけているのか、貞操帯の奥の肉の疼きが、強くなりすぎることはなかった。  緩く、温く、割れめの奥の芯が火照りを抱えている状態。それが、ずっと続いている感じ。  そのせいで、貞操帯の存在をより強く感じられる。官能のトロ火に炙られ火照る媚肉を、貞操帯に閉じ込められていると常に意識させられる。 (おそらく、これがほんとうの貞操帯の醍醐味……)  私は、ようやくそのことに気づいた。  服を着ていたら、貞操帯を着けているとわからないことも。  着用時の違和感が小さく、ほとんど気にならないことも。  歩くのも座るのも、体育の授業でもまったく問題ないことも。  トイレや入浴、生活全般に支障がないことも。  貞操帯が備えている快適さは、表層的な一面に過ぎなかった。  そうした快適さのなかで、常に貞操帯の存在を意識し、愛され管理され守られている身であると意識し続けられること。それが貞操帯のほんとうの魅力だったのだ。  その感覚を、愛美先輩はひとりで愉しんでいたのだ。  でもこれからは、私も同じ。  愛美先輩はいつも、私に管理されている。  私はいつも、愛美先輩に管理してもらっている。  そのことを、ふたりで一緒に意識していられる。  その悦びを感じながら、昼食と夕食の材料を買い揃え、帰りにみんなには内緒でソフトクリームを買って食べ、私たちは別荘に戻った。

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