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「深淵をのぞく時、深淵もまたこちらをのぞいているのだ」


Und wenn du lange in einen Abgrund blickst,

blickt der Abgrund auch in dich hinein.


”フリードリヒ・ニーチェ”


「ーーーー治夫くんー

 あなたは”深淵のその先”を見たことはありますかー?」


目黒警視正は、一人そう呟くと、

静かに本を閉じ、

”既に用済みとなった”モルティング対策班本部の外に向かって

歩き出したー。


・・・・・・・・・・・・・


登場人物


長瀬 治夫(ながせ はるお)

若き警察官。”皮”にまつわる事件に巻き込まれていく


松永 亜香里(まつなが あかり)

治夫の彼女。現在同居中。黒崎陣矢に乗っ取られてしまう。


長瀬 聡美(ながせ さとみ)

治夫の妹。かつて臼井隼人に皮にされた件で、現在入院中。


目黒 圭吾(めぐろ けいご)

警視正。計算高い性格の持ち主で、出世欲も強い。


黒崎 陣矢(くろさき じんや)

指名手配中の凶悪犯罪者。”モルティング”のひとり。


泉谷 聖一(いずみや せいいち)

治夫の中学時代の恩師。モルティングたちに”皮にする力”を与えた黒幕。


大門 久志(だいもん ひさし)

目黒警視正が亜香里を警護するため派遣した捜査官。


・・・・・・・・・・・・・・


★あらすじ★


黒崎陣矢に乗っ取られた亜香里ー。

普段の優しさなど、まるで失われた亜香里を前に、

治夫は追い詰められていくー。


逆転の秘策も失敗に終わり、

亜香里に首を絞められた治夫は、ついに死を覚悟するー。


しかし、そこにやってきたのはー

病院で入院中だったはずの妹・聡美だったー。


★前回はこちら↓★

<皮>モルティング~人を着る凶悪犯~㊱”フラグ”

ふざけるなー。 長瀬治夫は、怒りに震えていたー。 少し前に、彼女の亜香里と話したことを思い出すー。 「ーーー……亜香里ー」 「ーこの事件を解決できたらさー  ーーー」 治夫は、”モルティング”たちとの戦いを終えたらー この事件を解決したらー 同居している彼女・松永亜香里と”その先”に進もうとしていたー。 「ーー...

・・・・・・・・・・・・・・


「お兄ちゃんー!」

治夫の家に飛び込んできた妹の聡美ー


「あ、、亜香里さん…!やめて!」

聡美が、コルセット風のランジェリーを身に着けて、

狂気的な笑みを浮かべている亜香里に向かって叫ぶー


「さ、、聡美…なんで…?」

苦しそうに倒れたまま治夫が呟くと、

聡美は「ーーお兄ちゃん…!」と、治夫の方に駆け寄ろうとするー。


しかしーーー


「ーーやっとーー

 ーーーやっと、、、会えたーー」


亜香里が、狂気的な笑みを浮かべながら、そう呟いたー。


「ーーーえ」

聡美が、乗っ取られた亜香里のほうを見るー。


「ーーーさ・な・え…」

亜香里はニヤニヤしながら聡美の方に近付いていくー。


”お兄ちゃん”ーーー

黒崎陣矢の妹・早苗は、目の前でいたぶるようにして、

殺されたー。


「ーーへへへ 少年ー

 お前に今から見せてやるよ”芸術”をー」


あの時の犯人は、そう言ったー


その時、黒崎陣矢は、壊れたー。


”美しいー”

妹・早苗が弱っていく姿を見て、黒崎陣矢は、そう思ったー


”お兄ちゃんー”


今、目の前で、長瀬治夫の妹・聡美はそう叫んだー


もしーー

もしもーー


早苗が生きていたらー

この聡美と同じぐらいの年齢だっただろうかー


聡美の雰囲気はー

どこかー早苗に似ているー


そんな、気がしたー。


早苗が、ここにいるー

そんな、気がしたー


「お兄ちゃんー!」

「あ、、亜香里さん…!やめて!」


そんな、聡美の言葉がー


黒崎陣矢にはー

”お兄ちゃん、やめて”、と聞こえたー


まるでー

早苗が、自分に”お兄ちゃん、やめて”と

言っているかのようにー


そう、聞こえたー。


心の中で、思わず、笑みを浮かべる黒崎陣矢ー


「ーーーーーくふふふふふふふ…

 あははははははははははははァ♡」


亜香里は大声でイカれた表情で笑いだすとー

突然、亜香里の顔がぱっくりと割れたー


「ーー!?!?」

倒れたままの治夫が驚くー


「ーーきゃああああああああっ!」

聡美が悲鳴を上げるー


聡美にも”乗っ取られていた経験”はあるが、

”自分以外の誰かが乗っ取られている”のを見るのは、これが初めてー。


亜香里が”着ぐるみ”のように脱ぎ捨てられた光景に、

悲鳴を上げるー。


「ーーーお前ならーー

 もっと、、もっと、、最高の芸術を作り出せるー

 あぁぁぁ…早苗…」


亜香里の皮を脱ぎ捨てた黒崎陣矢が笑うー。


黒崎陣矢はー

何故、治夫の彼女である”亜香里”ほうに執着したのだろうかー。


何故、治夫の妹・聡美の存在も知りながら、

”聡美”のほうは、全く狙う素振りを見せなかったのだろうかー。


なぜ、今まで、聡美にあえて”関わらない”ようにしてきたのかー。


単なる偶然かー。

治夫をより傷つけるには、妹より彼女だと判断したのかー。

それともーーー。


「ーーーくくくくー」

人を皮にする注射器を手にする黒崎陣矢ー


治夫は倒れたまま、「さ…聡美…」と叫ぶー。


少し先に、治夫が落とした銃が転がっているー


”動けー”


このままじゃ、今度は聡美が皮にされるー


”動けー”

”動け動け動け動け動け”


治夫は、死にそうな激痛に耐えながら、

叫んだー


「動けえええええええええ!!俺の身体ぁああああ!」

治夫は、気力だけで無理やり身体を動かしー

銃を拾うと、聡美を襲おうとしている黒崎陣矢の方に銃を向けたー


お前は、優しいー

だがーー

忘れるなー。


決断するべき時に、決断できなければー

”破滅”を招くことになるー


恩師・泉谷の言葉が頭に浮かぶー


”今”が、決断すべきときー


治夫は、黒崎陣矢めがけて銃を向けてー

それをーー

放ったー


バァン!


銃声が響き渡るー


「ーーー!」

黒崎陣矢が表情を歪めて立ち止まるー。


自分の背中に、穴が開いているー。


「ーーーー…く…くひ…」

黒崎陣矢は、治夫のほうを向くと、不気味な笑みを浮かべたー


「ーー長瀬…治夫…ぉぉぉ…」

狂った笑みー。

治夫は、限界まで力を振り絞って、

重症とは思えない速さで、聡美の方に駆け寄るとー

聡美が”見ない”ように、聡美を抱きかかえて、その視界を遮りー

黒崎陣矢に向かって銃弾を放つー


血を流しながら、後ろに後ずさった黒崎陣矢は、

治夫のほうを鋭い目つきで見つめるー


「ーーひ、、ひひひひひ…

 長瀬、、治夫ーーー

 最高の…最高の芸術だったぜェ…


 俺の”最高の芸術”ーーー

 くく、ひひひひひ…

 お前が、、その、生き証人だー。」


そんな黒崎陣矢に向かってー

治夫は銃を向けるとー

決意の眼差しで静かに呟いたー


「ーーお前は芸術家なんかじゃないーーー

 ただの、犯罪者だー」


その言葉と同時にー

治夫は共にモルティング対策班として戦った

明信、幸成、麻綾の顔を思い浮かべながらー

最後の一撃を放ったー。


その場に崩れ落ちる黒崎陣矢ー


倒れ込んだ黒崎陣矢は、最後に”美しいー”と、呟いて

そのまま動かなくなったー。


狂気の凶悪犯罪者ー黒崎陣矢との戦いがー

ようやく、終わったのだったー。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


治夫は、黒崎陣矢が持っていた

”人を元に戻す注射器”で、

黒崎陣矢がこの部屋まで着て来ていた

西園寺長官の娘・梓、

目黒警視正配下の大門ー、

そして、亜香里を”人間”の姿に戻したー


「ーーー……わたしーーー」

西園寺長官の娘・梓は怯えた表情を浮かべているー。

それを、捜査官の大門が慰めているー。


「ーーー治夫ー…」

着替え終えた亜香里が、治夫の前に姿を現すー

亜香里の背後には、聡美の姿もあるー。


治夫の配慮から、元に戻す注射器を寝室で亜香里に打ったあと、

聡美にその場を任せて、自分はリビングの方に移動して、

亜香里が出てくるのを待っていたのだったー。


その目には、涙が浮かんでいるー


「ーわたし…治夫にひどいこと、いっぱいしちゃったんだよね…」

傷だらけの治夫を見てー

亜香里は悲しそうにそう呟くー


「ーー亜香里ーーー…」

治夫は、亜香里のほうを見るながら、そう呟いたー。


リビングにいる大門と梓もその様子を神妙な表情で見つめているー。


「本当に…無事でよかったー」

亜香里のほうを見て、治夫は優しく微笑むー。


だがー、黒崎陣矢に乗っ取られていた亜香里から受けた暴行で、

治夫は痛々しい見た目になっているー。


「ーーー……ごめん…ごめんね…」

泣き崩れる亜香里を見て、聡美は「亜香里さんー…」と、

少し離れた場所から、亜香里のほうを見つめるー


同じく乗っ取られた経験を持つ聡美にはー

亜香里の気持ちが痛いほどよくわかったー…。


「ーーーーーーわたしのことーー

 嫌になっちゃったよね……


 治夫のことーー

 こんな風にーー」


亜香里のその言葉に、治夫は無言で、亜香里に近付くとー

「ーーそんなことない」と、治夫は亜香里を抱きしめながら

そう呟いたー。


そしてーー

治夫は、「ちょっと待ってて」と、言うと棚から

何かを取り出したー


「ーーーえ」

目に涙を浮かべた亜香里が治夫のほうを見つめるー。


「ーーー亜香里ーーー。

 結婚しようー」


治夫が取り出したのは、婚約指輪だったー。


「ーーーえ…治夫…?」

泣きながら亜香里は、そう呟くー


「ーーこんなに、こんなに、酷いことしちゃったのにー」

治夫の傷だらけの手を握りながら、亜香里がそう呟くと、

治夫は、もう一度亜香里を静かに抱きしめたー


「ーー俺にひどいことをしたのは”黒崎亜香里ー”

 あいつが自分でそう名乗ってただろー?


 亜香里なんて人間、この世にたくさんいるさー。


 でも、俺が好きなのは”松永亜香里ー”

 

 亜香里は何も悪くないー

 無事で、本当に良かったー


 俺こそごめんなー

 こんな、辛い想いさせてー。


 だから、もうー

 もう、これからは絶対に悲しませないって約束するからー」


治夫の言葉に、亜香里は「うんーーーー」と泣きながら呟くとー

「こんなわたしで良ければーお願いしますー」と、

嬉しそうに呟いたー


「ーーーーーあ~~~…あ、、、これはーー」

その様子を少し離れていた場所から見ていた

”お兄ちゃん大好き”な聡美は苦笑いしていたー


「ーこれはもうーーわたし…勝ち目なしってやつー…」

苦笑いしながらそう呟くと、聡美は

「ー結婚おめでと~!」と、明るく治夫と亜香里の元に

向かっていくー


「ーわわっ茶化すな!」

治夫が笑いながら「っていうか聡美!お前、病院抜け出したんだって!?」と

呆れた様子で笑うー


「だって~…亜香里さんからの無言電話がすごい心配で…」

聡美の言葉に、治夫と亜香里は少しだけ笑うと、

治夫が口を開いたー


「ーーありがとなー…

 聡美が来てなかったら、俺ー、死んでたかもしれないしー」


治夫の言葉に、聡美は嬉しそうに微笑むー。


「ーーー…わたし、これからはお兄ちゃんにとって

 1番の妹を目指すから!」


聡美の言葉に「一番の妹って…俺の妹は一人しかいないぞ?」と笑うー。


そんな様子に、亜香里も楽しそうに二人を見つめるー。


治夫は、亜香里・聡美との話がひと段落ついた時点で

立ち上がりー

シートで包んだ黒崎陣矢の遺体を見つめるー


”なぜ、黒崎陣矢は、亜香里の皮を脱いで、聡美に近付いたのかー”


治夫には、それが理解できなかったー。


”単純に、瀕死の治夫が動けないと思っていたのか”

”聡美を皮にして乗っ取ることしか頭になかったのか”


それともー


「ーーーーいや」

治夫は首を振るー

そんなこと、あるはずはないー


最後ー

黒崎陣矢は、まるで”わざと治夫に撃たれようとした”

ようにも、見えたー。


”黒崎陣矢に限って、そんなこと、あるはずはー”


そう思いながらも、

治夫は黒崎陣矢の、布に包まれた遺体を見つめながら

”もう、2度分かることのない答え”を求めても無駄だと判断して、

梓と大門の方に近付いていくー。


「ー大丈夫でしたか?」

治夫の言葉に、梓は「本当にありがとうございます」と頭を下げるー。


治夫は、そんな梓を見て「人を助けるのが、俺たちの仕事ですからー」と

梓に対しても優しく微笑むー。


「ーー申し訳ないー」

そんな治夫に、捜査官の大門が駆け寄り、頭を下げるー。


「ーー…どうして、警護の皆さんは、撤収されたのですか?」

治夫が言うー。


不思議だったー。

これまで、目黒警視正が派遣した、大門ら捜査官が、

”鉄壁の警護”を亜香里に対して行っていたのにー、

急に大門らが引き上げたことで、亜香里は黒崎陣矢に乗っ取られて

しまったのだー。


「ー突然、目黒警視正からそのような指示が出てー

 私も含め、撤収することにー」


大門の言葉に、治夫は表情を歪めるー。


「それは、どうしてー…?」

大門らが撤収すれば、亜香里が狙われることは、

目黒警視正にはよくわかっていたはずだー


それなのに、何故ー


「ーーそれは、私にはー。

 ただ、どうしても気になって、松永亜香里さんの

 様子を確認しに戻ったら、このザマでー」

大門は首を横に振るー。


「ーーー…ご迷惑をおかけしてすみませんでしたー」

治夫は頭を下げるー。


この大門は、目黒警視正の撤収命令に背いて、

亜香里の様子を見に戻ってきてくれたのだろうー。


それが、結果的に手遅れではあったもののー

治夫は、この大門のことは恨んでいなかったー


「ーーいやー、私こそ、申し訳ないー」

大門も頭を下げるー。


「ーー明日、目黒警視正と話をしてみようと思います」

治夫が言うと、大門は首を横に振ったー。


「ー警視正は、今夜、対策本部を発ちますー。

 明日からは、別の”密命”があるとー」


大門の言葉に、治夫は時計を見つめるー。


「ーーー」

”今日”を逃したらもう、目黒警視正には会えないかもしれないー。


「ーーー全てが終われば、必ずやつは、

 お前も、お前の周囲の人間も、消すーーー

 ”すべてを闇に葬る”ためにー」


恩師・泉谷の言葉を思い出すー。


目黒警視正はー

黒崎陣矢に亜香里を乗っ取らせてー

自分たちのことも、”葬ろうと”したー?


「ーーー私も明日以降の警視正の予定は

 知らされていませんー。

 目黒警視正に話があるなら、今夜しかー」


大門の言葉に、治夫は亜香里と聡美のほうを見つめるー。


「ーーーー…わたしなら、大丈夫ー」

亜香里が優しく微笑むー。


「ーー治夫には、まだ、戦いが残ってるんでしょー?」

亜香里の言葉に、治夫は「亜香里ー…」と呟くー。


「ーーお兄ちゃん!亜香里さんはわたしが見てるから、

 だいじょうぶ!安心して!」

妹の聡美が微笑みながら言うー。


「ーーー西園寺 梓さんのことと、

 黒崎陣矢の後始末は、私がしておきます。」


大門が治夫のほうを見て言うー。


治夫は「みんなー…ありがとう」と呟くと、

亜香里のほうを見て今一度微笑み、「いってきますー」と、

”最後の闇”のいる場所に向かって歩き出したー。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


モルティング対策本部地下駐車場ー。


目黒警視正が、車のエンジンをかけて、

それを発進させるー。


地下駐車場の外に向かおうとする車ー。


しかしー

ライトの照らす先に、見覚えのある人物が立っていたー。


治夫だー。


「ーーー…!」

目黒警視正は、車を止めると、車のライトを照らしたまま、

運転席から下りて、治夫の前に姿を晒したー


「ーー治夫くんー。

 こんな夜遅くにー。

 お疲れ様です」


目黒警視正は、いつものように穏やかに笑うー。


「ーーー…目黒警視正ー」

治夫は、目黒警視正のほうをじっと見つめるー


車の出庫を示す赤いランプが、回転しー二人を照らす中、

治夫は言葉を続けたー。


「ーーモルティングの親玉…泉谷先生…いえ、泉谷聖一と、

 残っていたモルティングの一人、黒崎陣矢は死亡しましたー

 あとは、ジェームズ結城一人だけです」


治夫が淡々と状況を説明すると、

目黒警視正は「先ほど、ジェームズの死亡も確認しましたー」と

淡々と告げるー。


ジェームズ結城は、治夫の知らない場所で既に死亡したー。


これで、モルティングは”全滅”したのだー。


「ーーー治夫くんには、大変お世話になりましたー。

 感謝していますー。

 それではー」


目黒警視正は、それだけ呟くと、車に乗り込もうと、身体の向きを変えるー。


だがー


「ーー警視正ー…

 俺がどうしてここに来たか、わかってますよねー?


 警視正はー

 俺と、亜香里をーー

 闇に葬ろうとしたんですかー?」


治夫が、少しだけ悲しそうに目黒警視正に向かって言うー。


「ーーー」

再び治夫のほうを見た目黒警視正は少しだけ笑うー。


「ーーさっき、あなたの協力者だった

 前の警察庁長官…大瀬良長官の家が火災になって、

 大瀬良長官が死んだ、ってニュースも聞きましたー」


治夫は、困惑した表情で、全ての疑問をぶつけたー。


「ー病院で、西園寺警察庁長官を殺したのもー

 大瀬良前長官の家を燃やしたのもー


 いいえー、それだけじゃないー

 泉谷先生に”人を皮にする注射器”を提供した”剛”を名乗る人物もー


 目黒警視正ー

 全部、あなたなのではないですか?」


治夫の言葉に、目黒警視正は、首を横に振ったー。


「ーー残念ながら、それは不正解ですー」

とー。


「ーー西園寺警察庁長官を病院で殺したのもー

 大瀬良長官を殺したのも、私ではありませんー

 私は犯罪者以外を、直接手にかけることは、しませんー。」


警視正の言葉に、

治夫は「じゃあ、誰がー…」と、呟くー。


確かにー

目黒警視正は「そうなるように」仕向けることはあっても、

自ら”警察内部の人間”の命を奪った場面は、一度も見ていないー。

一般人の犠牲を厭わない一面はあれど、目黒警視正が

直接手にかけていることは、少なくとも治夫自身は見ていないー。


「ーー治夫くんー

 あなたはまだ”深淵”を覗いただけー。

 

 私が目指すのは、深淵のその先ー。


 西園寺警察庁長官が死んだことによってー

 確かに、警察内部の闇は、浄化されましたー。


 ですがー

 闇は根深いー。

 西園寺長官は、”警察内部”の闇に過ぎないー

 闇は、警察の外部にも広がっていますー。


 ”さらに深い闇”に潜む人間たちがー

 闇が明るみに出ることを嫌い、

 西園寺と大瀬良を始末したのでしょうー。」


目黒警視正の言葉に、治夫は考えるー。


目黒警視正の言葉の意味は、ハッキリとは分からないー

しかしー、

警察組織内部の”闇”は、さらにその先ー

政界や、国家が絡んでくる部分にまで、絡みついているのかもしれないー。


そして、その”更なる闇”に関わる人間が、

西園寺長官や大瀬良前長官を始末したのかもしれないー


「ーーでも、たとえあなたがやったのではないとしてもー

 あなたはそうなることを計算していた。

 違いますか?


 それにーもし、西園寺長官以外にも、警察の上に”闇”に関わる

 人間がまだいると言うのであれば、何故、あなたは

 狙われないのですか?」


治夫が問いかけるー。

車のライトが反射して、目黒警視正の表情は良く見えないー。


西園寺長官と、大瀬良前長官の死が、

目黒警視正によるものでなかったとしてもー

結果的に目黒警視正が”そうなるように”計算して

行動している可能性は、高いー。

それにー目黒警視正のバックにいた協力者・大瀬良前長官が

何者かに始末されたのなら、当然、目黒警視正も狙われるはずなのだー。


車のライトと、地下駐車場の出車を知らせる赤いランプに照らされる二人ー


「ご想像に、お任せしますー」

目黒警視正は微笑むー。


「ーーーー亜香里の警護を解いた理由もー

 俺や、亜香里を”消す”ため…

 違いますか?


 黒崎陣矢に、俺たちを襲わせてー

 俺が死ぬことをー

 亜香里が死ぬことを、警視正は望んでいたー…

 違いますか!?」


治夫が目黒警視正のほうを涙目で見つめるー。


目黒警視正のやり方は、納得できない部分も多かったー


けれどー

それでも、やり方は違えど、治夫や亜香里の命まで

狙うような人間だとは思わなかったー


そのショックと、亜香里を巻き込んでしまった悔しさに、

治夫は目に涙を浮かべていたー。


「ーー確かにーー

 護衛を撤収させれば、黒崎陣矢が、松永亜香里を乗っ取ることは

 予想していましたー」


その言葉に、治夫は、目黒警視正を睨みつけるー。


「ーーーですがー

 それは、黒崎陣矢をおびき出すための罠ー

 あなたならきっと、松永亜香里さんを守りー

 黒崎陣矢を倒すことができる、そう信じての判断でしたー」


目黒警視正の言葉に、治夫は

「ーー亜香里のことを囮にするなんて…!」と叫ぶー。


いやー

それすら嘘かもしれないー。


本当は、黒崎陣矢が治夫を始末し、亜香里のことも後で始末することを

期待していた可能性もあるー。


「ーーーー治夫くんー、あなたは今、ここにいますー

 そして、松永亜香里も助かったー…。

 これが、”私の予定通り”ですー」


目黒警視正は、淡々と告げるー。


治夫は怒りの形相で

「ーあなたのやり方は間違ってる!」と叫ぶー


「ーー俺や、亜香里の命を、これからも狙うつもりですか!?

 ”用済み”として、俺たちを葬ろうとするんですか!?」


治夫の言葉に、目黒警視正は、少しだけ微笑んだー。


「ーー治夫くんー

 わたしがなぜ、あなたを”治夫くん”と呼ぶかーー

 ご存じですか?」


知るわけがないー。

治夫はそう思ったー。


だが、確かに言われてみれば

”長瀬くん”のほうが、自然だし、

他の対策班メンバーのことは、名字で呼んでいたはずだー。


「ーーーー治夫くんー。

 あなたを始めて見た時、どことなく”彼”に似ていると、

 そう、思ったからですよー」


目黒警視正は、少し懐かしそうに、そう呟くー。


「ー想像はついていると思いますが、

 私は俗に言う”ノンキャリア”の警察官ですー。

 出世コースの人間ではないー。

 だからこそ、この歳でも警視正の座に甘んじているー


 そんな中でも、私は、”ある目的”のために、

 階級以上の支配力・発言力を警察内で持てるように

 色々な手段を用いてきましたー。

 

 世間では、私を出世欲の塊と呼ぶ人間もいるぐらいですー」


そこまで言うと、目黒警視正は治夫のほうを見つめたー


「ーーーあなたは…何をしようとしているのですかー?」

治夫の言葉に、目黒警視正は、

「ーー警察組織の秩序をー

 いいえ、この世の秩序を守るため

 ”闇”を全て葬り去ること」と、呟くー


「私も、かつてはーーー」


目黒警視正は、若いころは、治夫と同じように、

交番勤務をしていたことがあったのだというー。


そんな中、当時、まだ若い部類だった目黒警視正に、

初めての”後輩”ができたー。

その後輩の名前は、”石嶋 治夫(いしじま はるお)”という

人物だったー。


「ー彼は当時の警察幹部の息子でしたが、そんなことを

 感じさせないほど、真面目で、正義感溢れる若者でしたー。


 ですが、彼は”父”の影響で、気を遣われることを

 嫌っていたのでしょうー。

 当時、私にも「治夫と呼んでください」などと

 言っていましたー


 私は、彼をー治夫くんを可愛がりー

 彼の成長を先輩として、微笑ましく、見守っていましたー」


夜の地下駐車場が、静寂に包まれる中、

目黒警視正は続けるー。


彼はー

石嶋 治夫は、”父”を通じて警察組織の”闇”に触れてしまったー


「ーー彼は、真面目すぎましたー。

 そう、あなたのようにー」


目黒警視正は、悲しそうに治夫を見つめるー。


”石嶋 治夫”は、警察の闇を追求しーー

結果ー”剛”を名乗る何者かに殺害され、

”事故死”扱いで処理されたのだというー。


「ーわたしはその時、治夫くんー、いいえ、彼に

 誓ったのですー。

 ”闇”を必ず全て、葬り去るー、と」


目黒警視正は、言うー。

自分は、警察組織の闇をーそして、その先にある闇を

全て葬り去るために、戦いを続けているのだとー。


「ー治夫くんー。

 あなたは、あの時の彼に似ていたー」


目黒警視正の言葉に、治夫は困惑するー。


「ーー私のやり方は間違っているー。

 治夫くん、あなたはこう言いましたね?


 おそらく、石嶋治夫ー…彼も、今の私を見たら

 ”先輩は間違ってる”と、叫ぶでしょうー。


 あなたは、本当に、彼によく似ているー。


 ですがー

 あなたたちのようなやり方では、”闇”を消すことはできないー」


目黒警視正は、それだけ言うと、車の方に向かうー


「ー治夫くんー

 私はもう、二度とあなたに会うことはないーと、

 そう思っていましたー。

 ですが、こうして話せてよかったですー」


目黒警視正は、治夫とはもう会わず、立ち去るつもりだったー。

だが、思いのほか、治夫は早く、ここにたどり着いたー。


「ーーーこれで、本当にお別れです」

目黒警視正は、車の横に立つと、そう呟くー


「私はこれからもー

 ”闇”と戦い続けるー。

 ”警察組織の闇”のその先に繋がる、闇も、全て

 この世から消し去りますー


 そのためなら、手段は択ばないー

 例え、誰が、犠牲になろうともー。


 あなたに憎まれようとー

 他の誰に憎まれようと、私は必ず深淵に潜む闇を排除するー


 それだけですー。」


その言葉に、治夫は「まだ…まだ”人を皮にする力”を

利用しようとする人間がいるのなら、俺もー」と、

目黒警視正の方に近付こうとするー。


「ーーおやめなさいー」

目黒警視正は、手を前に出して治夫に”近寄るな”と合図したー。


「ーーーどうして!?」

治夫が目黒警視正のほうを見つめると、

目黒警視正は静かに呟くー。


「ーあなたも、わたしのように、なりたいですか?」

とー。


「ーー”深淵をのぞく時、深淵もまたこちらをのぞいているー”

 治夫くん、あなたは今回の件で”深淵”を深く、覗き込みましたー。


 ですが、これ以上進めばー…

 深淵に足を踏み入れればー、

 踏み入れた者自身も、闇に染まらなくてはならないー。


 ”強大な闇”に立ち向かうためには、

 己も闇にならなければならないー


 私は、そうして生きてきましたー。


 治夫くんー

 あなたは、私のようになるべきではないー。


 あなたは、私の非情なやり方を良く思っていないはずですー。」


その言葉に、治夫は答えないー。

目黒警視正のやり方には”許せない部分”がたくさんあるー。


目黒警視正は、ふっ、と笑うと


「それでいいー

 あなたは”こちら”に来る必要はないー。


 深淵を覗くだけで、やめておきなさいー」


と、続けたー。

そして、目黒警視正は車の扉を開けて、

今一度、治夫のほうを見つめたー。


「ーーあなたには、大切な人がいるはずですー。

 松永亜香里さんー。

 彼女の側に、いてあげなさいー


 もう、あなたたちが巻き込まれる必要はありませんー。


 ーー闇を食らうために、闇に染まるのはー

 ”何も残されていない”私のような人間だけで、十分ー。

 そういうことですー。」


治夫は、複雑そうな表情で車に乗り込む目黒警視正を見つめるー。


「ーー亜香里を巻き込んでおいて、今更そんなことー」

治夫が呟くー。

治夫と亜香里を消すつもりだったのかー、

それとも目黒警視正が言うとおり、

”あえて黒崎陣矢をおびき寄せて、治夫に始末させるつもり”だったのかは

分からないー。


けれど、いずれにせよ、亜香里が傷ついたのは、事実だー。


しかしー

治夫のそんな怒りを、目黒警視正は軽く受け流したー。


「ーーあなたの青臭い正義感ー

 懐かしかったですよ。


 ですがー

 人は物語の世界のように”ヒーロー”になることはできないー。

 全ての人間を救うことなど、できないー。

 私にもー治夫くん、あなたにもー。

 

 あなたのようなやり方では、強大な闇に飲み込まれるだけー

 ですが、私のようなやり方では、罪のない人々にも犠牲が出るー。


 それが、この世の中ですー。」


目黒警視正はそこまで言うと、治夫のほうを見て、


「私は、治夫くんのような、若さゆえの正義ー…

 嫌いではありませんよー。」

と、付け加えるー。


そして、最後にー


「あなたの活躍に感謝しますー。

 長瀬治夫ー」


と、呟くと、そのまま

車で地下駐車場を走り去っていったー。


「ーーーーーー」


目黒警視正の真意は、最後まで分からなかったー

最後まで、掴みどころのない人だったー。


今、話したことも、どこまで本当だか、わからないー

あるいは、全部嘘かもしれないー。


治夫や亜香里を殺そうとしていたのかー

それとも、治夫や亜香里を利用して、黒崎陣矢のことを治夫が倒すよう

仕向けたのかー

それさえも、結局分からずじまいー。


社会そのものに根付く、強大な闇と戦うためにはー

”人間としての心”を完全に捨てなければならないー…


そういうことなのだろうかー。


だがー


「ーーあなたには、大切な人がいるはずですー。

 松永亜香里さんー。

 彼女の側に、いてあげなさいー」


その言葉は、

”もう、あなたたちを脅かすつもりはありませんー”

という、目黒警視正からのメッセージのように思えたー。


目黒警視正の”犠牲を厭わないやり方”で多くの犠牲者が

間接的に出たのも事実だー。


治夫は、目黒警視正のやり方を一生理解できないだろうしー、

許せない部分は、一生許せないとは思うー。


それにもしー、

もし、この先の人生で、”目黒警視正”が、

悪として立ちはだかることがあればー

その時は、治夫も容赦はしないー。


相手が目黒警視正であろうとも、

その手に、治夫は手錠をかけるつもりだー。


けれどー

今の時点では何とも言えないー。


執念で追及してもいいー。

けれど、それは、深淵に足を踏み入れ、己も闇になることー。


それをすればーーーー


亜香里や、聡美ー

地域の人たちのことを思い出すー


「ーーーーこれでいいー」

色々不満はあれど、治夫は思いとどまるー。


”理想と現実”は違うー。

治夫には、治夫が守るべきものがあるー。


治夫は、目黒警視正が車で走り去っていった方向を見つめながら

静かに頭を下げたー


「ーーーお世話になりましたー」


不満も、感謝も、何もかも吐き出す短い言葉ー。

治夫は、顔を上げるとー

そのまま、自宅に向かって歩き始めたー。



目黒警視正は、その日を最後に姿を消しー

治夫に連絡を取ってくることも、なくなったー。


彼は今もどこかで、闇を排除すべく、

自らも闇となって、暗躍しているのだろうかー。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


1か月後ー。


「ーー戻りました」

治夫が交番へと戻ってくるー。


あのあとー

治夫は再び交番に配属されたー。

目黒警視正が”元の生活に戻れるように”手配したのだろうかー。


とにかく、治夫は、元通りの生活に戻っていたー。


「--お疲れ」

交番の先輩刑事が、戻ってきた治夫を見て、笑みを浮かべるー。


「--いやぁ、それにしてもさっきは参ったよー。

 変なおばさんに”交番なんて、税金泥棒だ!”とか、叫ばれてさー」


その言葉に、治夫は「ははは、大変でしたねー。堂林さんー」と、呟くー


治夫が新しく勤務することになった交番にはー

モルティング対策班のメンバーだった、堂林幸成が、

共に配属されていたー。


と、言ってもー

治夫と出会った時点で、堂林幸成は、”中曽根佳純”に皮にされていて、

治夫が幸成だと思っていた相手は、中曽根佳純だったー


あのあとー

中曽根佳純が脱ぎ捨てた状態の堂林幸成に、黒崎陣矢から

回収した”皮にされた人間を元に戻す注射器”で、

堂林幸成を、人間の姿に戻し、正気に戻すことに成功したー。


”堂林幸成”本人は、治夫のことをまったく知らない状態だったがー

表向きは”捜査中の事故で、1年以上昏睡状態だった”ということになり、

こうして、治夫と共に交番に配属されたのだったー。


「ーーーーーー…ありがとな」

幸成がそう呟くー。


「ーーえ?」

治夫が幸成のほうを見ると、

幸成は少しだけ笑いながら、

「いやー」と、首を振ったー。


幸成に、”中曽根佳純に皮にされていた間の記憶”は、ないー


だがー

微かにーー

微かに、この長瀬治夫に助けられた気がするー。


幸成は、そんな気がしていたー。


「ーー君とは、うまくやっていけそうな気がするよー」

幸成の言葉に、治夫は少しだけ微笑みながら

「ーー俺もですー。堂林さんー」と、穏やかに答えたー。


今度はー

”本当の堂林 幸成”と一緒に仕事ができるー。


そんな風に、思いながらー


・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「-----全部、終わりましたよー。

 色々、忙しくて、伝えに来るのが遅くなって

 申し訳ありませんー」


治夫が、対策班の仲間だったアウトロー風の刑事・明信の墓の前で

手を合わせるー。


あの日以降ー

治夫は、モルティング対策班の仲間・三枝真綾ー、

そして、交番の先輩だった、塚田総司や宮辺奈々子ー、

事件に関わった色々な人たちの墓に、それぞれ”報告”に

足を運んでいたー。


だが、色々な後始末や、仕事で忙しくー

最後の一人、矢神明信の墓に来るのは、だいぶ遅くなってしまったー


「---矢神さんに言われた通りー、

 俺ーー亜香里と、聡美を、ちゃんと、守り抜きますからー」


治夫はそれだけ言うと、今一度、明信の墓に黙祷を捧げてー

「また来ますねー」と、少しだけ寂しそうに呟いてー

その場を後にしたー


・・・・・・・・・・・・・・・・


そしてーーー


拍手に迎えられながら

式場に治夫と、ウェディングドレス姿の亜香里が入ってくるー。


「ーーーは、、治夫ーーこれ、恥ずかしくないー?」

亜香里が顔を真っ赤にしながら呟くー。


「ーーははは…確かにー」

治夫は、新郎新婦を出迎える人たちを見つめて

少しだけ顔を赤らめるー


聡美ー

治夫の両親ー

亜香里の両親ー

警察の同僚ー

亜香里の方の職場の同僚ー

お互いの友達ー


たくさんの人々に祝福されてー

治夫と亜香里は、

正式に夫婦となったー。


「ーーーわたしは、正直、

 お兄ちゃんのことが、今でも世界一大好きです!」


披露宴の場でー

妹の聡美が、堂々と愛を告白しているー


「っておい!何言ってんだよ!」

治夫が顔を真っ赤にして突っ込むと、

周囲の人々が笑うー。


「ーーでもー」

聡美はそう言いながら亜香里のほうを見つめてー


「世界で一番お兄ちゃんが大好きなわたしも、

 亜香里さんにならー

 お兄ちゃんをあげてもいいかなーってー

 最近、思うようになりましたー」


聡美のスピーチに、「さっきから何言ってるんだよ~!?」と、

治夫は恥ずかしそうにしているー。


「ーー聡美ちゃんらしくていいじゃないー」

亜香里が楽しそうに笑うー。


「ーー世界で2番目にお兄ちゃんが大好きな亜香里さんにー

 お兄ちゃんをー

 長瀬治夫を託しますー。

 

 お兄ちゃん、亜香里さん!本当に、おめでと~!」


聡美はそう言って治夫と亜香里のほうをドヤ顔で見つめるー


「ーなんでドヤ顔なんだ!?

 っていうか、結局、世界で一番は聡美なのか!?」

戸惑う治夫に、会場内の治夫たちの知り合いは楽しそうに笑っていたー


「ーよしっ!」

聡美は、満足そうにスピーチを終え、

満足そうに”これからは、わたしは、最強の妹を目指すからねー”と

心の中で静かに囁いたー。


・・・・・・・・・・・・・・・


「ーーー亜香里ー」

披露宴が一段落したタイミングで、

治夫は亜香里に声を掛けるー。


「ーーそれにしてもー

 本当にこういう日を迎えることができるなんてー

 夢みたいー」


ウェディングドレス姿の亜香里がそう呟くと、

治夫は「ああ、俺もだよー」と、笑うー。


「ーーわたしを男の子だと思っていた人と結婚するなんてー」

亜香里が悪戯っぽく笑うー


「ま、まだそれ言うのか!?」

治夫が恥ずかしそうに言うと、

亜香里は楽しそうに微笑むー。


黒崎陣矢に皮にされたショックからも、今では立ち直りー

こうして、穏やかな笑みを浮かべている亜香里ー。


「ーーー亜香里ー」

治夫は、改めて、亜香里のほうを見つめるー


亜香里のこの笑顔をー


いやー

亜香里だけじゃないー


聡美やー

ここにいる人たちー


そんな、”自分に手の届く範囲の笑顔を”ー


”自分の信じた道を進めー”

恩師・泉谷の言葉を思い出しながら、治夫は

己の進むべき道を改めて決意するー。


全員を救うヒーローにはなれなくてもー

俺はー

俺の手の届く範囲の人たちをーー


かけがえのない笑顔をー

必ず、守ってみせるー。


「ーー俺、これからも警察官として、

 色々、亜香里に迷惑かけちゃうことも

 あるかもしれないけどさー…


 それでも俺、亜香里のことはー

 いつまでも絶対に守るからー」


”もう、黒崎陣矢に乗っ取られたときみたいな

 つらい想いは絶対にさせないからー”

心の中で、そう改めて誓うー。


治夫の言葉を聞いた

亜香里は嬉しそうに微笑んでからー


「ーわたしも、治夫の笑顔ー

 絶対に守るからねー!」


と、優しく呟いたー



「ーーーお兄ちゃん!

 可愛い妹のことも絶対に守ってよね!」


妹の聡美が乱入して、治夫に向かって言うー


「ーーうわっ!急に割り込んでくるな!

 っていうか、自分で可愛いって言うな!」


治夫がそう叫ぶと、

亜香里はそんなやり取りを見つめながら笑うー。


「ーー分かってるよー。

 聡美のことも、絶対に守るからなー」


治夫は聡美の頭を撫でると、亜香里のほうを見つめて微笑んだー



あの事件で、多くの人間が犠牲になったー。


これから先、何年経過しようとも、治夫はそのことを決して忘れないー

あの事件に関わり、犠牲になった多くの人たちのことを、

治夫は、決してーー。


「---俺にできることなんて、限られてるかもしれないけどー…」

治夫は静かに呟くー


それでもー

俺は、俺の手の届く範囲内の人たちをー

できる限り、助けて見せるー。


「---それが、俺の信じる道ですー」

空を見上げながら、モルティングの親玉でもあった恩師・

泉谷聖一に対して、静かにそう呟いたー



治夫はこれからも進んでいくー

自分の選んだ道をー。


自分の選択した道がー

これから歩む未来がー、

光に満ちたものであることを、信じてー。



おわり


・・・・・・・・・・・・・・・・


コメント


長編皮モノ「モルティング」の最終回でした~!☆

全37話と、半年以上に渡り、書いてきたお話なので

私自身も寂しい気持ですネ~笑


無事に最後までこうして描き切ることができたので、

ひとまず一安心デス!


ここからお読み下さった全ての皆様に感謝デス!

お読みくださりありがとうございました~!


ちょっとだけ、描き終えたロス(?)に浸りつつ、

金曜日からスタートする、次の長編「崩壊都市(入れ替わり)」の世界を

頭の中で膨らませていきたいと思います~!


あ、長編は、次回作から毎週金曜日連載に変更になります☆!

(ただ単に私の仕事の都合上、金曜日のほうが時間をより確保できるためデス~)

なので、明後日の金曜日から次回作が始まります~!


今度のジャンルは「入れ替わり」ですが、興味があれば

ぜひご覧くださいネ~!


それではモルティングをお読み下さり、ありがとうございました!

そのうちまた、治夫くんの世界を広げる日が来るかもしれませんネ~

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