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夏の合宿.1  貞操帯倶楽部の夏合宿は、3泊4日で行われる。  その集合場所は、伝統的に貞操帯倶楽部の部室だった。  理由は、参加者全員が知っている場所であること。空調が完備しているから、早めに着いて待つときも、熱中症の心配がないこと。 「あと、参加者に必ず制服を着て来させるためね」  私がふたつの理由を考えだすと、愛美先輩がみっつめの理由を教えてくれた。 「ああ、休み期間中でも、学校施設に立ち入るときは、制服じゃないといけないから……」 「うふふ……ほんとうは校則では、いかなる場合も外出時は制服を着用する、と規定されているんだけどね」  その校則には、理由があった  貞節女子学園が創立されたのは、子どもに高等教育を受けさせられる家庭がほんの一握りだった100年以上前。特に女子では、資産家・富豪の子に限られるような時代だった。  そんな現状を憂いた創始者は、私財を投げ打って貧しい家庭の女子には学費や寄宿舎代を無料にし、制服や学用品すべてを支給する制度を取り入れた。  とはいえ、休日の服装などには貧富の差が出る。そのせいで、校外で出会ったりしたとき、貧しい家庭の子が肩身の狭い思いをすることもある。  そこで、学園は休日でも制服着用の校則を制定し、厳しく実施した。 「かつてはその校則に違反したせいで、放校処分になった人もいるみたいよ。まぁ今はそこまで厳格に運用されてるわけじゃないけれど」  それは、学園創立当時の理念が、貞操帯倶楽部には生きているということだろうか。 「そうね。ある意味、貞節女子学園の精神そのものを、貞操帯倶楽部が体現しているということよ」  そう言う愛美先輩は、どこか誇らしげだ。 (はたして……)  私は、そのことを誇らしく語れるだろうか。私自身が、そのことを体現できるだろうか。私はそれができるほど、強く在れるだろうか。  その不安を口にすると、愛美先輩は穏やかにほほ笑んで首を横に振った。 「私だって、そんなに強くないわ」 「えっ……?」 「私が強く在れているとしたら、いえ強く在るように見えているとしたら、それは貞操帯のおかげ。いつも、いかなるときも、裕香が管理してくれる貞操帯に守られていると思えるからよ」  だとしたら、愛美先輩が管理してくれている貞操帯に守られている私も――。  そこまで考えたところで、ドアが開いて豊岡先輩と小海が現われた。  さらにしばらくすると、芽衣先輩と瑠衣先輩もやってきた。  そこで愛美先輩のスマートフォンに電話がかかってきて。 「芦屋先生も、もうすぐ着かれるそうよ。校門まで出ておきましょう」  私たちは、揃って部室をあとにした。  校門のところまで来たところで、白い大きな車がやってきた。 「ちょうどよかったわ。芦屋先生の車よ」  愛美先輩が言ったので、あらためてその車をよく見ると、前に高級外車のマークがついていた。 「へえ、あのメーカー、バスも作ってるんだ」  車のことはまったく知らない私がつぶやくと、小海が胸を張って答えた。 「裕香ちゃん、あれはバスやなくてミニバスっていうんやで」  そこですかさず、豊岡先輩がツッコミを入れる。 「アホぉ、ミニバスじゃない。ミニバンだ」 「もう、あなたたち……」  そのやりとりに愛美先輩がため息をついたところで、車が私たちの前に停まった。  大きなドアが、電動で横に開く。 「おはよー。後ろの席から詰めて乗ってね。後ろ開けるの面倒だから、荷物は足元に置いて」 「はーい!」  喜び勇んで最初に乗ったのは、小海だった。 「一番後ろは椅子が3列だから」 「次は身体の小さい私たちが乗るですー」  芽衣先輩と瑠衣先輩が小海に続いて乗り込むと、一番後ろの席は満席になった。  そして2列めは、肘掛けがついた独立した椅子がふたつ。そこに愛美先輩と豊岡先輩が座ると、私の席はなくなった。 「後ろ埋まったわね。じゃあ裕香ちゃんは前ね」 「あ、はい」  芦屋先生の声に答えて助手席に乗り込む。すると開いたときと同じように、電動で後ろのドアが閉まった。 「みんなシートベルトは締めた?」 「はーい!」  そして小海が元気に答えると、高級外車ブランドのミニバンが、滑るように動きだした。  もともと貨物車として作られた車を、荷室に椅子を設えて乗用車にしたという成り立ちからだろうか。居住空間が広いこととも相まって、ミニバンという車種は、最前列と2列め3列めが隔絶されている雰囲気になりがちである。  特に芦屋先生の車は車幅も広い――1.9メートルを超えているとあとで知った――ため、運転席と助手席も遠い。  そのため後席の会話に参加することもできず、芦屋先生にも話しかけにくい雰囲気で、革張りの大きな椅子に座っていると、ふと気になったことがあった。 「あの……三木さんは?」  三木さん――三木涼子さんは芦屋先生の病院の看護師にして、先生のコンプリッツェである。 「もしかして、定員オーバーで乗れなくて?」  だとしたら、私のせいだ。私が後から遅れて入部したから、三木さんの席がなくなったんだ。  しかしそう思って口にした言葉を、芦屋先生はほほ笑んで否定した。 「ああ、全然違うわ。この車は、ただ今の部員の数にちょうどいいから、乗ってきただけ。毎年合宿では涼子が現地に先行して、準備してるのよ」  その言葉に胸をなでおろしたところで、車は郊外のバイパス道路に出た。おそらく、この先にあるインターチェンジで高速道路に乗るのだろう。  それにしても、乗り心地がいい。  なによりいいのは、椅子が大きいことだ。どちらかというと身体が小さい私でもそう思うのだから、背が高い豊岡先輩などはなおさらだろう。  などと考えていると、高速道路に入ってしばらく走ると、豊岡先輩の声が聞こえなくなった。豊岡先輩だけじゃなく、小海の声も、芽衣瑠衣の双子の先輩や、愛美先輩の声も聞こえなくなった。 「うふふ……みんな寝ちゃったみたいね」  芦屋先生がそう言ったので振り向いてみると、その言葉どおりみんな目を閉じていた。小海に至っては、手足を投げ出して大口を開けている。  さもありなん、とは思う。芦屋先生のスムーズな運転技術とも相まって、車内はほんとうに快適だ。  とはいえ、助手席の私まで寝るわけにはいかない。  そう考えてちょっぴり気合を入れたところで、芦屋先生が口を開いた。 「ちょうどいいわ。裕香ちゃんに話しておきたいことがあったの」 「私に……ですか?」 「ええ、思慮深く、責任感が強いあなたに」 「えっ……?」  そう言われたことが、意外だった。こんな優柔不断で周囲に流されやすい性格の私が、思慮深く責任感が強いなんて――。  しかし、芦屋先生の考えは違っていた。 「裕香ちゃんの唯一の欠点は、自己評価が低すぎるところね……短所と長所は表裏一体。あなたが優柔不断と思っている性格は、思慮深さの裏返し。流されやすいのは、周囲の期待に責任感を感じるから」  そうなのだろうか。にわかには信じられないだろうが、そうだったらいいなとは思う。 「すぐに自信を持つ必要はないわ。でもあなたには、愛美ちゃんと同じ、いえ彼女以上の才能がある。私も愛美ちゃんも、あなたのことをそう評価していることは、憶えておいて」 「は、はい」 「そのことを踏まえて、裕香ちゃんに頼みたいことがあるの」 「わ、私に……ですか?」 「ええ、これは私の願いでもあるし、愛美ちゃんが望んでいることでもあるの」  そして聞かされた話は、衝撃的な内容だった。  話のあと依頼されたことは、ふつうなら簡単に引き受けられないようなものだった。  しかし、私は芦屋先生の話を信じた。  信じて、依頼を引き受けた。  優柔不断だなんて言っていられなかった。それに、流されて引き受けたわけでもない。 (私も、愛美先輩の貞操帯に守られているから……)  強く在らねば。いや強く在りたい。  そう思って、思慮深く考え、責任感で――いや、私自身がそうしたくて――。 「う、ぅん……」  そのとき、後部座席で誰かが低くうめいて目を覚まし、芦屋先生との話はそこでいったん終わった。

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