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遠い昔ー

一人の男は、絶望していたー。


家族を山賊に皆殺しにされ、

婚約者を、暴君に奪われたのだー。

そして、罠にはめられたその男は、

家族殺しの濡れ衣を着せられて

住み慣れた村をも追放されたー。


男の精神は壊れた。

何もする気力がなくなったー


”無”になったー


山奥の寺にたどり着いた男はー

そのまま”全てをやめた”

ぼーっとただ立ち尽くし、

表情を変えることもなく、

動くこともなく、

何も考えることもなく、

食べることもせず、

糞尿を垂れ流しにしたー。


あまりに過酷な現実は、

男を”無”にしたー


無になった男は、そのまま、

人知れず山奥で、死んだー。


しかしー

死んだその男は、死んでもそのまま”無”だったー。

家族を奪われ、故郷も、婚約者も、全てを奪われた男は、

強い残留思念から、成仏することもできず、

そのまま、この世に霊として残った。


霊になったあとも、男は何もしない。

風に流されるままに、霊体として現世を漂う日々ー。


だがー

そんな男の霊が、運悪く、

生きている人間の身体に接触してしまい、

”憑依”してしまうことがあるー


”無の男”に

憑依されてしまった人間はー

身体も、精神も乗っ取られてしまうー。


しかしー

男は、何もしないー。

自分の霊体が風で流されて、

偶然生きている人間に接触し、

その身体に憑依できてしまっても、

男は、何もしないー


憑依された人間は、

かつての男と同じように

ぼーっとただ立ち尽くし、

表情を変えることもなく、

動くこともなく、

何も考えることもなく、

食べることもせず、

糞尿を垂れ流しにしてー

そして、死んでいくー


身体が死ぬと、男の霊は再びその身体から

飛び出して、”無”の状態で漂い続けるー


・・・・・・・・・・・・・


「はぁ~」

友人の大学生・幸彦(ゆきひこ)がため息をつく。


「どうしたんだよ?ため息なんかついて」

同じく大学生の藤雄(ふじお)が、昼食の

かつ丼をテーブルに置きながら、幸彦の方を見る。


「--いやぁ…今日は命日なんだよ。妹のな」

幸彦が言う。


そういえば、前に妹がいた、というような

話は聞いたことがある。


「そっか…つらいよな…」

藤雄が呟く。


藤雄にも妹がいる。

藤雄が、大学生になって一人暮らしを始めたことで、

妹とは離れ離れの状態だが、

もし、その妹が死んだりすれば、

やはり、悲しいし、辛いことには違いない。


「……病気か…?それとも…事故?」

藤雄が尋ねると、

幸彦は悲しそうに呟いたー


「病気だよ…

 ”むゆうびょう”で死んだんだ」


「---夢遊病?」

藤雄は首を傾げる。


夢遊病で死んだー

夜中に徘徊している間に、

階段から転落でもしてしまったのだろうかー。


しかし、幸彦があまりにも辛そうにしているので、

藤雄はそれ以上聞かなかった。


・・・・・・・・・・


大学が終わると、

藤雄は、彼女の瑞穂(みずほ)のもとを

訪れた。


瑞穂とは小学生時代からの付き合いで

幼馴染の子だー。

今では、彼氏彼女の関係として

お互いの家を行き来するほどの間柄になっているー


「今日もおつかれさま~!」

瑞穂が笑うー。


とてもおしゃれで可愛らしい瑞穂。

小さいころは地味な感じだったのだが、

今ではものすごくおしゃれだ。


「--それにしても、初めての彼女が

 瑞穂だなんて思わなかったな~」

笑いながら藤雄が言うと、

瑞穂も「わたしも~」と笑う。


小学生時代は、

お互い泥遊びをするような間柄で

正直、異性というより

同じ男子として見ていた…

そんな感じだった。


中学時代になって

瑞穂を少し異性として意識するようになったが

その頃の瑞穂は地味な感じで、

特に好きだとか、そういう感情はなかった。


そうしているうちに、高校は別の高校となり

瑞穂ともほとんど連絡を取り合ったりすることはなく

”疎遠”となっていた。


しかしー

大学で、偶然、瑞穂と再会したー


再開した瑞穂は、とても可愛らしく、

綺麗になっていたー。

まるで別人のようにー。


なんとなく最初は、瑞穂を必要以上に意識してしまって

話かけることもできなかったー


友達も多くー

いつも笑顔を絶やさない瑞穂が

”雲の上の存在”に見えたからだ。


藤雄も同性の友達はそこそこいて、

決して陰キャラだとか、そういうキャラではないのだが、

それでもなんとなく瑞穂に遠慮してしまっていたー。


けれどー

瑞穂は、”昔と同じように”

藤雄に声をかけてくれた。


「も~!どうして避けるの~?」

瑞穂は、そんなことを言いながら、

小さいころと同じように、藤雄の頬を

ぺちぺちと叩いてきたー


「いや、、だって…」

藤雄が、正直に避けてるような感じに

なってた理由を説明すると、

瑞穂は大笑いしたー。


「なぁにそれ~?

 わたしが雲の上の存在~?

 笑わせないでよ~!」


そう言うと、瑞穂は信じられない行動に出たー


大学に隣接している公園の砂場に行くと、

突然何かをし始めるー


「え?」

藤雄が驚くと、

瑞穂はほほ笑んだ。


「ほら!泥団子~!

 昔と何にも変わってないでしょ?」

笑いながら、綺麗な手を汚して

瑞穂が泥団子を見せるー。


どんなにきれいになっても

瑞穂は瑞穂ー。

昔と、変わらないー


「---ちょ、、ちょ…子供が見てるぞ」

苦笑いしながら藤雄が言うと、

瑞穂は「えいっ!」と泥団子を投げつけてきた。


藤雄のズボンに泥団子がつくー


「って、おおおおい!!!!

 中身は子供のままだな このヤロー!」


笑いながら逃げる瑞穂を追い回す藤雄ー


そんな出来事をきっかけに二人は

小さいころのように親しくなってー

やがて、付き合い始めたのだった。


「--瑞穂が泥団子作り出したときは

 びっくりしたな~


 え?何してんの?え?みたいな」


藤雄が当時を思い出しながら笑うと、

瑞穂は不貞腐れたように言う。


「だって~!雲の上の存在とかいうから

 ちょっと拗ねちゃったんだよ~」


「ははは、ごめんごめん」


見た目は女性らしくなって

凄く綺麗で可愛らしくなったけれどー

瑞穂は何も変わらない。

確かに、昔のままだったー。


その日も、楽しく過ごした藤雄は

満足そうに瑞穂の家から立ち去って行くー


「じゃあまた明日!大学でね!」

瑞穂が手を振るー


「あぁ!じゃ!」

藤雄も手を振るー。


ふたりの信頼関係は絶対のもので、

”相手を家に上げても、変なことはされない”

という強い信頼もあるー


相手の同意がなければ、お互いに

エッチなことを無理やりしたりはしない。


ふたりは、強い信頼で結ばれていた。


「~~♪」

藤雄が立ち去ったあともその余韻に浸っている瑞穂。


瑞穂は、部屋の窓を開けて、

アパートの前を歩いている藤雄に手を振るー

藤雄が、笑いながら手を振り、

立ち去って行くー


ほほ笑む瑞穂。

テーブルの上の、瑞穂が飲んでいた

コップを片付けようとしたその時ー

風が吹いたー


「----!」

瑞穂がビクンと震えるー


そしてー

持っていたコップを落としたー


・・・・・・・・・・・・


「----う~ん」

藤雄が食堂でかつ丼を食べながら

ため息をついているー


「よぉ」

藤雄の親友・幸彦が

大好きなカレーライスを持ちながら

テーブルに座る。


「--今日はお前がため息か。

 どうかしたのか?」

幸彦が笑いながら言うと、

藤雄が少しだけ心配そうにしながら笑うー


「昨日とは、逆の立場だなー」

と。


幸彦も「はは、そうだな」と応じる。

昨日は、妹の命日で幸彦が落ち込んでいたー。


「--で、どうかしたのか?」

幸彦が尋ねると、

藤雄は心配そうに呟く。


「いや…昨日の夜から、瑞穂と

 連絡がつかなくてさ…

 もう寝ちゃったのかと思ってたけど

 今日の朝になっても連絡がつかないし、

 大学にも来てないみたいだし」


藤雄の言葉に、

幸彦は苦笑いするー


「どーせまた遅くまでイチャイチャしてたんだろ?

 瑞穂ちゃん、寝坊してるんじゃないか?」


幸彦の言葉に

藤雄は「だといいんだけどな」と言いながら

かつ丼を口に運び始める。


「まぁ…大学終わっても連絡つかなかったら

 瑞穂の家に行ってみるよ。

 最近、風邪も流行ってるし、もしかしたら

 風邪で寝込んでるのかもしれないからな」


藤雄の言葉に幸彦は「そうだな」と呟いた。


「--そういえばさ、昨日、”むゆうびょう”で 妹さんが

 亡くなったって言ってたけど、

 夢遊病で死ぬって…あんま聞いたことないけど…」

藤雄がかつ丼を食べながら言う。


不謹慎ーー…かもしれないが、

幸彦との間柄は、そういうことをお互いに聞ける

間柄だった。

昨日は落ち込んでいる様子だったから

聞くのを控えていたものの、

今日は大丈夫だろうと思い、純粋に気になったことを

聞いてみる藤雄。


「あぁ…」

幸彦は、苦笑いしながら

スマホを取り出すと、

文字を入力して、藤雄に見せた。


「”夢遊病”じゃなくてー

 ”無幽病”だよ」


”無幽病”と入力した画面を見せてくる幸彦。


「な、なんだそれ…?聞いたことないけど」

藤雄が言うと、幸彦は難しい表情で呟いたー


「それまで普通にしてた人がー

 急に”全て”をしなくなっちゃう病気さ。


 まるでーー

 生きる気力を完全に失ったかのようにー」


幸彦は、神妙な表情でそう呟いたー


・・・・・・・・・・・・


大学が終わっても、

瑞穂から連絡がつかない。


心配になった藤雄は、瑞穂のアパートに向かうー


「----」

アパートの瑞穂の部屋の窓は開いたまま。

昨日、夜、藤雄に手を振ってた瑞穂を見た時と

同じ状態に見えるー


「瑞穂…」

イヤな予感がするー


彼氏が立ち去ったタイミングで

何者かが玄関から押し入ったのではないか、などと

不安な気持ちが強まるー


「---」

玄関をノックする藤雄。

瑞穂から反応はない。


「瑞穂…いるのか?入るぞ?」

合鍵を持っている藤雄は、

ドアノブに手を触れながら言う。


しかしー

鍵は閉まってなかったー


「--!?」


藤雄の不安はさらに強まるー


部屋の中でー

瑞穂が倒れているのではないかー


部屋の中で

瑞穂が自殺しているのではないかー


そんなイヤな予感ばかりが浮かぶー


だがー

このアパートはセキュリティはしっかりしているから

事件とは思いたくないし、

瑞穂に自殺するような理由は

少なくとも藤雄には考えられないー


部屋の中に入るとー

瑞穂が、窓の方を向いて、背中を向けて立っていたー


「ほっ…」

藤雄が安堵のため息をつくー。


生きてるー

そう思って一安心した藤雄。


「瑞穂~!

 いるならいるって言ってくれればいいのに~」

藤雄がそう言いながら瑞穂の方を見ると、

違和感に気づいたー


瑞穂の足元に”水たまり”が出てきているー


「---?」

少し、変なにおいがするー


まるで、トイレのようなー


「--おい…瑞穂…?」


藤雄が不安になりながら瑞穂に近寄っていくー

瑞穂は返事をしないー


「どうしたんだ!?」

藤雄が瑞穂の前に回り込むとー

瑞穂は、虚ろな目でぼーっと、外を見つめ続けていたー


瑞穂は、憑依されてしまったー

かつて、全てを失ってすべての感情を失った

”無の男”の霊にー


藤雄が瑞穂を見て驚くー


「”夢遊病”じゃなくてー

 ”無幽病”だよ」


「それまで普通にしてた人がー

 急に”全て”をしなくなっちゃう病気さ。

 まるでーー

 生きる気力を完全に失ったかのようにー」


幸彦の言葉を思い出した

藤雄は、何も反応しない瑞穂を見てー

唖然とすることしかできなかった



②へ続く


・・・・・・・・・・・・・


コメント


”無”に憑依されてしまった彼女…

果たしてどうなってしまうのでしょうか~?


今日もありがとうございました!!

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