小説 貞操帯倶楽部 4章 貞操帯倶楽部に入部する (Pixiv Fanbox)
Published:
2018-07-17 12:59:49
Edited:
2020-04-10 09:37:54
Imported:
2021-10
Content
4章 貞操帯倶楽部に入部する
朝、目を覚ます。
スマートフォンがメッセージアプリの着信ありを表示していたので確認すると、愛美先輩からだった。
『おはよう。よく眠れた?』
初貞操帯の私を心配してくれていたんだ。
嬉しくなって、すぐに返信する。
『ありがとうございます。おかげでよく眠れました』
そのメッセージを送信し、スマートフォンを置いて着替えを始めかけると、メッセージが着信。
「愛美先輩、返信速っ。もしかして、私の返信を待ってたとか?」
まさかそんなことはないだろう。たまたまタイミングが合っただけだ。
そう思い直して確認する。
『そう、よかったわ。それじゃ放課後、また部室で』
『はい。必ず行きます』
それだけの短いやりとりで気持ちが舞い上がり、鼻歌を歌いながら制服に着替え、準備を整えて、私は自室を出た。
(あの子は……裕香は、きっと入部を決める)
昨夜、城崎裕香からメッセージも電話を入らなかったことで、高砂愛美はそう考えていた。
『おはよう。よく眠れた?』
今朝、起きてすぐ送ったメッセージに。
『ありがとうございます。おかげでよく眠れました』
そう返信がついたことで、自らの考えに自信を深めた。
実は裕香にわたした鍵は、彼女の貞操帯の鍵ではなく、愛美の貞操帯の鍵だった。
つまりその鍵では、裕香は自分の貞操帯を外せない。
もし裕香が耐えきれずに貞操帯を外そうとしたなら、昨夜のうちに鍵が違うと連絡してきただろう。もしそれが深夜で、遅い時間に連絡してくるのをためらったとしても、朝の返信でその件に触れるはずだ。
しかし、裕香はそうしなかった。
あまつさえ、よく眠れたと言ってきた。
そして愛美の経験上、貞操帯を着けてひと晩なにごともなく過ごした者は、その後も貞操帯を着け続ける。愛美自身が、豊岡純が、小野小海が、今は修学旅行に行って部室に顔を出していない2年生の部員が、そうだったように。
もちろん夜のうちに貞操帯に耐えられなくなり、外そうとした者でも、のちに貞操帯を受け入れることがある。
とはいえ、裕香は貞操帯を着けたまま、ひと晩過ごすだろうとも予想していた。
それは、昨日純と交わした会話のなかの言葉。
『素質的には私とまったく同じと言えそう』
それは下半身だけ裸にさせ、メジャーで測定しているときの裕香の反応を見て、感じたことだった。
裕香の反応は、いまを去ること2年前、当時の部長に測定されたときの、愛美自身の反応と同じものだった。
でもその直後、裕香は愛美と違う反応を示した。
貞操帯倶楽部は、いったいどれだけの数の貞操帯を在庫しているのか。
その疑問は、愛美も抱いた。
『それほど大量に在庫してるわけじゃないわ。貞操帯は、横ベルトに縦の金属板を組み合わせる構造。ふつう体型の子なら、それぞれ1センチきざみで数種類用意しておけば、ほとんど対応できるの』
そのときの愛美は先輩に同じことを言われ、納得した。しかし裕香は、一瞬怪訝な表情を見せた。
(彼女は当時の私が気づけなかったことに気づいた。気づいたうえで消えない疑問を上回るほど、大きい羞恥と肉体の火照りを抱えていた……裕香は私と同質で、もっと大きい素質を持っている)
そう確信しながら、愛美は身支度を整え、自宅を後にした。
学校に来てからも、貞操帯を着けたまま、なにごともなく過ごせた。
教室の硬い椅子に座るときだけ気をつけていれば、授業を受けることも、休み時間にトイレに行くことも、クラスメートと軽口を言い合うことも、ごくふつうにできた。
とはいえ、つまらない授業の時間に、考えてしまうのは貞操帯倶楽部のこと。
『そう、よかったわ。それじゃ放課後、また部室で』
愛美先輩のメッセージ。それは、放課後部室で貞操帯を着け続けるか、貞操帯倶楽部に入部するかを訊きたいということだ。
それに、今日は金曜日。明日から2日間、学校は休み。さすがに3日後まで結論を先送りはできないだろう。今日の放課後までに結論を出さなくてはならない。
(どうしよう……)
鼻と尖らせた唇でシャーペンを挟んで窓の外を見ていると、グラウンドでは隣の――小海のクラスが体育の授業中だった。
(小海は……)
姿を探してみると、彼女は元気にボールを追いかけていた。
いや、体育だけじゃない。小海は貞操帯を着けたまま陸上部の練習に参加しているくらいだ。きっと貞操帯を着けていても、体育の授業もふつうにこなせるだろう。
そしておそらく、それは私も同じ。
(だから、貞操帯を着け続けても、貞操帯倶楽部に入っても……でも……)
しかし私は、いつもの優柔不断な性格が顔を出し、なかなか決められずにいた。
「いらっしゃい」
放課後、貞操帯倶楽部の部室に顔を出すと、愛美先輩がひとりで私を待っていた。
香りのいいお茶を飲みながら話していても、小海はもちろん、豊岡先輩も顔を見せなかった。
それはおそらく、今日が私にとって大切な日になるからだろう。
愛美先輩がそうするよう頼んだのか、豊岡先輩が自らそうすると決めたのか、ともあれ私と愛美先輩が落ち着いて話ができるように、席を外してくれたのだ。
私はなんとなく、そういうことだろうと予想していた。
「裕香、貞操帯のことだけど……」
だから、愛美先輩がそう切り出したとき、貞操帯を着け続けるのか、貞操帯倶楽部に入部するのか、決断を迫られるのだと思った。
それでもどうするのか、私は決めかねている。
ひと晩着けて過ごしてみて、貞操帯を着けていても日常生活に支障がないことはわかった。
服を着ていたら、貞操帯を着けていることはほかの人にはわからない。貞操帯装着の違和感は小さく、ほとんど気にならない。歩くことも、座ることも、まったく問題ない。トイレもふつうにできる。入浴も可能。学校生活にも問題はない。体育の授業だって、たぶん今までと変わらず受けられる。
でも女の子の大切なところに、いちばん感じるところにだけは、けっして触れられない。間違いなく、私の股間は貞操帯に支配されている。
そのことに、私は耐えられるだろうか。
そんなことを考えて悩んでいると、愛美先輩がすまなさそうに頭を下げた。
「裕香、ごめん」
「えっ……?」
「実はね……」
そこで愛美先輩は、ハート形のチャームつきチェーンが取りつけられた、小さな鍵を取り出した。
「私の鍵と同じチャームをつけてわたそうとしたら、間違って私の鍵をわたしてしまっていたことに、さっき気づいて……」
「そう……だったんですか」
「ほんとにごめんね。でもよかったわ。裕香が貞操帯を着けたまま、なにごともなく過ごせて」
「ええ。ほんとに」
そう答えたのは、純粋に鍵を使うようなことにならなくてよかったという意味だった。
しかし、愛美先輩が考えていたことは、少し違っていた。
「ほんとうによかったわ……貞操帯を着けてひと晩なにごともなく過ごせた人は、その後ずっと着け続けられるから」
その言葉の意味するところは――。
「きっと裕香は、このまま貞操帯を着け続けられる」
愛美先輩が、私に言いたいことは――。
「貞操帯倶楽部に入部しない? いえ、私は裕香に入部してほしい」
貞操帯を着けていても、日常生活に支障はない。ひと晩着けて過ごせた人は、その後も着け続けられる。
それよりなにより、愛美先輩が私の入部を望んでいる。
もう、迷う必要はなかった。ないはずだった。
でも、私は決められなかった。
また優柔不断な性格が顔を――いや、そうじゃない。私は優柔不断だけど、同時に流されやすい。
いつもの私なら『入部してほしい』と言われると、流されて入部していたところだ。
にもかかわらず、このときの私がまだ悩んでいたのは、貞操帯のもうひとつの本質のせい。
貞操帯を着け続けることは、私の股間は貞操帯に支配され続けるということ。ひいては、貞操帯の鍵を持つ人に、支配されるということ。
そう考えながら、テーブルの上の鍵を見る。
「もし……」
その鍵を見つめながらしばし考えて、私の口から出たのは入部の承諾ではなく、愛美先輩への質問だった。
「もし、貞操帯倶楽部に入部したら、私の鍵はどうなるんですか?」
「そうね……まだ貞操帯倶楽部について、詳しく話してなかったわね」
そこで、愛美先輩が再び穏やかにほほ笑んだ。
「貞操帯倶楽部では、貞操帯の鍵は部員間で相互管理する決まりなの」
「相互管理……ですか?」
「ええ、純の貞操帯の鍵は、小海が管理している。小海の鍵は、純が管理している。修学旅行中の2年生部員ふたりは、お互いで管理し合っているのよ」
「じゃ、じゃあ愛美先輩の鍵は?」
「小海が入部するまでは、純と管理し合っていたわ。でも小海が純による管理を望んだから彼女を譲って、今は自己管理しているの」
「そ、それじゃ、私が入部したら……?」
「裕香の鍵は、私が管理することになる。私の鍵は、裕香が管理することになる。もちろん、裕香が他の人の管理を望むなら……」
「いえ!」
そこで、私は反射的に立ち上がり、叫んでいた。
「私、愛美先輩がいいです! 愛美先輩に鍵を、いえ私を管理してほしいです! あっ……」
ハッとして、慌てて口を塞いでもあとの祭り。
「いや、あの、それは……」
思わず口走ったことを否定することもできず、あたふたしていると、愛美先輩がそっと抱きしめてくれた。
「私もよ……私も裕香に管理してほしい」
その言葉で、私は貞操帯倶楽部への入部を決意した。
「今から、裕香は私のコンプリッツェ。私は裕香のコンプリッツェよ」
「コンプリッツェ……ですか?」
「ええ、コンプリッツェ。ドイツ語で綴りは『Komplize』。もともとの意味は、共犯者。貞操帯倶楽部では秘密を共有し合う仲間という意味で、鍵を管理しあう相手のことをコンプリッツェと呼ぶの」
私が署名した入部届けを大切そうに棚にしまい、愛美先輩があらためて口を開いた。
「そしてお互いをコンプリッツェと呼び合っていいのは、貞操帯倶楽部のなかだけ。部員やOG以外の前では、けっしてコンプリッツェという言葉を口にしてはいけない」
つまり私が入部届けに署名して提出し、正式に部員になったから、愛美先輩は私をコンプリッツェと呼んだのだ。
そこまで考えて、思いだした。
昨日、豊岡先輩と小海は、私の前でお互いをコンプリッツェと呼び合わなかった。
鍵の管理について話したとき、愛美先輩はコンプリッツェという言葉を使わなかった。
「それは、私がまだ部員じゃなかったから……?」
「そうよ。まぁふだんはお互い名前で呼び合うし、めったに使う言葉じゃないけど……仲間意識を強めるための、ちょっとした秘密の共有ってわけね。でも……」
そこで愛美先輩は表情を引き締め、声の調子をわずかに落とした。
「でも、その言葉は覚えておいたほうがいいわ。『あなたのコンプリッツェは?』という質問は、OGも含めて貞操帯倶楽部の合言葉みたいなものだから」
「合言葉……ですか?」
「そう、合言葉。貞操帯を着けて暮らすということには、どうしても生活するうえでの制約がついて回るの。校内なら、部員どうしでもサポートし合える。でも校外だと、そういうわけにはいかない……例えば怪我をしたとき、裕香はどこに行く?」
「えっ……病院です」
「そこで、レントゲン写真を撮りましょうって言われたら?」
「それは……ッ!?」
そこで、ハッとした。
『金具のあるベルトや、金属製のアクセサリー類は外してください』
以前レントゲン写真を撮ったとき、言われた言葉。
「つ、つまり、貞操帯を着けているって……」
「そう、見ず知らずの人に告白しなくちゃいけない。でも、病院の先生が貞操帯倶楽部のOGなら、安心して話せる。いえ、わざわざ話さなくても『先生のコンプリッツェは?』と訊くだけで、私たちのことをすべて理解してもらえるってわけ」
そう言うと、愛美先輩は、入部届けの代わりに持ってきた1枚のプリントを見せた。
「貞操帯倶楽部の活動に協力を表明してくださっている、OGの方々の名簿よ」
医師、看護師、薬剤師、弁護士、会社経営者、果ては貞節女子学園の理事や現役教師まで。そこには、錚々たるメンバーの名前が書かれていた。
「ここに記されているかた以外にも、OGからは有形無形のサポートがある。貞操帯倶楽部が存在し、私たちが活動し続けられるのは、そんな皆さんのおかげなの」
それで、貞操帯倶楽部が潤沢な予算を持っている理由もわかった気がした。要するに、それら錚々たるメンバーからの寄付で賄われているのだ。
小海が部活をかけもちできたのも、学園の理事や教師にOGがいたからだ。
そしてそのことは正式に入部しないと話せないから、サイズ違いの貞操帯の在庫にについて訊ねた私に、愛美先輩ははぐらかすようなことを言ったのだ。
小海がうっかりそのことを話しそうになったとき、愛美先輩は遠回しに注意し、それでも止まりそうになかったから、豊岡先輩が連れ出したのだ。
「ごめんね、あのときはきちんと話せなくて……」
「いえ、気にしていません」
そして、それもまた、今の素直な気持ち。
逆に、晴れて秘密を共有できる関係になれたことが、今は嬉しい。
私がそう告げると、愛美先輩はにっこりほほ笑み、テーブルの上に貞操帯の鍵を置いた。
応えて、私も預かっていた鍵を置く。
「それじゃ、あらためて……私は、裕香のコンプリッツェとして、裕香の鍵を管理する」
「はい……私は、愛美先輩のコンプリッツェとして、愛美先輩の鍵を管理します」
そしてお互いの目を見つめ合って宣言し、愛美先輩が私の鍵を、私は愛美先輩の鍵を、大切にしまった。