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「ーーーこれは?」

中年の男性社員・三沢 義弥(みさわ よしや)は、

表情を歪めたー。


「ーー見ての通りです。説明はいらないと思いますが?」

年下の上司・芹沢 景治(せりざわ かげはる)が、

淡々と呟くー。


義弥は、俗に言う”窓際族”の男で、

出世コースからは外れて、欲もなく、ただ無難に仕事をこなしていたー。


一方の芹沢部長は、義弥より10歳以上年下で、

エリートコースを歩く男だー。

そんな彼からしてみれば、義弥は

”向上心のない哀れなおじさん”に見えたのだろうー。


”退職願”と書かれた紙を前に、義弥は震えるー。


「--これは、リストラですかー?」

義弥の言葉に、芹沢部長はうすら笑みを浮かべながら、

眼鏡の下の瞳を輝かせたー。


「--人聞きが悪いー。

 リストラなどではありませんよー。

 私は別に強制などしませんー」

芹沢部長の言葉に、義弥は芹沢部長を睨むー。


「---自分の置かれている立場を、あなたも理解しているはずだー。

 この会社に、もうあなたの居場所はないということをー」


その言葉に、義弥は、オフィスを見回すー。


20代後半の少しギャルっぽい女性社員の麗華(れいか)は、

露骨に義弥のことを避けていて、

完全に義弥を空気として扱っているー。


30代前半の2児の母親でもある、久美(くみ)は、

年下のイケメンである芹沢部長と浮気中との噂もありー、

芹沢部長と一緒に、義弥に対して嫌味をいつも言ってくるー


1年前に入社した新人の女性社員・紗江(さえ)

一見愛想が良いものの、陰口を叩くタイプの女子で、

昼休みになると、久美や麗華と一緒になって

”ほんと、三沢さんってキモイですよね~”などと

盛り上がっているー。


残りの社員たちからも、義弥は良く思われていないー。


「うちも夏に猿渡(さるわたり)グループの一員となったことで、

 専務から徹底したコストカットを求められていますー」


芹沢部長が言うー。


義弥が働いている会社は、10年ほど前から、業績が少しずつ

悪化していたこともあり、今年の夏に、巨大企業・

猿渡グループのグループ企業となり、経営の立て直しを

測っている最中だったー。


「---この部署で、一番”不要な経費”は何だと思いますかー?」

芹沢部長の言葉に、義弥が答えずにいると、

芹沢部長は、鼻で義弥を笑ったー。


「-そんなことも分からないとはー。

 あなたの頭の中には脳味噌ではなく、味噌汁でも

 入っているんですかね?」


芹沢部長の言葉に、女子社員たちのクスクスと笑う声が聞こえるー


歯ぎしりをする義弥ー。


「-皆さんの方がよくお判りのはずですー。

 我々の部署で、一番”不要なコスト”は何だと思いますか?」

芹沢部長が言うと、部署内の社員たちが、一斉に義弥のほうを見つめたー。


「--ふふ…これでお判りでしょうー。

 あなたは、この部署の”不要なコスト”ですー。

 それでもまだ、ここで働きたいと言うのならばー

 別に私は構いません。


 ですがー

 そこに名前を書いたほうが、ためになると思うんですけどねぇ。

 コスト沢さん。よく考えて下さいー」


”何がコスト沢だー”


義弥はそう思いながら、芹沢部長を睨むー。


「--率直に言うとー」

芹沢部長は眼鏡をいじりながら、立ち上がると、

義弥のほうを冷たい目で見つめて、笑みを浮かべたー。


「--あんたみたいなおっさんの代わりは

 いくらでもいるんだよー。

 いくらでもー。


 何なら、ハムスターでも置いておいたほうが、

 部署の皆さんの癒しになって、役に立つんだよー。

 分かるか?」


芹沢部長が、本性を現して呟くー。


義弥はー

激しい怒りを感じながらもー

ほぼ強制のような形でー…

退職願に名前を書いて、そのまま芹沢部長の机に叩きつけたー。


「---お疲れ様でしたー」


「--コストさん!お疲れ様でした!」

「おつかれ、コスト沢!」

「--おつかれさまですぅ~!」


社員たちが、一斉にバカにしたようにして呟くー。


義弥は、屈辱のあまり、奇声を上げながら、

オフィスから逃げるようにして立ち去ったー。


・・・・・・・・・・・・・・・・


「---はぁ」

義弥は、公園のブランコに座りながら、

これからのことを考えていたー。


「--こんな歳で無職とか、どうするんだ俺…」


芹沢部長から嫌われているのは、理解していたー。

だが、まさか、こんな風に露骨に解雇に追い込まれるとはー


「労基に行くか…?」

そう呟くも、義弥に、その気力も、気概もなかったー。


「---…くそっ!どいつもこいつも俺を馬鹿にしやがって!」

芹沢部長を始めとする、部署の人間たちの顔を思い浮かべながら

怒りの形相で叫ぶ義弥ー。


だがーー

失意のどん底にいた義弥が帰宅すると、

郵便受けに、”あるもの”が入っていることに気づいたー。


「なんだこれ?」


”キャンペーン景品”と書かれたプチプチつきの封筒ー。


「--…なんか応募したっけな?」

そんな風に思いながら、義弥が部屋の中に入り、

封筒を開封するとー

”先月のキャンペーンへのご当選、おめでとうございます”と

書かれた紙と、”当選品の憑依薬”が、入っていたー


「-憑依薬?」

義弥は思わず、表情を歪めたあとに、笑いだしてしまうー。


「ははは、なんだよこの怪しいのー。

 ってか、何も応募した記憶もないけど」


義弥は、”怪しすぎるだろ、これ”と思いながら、

憑依薬なるものが入った容器と、手紙を捨てようとしたー。


しかしー

ふと、”これがあれば、他人の身体でやりたい放題”と、書かれているのが

目に入って、ゴミ箱に捨てようとしていた憑依薬と、説明書きを

もう一度凝視したー。


紙にはー

”憑依薬を飲むことで、いつでも幽体離脱することができるようになり、

 他人の身体を乗っ取ることができる”と書かれているー。


「--んなわけあるかよー」

そう、呟きながらもー

義弥の頭の中には、芹沢部長や、自分を馬鹿にする社員たちの顔が浮かぶー


”復讐”-


もしもー

もしも、この”憑依薬”とやらが、本物ならばー

やつらに復讐することができるー。


本物であるはずはないー

あるはずは、ないがー


もし、もしも、本当に憑依できるのだとしたらー…


「----…どうせ…」

義弥は呟くー。


「俺なんか死んだっていいんだー」

家族もいないー

特に趣味もないー

仕事すら、失ったー


そんな義弥にとって、

もはや”失うもの”など何もなかったー。


”もし、この憑依薬とかいう怪しい液体が毒だったとしても、

 その時は、死ぬだけだ”


そう考えた義弥は、どう考えても怪しい

”急に送り付けられてきた憑依薬”をそのまま飲み干したー。


・・・・・・・・・・・・・・・・


翌日ー


”芹沢部長ー。

 君の部署は、業績がイマイチ、思わしくないようだがー?”


親会社である猿渡グループの専務、猿渡 源三(さるわたり げんぞう)が

オンライン会議で、芹沢部長に指摘をするー。


「-いえ、ご安心くださいー。

 徹底したコストカットと、スピード感を持った対策で、

 前任者の赤字を全て塗りつぶすほどに、黒字にして見せますー」


芹沢部長が、眼鏡をいじりながらそう言うと、

猿渡専務は「期待しているよー」と、笑みを浮かべたー。



「---部長。ちょっといいですか?」


「---ん」

会議を終えた芹沢部長の元に、ギャルな社員・麗華がやってくるー。


「---いいですよ。どうかしましたか?」

笑みを浮かべる芹沢部長ー。


芹沢部長は女好きでもあり、やたらと女性社員を重用しているー。

このギャル風な麗華も、芹沢部長の”お気に入り”の一人だー。


「--はい、実はーこれを提出したくてー」

麗華はそう言うと、封筒を芹沢部長の机に置いたー


「---え」

芹沢部長の表情が歪むー


麗華が芹沢部長の机の上に置いたのはー

”退職願”だったのだー。


「---あはははは!あたし、今日で会社やめま~す!」

嬉しそうに叫ぶ麗華ー


「--え?」

女性社員の久美や紗枝、他の男性社員や女性社員も

驚いて、部長の机のほうを見つめるー。


「--き、急に、どうしてー?」

戸惑う芹沢部長に対して、麗華は「きゃははははははははっ!」と

笑いながら、「だって~部長コストカットしたいんでしょ~?」と、

皮肉をこめて叫ぶー。


「-あたしみたいなギャルは~”コスト”なのでぇ~

 やめちゃいまぁ~す!」


そう叫ぶと、麗華は、スキップしながら「きゃははははははは!」と

そのままオフィスから立ち去っていくー。


「----え…」

机の上に置かれた退職願を見て、呆然としている芹沢部長ー。


退職願と書かれた封筒を開くと、

まるで女子高生の卒業アルバムの自由スペースかのように、

キラキラした文字で、”あたし、やめま~す!”と、書かれていたー。


「----」

唖然としているのは芹沢部長だけではなかったー。

他の社員たちも、唖然としている状態ー


何が起きたのか、部長も、他の社員も、理解できなかったのだー



「-ふ~~~!マジかよ!マジで最高だぜ…!」

会社から出た麗華は蟹股で、街を歩きながら笑っていたー


「本当に、憑依が出来ちまうなんてー」

麗華は笑みを浮かべながら、自分のネイルの施された手を

見つめるー。


「うへへへー」

ペロペロと指を舐める麗華ー。


通行人が、急に指を舐め始めたOLの格好をしたギャルに

驚いているのもお構いなしに、自分が満足するまで指を舐めると、

麗華は「社員はコストなんだろ~?」と、笑みを浮かべるー。


憑依に成功した義弥はー

社員一人一人に順番に憑依して、毎日芹沢部長に退職願を

叩きつけようとしていたー。


自分を馬鹿にした仲間たちへの復讐ー

そして、芹沢部長への復讐のためにー。


「---あいつ、どんな顔するのかなぁ~」

麗華が街中をスキップしながら大笑いするー。


「--”代わりなんていくらでもいる”んだんなぁ~!

 へへへ、どんどん退職させてやるぜ!」


麗華は大声で笑いながらー

周囲の視線もまったくお構いなしに、

まるで子供のようにスキップし続けたー。


・・・・・・・・・・・・・・・


翌日ー


「夏目(なつめ)さんー」

芹沢部長が唖然としているー


髭が似合う男性社員の夏目が、

突然退職願を芹沢部長の机に叩きつけたのだー。


「吾輩はコストであるー。再就職先は、まだない」

そう呟くと、夏目はそのまま立ち去っていくー


「え!?ちょ!?夏目さん!」

流石に焦り始める芹沢部長ー


一昨日は、義弥をクビにし、

昨日はギャル風の麗華が退職ー、

そして、今日は夏目ー


一気に三人を失ったことに、芹沢部長は、焦っていたー


「-な、なんなんだまったくー」

椅子に座りながらそう呟く芹沢部長ー。


2児の母親・久美や、

陰口を叩いていた若い女性社員の紗江も、

不安そうにその様子を見つめていたー。


・・・・・・・・・・・・・・・・


「---私は激怒した。必ず、

 退職しなければならぬと決意した。」


その言葉と共に、退職届を叩きつける、30代前半の女性社員ー。


「--あ、我妻さんー…?」

呆然とする芹沢部長ー。


いつもの冷静で、人を小ばかにしたような態度は

すっかりと消え失せているー。


「---ふ、、ふ、、ふざけないでください!

 今日で4日連続だ!

 いったい…いったい、何を考えているー?」

芹沢部長が声を荒げるー


「--別に~?わたし、コストなので」

我妻と呼ばれた女性社員はそう呟くと、そのまま立ち去っていくー。


唖然とする社員たちー。


社員が1日一人ずつ、退職願を提出してくるー


「---…っ!」

芹沢部長は思わず立ち上がって、部署の社員たちに向かって叫ぶー


「-わ、私は、あなたたちをコストなどとは思っていないー!

 彼ーー、三沢義弥のような仕事のできない男のことをそう言っただけでー、

 もし、誤解を招いたなら、申し訳ないー」


芹沢部長が頭を下げるー


芹沢部長は、義弥を解雇した際に”コスト沢”と呼んだことで、

他の社員たちにも”社員はコストと思っている”と勘違いされたことを

恐れていたー。

だからこそ、3日連続で社員が退職願を叩きつけてきたのだとー。


「部長ー…わたしたち、ちゃんとわかってますから、大丈夫ですよー」

2児の母であり、部長と浮気している疑惑を持たれている久美が言うー。


他の社員も「そうですよ!部長!」と叫ぶー。


「--皆さんーーー…感謝します」

芹沢部長は、そう呟くと、深々と頭を下げたー


・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「-はっははははははは!たまんねぇな!あの部長のカオ~!」

大笑いする、今日退職したばかりの女性社員ー


部屋でポテトチップスをバリバリ食べながら、

コーラをガブのみして、テレビを見つめるー。


「あ~~らら」

彼女が見つめた先にはー

数日前に退職した”ギャル女”が、街中で男を襲い、逮捕されたという

ニュースの報道だったー。


「ーー憑依って便利だなー」

笑みを浮かべる女ー。


憑依して退職願を出すだけでは、正気を取り戻したあとー

慌てて退職を取り消ししようとするだろうー。


しかしー

乗っ取っている間に使っているのは、”相手の脳”ー。


つまりー


「ーーーククク…」

憑依している間に、強く念じ続ければー

正気に戻ったあとも、義弥の思い通りに、染めることができるのだー


”自分の意思で退職した”と思い込ませー

そして、ギャルな麗華を性欲まみれの女に変えたようにー

自由に、相手を染めることができるー


”この女は、前に俺を中年太りだとあざ笑ったからなー”


義弥はそう思うと、「わたし、食べることが楽しくてやめられな~い!」と

何度も嬉しそうに、その女性社員の身体で叫び、念じたー


やがてー

その身体から抜け出す義弥ー


「ーーお望み通り、どんどんコストカットさせてやるぞー」


芹沢部長への復讐心をたぎらせー、

”次は誰の身体で退職願を提出しようか、と、あれこれ思案するのだったー


②へ続く


・・・・・・・・・・・・・・・・


コメント


リストラされた男の憑依物語デス~!

次回も、欲望を満たしながら退職願を提出していきます~笑


お読みくださりありがとうございました☆!

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