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 山道からでも赤いアペラを実らせている木々が見えてきた。依頼書に詳細が書かれていたため荒らされている畑というのが果樹園、アペラ畑だと言うことは分かっていた。アペラは夏は赤、冬は緑と実の色が変わるだけで一年中収穫できる。

 依頼が出されたダルナポラオ村は果樹園の向こうあるはずだが、木々が邪魔をして見ることは出来ない。そのため村からも果樹園の端を見ることは出来ないだろうと容易に想像がつく。

 村は山の中腹に位置するが道の傾斜はきつくなく、収穫したアペラを出荷するため奇麗に整備されている。馬車でも十分上って来られたが、心を入れ替えたペペインは麓で馬車を降り、周辺を確認しておくために徒歩で山道を登ってきた。念のためニコンヤにも一泊しマグダレナ以外の無法魔法士の情報がないか聞き込みもした。大した情報は得られなかったが。

 念のため、今度こそ本当に暴走ビラチーナの詳細を教えられたリンジーに箱の行方を占って貰ったが、向かうべき方向はダルナポラオ村とは違うと告げられた。

 グラート達を負傷させたのは魔法使いで間違いないようだが、果樹園を荒らしているのも同じ相手であるという確証はない。しかしたとえ果実泥棒がただの獣だったとしても、その捜索、討伐中にグラートの言う火色の髪の魔法使いに出くわさないとも限らないため、考慮しておかないわけにはいかない。

 グラートは相手の容姿や、魔法使いにも関わらず曲がりなりにも戦士のグラート達より素早く動く事などは覚えていた。戦士よりも素早く動く魔法使いと言われペペインは真っ先にバーマの魔法騎士を思い浮かべたが、すぐに打ち消した。マジャリの聖女騎士に当たるバーマ騎士団の象徴が他国で畑荒らしに身を落としているとは到底思えない。

 ペペインは知らないが、実験の残骸が溜まる度にベシーナ北東部を点々としていたマグダレナがバーマ北部を移転先に加えなかったのは大賢者の存在とそれに仕える魔法騎士を警戒してのことだった。

 グラート達はかなり遠距離から攻撃を受けたらしい。それでも相手の性別を女だと断言できるのは髪の長さだけでなく、その女がボロ切れを纏っており乳房が見え隠れしていたためだった。

 グラート達は敵対行動を取っていなかったらしく、相手から一方的に攻撃を受けた。彼らは当然捜索前に村人たちから害獣に関する心当たりを聞いていたが、その過程で付近に危険な魔法使いが住んでいるなどと言う話は全く出ていなかった。

 記載されている人物全ての人相が判明しているわけではないが、要接触警戒者の一覧の中にも当てはまる容姿の魔法使いはいないらしい。

 ペペインは村に向かいながらあれこれ考えたが、ボロ切れを纏った火色の髪の攻撃的な魔法使いがどういう状況に身を置いているのか見当もつかなかった。

 やはりペペイン自身が改めて村人達から話を聞くしかなかった。もしかすると危険な魔法使いがいる事を知った上で、依頼金を節約するために大型獣と偽り、あわよくば退治して貰おうと策を練ったのかも知れない。或いはもっと別の何かを隠しているか。


 何かを隠しているようには見えなかった。

 村人達は依頼を受けてくれた3人の冒険者が死ぬかも知れない重傷を負ってしまったことに心底胸を痛めているようだった。

「わしらも驚いたんです。畑の向こうに谷があるんですが、大きな音が聞こえて何人かで行ってみると、その谷から煙が上がっていて…急いで下に降りたんですがなにぶん年寄りが多いもので…。だいぶ時間が掛かってしまったんですがそれでもまだあの方々の身体には火が残っていて…」

「大きな音というのは爆発音ですか?」

「恐らくは…。これまで爆発音など聞いたことはありませんが、何かが爆発したならきっとあんな音なんでしょう」

「この辺りにはロスタやドゥマパナが生息しているんですよね?畑を荒らしているのはそれらだと思いますか?」

「ええまぁ、冒険者さん達を襲ったのはあいつらなのかなとは思いますが、畑を荒らしているのがあいつらかと言われれば、違うのではないかと思いますね。

 ランバラファ山はその…あれですよ、ね?あそこに跨がっているんで、山頂を越えてこの辺りまで下りてくることもあるんですが、大きくて目立ちますからあいつらが畑を荒らしていればもっとずっと以前に犯人だと分かっていたはずです。

 それにしても、あいつらはどちらも火を熾しはしますが、爆発とやらは起こさないなずなんですがね…」

 ペペインも既にマグダレナから二種の生態を聞いており、ドゥマパナは単純に火炎魔法を操り、ロスタは可燃性の体液を敵に向かって飛ばし、それに魔法で着火する生物らしいので、それらの炎が爆発物にでも当たらない限り爆発は起きない。グラートは相手が魔法を放った瞬間は見ていたが、それが命中した瞬間は覚えていなかった。気を失い、あまりの痛みで1度意識を取り戻し自分の身体が燃えているのを見たが、それを消すことも出来ずにまた意識を失っていた。爆発の衝撃で前後の記憶がなくなっているのなら、相手が使う魔法を火炎系だけと考えるのは危険かも知れない。

「魔法生物でないと考えていたのでしたらあなた方はそもそも、畑を荒らしている害獣は何だと思っていたんですか?」

「さあそれがさっぱりで…というのもアペラはこの辺りには自生していない上に動物たちも好む果物ですので、昔から時々盗まれてはいたんです。その頃は大した被害ではなくて鳥や猿の仕業だろうと思っていたので治安院に依頼を出すほどではなかったのですが、ここ数ヶ月で何か新しい生き物に目を付けられたのか、急に頻度が増えて荒らし方も酷くなりまして、村の収入にも影響するようになったものでとうとう依頼を出した次第で…」

 どの村人に話を聞いても同じような返答が帰ってきた。中には実際に鳥や猿が実を盗んでいるところを目撃し、追い払った事がある者もいた。しかし彼らが問題にしているのはここ数ヶ月の内に現れた新参者に因る被害だった。

 実際に果樹園に案内されると、村人達が被害、被害という状況がどういうものなのか良く分かった。

 果樹園は村の北側、麓に向かって広がっているが、その中でもグラート達が攻撃を受けた谷側の木々が枝をほとんど折られ、樹木としての体を成さなくなっている。四角形の隅を円形に囓り取られているように被害が広がっており、周縁部の木にはまだ所々枝が残っているため、今なお被害が進行している様が良く分かる。

「正直なところ、何が実を盗んでいるにしろ、少々なら別に構わないんです。アペラは一年中取れますので。

 ただ枝ごと、それもこんなになるまで徹底して盗まれてしまいますと木が死んでしまって、植樹しなければならなくなります。そうなるとまた実が収穫できるまでに何年もかかりますので。

 これ以上木をダメにされてしまう前に何とか退治して貰いませんと…」

 ペペインは畑が荒らされているという状況を収穫物の盗難という意味だと思っていたが、考えを改めた。ダルナポラオの果樹園は文字通り荒らされている。

 規則正しい荒らし方をみると最早獣ではなく、やはり人間の仕業にしか思えない。その人間が魔法使いであるなら高い位置の枝まで全て折られてしまっていることも説明がつくが、村に村に恨みでもなければ枝ごと実を持っていく必要がない。こうなってくるとそもそも本当に実が目的なのか、被害を与えることが目的なのか判別が着かない。

 ペペインは悩む。

 犯人が魔法使いかも知れないと言う情報を得ていたため、念のため既にニコンヤで封印用の小箱を購入している。

 火色の髪の魔法使いが取るに足らない下級魔法使いなら捕らえた後正式に治安院に引き渡せば住むが、マグダレナほどではなくとも有益な魔法使いだったなら封印して所持したいため、村人に犯人が人間、それも魔法使いかも知れないと言う可能性を示唆できない。

 討伐が依頼なのでマグダレナの時のように被害者は救出し犯人には逃げられたでは済まない。生死は問われないが犯人が必要になる。その際犯人を害獣のままにしておけばロスタ辺りを仕留め濡れ衣を着せることも出来るが、人間の死体は用意できない。

 予想通り犯人が魔法使いだった場合害獣駆除の料金では全く割に合わないが、同じ理由で値上げの交渉をすることも出来ない。

 悪意があるのではと感じられる荒らされ方をしているため賞金稼ぎ達が魔法使いに襲われたことを仄めかせば村人達から心当たりを引き出せるのではとペペインは考えたが、一旦保留することにした。どの道いつ現れるのか分からない犯人を待つために村に滞在せねばならず、ペペインが情報を与えなくともその間に村人達の方から勝手に情報をもたらしてくれるかも知れない。


 ペペインは滞在用に古い民家を一軒宛がわれた。

 既に監視紋は、自分自身で施した。犯人の行動範囲は不明だが、確実に現れる場所が分かっているため枝を折られている木々の周辺に数カ所仕掛けておくだけで済み、イングリッドやマグダレナの力を借りるまでもない。

 それでも両者は袖から取り出され、イングリッドだけが蓋を開けられていた。

 マグダレナはジャグラタ付きの蓋を被せられ、改めて強制的にイかされ続けている。

 イングリッドが暇つぶしに悶えるマグダレナの声を聞きたがったため、正直にビラチーナの暴走を伝えなかった事のお仕置きも兼ねて、馬車を降りた頃からジャグラタを被せたままにしている。

 自身より優れているためマグダレナに対してもペペインは敬意を払っているが、それ以上に優れているイングリッドの要望には逆らえない。

 マグダレナは抗議したが、イングリッドを楽しませるために無抵抗なクリトリスを責められ続けている。

「んほぉぉぉ~~~っ♫んひひひひぃぃぃ~~~っ♫♫」

 ジャグラタを被せられて半日以上経過しているため既にマグダレナは懇願の言葉を失い、嬌声を上げ続けている。

 抵抗石製の蓋を開けて貰っているイングリッドは自ら読心術を使い、憐れなマグダレナの声を楽しんでいる。本人に自覚はなさそうだが、マグダレナが絶頂の声を上げる度にイングリッドのクリトリスもつられてぴくぴくと動いている。

『ふふふぅ♫この女はもうこのままにしときなさいよ。マグダレナが知ってる事くらいアタシだって知ってるんだから、用はないでしょ?

 散々他人の命を弄んできたんだから、この悪い魔女も徹底的に弄んでやった方がいいわ♫』

 確かに、同じ魔法使いとしての敬意を無視すれば極悪人には違いないので苦しめられるに値する人物だが、用がないという点は否定せざるを得ない。どんな反応が返ってくるか分からないので、ペペインはマグダレナが何を研究し、どんな成果を得ていたのかイングリッドに伝えていない。魔法生物や転生術の知識ならイングリッドも持っていそうだが、召喚術を解明しているとは思えないため、マグダレナにはいずれ教えを請うことになる。

 とはいえ暴走ビラチーナの情報を聞き出した今となっては当分用がないことは確かなので、今度こそ長い間イキ続けていて貰おうとは考えていた。ジャグラタを被せておく最大の理由は抵抗の防止なので、場合によっては数年、自由に機巧術を使う方法を見つけ、封印器を抵抗石製に変えられるようになるまで放置しておくかも知れない。

「そうですね。しばらくはこのままにしておきます。

 それよりイングリッドさん、イングリッドさんの方も動かしましょうか?マグダレナさんの声を聞いてるだけじゃつまらないでしょう?」

『え、いいのぉ?じゃあ磨いてぇ♫マグダレナの鳴き声か聞きながらアタシもイクぅ♫』

 ペペインは研磨機を動かしてやる。自分ではどうにもならないためペペインに動かして貰うしか無いが、やっていることはほとんど自慰と変わらない。

 イングリッドを出したのはマグダレナで楽しんで貰うためでは無い。

 監視術は仕掛けたものの、犯人がいつやって来るかは分からないため睡眠を取っている間は助けが必要になる。

 それは紛うことなく雑用であり、希代の魔法使いに頼むにはあまりに程度の低い仕事なので、ペペインは機嫌を良くして貰うためにイングリッドを楽しませていた。クリトリスのみのイングリットの楽しみと言えば絶頂しか無い。

 滅茶苦茶にイカされているクリトリスを愛でている、適度にイカされているクリトリスを放置し、ペペインは監視紋からの映像に意識を集中し始めた。

 本格的に荒らされるようになってからの数ヶ月間は誰も犯人の姿を見ていないらしく、監視の目がない時間を見計らってやって来ているのは間違いないので、ペペインは村人達による監視を止めさせた。せっかく監視紋を施しても村人がうろうろしていたのでは犯人が警戒してやって来ない。

 イングリッドなどは複数の映像を1度に脳内で処理できるらしいがペペインにはそこまでの処理能力はなく、5カ所に設置した監視紋の映像を順番に切り替えていく。

 その後、枝が折られるならその音も聞こえた方が出現がわかりやすいだろうと、既にある程度枝が折られているがまだ実が残っている木に盗聴紋を仕掛け、畑荒らしが現れるのを待つことにした。



 サマンビータでの王位継承は、継承権を持った上で聖女を見いだし娶った者から順に上がって行く。

 それはサマンビータが分裂し、マジャリと名称を変えてからも形式上続いてはいるが、各地に何の脈絡もなく現れる神聖力を有した少女を見つける為の技術を使えるのは現国王の一族であるタイヨン家のみであるため、事実上現在のマジャリはタイヨン王朝と言える。

 タイヨン家が持つ神聖力探索法はかつてゲルルフがヨドークスの屋敷でシャンタルの口を見つけ出した方法とは種類も規模も違い、かなり広範囲に及ぶ。また、そうでなければただでさえ出現数が減少し続けており、且つ必ずしもマジャリ国内に現れるわけでもない聖女候補者を見つけ出すことは不可能に近い。

 神聖力は様々な用途に使える真っ新な力で、魔法に流用することも出来る。が、魔法の方が魔力を元に発動するように作られているため、直接神聖力を魔法言語に込めることは出来ず、その変換法も探索法と同様にマジャリ王室の中でもタイヨン一族や大家令を始めごく一部にしか伝わっていない。

 神聖力そのものを使って出来ることは自然現象と混同される。雨を降らせたり逆に止ませたり、地震を起こせたりまでするが、何らかの術として現象を引き起こしているわけではなく保有者の思考に反応しているにすぎない。

 生まれながらに神聖力を持っている少女達も、最近雨が降らないなと思う度に雨が降ることを自分のせいだとは思わないため、マジャリ王室に見いだされるまで自身が神聖力を有していると自覚することはほとんど無い。

 現在のマジャリの王子セヴランは王の嫡男としての元々の継承順位に加えシャンタルと婚約しているため完全に時期次期国王の座が決まっていた。しかし現状のシャンタルとは婚姻が結べないため、弟たちや継承権を持つ旧サマンビータ王家の貴族が万が一新たな聖女候補を見つけ出した場合、順位は入れ代わりそちらが優先される。

 シャンタルが回復せず、新たな聖女候補も見つからなかった場合、別の王妃を娶り通常の継承権を元にやはりセヴランが王位に就く。ヨドークスは自身の娘をその際の王妃に推薦することを目論んでいた。本来なら当主が国家に背いたヨドークス家の地位は剥奪されていてもおかしくないが、その犯罪を公表できるわけもなくまた詮索されることすら避けたいため、未だヨドークス家は貴族の地位を保っている。ただし、今後時間を掛けて粛正されては行く。

 そのヨドークスがムラドハナの高名な鍛冶師に作らせた5つの抵抗石製の内、最も大きい器の蓋をゲルルフは開いた。

 口には大きな深海石が嵌められており顎と舌は固定されているが、意識がなくとも唇はふるふると戦慄き、時折くぐもった喉の鳴る音も聞こえる。

 深海石は純粋にエネルギーを蓄える性質を持つのみなのでそれが魔力でも神聖力でも関係なく凝縮でき、シャンタルの口内に収められている深海石は既に限界まで神聖力で満たされている。

 それは今に始まったことではなく、ゲルルフがヨドークスの屋敷で見つけた時点でほぼ満杯になっていた。

 神聖力はそれ自体にこれと言った特色を持たないエネルギーだが、唯一と言える最大の特徴はその膨大で無尽蔵な生成量だった。

 マジャリの騎士団は旧サマンビータ騎士団の直系であり、現在ではいずれの国も騎士団の縮小化を進めている中に於いても未だ可能な限り規模を維持し続けており、個々の力も強い。

 しかしそれでも分裂戦争当時は1対4の対立の中、各国独自の騎士団や魔法使い達を相手にしなければならなかった。

 その不利な状況の中でサマンビータが分裂こそ認めるには至ったものの、マジャリとして国土を維持できたのは偏に聖女による加護の賜だった。

 聖女がただ一人で生成出来る神聖力は、周辺4カ国に分かれた数千人の魔法使い達の魔力の総量より多く、更に際限もない。

 魔法の攻撃を防ぎ、騎士同士の戦いで負傷しても致命傷でない限り即座に回復する。

 ただしそれは直接神聖力が用いられたのではなく、一旦魔力に変換された神聖力をフドヘドラーフ家を始めとするマジャリ側の少数の魔法使い達が行使していた。

 聖女は魔法を使えず、魔法使いは神聖力をそのまま魔法には使えないため、変換する必要がある。

 神聖力の専門家という者はベシーナに存在しない。優秀な魔法使いであっても神聖力が変換された後の魔力しか解析できず、変換された魔力は魔力でしかない。最も扱い方を分かっているマジャリ王室、延いては旧サマンビータ王室でさえも研究によって神聖力を解明してきたのではなく、既に存在していた、変換法などの神聖力使用法を外部に漏らすことなく受け継いできているに過ぎない。

 聖女の身体から発せられていることと、聖女の細胞内には魔力体が見られないことから魔力の一形態でなく全く別の力であると言うことは分かっている。しかしベシーナの全魔法使いの魔力に匹敵する量の力を生成しても聖女自身には何の影響もなく、神聖力が使えなくなるのは聖女が老いた時のみで、それらの膨大な量のエネルギーがどこからもたらされているのかは解明されていない。

 聖女というのはあくまでサマンビータが作った称号で、聖女も人間には違いない。神聖力の性質や生成量は人間業とは思えないため称号を与えられサマンビータの象徴とされたが、同じ理由から神聖力は聖女の肉体から発生しているいるのではなく、どこかに存在しているエネルギーが聖女の身体を介して呼び出されているのではと考える者もいる。

 多くの知識を持つゲルルフも神聖力についてはほとんど知らない。

 長く生きる間に同じく希有な機巧術者とは出会ったことがあったが、サマンビータやマジャリに見いだされる前の、無自覚の聖女候補者には遭ったことがない。

 タイヨン家や大家令よって抵抗石以上に厳重に管理されている探索法や変換法の知識も手に入れられていないため、目の前にある、魔力に変換すれば百数十人分に値する神聖力も、如何にゲルルフと言えど使い道はなかった。

 ゲルルフは蓋を閉じた。神聖力を使いたかったわけではなく、何か異変が起きていないかを確認したに過ぎない。

 氷の飛礫で負わされた傷はとっくに癒えていた。回復までに時間は掛かったが。

 首から下を貫通した何カ所かの傷は出血量こそ多かったものの致命的ではなかったが、右目を貫いた飛礫は脳にまで達し一部を損傷させていたため、慎重に回復させざるを得なかった。ゲルルフを魔法使いとしてイングリッドに匹敵させているのは魔力の生成量ではなくその知識なので、一命を取り留めても脳の機能が低下してしまっていたのではただ長く生きているだけの魔法使いに成り下がってしまう。

 長く生きているため恨みを買われているであろう心当たりは幾つもあった。しかし恨んでいる相手はたいてい死んでいる。

 最も可能性があるのはクーナ、捜索を依頼された聖女の欠片の内うちの一つをゲルルフが所有している事を知ったクーネンフェルスによる命令ではないかとゲルルフは考えていた。

 しかし知られているとは思えない。シャンタルの口はベシーナ内外にいくつかある、治療に専念するためにも使った住居の内の一つに厳重に保管してあり、クーナの本拠地に赴く際も、サンプラティで攻撃を受けた際も所持してはいなかった。

 追跡術、追跡装置、追跡生物等も警戒しているのでやはりシャンタルの口の所有に気づかれているとは思えないが、仮に気づかれていても襲い方がクーナらしくない。

 独自の暗殺者を多数管理しているクーナが魔法使いを雇い、わざわざ人の目が多い場所で攻撃を仕掛けさせるとは考えにくい。雇われた魔法使いの独断だったとすれば、それはそれでそんな愚かな魔法使いを雇ったこと自体に疑問が生じる。

「・・・いや」

 ゲルルフは独りごちた。負傷だけさせ、欠片を所持していないゲルルフが回復の為に保管先に戻るのを追跡しようと目論んだのなら理解出来る。

 ゲルルフがシャンタルの欠片を所有していると推測した上で、その欠片を通じて追跡を試みているのではとも考えたが、口に異変は起きていない。

 そして何より、シャンタルの欠片の所有に気づいていても、クーネンフェルスなら怒りで反射的に命令を出すような真似はせず、残りの3つを集めさせた上で殺そうとするはずだった。

 それでも他に有力な心当たりがない以上、クーナを警戒せざるを得ない。

 機巧術を習得できる機会に目が眩み何百年かぶりに負傷させられはしたが、本来一対一なら大魔法使いにも、オティカの黒騎士にも、バーマの魔法騎士にも後れを取らないゲルルフでも、クーナの暗殺者達との敵対は避けたかった。

 彼らは岸浪の身体能力を持つ上に、魔法でも、勿論神聖力でも機巧術でもない技術を使う。

 赤毛の少年がどうなったかも気になる。

 発見した時点で生命力を消費しすぎていたため既に生きてはいないはずだが、死に際して自らを機巧術と共に物質化していたとすれば探してみる価値はある。

 全快したゲルルフは再びサンプラティに向かった。


 クーナとは暗殺集団の名称でもあり、西の不浄地帯で生存出来る一族の名称でもある。

 その歴史は古く、彼らが住まう不浄自体そのものがサマンビータ建国以前から存在している。

 今でこそその存在を知る者からは恐れられているクーナ一党も、かつてはその生活圏同様不浄な一族として忌み嫌われていた。彼ら以外の、人間を含めた一切の動植物が生存出来ない不浄地帯で生きるにはサマンビータで食物を購入するしかなかったが、彼らが得ら、且つ一族の食料をまかなえるだけの金額を稼ぎ出せるのは、権力争いを続けている貴族達からの殺人依頼くらいしかなかった。

 依頼者の方から不浄地帯内に足を運ぶことは出来ないため今でも何カ所か境界沿いに窓口が残ってはいるが、現在ではほとんど外部からの暗殺依頼はない。

 分裂戦争前後、クーナが特殊な技法を手に入れ、人がしたがらない仕事で命を繋ぐただの爪弾き者の集団以上の存在として認識され始めて以降、クーナはクーナのために、クーナの邪魔になる者達を消すようになっていた。

 現在のクーナは首領、管理者、暗殺者で構成されている。

 首領は暗殺集団としてのクーナだけでなく、一族全体を統べる。

 クーナの暗殺実行者には2つの種類がある。何者かの命を密かに奪う理由は幾つもあるが、なんにせよ殺害されたと気づかれないに越したことはない。死因が病気や事故に見えるように工作するのは暗殺の基本で、クーナでもそれは変わらず、彼らは潜伏者、或いは影と呼ばれている

 しかし時には上位の騎士や魔法使いなど、工作などする余裕がない相手を殺める必要に迫られる場合もある。その際は暗殺者自身にも騎士や魔法使いに匹敵する身体能力が要求される。

 首領クーネンフェルスは管理者の一人バジンカを自室に呼んだ。

「ゲルルフの居場所は把握しているか?」

「いえ残念ながら、ムラドハナに向かったところまでですな。騒ぎが起こってからは不明です。見た者は大勢いましたが何が起こったのか理解出来ている者はいないようですな。 ただ例の少年は見つけたようですな。騒ぎは奴が少年を捕らえようとして起こったようです。何がどうなったかは不明ですが、結局少年は逃げおおせた様ですな。馬の上で意識を失っていたか、既に死んでいるように見えたらしいですが、未だに死体は浮かんでおりませんので。という事は少年がイングリッドを封印しているという話も、ゲルルフは眉唾物と思っていたようですが、あながち間違いではないかも知れませんな。何しろゲルルフに撤退を選択させるような深手を負わせ逃げられたわけですから。いえ、少年が魔法で攻撃したという目撃者はいないんですが、他に考えようもありませんので。

 とはいえゲルルフは死んではいないでしょうから、どこかで回復した後未だに少年を追っているかも知れませんな。我々の依頼とは関係なく、という事ですが」

「いずれにせよ居場所が知れないのはいかんな」

「ええ、ええ、分かりました。向かいましょう。少々お時間を頂きますが。何しろ相手があの男ですからな。この際ですからどちらにも追跡者を宛がってはいかがでしょう。あの男も何を考えているのか分からないところもありますし、少年の方も、イングリッドを封印しているのが事実なら、欠片の所有者と繋がっているかも知れないと言う推察も事実かも知れませんからな。こうも長い間どこからも情報が入ってこないとなると、どちらも大都市を避けて移動しているはずですから、発見後は常に監視下に置いた方が得策かと思われますな。得に少年の方は、もしゲルルフより先に治安兵が捕らえてしまいますと、面倒な事になりますし。既に1度衛兵数名に追われたという話も入って来ていますしな。その際なにやら魔法を使って難を逃れたようですので、やはり少年は魔法使い、そうですな、上級と思っていいでしょう。ですからやはり、ゲルルフに怪我を負わせたのも少年かと。気を失ったふりをして油断させたのでしょうかな。そう考えますとゲルルフも以外と詰めが甘いですな。それで…」

「持ち出しは許可する」

「承知しました。それでは、そうですな。相手が相手ですので、あの2人をお借りしますかな。新しい二人はまだまだ洗脳が足りませんし。楽しみは楽しみですがね、なんせ聖女騎士ですからな。並の騎士より慎重に使いませんと。それにしても棺を持ち出すのも久しぶりですな…」

 即行動に移る。首領の部屋を出たバジンカはそのまま階を下り、棺の部屋へ向かう。バジンカは捕らえた女達への拷問や進行中の任務の監督などを行うクーナの管理者の一人だが、棺の部屋に収納されている女暗殺者達は皆首領に属しており、許可なく持ち出すことはおろか部屋に入ることも出来ない。 

 分厚く重い扉がゆっくりと左右に開き、バジンカは暗殺者を持ち出すため中に入っていった。 



「なんか最近、この女の懸賞金上がり続けてない?」

「ん?ああ、ミルドレッドか。南の方で暴れてるらしいな」

「へえ、もうちょっと上がったら私が頂こうかな」

「そんなに悠長にしてられないかもしれないぞへザー。上級魔法使いらしいから、魔法騎士が出て来るかも知れない」

「ああそう、上級。じゃああんたらには手が出せないわね。ありがたく私が頂くことにするわ♫」

 騎士と一流の戦士の境界は、魔法使いと一般人の様にはっきりとしておらず曖昧だった。

 騎士は魔法使い同様持って生まれた能力に対しての分類であると同時に、国から与えられる称号でもあるので、現役を退くと公的には騎士でなくなる。ただし怪我や老いで騎士団を抜けたとしても一般人より身体能力が優れていることには変わりなく、結局騎士と呼ばれ続ける。

 一方騎士の力を持って生まれても国に仕える気が無く、一度も騎士団に所属せず敬意を払われる以外にも何かと便利な称号を放棄し、凄腕の賞金稼ぎとして生きている者もいる。ヘザーもその1人だった。

 そのヘザーがミルドレッドと最初の戦闘を行う以前。

 ニチェ東部、サミスラナ。

 アニトラは目を覚ました。

 境界が曖昧であり、また縮小化の傾向にある騎士団が勧誘に力を入れるはずもなく、マジャリ以外のどの国に於いても騎士を目指す者まず養成所に入り、養成という名のふるいに掛けられる。

 この日はその養成所に向かうため、町を出る日だった。 

昨夜既に荷造りを終えていたアニトラは身支度を整え、宿舎の玄関で親友であり相棒でもあるベサニーを待った。

 やがて、予め頼んでおいた馬車の方が先に到着した。ニチェ騎士団の寄宿舎まで同行する予定の先生も現れない。

 アニトラは御者にしばらく待つよう断りを入れ、中に引き返した。

 ベサニーの部屋の前に立つと中から嫌な予感がする声が聞こえ、アニトラは恐る恐る、ノックをすることなく鍵が掛けられていない扉を開いた。

「・・・な、何してんの?…こ、これ合意の上?」

 アニトラは反射的に腰を探ったが、ベサニーを起こしに来ただけなので帯剣していない。

 ベサニーは裸で、同じく裸の男3人に囲まれていた。その内の1人のペニスはベサニーの膣に収まっている。

「アニー、大丈夫だから。・・・ちょっと時間を忘れただけ」

「えっ!?せ、先生?何してるの!?」

 部屋の入り口からは背中しか見えていなかった男が上半身だけ振り返り、ベサニーの代わりに答える。ペニスはまだベサニーの膣内に収まっており、その意識が本人にあるのかどうか定かでは無いが、まだゆっくりと出し入れを続けている。

「ベシー、君から説明しないと。アニーに斬られてしまうかもしれない」

 リボルもアニトラが剣を帯びていないことを確認しており、笑みを浮かべながらベサニーに喋りかける。流石にもう腰は動かしてはいないが、親友の膣液にまみれたペニスを見せるのも如何なものかと思い、抜くことはせずに中に留めている。

 一晩中三人を相手にし、自身の体液と男達の精液にまみれているベサニーは朦朧としながら、アニトラやリボルの声ではなく膣への刺激が無くなったことに反応し、のろのろと周囲を見回し始めた。

「ん~?・・・あぁ、アニー?何で入って来たのぉ?一緒にするぅ?」

「なんでって、今日発つ…って言うかもう発つ時間なのよ。何でよりによって今日、しかも先生達とその…してるのよ」

「もう時間~?寝てないのよねぇ。だって入所したら当分する機会ないと思ったんだもぉん♫」

「ふふふ…アニー、悪いけど出発は夕方にしよう。俺たちも考えなくつい付き合ってしまって…すまんね」

 リボルのペニスが中で動いたのか、親友が聞きたくもない喘ぎ声を上げようとしたため、アニトラは呆れながら慌てて部屋を出、苛つきを大きな音に変えて扉を閉めた。

 サミスラナからチャトラバーサまではどの道数日かかるため、朝出発しようが夕方出発しようが道中調整すれば到着時刻に影響はないが、そんなことより体中に精液をかけられた親友の姿を見せられたことが不愉快だった。

 奔放なベサニーがずいぶん前からリボルと関係を持っていたことは知っており、そのせいで安眠できないため元々隣同士だった部屋を移ったが、移ったせいで朝まで事に及んでいることに気づけなかった。

 すっかり準備を終え出立する気になっていたアニトラは二度寝をする気も起きず、自室に戻り剣の手入れを始めた。


 サミスラナからほど近い村で産まれた同い年のアニトラとベサニーは血縁関係でもなく偶然、どちらも騎士の素質を持って生まれてきた。

 名誉より収入を優先したどこかの賞金稼ぎと違い2人は物心ついた頃から当然の様にニチェ騎士団の一員になることを目標とし、10代半ばまでお互いを稽古相手とし腕を磨いてきた。

 分裂戦争以降長らく戦争はなく、いずれの国も騎士団員の数を削減し続けており、その結果どんどん騎士団は精鋭化され、純度は高まっている。そのためただ騎士の素質を持っているだけでは中々国家が認める正騎士には成れなくなっていた。

 14歳になった頃、怪我で退団した元ニチェ正騎士がサミスラナで剣術の道場を開いたという話を聞き聞きつけ、アニトラとベサニーは狭き門をくぐるために更に研鑽を積もうとすぐに師事することにした。

 元騎士リボルは年齢的にはまだ引退するには早く、2人を同時に相手にすることも出来た。負傷により退団したという事にはなっていたが、ニチェに於いて騎士が駆り出されるような大規模な戦闘など近年起こっておらず、子供同士の、訓練とも呼べない練習ではあるが、10年近く腕を磨いてきたつもりのアニトラとベサニーを手玉に取れるほどに機敏に動き、どこを怪我しているのか分からなかった。

 リボルもすぐに2人の素質を見抜いた。

 剣の型は独学だけあって一から教え直す必要があるが身体能力は申し分なく、ニチェでも他の国でも問題無く騎士の称号を得られる。養成所に入れるのは16歳からなのであと2年、養成期間も最長2年なので最短で18歳になる頃にはニチェ騎士団の一員に成れるだけの素質を持っているとリボルは判断し、入門を認めた。


 老いた元騎士が若者に剣を教えることは珍しくない。若い騎士が怪我や病気で騎士を廃業することも時折あるが、そういった場合はたいてい人に剣を教えられるような状態ではない。

 リボルの様な若い元騎士が、都市部を離れて地方の小さな町で道場を開くのは珍しく、アニトラとベサニー以外にも門を叩く者は少なくなかった。

 リボルはその中からも何人かの入門を許し、寮として借りた一軒家に住まわせた。

 クーナの潜伏者であるリボルにとって男の騎士候補者は必要なかったが、女ばかりを集めてよからぬ噂が立っても困るため、男女まんべんなく門下生とした。

 かつてのクーナならリボルの様に騎士の能力を持って生まれた者は暗殺者として育てられるが、現在のクーナは一族でない者を洗脳し、道具としての暗殺者に仕立て上げる方式に移行しているため、ほとんどバロフルカナに戻ることなくベシーナ各地で何代にも渡りその土地の住民として生活している者達は主に影として活動し、暗殺者候補の選定を命じられてもいた。

 特にリボルの様な才能を持って生まれた者は騎士団の中にも潜り込めてしまう。

 既に騎士となった者を攫うのは難しいが、自身が1度騎士の称号を得られれば、退団しても騎士を目指す者達が勝手に集まってくれる。

 クーナに連れ帰ってから暗殺者としての技術を教えると言うことはないため、リボルは集まった門下生の内最も有能で且つ女であるアニトラとベサニーを本来騎士養成所に入所できる16歳まで鍛え、その後一族の道具になって貰う事にした。 


 漸く眠ったベサニーの、精液まみれの身体と膣をリボルは拭ってやる。

 1年ほど前からベサニーを抱くようになりその後他の門下生も加わるようになったが、特に意味は無い。クーナの暗殺者は場合によっては騎士を殺す任務を与えられる事もあるため、騎士になる為という目的は虚偽でも稽古の内容は本物以上に厳しい。そのためあえて言うなら生真面目なアニトラと違い奔放なベサニーに快楽を与えておき、稽古の辛さから逃げ出さないように縛っておくという意味はある。強い絆で結ばれているベサニーが逃げ出さなければ、アニトラも逃げない。

「別にするなとは言わないけど、時と場合は考慮してください、先生」

「悪かったよ。せがまれると断れなくてね」

 予定が半日ずれ、剣の手入れでは時間をつぶせないアニトラはリボルに打ち込みの相手になって貰う。

 実際にリボルは怪我などしておらず万全の状態だが、2年で既にアニトラ、ベサニーとも師を越えており、今やアニトラの方が手加減してやらなければ本当に怪我を負わせてしまう。

 手加減は木剣の長さによって為されている。クーナの暗殺者は剣など使わず、身一つで行動するため本来なら体術を教えた方が有用だが、それでは剣士である騎士を目指す者達を集められないため、稽古の枷として時折極短い剣を使わせることによっていずれ暗殺者となった時、剣を使わずに相手を仕留められる技を仕込んでもいた。


「さ、じゃあ行こっか♫」

 日が暮れかけた頃、身支度を整え、悪びれる様子もなくベサニーが出て来た。

「何か言うことがあるんじゃない?ベシー」

「何よぉ?謝って欲しいのはこっちなんだけどぉ?見られて恥ずかしいのは私なんだから」

「それは鍵をっ!・・・はぁ、もういいわ。どれだけ御者さんを待たせてると思ってるのよ、早く出ましょ」

 実際は一旦帰した御者を改めて呼び、3人はサミスラナを発った。

 養成所への入所は紹介状だけで十分なので、本来リボルが同行する必要はない。他の門下生からはアニトラとベサニーを甘やかしていると茶化されたが、クーナの仲間に2人を引き渡すまでに、馬車の中で意識を奪っておく必要がある。

 バーマほどではないがニチェも山稜以外でバロフルカナと接している地域があるが、そこはニチェ東部のサミスラナよりも更に東部で、目的地は西、首都周辺なので方向が逆になる。

 そのため元々町を出た後早い段階で回収作業を始める予定だったが、それが偶然にも出発が遅れ既に日が暮れかかっているため都合がいい。

 ただしアニトラもベサニーも既にリボルを越えてしまっているため実力行使は出来ない。

「別に養成所って2年居続けなくてもいいんでしょ?私たちならすぐに騎士団からお呼びが掛かると思うなぁ」

「気が早すぎるわよ・・・まあ、無くはないと思うけど」

 2人の実力は申し分なく、確かに満期を待たずに騎士団の目に留まることは大いに考えられる。しかしリボルが鍛えたのは技術だけで、騎士の心得などは全く教えていないためアニトラとベサニーの精神はまだ16歳相応の少女でしかない。

 どうせ破綻させられる精神なので鍛える意味が無く、寧ろ脆いままでいてくれた方が再教育がやりやすい。

 アニトラは客車の中で眠るはずだが、先ほど起きたばかりのベサニーがいつ眠る気になるのか分からない。

 リボルはさっさと2人を拘束することにした。

「ちょっと先生!狭いんだから我慢してくださいよ」

「ごめんごめん、この一つまみだけ」

 リボルは煙管を燻らせ始めた。こういった時のために喫煙の習慣があることを門下生達に印象づけていた。アニトラは客車の窓を少し開けたが、煙草の煙は外に逃がされてしまっても問題無い。同じ甘い香りの麻酔香を焚いた時、煙草の匂いが残っているのだと錯覚して貰えればいい。

 リボルは煙草の葉を片付けながら、鞄の中で香に火を付けた。

 先に煙草を吸い終わり、アニトラが開けた窓から灰を捨てる。そして当然の様に窓を閉める。

 いつまで経っても匂いが消えないことを2人が不審に思い始める前に、2人の意識はなくなる。

「先生、チャトラバーサに着くまでにミシティにも寄るんですよね?」

「あ!そうそう!あそこのピスタカ食べたい!」

 2人は甘味で有名なミシティの、牛の乳の中の脂肪分をふんだんに使った白いピスタカを食べたいだの、焙煎し挽かれた豆を練り込んだ微かに苦みのある褐色のピスタカの方が好きだなどという話をしながら、いつの間にか意識を失った。

 既に耐性のあるリボルには麻酔香は効果を発揮しない。リボルは暗殺者ではないため必要最低限の耐性訓練しか受けていないが、これから暗殺者となる2人は洗脳の過程であらゆる毒物に対する耐性を、死ぬ思いをしながら与えられていく。

 リボルは客室から御者側の小窓を開ける。

「向かってくれていいよ」

 御者は頷き、馬車を反転させる。まだ町を出てから2時間ほどしか経っておらず、不審に思われない程度にゆっくりと馬を走らせていたためサミスラナからそれほど離れていない。それでもサミスラナに戻るわけではなく、南に逸れながらバロフルカナとの境界に向かう。

 リボルは改めて、針の先端に麻酔薬を纏わせ、アニトラとベサニーの腿をちくちくと刺す。ただ意識を失わせるだけの香と違い、強力なクーナの麻酔薬は当分2人の目を覚まさせることはない。

 更に向かい合わせに二つ並んでいる客車の座席から縁に金属糸を通されている革紐を取りだし、2人の四肢を拘束する。そして、その二つの座席の下の空間にアニトラとベサニーをそれぞれ仕舞う。

 リボルの仕事はこれで終了だった。しかし万が一2人が目を覚ました場合、ただの潜伏者である御者では手に負えないため、境界の窓口で管理者に引き渡すまでは同行する。

 すぐに本来の方向である東へ引き返してもバロフルカナの境界までは丸一日以上掛かるが、麻酔薬の効果は数日は続く。身体の機能が停止しているわけではない2人の少女はその間押し込まれた座席の中に排泄物を垂れ流すことになる。

 境界付近にはバロフルカナへの出入りを取り締まる監視所もあるが、少なくともクーナの人間の監視に関しては機能していない。馬車などで荷物を運ぶ際は平地を移動する必要があるが、たいていの暗殺者や潜伏者は単身では苦もなく稜線を越えていくので、ニチェもバーマもクーナ一党の出入りを境界で封じることは出来ていない。

 今回は馬車ごと暗殺者候補を管理者に引き渡す。そもそも監視所以東に道はないが、目が届かない距離を取り大回りしながら管理者が待つ詰め所へ向かう。

「おうおう、中々若いですな。実力は申し分無しと?ふむふむ、まだ16歳か。それなら拷問に時間をかけなくてもすぐに壊れてくれそうですな。いい素材を手に入れてくれましたな。それでリボル君、君はどうしますかな?戻れる手はずは整えているのかな?それとも別の土地に移りますかな?ふむふむ、そういうことならお任せしましょうかな。道場を続けていればまたいい素材が手に入るかも知れませんしな」

 リボルは馬車から降り、代わりに管理者が乗る。客車の中にはアニトラとベサニーの排泄物の臭いが漂っている。が、管理者は洗脳前の拷問も手がけており、これまで散々汚物で床を汚している女達に鞭を打ってきたので気にもならない。          

 御者はそのまま馬車を操り、管理者と座席の下の2人を、ニチェから見て境界の外側に運んでいった。

 空気の色まで違うわけではないが、境界の奥に目を向けるほどに土と岩の色しかない無機質な景色に変わっていく。クーナ一族のリボルはバロフルカナの浄化作用を受けることなく中でも生存出来るが、長く外の世界で生活しているとあまり戻りたいとは思えなくなってくる。

 残されたリボルは徒歩で西に戻る。

 行方不明になった2人とはミシティで分かれたことにする。養成所に事前連絡をしているわけではないなので、アニトラとベサニーが消えた事に気づくのはいつになっても近況連絡が来ない事を不審に思った門下生仲間か、家族と言うことになる。

 リボルはサミスラナに戻るため、一旦ミスティへ向かった。


 尻を両手で掴まれ、左右に拡げられる。当初は肛門を見られる度に恥ずかしさできゅっと窄まっていたが、最早その気力もない。恥ずかしさは感じないが、鞭の痕が大量に残っている尻を、肉に指が埋まるほど掴まれた痛みは感じ、呻く。

 これからトゲ付きの張り型を肛門に挿入し腸壁を傷つけて痛みを与えると、管理者に告げられる。

 クーナの拷問は洗脳のための前段階に過ぎないので本来候補者達との会話は必要なく、管理者によってはほとんど口を効かずひたすら鞭を打ち続ける者もいたが、バジンカは逆に事ある毎にこれから何を使いどう苦しめるかを伝えてくる。

 まず指が押し込められ、アニトラは棘、腸壁に刺さるほどではない、短く先端が尖った疣がびっしりと表面を覆う固く太い張り型を迎えるため、肛門の力を抜く。

 クーナの本拠地に捕らわれ2ヶ月が経過し、その間休む間も、鞭の跡が消える間もなく痛め続けられてきたアニトラは、如何に身体的には並の人間より遙かに優れていても人格はただの16歳の少女であるため、既に屈服し掛かっていた。

 別の痛みを与えられる事が分かっていても、鞭から逃れるために肛門に棘を受け入れようとしてしまう。

 バジンカはあれこれ話しかけはしてくるが、その大半はアニトラやベサニーを精神的に追い詰めるための言葉ばかりで、肝心の何がどうなって自分達が捕らわれ、何の目的で拷問を受けているのか、2人とも未だに良く理解出来ていない。

 何となく、悪名高い暗殺集団クーナに捕らえられてしまったのだと言うことまでは分かっていたが、クーナ内部の事などまるで知らないため、自分達が暗殺者にされようとしていることなど想像も出来ていない。

 クーナへの忠誠や従属は洗脳によって植え付けられるため、拷問で教育する必要はない。女達によっては苦痛を与えられたくないために拷問の段階で従順になる者もいるが、代償のために為される屈服はクーナには必要ない。クーナが求めるのは裏切る可能性が一切無い無条件での絶対的な隷属で、それは拷問では得られない。

 アニトラは肛門を傷つけて貰うために自ら力を抜いたが、管理者にしてみれば全く必要ない恭順だった。

 拷問は数ヶ月、場合によっては何年も続くこともあるが、その終わりは真の意味での無抵抗に至ったか否かで判断される。

 最初は誰しもが抵抗し、やがて痛みから逃れるため管理者に取り入ろうとする。希に何年経っても抵抗を止めない強固な意志の持ち主もいるが、それらは次の候補者が確保され次第処分される。

 従順になったとしても、管理者が何かを命じているわけではない。アニトラは肛門の力を抜いたが、バジンカがそうするよう命じたわけではなく、アニトラが自分の意志で受け入れる体勢を整えた。

 鞭から逃れるためだとしても、管理者に気に入られる為だとしても、拷問終了後行う洗脳の為には、その意志すら必要なかった。

 恭順期間を越え、鞭で打たれようが肛門を棘付き張り型で犯されようが膣に電撃を与えられようが、苦痛以外の一切の反応が出来なくなるまで拷問は続けられる。

 ぐにゅり、と、何の攻撃性も持たない柔らかい筒を押し込むかのように、攻撃性の塊が肛門内に突き入れられた。

「あぎぃぃぃぃぃっ!!」

 アニトラは閉まらない顎で悲鳴を堪える。悲鳴は堪えられたが身体は勝手に反応してしまい、予め肛門を傷つけるために棘のついた張り型を挿入することを伝えられているにも関わらず、アニトラの肛門はその棘を抱きしめるかのように締め付けてしまう。

「あっ!…かひひひひっっっ!」

 1度締め付けてしまうと、もうどうしていいのか分からない。こうなることを恐れて自ら力を抜いたのだが、内側からちくちくと腸壁をつつかれる痛みから逃れるために肛門に言うことを聞かせようとすると、逆に力を込めてしまう。

 痛みから逃れるには肛門だけでなく全身を脱力させるしかないが、バジンカが張り型を動かすためそれも出来ない。

 肛門を傷つけることが目的なので、バジンカは最初から手加減をしない。

 尻の割れ目を伝って流れてきた汗くらいしか潤滑剤に代わるものがない中で、バジンカは太く長い張り型を激しく、ずるずると出し入れする。

「あああっ!!あんがぁぁぁぁっっっ!!!」

 手足を床と天井に向けて引き延ばされた状態で拘束されているアニトラは尻を振りながら、肛門の痛みから逃れようとする。

 バジンカは暴れる腰を片手で抱え込み、丁寧に肛門を虐待していく。

「かははははぁぁ~っ!かはぁぁ~~~~っっ!」

 開いたままの口から舌を垂らし、アニトラが涙や鼻水を流し始めると、肛門も血を流し始める。棘は刺さらないが、出し入れされ、更に結局力を抜くことが出来ない肛門の内側が引っかかれ出血している

 ベサニーと違い、16年間本来の用途でしか使用されなかった肛門を10分、30分、1時間と責め続けられる。身体能力を封じられてしまってはただの少女でしかない。

 自身の体力との兼ね合いもあるが管理者は大抵、一旦拷問が始まれば逃れる術は無くただ苦しみ続けるしかないという事を教えるために一つの拷問を執拗に続ける。舌を噛まないためと水分や食事を与えやすくするため口は開いたまま固定されているが、それでも痛い、止めてと叫んでいる間に拷問の種類を変えてしまうと、極限状態の女達が懇願に効果があったのではと錯覚してしまう。

 そのため管理者は女達が苦痛の声意外を発しなくなるまで、1度始めた拷問を続ける。鞭打ちでも浣腸でも電撃でも最初は懇願するが、何時間も続けていると皆呻き声しか上げなくなる。そうなるとまた次の拷問を始める。

 アニトラも例に漏れずやがて尻の動きも弱まり、涎を垂らしながら呻くだけとなった。

 バジンカはまだ張り型を抜かず、股を通す革紐で抜け落ちないように固定してしまった。

 そのままアニトラを放置し、ベサニーの拷問に戻る。

 管理者の手が足りていないわけではなかったが、バジンカは1人で2人を担当していた。

 通常暗殺者候補は1人ずつ連れ込まれるが今回は2人、しかも幼い頃からの親友という組み合わせの素材が手に入ったため、常に2人組で行動する暗殺者を作ってみてはどうかと首領に提案し、了承された。

 バジンカが離れてもアニトラの痛みは消えない。

 アニトラとベサニーが同時に、同じ部屋で拷問を受けているのは特別なことではない。クーナには一つの大きな拷問室しかなく、もし全く別の3人目が連れて来られても、別の管理者が担当するだけで部屋は変わらない。

 特殊な錬金術を利用した土瀝青のような拘束具を1カ所で管理する意味もあるが、他人がされている拷問を見せて、次は同じかそれ以上の苦痛を与えられることを予期させ、一層絶望を与える意味合いが強い。2人はまだお互いに拷問される姿を見られる事に羞恥や屈辱を感じているが、そういった感情が全てなくなるまで拷問は続く。

 呻き声より大きく、液体がばしゃばしゃと床で跳ね返る音が聞こえてきた。

 アニトラと同じく開いたままのベサニーの口からは、苦痛ではなく安堵の吐息が漏れる。

 アニトラが肛門に棘付きの張り型を入れられたままになっているように、ベサニーも肛門に異物を入れられ、アニトラが拷問されている数時間放置されていた。ただしベサニーの肛門に入れられていたのは栓で、そこから腹の中に大量の塩水を注入されていた。圧迫による腹痛だけでなく、塩分によって強烈な便意にも苛まれ続けており、つい先ほどまで肛門をえぐられていたアニトラよりも汗をかいている。

 ベサニーも排泄が終わるとすぐに次の拷問が始まることは分かっているが、ひとときだけ開放感に浸っている。

「はぁ…はぁ…はぁ・・・はがっ!!??かあぁぁぁぁっっっ!!!」

 ひとときも猶予はなかった。

 腸が全ての液体を排出し終える前に、数時間ぶりに鞭が振り下ろされた。

 一撃目の激痛で止まった排泄が、二打目の激痛で惨めな音と共に再開される。水分は定期的に与えられるが、飢餓を感じさせるのも拷問の内なので、固形物は数日置きにしか食べさせて貰えない。そのためベサニーの肛門から出て来る液体は濁っていない。

 疲れているが肛門の痛みで眠ることも出来ず、気を失うような種類の痛みでもない。

 自分達だけでなく、拷問者の方もいつ休んでいるのか分からない。

 アニトラは親友の皮膚が発する音と悲鳴を聞きながら、肛門の痛みと共に自分の番が戻ってくるのを待った。


 拷問が始まってから半年後。

 2人は同時に洗脳の段階に移されることになった。

 半年での拷問終了は他の暗殺者に比べても早い方と言える。やはり若い方が短期間で人格が崩壊するが、若いと暗殺者となった後どの程度役に立つのか素質を見極めにくい。アニトラとベサニーの様に騎士の才能を見いだされた上で捕らえやすい状況にある若い暗殺者候補が見つかるのは希だった。

 手足、そして口の拘束を解かれ、まずベサニーから拷問室を連れ出される。

 半年間一度も外されず、常に立ったままだったベサニーは解かれた瞬間、同じように半年間汚物を垂れ流し続けた床に崩れ落ちた。

 洗脳は暗殺者の保管室でもある棺の部屋で行われる。部屋を移った後は一時的にまた手足を伸ばして拘束され、強制的に立たされるので、歩けるようになるまで待つことも、バジンカが運んでやることもない。

 拷問用の長い一本鞭ではなく短い乗馬鞭を使い、バジンカは倒れたままのベサニーを打ちながら這って進ませる。

 既に誇りも何もかも失っているベサニーは鞭で指示されたとおりに、長期間延ばされ傷むヒジとヒザの代わりに腰を使い、ぐねぐねと芋虫のように少しずつ進んで行く。

 拷問室にはアニトラだけが残された。親友がゴミのように扱われている光景はしっかり見えているが、最早何も感じない。

 バジンカが戻ってくるまでに時間が掛かったのは、洗脳の準備が複雑なのではなく、最後まで這って進んだベサニーの移動速度のせいだった。

 アニトラも拘束を解かれ、ベサニーと全く同じように棺の部屋へ向かう。

 拷問室も棺の部屋も共に同じ階にある。拷問にも洗脳にも使用する特殊な魔法機構の中枢が最下層にあり、その一つ上階に位置する。

 クーナ一族からは時折騎士の素質を持った者は生まれるが、魔法使いは生まれない。それは不浄地帯で生存できる要因の一つでもある。

 そのためクーナが魔法を使うには巨大な咒器とも言える制御機構を使うしかなかった。

 ずりずりと、床を這いながらアニトラも棺の間に辿り着いた。

 扉が開く。明らかに拷問室や廊下よりも冷えた空気が流れ出てくる。

 アニトラは猶も這いながら進まされる。

 棺の部屋も拷問部屋同様、特に何もない無機質な造りだった。ただし、床から無数に、人の腰ほどの高さの何かが規則的に生えている。

 そのせいで同じ造りなのに拷問部屋以上に不気味だが、やはりアニトラは何も感じず、その何かの間を縫って誘導される。

 全て同じように見える何かの内の一本の前で漸くアニトラは引き起こされ、天井に両手を吊された。なぜその一本が選ばれたのかアニトラには分からないし気にもならない。二本の筒が生った低木の様な何かに、言われるがまま拘束されていない足を拡げて跨がる。実際その何かはクーナの人間からは幹と呼ばれており、意識がしっかりそしていれば自分が跨がされた幹だけが萎れていることにすぐに気づいたはずだった。

 バジンカは自分を含めクーナ本部内の全ての人間を監視している中枢機構、ニユントラナに棺化の準備を始めるように命じる。傍目には独り言にしか聞こえないが、その声もニユントラナに届いている。

 萎れた木のようだった幹が生き物のように動きだし、周囲の幹と同じように直立する。幹の先端は本物の木とは似ても似つかず、縦長の皿のようになっている。

 その皿がぴったりと、跨がっているアニトラの性器と肛門を下から覆う。手を吊られて立たされているだけなので、アニトラの足はぷるぷると震えている。しかし手を吊られているので、小さな椅子の座席ように股下に位置する皿に腰を下ろすことは出来ない。

 幹は静かに動いた。しかし次に、不穏な音と振動がアニトラの足下から起こり始めた。

 床の隙間から、黒い何かが沸き上がって来る。

 その何かが重力を無視し、つま先から天井に向かってアニトラの全身を覆い始める。身体が粘性の物質に取り付かれる様は拘束用の魔法制御土瀝青に似ているが、組成は全く違う。

 黒い粘性の物質は、ニユントラナが魔法を使うための言わば手で、土瀝青に錬金術をかける際にも使われてはいる。

 ただし今回は純粋に手だけでアニトラの身体を撫でていく。

 手は全身を包みきってしまうことなく、下から上へと通過していき、最終的には手を吊っていた拘束具を消し、やがて天井の隙間に消えていった。

 ニユントラナの手が通り過ぎた後のアニトラの身体は、真っ黒に変色していた。

 その状態で猶アニトラが平静でいられるのは、拷問の成果だけでなく自身がどういう状態なのか分かっていないだけでもある。ニユントラナはアニトラに魔法をかけたが、痛みも熱も何も感じなかった。

 幹の先端が覆っている部分以外、目も鼻も口も耳も全て黒い魔法物質が覆っているが、苦しくはない。

 その魔法物質が徐々に、内側の身体ごと縮み始めたが、やはりアニトラは何も感じなかった。

 魔法物質と共にアニトラはどんどん縮み、縮み、縮み、やがて全てが皿の中に収まった。魔法物質は皿に被せられた蓋に変わる。

 最後に幹から生えていた二本の枝、その先端の筒が皿の底に開いていた2カ所の穴に、下部から挿入された。

kc01

 これで準備は終わった。管理者に出来ることはもうない。

 バジンカはニユントラナにアニトラとベサニーの洗脳を始めるように命じ、棺の部屋から出て行った。


 突き出された尻をベサニーがゆるゆると撫で、アニトラはくすぐったさで鳥肌を立てる。

「やだぁ、つるつるしたアニーのお尻が好きなのに♫」

 足が広がっているので何もしなくても谷間の穴や性器がベサニーからはよく見える。アニトラは箱の上部に手をついて飛び越えようとした瞬間のような体勢で拘束され、天井から鎖で吊されていた。

 ベサニーは尻を撫でていた手を人差し指だけ残して握り、その指で谷間が始まる箇所から肛門の直前までをなぞり、往復させる。

「はぁぁぁんっ♫」

 拘束された身体の細部は動かせないが全体が揺れ、鎖が軋む。

「アニーは敏感ねぇ♫まだ大事なところは触ってないのに。これからいろんなことしたらどうなっちゃうのかなぁ?」

「いやぁ♫いろんなことするの?」

「そりゃするわよ♫こんなぷりぷりのお尻が目の前にあるんだもん♫」

 ベサニーは肛門の表面を円を描くように指の腹で撫でる。きゅっと固く窄まった皺の感触が指に伝わる。

「どうして力入れてるのぉ?」

「だってぇ、恥ずかしい♫」

「恥ずかしいの?可愛いわねぇ、アニー♫じゃあこっちにしようかな♫」

 ベサニーは指を更に下に移動させる。熱と湿りと柔らかさで、アニトラが既に興奮して期待していることが分かる。

 膣の入り口を探し当て肛門と同じように周縁部を撫でる、肛門と違って抵抗なく指が中に入っていきそうになる。

「も~、アニーはどうしてこんなにやらしいの?まだ何もしてないのにこんなにぬるぬるにしてぇ♫」

「だってぇ♫」

 ベサニーは自然にぱっくりと開き、充血した内側を覗かせているアニトラの割れ目の底をゆっくりとなぞる。膣を通過しながらドロドロと粘度の強い白い蜜を救い、クリトリスにまで引き延ばす。

「あらぁ?こっちは恥ずかしくないのねぇ♫こっちは触って欲しいの?」

「うん、触ってぇ♫」

「も~、そんなに素直に言っちゃダメでしょ?あなたは今虐められてるんだから♫そんなに気持ち良くなりたいならおあずけにしないとダメね♫」

「やだぁ、おあずけいやぁ♫もっとしてぇ♫」

「してあげるわよ、アニーが嫌がることをね♫せっかく動けないんだから、しっかり虐めてあげないと♫

 そうねぇ・・・こういうのはどう?」

 ベサニーもアニトラのように尻を突き出し、腰をかがめる。そしてやや頭が下に向く角度で吊り下げられているアニトラの、上向きの尻の間を覗き込む。

「なにぃ?なにするのぉ?」

 後ろを振り向くことは出来ないが、ベサニーの顔が性器の前に移動したことは何となく察した。

 ベサニーはアニトラの柔らかい性器の唇を両手で左右に開き、膣口を露出させた。アニトラは舐めて貰えると思い、期待で膣を収縮させる。

「ふふふぅ♫何か勘違いしてなぁい?アニー。舐めて貰えると思ってるでしょ?舐めてあげるけどまだダメ♫ちゃんと恥ずかしい思いしてからね♫」

 舐めないと言いつつベサニーは拡げた性器に更に顔を近づける。

「ふふ♫興奮しちゃってるアニーの匂いはどんなかなぁ?アニーの大事な穴の匂い嗅いであげるね♫」

「・・・えっ?何っ?」

 舌がが触れるのを待っていたアニトラはベサニーの言葉を聞き逃した。舌ではないものがちょんと割れ目の端に触れる。

「すぅぅぅ~~~っ、くんくん、くんくんくん」

「はっ!?えっ、な、なにっ!?なにしてるのぉぉぉっ!?」

「ここの匂い嗅いであげるって言ったでしょ?ふ~ん、やらしい気分の時のアニーはこんな匂いするのねぇ♫くんくん、すんすん」

 ベサニーは必要以上に大きな音を立てて鼻を鳴らす。性器に触れている鼻の先が、アニトラが暴れる度にぬるぬると滑る。

「やだやだ!やめてぇ!恥ずかしいよぉ!そ、そんなとこ嗅いじゃやだぁぁっ!」

「ダメ♫こんないい匂いさせちゃってるんだからずっとくんくんする♫もっと穴を緩めて奥の匂いも嗅がせて♫」

 ベサニーは鼻で膣口を刺激しながら、嫌がるアニトラを更に辱めるために一層音を立てる。静かに吸い込んだ方がはっきりと匂いを感じられるが、アニトラが恥ずかしがる方を優先する。

「ベシー、もう止めてぇ!もうおねだりしないからぁ!」

「ほんとぉ?匂い嗅がれてこんなに溢れさせちゃってるのに、おねだりせずにいられるかなぁ?・・・あ、美味し♫」

 嫌がりつつも拡げられたアニトラの膣からは、白い蜜が糸を引きながら垂れ始めている。アニトラはそれを舌で受け止め、味わう。

「ホントは舐めて欲しい?それとも何か入れて欲しい?」

「うぅ~、どっちもぉ♫」

「ほら!言ってる側から素直におねだりしちゃって!そういう子はどうしちゃおうかなぁ?・・・今度はこっち♫」

 ベサニーは性器から顔を離し、膣を拡げていた両手を上にずらす。

「はっ!?や、やだやだやだぁぁぁっ!!そっちはほんとにやめてぇ!!ムリぃぃぃ~っ!!」

 今度はアニトラにも、ベサニーが肛門を嗅ごうとしていることを察せられた。止めて貰おうと尻を振るが、ぴしゃりと平手で打たれる。

「イヤイヤしないの♫悪いお尻、ちゅっ♫」もう一度はたき、はたいた所に唇を付ける「さ、お尻の匂いも嗅がれちゃおうねぇ♫」

 ベサニーは尻を拡げている両手の親指で、更に肛門自体を左右に引っ張る。

「あ、まだ力入れてるぅ。ダメよ?内側の恥ずかし~い匂いくんくん出来ないじゃない、力抜いて♫」

「やだぁ、お尻はホントに恥ずかしいよぉ!」

「親友のお願い聞いてくれないの?」

「親友ならお尻嗅ごうとしないでぇ!」

 ベサニーは言うことを聞かないアニトラの肛門を親指でくいくいと揉み、時折ちゅっちゅと唇を付ける。その時点でほのかに香りが鼻に届いてはいるが、実際に匂いを嗅ぐことより言うことを聞かせることの方が重要なので、諦めて肛門の内側をさらけ出すまで執拗に繰り返す。

 やがてアニトラの息づかいが荒くなり、左右に向かおうとする親指の力に負け、じんわりと肛門が開かれ始める。

 今度はあまり音を立てず、ゆっくりとその部分の匂いを嗅ぐ。

「すん…すんすん…すん…」

「ん~・・・はっ!?い、今くんくんしたっ!?」

「うふふ~♫油断したわねぇ?揉み揉みされて気持ち良くなってたんでしょ?あ~いい匂い♫アニーはどっちからでもいい匂いさせちゃうのねぇ♫」

「もぉやだぁぁぁっ!」

 ベサニーはそのまましばらく、アニトラの蒸れた膣の匂いと酸っぱい肛門の匂いを交互に堪能する。依然恥ずかしがっていてもアニトラはもう肛門を力ませず、桃色の内側を見せてベサニーの目も楽しませている。

 ベサニーが舐め取らずに放置していると、アニトラの膣から垂れた蜜は長く糸を引いてぽたぽたと床に落ち行く。

 アニトラが嫌がる言葉も恥ずかしがる言葉も発しなくなり、目蓋を落としてはぁはぁと息を荒くし始めると、ベサニーは漸く尻から顔を上げた。

「ふぅ~満足♫いっぱいアニーの匂い吸い込んじゃった♫匂い嗅いで貰って嬉しかった?」

「うぅぅ~っ」

「嬉しかったならちゃんとお礼いいなさい。くんくんしてくれてありがとうって♫」

「やだぁ♫言いたくなぁい♫」

「言えないならお仕置きよ?」ベサニーはやや強くアニトラの尻を叩く「真っ赤になるまで叩いちゃおうかな?」

「あうぅ~っ・・・お、お尻とあそこの匂い嗅いでくれてありがとうベシーちゃぁぁぁんっ!!」

 ベサニーは目を細めて喜び、頭の代わりに尻を撫でてやる。屈辱的な礼を叫んだ瞬間膣の奥からどぷりと蜜が溢れ、粗相したかのように床を濡らす。こうして少しずつ、相手に屈服することに喜びを見いだすよう教育していく。

 ベサニーは滴る蜜を指でたっぷりとすくい、口に運ぶ。

「んふ♫じゃあこの美味しくてとろとろの蜜を出してくれる穴にご褒美あげましょうね♫

 ここに玩具を入れていい?アニーがあんあん鳴く声ききたいなぁ♫」

「あぁっ!い、いいよぉ!入れていいよぉっ♫」

 拘束されているので意味は無いが、アニトラは無意識に一層尻を突き出して、ベサニーからのご褒美を膣に貰おうとする。

 いつの間にかベサニーの手には張り型が握られている。左手で性器の唇を拡げ、膣の入り口に張り型の先端を宛がう。

 そしてゆっくりと、手首を左右に捻りながら挿入していく。

「はっ…はぁぁぁぁ~~~っっっ♫♫」

 挿入しているはずだが、蕩けきった膣からは何の抵抗も感じず、ただ手を動かしているだけのようにしか感じない。

「あら~♫いつの間にこんなに柔らかくなっちゃってたの?あんなに恥ずかしい恥ずかしいって騒いでたのに、ホントは嬉しくて興奮しちゃってたのね?かわいい♫」

「うぅ~、ベシーが虐めるぅ」

「そうよぉ?最初から虐めるって言ってたでしょ?も~っと虐めるわよ♫」

 ベサニーは相変わらず手応えのない膣を張り型でかき回し始める。手応えはほとんど無いが、代わりにぐちょぐちょという潤んだ音が鳴る。

「はひっ♫ひっ、んっ、んひっ♫」

 長い時間ムラムラさせられたまま匂いを嗅がれていたアニトラは、すぐにでもイこうと膣に意識を集中し、きゅうきゅうと膣を締め付ける。漸くアニトラの手にも突いている感触が伝わる。

「は、は、はっっ、い、イクぅぅぅっ♫もうイクぅ~っっっ・・・」

 ベサニーは飛沫を飛ばしながら張り型を引き抜く。絶頂を与えてくれるはずの相手を見失った膣はぱくぱくと開閉しながら張り型を探す。

「えっ?なにぃ?まだイってないよぉ!」

「えっ?鳴き声は聞きたいって言ったけど、イかせてあげるなって私言った?」

「そんなぁ!ご褒美って言ったぁ!」

「そうよぉ?だからいつかはイかせてあげるわよ?た~っぷり焦らした後にね♫」

「ひどいぃぃ~~っっ…はうっ!?」

 何かを肛門に入れられた。細く短い何かなので痛みはない。しかし硬いので指ではないと分かる。

「ふふ、気づいた?そりゃ気づくわよねぇ♫

 あのね?寸止めする度にちょっとだけお浣腸するね?」

「えぇぇっ!?なんでぇ???」

「したいから♫アニーは私のしたいようにされるしかないの、いい?」

 いつの間にか右手の張り型が人差し指と中指で挟める程度の小さな注入器に変わっており、その先端がアニトラの肛門に刺さっている。

 ベサニーが親指で押し子を押すと宣言通り少しだけ、100㎖ほどの液体が腸の中に流れ込んでいく。少なすぎてアニトラは何も感じず、先端が抜かれると浣腸は許して貰えたのだと勘違いした。

「さっきは力を抜いて欲しかったけど、今度はちゃんと締めておかないとダメよ?」

「ホントに入れたのぉ?」

「ちょっとだけね。でもこの後何度もイきそうになる度に抜いて、抜く度にお浣腸するから、どんどんおなか痛くなってくるわよ♫」

「いやぁぁぁんはうぅぅぅっ♫」

 ベサニーはアニトラを翻弄しているが、嘘は言わない。再びアニトラの中に張り型を差し込み、じゅぶじゅぶと音を立てながら出し入れする。言われたとおり小さく窄まっている肛門を愛おしそうに眺めながら、鳴き声ではなく手応えで絶頂の直前を見極める。

「はい、またダメぇ~♫イかせてあげなぁい♫」

「あ~、惜しかったねぇ♫もうちょっとでイけそうだったのに♫またおあずけ~♫」

「あははぁ~♫残念でしたぁ♫騙そうとしたってダメよぉ?アニーがいつイっちゃうかなんて簡単に分かるんだからぁ♫」

「んやぁぁっ!!イきたいよぉっ!イカせてぇベシィ~!」

「くひぃぃっ!!なんでぇぇっ!もういっぱい浣腸していいからいかせてぇ!!」

「はひっ、はひっ、んくっ、も、もう出るぅぅぅ~~~っ!!うごかさないでぇぇっ!!」

 呼び出されない限り時間はいくらでもある。いつまででもベサニーはアニトラを弄べ、アニトラは虐めて貰える。

 とうとうイキたさより腹痛が勝り始めた。吊されたアニトラの腹は目に見えて張っており、触ると硬い。絶頂の直前に手を止められ少しずつ腸内を満たされてきたので、それだけ何度も寸止めを繰り返されたという事になる。

 腸内の液体を吸収したわけではないはずだが、ベサニーの手は大量に溢れてくるアニトラの膣液でドロドロになり、しっかりと握っておかなければ膣を責めながら張り型を滑り落としてしまいそうになる。

「止めていいの?今度こそイかせてあげようかと思ってたんだけどなぁ♫」

「お腹痛いぃぃぃっ!!もう出したいよぉぉぉぉっ!!」

「だめよ?勝手に出しちゃ。いいって言うまで我慢しないと、ホントにず~~~っと寸止めしちゃうわよ?」

「やだぁぁぁっ!!イキたぃぃ!出したいぃぃぃっ!!」

 長時間言いつけを守り続けていた肛門から、液体が一筋飛び出す。その通過を感じ取ったのか、アニトラの肛門は限界に達し、決壊した。

「んはぁぁぁぁぁぁ~~~~~~~っっっっ♫♫♫」

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 我慢できなかった罪悪感を感じることなく、アニトラは膣同様顔も蕩けさせ、恍惚の表情を浮かべながらどばどばとだらしなく、内側から腸を苛んでいた液体を放出し始める。

 ベサニーは張り型を膣から抜き、その様を眺める。我慢しろとは命じたが、我慢できるはずもない量を既に流し込んでいたことも分かっていた。

「あ~あ、出しちゃった。我慢しなさいっていったのにぃ」

「はふ、はふ、はふ…だ、だってぇ、おなか痛かっただもぉん。ごめぇん」

「だめよ、口で謝ったって。お尻の穴が粗相したんだから、お尻の穴で謝りなさい」

 まだ排出は終わっておらず、時折ぶちゅぶちゅと腸液混じりの液体を垂れ流している。

 アニトラは緩みきったその肛門を収縮させ、ぱくぱくと謝罪する。極度の腹痛から解放され、膣の疼きを思い出している。出してしまったら更に長い時間寸止めすると宣告されているため、素直に謝罪して媚びを売っている。

「うふふ♫そんなに素直にぱくぱくされちゃうと、こっちの穴をずぼずぼしてあげたくなっちゃうなぁ♫」

「やだぁ、前がいい~♫あそこをずぼずぼしてぇ♫」

「はぁ・・・しょうがないわねぇ。アニーが可愛いから厳しく出来ないわ♫

 いいわよ、出しちゃったけどがんばったからイかせてあげる♫でもおねだりしてくれる?」

「はっはっはっ♫」アニトラは犬のように舌を垂らして悦びを露わにする「わ、わたしのとろとろの穴じゅぼじゅぼして、いっぱいイかせてぇぇぇっ♫♫♫」

 ベサニーは頬を緩め、申告通り蕩けているアニトラの膣に張り型を挿入―。


 棺の保管室に入ったバジンカは、床から幾つも生えている幹の間を縫って奥に進む。外からではどれも同じに見えるが、保管する位置は常に同じなのでどれがお目当ての棺か迷うことはない。

ある時点で外部から入手した物だった。保管法の名称など暗殺者集団が気にすることなど無いが、正常な生活の終わりを迎えた者が収められるという意味では棺という呼称も間違いではない。

 クーナがニユントラナと共に棺化法を得たのがおよそ300年前。以降、老化と寿命には抗えなかった優秀な暗殺者を、任務の失敗のみを例外に保管し続けられるようになった。 

 バジンカは幹の上部を掴んだ。棺と呼ばれているのは裏側を上にして幹の先端に乗せられている、手の平よりやや大きい部分だけで、そこに暗殺者達が個別に収められている。

 すぐには取り外せない

 バジンカが命じると、最後に挿入された二本の筒と、外からは見えない1本が、それぞれ膣、肛門、尿道から引き抜かれる。

 その瞬間、アニトラの周りからベサニーを含め何もかもが消えた。もう少しで待望の絶頂を迎えられるところだったのにも関わらず。

 棺化方は性器と肛門を残し、性魔法封印術のように対象を固有領域で圧縮する。しかしエネルギーは循環しないので、小さな棺に収められた女達を外から管理してやる必要がある。

 尿道や肛門に挿入されている筒は中で生存するためのエネルギーを供給しながら、排泄物を吸引する役割を担っている。

 洗脳に於いて重要なのは膣に挿入されている筒だった。

 棺化後の洗脳もやはりニユントラナが行うが、その際胎脳と呼ばれる人造臓器が使用される。

 胎脳は細く萎んだ状態で膣管の中に収められており、挿入されると先端から子宮口の中に侵入する。

 子宮内に入り込んだ脳胎は中で膨らみ、脈動しながら洗脳を始める。

 その名の通り胎脳は対象の脳とニユントラナを繋ぐ第二の脳で、子宮内で活動を始めるとまず全身の神経網を掌握する。ニユントラナは対象の本物の脳に蓄えられていた記憶を元に、その相手に最も適した洗脳方法を作りだし胎脳に書き込む。その後はニユントラナの手を離れ胎脳が個別に、栄養の供給や排泄も含めて管理をする。

 洗脳は幻影を使って行われるが、幻を見せられている間、対象はそれを幻影だと認識出来ない。

 全く見ず知らずの、架空の人物よりも現実に存在し関係性を築いていた人物の方が相応しいため、記憶の中から何者かが支配者として配役され、対象に完全な服従を誓わせていく。最初は支配者個人に誓わせていた服従を最終的にクーナに向けさせることで洗脳は完了し、その工程の全てが神経で繋がった偽物の脳で行われる。

 アニトラを洗脳するには親友を使うのが最も適しているとニユントラナは判断したが、ベサニーは逆にアニトラに責められていた。ベサニーの場合はそこリボルや門下生仲間も加わり、集団で弄ばれている。ベサニーもアニトラも未だリボルに騙されていたことを知らされていない。

 バジンカは幹の上からアニトラとベサニーを取り外す。

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 捕らわれてから25年ほど経過し、拷問で傷つけられた2人の性器や肛門は美しく完治している。

 バジンカは2人分の剥き出しの性器を懐に仕舞った。

 アニトラとベサニーに与えられるのは追跡の任務で、ゲルルフと赤毛の少年を見つけ出す所までは管理者であるバジンカが行わなければならない。

 まずは現地の潜伏者から直接詳細を得るため、バジンカはサンプラティへ向かった。



 雲はなく、夜にも関わらず地面に影が落ちるほど星が明るい。しかし崖が邪魔をし、その光も谷の底までは届かない。

 闇に包まれたその谷底を、炎がふらふらと移動していた。

 炎のような髪の毛が。

 常時発散され続けている魔力が朱色の髪を発光させ、闇の中だと炎のように見える。

 ぐうぅと、火色の髪の魔法使いの腹が鳴った。地面に突き刺した枝に甘酸っぱく瑞瑞しいお気に入りの果実が残っていないか探してみたがもう食べ尽くしてしまっている。

 しかし、蓄えがなくなっていてもアペラに事欠くことはない。崖の上にはまだまだ沢山の赤い実が残っている。

 火色の髪の魔法使いはふわりと浮き上がり、容易く崖の上に姿を現した。

 ペペインは喉を鳴らして唾を飲み込んだ。ダルナポラオに滞在して4日目の夜。

「イングリッドさん、突然ですが、飛べますか?」

「ん?…今このアタシに向かってバカなこと聞いた?」

「すいませんちょっと…妙なものを見てしまいまして。ボクが知らないだけで、いつの間にか空を飛ぶ魔法が作られて流通しているのかなと」

「あんたも一応上級魔法使いなら、そんなバカな質問しないでくれる?そんな魔法あるわけないでしょ」

 確かに空を飛ぶ魔法は存在しない。作成が不可能なのではなく、あまりに単純で魔法言語化する必要が無い。

 ペペインでもイングリッドでも無名の下級魔法士でも、飛びたければ魔法でなく、魔力そのものを使って飛べる。

 必要な分だけ魔力を放出出来るなら。

 魔力を利用して飛び上がることと浮き続けることは全く違う。魔法騎士などは魔力の放出を利用して騎士を越える瞬発力や跳躍力を発揮するが、それは爆風を動力に利用しているようなもので、高く飛び上がれてもその位置を保つことは出来ない。

 1㎝浮かび上がろうとすると自身の重量を支えられるだけの密度を保てる量の魔力を、浮いている間中自身の下方に放出し続けなければならない。1メートルならその100倍、2メートルなら200倍の魔力が必要になる。魔力は空気中では霧散するので、放出を止めれば重力に従い浮き上がった高さから落ちていく。

 果樹園近くの谷は下に川が流れており、切り立っているわけではないのであまり高さを感じないが、それでも15メートルほどはある。

 監視紋を通して、ペペインは火の玉が崖の縁から出現する瞬間を見ていた。

 そしてその火の玉は未だ着地せず、浮いたまま果樹園に向かっている。

「聞き方が間違っていました。イングリッドさんなら、監視紋を仕掛けているあの谷の高さを浮かび上がれますか?」

「なんなのさっきから?そりゃ出来るわよ。馬鹿馬鹿しいからしないけど」

 ペペインは少し安心した。イングリッドでも出来ないと言われてしまうと、今見えている現象を説明出来ない。場合によっては依頼を放棄し逃げ出す必要もある。

「ま、出来てもやらないけどね。そんな無茶苦茶な無駄遣い。高い所に魔法で上りたかったら錬金術で足場作ればいいでしょ」

 イングリッドの言うとおりだった。魔法言語の使用は消費魔力の効率化も兼ねているため、同じ効果を発する魔法でも優秀な魔法使いによる構文の方が少ない魔力で発動させることが出来る。イングリッドほどの魔法使いなら大量の魔力を放出して浮き上がらなくとも、ほどほどの魔力で崖に階段状の足場を作ることが出来る。

 錬金術のような高度な魔法を使わなくても、魔法の中には人を拘束したりする時に使う捕縛術、その基礎となる縄化術が存在するので、谷のような地形の場合魔法の縄を崖の上に掛け、その魔法の縄を縮める事によって自力よりも少し楽に登ることも出来る。

 それらを理解しているペペインは尚更監視紋を通して見えている現象を理解出来ない。

 火の玉が火色の髪の魔法使いの頭部だと言うことは既に分かっている。発光してくれているおかげで髪以外の部分も照らされ、火の玉でも光る生首でもなく、身体がある人間だと分かる。

 しかしその光る人間が谷から現れて以降一度も着地しないまま果樹園に到着し、更にそのまま、恐らく自分自身が折り尽くしたのであろう死んだアペラの木々の縁をうろうろ動き回れている理由が説明出来ない。

 浮かんでいると言うより、やはり最早飛び回っている。

 そろそろイングリッド自身にも直接見て貰ったほうがいいかと思い始めた瞬間、ペペインの身体がびくりと反応する。

 視覚に集中していて油断していた耳に、盗聴術を通して枝が折れる音が響いた。

「・・・イングリッドさん、監視紋を繋げて貰っていいですか?例の犯人が来てます」

「は?だったら何悠長にしてるのよ。さっさと捕まえに行きなさいよ」

「いえ、それが…とにかく見てください、お願いします」

 イングリッドはクリトリスで渋々監視映像を見る。目立つ炎が浮いているので、ペペインが何を見てしどろもどろになっていたのかはすぐに分かった。

「犯人ってあれのこと?あれは人間じゃないでしょ、よく見なさいよ。あれはダマカラ・・・あれ?人間?」

 よく見るべきなのはイングリッドの方だった。アペラの木の先端より上を浮遊しているので発光生物だと思ったが、やはりよく見ると自身が発する光で身体の輪郭が照らし出されている。

「は~ん、なるほど、これを見たから様子がおかしかったのね。

 やっぱりバカねぇ、深海石を使ってるんでしょ、この魔法使い」

 それはペペインも考えないではなかった。しかし既に火の玉は10分近く飛び回っており、その状態を維持するために何百人分の魔力が必要になるか分からない。確かに深海石やそれに類する大容量の凝縮石を所持していれば10分でも20分でも浮かんだままでいられるかもしれないが、ただ果実を盗むためにそんな無駄すぎる消費の仕方をする魔法使いがいるとも思えない。

「・・・ま、もし何の凝縮石も使わないであんな真似が出来てるんだったとしたら、アタシの封印を解いた方がいいかもね。あんたは勿論、マグダレナの手にも負えないわよ」

 まさに、ペペインもそれを心配していた。

 極めてやっかいだったマグダレナの次に、まさかそのマグダレナどころかイングリッドに匹敵するかも知れない魔法使いに遭遇するとは夢にも思っておらず、何かの間違い、この場合は深海石等を使用しているのであって欲しかった。

 そうでなければ数百メートル先に、魔法使い数百人分の魔力を自力で放出しながら飛び回っている謎の魔法士がいる事になる。その魔法使いがグラートの証言通り攻撃的なら、正面切って相手をするのは危険すぎる。

「・・・そうですよね、手に負えない・・・。もうしばらく様子は見てみますけど。恐らく谷のどこかに帰って行くと思いますので」

 物理現象魔法は込める魔力の量によって発生する現象の規模が異なる。

 聞き込み通り火色の髪の魔法使いが爆破魔法を使用出来、それに浮遊の為に消費し続けているのと同じ量の魔力を込めて放ったなら、小さな村など消し飛ばされてしまう。

 その事を考えると、万が一の際イングリッドの封印を解いてまで火色の髪の魔法使いを手に入れようとは思わないが、多少欲は出てしまった。凝縮石に頼らずに飛び回れるほどの魔力を生成しているなら、依頼を放棄して逃げ帰るのは惜しい。

 封印出来るかどうかは現時点では全く分からないが、何を使って飛び回っているのかだけでも確認しておこうとペペインは考えた。

 やがて手を使わず折ったアペラの枝に空中で腰掛け、火色の髪の魔法使いは谷の淵に沈んでいった。


「昨夜ダマカラを見かけたんですが」

「ダマカラ?・・・ああ、あの光って飛ぶ。村では火虫と呼んでますが。

 ・・・それが何か?」

「その火虫が畑荒らしであるとは考えませんでしたか?」

「いえそれは…ないと思いますよ。光っているので大きく見えますが、捕まえてみると糸の塊みたいな生き物ですから。枝を折るほど力があるとも思えませんし、そもそも口があるのかどうかも…」

 ダマカラも魔法生物ではあるが、魔法で浮いているのではない。発光に因る熱で上昇気流が生じ、村長が言うように糸くずのような軽すぎる身体が浮かび上がっているに過ぎない。

 その生き物を特に珍しがらないようであれば、村人達が畑荒らしを一度も見たことがないという話は信憑性に欠ける。見ていても、それをダマカラだと思い込んでいただけの可能性が高い。ダマカラの様に髪の毛を光らせながら浮く魔法使いの存在を知っていながらとぼけているようにも見えない。

 最早村人達は邪魔でしかない。

 果樹園荒らしが人間の魔法使いで間違いないことは昨夜分かった。そのため村人から火色の髪の魔法使いの情報を集める必要はもうない。今のまま何らかの害獣、ロスタやドゥマパナなどが犯人だと思っていてくれた方が、依頼を解決したことにする際死骸を用意しやすい。今回も報奨金以上の成果を得られるかも知れないので、害獣駆除の料金で魔法使い討伐をしなければならない点も諦めがつく。

 しかし近くで村人達にうろうろされていると秘密裏に事を進めにくい。

 真犯人を自分の物にしながら冒険者としての依頼も完了させるには、こっそり魔法使いを見つけ封印し、その後山に登り濡れ衣を着せるどちらかの魔法生物を見つけ、捕まえるか殺さなければならない。

 更にその魔法使いが3人の冒険者どころか村ごと消せるだけの力を持っている可能性があるので、自分が助かっても村一つが全滅したのでは、一生回復できない汚名を背負わされてしまう。

 村人達には仕事が終わるまでの間、どこかに避難しておいて貰う必要があった。


 一昨夜の光景に影響され、ペペインは樽を浮かせてみた。中には水が入っており、ペペインの体重とそれほど変わらない。

 放出し続けられる魔力量に因るが、自分自身以外であればどんな魔法使いもそれなりに物体を持ち上げられる。

 自分自身を支点に出来るため。

 作用力は魔力量に相当するので、馬でも岩でも、場合によっては建物でも、魔法使いの力量に応じて浮かせることが出来る。

 しかし、支点が支点を吊り上げることは出来ない。それは理外に位置し、そんな理外魔法は存在しない。恐らく理外魔法をこの世に残した種族は火色の髪の魔法使い同様魔力に不自由することなく、飛ぶ必要があれば好き勝手に飛べたはずだった。

 村人の手を借りられなくなったため、そのまま自分が貸して貰っている部屋まで運ぶ。 

 次は自分自身を浮かせてみる。

 自身の下方に魔力を集め密度を高めること自体は難しくない。しかし両足の裏の面積分だけ魔力を放出すればいいということでも無い。空中で安定しようと思えばそれなりの範囲の密度を高めなければならない。

 が、ペペインは魔力を惜しみ両足の裏分だけ魔力を放出し、10㎝ほど浮いてみた。その程度ならペペインでもしばらくはその位置を保持できる。

 が、その状態で移動したところで、10㎝の厚さの靴を履いて歩いているのと変わらない。

 幼児期から才能を発揮した魔法使いが、何も分からないまま浮いて遊び、結果疲れて体調を崩し親に怒られてしまうような魔力の無駄使いでしかなく、何の意味も無い。

 怒ってくれる親がいないペペインは早々に自分の意志で着地した。魔法使いが魔力を消費するのは普通の人間が体力を消費するのと同じなので、既にうっすらと汗を掻いている。

 やはり十数メートル浮き上がったまま飛び続けるのは尋常なことではない。

 イングリッドと、念のため抵抗石のインゴットを入れた鞄を持ってペペインは谷へ向かった。向かう途中、村人の目がなくなったのをいいことに、ペペインは黄色く熟れたアペラの実を二つもいだ。

 果樹園の一部だけ、同じアペラだが品種の違う、黄色いアペラが育てられていた。商品として栽培しているのは同じらしいが、こちらは他のアペラと違い一年中収穫できるわけではなく今の時期だけ、熟した状態で出荷される。

 普通のアペラのような歯ごたえはなく、柔らかく酸味がなくなり、糖度が驚くほど高くなる。そして何より、普通のアペラよりも高い。

 高級果実として町の成果店で売られているため、ペペインは村に向かって山道を歩いている時点でその存在に気づいていた。しかし、滞在中アペラは毎食振る舞われたが、完熟アペラは一度も出されていない。

 村人達は状況を理解していないので無理もないが、害獣駆除の料金でイングリッドに匹敵するかも知れない魔法使いを退治してやろうというのに、何てケチな人々だとペペインは思っていた。

 そのケチな村人達は亡霊のように漫然と、通常通りの行動を続けている。

 村から離れた安全な場所で一塊になっていて貰いたかったが、すぐに火色の魔法使いを捕らえられるとも思えず、村を離れた場所に集めておいてはその間自失している村人が自力で食事を摂ることが出来ない。

 偵察の度に100人ほどの村人をソロゾロと移動させるのはこれ以上イングリッドに頼むことすら憚られるので、いよいよ対峙すると言う時まで普段通りの生活を続けさせておくことにした。

 またもペペインはイングリッドを頼っていた。

 マグダレナの山荘で助けて貰った際の約束もまだ果たしておらず、封印された時点でどれほどの量の魔力を身体に残していたのか不明だが、以前の所有者にも時々魔法を使わされていたようなので、回復しないままずいぶん消費はしてしまっているはずだった。

 それでも、ペペインも操心術は習得しているものの1度に複数、ましてや100人近い人数を同時に操ることなど出来ないためイングリッドを頼るしかなかった。皮算用でしかないが、火色の髪の魔法使いを捕らえられれば、何から捻出しているにしろその魔力でイングリッドを回復させられる。はずだと説得した。

 イングリッドは拒んだ。

 魔力の残量を問題にしたのではなく、如何にペペインが慇懃に接していても、とうとう道具としてこき使われていることにはっきり気づいてしまった。

 仕方がないのでペペインは2時間ほどイングリッドのクリトリスを拷問し、強制的に了承を得ていた。その後、回復のために芋虫をクリトリスに這わせると告げると、機嫌を直してくれた。

「あの下から浮かび上がって、そのまま飛び続けてたんですよ、夕べは」

 崖の縁から下を見下ろす。果樹園荒らしの正体が分かるだけで十分だろうと谷の上にしか監視紋を仕掛けていなかったため谷底から直接浮かび上がったところを見たわけでは無いが、谷の縁ギリギリまでは自力で這い上がり、そこから浮かび上がったとも考えにくい。

「ふ~ん、何なのかしらねぇ、その魔法使い。アタシは深海石を持ってるんだと思うけど、そうじゃなかったらいったい何してるの?

 好きなだけ飛び回れるほど魔力を生産できる才能があるなら、こんな所で泥棒みたいな真似する必要無いじゃない」

「僕もそう思います。もしかしたら…知能に問題があるのかも知れません。行動もおかしいですし、服もボロボロでしたし。

 ・・・あまり聞きませんが、そういう例もありますよね?」

「まぁねぇ、耳障りのいい話じゃないから表には出ないわね。ま、確かに未発達魔法士が研究所から逃げて来てるって可能性は無くもないわね。それならそれで裏では大騒ぎになってると思うけど。

 どうせこの魔法使いも封印したいんでしょ?だったらさっさと捕まえないと、追っ手が来るかも知れないわよ」

「そうですか、噂では聞いていたんですが、やはりそういうことも行われてはいるんですね」

 ペペインとしては火色の髪の魔法使いが膨大な量の魔力を何から捻出していても差し支えなかった。細胞から生成しているのなら純粋に魔法使いとして価値があり、深海石を使っているのなら、封印した後貴重な深海石を手に入れられる。どちらにせよイングリッドの言うとおり封印はする。

 ペペインは村人と同じように小道を使って遠回りしながら谷底に下りる。

 グラート達は一方的に、しかも昼間に攻撃を受けたらしく、件の魔法使いは日中は谷のどこかに潜んでいると思われるので、見つかってしまうと自身も同じ轍を踏みかねない。しかしペペイン自身の安全はともかく、少なくとも谷の底でなら大規模な攻撃を受けても村は被害を受けない。操心術を掛けた村人なら逃がすことは出来るが、村そのものはどうにも出来ないため、術を解いた後村が灰になっていたのでは誤魔化しようがない。

 一昨夜までは果樹園に現れたところを捕まえればいいと考えていたが、今は村から離れた場所で封印するしかないとペペインは思い直していた。

 ダルナポラオ付近の谷は曲がりくねっておらず、ある程度先まで前後を見渡せる。見渡せる範囲に人が住んでいそうな小屋はない。そんなものがあれば村人達がとっくに気づいているはずだった。

 ペペインは定期的に監視術と盗聴術を仕掛けながら南に慎重に進んで行く。北は麓方面なので、住み着いているのなら川の上流だろうと考えた。

 まだグラート達が燃やされた痕がどこかに残っているはずだが、その地点まで進んでしまっていいのかどうか分からない。

 まともに対峙することはおろか、予想通り知能に問題があるなら会話すら出来ない可能性もあるので、罠を仕掛けるしかない。

 ありがたいことに、ミルドレッドとかつての所有者が、適した方法を既に考え出してくれている。

 まだ相手の魔力の根源が何なのか分かっていないためどちらを使うか決めかねているが、ペペインは罠式封印機巧術も、その元となった罠式封印魔法どちらも使う事が出来る。

 相手が深海石を使っているなら魔力の消費だけで済む罠式封印魔法で事足りる。更に凝縮魔力を除いた本人の実力がミルドレッド程度なら、封印器に抵抗石を使う必要さえないかも知れない。そもそも深海石を使っているのなら欲しいのは深海石のみで、魔法使い本人は果樹園荒らしの犯人として治安院に引き渡せる。

 しかしそうでなければ罠式封印機巧術や抵抗石を使わざるを得ない。

 相手を見極めるため、ペペインは谷底に監視網を張っていった。


「痛っ…」

 ペペインは思わず声に出した。何かにちくりと脹ら脛を刺された気がする。

 その脹ら脛をしっかりと隠しているズボンの裾をめくってみると、やはり小さく出血している。

 辺りを見回す。痛みを感じる瞬間小さな破裂音を聞いた気がするが、原因らしき物は見つけられない。

 ペペインは気味悪く感じ、そろそろ引き返そうかと考え始めた。

 既にグラート達が襲われたと思われる、焼け跡が残った爆破地点を越え、ずいぶん進んでしまっている。今この瞬間まで特に何の気配も感じなかったので一定の間隔で監視紋を施し続けてきたが、もう十分かも知れない。

 都会育ちのペペインは知らなかったが、ディグナは全く珍しくもない、至る所に自生している魔法植物だった。

 熟すと弾けて種を飛ばす蒴果だが、魔法植物だけあって種が届く範囲は広く、至近距離で破裂されるとその勢いによって怪我をする。また食用にもならず薬効もないので、見つかれば刈られるだけの害草でしかない。しかし村からずいぶん離れたため人の手が入っておらず、川沿いの藪の中に紛れて成長していた。

 ディグナは本体でなく実にだけ魔力体を持つ。実に溜まった魔力が限界に達すると弾けるが、魔力を魔法言語化して蓄積する能力は持たない。

 そこで単純なディグナは単純に魔力体を増やし、蓄積ではなく魔力の生成量そのものを増やす進化を選んだ。

 ただしいくら単純な植物でも最初から破裂に十分な魔力を生成出来てしまったのでは、種子が出来る前に実が弾けてしまい繁殖できないことが理解出来たのか、種子が実った時点では一つしか無い魔力体が成熟と共に増えていく。

 個体差はあるものの元々1つだった魔力体が5つから6つに増えると弾け、実を飛ばす。

 とある魔法使いはこの性質を下級魔法使いに組み込んでみることにした。

 ただし成功したとしても結果は目に見えており、あくまでただ細胞に新たな性質を組み込む為の実験として行った。

 案の定、魔力体増殖の性質を与えられた下級魔法使いの細胞は急激な魔力の増加に対処できず、水の代わりに魔力を含んだ水死体の様に膨れあがった。

 そのまま放置すればディグナの実のように破裂したはずだが、血や内蔵を地下室に撒き散らかされても困るため、その直前で実験を行っているとある狂魔女が直接息の根を止めた。外側に向けてだけでなく、内側にも向かった大量の魔力は骨を砕き、ふにゃふにゃと不快な革袋のような死体に変わる。もしも狂魔女が手を掛けるまで被験者が生きていたとすれば、殺して貰えたのは幸運だったとも言える。

 他者、或いは他の生物の魔力体を組み込むのではなく、被験者自身の魔力体を増やす方法は簡単な上に拒絶反応もないため役に立つように思え、その後何度か実験を繰り返したが、良きところで増殖を止める手段が見つからずいずれも被験者が膨張し死に至ったため、ディグナの利用は保留し別の実験に移っていた。

 山荘の外に山積みにされた人間と魔法生物の死骸の山から1体分がなくなっていても、狂魔女がが気づくはずもなかった。

 その奇跡的に生き延びた1体が更に奇跡的に回復し、現在ダルナポラオ周辺に住み着いている。

 結局、またマグダレナの仕業だった。

 ただし今回は本当に自覚がない。

 ビラチーナの改造による暴走は恥ずべき失敗だという認識があったため覚えていたが、実験の結果死亡した相手、特に転生式若返り法の研究初期は相手が死ぬことが分かった上で思いつくままに人体実験を繰り返しており、頭に残っているのはその成果のみで、成果を得るために使用した実験材料自体のことなど全く記憶にない。

 細胞を調べ、その中に複数の魔力体が内包されているとを知ることが出来れば、自身の実験に使った被験者が何らかの理由で、求めていた代謝停滞術を常時使用し続けられるだけの魔力生成量を携えた上で生き延びたのではないかと言う予想を立てることが出来たはずだが、クリトリス以外を封印され、しかも外に出ているそこを無慈悲に責め続けられている状態では知りようがない。

 そもそも所有しているペペインがマグダレナが関与していると全く思っていないので、心当たりがないか尋ねられる機会自体がない。

 ディグナが破裂し足に当たったことは偶然でしかないが、その辺りから真っ直ぐだった谷間が曲がり始め先がよく見通せなくなったため、ペペインはそろそろ引き返すことにした。


 ふと背後からの日差しが遮られ、ペペインは引き返すためではなく振り返った。監視術は雨や霧の影響をそのまま受けるので、天気が悪くなるとそれだけ視界が悪くなる。火色の髪の魔法使いが親切にも発光していてくれたおかげで昨夜は簡単に見つけることが出来たが、そもそも夜の監視には向かない。

 その火色の髪の魔法使いが、背後に浮かび日光を遮っていた。

「・・・」

 ペペインは言葉を発するどころか動く事も出来ない。はっきりと目が合ってしまっており、その目を逸らすこともまた出来ない。

 火色の髪の魔法使いは目を大きく拡げ、ペペインの目を覗き込んでくる。今度こそ油断していないつもりだったが、相手の魔力量が規格外過ぎて想像が出来ていなかった。果実を盗む時以外でも浮遊して行動しているのなら、足音など聞こえるはずもない。

 行動が不自然すぎるので知能に問題があるのではと予測していたが、こうなると間違いであって欲しい。いざ真後ろに付かれ、放出させ続けている魔力を肌で感じ、漸くペペインは自分の魔法ではこの分厚い魔力の層を貫通させられないことに思い至った。火色の髪の魔法士にとっては無意識のはずだが、最大規模の帯魔防御法を纏い続けているに等しい。2メートルほど離れていても押されるような圧力を感じるほど厚いので、ここまで来るとイングリッドでさえ、少なくともいくら魔力を溜めることが出来てもクリトリスからの放出では肉体まで封印術が達しないかも知れない。

 機巧術で抵抗石に組み込んだ封印術なら問題は無いはずだが、グラート達の惨状が頭をよぎって下手に動けない。何よりせっかく念を入れて鞄の中にインゴット入れてきてはいるが、いきなり背後を取られてしまったため、取りだして術を施す余裕がない。

 しかし下手に動けないこと、取り分け目を逸らせないことが自分の身を助けていることをペペインは知る由もない。

「・・・え~と・・・どうも、こんにちは」

 何とか言葉を振り絞った。全く意味の無い言葉を。

 声を掛けた瞬間火色の髪の魔法使いが浮いたまま距離を取ったので、ペペインはとっさに、生まれて初めて全力で魔力を放出し、これまでで一番早く詠唱を終え、可能な限り強固な対物理現象障壁を張った。谷に向かう前、浮けるかどうか試して僅かでも無駄に魔力を消費したのが悔やまれる。

 これで相手の攻撃をどの程度防げるかどうか分からないが、何もせず佇んでいる場合でも無い。相手が洗脳や操心術を使ってきても当然防ぐことは出来ないが、即死することはない。怖いのは炎や爆発なので、対物理現象障壁術を使った。

 何もされなかった。

 それどころか一瞬笑みさえ浮かべたように見える。

 せっかく張ったので消しはしないが、長くは保たない。魔力が尽きた所を狙われたらそれで終わりだった。

 火色の髪の魔法使いは球形に張られている障壁の周りを何度か旋回し、ペペインの正面で、目の高さが合う位置まで下りてきた。

 ペペインは魔力を振り絞りながらも、一体いつまで浮かんでいられるのだろうかと冷静に考えを巡らせた。

 昨夜も散々飛び回り、その際奪っていったアペラで腹を満たしある程度魔力を回復させたとしてもまた翌日、目を前を当然の様に飛び回っている。

 漸く近くで見ることが出来たその姿は十代半ばにしか見えないが、最早魔力の化け物にしか思えない。何せ纏ったボロ切れの間から見える地肌のどこにも、深海石など見当たらない。

 火色の化け物は手を伸ばし、当然の様に障壁を突き抜けた。

 炎か爆発を警戒して障壁を張ったが、物理現象を防ぐ魔法なので本来氷の飛礫でも、矢でも、剣でも、その剣を握っている手も防げる。

 魔力の差が大きすぎて、魔法言語化され安定しているはずの魔力がただの魔力にかき消されている。

「あーっ♫」

 ペペインの頬がぴくりと引き攣った。悪い予感が的中している気がする。

「…はぁ、はぁ…あの、すいませんが…君、何者ですか?」

「あ~?」

 ペペインは馬鹿馬鹿しくなり、障壁を解除した。こうも簡単に通過されてしまってはそれこそ無意味な消費でしかない。

「あぁ~~~っ!!」

「えっ?」

 とても10代半ばには思えない無邪気な表情で上級魔法士ペペインの全力の防御魔法を弄んでいた火色の化け物は、障壁が消えてしまうと残念そうな表情で残念そうな声を上げた。

「ええと…なんでしょう?解かない方が良かったですか?」

「うー?」

 予感は的中していたが、悪くはなかったかも知れないとペペインは思い始めた。予想通り知能を全く感じないが、同時に敵意も感じない。今の所は。

 一方的に攻撃されたというグラートの証言は何だったのだろうかとペペインは訝った。

「うーうぅ~っ!」

 化け物とも思えなくなった、火色の髪の浮く子供がペペインの手を取って揺すり始める。やはり魔法を解いたのが不服らしい。

 理由は分からないが要望に沿った方が良さそうなので、ペペインはもう一度魔法を使う。ただし全力の障壁はもう無理なので、小さな氷の粒を作って指先に浮かせてみる。幸い川が流れているで、凝固に必要なだけの湿度は十分だった。

「おあーっ♫」

 ペペインは胸をなで下ろした。障壁でなくとも、この程度の魔法でも喜んで貰えているらしい。魔法と言うより魔力そのものに反応しているようにも見て取れる。

 ぱくり、と指の先に浮いていた氷が、指ごと咥えられた。表情の乏しい顔が思わず歪んで仕舞いそうになるほどペペインは驚いたが、絶対に力任せに引き抜いてはいけないと自分に言い聞かせる。

「うーっ♫つめたー♫」

 氷だけが舐め取られ、指は無事に返された。そして一応言葉も知っていることも分かった。

 火色の子供は今度は氷をせがみだした。もう一度作ってもいいが、ペペインはふと思いつき、慎重に鞄に手を入れた。監視紋を仕掛けながら一つは食べてしまったが、もう一つ完熟アペラが残っている。鞄には抵抗石も入っているが、まだ様子を見る。

 鞄から黄色い実を取り出し、氷の代わりに火色の子供の顔の前に差し出してみる。火色の子供が荒らした場所には普通のアペラしかなかったので、こちらは食べたことがないはずだった。

「…うー?」

 火色の子供は首をかしげてペペインの目を覗き込む。色も、そして甘ったるい匂いも普通のアペラとはまるで違うが、果物であることはすぐに分かったらしく、食べていいの?と問いかけているように感じる。

 ペペインはわかりやすいように手に力を入れる。熟れきった柔らかい実は並の人間と同程度の握力しかないペペインが握っただけで皮が破れ、果肉が覗く。

 より一層強くなった甘い匂いが鼻に届いたのか、火色の子供は左右の口角を挙げ、そのままアペラにかぶりついた。

「・・・・・う…うぅ~~~っ♫♫♫おいちぃ~~~っ♫♫♫」

 一口食べてその甘さを知った火色の子供はペペインの手から残りを奪い取り、あっという間に食べ尽くしてしまった。

「うーっうーっ!もっと♫あまい♫」

 背後に浮いていることに気づいて以降一度も着地していない点を除けば、最早脅威は感じなかった。本当にただの子供にしか思えない。

「どうも…得ていた情報と多少食い違いがあるようですね。君は…危険ではないですね?」

「う~?あまい、ほしい♫」

 火色の子供はペペインの横に周り、鞄を漁ろうとする。

「もうここにはないんですよ。上にはまだたくさんありますが・・・付いて来ますか?」

「あう~?」

 ペペインはどうせ言葉は理解出来ないだろうと思い、指で谷の上を示す。火色の子供は眉を顰める。上には村があり、そこの人々に見つかってはいけないという事は理解出来ているのかも知れない。

「村の方々のことは気にしなくてもいいんですが…理解出来ないですよね。

 ・・・付いて来て欲しいんですが…」

 せっかく滞在僅か5日目で見つけ、しかも予想と違い、少なくとも人格には危険性もなさそうなので付いて来て貰わなければ困る。深海石ではなくやはり細胞から尋常でない魔力を発生させているようなので封印するには抵抗石を使わざるを得ないようだが、このまま大人しくしていてくれれば罠式封印術は仕掛けなくて済む。

 遭遇した瞬間の緊張は既に解け、動ける様になったペペインはゆっくり歩き出してみる。

 火色の子供は浮きながら後を追ってくる。

 ペペインはひとまず安堵した。出来るなら逃げないように手を引きたいところだが、そこまで調子には乗れない。戯れているだけのつもりの猛獣が相手の首筋を噛み千切ってしまうのと同じで、火色の子供が手を引かれることを嫌がり魔力の放出を強めると、その手が消し飛ばされてしまうかも知れない。

 ペペインは頻繁に振り返って火色の子供が付いて来ているかどうか確かめながら谷底を引き返していたが、いつの間にか前を飛ばれている。無論そうして貰った方がありがたい。ボロ切れに等しい服から裸の尻が見え隠れしている。

 それにしても、一体いつまで浮かんでいるんだとペペインは半ば呆れる。そ飛び方も上手い。

 もし自分が自由に浮き上がれるだけの魔力を与えられても、すぐに自在に飛び回れるとは思えない。慣れるまで時間を要するはずだった。

 その点からも火色の子供がずいぶん前から頻繁に飛び回っているのだろうと推測できる。

 また、グラート達がいきなり攻撃を受けたという点には依然疑問が残るが、彼らより素早く動き回れる理由はもう分かった。足を使わず魔力で飛び回っているのだから、戦士より素早く動けて当然だった。

 それにしても、一体いつまで浮かんでいるんだとペペインはまた考える。

 ただそれが可能なだけの魔力を生成出来るから飛び続けているだけなのか、何か他の理由があって降りたくないのか分からない。とにかく、浮いている間は絶えず分厚い対魔防御法を使っているに等しいので、通常の封印術と封印器で仮に封じておくことも出来ない。

 ペペインは火色の子供が去ってしまわないように注意を払いながら、村へと戻っていった。

「君…う~ん…名前、名前は言えますか?名前という意味が理解出来ますか?

 私はペペイン、ペペインです。ペーペーイーン」

「う~?・・・うーっ!ドロテアーっ!」



 これと言った特徴のないただの下級魔法士だったドロテアは1度死んだ。

 正確には活動を続けている細胞がほんの僅かに残った状態で、ほぼ死んでいた。そうでなければ蘇ることは出来ない。

 死骸の山を軟体生物のように這い出し、二足歩行出来るまでに費やされた期間の記憶はない。身体、脳を含めた全身は完全に元通りになったものの脳に蓄えられていた情報だけはどうにもならず、かつて所有していた知識の大半は失われた。

 現在ドロテアの細胞内には時間経過と共に増殖した5本の魔力体が安定した状態で存在している。それは単に魔法使い5人分の魔力を生成出来ると言うことではない。

 魔力体に因る魔力の生成力は2の冪乗で指数関数的に増加していく。

 その際の基数が魔力体の質に当たり、指数が本数に当たる。が、通常指数はどんな魔法使いでも、イングリッドでさえ2のまま変化することはないので、基数の二乗がそのまま魔法使い個人個人の魔力生成力となる。

 質の指数が2以下の魔力体は抗魔遺伝子と呼ばれ、本質的には同じだが2以下では魔法を使えないため別物として扱われている。

 魔力体は2本の糸が中心でそれぞれ時計回り、反時計回りに一周しながら絡み合っている形状をしており、そのため魔力体として数える際は2本で一対と見なされるが、生成力を算出する際の指数としては2となる。

 魔法使いの生成量を求めるには生成力に全細胞数を掛けるだけだが、細胞数に個人差があるため同じ生成力の魔法使い同士でも全く同じ生成量とはならない。

 現在のベシーナの魔法使い達、特に上級の中の上位には一人で魔力生成量の平均値を上げてしまっている者が数名いるが、彼らを踏まえても基数の平均値は8ほどだと考えられており、そこから求められる64という数値が魔力量を魔法使い何人分であるか換算する際の定数として扱われている。ただし先祖返りを起こしているイングリッドの基数を加えると平均値の正確性を損なうため、省かれている。

 ドロテアはの魔力体の質は最下級より僅かにましな2.65ほどでしかなかった。

 しかしその何の変哲もない下級魔法使いでも、魔力体が5本に増えただけで生成力は約17078に跳ね上がり、定数64で割ると平均的な魔法使い266人分に相当する。現在のベシーナの全魔法使いの人口が約3000人、魔法使い単身での使用が想定されていない召喚術でも平均的な上級魔法士10名が集まれば発動できるので、その量が如何に膨大か察することが出来る。暗記は得意だが魔力量には自信のないペペインの場合基数は14ほどで、魔法使い3人分の魔力を一人で生成出来る。

 通常の魔法使いの266倍に当たる魔力量はイングリッドに肉薄し、マグダレナが転生先の身体に与えたいと考えていた能力を遙かに超えているが、マグダレナが行ったのはディグナの性質の移植のみで、その結果である膨張死からドロテアが逃れる事が出来たのは全くの偶然であるため、実験が成功していたとは言えない。ドロテア自身、同じ事をもう一度されたら今度こそ死んでしまうかも知れない。

 回復したばかりのドロテアは名前と非陳述記憶以外の全ての記憶を失っていた。

 元々たいして習得していなかった魔法も全て忘れており、魔力だけは生成され続けているにも関わらず物理現象魔法はおろか回復魔法も使えない。 

 死の淵から生還できたのはドロテア自身の魔法ではなく、生き残った細胞が生み出す魔力を、同じ死骸の山に遺棄されていた回復魔法を使える魔法生物の生き残りが取り込み、エネルギー源を生存させるために治療を行っためだった。

 マグダレナは回復魔法を使える魔法生物をチキトサを筆頭に何種か所持していたが、ドロテアを回復させたのは稀少ではあるが致命的な欠陥を持つパセナだった。

 パセナは上位の加療魔法である劣化修復術、更には別系統の代謝停滞術すら使う事が出来る。

 若返りを目的としているマグダレナは最終的にイングリッドの様に代謝を停滞させる事で若さを保とうと、まずその停滞術に必要な魔力を生成出来る身体を作り出し、そこに転生しようと考えていた。

 停滞術を使えるパセナを利用すれば、無用な手間を省けるのではとマグダレナは実験を試みた。

 しかし、パセナは停滞術を使えるが、発動は出来ない。人間の魔法使いが停滞術を使う際に消費するのと同じだけの魔力を、パセナも必要とするため。

 パセナは寄生魔法生物で、宿主から分けて貰える魔力しか使用できない。そして代謝術を使えるだけの魔力を分けてくれる宿主など、ベシーナには一人しかいない。そしてその一人はパセナに頼るまでもなく自分で代謝術を使える。

 何とか効率化できないかとあれこれ手を加えてみたが上手く行かず、パセナを使った実験体もまた死骸置き場に遺棄された。

 膨大な魔力を生成しているにも関わらず回復したドロテアが二度目の膨張死に至らずに済んでいるのは、今なお体内にいるパセナが余剰分を全て代謝術として消費してくれているためだった。ただし代謝が停滞しているのはパセナ自身で、ドロテアは年を取る。

 そして年を取れば、魔力体は更に増える。


 マグダレナはヨドークスに声を掛けられる以前からウポレとオティカの騎士団に追われ始めたため少なくとも6年は人体実験用に人を攫ってはおらず、ドロテアが攫われ、死の縁から回復し、野生の魔法使いになったのも6年以上前と言うことになる。

 ドロテアは野生動物のように食べられそうな植物や小動物を口にし、町に辿り着いてからは浮浪者のようにゴミを漁って命を繋いできた。

 大量の魔力は生成され続けていたがその使い方を忘れてしまっているため、野生動物との餌の取り合いやその際の負傷、同じ浮浪者達から襲われた際も身を守るために魔法を使うことは出来ず、ただの人間として対処するしかなかった。

 当初は。

 一旦ほとんど人間の形状を留めていない、死体の一歩手前まで崩れた身体は地を這いながら1年ほどかけて、攫われた当時の年齢、16歳の身体にまで回復した。

 その後更に数年、16歳の身体を持つ赤ん坊、或いは知能の低い動物として生きてきたドロテアだったが、徐々に魔力の使い方を学んでいった。

 魔法ではなく、あくまで魔力の使い方を。

 外に向けて放出できるエネルギーである以上魔力は魔法としてでなくそのままでもある程度の効果を発揮することが出来る。

 魔法言語を介していない純粋魔力では複雑な現象は起こせず、単純な現象、物を動かしたり灯りを点したりすることにしか使えない。また1度発動すれば基本的に以降は魔力を要求されない魔法と違い、常に魔力を消費し続けているので、体内に留めておけ、霧散による消費を防げる対魔法防御以外に純粋魔力が使われることはほとんど無い。ただし詠唱の時間が省けるため、湖に落ちそうな馬をとっさに捕まえる必要に迫られた時などには役立つ。

 ドロテアは魔法の知識を失い、回復後新たに覚える機会も得なかったが、苦労して生きていく内に生の魔力の使用法は覚えていった。

 素手で捕まえていた食料としての小動物や、目を盗み店先から盗んでいた商品などを遠距離から安全に手に入れられるようになった。大型獣と獲物の取り合いになったり、店主に盗みを気づかれてしまったとしても撃退できる。

 今ではかなり出力の調整も出来る様になっているが、魔力を使い出した直後ドのロテアと敵対した相手は死亡するか割に合わない大怪我を負わされた。

 脳が1度ほぼ初期化され、蓄えられていた知識は消えたが知能が失われたわけではなく、魔力の使い方を自発的に学んだように、次第に商品を勝手に盗んではいけないことや、自分を追って来る人間に危害を加えたことによってニコンヤに出入りしにくくなってしまったことも学んだ。

 人の目が気になり始めたドロテアはあまり町には寄りつかなくなった。

 肉は自力で捕まえられるが、お気に入りの甘い果実は森に自生しておらず、勝手に持ち去ると怒った男が追いかけてくる建物の前にしか置かれていない。

 様々な果実と共にただ置かれているようにしか思えず、しかも時々怒ってくる男とは別の人間が持ち去ったりもしている。どうして自分だけ怒られるのか分からないが、建物の前に並べられる前なら怒られないだろうドロテアは考えた。

 建物の前からなくなっても果物は時々搬入されてくる。ドロテアはその馬車の後を付け、とうとうダルナポラオのアペラ畑を見つけてしまった。

 店先の商品には手を出さない方がいいと理解出来るまでには知能が回復していたが、木に生っている果実の所有権が栽培者にあると言うことまでは理解出来ず、結局盗みを働いていることになってしまうが、明るい内しか並べられない店頭と違いいつでも手に入れられるため、代わりに人の気配が完全にない時間を見計らうことは覚えた。

 ダルナポラオ周辺を生活の拠点に変えたことはドロテアに更なる変化をもたらした。 

 相変わらず窃盗でしかないが、安定して好物を得られる状況になってもアペラは所詮果物でしかなく、主食は依然として野生動物の肉だった。

 その肉を奪い合う相手に、魔法生物も加わった。

 いくら好きな果物が生っていても、その周りに沢山人間がいるので谷の上ではなく、水が流れていることもあり谷底に住み着いた。

 川はランバラファ山の頂から流れてきており、ランバラファ山はベシーナ地方と大森林に跨がっている。

 時折その大森林から頂を越え、ロスタやドゥマパナが下りてくる。どちらも肉を食べるので、ドロテアと遭遇した場合獲物の取り合い、或いはお互いを獲物と認識することになる。

 しばらくはドロテアが逃げるしかなかった。魔法生物としての能力以前に、どちらもドロテアよりも大きく単純に力も強いので、森に生息する中型肉食獣のように撃退することが出来なかった。

 が、彼らは敵であると同時に教師ともなった。

 ロスタは可燃性体液を舌の付け根から飛ばし、それを発火させる。飛び道具なので四足動物だけでなく、鳥類も仕留めることが出来る。

 すぐ逃げられてしまうため、鳥は一切相手にせず地を歩く獣だけを獲物としていたドロテアは、ロスタの捕食を見、飛べば鳥も捕まえられると漸く気づいた。

 気づいた当初は魔法騎士のように魔力放出の衝撃を利用していただけだったが、全身からの放出を繰り返している内に飛び上がるのではなく、浮くことを覚えた。

 ドロテアは身体が完全に回復した後もあることに悩まされ続け、両手も使って獣のように四つ足で生活していた。

 浮くことによってその悩みから解放されたドロテアは尚更飛ぶことを気に入り、以降ほとんど大地に足を着けなくなった。

 ロスタは爬虫類系の魔法生物なので発声を伴う詠唱は行わないが、猿人系の魔法生物であるドゥマパナの咆哮ははっきりと音として耳に届く。

 攻撃の際に発するドゥマパナの咆哮は火炎を発生させる魔法言語そのものであり、ドロテアはその咆哮から火炎魔法を学んだ。おかげで生肉を卒業し、獲物の肉に火を通すことも出来る様になった。

 グラート達を負傷させたのは爆破魔法でなくドゥマパナから学んだ火炎魔法だったが、その放出速度が速すぎたため彼らの足下に衝突した瞬間爆発を引き起こし、その後その爆風でほとんど消えかかっていた火炎魔法本来の火が燃え移り、大火傷を負わせていた。グラート達は不運に感じているかも知れないが、火炎魔法が地面に当たらず直接身体に命中していればその瞬間に炭になっていたはずなので、助かる余地が残されたのは幸運と言えた。

 全身からの魔力放出による浮遊と火炎魔法を覚えたことによって、その二つを教えてくれた二種の教師は恐れる相手でなくなった。

 ただし結局人間としての振る舞いを覚える機会は町と森を生活圏としていた頃より減ってしまい、ドロテアは大魔法使いに匹敵する力を持った果物泥棒として何者にもとらわれず自由奔放に暮らしていた。


 その自分を捕らえようとしている相手に付いて、ドロテアは谷を登っていった。ペペインは降りた時と同じ小道を歩いて登っているが、ドロテアはその横に浮いている。

 しかし、谷から上がっては来たものの村の方には近づこうとしない。正午を数時間過ぎているがまだ夕方にもなっておらず、明るい内に果樹園に近寄ることは長年避けていたため、それ以上ペペインに付いていくのを渋っている。イングリッドの手を必要以上に煩わせないように村人達は単に習慣に従って行動するように操っているため、火色の髪の魔法使い、ドロテアをおびき寄せるために果樹園に近づくなと言う指示が無視され、果樹園での仕事も再開されてしまっている。しかし全く偶然だが、監視の範囲を拡げようとしたその日にドロテアと遭遇してしまったため、先に操心術を掛けておいたのは正解だった。意識がある村人達の元へは、浮いている少女を連れ帰ることなど出来ない。

 心神喪失状態の彼らが無害であることを理解させられるとは全く思えないためペペインはその場で立ち往生した。完熟アペラを三つ取っておけば良かったと思う。

「部屋まで付いて来て欲しいんですが…。封印する前に身体も洗いたいですし」

 ペペインはドロテアに顔を向けたまま、村の方へゆっくりと後ずさりしする。去られてしまっても谷のどこかに住んでいるのは間違いなさそうなのでもう一度見つけることは難しくなさそうだが、その際自分のことを覚えており、気を許したままでいてくれる保証はない。情報ほど攻撃的には思えないが、せっかく警戒を解いてくれているので今のうちに全て終わらせてしまいたい。

「うー?」

 ドロテアは離れていくペペインを見つめながら右往左往している。ドロテアがペペインに気を許した理由はいくつかある。食べたことがないほど甘い何かを与えてくれた事もそうだが、遭遇した際目を逸らさず、露出している胸や性器に視線を移さなかったことと、自分が持っている力と同じ種類の力を保っていたことが大きい。たとえそれが圧倒的に微々たる力だったとしても。

 野生動物兼浮浪者として生きてきたドロテアは、敵が二種類存在すると考えていた。

 餌を奪おうとする者と、足の付け根に何かを入れてくる者。特に足の付け根に何かを入れてくる者達に関しては、餌を奪い合う動物たちに向ける敵意以上に嫌悪感と憎悪を感じていた。

 ペペインはどちらとも違った。餌を奪おうとするどころか与えてくれ、足の付け根に足の付け根から生えている者を入れようとしてくる者達が必ず向けてくるにたにたとした視線で自分を見ることが無かった。

 しばらく前に現れた男達三人は、すぐさま自分の身体をねめつけて来たため敵と判断し、すぐさま吹き飛ばしてやった。知識欲や名誉欲が上位にあり、性欲は下位に位置するペペインと違い、敵対行動を取っていないという言葉に嘘はなかったものの、女を見るや即座に性欲が上位に浮上する類いの愚者であるグラート達は好色であるが故にドロテアから敵と見なされてしまっていた。

 ドロテアは迷いながらもペペインの後を追った。長い間一人で生きて来たので随分退屈はしていた。敵でなさそうな人間ともっと遊びたい。

 ペペインはドロテアが魔法に反応を示していたことを思い出し、指先に灯りを点した。まだ明るいので目では光っている様があまり良く分からないが、魔力は感じ取れるはずだった。

 案の定、付いて来てはいたが距離を取っていたドロテアはその差を詰め、ペペインの指に近寄ってきた。微々たるペペインの魔力など欲していないが、自分以外に魔力を発する人間が珍しい。

 ペペインはそのままドロテアを村へと連れ帰った。

 これまで避けていた村人達が近くを歩いていると、ドロテアは気まずそうにペペインの背に隠れる。夜、村人の目を避けてアペラを盗んでいることから、多少は良くないことをしているという自覚があるのかも知れない。ロスタやドゥマパナが敵ではなくなっている今、老いた村人など尚更敵ではないが、怒られたくないとは思っている。

 どの木に一際甘い実が生っているのか知られない方がいいとは思いつつも、ペペインは部屋に戻る前に完熟アペラを更に三つほどもいだ。

 結局ドロテアはペペインが滞在している一軒家の中にまで入ってきた。

 が、依然として降りようとしない。

 ペペインの魔力にも興味をなくし、代わりに室内をくるくる飛び回りながら見回している。

 どの程度魔力に余裕があるのか分からないが、ここまで執拗に飛び続けるのであれば何か理由があるのだろうとペペインは考え、ドロテアの身体を観察し始める。

 服はほとんど服として機能しておらず、野外で生活していたらしいのにも関わらず身体に汚れや怪我の痕などは全く見られない。

 しかし、飛び回るドロテアを目で追っていると、足の裏だけが汚れていることに気づいた。

 やはり時々は地面に降りていたのかと思ったが、更によく目をこらすとそれは汚れではない。

「あれ、それ・・・えぇと、ドロテア?ちょっと足を見せてくれるかな?」

 ドロテアはペペインに対して警戒を解いているように見えるが、ペペインは解けない。軽はずみにに足を掴んで攻撃でもされるとひとたまりもない。

 声を掛けられると一応ドロテアは動きを止める。掛けられた言葉の意味は分かっていないはずだが、呼ばれたことくらいは分かる。

 ペペインは目の前に浮いている足を指さしながら、同じ事をもう一度言う。

「うー?」

「足、分かる?足ですよ、足。ちょっと見せて貰いますよ?いいですね?」

 ペペインはゆっくりと手を伸ばし指先でつんつんとつついた後、かかとを掴んだ。ペペインの方からドロテアに触れたのはこれが最初だが、幸い怒り出す様子はない。

「・・・なるほど、たぶんこれですよね?ずっと浮いている理由は。痛いんでしょ?」

 ペペインは掴んだ足の裏を、指で軽く押してみる。

「う、うぅ~~~っ!」

 ペペインの予想通り、マグダレナは眉間に皺を寄せて痛がった。

 人間の魔法使いが回復魔法を使う場合も同じだが、体内に異物が入っている場合、それを取りだしてから施術しなければ異物が残ったまま傷口が閉じてしまう。

 パセナはドロテアを救ってくれはしたが、立って歩けるようになったドロテアの足の裏に食い込んだ小石や枯れ枝まで取り除いてくれる事はなく、そのまま傷を治してしまっていた。それでも回復途中は問題無かったが、完全に回復し神経が機能し始めると、歩く度に痛みを感じるようになってしまっていた。

 そのためドロテアは完全復活後は獣のように地面に手を突いて行動し、浮けるようになってからはほとんど降りなくなった。

「これ、取りだしてあげますから、大人しくしていてくれますか?」

 ドロテアがどれほどの魔力を生成出来るか正確には知らないペペインは、封印後イングリッドやマグダレナの魔力を補給する為の源泉としてドロテアを使おうと考えており、浮遊するために魔力を無駄遣いして欲しくなかった。また、現時点で消費してしまっている分も回復させた上で封印したい。

「わかるね?ここ」ペペインは押していた指で足の裏を撫でる「ここが痛いんでしょ?取りだしてあげるから、降りてくれませんかね?」

 かかとを引っ張ってみる。しかしふわふわと軽そうに浮いていても重力の影響が少なくなっているわけではなく、魔力で膨らんだ風船の上に乗っているようなものなので、自分の意志でその風船を萎ませてくれなければ引き寄せられない。そして何より風船に遮られ足の裏の異物を取ってやるための魔法を掛ける事が出来ない。

「うー…いたい」

「分かってます、歩くと痛いんですよね?治せば痛くなくなるし、そんなに浮き続ける必要もなくなりますからから」

 ドロテアは降りろと言われていることが理解出来たのか、徐々に魔力の放出を弱めていく。そして足の裏ではなく尻を床に着け、漸く、少なくとも一昨夜監視紋越しに始めて姿を見て以来、始めてペペインの前で地に降りた。

 まだ何か魔力、というよりも魔法の駆動を感じるが、少なくとも天然の魔法防御状態は解かれたので、魔法を掛ける事が出来る。

 ただの金属製だが咒器として使う箱は既にニコンヤで購入しているので、封印しようと思えば出来る。

 しかしペペインは約束通り足から痛みの元を取り除いてやることにする。

「麻酔術を掛けますよ?かなり昔から入ったままになってますよね?深いんで切らないと取り出せませんから」

 ペペインはその場にドロテアを待たせ、急いで台所から使えそうな器具を持って戻る。言葉ではなく、身振り手振りを使えば何となく簡単な意思の疎通は出来る様に思えてきた。

 アペラの栽培を村の収入源にしているだけあって果物ナイフは数種類用意されていたが、刃物を見せて怖がられても困るので細い鉄串を選ぶ。

 大人しく待っていたドロテアに、戻って来たペペインは完熟アペラを手渡す。

「あ~っ♫たべるたべる♫」

 簡単に気を引けたので、果汁を飛ばしながらドロテアがアペラにかぶりついている間に、ペペインは足首から下にだけ麻酔術を掛け、皮膚越しに異物がうっすらと透けている箇所に串を刺し、引っ掻くように取りだしていく。

 取り出される度に小さな小石が木の欠片が床に落ち、こつこつと音を鳴らす。

 僅かに出血もしている。ペペインは回復魔法も使ってやるつもりだったが、小石を取り除いた先から傷口は勝手に治っていく。

 パセナに寄生されていることなど知らないペペインは、ドロテアは回復魔法も使えるのだと解釈した。

 3つ目のアペラを食べ終わる前に、黒い点々が透けていたドロテアの足の裏は奇麗になった。3つ目、谷の下でも一つ食べているので実質4つめともなるともう満腹らしく、一口囓った後はもう口を付けていない。

 封印した後魔力は消費される一方で自発的には回復しないはずなので、食事をして今のうちに出来るだけ完全な状態に戻って貰いたい。

「さ、もう痛くないはずですよ?ほら」

 ペペインはもう一度足の裏を押す。薬ではなく術を掛けたので、解除すればすぐに麻酔の効果は切れる。

「うー?」

「うーじゃないですよ。自分で傷を治したんだから何をされていたのか分かるでしょう?」

「うー、あし」

「そう、足です。ここが痛くて浮いてたんですよね?さ、立ってみてください」

「うー、いや」

 埒が明かないので、ペペインは足首を掴んで床にぺったりと裏を付けてやる。

「う?・・・う~?」

 ドロテアは一瞬戸惑ったが、床に尻を付けていた姿勢から素早く獣の姿勢に変わる。そして手の平を床に着けたまま両足をぴょうんぴょんと跳ねさせ、足の裏の状態を確認する。

「おあ~♫いたくない、あし♫」

 二足歩行できるまでに回復してから浮くことを覚えるまでの4年間ほど悩ませ続けられていた痛みがなくなったことに気づいたドロテアは床から両手を離して立ち上がり、改めて足だけで跳ねながらペペインの周りを回る。

 思わずペペインも笑みを浮かべている。

 自分が笑みを浮かべていることに気づき、この後この少女を封印する事に多少心が痛んだ。

「うぐっ!!」

 ドロテアは飛び跳ねた勢いのままペペインの膝に飛び乗り、身体をすり寄せて甘えてくる。ドロテアにとってペペインは最早無害なだけでなく味方として認識されていた。

 ある意味殺人鬼であるマグダレナは言うに及ばす、既に所有している他の女達もペペインが封印したわけではないので前所有者によって責められた状態のまま所持し続けていても特に何も感じなかったが、自分に懐きつつある無垢な少女を封印してしまうのは気が咎めた。

 が、完全に悪行だとも思わない。

 グラート達は村人達に取って都合良く谷の底でドロテアに攻撃されてくれたが、もし果樹園で遭遇し下手に戦闘を繰り広げてしまっていた場合、怒ったドロテアによって果樹園どころか村ごと火に包まれていてもおかしくなかった。

 ペペインが悠々と空を飛ぶ魔法使いに恐れをなして依頼を放棄し、次にやって来た冒険者がその通りの事態を引き起こしてしまわないとも限らないので、懐いてしまった無垢な魔法使いを封印してしまうのは決して悪いことではない。と思い込む。

「もう歩いても足の裏が痛むことはないんですから、しばらく魔力を使わずにそのままでいてください。いいですね?」

「うーっ♫」

「ところで…くんくん」ペペインはすり寄ってきているドロテアの髪を嗅ぐ「やはり身体を洗いましょう。汚れてはないように見えますが…服のせいですかね?」

 相手が危険だと思い込んでいた時はすぐにでも封印したかったが、今は逆に引き延ばす。食事を終えてすぐに魔力が全快するはずもないので、少なくともあと半日は大人しくしていて貰いたい。

 封印する前に体臭を消すためにも、時間を稼ぐためにも、ペペインはドロテアを風呂に入れることにした。


「おぁ~・・・けむり?」

 湯船に湯を溜める。ドロテアであれば川の水を空中に浮かせ、それを火炎魔法で熱し湯を沸かす事など造作もないはずだが、出来るからと言って思いつくわけでもなく、不思議そうに湯気を眺め、手を振って追い払おうとしている。

「お風呂も分からないですか。あなたは一体、どういう原因でそうなったんですかね?記憶喪失ですか?それとも生まれた時からですか?

 君ほどの魔力を発生させる魔法使いを周囲が放って置くわけありませんし、研究所から逃げ出してきたのかもと言う推測もあながち間違いではないかも知れませんね」

「みず、あつい」

 ドロテアはペペインの独り言になど耳を貸さず、湯船に手を入れ依然不思議がっている。

「服を脱いで入るんですよ、こう」

 せっかく懐きかけているところで無理矢理服を脱がして嫌われても困るため、ペペインは自分の上着を脱いで手本を示す。

 ドロテアのボロ切れは攫われた時に着ていた服の名残で一度も脱いだことがなく、6年間よく保った方だと言える。

 既に片足を湯船に入れていたドロテアはその姿勢のままボロ切れを脱ごうとする。引きちぎった方が早そうだが、生還してから同じ年月だけ所持し続けた唯一の品なので思い入れでもあるのか、あくまでも服として脱ごうとする。

 自分で脱ぎだしたのだから手伝っても大丈夫だろうとペペインは手を貸し、ドロテアは裸になった。

 改めて全身を湯に浸ける。

「あぉ~~~っ♫♫」

 邪魔な布がなくなった開放感とお湯の温かさにドロテアは喜びの声を上げる。入浴を気に入ってくれればしばらくは風呂場で時間が稼げる。

「しばらくそこで遊んでてください。後で身体を洗ってあげますから。

 それにしても惜しいですよね。知能に問題さえなければ第二のイングリッドさんに成れていたのかも知れないのに…。魔力が多すぎて脳が影響を受けてしまうこともあるんでしょうか・・・?」

 現在のドロテアがマグダレナの失敗、或いは意図しない成功によって存在していることを知らないペペインは、湯船で遊ぶドロテアを見守りながらあれこれ考える。

 しばらくそのまま好きにさせ、のぼせてしまう前に湯船から出させる。最早腕を掴んで引き出しても素直に従うので、少し前まで罠を仕掛けるために谷底に幾つもの監視紋を施していた自分が馬鹿馬鹿しく思える。

 風呂の床にドロテアを寝かせ、身体を擦る。

「あひゃっ!きゃははははっ!」

 裸の身体を他人に触れているが嫌がるそぶりは見せない。しかしくすぐったいらしく笑い声を上げながらじっとしていてくれない。

 何の動物も飼ったことはないが、ペペインは仰向けの大型犬を洗っているつもりで手を動かす。

 やがて石鹸を包み込んだ布から泡が立ちそれが身体を覆い始めると、ドロテアはそちらに気を取られる。

「あぅ~?しろい、ぬるぬる、なに?」

「泡ですよ、これは。

 やはりどこかの時点で記憶を失ったんですよねぇ?もし知能に障害があったとしても普通に君の歳まで育って来たならお風呂や泡くらい知ってるはずですからね。一体君は何者なんでしょうね」

「あわ♫あわ♫」

droWash

 泡に気を取られているためか、ペペインに気を許しているためか、腹ををごしごしと擦られてもドロテアはされるがままになっている。その手を更に下に移動させる。

「う。う~…」

「…ここは嫌ですか?すぐ済みますから怒らないでくださいよ?」

「う~、はいると、いたい」

「・・・・・あぁ、なるほど、そうですよね。君みたいな若い娘があんな恰好でうろうろしてれば色々あったでしょうね。何かを入れたりしないので安心してください。この村の人ですかね?それとも…枝が折られ始めたのはここ数ヶ月と言ってましたから、それ以前は別の場所にいたんですかね、君は。・・・まさか山の向こうから来たわけではないでしょうけど…」

 ペペインは性器から手を放す。

「う~っ、まだ♫もっと♫」

 その手を掴まれ、引き留められる。

「え?・・・気に入ったんですか?もっと擦れと?それは・・・意外な反応ですね」

 持っている能力はともかく、人格のみに関しては決して危険ではないと判断していたペペインはドロテアを幼児にしか思えていなかったため、懐かれたという自覚があっても戸惑う。しかし精神年齢はともかく身体はどう見ても10代後半なので、言葉が足りてさえいれば特に違和感がある申し出でもないかと思い直す。

 この反応は利用できるかも知れないと、ペペインは頭を働かせる。

 湯船の中で遊ぶドロテアを見ながら、このままなら封印する所までは問題無く進めそうだが、その後どうしようかとペペインは考え始めていたところだった。

 どういう状態なのか理解出来る女達でさえ封印空間は気味が悪いはずなので、魔法によって封印されたことを理解出来るはずのないドロテアが暗闇の中で大人しくしていてくれるとは思えない。。

 ビラチーナやジャグラタを使ってマグダレナやミルドレッドの抵抗の芽を摘むことは出来ているが、ドロテアの場合魔法など必要無く純粋に魔力を放出すればクリトリスを覆う小さな生き物など消し飛ばせてしまう。

 安全を考えればイングリッドの様に完全な抵抗石製の器に封じ込めるしかない。

 ドロテアの魔力量とその存在の貴重さを考えればそれも致し方なしと思ってはいたが、快感に好意的な反応を示すならそれを利用し、イングリッドの様に躾けられるかも知れない。ただし鞭は使わず飴のみで。

 ペペインは数時間後にそこだけになる予定の肉の芽を、泡を潤滑剤代わりにゆるゆると擦ってやる。

「あう~♫そこ、おいしい♫」

 生き延びてから6年は警戒しているので6歳児並の知能はあるはずだが、その間言葉を学ぶ機会がなかったドロテアは食事に関する肯定の言葉しか保っていない。

「この反応からすると、自分では時々してましたね?どこで覚えたのか知りませんが」

 膣への挿入には嫌な記憶しかないが、クリトリスに関してはまた別らしい。絶頂まで達したことがあるのかと、ペペインはドロテアに止められるまで刺激を続けてみる。

「あう♫あう♫あう♫んに~~~っ♫」

 浴室の床にぴったりと背中を付けていたドロテアの腰がビクンと浮き上がる。言葉が足らなくとも身体の反応でイったらしいことが分かる。

 ペペインが股間から手を放してももう引き留めない。

「とりあえずこれで満足してください。どうせ・・・さ、もう一回中で暖まりましょう」

「う~♫」

 泡を洗い流し、もう一度湯船に浸かるように促す。入浴中も常に魔法の駆動が続いているのを感じていたが、何の魔法を使っているのか結局分からなかった。まさか寄生魔法生物が代謝停滞術を使い続けていると思うはずもない。

 身体を拭き終わると、ドロテアはまたボロ切れを纏おうとする。羞恥心は未だ芽生えていないが、物事を記憶する機能が戻ってから過去のどの時点でも裸で外を彷徨いている人間を見たことが無いので、体に何かを纏わせるのが当然だと思っている。

「え、それ、気に入ってるんですか?・・・まあ別にいいですけど、どうせすぐ着れなくなりますよ」

 食事を与え、風呂に入れたので、後は眠くなってくれれば万事が順調となる。睡眠が一番魔力回復までの時間稼ぎになり、効率もいい。


 湯に浸かった上に絶頂まで与えられ身体が火照っているドロテアはもうペペインの身体にくっつこうとはしなかったが、冷たくて気持ちのいい床に寝転び、頭だけ膝に乗せる。喉が渇いているはずなので、一口囓ってそのままになっていた最後のアペラを与えておく。

 ペペインは鞄から買って置いた箱と抵抗石のインゴットを取り出した。

「う~?」

「これは箱ですよ。宝石箱。奇麗でしょう?これに・・・」

 蓋を開けたペペインは言葉を失った。三角湖で拾った箱の中には外見が似ていてどれに誰が入っているのか良く分からない物があったので、既に所有している物とは明らかに形状が違う箱を値段と相談しながら購入していた。

 ニコンヤの古物店で手頃な箱を見つけてたが、いざ蓋を開けてみるとそれは宝石箱ではなく小さな自鳴琴だった。

「・・・まあ、中の物を取り外せば使えますね…」

 自分が購入前に中を確認していなかったことに驚いた。グラートから得たばかりの情報を精査していたため気も漫ろだったのか、蓋に作り物の宝石が嵌められているので、わかりやすくていいと思った記憶しかない。

 一瞬自分を恥じたが、すぐに気を取り直す。寧ろ封印する相手がどういう力を持っているのか分かった今、この箱の方が都合がいいかもしれない。

 ペペインは箱から自鳴琴本体、蓋から装飾の偽宝石を取り外す。

「あーっ!それーほしい!」

「これですか?いいですよ、はい。口に入れてはいけませんよ?」

「あぅ~♫きれい♫」

 ドロテアは宝石風に切り整えられた硝子を与えられて喜んでいる。

 その硝子を取り除いた部分は穴になっており蓋の役目を果たさなくなっている。ペペインは服の下に隠していた首飾りを取りだし、そこに付いている宝石を取り外す

 こちらは硝子ではなく、凝縮石だった。深海石ほどではないが、フドヘドラーフ家が所有していた物なので、それなりの量の魔力を溜めておくことが出来る。1年ほど前に一度空になってしまったが改めて溜め始め、3分の1ほどが魔力で満たされている。こちらに魔力を溜めることを優先したいが為、イングリッドの回復を疎かにしていた。

 蓋の穴にこの凝縮石を嵌めておけば、使用する度にドロテアが補充してくれるのではとペペインは考えた。ドロテアのクリトリスから直接拝借するよりは安定する。

 ペペインは更に、一つまみの抵抗石を粘度のようにインゴットからちぎり取った。やはり機巧術の使用は避けられない。今回は最初から箱の表面に一体化させる。

 偽宝石を眺めていたドロテアはペペインの指先に視線を移す。

「う~?」

「これは魔法じゃありませんよ。魔力を感じないでしょう?今、君を封印する為の箱を作ってるんです」

「う~?はこー?」

「そうです。分からないと思いますけど、もうしばらくしたらこの中に入って貰いますからね」

「はいる~?」

「そうです。分からないと思いますけど、さっき洗って貰って気持ち良くなったところだけを出して封印します。

 ・・・大人しくしていてくれるといいんですが…」

 抵抗石製の輪が完成し、それが箱の表面と一体化した。全ては無理でもせめてクリトリスを覆えるだけの小さな蓋を作っておけばより安心できるが、ここ2ヶ月以内で急に増えたの機巧術使用量を鑑み、一旦保留する。

「・・・んにゅ~~~・・・」

 ペペインが封印器の準備を終え、最後のアペラも食べ終わり何もすることがなくなると、ドロテアの目蓋が下がり始める。

「うんうん、そうですよね。お腹も満たさせて身体もさっぱりしたんで、眠くなって当然です。どうぞ眠ってください、出来れば明日の朝まで」

 そしてどうせなら床よりも布団の方がより熟睡できるだろうと、ペペインはドロテアを自分の寝床に連れて行き、そこで改めて膝を貸してやる。

「にゅ~…んむんむ・・・」

 頭を撫でてやると、更にに目蓋が下がっていく。

 じきにドロテアは眠りに落ちた。

「・・・ふう」

 これで漸くペペインも本当の意味で一息つける。安らかな寝顔からは危険性の欠片も感じないが、意思の疎通が出来ないないためいくら懐いてくれても何が琴線に触れるか分かったものではなかった。

 眠っている間は安心できる。まさか怖い夢でも見てそれに反応するようなことまでは・・・。その可能性も無くはないとペペインは考え直した。同時に、もし眠っている相手を封印すると、封印中も眠ったままになるのだろうかともふと思った。ただ捕らえるだけなら今のうちに封印してしまった方が安全だが、ドロテアには魔力の供給元になって貰いたいので起きてて貰わなければ困る。

 改めて気を許しきっている寝顔を見る。

 これほど懐いてくれるのなら、魔力庫として使用するつもりのドロテアの場合、封印しない方が明らかに有益だった。しかし今の所自分以外の人間、特に著しく知能の低い、その気になれば大規模災害を引き起こせる魔力を生成出来る魔法使いを安全に養う手段がないので、やはり一旦は封印するしかない。

 確か赤毛の少年が所持していたノートの中に、自由に封印と解放を切り替えられる咒器の制作方法が書かれていたような気もするが、魔法を元にした咒器である以上それが抵抗石に適用できるとも思えない。結局何をするにも機巧術が未解明なのが難点となってしまっているため、イングリッドを当てにせずそろそろ本格的に自分で研究を進めなければならない。

「うにゅうにゅうにゅ…」

 本当に夢を見ていそうなドロテアを撫でているとやはり多少気が咎めてくる。

 ペペインは罪悪感を感じているが、無自覚にドロテアを二度目の死から救おうとしていた。

 今はまだ浮遊とパセナの代謝術で余剰魔力を消費できているが、魔力体の増殖はまだ続いており後数年もすればパセナでも浮遊でも使い切れないほどの魔力を発生させるようになる。

 そうなると、一度目はマグダレナがとどめを刺してくれたので膨らんだ時点で死亡したが、二度目は爆ぜるしかなくなる。

 結果的にいつか訪れる爆死から、ペペインはドロテアを救ってやっていた。尤もその事を知る機会が訪れるか分からないので、それまでは罪悪感を抱いたままとなる。

 ドロテアはぐっすりと眠っているが、ペペインは色々と考えを巡らせながら起き続けていた。


 翌朝、目を覚ましたドロテアに自分と同じ食事を与える。

「それじゃあ封印するよ?あまり驚かないようにね?・・・無理な相談か」

 昨夜準備した封印器を手の平に乗せている。ドロテアはこれから自分が封印される箱を覗き込んでいる。

 本来は相手がこれほど無警戒なわけはないので離れた位置から放たなければならないが、今回は確実に相手に触れた状態で施術することが出来る。

「そうそう、そのまま魔力を出さないようにしてて・・・」

「うー?」

 昨日ペペインの魔法を見ているため、身体の表面を他人の魔力が覆い始めても特に動じない。

「おあぁ~っ♫」

 それどころか何かをして遊んでくれるのではと喜んでいる。

 遊んで貰えはせず、次の瞬間、ドロテアは真っ暗な闇の中に居た。



 周囲が真っ暗になったのは一瞬だった。ペペインはドロテアが怖がらないようにすぐに監視紋と読心術を小さなクリトリスに施してやる。

「う~?おぁ~?」

 頭を動かしてみても景色は変わらない。クリトリスに魔法の目があるため。その目から見える映像も本物の目で見る物とは違っている事くらいはドロテアも分かる。

「うーうーっ!おぁ~んっ!」

 もし身体を動かせなかったらすぐにでも混乱に陥っていたはずだが、身体を動かしている感覚はある。ただしその身体が何かに触れている感覚は無い。

 視界がぐるりと一周し、昨日出会った優しい男の顔が見えた。

「おぁんっ!おぁー、おぁぁ~っ!」

 ドロテアはその優しい男に、何か変だ、どうなってるの?と問いかける。

「心配しなくていいんですよ、ドロテア。その中は安全ですから。

 状況が分からないと思いますけど、大人しくしていてくれますか?」

 声もしっかり聞こえる。優しい男がどこかに行ってしまったのではないという点だけは安心できた。

「うあぅ、あおぉぉん!いぃ~~~っ!!」

 が、言うことを理解出来ないので言うことを聞いてくれるはずもない。ドロテアは早速魔力を放出し始めた。

 ペペインは慌てて蓋を閉めた。箱はただの金属なので魔力を封じることは出来ないが、蓋を閉めるとクリトリスの先端に凝縮石が位置する。

 その凝縮石に魔力が吸い込まれていく。

 魔力を内に留める性質を持つ鉱石はいくつかあるが、その中でも透明度のある凝縮石は魔力が蓄積されるにつれて発光を始める。ペペインが所持していたフドヘドラーフ家の凝縮石は角柱石を使用しており、発光こそ弱いが代わりに魔力の蓄積量に応じて7色7段階に色が変化する。

「ドロテア、魔力を貰えるのは有りがたいんだけど、その中では回復しないんだから今は止めてくれないかな?」

 止めてはくれない。ペペインはひとまず説得は諦めた。凝縮石が飽和状態、赤色になるまでには流石にまだ時間mが掛かるはずなので、それまでは好きにさせ、それまでに何か手を考える。

 ドロテアを封印出来ても、ペペインは他にやることが有る。徹夜しているが、睡眠を取るわけではない。

 ペペインはイングリッドとリンジー、そしてドロテアを持って村を出た。


「という事で、何とか無事封印は出来ました」

「ふ~ん、本当に頭の弱い子だったんだ。でもあんたが考えてるみたいに、魔力が脳に影響を与えてしまうことなんてないはずよ」

「そうですか、ではやはり生まれつきですかね。意思の疎通が出来なくて困ってます。

 ともかく漸くイングリッドさんの魔力を補充するという約束は守れそうです。遅くなってすいませんでした」

「それはいいけど…毛虫は?」

「え・・・?毛虫の方がいいんですか?」

「だってぇ♫どんな感じか試してみたい♫」

「それは…もし村に滞在している間に凝縮石が一杯になってしまったら諦めてください。もったいないのでイングリッドさんに使います」

 村人達へ掛けて貰ったイングリッドの操心術はまだしばらく解けない。その間に犯人を確保しなければならなかった。

 候補の二種は山から下りてくる、しかも現れる頻度はドロテアよりも遙かに少ないらしいので、村で悠長に待っているわけにもいかず、ペペインは山を登っていた。簡単に見つけられるとも思えないので、リンジーも持ってきている。

 日が暮れた。

 リンジーに道案内して貰えることと、そこへすぐに辿り着けるかどうかは別問題だった。

 体力も睡魔も限界に達し、都会育ちのペペインは嫌々ながら野営することにした。

「あっ!あぅあぅ!あいぃぃぃ~~~っ」

 明け方、箱の中から声が聞こえてきた。イングリッドやリンジーとは用がなければ読心術を繋げないが、何が起こるか分からないのでドロテアとは接続したままにして置いた。

 そして実際に何か起こったらしい。

「どうしたのドロテア?」

「いあいあい~~~っ!!いーっ!いあぁぁ~~~っ!!」

 癇癪を起こしたのかと思ったが、もっと切実な何かを伝えようとしているように聞こえる。

 凝縮石の色は黄色にやや橙が混ざり始めている。ペペインが1年掛けて少しずつ、3分の1ほど溜めた状態ではめ込んだ凝縮石の容量がもう半分を越えかけているので、あと数日もすれば溜まりきってしまう。

 ペペインはその凝縮石が填まった蓋を開けた。

「落ち着いてドロテア、なにをそんなつっっ!?」

 落ち着かせるために触れたクリトリスからすぐに手を放す。そのクリトリスを取り囲んでいる抵抗石の輪が発熱していた。

「あーあーっ!!あついーっ!いーいーっ!!」

 何が起こったのか分からなかったが、とっさにペペインは氷結術を使う。とっさなのでクリトリスごと氷で包んでしまったが、抵抗石に接触している部分はどんどん溶けていく。

「これは…何かしたの?ドロテア。火炎魔法?いや、それにしては…」

 幸い熱さを感じてすぐに騒ぎ始めたため抵抗石は箱本体に熱が伝わるほどには発熱していなかった。氷も溶けなくなるまで抵抗石の温度が下がったため、クリトリスから外してやる。しかし一瞬触っただけのペペインの指が軽い火傷を負っているので、ドロテアのクリトリスは間違い無く、根元をぐるりと火傷している。

「あぁぁ~~~あぅ~・・・いたいぃ~~~っ!!」

 自分で回復魔法を使えるはずだが治そうとしないため、ペペインが治してやる。

「どうしたんです?なぜ抵抗石が・・・抵抗石にまで影響を与えられるほどの量を?・・・いや、それは流石に…」

「う~あつかった。いたいいたい」

「もう痛くないでしょ?治してあげましたから。何をしたんです?」

「うー?・・・あぅ~・・・」

 ドロテアに自覚はないのかも知れない。ペペインが所持している抵抗石も、マジャリに保管されている抵抗石も、今後発掘されるであろう抵抗石も、自然界に存在する全ての抵抗石は僅かに不純物を含んだ不完全抵抗石なので、膨大な量の魔力なら影響を与えられるのかも知れないとペペインは考えた。ただし如何にドロテアの魔力生成量が並外れていても、イングリッドを上回っているとは思えない。そのイングリッドが抵抗石の封印器から出られずにいるので、ドロテアが抵抗石に影響を与えられるともまた思えない。

「あぁ、それはね…」

 今朝方の出来事をイングリッドに伝え、助言を請う。イングリッドはすぐに原因に気づいたようだった。

「あんた一つ見落としてるわよ。

 言っておくけど、アタシでも抵抗石を溶かそううと思えば出来るのよ?勿論魔法で」

 イングリッドの言うとおり、魔法使いでも抵抗石を加工することは出来る。鍛冶師と同じ方法なら。

 抵抗石の融点は2000度ほどで、鍛冶師は炉によってその熱を確保する。

 ある程度の魔力を発生させる事が出来る魔法使いなら、魔法でその熱を確保出来る。

 錬金術などで直接加工することはは不可能だが、魔力で発生させた純粋な熱を使えば、人間の鍛冶師と同じように間接的に抵抗石を加工出来る。鍛冶屋の炉以上の熱を発生させれば、それだけ早く抵抗石を融点にまで達しさせる事すら出来る。

 イングリッドがそれをしないのは、クリトリスを人質に取られているからだった。

 人間と同じ加工法しか使えないため、イングリッドが4000度の熱を与え続けたとしても抵抗石が溶け始めるのに3ヶ月掛かる。

 魔力が完全な状態なら3ヶ月魔力を発し続けることは出来るかも知れないが、同時にすぐ近くで徐々に4000度まで高まって行く抵抗石に炙られ続けているクリトリスに、回復術をかけ続けなければならない。回復術はクリトリスが燃える際の痛みを消してはくれないので、更に麻酔術も必要になる。

 いくらイングリッドでも魔力が自発的に回復しない状態で三つの魔法を同時に長期間使用し続ける事は不可能だった。

 そのため抵抗石製の檻からなら脱出出来るかもしれないが、抵抗石製の封印器から脱出することは出来なかった。試すつもりもない。

「なるほど、それは考えが至りませんでした。その通りですよね。

 という事はドロテアの周りの抵抗石が熱を持ったのは・・・」

 もしも蓋型に加工された凝縮石でドロテアのクリトリスを全て覆っていれば抵抗石の輪が発熱することはなかった。しかしドロテアが唯一外に出ているクリトリスから魔力を放出する際、魔力は言わば半球から全方位に向かうにも関わらず、蓋に嵌められた凝縮石は先端からの魔力しか吸収しない。それ以外の方向の魔力は霧散するか、根本に接触している抵抗石に当たり、消滅する。

 が、人間の鍛冶師が抵抗石の中の不純物を頼りに温度の上がりにくい抵抗石に時間を掛けて熱を蓄積させていくのと同様に、抵抗石は接触した大半の魔力を消し続けるが、それをかいくぐり不純物に達した魔力は残り、徐々に熱を帯びていく。

 ドロテアは80度を超える前に叫び声を上げて助けを求めたので事なきを得たが、ペペインがドロテアを村においたままにしていれば、戻って来た時にはクリトリスは完全に火傷、運が悪ければ黒焦げになっていたはずだった。ペペインが使えると思い込んでいるだけで、ドロテアは回復魔法を使えない。

 理由さえ分かってしまえば、ドロテアの魔力が抵抗石の発熱現象を引き起こしてしまう事はペペインに取って都合がよかった。

「ドロテア、分からないでしょうけど、これからはボクが見ていない時に勝手に魔力を出してはいけませんよ?ここがまた大変なことになってしまいますからね」

 ペペインは治ったクリトリスを撫でてやる。

「あぅ~、またあつい?」

「そう、また熱くなります。それが嫌だったら大人しくしてください」

 すぐには無理でも、魔力を放出し続ける度にクリトリスに火傷を負えば、いずれは学ぶかも知れない。

 ペペインはクリトリスを撫で続けている。

「んあん、あぅ♫う~♫」

 機巧術を研究し、ノートに記載されていた出し入れ自在の封印術を抵抗石に適用できるようになれば本格的にドロテアを魔力庫として利用できるようになる。それにはまだ時間が掛かるはずなので、ペペインはそれまでにドロテアに言葉を教えておこうと考えた。知恵を付けすぎてしまうのも恐ろしいが、ある程度は言葉でやり取り出来た方が扱い易い。

 ペペインは未だどうしてクリトリスが熱くなったのか理解出来ていないドロテアを落ち着かせるため、クリトリスを撫でながら更に山を登っていった。

「あぅ~っ、んおん♫んふ~♫」

 すぐには教訓を生かしてくれず、その間にもドロテアは定期的に自身のせいで火傷を負い、悲しそうな鳴き声を上げる。その度にペペインは回復魔法を使ってやり、ついでに撫でながら大人しくしていればクリトリスが痛くなることはないんだよと言い聞かせる。

 痛がっているのを無視するわけにも行かないので、読心術の接続を切ることも出来ない。


 ランバラファ山は標高1900メートルほどで、山頂に向かうに従い土や木は少なくなり、岩石が剥き出しになっていく。

 濡れ衣を着せる候補は2種類おり、グラート達を襲撃した犯人に仕立て上げるのはどちらでも良かったが、必要なのは果樹園荒らしなのでドゥマパナの方がより適している。猿のような姿であり雑食なので木に登って枝を折り果実を盗んでいた犯人としてはあつらえ向きだった。

 ドゥマパナの成獣は軒並み体長2メートルを超えるため、それほどの巨体が果樹園に度々忍び込んでいるのに姿を一度も見たことが無かったことを不思議に思う村人もいるはずだが、真犯人は既にペペインの手中にあり、実際に被害は止むので信じざるを得ない。

 山を登っていく間にそのお目当ての獣の鳴き声や姿が、何度か遠目に見えたり聞こえたりしている。

 にもかかわらず、体力に関してはダルナポラオの老いた住人と同等かそれ以下でしかないペペインはわざわざ一度野宿し、再び日が落ちるまで息を切らしながら歩き、山頂付近まで辿り着いた。

「ふう・・・こっちであってる?リンジー」

 片手にドロテアの箱を持ったままリンジーを取りだし、蓋を開ける。

「え~と、はい。合ってます」

 山を登り切り、麓が見渡せる場所に立つ。既に夜中になっているが、遠くにはまだ活動を続けている町の灯りが見える。また同じ高さにも監視所の灯りも見えているため、高所のためやや冷えるが、火を焚くことも出来ない。

 一方、リンジーを向けている方向は完全に闇に包まれており、何の光も見えない。あちらでも活動している者達はいるはずだが、密集した木々が地表の光を遮り、山の上からは確認することが出来ない。

「あのぉ、わたし中に居ても占った方向から今自分がいる場所がだいたい分かるんですけど、この方角って…あそこじゃないですか?」

「うん、そうなんだよ」

「え~、どうするんですか?入れないですよ?」

「そうなんだよね・・・この間占って貰った時と位置は変わってない?」

「はい、ちょっとくらいのズレだと感じることが出来ないんですけど、大まかには変わってません」

「う~ん、だとしたら行くしかないんだよね。暴走したビラチーナがうろうろしてくれてるならこっち側に戻って来てくれるのを待つことも出来るけど、逆にもっと奥に進んでしまうかも知れないし。

 どうせ行くならまだ境界の近くにいる今のうちの方がいいと思うんだよね」

「えっ!ちょ、ちょっと待ってください、今から行く気ですか?私、心の準備が…」

「いや、流石に今すぐには向かえないよ。終わらせておかないといけない仕事もあるし。

 もし行くならこの山を越えるしかないから、下見だよ」

「そ、そうですか…出来れば止めましょうね?危ないですよ」

 ペペインは思案しながら、日が暮れ闇の塊にしか見えない眼下の広大な森を眺める。

 ほぼ知識がないので、その森の中のどの程度範囲で彼らが生活しているのか分からない。オティカ側の監視の目を盗んで境界を越えること自体はそれほど難しくなさそうだが、向こう側で向こうの生き物に出くわさずに住むかどうかは分からない。

 ペペインは既に視界に入っている、現在地より更に上にあるオティカ監視所を気にしながら、もしも大森林側へ侵入しようと決心したときの為に下る経路が存在するかどうか確認しておくつもりだった。

 平野部の境界は騎士団によって完全に封鎖、監視されているため侵入は不可能なので魔法生物同様ランバラファ山を越えるしかなく、その魔法生物を捕まえる必要もあるため下見を兼ねて必要以上に山を登っていた。

 オティカ側から登る場合は山で生活する者や監視所に向かう者達のために、上に向かうに従い細くはなりつつも道があったが、逆側は一層岩肌が剥き出しになった崖になっており、どこから降りればいいのか見当もつかない。


『あやっ!いっ、いっ!あうぅぅ~っ!!』

「またですか?さっき直してあげたばかりじゃないですか」

 読心術によって頭の中に直接泣き声が聞こえてくる。ペペインは蓋を開き、クリトリスの周りの抵抗石をちょんちょんとつついてみる。

「・・・あれ?それほど熱くなってないんじゃないですか?」

 最初にドロテアの魔力が抵抗石に及ぼす影響に気づいた時は指で触り続けられないほど熱せられていたが、今回は、確かに熱くはなっているものの指で確認出来る程度にしか温度が上がっていない。

「火傷したくないから早めに知らせるようにしたんですか?・・・それはそれで学習はしていると言うこと何で喜ばしいですが、出来れば魔力を放出しなければいいという事を学んでくれませんかね」

『いあ~っ、あつい~っ』

 火傷するような温度ではないため、このまま躾けられないかと考える。

 凝縮石の色も更に橙色を帯びているため、蓋を閉じて放置している間やはりドロテアはクリトリスから魔力を発しているらしいが、ペペインが気づき構ってやるとすぐに止める。加工しようとした鍛冶師達が長期間温度を保つのに苦戦するだけあって、熱源を失った抵抗石は急速に常温に戻っていく。

「まだそんなに熱くないでしょう?いや、そうじゃなくて熱くする必要が無いんです。魔力を出すと熱くなってしまうんですよ』

『う~、あつい、いや』

 案の定蓋を開け声を掛けると、熱いと呼びかけてきたような悲痛さはなくなっている。明らかに余裕があり、明らかに大げさに騒いでいる。

 火傷などしていなさそうだが、ペペインは一応回復魔法を掛けてやる。

『お!・・・あうぅぅ~♫・・・なでなでぇ♫」

「・・・まさか、実はもう理解しているのに、撫でて欲しくてわざと魔力を出してないですよね?」

『あう~?なでなでほしい♫」

 当然魔法薬も使っておらず、恐らく自分で弄ったこともなさそうな小さなクリトリスが指の先でぴくぴくと動いている。

 ペペインは訝しみながらも、要望通りその指を動かしてやる。

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『はうぅ~♫なでなでおいしい♫・・・ん~♫…なに?なでなでの、なに?』

「何?…何とはどういう意味です?」

『うぅ~っ!なでなでの、おいしいの、何?』

「・・・アペラ?…ではないですよね・・・もしかして、ここの名称を聞いてますか?」

 ペペインはクリトリスをつまんで捏ねながら「ここのことか?」と確認してみる。

『んに~♫きゅうきゅう、なに~?』

「ここはクリトリスですよ、クリトリス。それに美味しいじゃなくて、気持ちいい、です」

『んにゅ~、クリ…トース?クリ、きもちいい♫♫』

「おや…これは…もう理解出来たんですか?」

 ペペインは指を離してみる。

『んやぁ!なでなでぇ!クリ、なでなで!きもちいい、ほしい』

 ペペインは驚きつつ再開してやる。思った以上に学習能力が高い。という事は、まさかとは思ったが本当に刺激が欲しいためわざと周囲の抵抗石を熱し気を引いている可能性も無くはない。

「あなたはもしかして、知能が低いのではなく何らかの理由で学習機会を得られなかっただけなんですかね?」

『あぅ♫あぅ♫なでなで、きもちいい♫』

 だとすると、それがいいことなのかどうか即座に判断出来なかった。知能が高いなら無駄に魔力を放出しないように教えることは楽そうだが、あくまで愛玩動物が芸を仕込まれるように覚えて貰いたかった。予想以上に知能が高いのなら、いずれ覚えて欲しくないことまで覚えてしまい、手を焼くことになるかも知れない。扱いやすさという点に於いては無知なままでいてくれた方がありがたい。

『あっ!?あぁっ!?んいっ!んっんっ!んにぃぃぃ~~~~っっっ♫♫♫』

 人差し指の下で小さなクリトリスがきゅっと硬直し、その後弛緩する。

「今のはイクって言うんですよ、イった、ですかね。クリトリスをずっと撫で撫でされるとそうなるんです」

「あうぅ~~~♫イった?なでなで、イった、きもちいい♫」

 やはり、教えればすぐに色々なことを覚えることが出来そうだった。それが有益かどうかは現時点では何とも言えないが、少なくとも早い段階でその事に気づけた事は良かった。不用意に、覚えて欲しくない情報を与えずに済む。

「いいですか?ドロテア、君はたぶんかなりボクが言っていることを理解出来ていると思うんですが、これからはもしまたクリトリスを撫で撫でして欲しくなったら、そう言いなさい。わざわざ抵抗石を熱する必要はありません」

「う~?ぺぺ、くる?」

「そうです、その中にいては分からないと思いますが、来るというか常に側にいます。声も聞けるようにしておきますから。

 いいですね?魔力を無駄遣いしたら次からは気持ち良くしてあげませんからね?」

『う~?きもちいいの、ほしい』

 語彙が少ないので、理解しているのかどうか判別が難しい。とにかく、宙を飛び続けられるほど豊潤な魔力が目的で封印したので、それを無駄に消費されてしまうことだけはしっかりと禁じておきたい。

 イったばかりのクリトリスをゆるゆると撫で続ける。

『んやん!んや~っ♫むぅ~~~っ♫』

 くすぐったいのか、指の下で小さなクリトリスが暴れる。しかし魔力による抵抗はない。

「もう一回イきますか?それでしばらく大人しくしていてくれるといいんですが」

『はわ♫はわ♫ん~っ』

 股間の突起を刺激されると快感を得られることを覚えたためそれを欲しがっているのか、単に懐いた相手に構って貰いたがっているのか、封印して一日足らずでは判別出来ない。

「・・・いざとなればビラチーナかジャグラタで…いや、機巧術が使えれば抵抗石で何か仕掛けを…」

 クリトリスを擦りながら、生きた魔力庫の今後の管理方法を考えながら、ごつごつとした足下に気をつけながら、ペペインは山頂付近の外周を、下り口を探し歩いていた。

『あひゃ♫あひゃぁ♫ペぺぇ、クリ、イクぅ♫♫』


「はっ!?」

 大きな岩迂回したペペインは思わず息をのんだ。すぐにその巨石に身を隠す。

 そのまましばらく息を潜める。ドロテアの蓋をそっと閉じ、袖の中に仕舞う。

 岩の向こうに、無数の死骸が転がっていた。実際に見るのは初めてだが、大きな猿のような遺骸はドゥマパナに違いない。大きな蛇の輪切りのような物も見えるので、ロスタの死骸も混ざっているかも知れない。

 周囲に人の気配が無いことを確認するとペペインは岩陰から姿を現し、改めて死骸に近づいた。

 焼死体であれば、ドゥマパナとロスタの群れが争ったのだろうと考えたかも知れない。

 しかしどちらも明らかに切り刻まれいる。何匹が死んでいるのかも正確には分からない。

「・・・監視所の騎士か?」

 中腹のダルナポラオ村の住民に取っても害獣なら、より大森林に近い位置にある監視所に詰めている騎士にとっては尚更害獣であるはずだった。手を下したのが騎士なら切り刻まれている理由も分かる。

 数が多く、またヒト型の生物がバラバラになっている光景を見て背筋が凍ったものの、よく考えれば幸運だった。

「そうか…これでいいか」

 ペペインは更に死骸に近づき、主に傷口を観察する。駆除されてまだ日が経っていないのか、血こそ乾いているもののまだ腐敗はそれほど進んでいない。標高が高いため卵を産み付けるような虫もいない。

「・・・うん、使えるな」

 ペペインは果樹園荒らしの偽真犯人として、その死骸を使う事にした。念のため燃やしてしまえば死亡時期の数日分のずれも誤魔化せる。

 ペペインは下見を終えることにし、気持ち悪がりながら大猿と大蛇の死骸をより分け、出来るだけ五体満足のまま息絶えているドゥマパナを大岩の影に移動させ始めた。

 元々自力で捕らえるか殺すかする場合は一匹で十分と考えていたが、せっかく労せず死骸を手に入れることが出来たので、3匹分を回収する事にした。果樹園はかなり広範囲を枝がなくなるまで執拗に荒らされているので、一匹より複数の方が説得力が増すと考えた。

 非力なペペインではたとえ一匹でも、大きなドゥマパナを運ぶことは出来ない。そのため元々通常封印術を使うつもりだったので3匹に増えたところで問題は無い。

 ただし予想外に山頂付近で、予想外に斬られた遺骸を発見したため、二度通常封印術を使わなければならない。が、幸い封印術を使用するには十分なだけの量の魔力が、既にドロテアの箱の蓋に溜まっている。

 魔法使いのペペインが剣で切られた犯人の遺体を提示したのではいくら何でも不審に思われる。

 死骸は改めて燃やし、火炎魔法で倒したように見せる必要がある。

 監視の目が届く範囲で、しかもその炎が目立つ夜中に火を使うわけにも行かず、また封印術自体も発動の瞬間光を放つ。

 大岩の影で3匹分の遺骸を封印したペペインは本来ドゥマパナを狩ろうと考えていた地点まで引き返すと一旦封印を解き、傷口を中心に遺骸を焼いた。剣で切り裂いたような傷口を残す魔法が存在しないため、魔法で倒したと言うことにする以上、斬り痕自体も消しておかなければならない。

 焼けた遺骸をもう一度封印し、帰りは野宿せずにそのまま村へ向かう。

 村に戻った頃には住人達は既に目を覚まし、意識がないまま日常生活を反復していた。

 そのためペペインは休息も兼ね、明るい内から眠りについた。

 術を解いた後の違和感を最小限に抑えるため、操心術を掛ける際も解く際も対象が眠っているときが最も適している。


「結局ドゥマパナが犯人でしたか」

「ええ、何匹かが山頂ではなく、谷に住み着いていました。そこから果樹園に餌を取りに来ていたんでしょうね」

 一瞬だけ3匹の死骸の周りに村人達が群がったが、すぐに村長他数名を除いて散会した。四肢を失い焼け焦げた以外は長く見ていていたいものではない。

 ペペインは結局ドロテアの住処を見つけられていないため、今後村人が何かのきっかけでそこを見つけた際、今目の前で死んでいるドゥマパナの巣だと思い込んで貰えるように話を作った。

 元々魔法使いどころか人間が犯人だという意識がなかったため、”昨夜”、果樹園を警戒していたペペインが現れたドゥマパナを追跡し、巣を見つけて3匹を始末したという話を村人はすんなりと受け入れた。

 後日、収穫したアペラをニコンヤに搬送した際、取引相手から納期が数日遅れているという話を聞き不思議に思う者も出て来るはずだが、その点は好きに解釈して貰うしか無い。

 冒険者三人を襲った犯人については、情報を得る為に回復させてしまったグラートが魔法使いであることを証言しているはずなのでドゥマパナに罪を着せることは出来ないが、その件の犯人捜しはペペインの仕事ではないので関知するところではない。グラートが仲間の敵を討ちたいと考えるなら、もう見つけることが出来ない犯人を勝手に捜すはずだった。

「それにしても、こんなに早く犯人を見つけて貰えるとは、本当にありがとう御座います」

 この日はペペインが村に到着してから10日目だが、村人達は5日目の夜、就寝中に操心術を掛けられているため実際の半分の日数で解決出来たと思っている。例によってイングリッドに頼めばその差分すら別の魔法で調整することも出来るが、如何に魔力供給源を手に入れたとは言えそこまで手を煩わせる事はペペインには出来なかった。

「今日は是非村を挙げておもてなしを…」

「いえ、滞在中十分もてない手頂きました」完熟アペラは出されなかったが、とペペインは思う「私はこのままニコンヤに戻ります。ですので、どなたかに同行して頂きたいのですが。完了手続きのために」

「そうですか?本当に村を代表してお礼申し上げます。

 それで…ニコンヤへはこの死骸も運んだ方がよろしいんでしょうか?」

「いえ、依頼者…あなたでいいんですよね?村長さんがこの三体を犯人と認めて依頼が完了したと治安院へ報告してくだされば遺骸は必要ありません。人間なら別ですが。

 勿論、報告はどなたか別の方に委託して頂いても構いません」

馬車、というよりも馬が牽く荷車に乗せて貰い、ペペインは村長の代理と共に早々に村を後にした。

 手続きも手早く済ませる。先に依頼を引き受けた冒険者3名が襲撃を受けたり、本当の犯人は尋常でない魔力を発生させる出自不明の魔法使いだったりと危険で面倒な仕事だったが、書面上は極ありふれた害獣駆除でしかないため依頼完了の手続きはあっけなく終わった。結局報酬も害獣駆除分しか得られないが、それ以上の収穫があったためペペインに不満はない。

 代理と別れたペペインはエカタカに戻るかどうか迷った。

 今度こそ一旦冒険者としての仕事を休み、箱を探すつもりでいた。そしてその箱はつい先ほど降りてきたランバラファ山を越えた先にある、らしい。

 諸々の準備や、イングリッドの魔力回復などはニコンヤでも出来る。

 が、ペペインはエカタカに戻ることにした。ニコンヤに滞在し、助け出した娼婦達やグラートと出くわしてもまた予期せぬ面倒が増えるだけのような気がする。

 それに、エカタカで準備を始めておかなければならないことも1つ、思いついた。



「ふむふむ、それでは少年の死体が見つかってないのは間違いないわけですな。少年の所持品を着服する為に治安兵が密かに死体を処理したという事もないと考えていいわけですな?

 さて、そういうことならやはり2名を探し出さなければならないわけですな。ふむふむ、ですが、それならそれで手が打ちやすいかも知れませんな。

 湖での騒ぎの後、放浪魔法士殿がサンプラティに戻ってきていないのは確かですかな?随分時間が経っていますが、一度も?間違いなく?断言出来る?

 ふむふむ、そういうことならそのうち戻って来ますな。少年をどうするつもりでいるのかは知りませんが、少なくとも追うでしょう。そして、追う手がかりは結局サンプラティにしかないのですからな。

 マジャリの治安院にもその後の目撃情報は無いのでしょうな?もしそちらが捕らえて仕舞っていたならいたで、秘密裏に処理されてしまうでしょうからな。何せ大家令殿の指示ですからな。

 そうですか、そういうことなら私はここで待ちますかな。

 死んでいなければ…あの魔法使いが治療に失敗するとは思えませんので生きているでしょうが、もういい加減回復しているでしょうな。動ける様になればその内少年の手がかりを求めてここに戻ってくるでしょう。どこに、幾つあるのか分からない隠れ家を探すより確実だと思いませんか?ええそうでしょうそうでしょう。

 ゲルルフが現れたら、二人に追跡させましょう。ゲルルフが少年を見つけたら、片方を少年に。

 少年に負傷させられているはずなので、もしかしたらゲルルフは少年を始末しようとするかも知れませんね。その場合は不本意ですが、止めさせましょう。少年は貴重な情報を持っているかも知れませんからな」

 極普通の民家の一室で出された茶を飲みながら、バジンカは向かいの男から最新の情報を聞き、今後の方針を考えていた。家は男の物で、男はサンプラティの潜伏者の一人だった。今後しばらくはここを拠点とすることになる。

 1年ほど前に手配中の少年との間に何かがあり姿を消す前は、ゲルルフに用がある場合各都市で生活している潜伏者に首領からの言付けを伝えておき、放浪魔法士と呼ばれるだけありどこに姿を現すか予想のつかないゲルルフを見かけた潜伏者の方から接触し、伝言していた。そのため直接接触する手段をクーナは持ち合わせていない。

 ゲルルフが本当にサンプラティに戻ってくるという保証はなく、負傷した際に何らかの手を打っており、サンプラティに戻ることなく既に少年の追跡を再開しているとも考えられるが、それでも長距離移動魔法を使える魔法使いを当てもなく探すよりも見つけられる可能性は高い。

 少年の方はマジャリで手配されているため、生きているなら既に国外に出ていると考えた。追跡するとなると魔法による移動手段を持つ相手はやっかいこの上ないが、少年を追跡させられれば役に立つ。

 潜伏者が退室するとバジンカは二人を、二人の性器を取りだし、机の上に並べた。まだ彼女たちの出番はない。彼女たちが追う相手を見つけるのはバジンカの仕事だった。

 湖での一件以来間違いなくゲルルフはサンプラティに訪れていないという潜伏者の情報を信じ、ひとまず十日ほどは大人しく待ってみることにする。

 洗脳完了後の暗殺者を完全に道具と見なす管理者の方が多い中で、優しいバジンカはその間、憐れな性器に娯楽を与えておいてやることにした。

 荷物の中から小瓶と2本の黒い筒、そして明らかにその筒を固定するための物と思われる器具をを取り出す。

 小瓶から丸薬を一粒ずつ取りだし、眼前の4つの穴にそれぞれ指先で押し込んでいく。

 丸薬は特に珍しくもクーナ製でもないただの潤滑誘発薬で、すぐに中で溶け膣液と腸液を分泌させ始める。

 膣と肛門が十分に潤うまで、バジンカは両手を使い同時に二人の割れ目を撫でてやる。幹から取り外された暗殺者はニユントラナが作り出す疑似世界から解放されており、自分が性器だけを露出した状態で、今後何らかの任務に就くため持ち運ばれていることを理解している。

 ただし胎脳は子宮内に残っている。拷問期間を終えて一番最初に挿入されて以降、胎脳は子宮内で膨らんだまま中に残されニユントラナ本体と切り離された後も宿主を管理し続けている。

 十分に潤った二筋の割れ目から指を離し、バジンカは二本の筒をそれぞれ膣と肛門に挿入する。どちらからでも構わず、バジンカは先にベサニーを選んだ。

 筒はそれほど太くなく、滑りの良くなっている2つの穴は容易く飲み込む。しかし先端が奥に到達しても半分が穴から外に出るだけの長さがある。

 ベサニーの性器からは2本の棒が生えている。その棒を連結用器具の2つの穴に通す。

 バジンカは連結されても猶長く飛び出している2本に対し、アニトラの性器を被せていく。膣の筒は膣へ、肛門の筒は肛門へ。

 重要なのはやはり膣に挿入された筒で、2人分の子宮口に到達すると先端から細い管を出し、子宮内の胎脳に接続させる。

「ただ待つのも暇でしょうからな。二人で遊んでなさい」

 魔法使いではないバジンカは魔力凝縮石を使い、ニユントラナの代わりに筒を起動させた。

 連結器は2本の筒と一体化し、更に膣側の端が二叉に分岐し、それぞれのクリトリスに向かって伸びていく。


「ほらほらぁ♫しっかり締めないと休ませてあげないわよぉ?」

「あはぁっ!あっあっあぁぁぁっっ♫む、むりぃぃっ、どうやってるのぉぉ???」

「どうって…交互にずぼずぼしてるのよ♫」

 とても人間業とは思えないが、アニトラは膣と肛門を交互に突かれていた。人間で無い物が突いているので人間業に思えないのは当然だが、アニトラにはベサニーを相手にしているようにしか思えない。

 腰に男性器型の器具を取り付けた親友に突然犯され始めても、胎脳に制御されているアニトラは何の疑問も抱かない。

 既に何度もイかされているような気がし、しっかりと膣と肛門を締めて抵抗を示さなければ延々イかされてしまうと思っている。

「も、もういいよぉ!は、は、はぁぁぁっ!いくぅぅぅ~っっ♫♫」

「ダメよぉ?こんなににゅるにゅるで柔らかいんだから、もっと激しくして欲しがってるはずよ♫ほーら、いくわよぉ♫」

 ニユントラナ本体から切り離されているため複雑な制御は出来ず、二人を責めている携帯用ニユントラナとでも言うべき器具は本体が構築した設定をそのまま使用している。また動力にが限りがあるため2本の筒は実際には動いていない。しかし局所的な振動が入り口から奥へと進み、また入り口に戻ってくることによって、何かが出し入れされていると膣と直腸に錯覚させている。

「んひぃぃぃ~~~っ!んあぁっんあっんあぁぁ~~~っ!!やめてぇぇっイクぅぅぅっっ!!おしっこでるぅぅぅぅ~~~っ!!」

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「もぉ~、お漏らししちゃったの?相変わらずお子様ねぇ・・・ん?お子様はあそことお尻ずぼずぼされてこんなに鳴かないか♫あはは~っ♫」

 アニトラの尿の温かさを股間に感じながらも、ベサニー腰を動かし続ける。

 実際は向かい合っている2人分の性器は糸を引きながらキスをしている。更に内部の代謝は性魔法封印術同様ほぼ停止しているものの股間周辺が全て外に出ているため、疑似世界で失禁すると実世界でも尿道から尿が漏れてくる。

 その事が十分に分かっているバジンカによって、連結し二人で1つとなった性器は既に潜伏者が市民として住んでいる一軒家の庭の木に吊されていた。

 アニトラの尿はベサニーの性器に当たり、地面に落ちていく。

「んんん~~~っ、もう休みたいぃ!休憩させてぇ」

「なあに?痛くなっちゃった?」

「うん、痛い♫休ませて」

「しょうが無いわねぇ、こんなにとろとろな穴が痛くなってるとは思えないけど、ちょっとだけ休ませてあげる♫」

「はふぅ、ありがんひゃぁっ!?」

 穴の振動が止まった代わりに、クリトリスにまで伸びていた連結部の先端が振動し始める。

「いやいやいやぁっ!休ませてよぉ!」

「休ませてあげるわよ?あそことお尻は。でもイクのは休んじゃダメ♫アニーはイってるところが一番可愛いんだから♫」

「む、むりぃ!もうイキたくないよぉ!」

「無理でもイかせちゃう♫ほらほら♫クリトリス気持ちいいでしょ?アニーはあんまりあっちの経験が無いから、こっちの方がいっぱいイケるんだもんねぇ♫」

「くぃぃぃ~~~っっっ!イクイクイクぅぅぅ~~~っ!!!」


「あっあっあっ♫くはぁぁ~~~っ♫そ、そんなに激しいのアニーらしくないわよぉ♫」

「んふふぅ♫仕返しよぉ、いっぱい虐められたもん♫」

「はぁぁぁっ♫何のことよぉ!虐めてなんかないでしょぉぉ???」

 一旦ニユントラナとの接続が切れ現実世界に引き戻されてはいたが、胎脳が直前まで使用していた疑似世界の設定を引き継いだため、アニトラは拘束状態でいいように弄んでくれていたベサニーにやり返しているつもりでいる。

 疑似世界のベサニーもアニトラ同様、親友に弄ばれることを望んでいた。ニユントラナが何の脈絡もなく疑似世界に於ける疑似支配者を選ぶことはなく、記憶の中から最も洗脳に適した人物が選ばれる。

 アニトラとベサニーの場合、それがお互いだった。

 その気になればニユントラナは男性器の生えたアニトラ、或いはベサニーを作り出すことも出来たが、実際の記憶を使用して洗脳をしているため、良く知っている相手に不自然な部位があると円滑に受け入れさせることが出来ない。

 そのため疑似世界のアニトラもベサニーも男性器を模した張り型を腰に装着し、相手を責めていた。

「んふふ♫ベシーはどっちが好きなのかなぁ?お尻かなぁ?あそこかなぁ?それとも…ここかなぁ♫」

 アニトラは腰を動かしたままベサニーのクリトリスをつまむ。

「やだぁ、どうやってるのぉ?あっ、あっ、あぁぁ~っ♫器用ねぇ、アニー♫」

「む…なんか余裕あるなぁ、ベシー。もっとひいひい言ってほしいのにぃ」

「あはっ、んっ、ンふぅぅぅぅ♫も、もういっぱいイかされてるじゃないのぉ、これ以上鳴かせたいのぉ?」

「うん♫もっとおしっこちょろちょろ漏らしながら、涎もいっぱい垂らしながら白目剥いてイって欲しい♫

 がんばってずぼずぼするからもっと乱れて♫えいっ!」

 アニトラの腰がベサニーの柔らかい尻に激しく、素早く打ち付けられ、じゅぶじゅぶと液体をかき回す音まで聞こえてくる。

「あはぁぁぁっ!!ま、まってぇぇぇ!!く、クリトリスは触っちゃだめぇぇ!!」

 交互に2つの穴を突きながら、アニトラは更にクリトリスまで捏ね続けている。振動で往復運動を錯覚させられている膣と直腸同様、実世界ではクリトリスにも振動が与えられている。

 器具でなければ不可能な速さと正確さで攻められながら、疑似世界のベサニーはそれをアニトラの技術と執拗さだとしか認識出来ない。

「い、いひぃっ!イクイクイクぅぅぅっ♫♫」

「んふふぅ♫きゅっきゅっって締まってる、か~わいい♫もっとイこうねぇ♫」

 白く泡立ち始めた膣を、突かれる度に空気を取り込み恥ずかしい音を鳴らし始めた肛門を、こちこちに硬く充血しているクリトリスをアニトラは容赦なく責め続ける。

「んひぃっ♫んはっ、はっ、イ、イクぅぅぅっ!んあぁぁぁっ!ちょ、ちょっと休ませてぇぇっ!」

「やだおんぷ私が一番ベシーをへとへとに出来るんだからぁ♫えいっ、えいっ♫」

「あっあっあっ!ん~~~っ!!ほ、ほんとにおしっこもれちゃうよぉぉぉぉ~~~っ!!」

「え!してしてぇ♫お漏らししてるベシーもイかせるぅ♫」

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「くはぁぁぁ~~~っ!!おしっこでるぅぅぅ♫イカされちゃうぅぅぅ~~~っ♫」


 クーナの棺は代謝こそ停滞し年は取らないものの、封印術のようにエネルギーは循環しない。そのため幹に乗せられニユントラナ本体に管理されている時は肛門に挿入されている管から、回復魔法と栄養剤を混ぜたような特殊な液体を注入され、生命維持に必要なエネルギーを腸から摂取させられる。疑似世界で疑似支配者に浣腸をされている時、大抵暗殺者はニユントラナから栄養を与えられている。

 幹から外された暗殺者には管理者が、同じく肛門から栄養を与えてやらなければならない。そのため木に吊したままには出来ず、定期的に特殊栄養剤を固めた大きな丸薬を肛門から挿入し、それを溶かす為水も注入する。

 栄養丸薬は全て体内に吸収されるよう作られているので、幹から外されても暗殺者は結局実世界でも疑似世界でも、相手から浣腸をされることにはなる。

 お互いに尿を掛け合っていた2人分の性器から何も滴らなくなると、バジンカは一旦連結器から性器を取り外し、大きな丸薬を2つ、それぞれの肛門に押し込んだ。

 これを繰り返しながら、バジンカは手がかりを求めてゲルルフが現れてくれるのを待つことになる。



 もう随分前から退屈だった。

 最後に楽しい思いをしたのはもう10年以上前、まだ10代半ばだった頃。

 他国よりも雇用枠の多いオティカでは珍しい、騎士団からあぶれた連中が率いる野盗に攫われた時だった。

 ただの少女と思って見くびられていたため簡単に縄を切ることができたが、油断している相手を襲ってもつまらないため、正々堂々と姿を見せ、これから逃げると宣言した上で襲ってくる相手を皆殺しにした。

 他にも何人か売られてしまう前の少女達がいたため、助け出した彼女たちを引き連れ悠々と近くの町まで戻った。そもそも、少女達が攫われているという噂を耳にし、誰に頼まれるわけでもなく助け出そうと考えてあえて捕まった。

 相手が野盗で自分は少女だったため罪に問われることも怒られることすらなかったが、代わりに恐れられた。

 それがオティカ騎士団に入るきっかけとなった。

 騎士団での生活は、決してつまらないわけではなかった。何しろ野盗よりも強い相手が沢山いる。

 しかし、野盗と違って仲間なので本気を出すことは出来ない。そして、本気を出していないことを見抜ける程度に仲間達は強かった。

 その仲間達の一部は、自分がまだ騎士になる前どころか生まれる前から手配されている何とかという狂魔女を捕らえる任務を与えられていたので、自分もそこに加えて貰いたかったが、短い期間で地位が上がりすぎて仕舞い志願することも憚られた。志願したところで許可されなかったはずだが。同じ理由から警戒任務に就くこともなくなった。今も猶その任務に就いていたままだったとしても、少なくとも自分が生まれてからは一度も起こっていない森林民との戦闘に遭遇出来るとも思えなかったが。

 ベシーナ5カ国の騎士団全てが参加する競技会は少し面白かった。

 長く平和が続いており、騎士の数が削減され続けている中に於いて、そろそろ騎士の強さと権威をベシーナの人々に思い出させなければと各騎士団の団長が一致して判断した年、不定期に開催される。

 マジャリやニチェにも仲間達より強い騎士は何人かいたが、所詮競技大会なので剣を交えたところで10年の間に溜まった鬱憤を晴らすことは出来なかった。剣は欠けることも汚れることもないまま鞘に戻り、名前だけが売れていく。

 バーマの魔法騎士となら面白い勝負が出来るかも知れないが、それこそ叶わぬ願いだった。各国の腕の立つ騎士が会する競技大会にすら姿を見せない大賢者お抱えの魔法騎士と戦う機会があるとすれば、オティカとバーマの間に戦争が起こった場合しか無い。

 こんな事なら騎士ではなく冒険者にでもなれば良かったとロクサーヌは考え始めていた。


 国から与えられる正式な称号である聖女騎士や魔法騎士と違い、黒騎士は異名でしかない。そしてその異名を持つ騎士もまた、複数存在する聖女騎士や魔法騎士と違いベシーナにただ一人しかいない。

 見下ろすと星明かりに照らされている北側とは違い、大森林が濃い闇となって広がっている。かつて境界は森の中を縦断していたらしいが、お互いがどこから侵入されるのか分からない状況を嫌い、今では境界に沿って広い範囲で視界を遮る木々は伐採されている。そのためベシーナ側からも大森林側からも相手に気づかれず相手の領域に侵入することは出来ない。ベシーナ側の平野部には監視塔も兼ねた長い壁も作られている。

 その境界の向こうには、天然の魔法戦士とも言える力を持った一団が生活している、らしい。バーマの魔法騎士も人為的に創られるわけではないので天然には違いないが。

 そろそろまた攻めてきてくれないかな、とロクサーヌは騎士にあるまじき事を考えていた。またと言っても話に聞くだけで、実際に経験したことはないが。

 間にウポレがあり何の揉め事も起こっていないバーマとの戦争が起こるより、今でこそ小康状態を保っているがかつては小競り合いを繰り返していた森林民との戦闘が再開される可能性の方が高い。のではないだろうかとロクサーヌは考えていた。その上、種が違うため好きなだけ斬り殺してもベシーナ側の人々からは白い目で見られずに済む。

 未だにロクサーヌは稽古の名目で同じオティカ騎士団の仲間と剣を交えることはある。

 しかしそれも、稽古を付けてやった側がロクサーヌと剣を交えたことを人に自慢する程度の価値しかない。ロクサーヌからすれば価値自体がない。

 何も人を殺したいわけでも血が見たいわけでも無く、勝敗が分からない状態で全力を出したかった。しかしロクサーヌ独自の闘法では全力を出した場合人が死ぬ。

 ベシーナ最強の騎士に対して、畏敬の念を示すためにの異名に剣聖という称号が選ばれなかったのは、その辺りに難点があるためだった。


 ランバラファ山の境界にも監視塔は設置されているが、防壁まではない。

 ロクサーヌはその頂上に登っていた。最早ただ所属していてくれさえすればいい存在になってしまったため、自由に動ける時間は以外とある。

「いいかげんにしてよロクス。そんなお菓子を食べたそうに指をくわえてる子供みたいに向こうを眺めたって、森林民が襲ってくるわけないでしょ」

「・・・うん」

 時間は自由だが、行動は自由ではない。ロクサーヌの正式な肩書きはオティカ騎士団最高師範で、且つ極僅かだがロクサーヌより上の地位にいる者達にはその性質を見抜かれているため、一人でふらりと遠出することは許されない。

 お目付役、従者ではなくあくまで対等な立場の監視役であるモルガナはもう何度となくランバラファ山への登山に付き合わされていた。日頃我慢している戦闘欲が限界に達するとこうして山に登り、物欲しそうに大森林を眺めている。この場合の欲しい物とは戦闘に他ならない。

 大規模な戦闘は分裂以降起こっていないが、正式に終戦、或いは休戦が為されたわけではないらしいので、突如人間よりも遙かに屈強な集団が押し寄せてくることもあり得なくはないと思っていた。もしくは願っていた。

 そうすれば好きなだけ二本の剣を振るえる。

 各国の騎士団、魔法嫌いのマジャリでさえも主に治療のために専属の魔法使いを抱えており、モルガナもオティカ騎士団の専属魔法士の一人だったが、ロクサーヌと個人的な友人でもあったため今では黒騎士専属となっていた。

「もう戻りましょ。面と向かってうるさく言われないだけで上の人たちもホントはあなたにうろうろして欲しくないんだから」

 ロクサーヌは紛うことなきベシーナ最強の騎士だが、人を率いることも管理することも出来ないため、騎士団長を筆頭に最強騎士よりも立場が上に位置する者達は何人かいる。      

 人の上に立てるような人格ではないため肩書きも団長ではなく師範となっている。

「分かったよ、もう帰るよ」

 友人である以上にモルガナには何かと世話になっているため、素直に言うことに従う。もしも何かのきっかけで敵に回った場合、一人でオティカ騎士団を壊滅させられるロクサーヌに上から物を言えるモルガナの騎士団内での地位も上がっていた。


 戻って来たロクサーヌの黒い鎧には見にくいが、血糊が付いている。ロクサーヌが自身の鎧に黒を選んだのはまさにその見にくさを欲したためだった。モルガナは空中からかき集めた水分を指から出し、その血を洗ってやる。

「また罪もないお猿さんや蛇さんを殺したの?いい加減になさいよ」

「いや・・・うん、もう止める」

 ロクサーヌは今度ばかりは本当にもう止めようと思っていた。

 国境も境界も越えることなく、しかも人の目がないところで遭遇できるドゥマパナやロスタをランバラファ山の山頂で何度となく狩って僅かばかりの戦闘欲を発散させていたが、この日はなぜかそこに人間が一人混ざっていた。

 血を見、一旦興奮状態になると周囲に動くものがなくなるまで切り倒してしまう。

 その人間だけは魔法生物の群れに混ざってはおらず、距離を取って隠れていた。今思えば突然獣たちの断末魔が聞こえ始めたので様子を見にやって来て、その獣たちが惨殺される様を見て隠れたのだろうと分かる。

 上手く隠れてくれていれば良かった。しかし、最強の黒騎士は僅かな動きと気配を目の端で動きを捕らえてしまった。

 直前で人間だと気づいたので何とか我に返り首を撥ねずには済んだが、片方の腕を切り落としてしまい、本体はそのまま崖から落ちていった。ドゥマパナの死骸なら監視員が奇妙に思うだけなので放置出来るが、人間の腕は残せないので、それも崖下に蹴り落とした。

 恐らく生きてはいない。

 あれがただの山賊なら問題無いが、監視所の騎士や中腹の村人だったりすると大変な事になる。

 流石に自分の衝動が怖くなり、今度こそ意味の無い戦闘を求めて出歩くのは止めようと誓った。またいずれ募るはずの戦闘欲にその誓いが破られずに済むとも思えなかったが。

「じゃ、帰るわよ」

 ロクサーヌの鎧を奇麗にしてやると、モルガナは術を発動させる。

 二人を包んだ魔力の膜の外側が、山から森、平野から市街地と変わっていく。

 そして最後にはラクサカルナにあるロクサーヌとモルガナの自宅の一室に辿り着いた。

 モルガナは長距離移動魔法が使える歴とした、数少ない最高峰の上級魔法士だった。回復魔法くらいしか求められない騎士団に所属するのではなく、本来オティカの魔法研究所に勤めるべきだったが、魔法使いよりも騎士が優遇されているオティカに於いて、不安定且つ最強のロクサーヌに言うことを聞かせられる為、騎士団から請われて所属している。

 長いつきあいなので今回は鬱憤解消後のロクサーヌの様子がおかしいことにモルガナは気づいていた。

 普段なら家に連れ帰ってもまだ興奮が冷めず鎧を脱がしてやっている最中に押し倒してくることもあるが、この日は裸にして一緒に風呂に入っても大人しく、そもそも山にいるときから心ここにあらずといった様子だった。

「なに?何でご機嫌ななめなの?お猿さん斬ってすっきりしたんじゃないの?」

「別に機嫌悪くないよ。すっきりした」

「嘘おっしゃい。何なのか知らないけど、お猿さんで足りないなら私がすっきりさせて上げる♫」

 何かに悩んでいるとは察しても、まさか魔法生物を斬るついでに人間も斬ってしまっているとは思いもせず、浴室の床に膝をついているロクサーヌの股間に両手を伸ばす。

「う、今日はそんな気分じゃないんだけど・・・」

「そんな気分にしてあげる♫」

 横から伸ばした手で、泡で滑るロクサーヌの前と後ろの割れ目を撫でる。お目付役である以前に親友、更にかつて命を救ってくれた恩人でもあるロクサーヌの悪癖が万が一にも周囲にばれないよう、痕跡は全て消す必要がある。黒い鎧も後で改めて洗い直す。

 ロクサーヌが不安定であることを騎士団の上層部には把握されているが、時折魔法生物を斬り殺していることまでは知られていない。

 割れ目を撫でられている内に、ロクサーヌは膝立ちのまま両手を床に付け、腰を反らして尻を突き出し始める。

「ほら、そんな気分になってきたでしょ?」

「うん、なって来た♫」

 ロクサーヌの人格だけでなく身体も知り尽くしているモルガナに敏感な部分をまさぐられている内に、人を斬ったことはどうでも良く思えていた。そもそもあんな所にいるのが悪いし、隠れて覗いたりせず逃げれば良かったし、何より相手が自分が何者なのかを理解してしまっていたとしたら、人間だと分かった上でどの道殺しておかなければならなかった。

 結局、あれはマジャリ側から登ってきた山賊だろうとロクサーヌは思い込んだ。

「はぁ、はぁ♫モルガナもお尻こっちに向けて。私も触る♫」

「うふふ♫機嫌良くなったわね、はい、どうぞ♫」

 モルガナは小ぶりな尻をロクサーヌに向け、好きなように遊ばせてやる。 


 ベシーナ最強の黒騎士とベシーナで10本の指に入る上級魔法士が裸ではしゃいでいる間に、腕を切られ滑落した男は、崖の下で死にかかっていた。



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大头 李

hey,where r u?We miss u

2294015469

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