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 私が生まれたときにはもう既に、ツワグと人間はカリドラ地方の中央付近で穏やかに共存し、中規模な共同体を形成していました。

 道は奇麗に整備され、力学的な均整だけでなく、独自の文化を繁栄した装飾まで施された住居に住み、食料の供給も安定し、ただ生きるだけでなく娯楽に興じる余裕もありました。

 社会基盤ははツワグが設計し、人間が造ります。

 ツワグは機巧術を、人間よりも長い寿命をエネルギー源に使用出来はしましたが、大きな建造物に対して行使することは出来ません。いくら長い寿命でも、今後生きる予定の分を前借りして使用することは出来ないためです。機巧術を使用するには寿命が長いに越したことはありませんが、それは使用した後回復する余地が残されていると言うことにしか過ぎません。

 機巧術は便利で様々な可能性を秘めた術ですが、恐ろしい術でもあります。自分自身の肉体そのものをエネルギー源として使用するため、何も考えずに大質量の物体に対して術を使うと即死してしまうことすらあります。

 ですから大きな仕掛け、少なくとも術者の質量の三分の1以上の物体に機巧術を施す必要がある場合は、安全を期して複数人で協力する必要があります。

 設計だけをツワグが行い、施工は人間に任せれば、時間は節約出来ませんが寿命は節約出来ます。

 穏やかな共存の中にも知的労働と肉体労働という線引きははっきりと為されていましたが、人間側に大きな不満はありませんでした。奴隷扱いされているわけではなく、尤もツワグが明らかに人間より優れている点は知能と機巧術のみで、寧ろ身体能力に於いては小柄なツワグよりも人間の方が勝っていたため、奴隷にしようにもそう簡単にはできませんが、労働の対価としての賃金も正当に支払われ、また夜でも明るく、好きなときに水を汲め、その水を好きなときに湯に変える事が出来る生活基盤を、命を削って与えてくれているのは自分達より優れた能力を持っているツワグだという事がよく分かっていたため、自分達の立場に不平をこぼす人間はほとんどいませんでした。

 しかし、ツワグの方には不満があったようです。

 人間に対してではありません。機巧術の仕組みに対してです。

 蜘蛛が複雑な巣を張るように、蝙蝠が反響低位を利用するように、生物の特性として進化の過程で機巧能力を獲得した赤毛で小柄なツワグ族ですが、本来人間の3倍ほどはある長い寿命も度々機巧術で消費されてしまうため、最終的には人間とそれほど変わらない長さしか生きられませんでした。

 ツワグ族は長い間、その点を克服しようとしてきたようです。しかし長い時間を掛けても克服できないため、自分達は特に寿命が長いわけではなく、機巧術を使うためのエネルギーを寿命として与えられているだけで、術を使用して縮んだ分が本当の寿命だと考えるもツワグもいました。

 勿論生まれてから一度も機巧術を使わなければ300年近くは生きられたはずですが、巣を張れるのに手足だけで獲物を捕まえようとする蜘蛛がいないように、暗がりを飛び回れるのに光に頼って日中だけ行動する蝙蝠がいないように、非力なツワグもまた力を補うため機巧術を使わずにはいられませんでした。

 なので彼らは、寿命の代わりに別の何かからエネルギーを流用する方法を考え続けていました。


 東西の広大で雑多な、複数の文化圏を繋ぐ回廊としての役割を担うカリドラ地方は大小の山岳が隆起し、通過するのが容易でない一帯です。

 その中でも特に山々の密度が高い西部は盆地を意味するベシーナと呼ばれ、比較的平地がある東部は後に植林を意味するブルサロパナと名付けられました。

 ツワグと人間との共同体はそのベシーナとブルサロパナの中間にあり、周囲に種や構成を異にする他の集団も存在しなかったため国家という概念はなく、二種族がただ1つの都市で生活していました。

 国家ではなくとも統治機構は存在します。

 都市における人間の地位は労働者として確立されており、雇用主であるツワグからの与えられる仕事や規則に個別に従うのみでしたが、ツワグがツワグを律する必要はあったようです。特に機巧術の使用制限に関して。

 道を敷いたり住居を建築するための単純な労働は人間だけで事足りますが、浄水機構や地下資源の汲み上げ機構の建造と管理、或いはそれらの労働を円滑に進めるための機巧道具などの作成には機巧術が必要になります。しかしそれらを職業として固定してしまうとその職に就いたツワグのみが著しく寿命を消費してしまうため、ある時点からツワグは個々に少量のエネルギーを使って何かを造るとき以外、機巧術が必要になる職には持ち回りで就くようになり、それ管理するために統治機構が必要でした。機巧術の中には転写術があるため彼らはある構造を全員で共有出来、専門化する必要がありません。

 ツワグの中にも人間の中にも細かな階級はありませんでしたが、統治機構が成立している以上最高統治者が存在します。

 ツワグではない私も今では、ツワグが物質をエネルギーの塊として認識出来る特性を持っている事を知っています。もしかすると、世界の見え方も私たちとは違うのかも知れません。

 ツワグ自身が機巧術と総称していますが、機巧術は当時の時点で最も基本的な物質を粘土のように扱う形状変換術、物質の組成を読み取り、その情報を記憶と違う方式で肉体に保存する走査術、その走査術で得た情報を任意の物質に書き込む転写術で構成されており、それらはエネルギーの認知という特性を元にツワグの進歩と共に生み出され共有されて来ました。

 ツワグの最高統治者は最も知能の高い個体が選ばれるので、各時代に於いて形状変換術や転写術を生み出した者は例外なく統治者となって来たそうです。


 ツワグは自分達が操ることの出来る、物質を構成しているエネルギーを組成力と呼んでいました。機巧術の最大の弱点は、石でも鉄でも木材でも、それらを物質たらしめている組成力を、自分自身の身体を構成している組成力を用いてしか操れない点でした。そのため手を加えられた方の物質のエネルギーは減ることなく、術者の寿命だけが縮んでいきます。尤も、手を加える方の物質のエネルギーを利用出来たとすれば、その物質の質量が減ってしまいますが。

 高い知能と共に極小の世界を操ることが出来るツワグが長い時間を掛けても外部エネルギーを各種の術に使用する手段を得られなかったのは、それが自分達の特性そのものに関わっているためでした。

 どの術をにせよ、使用した瞬間に彼らは自身の組成力を使用してしまいます。同じツワグ同士ですらエネルギーの交換は出来ません。協力して大きな物質に術を使用する際も、共有しているのはその完成図などの情報のみでエネルギーのやりとりは出来ません。

 ツワグ達は当然、その長い歴史の中で幾度となく外部エネルギーの獲得手段を考えてきました。しかしその都度断念に至るのは、最終的に機巧術を生体に使用しなければならないためでした。

 機巧術は無機物にしか効果を発揮しません。

「え~?でも…ツワグは生き物にも機巧術を使ってるじゃないですか」

「ははは、それは勘違いだよ。機巧術は生物に対しては使えないんだ。生物とか、水とかにはね。難しいかも知れないが、鉱物と違い生物や液体のエネルギーはとても流動的で、私たちでも操作することが出来ないんだ」

「・・・でも…」

 生物だけでなく、液体や気体にも機巧術は使えないそうです。固体以外でもエネルギーとして可視化は出来るそうですが、流動的すぎてエネルギーとして認識した物体が一秒前と同じ物体だとは思えないそうです。風になびき続ける紙に字を書けないように、安定した状態の物質でなければ術で操作できないらしいです。

 生物も大半は液体で出来ているため、機巧術が生物に使用出来ないのは同じ理由だと思います。

 ところで、人間がツワグから与えて貰う仕事の中には、家事全般を行う小間使いのようなものもありました。

 男女は問われませんが、大抵はかなり幼い、10歳前後から10代半ばまでの子供達がその仕事に就くことが出来ます。ツワグが子供を好むからではありません。

 都市内で二種族が共同で使う施設、飲食店や浴場などは人間の大きさに合わせて造られていましたが、個人宅はその所有者に合わせて造られています。

 個人差はあるもののツワグに比べると人間はごく短い間に大きく成長してしまうので、小柄なツワグの住居の中で仕事をするのは背が高くなる前の子供の方が適していました。それに、おかしな話ですが機巧術でなら驚くほど複雑な構造を造れるのに、実際の手で行う細かな仕事、裁縫や料理などはずんぐりとした身体と同じように太くて短い指のツワグより、細い指の人間の方が得意だったんです。

 特に裁縫はツワグには向きません。ツワグが機巧術で布を作ると、それには編み目がありません。元の布地を構成していた何らかの繊維を利用した、布のようにひらひらとした似て非なる物が出来上がります。それはそれで水を漏らすことなく汲める袋に利用出来たりするので便利でもありますが、通気性がないので服には適していません。

 私も10歳の頃から、当時一介の設計技師だったデンテネル様のお屋敷で、何人かの女中の一人として働かせて頂いていました。

 デンテネル様は私をとても可愛がってくださいました。

 念を押しますが、ツワグが必要以上に子供を好む訳ではありません。そもそも、人間が猿に欲情しないように、身長以外は容姿に大差の無いツワグも、子供であっても大人であっても人間に性的な興味を抱くことはないようでした。種が違うので交配が可能だったとは思えませんが、私が知る限りツワグと人間の合いの子は存在しません。ですので正確には小間使いは年齢ではなく身長で選ばれ、成長度合いに因って短い間隔で入れ替わります。

「でも、転写術は使ってるじゃないですか」

 当時の機巧術を構成する3つの術の内、走査術は物質の特性を読み取ります。

 手で触れた物質の特性、単純なものであれば色や屈折率、複雑なものであれば半減期や結晶構造などを、ツワグの特性であるエネルギーの可視化を利用して走査し、記憶とは別の情報として保存する術です。

 記憶とは違う情報というのは、ツワグが読み取った特性を理解しているわけではないという事です。ツワグなら時間をかて研究すればある物質にある特性が備わっているのがどういった分子構造に因る結果なのかを理解した上で通常の情報として記憶することもできるはずですが、走査術はあくまで術でしかなく、特性をそっくりそのまま読み取り保存するだけです。術者が認識出来るのは、これは内部に光を蓄える特性、これは同じ物質同士を引き付け合う特性といった個別の分類だけで、保存された特性に手を加えることは出来ません。ただし研究をするよりは遙かに早く任意の特性を手に入れることが出来ます。

 読み取った情報を頭の中で解析出来る訳でもないので学習にも使えません。そのため単独での利用法がほとんど無くなく、転写術と併用されることを前提に作られた術です。

 転写術は走査術で読み取った特性を別の物質に加える事が出来ますが、実際はツワグ同士での情報共有に最も多く使われています。転写術の後に走査術が造られたため、今では読み取りと書き込み、2つで1つ術のように扱われていますが、そもそも転写術は情報共有のために作られた術のようです。

 走査術と転写術、読み取った情報を体内、たぶん脳のどこかに保存出来て、その上あるツワグが発明した機巧を別のツワグと共有出来ている以上、機巧術が生体に影響を与えられる証拠であることは間違いありません。なのになぜ生物には機巧術が使えないとツワグが思っているのか私には分かりませんでした。

「ああ、まあ確かに…しかしそれは生物と言っても同じツワグ同士で、しかもエネルギーと言うよりも術と術を介して情報をやり取りしているわけだから…」

「でも!ツワグも生物ですよね?それに、エネルギーを必要としてるのはツワグなんですから、他の生き物には無理でもツワグにだけ効果があれば十分じゃないですか」

「まあ確かに、それはそうなんだが、走査術や転写術が扱うのは情報で、我々が欲しいのはだね…」

 ツワグの癖なのか、デンテネル様個人の癖なのか分かりませんが、デンテネル様は考え事をする際、独り言を仰います。その独り言の内容が理解出来たとき、私はついつい口を挟んでしまっていましたが、デンテネル様は私をうっとうしがることなく、考え事に加えてくださいました。

 最初は恐らく何人かいる女中の内、特に懐いてくる私を面白がって可愛がって苦下さっていたんだと思います。ですがしつこく考え事に加わろうとする私に、いつしかデンテネル様はツワグの子供が受けるのと同等の教育を、個人的に与えてくださるようになりました。

 そして私はなぜかそれらを理解することが出来ました。

「むぅ…じゃああれです、無限…無限抵抗術?あれを使えばいいと思います!あれなら1回エネルギーを与えればずっと動かせるし、そのエネルギーも出し入れ出来るんでしょ?」

「ははは、絶抵抗無限機関術だね?無限に抵抗される術じゃあ使い道が無いよ。それにしても、色々とよく覚えてるね、君は」

「デンテネル様達は機巧術を使うエネルギーが欲しいんですよね?その絶抵抗無限機関術なら、ずっとエネルギーを使えるんじゃないんですか?」

「いや、う~む、それはだね・・・」

 3つの機巧術の中に含まれていない術に、絶抵抗無限機関術という長い名前の術があります。

 なぜ含まれていないかというと、これは正確には術ではなく、技術だからです。いえ、術でもありますが。

 ある運動に使用された後のエネルギーを熱として発散させず循環させるのが絶抵抗無限機関術ですが、ある仕掛けにこの機能を与えるのに必要な術は、形状変換術です。消費されるエネルギー量も形状変換術と同じです。

 違うのは、その規模です。

 ところで、ツワグが賢いことは確かなんですが、少し頭が硬いところがありました。私だけがそう思っている訳ではありません。ツワグ達自身もその事は認めています。

 ツワグは当然、とうの昔に車輪を発明しており、今現在それを使用した自走車を長距離の移動に使用していますが、それ以前は馬を模して作った機巧馬を使っていたそうです。

 それだけで賢さが分かります。

 しかしツワグは車輪の発明後もしばらく自走車は思いつかず、車輪を使った客車をわざわざ機巧馬に牽かせていたそうです。

 それだけで頭の硬さが分かります。

 客車そのものを自走させれば機巧馬は必要無いと気づいたのは随分後になってだよ、とデンテネル様は笑いながら教えてくださいました。

 それだけでツワグが賢く、やや頭が硬く、そしておおらかな種族だと分かります。

 その自走車や機巧馬を動かすのに必要な歯車や圧力式往復管などを作るのが形状変換術、その部品にエネルギーが循環するための道筋を作るのが絶抵抗無限機関術です。

 道筋を与えられた幾つもの部品で構成された仕掛けはエネルギーを回収しない限り、摩耗などで寿命を迎えるまで動き続けます。

 それは単独の術ではなく、形状変換術を用いた特別な技術です。

 誰かが開発した術や地下水汲み上げ機や自走機巧馬の設計案を全員で共有出来るツワグでも、この技術は全員が一様に使えるわけではないようです。

 聡明なツワグにも個人差はあります。

 自走車を作る場合、共有出来るのは内部の構造までです。一度与えただけで以後延々仕事を続けられる組みは、歯車や圧力式往復管や蓄電器を形状変化術で作りながら、それが動いた時どうエネルギーが流れどう道を繋げれば最初の位置に戻るのかを想像しながら各部品を練り上げることの出来る知能、種の特性だけに甘んずることなく、可視化出来るエネルギーがぼんやりとした塊でなく、小さなエネルギーの集合であることまで認識出来る感性を持ったツワグしか使えないとのことです。

 設計図を共有した全てのツワグが楽器を作ることが出来ても、その全てが作曲を行えるわけではないのと同じです。

 様々な情報を共有し頭が硬くなった成長したツワグより、自分が遊ぶ玩具はこう動いて欲しいと純粋に考えながら物質変換術で何かを作っている子供のツワグの方がふとした拍子に使えるようになるようです。ただし共有出来ないせいで、せっかく使えていた絶抵抗無限機関術が情報の共有と加齢によっていつしか使えなくなることも多いようです。

「絶抵抗無限機関術に使うエネルギーも結局元は自分のエネルギーなんだよ。それにそのエネルギーを増やせるわけでもない。

 自分で与えたエネルギーを自分の中に戻してるだけなんだよ」

「むぅ~・・・」

 それでも、たとえツワグ同士であったり自分自身に対してであっても機巧術を生物に使えているし、エネルギーの出し入れも出来ている。絶対応用できるのにいったい何でそんなに難しく考えているんだろうと私は思っていました。

「でも!何か思いつきそうな気がします!デンテネル様達が無理なら、私が考えてあげます!出来る様な気がします!」

「ははは、ありがとう。そうだね、君にお願いしようかな。ははは」

 お仕えし始めてから8年が経過し、私の身長はどんどん高くなり、同じ頃に働き出した女中は皆2、3年で入れ替わっていましたが、私だけは暇を出されることがありませんでした。

 理由は良く分かっています。


 ツワグ達が長年解決出来ずにいた問題にただの人間どころかただの小娘だった私が口を出し始めてからまた更に数年が経過しました。

「情報をエネルギー化するというのかい?」

「はい、それにその逆もです。直接エネルギーを出し入れ出来る無限機関術はツワグ全員が使えるわけじゃないとのことなので、集めたエネルギーを一旦ツワグ全員が扱える情報に変換する必要があると思います。身体に読み込んだ情報を機巧術用のエネルギー、組成力ですよね?それに変換する。

 これでもう寿命を消費せずに機巧術を使えます。長生き出来ますよ、デンテネル様♫」

「ううむなるほど、という事はその工程を…」

「はい、炉に組み込んでしまうか、術にするか、どっちがツワグに取って使いやすいのか私には分かりませんけど、炉に組み込んでしまうとエネルギーを補充するために毎回炉に足を運ばなければならなくなりますので…」

「術にした方が良さそうだね?…いやしかし、術にしたところでエネルギーは炉に蓄えられているわけだから、結局炉からしかエネルギーを補充出来ないんじゃないのかな?」

「あ、それは…でも…」

 情報から変換出来るものは何もエネルギーだけじゃないなと私は考えていました。でもそれは今考えている新しい術が出来てからでないとどうにもなりません。

「おっと、先走ってしまったかな?すまんね。ただまぁ、君の頭の中にはもう何かあると言うことか。本当に人間とは思えないよ、君だけは。ツワグより賢いじゃないか?」

「そ、そんなことはないですよぉ♫…むぅ♫」

 デンテネル様は動けない私の、もう随分大人になってしまっている私の頭を子供を誉めるように撫でてくださいます。

「では…情報変換術かな?名付けるとすれば。その変換術の作成を進めようか。君が案を出し、私が設計する。前回のように、いいかな?」

「分かりました。はうっっ♫」

 部屋の半分近くを占領している大きな模型の横で、私は一糸も纏わない姿で拘束されています。拘束したのは勿論デンテネル様で、勿論機巧術が使われています。

 虐められているわけではありません。いえ、虐められてはいるんですけど、悪意からではありません。

 隠すことはおろか閉じる事も出来ない私の足の付け根に、デンテネル様の太く短い指が挿入されました。

 指だけではありません。その指は私を発情させるための薬を纏っているはずです。

 カリドラ地方には明らかに普通の動植物とは生体の異なる、奇妙な力を使用出来る特性を持つ植物や生物が生息しており、ツワグや人間はそれらを異系生物と呼んでいました。私の膣に塗られている発情薬も、何らかの異系植物から抽出された成分に因って作られているはずです。作ったのは人間の薬剤師ですが。

 ツワグの知性は無機物、そして工学に特化しており、そのツワグの長に教育を受けていた私も当時の時点では生物に関する知識はほとんどありませんでした。ですので何から抽出された薬なのかは分かりませんが、その薬を塗られてしまうと時をおかずして膣は火照り、むずむずと耐え難い感覚に苛まれ、私は発情してしまいます。

 このように。

「…う、んん~…は、はぁぁぁ♫」

「足りなくなって来たらまた足してあげるから、ゆっくり考えなさい。勿論私も考えるがね」

「はぁ、は、はぁい、考えます♫」

 裸で腰を反らし卯ながら上半身を突き出すように前屈みになっている私の身体はその表面を這う金属で支えられ、顔から床に倒れ込んでしまうことはありません。

 足は膝を真っ直ぐに伸ばしたまま拡げられているいるので、お尻の位置はかなり下がっているはずですが、立っているデンテネル様のお顔の位置とほぼ同じ高さにあります。覗き込まれると割れ目に息が掛かり、一層発情に拍車が掛かります。

 既に膣はむずむずちくちくと熱を帯び、蜜を溢れさせ始めています。あまり強い薬だと頭を働かせる余地がなくなってしまうので、時間が経ったり量を増やされてもこれ以上刺激が強くなることはありませんが、何か進展があるまでは膣を潤ませたままにさせられます。

「うぅぅ~~~、はぁ、はぁ、はぁぁ…ん♫」

 口が閉じられなくなり、涎を床まで垂らしてしまいます。

 発情薬とは言ってもは脳に作用することはなく、塗られた箇所、この場合膣の中だけに疼きをもたらします。デンテネル様に遊んで貰って、私が勝手に興奮しているだけです。

 涎同様床まで届く蜜を膣から垂れ流している恥ずかしい姿を、隠しようもなくお慕いしている方に見られているので、薬が直接作用しなくても最終的には頭の中も発情してしまいます。

 疼きを鎮めるには効果が切れるのを待つか、蕩けた穴をどうにかして貰うしかありません。どうにかして貰うには、使える案を思いつくしかありません。

「どうも私には情報がエネルギーの一種だという君の感覚が掴めない。そこの所は君に任せるしかないな」

 デンテネル様は私の身体を触りながら質問を続けていますが、まだ私の頭は働いていません。しばらく身体も頭も発情した状態が続き、ある程度疼きに慣れて完全な雌に成り下がった後なら考え事も出来る様になりますが、久しぶりだと思考の全てが膣の感覚に支配され、挿入して欲しいとしか考えられなくなります。敏感になるような効果までは無いはずですが、自分の膣内の壁と壁が閉じたり開いたりしている感触まで感じるような気がします。

 でも、デンテネル様が触ってくださるのはそこ以外の部分です。

「んあふぅ~・・・♫」

 こんな状態ですが、お遊びではありません。いえ、遊びながらですが、私もデンテネル様も真剣に外部エネルギー利用のため情報変換法について考えています。

 ただし真剣ではありますが、私の痴態を見て楽しんでもいらっしゃいます。人間に対しては欲情しないはずのツワグのデンテネル様に私の痴態を楽しんで頂けるのは光栄なことですし、私もこうして遊んで貰っていることを嬉しく思っています。

 人間である私をツワグの女性のように感じてくれているわけですから。

 理由は良く分かっています。


 私の隣にある大きな模型は、徴収炉と名付けられています。模型と言ってもデンテネル様が機巧術を使い時間を掛けて作った物で、しっかりと機能します。

 私とデンテネル様が考えているのはツワグのための外部エネルギー利用法ですが、それには大きく分けて2つの工程が必要でした。

 1つは外部エネルギーの収集、もう一つは収集したエネルギーの利用。

 これは1つにまとめることがどうしても出来ませんでした。

 一つ目の工程、エネルギーの収集を術を作って行おうとすると、エネルギーを収集するためにエネルギーを使うことになるからです。それはツワグが長年外部エネルギー利用術のようなものを作ることが出来なかった根幹的な原因でもあります。

 そのためエネルギーの収集に関しては術を使わず、外部の装置を作るしかありません。

 徴収炉はそのための装置です。

 様々な機巧を作ってきたツワグなので、そんなことはとっくに考えついていても良さそうなものでしたが、そこにも機巧術が生物には使えないという制約が関わっていました。私から見れば使えないという思い込みでしかないと思いますが。

 ツワグも生物で、機巧術も生物の特性であることには違いありません。機巧馬を造れる位なので手足が動く構造程度なら理解していても各臓器の機能や脳の仕組みや細胞の働き、それよりも更に複雑な、ツワグという生物が機巧術を使用できる仕組みなどは解明されておらず、解明されていない仕組みを機巧化することは出来ずにいたようです。

 徴収炉を設計し実際に機巧術で作ったのはデンテネル様ですが、考えたのは私です。

 私が考えたのは、主にツワグそのもの、そして機巧術についてです。ツワグ自身が理解出来ない機巧術の仕組みを、私は客観的に理解することが出来ました。ツワグが物質をエネルギーとして捉えることが出来る事や、各種機巧術の詳細を知ったのはこの頃です。

 私自身が実験出来るわけもないので所詮推測でしかありませんが、ツワグの肉体の内部で起こっているであろう反応をデンテネル様に伝え、デンテネル様がその反応を起こせる装置を作る。そこで漸く実験が行え、推測が正しければ装置が機能し、間違っていれば何も起こらず、デンテネル様に無駄な消費をさせてしまうだけになります。

 失敗してもデンテネル様は怒ったりせず、私の改良案を根気よく試してくださいます。

 何度か失敗と修正を繰り返しながら数年後に完成したのが、まだ試作段階の模型ではありますが、私の隣にある徴収炉です。

 徴収炉とは言わば自動機巧術装置です。

 形状変換術以外の術を、絶抵抗無限機関術まで含めて全て装置化しています。エネルギーを使ってエネルギーを取り込むという意味の無い状態を回避するために、ツワグの代わりに術を使ってくれる、エネルギー徴収専門のツワグが出来上がったようなものです。その人造のツワグは寿命を気にすることなく、生物のツワグにエネルギーを供給してくれます。

 徴収炉は組成エネルギーを集め、内部で情報に変換します。ですので実は今私とデンテネル様が作ろうとしている情報変換術がなくても、絶抵抗無限機関術が使えるツワグなら現時点でも徴収炉の恩恵を受けることが出来ます。現にデンテネル様は情報変換術がないまま試作徴収炉からエネルギーを受け取れています。

 ですが無限機関術はかなり顕著に、使用できるツワグの方が少ないらしいので、外部エネルギーを使えるツワグとそうでないツワグが出来てしまいます。せっかく平等なツワグ社会に格差が生じてしまっても困りますので、炉が集めたエネルギーは一旦ツワグ全員が扱える情報に変換し、ツワグ全員が使用できる術を作る必要があります。

 ですのでまだ徴収炉の完成は公表されていませんが、デンテネル様は一足先に外部エネルギーを使い、寿命を気にすることなく好きなように私を金属で拘束することが出来ます。

 考えてみると、私とデンテネル様の秘密の遊びが始まったのは試作徴収炉が出来た後です。

 ツワグが人間に欲情しないのは事実です。

 でもデンテネル様はそうではありません。

 理由は良く分かっています。

 理由は・・・こほん、自分で言うのも何ですが、私がツワグよりも賢いからです。

 ツワグが人間に性的な興味を抱かないのは、種の違いでも身長の違いでもなく、知能の差に原因があるようです。確かに、ツワグと人間の間の容姿の差は言うまでもなく、ツワグ同士にも容姿の差はそれほどありません。年齢と男女差、後は髪や髭の長さくらいの違いしかないため、遠目からでは誰が誰なのか分からないことが多々あります。また転写術で技術を共有出来るため、個人間の技能にも差が生じません。

 ツワグは温厚なので決して表には表しませんが、人間の事はよく働き言葉が通じる毛のない猿程度の認識であるはずです。

 ツワグに取って他者を他者として認識させる最大の要因は知能の差であり、だからこそしがらみも駆け引きもなく、単純に最も知能の高い者が一族の長となります。

 デンテネル様が私だけを長く雇ってくださったり、種が人間の私に性的な興味を抱いて下さったのは、幼い頃からデンテネル様の独り言に口を挟んでいた私に知性を見いだしてくださり、次第に一人の女として認識して下さったからだと思います。


「はぅ、んぁ…は、は、は・・・♫も、もうむりですぅ、デンテネル様ぁ」

 だらしなく垂らした舌からだらしなく涎が垂れています。ソファに座っていたデンテネル様は立ち上がり、それを拭ってくださいます。恥ずかしいですけど、涎だけでなく用を足したくなったときもデンテネル様が処理してくださいます。

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「ん?どっちの意味かな?もう思いつきそうにないのかな?それともこっちのことかな?」

 デンテネル様は私の後ろ、お尻の方に回って性器の様子を確認されます。自画自賛するつもりはないですが、いくらツワグが思いつかないことを思いつける私でも、一日や二日でツワグが数百年保留し続けてきた問題を解決できるわけではありません。

 拘束されたまま、考える彫像のように頭働かせ、何か思いついたらデンテネル様に伝えます。その間デンテネル様はほとんど私の側を離れずにいてくださいますが、かといって何かしてくださるわけでもありません。議論をするか、膣液で洗い流されて閉まった発情薬を時々追加するくらいで、頭や身体は撫でてくださいますが肝心な部分は決して触ってくれません。

 触って頂くには、やはり何か思いつくしかありません。

「う~ん、確かに随分辛そうなことになってるね。徴収炉の時はこうはしてなかったからね。

 やはり発情したままじゃあ情報変換術は考えられないかな?」

「む、むぅ~むぅ~!か、考えられますぅ!やっぱりこのままでいいですぅ!」

 私には少し負けず嫌いなところがあるのかも知れません。それに、私が膣を悶えさせている様をもっとデンテネル様に楽しんでも貰いたいですし、その状態で情報変換術を作って誉めても貰いたいです。

「は♫は♫・・・じょ、情報を…ふ、普通は読み込むだけの…」

 通常の走査術、機巧術では情報は移動しているのではなく、書き写されているのと同じです。しかし徴収炉はエネルギー源としての情報を扱うため、実際にツワグへと移動します。その際、機巧術に使用する為のエネルギーを含めておけば情報変換にも肉体の組成力を使用する必要がなくなります。

 機巧術の中で圧倒的に組成力を消費するのは形状変換術と転写術です。どちらもツワグからツワグ以外に影響を与える術です。

 逆に走査術の消費はそれほどではありません。何メートルもある大きな岩からでも、手の平に乗るほどの小石からでも、同じ鉱石から読み取れる情報は同じだからです。

 しかし形状を変化させたり特性を与えたりする場合はそうはいかず、物質が大きければ大きいほど、密度が高ければ高いほどエネルギーの消費は激しくなります。

 今作っている新しい術は外部に影響を与える事なくツワグの体内のみで完結する術なので、新しい術に使用する分のエネルギーについてはほとんど考慮する必要がありません。大質量の物質の形状を変化させたり転写するときの誤差程度の量で事足ります。

「ちょっと思ったんだがね、変換の原理は君に考えて貰うとして、術として作る場合二通りの方法があるんだよ。

 情報をエネルギーに変換して機巧術の使用に際してその都度使うか、使った分を補うか。どちらがいいと思うかね?」

「そ、それは、んふぅ~っ、ぜ、全然別の、こ、工程が…」

 デンテネル様は軽く仰いますが、その2つは別物です。情報をエネルギーに変換して術の発動に使うのは今考えている変換術のことですが、これまで通り肉体をエネルギー源として術を使った後、その肉体を回復させるには、情報を物質に変換させる必要があります。それは私も後々必要になるとは考えていましたが、今はその段階ではありません。拘束、いえ発情していなかったらその事をお伝えしてデンテネル様をからかっていたかも知れませんが、今はそんな余裕がありません。

「ふ、ふたつめは今は無理ですぅ、その都度使う術をつくってくださぁい」

「ふぅむ、そうかね?後から補えた方が便利・・・というよりもこれまで使ってきた分も補充出来るならとてもありがたいんだが」

 デンテネル様の仰いたいことは良く分かります。今回はこの術を使いこういう作業をするので、このくらいのエネルギーが必要になるなと準備するより、とりあえず術を使って消費した分だけを回復させた方が遙かに簡単だからです。でも、使う方は簡単でも作る方は簡単ではありません。

 このようにしてこの発情議論は続いていきます。

 私がいくら案を出しても術を作るのも実際に使うのもツワグであるデンテネル様なので、案が理論的に成立していても術化にそぐわない方法だったりすると意味がありません。

 ツワグについて色々なことを教えて貰いはしましたが、術を作る感覚だけは掴めません。蜘蛛が体内で糸の元を製造する仕組みは理解出来ても、それをお尻から出す感覚は蜘蛛になってみないと分からないと思います。

「んふ、んふ、ふぅぅぅ~っ、じ、自分自身を走査して、自分自身に転写する要領でぇ…」

「うんうん、その流れが一番だろうね。それならどのツワグでも使えるし。

 ただ普段は転写の際に特に内容を気にしない転写のための情報を身体の中で認識するのが中々難しくてね…」

「へ、変換用の情報はぁ、は♫は♫、い、意味の無い、あくまで変換のためだけの情報ですからぁ、はぁぁ~っ、じ、自分自身をエネルギーの塊として認識するように捉えればぁ♫」

「なるほどね。外ではなく内側に意識を集中させるわけか。はっはっは、ツワグが苦手な作業だね、それは。でも出来ないこともない」

 立ったり座ったり、時には撫でたり拡げたり嗅いだりしながら、デンテネル様は私の周りをうろうろと動きながら術をお作りになります。

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 やはり術を作る感覚は私にはいまいち分かりませんが、徴収炉の時のように作っては試し、機能しなければ直すというような繰り返しではなく、頭の中で整合性が整わなければそもそも発動すらしないらしいので、反復して試すような作り方ではありませんでした。

 大半がお喋りで、試作品を作る為の消費も前回のように必要無く、ずっと構って貰えます。

 なので、今回の方が私は楽しいです。悶々ともむらむらもしてはいますけど。

 ただし、徴収炉は少しずつ成果を上げる度にご褒美を貰えていましたけど、今回は完成するまで私には成果が見えにくいので、ご褒美を貰える機会が減っているような気がします。

 この状態の私に対して与えられるご褒美とは膣に与えられるご褒美に他なりませんので、機会が減ると言うことはそれだけ長く発情したままでいなければならないと言うことです。

「は、はぁぁ、は、は…だ、だからそこをそうして、あそこをああすれば気持ち良く変換…あ、違う…無駄なく変換出来るようになるので・・・あっ♫」

 ゴツゴツとした小さな手でお尻を掴まれ、そこを拡げられます。

「ふふふっ、いやぁ、すまんね。言葉が上手く出てこないほど我慢させ続けてしまっていたね。

 実は順調に術は形になってきているんだが、だからこそつい集中してしまってね。涎を垂らしている君も愛らしいし。

 とはいえ、完成にはまだまだ掛かりそうだから、一度ここまでの分のご褒美をあげよう。欲しいかね?」

「はっ!はひっ♫ほしいっ!ほしいですぅぅぅ♫」

 思わず動かせないお尻を振ってしまいます。お尻を含めて身体は動かせませんが、細かい部分は拘束されていませんので、ご褒美という言葉に反応してぱくぱくと開いたり閉じたりしてしまっている膣やお尻の穴はその真後ろにいらっしゃるデンテネル様に全て見られてしまっています。

「よしよし、それじゃああげよう。随分がんばってくれたし、これ以上ここを放置するのも可哀想だしね」

「あうぅぅ~っ♫」

 かなり久しぶりに、私の性器にデンテネル様の指が触れました。その指がほとんど摩擦を感じさせることなく割れ目を滑っていくことで、自分自身の蕩け具合が分かります。

「さて、ご褒美と言っても…どれがいいかな…」

 デンテネル様が本当にご褒美用の道具を準備し始めたので、私は、私の膣はそれを迎え入れる準備のため一層口を拡げます。ご褒美を貰えると思わせて置いて、そのまましばらく焦らされることもあるので実際に膣が何かを飲み込むまで保証はありませんが。

 尤も、焦らされたら焦らされたで私は楽しめますけど♫

 ご褒美用の玩具はその場でデンテネル様が作ることもありますし、既に何度か使って頂いた物もあります。

 今回は既に作り、保管してある物を使って貰えるようです。

 一度作った玩具を残すか破棄するかの基準は、私が気に入るかどうかです。デンテネル様が思いついて試してみても、私の反応がいまいちだと一度きりで二度と使われなくなります。機巧はツワグのお家芸なので、それがたとえいやらしい目的の玩具であっても、より優れた物を作りたくなるようです。

「うん、これにしよう。これはかなり気に入ってたしね、君」

 試作徴収炉の脇に置いてある専用のおもちゃ箱の中から、デンテネル様が何れかを選んだようです。後ろを振り向けないので、何の選んでくださったのかまだ分かりません。

 きゅいいいんと、動作確認の音が聞こえまます。どれなのか分かりました。

「あぁぁぁ~っ、そ、それぇぇぇっ♫」

「ん?ああ、音で分かったんだね?これ好きだろ?君」

「んふぅぅ♫す、好きですぅ♫それがいいですぅぅぅ♫」

「よしよし、これにしてあげるからね。今回は長く我慢させてしまったから、激しい方がいいだろう」

 拘束される姿勢は毎回同じではありませんが、この恰好の場合私の足の間には玩具を固定するための筒が下を向いてぶら下がっています。

 デンテネル様がそれを引き上げました。本当にご褒美をくれる気があるみたいです。

 引き上げられた筒は丁度私のつき出されたお尻の真後ろに位置し、膣に狙いを定めます。

「今日はこれを使うからね」もう分かっている私にデンテネル様は改めて玩具を見せてくれます「…なんて名付けてたかな、君は」

「は♫は♫つ、つぶつぶ機ですぅ♫」

「ははは、そうそう、つぶつぶ機ね。じゃあこれをあげるから、心ゆくまで楽しみなさい。

 デンテネル様は確か鎖状循環自動張り型機と呼んでいたと思いますが、言いにくいです。

 その鎖状循環自動張り型機ことつぶつぶ機の先端、文字通り無数のつぶが鎖状に連なっている部分を固定用の筒の中に通していきます。位置合わせのための筒なので、つぶつぶ機はしっかりと私の膣の中と平行に設置されます。

「もう入れていいのかな?それとも少し…」

「も、もういいですよぉっ!すぐくださいぃぃぃ~っ♫」

 固体なのか液体なのか判別がつかなくなっている膣の入り口に、粒が触れているのが分かります。

 過去にデンテネル様が作り、私が気に入ったため保管されているいくつかのご褒美用玩具の内、今回の玩具は本体も断面も縦長です。ツワグは木を斬るために無数の小さな金属の刃が細長い楕円形に連なり、それが高速で回転することにより太い幹を薄く削り取る機巧道具を作り出していましたが、それを応用したんだと思います。

 そのため膣に収まる部分の断面は円ではなく、数珠繋がりの粒の回転を助けるための軸を中心に上下に広がった楕円形です。ですので、広がった方向はかなり太いです。

「分かった分かった、すぐあげるからね」

 微かに触れていた粒が、ゆっくりと3つ、5つと私の中に入って来ます。輪になっているので、最初の一粒以外入ってくるのは必ず2つずつです。その太い玩具を簡単に飲み込んでしまう私の膣は、やはり液体かも知れません。膣壁なのか膣液なのか分からないくらいに。

 膣の入り口に狙いを付けている筒に沿って玩具が押し込まれ、幾つものつぶつぶが私の中に入ってきました。液体のように蕩けていても、しっかりとその感覚は分かります。さっきまで僅かに膣口に触れていた粒は、私の中を拡げながら奥に進み、今度は子宮口に触れています。

「さ、それじゃあ動かすよ。君の声を聞きながらゆっくり術を錬ることにしよう」

 デンテネル様が動力を送ると、構造的な理由で並んだ粒が私の中で一粒分だけ一斉にぐちゅりと一斉に移動しました。

「んはぅっ!?あぁぁ~~~~っっっ♫♫♫」

 連なっている粒は、何を加工したのか分かりませんがぷにぷにと柔らかく、1つの粒は親指の先ほどの大きさです。

 そのつぶつぶが一度ずれただけで私の全身に鳥肌が立ち、ぞわぞわと毛が逆立つような気がします。ぎゅっと目を閉じ、大きく開いた口から快感の声と大量の涎が零れます。快感と言っても性的な快感ではなく、何日も痒かった部分を漸く掻いて貰えたような、純粋な快感です。

 というのは一瞬のことです。

 親指の先ほどの大きさの柔らかい粒が、まだ1つ隣に移動しただけです。といっても何十個も連なっているので、膣の縦、クリトリス側と肛門側が一斉に刺激されたわけですが。

 木を斬る道具と同様に、つぶ達も私の中でグルグルと回転し始めます。最初から割と、手加減無く激しく。

「んあぁぁぁっ!!!っっきゃぁぁぁぁぁ~~~~~~っっっ♫♫♫」

 途切れることなく楕円に並んだつぶが、縦長に拡げられた私の膣のクリトリス側から一粒入ってくると、肛門側から一粒出て行きます。素早く、ぷちゅぷちゅと。

 何日もおあずけのまま発情していた私は急激な刺激を与えられて悲鳴を上げてしまいますが、蕩けきっていた私の膣はぴっちりと上下に拡げられ、その上高速でつぶ達が出入りしても問題無く、それどころか喜んで向かい入れ、送り出します。

 口を塞がれていればぷちぷちくちくちと小気味の良い音が断続的に私の足の間から聞こえているはずですが、私はそれをかき消してしまう大きな嬌声を止められません。

 この頃のデンテネル様はただの技師だったので、お家もごく平均的な大きさでした。ですのでこういった遊びを始めるに当たって、可能な限り室内の音が外に漏れないように隙間が埋められ、ドアも二重にされています。でないとデンテネル様が人間の使用人を虐待しているのではという噂が立ってしまうかも知れません。

 虐待どころか、私は大喜びで膣から蜜を垂れ流しているんですが。

「あひゃぁぁぁ~~~っっっ♫♫きひぃぃぃ~~~っっっ♫」

「早すぎるかな?大丈夫かい?」

「いひひひひぃぃぃぃっ♫んはははははぁぁぁ~~~っ♫♫」

「…なるほど、大丈夫そうだね。随分我慢したんだから、たっぷり楽しみなさい」

 デンテネル様用の1人掛けソファは、私のお尻の後ろに置かれています。私の恥ずかしい部分をよく見ることが出来る特等席です。そこに腰掛け、有言通り私の声を聞きながら、私の案を元に術を作り始めます。

「あひゃぁぁぁっっっ♫んにっんにっんにっぃぃぃぃ~~~っ♫♫」

 自分の声で聞こえなくても、ぷちゅぷちゅぷちゅぷちゅと私の中をつぶが移動する感官ははっきりと分かります。正直、つぶの輪が一周する間もなく私は1回目の絶頂に達していました。

 つぶは尿道側から私の中に入り、体勢的に下を向いてはいますが膣の天井をぞろぞろと並んで行進しながらしっかりと奥まで届き、ぷるるるると子宮口を撫でながら今度は下の壁をえぐり、外に出ていきます。

 つぶが1つならその道のりです。

 でもつぶはつぶつぶなので、それら全てが同時に刺激されています。あるつぶが私の中に入ろうとしているときあるつぶは子宮口をぷるんと撫で上げ、あるつぶは私から出て行っています。鎖状のつぶつぶは高速で回転しているので、出て行ったつぶは一秒も経たないうちに私の蜜を纏ったまままた私の中に戻ってきます。

 ぐるぐるくちゅくちゅと、それが繰り返されます。

「えひぃっ♫えひっ、えひっ、えひぇぇぇぇ~~~っ♫♫」

 発情状態の時なら大丈夫でしたが、ご褒美の時は流石にもう何も考えられません。ただイクだけです。

 つぶつぶ機が私の中に納められ、かき回し始めてから既にもう何度もイっていますが、イくイかないはそれほど気になりません。自分がイっているのかどうかも良く分かっていません。そんなことよりもっと単純に、長い間むずむずうずうずしていた箇所に漸く刺激を与えて貰っていること自体が気持ちいいです。イってしまうのはその結果に過ぎません。

「う~む・・・なるほど…徴収炉から”移動した”情報なら体内にあっても自分の物ではないエネルギーとして認識できるな・・・。

 しかし、これは技術だな。走査術を使った技術になってしまう。無限機関術と同じように使える者とそうで無い者が出て来てしまうかも知れんな、どう思うかね?」

「んへへへへぇぇ~~~っ♫♫♫ほぁぁぁぁ~~~っっっ♫」

「う~んしかし…この程度なら…認識も含めて術化出来るかも知れないな。無限機関術のように様々な状況に対応する必要は無い。移動した情報を認識出来ればいいだけだからな」

「いひひひひひぃぃぃっ♫ぷおぉぉぉ~~~っ♫♫」

 デンテネル様には申し訳ありませんが、相手をして差し上げる余裕はありません。なにしろくちゅくちゅぷちょぷちょですから。尤もデンテネル様も私に本当に意見を求めているわけではなく、いつもの独り言だと思いますが。

「とにかく、認識した情報を自分自身に転写か…これは手こずりそうだ・・・おっと、すまんね。回してあげないとな」

 調子がいいですが、そこは聞き取れました。

「はへっ!?はっ♫はっ♫はっ♫はへぇぇぇぇっっっ♫♫♫」

 私は既に十分気持ち良くなっています。しかし、発情薬は膣内にまんべんなく塗られていて、クリトリスと肛門を結ぶ方向だけがむずむずしているわけではありません。

 デンテネル様がつぶつぶ機の持ち手を操作すると、今度はつぶの鎖を膣内で誘導している中心軸自体が、その軸に沿って回転を始めます。

「ひゃはぁぁぁぁっっっっ!!!んおぉぉぉ~~~んっっっ♫♫♫」

 膣内の同じ面を移動しながら刺激し続けていたつぶつぶが、その動きはそのままにぐるぐると回ります。これで全体が疼いていた私の膣の、全体がぐりぐりぶりゅぶりゅと掻き回されることになります。

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「にひひひひ~~~っ♫ぷぁぁぁっっっ♫ぷっ、ぷちゅぷちゅぅぅぅぅっ♫♫」

 これでもう、私の頭は完全に膣の気持ちよさだけに支配されてしまいます。辛い発情状態からは解放されましたが、別の理由で悶え続けます。私の身体は無意識に激しく藻掻いていますが、試作徴収炉のおかげで生命力の消費を気にする必要のなくなったデンテネル様に因って拘束具が必要以上に頑丈に作られているので、傍目には全く抵抗せずにイキ続けているように見えるはずです。思う存分喚きと膣液を撒き散らかしながら、恥ずかしい姿をデンテネル様に見て貰えます。デンテネル様が考え事に集中していなければですが。

 ご褒美の用の玩具の動力はいずれも絶抵抗無限機関術を使っているので、壊れるかデンテネル様がエネルギーを回収しない限り、私はこのままです。

 このままで構いません。

 途中からイかされ続けて苦しくなってきますが、それはそれで発情とはまた別の辛さを楽しめます。

 正直に言うと、こんな事をせずに頭を働かせた方が、徴収炉でも情報変換術でももっと早く考えられたのは間違いありません。でも私はこうして遊んで貰いながらの方が楽しいし、デンテネル様もきっと楽しんでくださってます。何しろおおらかなツワグですし、そのツワグが何百年と放置してきた問題ですし。寿命も長いので、半年で作れるかも知れない術に数年を掛けても特に気にならないようです。

 その数年で、しかもこんな状態で本当にツワグのための外部エネルギー利用機構を作った私はやはり…ツワグより賢いかも知れません。

 繰り返しになりますが、炉や術の現物を実際に作ったのはデンテネル様ですが、そのための案を考えたのは私です。

 10歳の頃からお仕えし、18歳の頃から一緒に外部エネルギー利用機構を作り始めたデンテネル様は、私が30歳になる前に徴収炉と情報変換術を完成させ、それをツワグ社会に公表なさいました。

 そしてその2つを共有したツワグ達によって外部エネルギー利用機構が正しく機能することが証明されると、当然ながらデンテネル様はツワグの統治者となられました。



 私がデンテネル様から学んだのはツワグの生態だけでなく、その歴史もです。

 私は孤児だったので両親から昔話としての歴史を聞くこともなく、そもそもデンテネル様にお仕えするまで気にも留めていませんでした。

 以外にも、元々カリドラ地方を生活の場としていたのは人間の方が先で、ツワグの方が別の場所から流入してきたようです。現にここ混成都市サハバスタナとは比べものにならない規模ですが、カリドラ地方の西、ベシーナと呼ばれている地域には人間だけの集落が点在しています。

 流入してきたツワグがカリドラの中央付近に当時の人間達の文明水準より遙かに高度で便利な小さな町を作り、今度は逆にその便利さを求めた人間達が集まり始め、少しずつ発展してきたようです。

 ツワグに取っても新天地に自分達より屈強で、意思の疎通が可能な他種族がいてくれた事は幸運でした。

 漸く新しい段階に進んだ機巧術ですが、基本的には小柄なツワグの身体より大きな物に対して使うのには向いていません。

 一人で家を作るなど論外で、十数人で力を出し合って機巧術で家を建てても、出来上がるのは一人分の家でしかありません。

 水道設備や照明設備などの供給の代わりに肉体労働を引き受けてくれる人間の存在は、サハバスタナの発展に欠かせませんでした。

 ツワグが新しい段階に進むための要である徴収炉はまず三基、ベシーナの西端に作られることになりました。

 まず、です。

 最終的にサハバスタナのツワグ達に外部エネルギーを供給するための正式炉は、カリドラ地方の東端に作られる予定です。

 その炉はかなり巨大な物になる予定で、サハバスタナの全ツワグが協力しても組成力が足りません。

 そのため正式炉を作るのに必要なエネルギーを得るための炉が、別に必要になります。

 その建造用徴収炉もまた大きすぎても組成力が足りず、小さすぎると東西に延びた広大なカリドラ地方を、何度も往復しなければならなくなります。

 そのためツワグが十分に余力を持って建造出来る小規模な炉を作り、次にその炉が集めたエネルギーを使って中規模な炉を作り、最後に巨大徴収炉建造のためのエネルギーをまかなえる大規模炉を作ることになりました。

 それだけではありません。

 統治者に選ばれるとすぐに、デンテネル様は行動を開始されました。

「ファレンテインにはエネルギーの供給路の設備を担当して貰う。これはこれで大仕事になるが…」

「とはいえ、せっかく建造路を作っても西と東を往復してたんじゃ意味がないからな。

 エネルギーを持ち運べれば楽なんだが」

「それは…」

 ちらりと、デンテネル様が私に目配せされました。情報物質化の件だと思います。残念ながら、供給機構の公表からデンテネル様の統治者就任、そして建造計画とやるべきことが山積みで全く進展していません。その計画が話し合われている場に、立場上ただの女中の私が同席させて貰えていることは光栄です。

「それも考えるが、どうなるか分からないからな。堅実な手段を用意しておく必要がある。今から始めておかないと西部三基炉の方が先に完成してしまう」

 悲しいことがあります。

 私で遊びつつ、且つデンテネル様お一人での作成だったとは言え、室内に収まる程度の試作徴収炉でさえ完成までに5年ほど掛かりました。

 カリドラ西端に建造予定の三基の建造酔う徴収炉は、一番最初に作られる最も小さい物ですら、試作炉の何十倍もの大きさになります。

 それより更に大きな炉が2つ作られるため、完成予定は30年後です。

 そこまでなら、何もなければただの人間の私も何とか生きていられるかもしれません。

 でも、60歳近くになってしまっています。

 正式炉はそこから作られるので、たぶん私には、私だけでなく今生きている人間は誰も完成を見ることが出来ません。今日生まれた赤ん坊なら、なんとか間に合うかも知れませんが。

 デンテネル様と二人で作った供給機構が稼働し、サハバスタナが更に発展していく様を見ることが出来ないのは悲しいですが、未だにお側に置いて頂いているだけで満足です。

「植林はメトセラルに頼む。これはこれで、どうした物かまだ考えがまとまってないが…まとめるところから頼んでいいかな?」

「種の移動のことかな?そうだね…タオヤリムの種だからね・・・どう運べばいいものか。

 何か、大きな運搬用機巧を作るしかないと思うんだけど、それには徴収炉が欲しいところだね。かといって…」

「結局一番時間が掛かるのがタオヤリムの成長だからな。小規模炉の完成を待つと植林開始が10年後になってしまう。他に手がなければそれもやむを得ないが…」

 正式炉が建造されるカリドラ東端の一部にタオヤリムという木が植林されることになり、既に人間に因ってベシーナと呼ばれていたカリドラ西方に対し、この時から東方がブルサロパナと呼ばれるようになりました。

 植林は徴収炉のエネルギー源として行われます。

 徴収炉は…欠点があるとは言いたくありませんが、少なくとも完全ではありません。

 徴収炉がエネルギーを集められる範囲は、炉の下方から地下に向かって伸びる炉心管の長さによって決まります。広い範囲からエネルギーを集めようとすればそれだけ炉心管を長くする必要があり、長くした分本体が巨大化します。

 炉は可能な限り広範囲からエネルギーを集める必要があります。なぜなら残念ですが私が考えた徴収炉の機能では、エネルギーを接収する対象を選別出来ないからです。

 石でも土でも木でも、虫でも動物でも、そしてツワグや人間でも、影響範囲内にある全ての物質から等しく、炉のエネルギー保存容量が一杯になるまでエネルギーを奪い続けます。

 影響範囲が広ければ広いほど物質単体の負担料が少なくなるため、どうしても正式炉は巨大な物になってしまいます。

 本来はサハバスタナの近くに作れば便利なはずの炉を出来るだけ遠ざけ東西の端に建造することにしたのは、ツワグと人間からエネルギーを奪ってしまわないためです。

 それが、私が考えた徴収炉の欠点…不得意な点の一つです。

 言いたくありませんが、もう一つあります。

 影響範囲は炉を中心に炉心管を半径とした球形、に本来なるはずですが、実際は半球になります。

 辛うじて液体からはエネルギーを接収出来ますが、気体はどうにもなりません。更に気体ではありませんが、大気中には他にも利用出来る物ならしたいエネルギーが満ちています。

 しかし炉が集められるのは炉芯管を突き立てた大地と、そこに接触している物質のエネルギーのみです。

 ですので鳥は飛んでいる間はエネルギーを奪われませんが、降りると奪われます。

 植林はその大気中のエネルギーを、炉に変わって木に集めて貰うために行われます。

 普通の木ではありません。普通の木を植えても、その木が結局大地の養分を利用して成長しているので意味がありません。

 植林が予定されているのはタオヤリムという、超巨木です。正直なところ、木だと言うことは分かっていても木とは思えないほどの大きさです。

 樹齢が長い個体に至っては低い山の頂よりも大きく育ち、山の向こうに木の葉が見え、遠近感がおかしくなります。

 樹木は言わば天然の徴収炉のような物ですが、タオヤリムの周囲には普通の樹木も育ちます。徴収炉の何百倍もの大きさに成長するにもかかわらず。

 その時点で、大地からも養分は得ているとは思いますが大半は大地以外から得ているだろうと、私でも、工学以外が苦手なツワグでも察しがつきます。

 大地でなければ、大気からです。

 徴収炉が集められない領域のエネルギーを葉に集めて貰い、根から拝借するためタオヤリムの植林も計画されました。徴収炉は容量がいっぱいになれば接収を停止するので、鉱物はともかく影響範囲内に生息する動植物の負担を減らすためにも大気のエネルギーまで利用出来た方がありがたいんです。

 山より大きくなる巨木の種ですから、当然並ではない、どころか家より大きいです。家なら分解して運べますが、種をバラバラにすることは出来ません。

 小柄なツワグは言うに及ばず、そこまで大きいと人間でも運ぶのは困難です。

「そして、一番大変な仕事になるが、現地の監督はヨンキント、君に任せる」

 カリドラの中央に位置するサハバスタナから三基炉建造予定の西端まで、無限機関術を動力に使い休まず走れる自走車を使っても片道5日ほどかかるので、とても通うことは出来ず、監督者も労働者も基本的に現地で生活しながら建造に当たることになります。

 徴収炉に一番詳しいのはデンテネル様ですが、統治者となった今サハバスタナを留守にし続けることは出来ません。

「ここから連れて行く労働力の選別も君に任せるが、出来れば…」

「うん、確かに現地調達も出来ればありがたいね。ただ、う~ん、炉を作るよりそっちの方が難しいかもね」

 サハバスタナ以外に点在している人間達は、自分達の意志でサハバスタナに済むことなく、昔からの土地で生活を続けています。つまり、自分達以外の種族とは共存したくないと。

 それが差別意識から来るものなのか他の原因があるのか私にもツワグにも、サハバスタナにすむ人間にも分かりませんが、お互いに存在を知っているだけでほとんど接触はありません。

 建造予定のベシーナ西端にも幾つか集落はあるはずで、そこに住む人々の力を借りることが出来れば大いに助かるはずですが、協力を取り付けるのはかなり難しいかも知れません。

「ま、一応努力はしてみるよ。無理だったらここの人間達だけでやるしかないけど」

 外部エネルギー利用機構を公表してから一年も経たずにデンテネル様は統治者に、統治者になられてから一年も経たずに、炉建造、供給網敷設、植林の三つの軸からなる徴収炉建造計画は、とても迅速に始まりました。如何におおらかなツワグでも目の前に種としての長年の夢をぶら下げられてはじっとしていられなかったようです。

 サハバスタナは俄に活気づき始めました。

 何となく、お祭りの前日ではなく、3日前くらいのそわそわした感じが都市全体に漂っています。

 ツワグ達がそわそわうきうきしているのは当然ですが、人間もです。

 建造計画の三つの軸はいずれも重労働なので人間の力は必要不可欠で、これから忙しくなると言うこともありますが、それだけではありません

 人間でも、これからツワグ達がしようとしていることの目的くらいは理解出来ます。

 ツワグが好きなだけ機巧術を使えるようになれば当然都市は更に発展し、便利になり、労働の時間は減るのに恩恵は増えます。

 これまで設計は出来ていてもエネルギー的に実現不可能だった大きな労働機巧が作られるかも知れませんし、自走車が世帯ごとに提供されるようになるかも知れません。エネルギーさえ気にしなければ、機巧術で出来る事は更に増えます。先ほども言ったように、今生きている人間がそれらの恩恵にあずかれる可能性はほとんどありませんが。

 既に都市からほど近い場所に、一軒屋ほどの大きさの徴収炉が作られています。

 発表後、外部エネルギー利用機構が正しく機能するかどうかを確認するために作られた炉ですので、炉心管はごく短くされており狭い範囲からしかエネルギーを集められませんが、作った以上そのエネルギーも利用出来ます。

 そのエネルギーを使って近くの鉱山に自動鉱物運搬網が作られ、早速労働者達の仕事は楽になりつつあります。尤も仕事を楽にするためでなく、都市から西端に向けてエネルギーの供給網を施設するに当たって、これまでの採掘効率では全く金属類が足りなくなることが予想されたため、真っ先に検証用徴収炉のエネルギーが利用されただけですが。


 ヨンキント様、ファレンテイン様、メトセラル様の各班は各地での作業を開始されました。

 デンテネル様の主な仕事は、人手の調整です。何しろ、全く足りません。

 サハバスタナの種族比率は2対8ほどで圧倒的に人間の方が多いですが、3班の重労働に従事出来るのはその中でも若く屈強な人間達だけです。一つ一つがちょっとやそっとの規模の仕事ではないので、労働者の数は全然足りません。検証炉のエネルギーは既に使い道が決まっているので、労働者を補助するための大規模機巧は少なくとも西端に最初の小規模炉が完成した後でないと大量には作れません。

 デンテネル様は4番目の班を作られました。

 ベシーナ各地を回って、点在する人間の集落から協力を取り付けるための班です。

 デンテネル様はその仕事の責任者に、私を指名されました。

「え、わ、私ですか?」

「うん、どうだろう?引き受けて貰えるかな?」

「でもそんな…私はただの女中ですし、そんな重要な仕事の責任者なんて…それに…」

 今はまだ慌ただしくて無理ですが、一段落つけばまたゆっくりとデンテネル様に遊んで貰えると思っていました。各地を回るような仕事を与えられてしまうと、お側にいる時間が減ってしまいます。

「女中って君、未だにそんなことを思ってたのか?君が女中な分けないだろう、共同研究者だよ」

「えっ、そ、そんな」

 思わぬことを言われ、一気に顔が上気します。勿論嬉しいからです。

「人間達を説得するんだから、人間同士の方がいいのは分かるだろう?そして当然、頭のいい人間でなくては困る。

 頭のいい人間は君だけ…っと、これは失言だね。私が知っている頭のいい人間は、君しかいない。しかも飛び抜けて。

 任せられるのは君しかいないんだよ」

 嫌ですが、そんな風に言われてしまっては断れません。

「でも…物質化の方法はどうするんですか?情報物資化術が出来れば、敷設班の人手を他の2班に回せると思うんですけど」

 行きたくなくてだだをこねてるだけです。確かに物質化したエネルギーを運搬出来れば供給網は無用になりますが、そもそも全体的に人手が足りていないので、敷設班の人員を他に回したところで焼け石に水であることは分かっています。

 それでも、デンテネル様と2人きりで情報物質化術を考えながら、またあの遊びをして貰えることを楽しみにしていたんですが。

「うん、物質化の方法も考えたいが後でいい。今はやはり労働力の増員を優先させないと。

 それに何も、説得出来るまで一つの集落に留まり続ける必要は無いんだよ。我々がやって来て何百年も経つのに、未だにほとんど接触してこないという事は我々との共存をよく思っていない人々と言うことだろうからね。今更少し説得したくらいでは力を貸してはくれないだろう。

 逆に、最初は快く思っていなくとも今はそうでもなく、我々の共同体に加わりたいと思っていても行動に移せない集落、或いは個人も少なからずいるかもしれない。

 君にはそういった人たちを集めて貰いたい。なぜか人間達はベシーナだけに散らばっているから、全ての集落を説得しながら回っても、1年か、長くとも2年もあれば終わる仕事だよ」

 デンテネル様に頼まれた時点で分かっていましたが、結局私はその仕事を引き受けました。さっさと終わらせればまたデンテネル様のお側にいられます。説得の間ずっと都市を離れていなければならないわけでもないはずですし。

 私は正式に肩書きを与えられ、デンテネル様以外のツワグ達に紹介されました。一緒に外部エネルギー利用機構を作ったことは伝えられませんでしたが。伝えたところで、私がその基盤を考えたたことは信じて貰えなかったと思います。

 それでも労働力の増員は必須で、人間の説得には人間の責任者が当たった方がいいのは明らかなので、私が勧誘班の責任者になることは快く受け入れられました。

 そして私は出発しました。護衛を含め少数の班員と共に。私の仕事だけは肉体労働ではないので、少ない人数で十分ですし、建造計画に従事していない人の中から仲間を選べました。


 いざ都市を離れてみると、デンテネル様のお側にいられないという不満はあっという間になくなりました。

 これまで一度も都市の外に出たことのなかった私にとっては、新鮮で楽しい旅になりました。

 同行するのは人間だけでなく、ツワグもいます。表だって交渉に参加することはありませんが、協力してもいいと言ってくれた集落の人々への対価は賃金ではなく、サハバスタナにに導入されているような給水施設や暖房設備になるからです。どちらも1人2人のツワグでは作成出来ない規模なので後々と言うことにはなりますが、人間だけで交渉しても実際にそれらの設備を与えられるという説得力がありません。

 とはいえ、ツワグが同行していても説得は簡単ではありませんでした。予想通りではありますが。

 予想と少し違ったのは、断られる理由です。

 ツワグがカリドラ地方にやって来てから数百年たった今でも頑なに関わりを拒み続けている人々は、ツワグを嫌っているわけではなく、ツワグのような、人間が使えない力を使う、人間以外の種族を嫌っている、或いは信用出来ずにいるようです。

「でも、ツワグはいい人達ばかりですよ?そうじゃないと何百年も共同生活なんて出来ませんよ」

「そう言われてもねぇ、確かに悪い噂は聞いたことがないよ?小人さん達の」

「むぅ、小人って言わないでください。ツワグです。悪い噂を聞いたことがないなら、どうして関わろうとしないんです?いきなり力を貸して貰うのが無理でも・・・例えば、少しくらい交易をしてみるとか。

 うん、そうですよ。一緒に働かなくても、今なら沢山の鉱物を必要としていますから、金属類ならいくらでも購入して貰えますよ?購入と言っても、お渡し出来るのは金や銀じゃなくて、技術にはなりますけど」

「ああ、あんた達の町じゃ川に行かなくても自分の家で水が汲めるらしいね。それに火を使わなくても夜でも明るいんだって?

 そりゃ確かに便利だとは思うけど、何がどうなってそんなことが出来るのか分からないから、気味が悪いんだよ。

 何がどうなってるのか分からない力を連中とは関わるなって、昔から言われてるんだよ」

 私たち勧誘班は南側からベシーナを回り始めましたが、南側は全滅でした。ツワグを毛嫌いしているわけではないらしいので思いの他物腰は柔らかかったですが、どうしても説得出来ませんでした。

 ツワグ、というか人間以外の種族とは関わるなと、昔から言われているというのはどういう意味でしょう?

 私が好きなツワグからは想像もつきませんが、ツワグがカリドラにやって来たばかりの頃にツワグが人間に何かしたのでしょうか。

 やはり考えられません。もしそうだとすれば良く分からない力を使う別の種族などという方はせず、はっきりとツワグとは関わらないと明言するはずです。それにもし、過去に何らかの直接的な対立が人間とツワグとの間に起こっていたとしても、負けるのはツワグのはずです。いくら機巧術が使えても、数も少なく力も弱いんですから。

 私の仲間の人間もツワグも心当たりはありませんでした。

 ベシーナの南側に点在する集落はどこもそんな具合で、全く力を借りることは出来ませんでした。

 難しいことは分かっていたのでそれほど落胆はしませんでしたが。

 しかし何となくツワグを毛嫌いしているだけなら説得のしようもありましたが、明確ではないもののどうやら昔からの言い伝えに因って接触しないことを決めているらしいので、助力を得るのは予想以上に骨が折れると言うことも分かってしまいました。

 始めて力を貸して貰えることになったのは、南を諦め北に向かい始めてすぐのことです。皆大喜びしました。

 浅黒い肌の、屈強な人々が多い小さな集落です。男達だけでなく女達まで屈強なので、彼らの力は後々まで大いに役立ちました。

 更に北上します。南を離れるに従い、時々は力を貸してくれる人々が現れ、私たちはみんな気を取り直し始めました。逆にどうして南の人たちはあそこまで頑ななのだろうかと気にはなりましたが。

 やがて西端の徴収炉建造現場に到着しました。

 まだ土台すら完成していません。一番最初に作られる小規模炉とは言っても、サハバスタナ近郊にある検証炉よりも遙かに大きいので無理もありません。まだ機巧術を使って内部構造を作る段階でもないので、専ら人間達による作業が行われています。

 その人間の数が、デンテネル様が振り分けたよりも多いような気がします。

 私が来る前に、当初の予定通りヨンキント様が建造予定地周辺の集落に声を掛け、その中の一つクーナ村の人々が既に協力してくれていました。

 私たちの説得に応じてくれた人々も合流し、建造現場の労働者数は一気に増えました。デンテネル様以外のツワグに誉められたのは、この時が初めてです。

 集まってくれた人々全員が建造に従事するわけではありません。人手が足りないので今は供給網の敷設はサハバスタナからこの場所へ向かっていますが、ある程度労働者が増えればこの場所からサハバスタナへと向かっても進められ、ベシーナの中央当たりで合流する予定です。

 その当たりの分配はサハバスタナに残っているデンテネル様が考えてくださるので、私は引き続きベシーナを回って協力を取り付けていくだけです。

 次は北です。

 全くダメだった南から北上するに従い徐々に協力してくれる人々も増えてきたので、北ではもっと多くの人々を説得出来ると思っていました。

「悪いけどさっさと帰ってくれるか?話を聞くことはないよ」

「滞在?冗談じゃない。得体の知れない連中をここ泊めたりなんか出来ないよ」

「なんだお前、人間のくせに小人を連れてるじゃないか。この村に近づくんじゃない」

 全く逆でした。それどころか、南の人々以上に頑なで、はっきりとツワグに対する嫌悪感を示しています。碌に話もさせてくれないので、なぜこんなことになっているのか全く分かりません。

 私の様にツワグもほとんどサハバスタナを離れることがないので、同行しているツワグ数名も始めて自分達に露骨な敵意を向ける人間と出会い、心を痛めているようでした。

 最初の数カ所で同じような対応を受けた私たちは早々に北回りを断念し、ベシーナの中央に向かいました。

 最早私は、説得よりもベシーナの過去に興味が向いていました。ツワグが何かしたなどとは全く疑っていません。

 ですが、何かあったはずです。

 ツワグのように特殊な力を持った別の種族と、人間達の間に何か。


 結局私は一年ほどで勧誘旅行を終え、サハバスタナに戻ることが出来ました。

 説得が無理な集落は何をしても無理、話を聞いてくれる集落は大して粘らなくても協力を取り付けられたりと両極端だったので、思った以上に早く行程を終えることが出来ました。

 早く終わっても、当初の目標よりもやや多くの協力者を得ることが出来ました。北と南が全滅だったのにもかかわらず。

「おかえり、よくやってくれたね。おかげで随分人手が増えたよ。思ったよりも我々を悪く思っている人々は少なかったみたいだね、安心したよ」

「…はい、出発前にデンテネル様が仰っていたように、最初に二の足を踏んでしまったのでツワグの技術に憧れはあっても気後れして、未だに二の足を踏み続けている人々が多かったです」

 デンテネル様には道中定期的に報告を送っていましたが、どのくらい労働力が増えたかだけです。断られた際の理由などはお伝えしていません。いずれ仲間達の口から耳に入ってしまうかも知れませんが、私からは言いにくいです。

 ともかく、私の仕事はもう終わりましたので…。

「ふぅ~…疲れましたぁ、主に気疲れですけどぉ」

 ソファに腰掛けているデンテネル様の膝の上にお尻降ろします。いえ、降ろそうとします。その途中で両手で掴まれ、阻まれてしまいました。

「こらこら、この大きなお尻をどうするつもりだね?私を潰す気かい?」

「え、えぇ?そんなに大きくないですよぉ?」

 自分ではそんなに大きなお尻だとは思いません。ただ、ツワグの膝に乗るには大きいかも知れません。でも仕方ありません、久しぶりに甘えたい気分になってしまったので。

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「お、お、お、うぐっ」

 ツワグの力ではその大きなお尻とやらを支えられないので、無理矢理座ってしまいます。無茶をしているのは分かっているので、ちゃんと肘掛けに体重を預けています。

「ま、まったく…いい年をして君は…子供みたいな真似を…」

「むぅ…年のことは言わないでください!いいじゃないですかぁ、久しぶりなんですから」

 昔はこうしてよく膝の上に乗せて貰っていました。昔と言っても20年前で、その当時でもデンテネル様と同じくらいの身長でしたが。今は倍近く差がついてしまっています。

「がんばったんですからもっと誉めてくださいよぉ♫」

「まったくしょうがない…ほら、よしよし」

「うふふ♫」

 うふふ、頭には手が届かないので、お尻を撫でてくれます。

「それじゃあ、物質化術を考えますか?供給網の敷設は続けるにしても、エネルギーを持ち運べるようになって損はないですよね?」

「勿論、作りたいんだがね…」

「じゃ、じゃあまた一緒に考えましょう♫旅の間時間は合ったんですけど、デンテネル様と考えようと思ってやめておいたんです」

「勿論、そうしたいのは山々なんだが…」

 ノックの音が聞こえて、私は慌ててデンテネル様の膝から飛び退きました。

 誰かがどれかの報告に来て、しばらくするとまた別の誰かが、別の報告にやって来ます。

 デンテネル様に指摘されるのは嫌ですが、自覚はあります。もういい年なのに、私は少し子供っぽいところがあるかも知れません。でも、それもデンテネル様のせいだと思います。子供の頃からデンテネル様にお仕えしているので、親しい大人の知り合いはデンテネル様くらいしかいません。

 冷静に考えれば、統治者となられた上に建造計画が始まっているので、2人きりで過ごせる時間などそうそう取れるはずがありません。

 デンテネル様が言いにくそうにしているのは、デンテネル様も私で遊びたいけど立場上難しくなってしまった、しかし物質化術があった方がいいことには違いない、と考えているのだろうと、私は好意的に解釈しました。

「分かりました、物質化術は私が考えますよ、一人で」

「おお、そうしてくれるかね?」

「お忙しいですもんね、デンテネル様。でも、ここで考えますよ?考えはしますけど、術を作るのはやっぱりおデンテネル様なんですから」

「うん、ここに君の研究部屋を用意させよう。物質化術を考えてくれるのはありがたいが、興味を持ったことがあれば何にでも取り組んでみると言い」

「え、ありがとう御座います♫・・・でも…時々は遊んでくださいね?」

「う、うむ…」

 統治者に選ばれたときから、デンテネル様はかつての屋敷から公邸に移られています。

 私はそこの一室を自分の部屋として頂けました。二人っきりでは無いですが、お側にいられます。

 実は、物質化術の研究以外にも興味があることがいくつかあったので、以前のような生活は出来なくなりましたが、好きなことが出来る環境を与えて頂いたことは嬉しかったです。


 建造計画は順調に進んで行きました。

 供給網は地上ではなく地下に作られるので、まだ長い長い穴を掘っている段階です。

 西部には建造に従事するツワグ、人間、そして私たちが集めたベシーナ民が共同で生活する集落、どころか第二の都市が造られ始めました。

 まだまだ長期計画の初期段階ではありますが、建造、敷設は順調です。

 植林はやや停滞しています。

 問題が発生したのではなく、元々予測されていた問題が、未だ解決出来ずにいます。

 タオヤリムは元々カリドラ、特にブルサロパナに自生していましたが、山のように大きいだけあって山と同じくらいの数しかありません。サハバスタナは東側を山に囲まれていますが、その山の後ろにも一本そびえ立っています。

 種を運ぶのが大変なのは最初から測っていました。建造、敷設、植林の中で最も重量のある物資がタオヤリムの種です。鉱物は移動させやすく小さくすることが出来ますが、生きている種を分割して運ぶことは出来ません。

 それでも、大変なだけで問題ではありません。時間は掛かりますがいつかは運び終えます。

 巨大なタオヤリムを密集させることは出来ないので、東部正規路の影響範囲の外縁に沿って、8本ほどが植えられる予定です。幸い、ブルサロパナに分布している数本のタオヤリムの根元から、8個の種は既に確保されています。

 問題はその成長です。

「デンテネル、情報変換術を作ったとき、何か気づかなかったか?」

「何かとは?気づくことは色々あったが…」

「機巧術は生物に使えないと思っていた。我々は長い間。でも、自分自身の身体ではあるけど、生体内で術が機能している。

 君はどう思う?機巧術は本当に生物に使用出来ないのかな?」

「それは恐らく、絶対的な制約ではないと思う。使えないのではなくて、鉱物に対するよりも遙かに難しい。それこそ、無限機関術よりも。だから我々の祖先は、随分前に諦めて、いつしか我々使えないと思い込むようになっているんだと思う」

「やはり君もそう思うかい?私も、情報変換術を共有されて以来そんな気がしていたんだ。自分自身の体内だからこそエネルギーを捉えやすく、全員が共有出来る術として君は情報変換術を作れたと思うんだが、この”捉える”部分を突き進めていけば、自分自身やツワグだけでなく、他の生物、生態にも有効な機巧術が作れると思わないか?

 例えば、タオヤリムとか」

 お客様が帰られた後、私はデンテネル様の執務室に向かいました。

「今のはメトセラル様ですか?植林に何か問題でも?」

「いや、考えを聞かされただけだよ。問題解決のための。そうだ、君はどう思う?」

「何がですか?」

 私が思考過程で思ったように、情報変換術によって機巧術が生体には使えないというのがただの思い込みでしかないと気づいたツワグは少なくなく、メトセラル様もその一人だったようです。後は工学以外の分野に興味がもてるかもてないかだけです。

 メトセラル様は興味を持たれたようです。

「じゃあ、生物に有効な何かの術を作って、それを植林に活かすということですか?」

「彼はそうしたいと考えている。確かに、他の二つと違って植林はほぼ力仕事だから、ツワグの出る幕は本来無いからね。

 それで有用な術がもし出来れば問題の解決にもなるかも知れない。元々どうにかしなければならなかったからね、タオヤリムの成長の問題は」

 苦労してブルサロパナ各地から大きな種を集め、徴収炉の影響範囲内に植えたとしても、それが安定して大気中のエネルギーを集められるまでに成長するまで、何百年掛かるか分かりません。少なくとも、それよりずっと先に正式炉の方が完成してしまうはずです。

 そもそもタオヤリムを人工的に上手く発芽させられるかどうかも分かりませんし、せっかく発芽してもただの木程度の大きさに育ったところで徴収炉を稼働させてしまっては、枯れてしまうかも知れません。ただの木程度の大きさでも、タオヤリムにとってはまだ芽でしかないわけですから。

 植林が抱える問題とはタオヤリムそのものの問題です。

「メトセラルは種の運搬は他の者に任せて、自分は新たな術の研究に専念したいと言っている」

「え、いいじゃないですか。お任せしましょうよ」

「うん、たしかに、私もどの道植林で徴収炉のエネルギーを補って大地の負担を減らすには、何らかの手を加えなければならないだろうとは思っていた。しかしね…」

「???」

 この時は何を悩んでらっしゃるのか教えて頂けませんでしたし、私も分かりませんでした。

 後々、デンテネル様は出来る出来ないではなく、していいのか否かで迷っていらっしゃったと私は知ることになります。


 生体に関しては私も興味を持っていました。生体に影響を与える術ではなく、生物そのものにですが。

 ある時、デンテネル様の元に贈り物が届けられました。頭ほどの大きさの楕円の球体で、卵のように見えます。

「卵だよこれは。バンサのね」

「なんだ、卵にしては大きいなと思ったんですが、卵なんですね。って、え?バンサの卵?バンサってあれですよね?あの白い…」

 白い、犬のような狼のような狐のような四肢動物です。

「バンサって、卵から生まれるんですか?犬みたいなのに…」

「うん、私も卵を実際に見るのは初めてだが、卵生なんだよ。バンサは。

 統治者なら飼うようにと言われて貰ったんだよ。いつ生まれるのか分からないが」

 ツワグが生物に対して学術的興味をこれまで示してこなかったことと関係あるのかどうか分かりませんが、ツワグには人間のように動物を飼う習慣がありません。可愛がりはします。

 どんな動物でもツワグよりもは遙かに早く寿命を迎えてしまうからかとも考えましたが、それは人間が動物を飼っても同じです。

 そんなツワグが唯一飼おうと思うのが、バンサです。統治者ですらただの役職でしかないほど転写術による情報共有によって平等性が保たれているツワグ社会に於いて、唯一地位の特別製を示す贈り物でもあります。

 バンサは異系生物です。

 私もデンテネル様と同じでバンサの卵は初めて見ましたが、町を歩いているとツワグに連れられている成獣なら何度か見かけたことがあります。白く、ツワグより大きく、可愛いと言うよりは凛々しくて賢そうな姿です。その辺りもツワグが飼おうと思う理由かも知れません。ツワグは賢い生き物が好きですから、ふふ♫。

 でもバンサがツワグに取って特別で、限られた地位のツワグにしか贈られない最大の理由は別にあります。

 バンサとは、一族という意味です。

 生まれてすぐに犬や猫を与えられても、人間の場合遅くとも20年後にはお別れしなければなりません。

 しかしバンサは、飼育者の家系全体で飼育することが出来ます。

 曾祖父が飼い始めた個体を曾孫が可愛がることが出来ます。それも人間より長寿のツワグの家系で。

 俄には信じられませんでしたが、私が街中で見かけるバンサはどれもツワグがカリドラに流入してきた際に連れてこられた個体と、同一の個体がほとんどだとデンテネル様に教えて頂きました。

 勿論稀少という理由もありますが、稀少なだけの生物なら他にもいます。

 バンサは少なくともツワグが知る中で、唯一ツワグという種族と共に歴史を歩める生物で、だからこそ統治者を筆頭に選ばれたツワグにしか飼うことが出来ません。

 飼い始めると個人でも百数十年、種だと数百年から一千年単位で共に過ごすことになるバンサの成獣をツワグ間で譲り渡したりすることはありませんが、極々希に産み落とす卵は贈り物として扱われているそうです。

 ですのでサハバスタナで見かける数匹も特定の誰かが飼育していると言うよりも、ツワグ全体が飼っており、代表して統治者を始め数人が管理していると考えた方がいいかもしれません。

 卵を産んだ親のバンサは同時にどこかに姿を消してしまうらしいので、バンサの数は少なくとも都市内では増えません。ここに卵があると言うことは、その親はもう姿を消しているはずです。長寿の生物があまり繁殖を行わないのはツワグとも共通しており、恐らくその長い寿命が終わりに近づくと卵を産み、親は死に場所を探して立ち去るのだろうとツワグは考えています。飼っていると言っても首に縄を掛けたりはしていません。ですのでバンサの死体を見たことがあるツワグはいないそうです。

 ずっと檻の中に閉じ込めておけば死の瞬間を見ることは出来ると思いますが、そんなことをするツワグはいません。

「という事は子犬…というか子バンサが生まれるんですか?うわぁ♫見たいです。大きいバンサしか見たことありませんから」

「そういえば私も子供のバンサは見たことがないな。とはいえ、いつ孵化するか分からんよ?孵ってからも長いが、孵るまでも長いらしいから。

 ・・・君が孵してみるかい?卵生なんだから、生まれてすぐ目にした相手に懐くんじゃないのかな?」

 選ばれたツワグしか飼えなくても、選ばれたツワグが皆飼いたがるとは限らないようです。

 その卵は私に預けられました。預けられたところで自力で生まれて来てくれるまで出来ることと言えば、割れてしまわないように安全に保管することくらいですが。


 物質化の研究だけなら室内で出来ますが、生物と歴史にも興味を持った私は自主的にサハバスタナの外にも出かけるようになりました。

 生物の研究に関しては、私には生きていても死んでいても生き物を切り刻んで内部の構造を調べることには抵抗がありましたので、どういった種がカリドラに生息しているのかを調べるのが主な主題です。特に異系生物を。

 バンサやタオヤリムなど明らかに目立つ異系生物はその他にも数種ツワグも把握していましたが、小さく、普通の動植物に紛れている種はもっと沢山存在するはずです。

 そして出来れば、多くの異系生物を集めることによって、その成り立ちを解明したいとも思いました。

 脳と筋肉だけを使う普通の生き物、犬や猫、蝙蝠や蜘蛛に対し、更にもう一つ、特殊な力が備わっている異系生物は、人間とツワグの関係と同じように思えました。

 ツワグには書物に情報を残す文化がありませんでした。情報は直接個人間で正確にやり取り出来、それが全体に波及し種で共有出来るからです。得た情報を紙に書いて保管しなくても、ツワグ自体が巨大な書庫のような物です。

 一応、恐らく念のために歴史や各種機巧術の詳細、機巧構造物の設計図などは書き起こされていましたが、長い歴史があるにもかかわらず、公邸の一室の、壁2面分の本棚に収まる程度の量しかありません。

 尤も、もしその念のための書物を使わなければならない事態に陥っても、本に走査術を使っても内容は読み取れず、如何にツワグと言えどちゃんと目を使って読むしかありませんが。

 大事な歴史や機巧術に関してもその程度しか文献が残っていないので、これまで興味を持ってこなかった生物についてまとめられている本など、2冊しかありません。

 つまり、その2冊に載っていない生物を見つけた場合、私が名前を付けられるという事です。

 刺されると痛みの代わりに痒みを生じさせる蜂にはクラカニと、水中に住む10本の足を持ったグニャグニャとしたものにはスクイーダと、クラカニに刺された指で触れるとなぜか痒みが消え、針の跡まで消えてしまう花にはチキトサと、ふわふわと空中を漂いながら移動する毛の塊のようなものにはダマカラと名付けました。

 新たな異系生物を見つけては名前を付けること自体を、私は楽しむようになっていました。

 彼らはツワグのように直接組成力を使用しているのではなく、特殊な力を使うための特殊な器官か、その器官や身体を構成している小さな小さな粒の中自体に力の発生源を内包しているようでした。

 もしかすると、その発生源は組成力によって自分自身の体内に作られた器官かも知れません。自分自身そのものをエネルギー源にすること無く、食物や養分から得たエネルギーを個々の特殊な力に流用出来るなら、それに越したことはありません。

 もっと早くその事に気づいていれば、かなり難しいとは思いますが外部エネルギー利用するよりももっと有用な機構を、外部でなくツワグ自身の体内に構築出来たかも知れません。

 既に西部の2基目の建造が始まっていますし、私自身他にやりたいことが色々とありますので後回しにはなりますが、手遅れと言うことはありません。いつか、そうですね…内部生成機構を考えてみたいとは思います。


 歴史を学ぶには、ベシーナ民を頼るしかありませんでした。

 私も人のことは言えませんが、サハバスタナの人間は昔のことなどすっかり忘れていました。ほとんど機巧術の使えない大きいツワグです。それはそれで、二種族間の間に壁がない証明なのでいいことなんですが。

 まずは話を聞きやすい、既に徴収炉建造に協力してくれているベシーナ民から話を聞きました。主にご老人から。

「昔のこと?昔と言っても…そりゃ小人…小人というのは嫌がるんだったかね?そう、ツワグ、ツワグがやって来て、我々の内の何人かと一緒に住み着き始めたことは勿論知ってるよ。しかし、それより前となるとなぁ…。

 ん?ああ確かに、南と北の連中はツワグをよく思ってないね、うん。特に北の連中は嫌ってる。確か、北の連中は元々南に住んでたんじゃなかったかな?あんたたちもツワグと一緒に住むようになってだいぶ言葉が変わってきてるが、北の連中にもまだ南の訛りが残って無かったか?」

 元々ツワグ、というよりもツワグのように特殊な力を使う異種族をよく思っていなかった南のベシーナ民が更に分裂し、より一層異種族を嫌う一団が、北に移住したという事でしょうか?

 やはり、他のベシーナ民からも話を聞く必要があります。

 一人でベシーナを回るのは不安でしたので何人かに同行して貰っていますが、今回は人間だけです。ですが先ほどのお爺さんが言ったようにサハバスタナで長く暮らしている人間にはサハバスタナ訛りがあるようで、人間だけで行動してもすぐにどこから来たのか分かってしまうようです。ですので北の人々が相手をしてくれるとは思えず、私たちは南に向かいました。

「10年くらい前にもツワグ村の人間が来たんだが、まだ手伝いを探してるのか?違う?

 昔のこと?昔っていつの?ツワグが来る前?そりゃ本当に大昔だな、覚えてない…というか生まれてない。

 ぶんけん?文献ってなんだ?きろく?記録ってなんだ?とにかく何も残って無いよ。

 じゃあなぜツワグをよく思っていないのか?そりゃそう言い伝えられてるからだよ。ああ、それが記録って言うのか。でも口で伝えられているだけだぞ?

 教えて欲しい?う~ん、いや、あんただって例えば誰かに口汚く罵られたことが原因で喧嘩になったとき、後から誰かに、いったい何を言われたんだって聞かれて、その内容を伝えたいか?自分の口から。もう一回腹が立つだけだし、屈辱だろ?それと同じでわし等にも細かいことは伝わってないよ、わし等の祖先だって伝えるのは屈辱だったんだろうからね。

 ただとにかく、あいつらとは二度と関わるなってことだけはしっかりと伝えられてるんだよ。あいつらと言ってもそれがツワグではないという事くらいはわし等にも分かっているが、人間とは違うってことだけは確かだからな」

 やはり間違いなく、過去に人間と多種族の間に何か、人間にとって屈辱的な何かがあったようです。

 しかも、ツワグの記憶にもないという事から、流入よりかなり前に。

「北の連中?ああ、良く知ってるな。確かに南から分かれて出て行った連中だよ。といっても、それもツワグ達がやって来る前の事だけどな。わし等はもう二度とよそ者と関わらなければいいと思ってるんだが、出て行った連中はよそ者の方から無理矢理関わってくると思ってるんだ、ここに居るとな」

 という事は、過去の異種族は主にベシーナ南方に生息し、そこのベシーナ民と対立していたと言うことでしょうか?理由は分かりませんがその異種族はやがて消え、南のベシーナ民の一部はそれで安心したけど一部は安心出来ず、また戻ってくるかも知れないと考えて北へ逃げた。

「そのよそ者達の名前?いやぁ、知らないなぁ、良いよそ者と悪いよそ者としか。

 ん?そうだよ、良いよそ者もいたんだ。その良いよそ者が悪いよそ者を追っ払ってくれたんだよ。結局その良いよそ者もどこかへ行ったらしいけどな。だってほら、現に今残ってないだろ?

 その辺りのことは北の連中の方がもしかしたら覚えてるかもな。悪いよそ者に関してはわし等と同じだろうが、北の連中は良いよそ者を頼って出て行ったんだから。

 そういう意味じゃわし等の方がしっかりと祖先の言い伝えを守ってるよ、良かろうが悪かろうが、とにかくよそ者とは関わらないようにしてるから」

 人間と異種族だけの対立ではなく、三種の対立だったとは。しかもその事がはっきりと残されていないとは。

 対立が終わった後にやって来て、言わばしわ寄せを受けているツワグに記録が残っていないのは無理もありませんが、人間の方にも残されていないのは、お爺さんが言うようにそれほど屈辱的な何かがあったのでしょうか。

 北に行くのは少し迷いましたが、ここまで来るともう何があったのか知りたくて堪りません。

「ねえねえ、ベシーナの人たちが言ってる話ってさ、私たちのお伽噺と同じじゃない?」

「あ、やっぱりお前もそう思った?俺もなんだよ。お伽噺よりもっとぼんやりしてるけど、だいたい同じだよなぁ?」

「え?ど、どういうこと?」

 同行してくれている仲間達も私が人間の歴史を調べていることは知っていて、徐々に興味を持ってくれ始めていました。

「どういうことって、先生もそう思いませんか?人間がツワグと暮らすようになったお伽噺」

 恥ずかしいですが、私は先生と呼ばれています。もう一つ恥ずかしいですが、私は孤児で10歳からデンテネル様のお側に仕えていて、沢山の人間と関わるようになったのはデンテネル様が統治者となられた後からです。ですから子供が聞くようなお伽噺とやらはこの時まで知りませんでした。

「昔々、人間は悪い生き物にいじめられていました。

 悪い生き物はどんどん増え、人間はどんどんいじめられます。

 ある時、強くて良い人間が現れました。強い人間は強いので、悪い生き物を退治して、人間をいじめるなと言ってくれました。

 悪い生き物は逃げて、人間は強くて良い人間にお礼を言いました。でも、強くて良い人間もどこかに行ってしまいました。

 人間は不安になりました。強くて良い人間がいなくなると、悪い生き物が戻って来てまたいじめられてしまうのではないかと。

 すると今度は、賢くて優しい生き物が現れました。

 人間は賢くて優しい生き物と一緒に暮らし始めて、漸く安心することが出来ました。

 こんな感じですよ。本当に聞いたことなかったんですか?」

 ありませんでした。そして、本当にベシーナ民から聞いた話と良く似ています。要は、私たちサハバスタナの人間の祖先がツワグと同流した経緯と、ツワグを称えるお伽噺です。これが真実を元にしたお伽噺なら、基本的に私たちの祖先は北のベシーナ民と同じ理由でベシーナ自体を離れたことになります。北のベシーナ民は南を生息地としていた異種族の再来を恐れて北へ逃げ、私たちの祖先はツワグと同流することで守って貰おうとした。

 南のお爺さんはどちらもよそ者と形容していましたが、お伽噺では良い方を人間、悪い方を生き物と分けています。

 ツワグも生き物と呼ばれてしまっています。味方のはずなのに。

 何となく分かって来ました。

 北の人々はやはり私たちを簡単には受け入れてくれませんでした。

 南のお爺さんによると、北の人々は良いよそ者を頼って北に移住したとの事です。恐らく、お伽噺での強くて良い人間のことです。ベシーナに現れて、そして去って行ったらしいので、人間ではあっても別の種族だったと思われます。ですので北の人々は、多種族全てを一纏めにして敬遠しているわけではないようです。

 彼らが嫌う他種族とは、特殊な力を使うことだけでなく、その容姿も関係していると思います。

 ツワグはほとんど人間と同じ見た目ですが、明らかに小さいですから。

 残念ながら何とか相手をしてくれた数人の北の人達からも、南の人やお伽噺以上に詳しい話は聞けませんでした。

 ただ一人だけ、特別にと祭壇を見せてくれた人がいました。守護者の祭壇とのことです。

 そこには剣を振りかざす女性と、その女性の足下にひれ伏す女性の彫像が安置されていました。

 剣をかざす女性は人間のように見えました。ひれ伏す女性もまた、人間のように見えました。

 1カ所、尖った大きな耳を除いて。


 情報物質化術を考え、生物を研究し、人間の歴史を調べ、時々はデンテネル様に遊んで貰いながら、私は時を過ごしていきました。

 そしてやがて、デンテネル様の方が遊びたがっても、私の方が断るようになってしまいました。

 理由は…理由は言いたくありませんが、西部の2基目が既に完成し、3基目の建造も後数年で終了する見込みだと言うことはお伝えしておきます。

「う~む・・・どれも、何度やっても勝てん。

 ・・・少し気を使ってくれてもいいんだよ?」

「ふふふ♫前に攻め手を緩めたら、本気でやるように仰ったじゃないですか」

「う~ん、そうだったかな?いやしかし…」

 2人きりでゆっくりと遊ぶ時間はまた取れるようになりました。本当の遊びですが。

 デンテネル様はもう統治者ではありません。

 発案者ですので建造計画には未だに関わっており、東部の巨大炉の建造が開始されればそこの責任者になる予定ですが、まだ猶予があり、統治者だった頃の多忙さは一旦無くなりました。

何らかの術を作ったり、生活を向上させる設備を発明したツワグがこれまで統治者になって来ましたが、術はデンテネル様を含めても4つ、生活基盤の発明はもう少し多いですが、それでも両手で数えられるほどです。

 ですので大抵のツワグ統治者は一度選出されると長い間変わることはなかったそうです。

 わずか30年弱で統治者の地位を退かれたのはかなり早く、異例です。

 ご健康を損なわれたわけではありませんので、ご心配なく。

 異例ですが、当然と言えば当然です。新たに、ツワグに取って重要な術を作成し、公表された方が現れたのですから。

「しかし参ったね。いやとても有益ではあるはずだし、私も統治者の地位にいるよりこうして君と勝負している方が楽しいんだが…」

 デンテネル様は当然の様に詰んだ盤上の駒を片付け、最初からやり直そうとされています。

「どうしたものかな、情報物質化術を発表する機会を逸してしまった。せっかく君が作ってくれたというのに」

 実は、私の方も新しい術を作り終えています。

「どうしてって・・・あ、そうか…」

「メトセラルが統治者になったばかりだというのに、すぐに新しい術を発表したのでは、統治者の椅子を取り返そうとしているように見えるだろう?

 こんなことなら私の在任中にさっさと発表してしまえばよかったね」

 大らかなツワグがそんな邪推をするようには思えませんが、少なくともメトセラル様はあまりいい気分はしないでしょうし、そんなに頻繁に統治者が入れ替わることがいいことだとも思えません。

 情報物質化術が完成しているにも関わらず未だに発表されていないのは、私がもう一段階先に進めそうな気がするとお伝えしてしまったからです。

 一旦使用してしまった組成力を後に肉体として回収出来るようにと考えていた情報物質化術ですが、その構造を利用してもっと高度な術が作れるように思えるんです。

 また、西部徴収炉からのエネルギー運搬にも利用出来るかもしれないとも考えられていましたが、供給路の敷設が順調に進んだため当面必要無く、デンテネル様は私が納得いくまで研究していいと発表を先延ばしにしてくださいました。

 その結果、現在のような状態になってしまっています。

 そして更に、メトセラル様が作られた術によって、私が考える物質化術の次の段階に到達出来てしまいそうです。

 メトセラル様は結局、生物に大して影響を与える術の作成に専念され、数年前とうとうそれを完成なさいました

 生体転写術です。

 基本的には既に作られている走査・転写術と同じ効果の術ですが、その名の通り対象は植物、動物を問わず生体です。

 ただし、無機物に対しての転写術と効果は同じとは言え、対象があまりにも違う為正式に運用は開始されておらず、公表から数年たった今もまだ精査中です。

 他の術と同様に機巧術の一つとして認め、全てのツワグと共有する前に徹底した実験が必要だと強く進言したのはデンテネル様です。デンテネル様は生物に機巧術を使う事に抵抗があるようでした。

「う~ん、メトセラルは元々植林のため、つまりタオヤリムそのものを植えるのではなく、苗の状態でも簡単に移動させられるような普通の樹木を植林し、そこにタオヤリムの特性を転写するために生体転写術を考えようとしたんだ。

 そして実際に完成させたわけだが、それだけならいいと思うんだ、私も。恐らくそこに成長の早い他の植物の特性も転写する事になるとは思うが。

 心配なのはその先だよ。

 ツワグ全体で共有してしまえば、植物だけでなく、ある生き物の特性をある生き物に移したりする者も出てくるはずだ。それを強制的に取り締まることは出来ない。今の統治機構ではね。

 かといって、これまで問題無く、何百、何千年と続いてきた統治機構に、一つの術のために律令を組み込むようなこともしたくない。どうしたものかな…」

 あくまで独自にですが、生物の研究をしてきた私にはデンテネル様の懸念が理解出来ました。無機物とは違いすぎます。そもそもエネルギーとして安定しているからこそツワグはエネルギーの可視化を通じて鉱物に機巧術を使ってきました。メトセラル様の生体転写術はこれまで流動的すぎて捉えられなかったエネルギーを捉えられるようにする術でもありますが、生物の場合、エネルギーとして捉えられたところで、生物としては流動的なままです。特性を与えられた生物の流動性が、どんな結果をもたらすか予測がつきません。

 メトセラル様もその事は分かっていると思います。ですがツワグもまた流動的な生物の一種に過ぎないため、共有した後どうなってしまうか分かりません。

「何とか植物へだけの使用に留められればいいが、使って見たくなるツワグも出て来るだろうな、動物に。

 犬や猫ならともかく、人間やツワグにも使用してしまうようなら…」

 使用してしまうようなら、これまでツワグ社会に存在しなかった法と刑罰を導入しなければならないかも知れないと、デンテネル様は頭を悩ませていました。盤遊戯の勝敗には関係ありませんが。

 前統治者としての発言力は大きいですが、最終的な決定を下すのは現統治者のメトセラル様です。

 結局メトセラル様は、あくまで植林に使用することを目的に、その植林に従事するツワグにだけ、限定的に生体転写術を共有することを決定なさいました。もうじき西部の三基が完成し、東部正式炉の建造が始まってしまうので無理もありません。

 ひとまず律令は整備せず、植林への使用を実験と兼ねるようです。

 そしてとうとう、カリドラの東端に巨大な徴収炉の建造が始まりました。


 当初の予定通り、デンテネル様が監督者になりました。西部と同様行き来するのは難しいので、現場近くに滞在することになります。

 機巧術の作業にも力仕事にも役に立てませんが、私も同行します。物質術も完成し、歴史もこれ以上調べようがないので、デンテネル様の居ないサハバスタナに残っていても仕方ありません。

 でも生物の収集はどこででも出来ます。ですので正式炉の建造を監督するデンテネル様の側で、私は引き続き生物の研究をすることにしました。

 協力してくれていたベシーナ地方の方々は解散しました。ブルサロパナの東端は遠いですから。

 ですが如何に巨大な徴収炉でも、残り一基だけですので、後はツワグ、人間含めてサハバスタナ市民だけで労働力は足ります。作業に必要なエネルギーを供給してくれる炉もありますし。

 正式炉の建造も始まりましたが、同時に協力してくれたベシーナ民の集落にも、約束通り生活を向上させるツワグ機構が提供され始めました。

「もうこの木々には転写術を使ってるのか?」

「ええ、タオヤリムの特性を。しばらく様子を見て、問題無いようなら何とかという苔の特性も転写して、成長を早めるようです」

 シャオラのことです。私が名付けました。実は私が生物を研究していることはもうツワグの間にはかなり知られていて、その結果を導入してくれています。

「うむ、じゃあ今の所は植林以外には使われていないわけだね?生体転写術は」

「ええ、そういうお達しですから。まだ私を含めて限られたツワグとしか共有されて居ませんし。

 かなりせがまれますがね、共有してくれと。兎の味がする蛙を作りたいらしいですよ、ははは」

 きっと、デンテネル様は笑い事ではないと思っているはずですが、表には出さないでおいででした。

 長い間工学以外に興味を示してこなかったツワグが好奇心旺盛だとは決して思いませんが、それでも長い間出来ないと思っていたことが出来る様になった今、思いつくままに色々なことを試してしまうのは目に見えています。生体転写術が共有されてしまえば。

「そうか、う~む、そうか…」

 独り言の多いデンテネル様が考えを口に出すのを我慢していらっしゃいます。でも私には何をお考えなのか良く分かります。

「兎味の蛙・・・食べたくないですよね?」

「う~ん…それだけで済むなら、いくらでも食べるが…」


 徴収炉はツワグのためにエネルギーを集めますが、徴収炉自体の動力は絶抵抗無限機関術ではありません。電力です。

 ツワグはもう随分前に雷と同等の力を人為的に引き起こせることを発見し、利用しています。利用している以上今ではどういう仕組みで発生する力なのかを理解していますが、当初は雷が大地に落ち蓄えられたものだと考え、電気と名付けたようです。

 さらにその電気を外部エネルギーとして機巧術に使えないかと考えられた時期もあるようですが、実験を試みたツワグが相次いで感電死してしまったため断念されたようです。

 ですが、電気とツワグはとても相性が良いです。ツワグは機巧術で電力を発生させる為の機巧を作ることが出来ますし、無限機関術を使えない大規模な機巧も、電力で動かすことが出来ます。そして電力は基本的に火があれば生み出すことが出来ます。ツワグが現在の場所にサハバスタナを造ったのは、東側の山が内部に熱く溶けた赤く発光する液体の岩を内包していたからです。

 現在のサハバスタナの生活を支えている給水、照明、暖房、その他諸々の設備は、機巧術で作られ電力で稼働しています。

 最も新しい設備である徴収炉も同じです。中心の炉に付き従うように、複数基の発電炉が取り囲んでいます。東部の正式炉だけでなく、既に完成している西部の炉も同じです。

 実は、西部の炉は安全のためサハバスタナから遠く離しましたが、東部の正式炉は利便性を考えもう少し都市に近い場所に建造しようと考えられていました。しかし都市と同じ山の熱を利用するには近すぎ、他に熱源を内包した山がないが探した結果、結局東端に作ることになってしまいました。

「こほっこほっ、随分出来てきましたねぇ、まだ完成していないのに、こんな大きいもの都市でも見たこと無いです、こほっ」

「うん、何せここからサハバスタナ直前まで、ほぼブルサロパナ全域から少しずつエネルギーを集めるわけだからね。

 それより、大丈夫かい?風邪かね?」

「はい、たぶん風邪です。この辺りは都市より少し寒いですから。でも大丈夫です、ただの風邪ですから」

 大丈夫ではありませんでした。

 この頃から私は体調を崩すことが多くなり、心配してくださったデンテネル様に因って都市に戻されました。


 発電炉が全て完成し、徴収炉の外観も出来上がりつつある頃。

「すいませんデンテネル様、もう少しで完成なのに…」

「ははは、だからだよ。もう少しだから、人に任せてももう問題無いよ。

 君はまだ見てないだろう?なんだったかな、シャオラ?君が名付けた苔を転写された木々も問題無く大きく育ち始めている。中々壮観だよ。身体が良くなったら一緒に見に行こう」

「そうなんですか?いいですねぇ、見に行きましょう♫でも良かったですねぇ、転写術を使ってもなんの問題も起こらなくて」

 私がベッドで過ごす時間が多くなると、デンテネル様は監督官を辞し、屋敷に戻って来て下さいました。私のために心苦しくもありますが、嬉しいです。

 統治者だけでなくとうとう建造計画から退かれたのでもう頻繁に来客もなく、久しぶりに、かなり久しぶりに二人だけで長く過ごせる時間が増えました。

 ですが、せっかくデンテネル様が一緒に居て下さるのに、私はますますベッドから降りられなくなっていきました。誰も雇うことなく、デンテネル様が私の世話をしてくださいます。

 やがて、その時が来ました。


 横になっている私の横にデンテネル様は座り、握った手の甲を、しわしわの甲を撫でてくださっています

「結局徴収炉の完成を見れませんでしたぁ。あ、それにバンサの子供も。見たかったなぁ」

「何を弱気な…君のおかげで良い医者が人間の中に育って来てるから、何とか…」

「ふふふ、そう言ってくださるのは嬉しいですけど、これは病気じゃないですからぁ…」

「しかし…」

「うふふ、いじわるなこと言っていいですかぁ?デンテネル様より先に行けそうで、よかったです。

 残されると、さびしいですから」

「それは…本当に意地が悪いよ?私の気持ちとまるっきり逆なんだから」

「ふふふ…」

 もうそろそろです。

 私が30歳の頃から、30年を目処に予定されていた西部の徴収炉三基が全て完成し、そこからサハバスタナへの供給網の敷設も終わり、更に20年掛かると予想されていた東部の巨大徴収炉も、後数年で完成しそうです。

 十分生きました。この時代の人間としては平均的か、少し長いくらいです。

「おせわになりました・・・デンテネルさま。わたし・・・とてもしあわせでしたよ・・・」

「わたしもだよ、わたしもとても・・・また会おう」

「え!・・・うふふ、そう、ですねぇ…むこうでもあってくれるんですか?ふふふ、うれしいです・・・

 おわかれです、でんてねるさま・・・」

 私が目を開けていられたのはそこまででした。その後どのくらい生きていたのかは分かりません。

 目を閉じ、喋ることも出来なくなりましたが、デンテネル様がずっと手を握っていてくださったことだけは覚えています。

 そして、私は一生を終えました。



 ■

「少しは落ち着いたかい?デンテネル」

「うん、まあね。すまないね、わざわざ足を運んで貰って」

「いや何…。落ち着いたなら、また君に戻って貰いたくてね。もうじき完成なんだが、やはり最も詳しい者に最終確認をして貰いたい。ツワグの今後が関わっているんだからね」

 最も詳しい者はもういないという言葉を、デンテネルは飲み込んだ。

「ああ、そうだな、うん・・・」

「…彼女のことをとても気に入っていたのは知ってるよ。ツワグの女以上にね。でも、彼女は人間なんだ。最初から残されるのは分かっていただろ?」

「そうだな、うん、分かってる・・・分かってはいるが…」

「しょうがないな、全く。君には徴収炉が完成した後も色々と協力して貰いたいんだ。生体転写術の使用制限とかね。

 もうしばらくは休んでくれて良いが、時期が来たら無理にでも協力して貰うからな?」

「ああ分かったよ、メトセラル。その内立ち直る」

 結局、立ち直ることなくデンテネルは現場に復帰した。立ち直る必要が無かったとも言える。

 メトセラルを始め、デンテネルが大事な女性を失って落ち込んでいると思い込んでいた。

 ツワグであるデンテネルに与えられた教育を、自身の研究の合間を縫って今度は自分の種に施そうそした彼女たちを慕う多くの人間が葬儀に集まったが、その席でもデンテネルは気も漫ろだったため、彼女がデンテネルにとってとても重要な存在だったのだろうことは全ての出席者が察することが出来た。

 重要な存在だったことは間違いないが、デンテネルが気にしているのは彼らの想像とは全く別のものだった。


 デンテネルが現場責任者に復帰して3年後、とうとう東部徴収炉は完成した。

 その周囲には生体転写術に因って巨大に育った、偽のタオヤリムが群生している。本物でないだけあって山の頂を越えることはなく、当初の予定よりも密集させることが出来た。それにより、徴収炉の影響範囲もまた当初の予定より狭めることが出来た。

「とうとう完成したな…」

「ああ、君のおかげだよ」

「最近町に戻ったか?凄いぞ、皆お祭り騒ぎだ」

「ははは、そのせいだよ、ファレンテインが居ないのは。稼働式に参加するより町で飲んでいたいとさ」

「それじゃデンテネル、君が火を入れてくれ」

「いいのか?君が統治者だろ?」

「皆分かってる。途中で私が生体転写術を発表したので入れ替わりはしたが、ツワグの長年の夢を叶えたのは君の功績だとね」

 炉に火を入れる、といっても徴収炉ではなく発電炉に。

 デンテネルを筆頭にメトセラル、ヨンキント、その他建造に携わった主要なツワグは皆発電炉の建物内にいた。

 デンテネルは制御板に手を置き、そこに絶抵抗無限機関術を施す。発電炉全てを無限機関術で動かすわけではなく、炉の稼働を制御する基盤を始動させるため、僅かにエネルギーを送り込むだけで事足りる。

 そのエネルギーが炉を巡り、小さな機巧が中規模な機巧を動かし、中規模な機巧が大規模な機巧を動かす。西部の三基のように。

 やがて、地下の溶岩溜まりに、同じく地下水が流し込まれ始める。

 その大量の水蒸気が、回転翼を回し始める。

 低いうなり以外何も聞こえない、静寂がしばらく続く。

 やがて、あえて灯りを点していなかった暗い発電炉の内部に、ぽつぽつと小さな灯りが点り始める。

 そしてある瞬間、一斉に灯りが点ると、一同に介していたツワグ達から同じように一斉に歓声が上がる。

 ここからが本番なのにも関わらず。

「ふぅ、よしよし、発電炉は問題無く起動出来たな。いや勿論、君が監督してくれたんだから問題無いとは思っていたが、これだけ大きくて数も多いとなると…ね?」

「ははは、私も安心したよ。さ、次は君だ。徴収炉の方は君が稼働させてくれよ?なんと言っても統治者なんだからな」

 とはいえ、その日のうちに徴収炉を稼働させることは出来ない。発電量が安定するまで、数日を要する。

 そして後日、巨大な徴収炉は稼働を始めた。


 ツワグの成長は特殊だった。

 そもそも母親が小さいので、生まれたときから人間の新生児よりも小さい。そこから少しずつ成長し、20年ほどで人間の10歳児程度の身長になり、以降背が伸びることはない。

 背は伸びなくなっても、外見はそのまま成長する。

 しかしそれも、40歳ほどで一旦止まる。ツワグの40歳は人間の40歳とほぼ変わらない。

 そこから人間は年を重ねるごとに老いていくが、ツワグはそのままほとんど変化することなく数十年を過ごす。そのため人間には中年期以降のツワグの年齢を、外見から判別することがほぼ出来ない。ツワグも外見でツワグ同士を判別することが難しいのは同じだが、彼らは人数が少ない分全てのツワグを把握しているので、誰がどのくらいの歳なのかを判別する必要もなく知っていた。

 その変化のないツワグのデンテネルも、老いを感じてきた。

 徴収炉は問題無く稼働し続け、サハバスタナにはツワグのためのエネルギーが送り込まれている。

 そのエネルギーでツワグが機巧術を使い、都市はより発展し、労働の減った人間達によって独自の文化が更に花開いていく。

 音楽や演劇も多様化し、洗練され、かつて存在していた人間の女性が始めた人間への教育も制度化され、人間達の子供が皆ツワグによる教育を受けられるようになった。

 そして更に時が流れ、今度はその教育を受けた人間が人間の子供に教育を与えるようになる。

 僅かに皺が増え髭が伸びた程度とは言え、デンテネルが老いを感じるのも当然だった。それだけ時が流れた。

 彼女との思い出でもあり置き土産でもある情報物質化術をデンテネルは未だに発表していなかった。

 もう統治者に戻る気は無かったし、供給網が問題無く機能している以上当面は必要無い。このまま2人の思い出として自分の頭の中に留めておき、いつか別のツワグが思いついてくれればそれでいいと思っていた。

 情報物質化術を使わなければ、これまで使用した分の組成力を回復することは出来ないが。

 徴収炉によってツワグが本来持っているとされる300年の寿命を全う出来るのは、完成時まだ幼かったか、以降に生まれたツワグだけだった。

 既に生まれ成人していたツワグは少なからず寿命を消費している。

 途中からエネルギーの供給を受けることが出来たとはいえデンテネルも300歳まで生きられるはずもない。彼女と別れた時点で100歳近くになっており、そこから人間が一世代進む分生きたデンテネルは既に徴収炉建造以前のツワグの平均寿命以上に生きていた。

 彼女が見たがっていたバンサの卵もまだ孵ることはない。楽しみにしていた人物が居なくなってしまったため、メトセラルに贈ろうかとも考えた。成獣のやり取りはしないが、卵のままなら譲り渡してもいいだろうと。

 しかし、両手で抱えられるほどの大きさの卵の横にある、どうやってもツワグ1人では動かせない大きさの卵を見る度、デンテネルは思いとどまった。


 徴収炉建造のために作られた東西2カ所の新たな町はそのまま残された。

 西の町はほとんど人間、それもかつて説得に回った人間に因って建造に力を貸してくれたベシーナ民が住み着いた。

 何か問題が起こったときに5日掛けて移動して居ては間に合わないため、少数のツワグも交代制で留まっている。

 東の町は第二のサハバスタナとも言える、ツワグと人間の混成都市となった。

 デンテネルはその第二の混成都市ディティヤの管理者になってくれないかと要請されたが固辞し、結局ヨンキントが赴任することになった。

 サハバスタナを、屋敷を離れるわけにはいかなかった。

 デンテネルは何度も、彼女が残した研究書を読みながら日々を過ごしていた。長くカリドラ、特にブルサロパナで生きているにもかかわらず、見たことも無い生き物が沢山書き留められている。

 ただ読むだけではなく、デンテネルはそれを全て記憶しようとしていた。

 試したいことがあった。

 彼女が作った情報物質化は、機巧術を使用した後のツワグの肉体を回復させるのにも、徴収炉からエネルギーを物体として運搬にも利用出来る、ほぼ完璧なものだった。

 公表はしていないが、何度か1人で試したことがデンテネルにはあった。

 その時、1つの欠点を見つけた。欠点というと彼女が嫌がる気がする。欠点ではなく、元々想定されていなかった盲点に気づいた。

 数冊ある内の一冊をデンテネルは完全に記憶した。記憶は情報に等しい。

 デンテネルはその情報を物質化してみた。

 握っていた手を開くと、そこに小さな、一息でどこかに飛んでしまいそうなほど小さな立方体が生成されていた。生成される形状に決まりはなく、デンテネルが単純な形状を思い浮かべたに過ぎない。物質化されているので、後から形状変換術で形を変えることも出来る。

 記憶は物質になった。

 代わりに、覚えたはずの記憶は頭からすっかり消えていた。彼女の研究結果を一冊分記憶したことはしっかり覚えている。しかし覚えたはずの内容は、手の平に乗っている。

 彼女が残した情報物質化術は、本当の情報を保存するには向いていなかった。

 徴収炉が集めたエネルギーをツワグ全員が平等に扱えるように変換した、言わば内容のない無意味な情報を物質化する分には十分機能する。

 しかし本当の情報、学んだ言語、歴史、生物、個人との関係、延いては機巧術そのものも、物質化してしまえば変換術を使用した者の中から消え去ってしまう。

 それは生体転写術の乱用よりも危険なことに思えた。未だに公表していない最大の理由はそこだった。

 しっかりと危険性を伝えたところで、何かの拍子で自分自身に情報変換術を使って仕舞った場合、自我を失った廃人のツワグが誕生してしまう。

 デンテネルは統治に律令を組み込む代わりに、術そのものに制約を加えられないだろうかと考えるようになっていた。自由度が高いのは、いいことばかりではない。

 もし術に禁止項目を加えることが出来、当初の予定通り運搬と回復だけにしか使用出来ないように改良出来れば、この先必要に迫られたとき、安心して公開し、共有出来る。

 デンテネルは残りの人生を、その研究に費やすことにした。


 デンテネルの屋敷の寝室には、大きな楕円の球体が置かれている。

 統治者でも監督者でもなくなり一介の設計技師には戻ったが、時々来客はあり、誰かに見られる心配が最も少ないのが寝室だった。常に側にあるというのも安心出来る。

 彼女を失って以来、女中を雇うことも止めた。1人でいるのも寂しいので、食事は人間が運営する食堂で済ませることが多くなった。そもそも料理などしたことがない。

 この日も、デンテネルはその寝室で眠っていた。

 かたかたという音が眠りを妨げ、風が出て来たのかと目を覚ました。

 音は室内、ベッドのすぐ横から聞こえていた。

 灯りを点すため布団から抜け出し、目を擦りながら入り口近くの壁を探る。そこに照明ボタンがある。

 灯りが点る前から心当たりは1つしかなかった。明るくなった室内の一点を凝視する。幸い、年は取ったがまだ視力はしっかりしている。

 大きな球体の表面に、一筋のヒビが奔っていた。今のデンテネルに取って最も大事な球体に。

 一気に眠気が失せ、慌てて近寄ろうとする。

 しかし一歩踏み出した瞬間、まさかその一歩の衝撃のせいではないはずだが、ヒビは一気に広がり、球体は砕けた。

 デンテネルはその場に、半ば転ぶようにへたり込んだ。



 そして、私は目を覚ましました。

 正直、眠っていたという感覚も無ければ、何が何だかまるで分かりません。

 分かったのは目を開くとすぐにデンテネル様の姿が見えたという事だけです。

 私も訳が分からず目を見開いていたと思いますが、目の前のデンテネル様はもっと見開いています。

 しばらくどちらも動かず、動けず見つめ合っていました。なぜかお尻がむずむずします。

「はくしょっ」

 くしゃみが出ました。寒いと思ったら、なぜか裸です。

 改めてデンテネル様に目を向けると、目から何かが流れ出ています。なぜでしょう?

 デンテネル様より先に私が立ち上がりました。なんでしょうこれは?私の周りにある物は。というより、私が入っている物は。

「デンテネル様?あれ?そういえば私・・・デンテネル様、お髭が伸びましたか?」

 デンテネル様も立ち上がりましたが、膝がぶるぶると震えています。

 そのまま私に近づき、私は抱きしめられました。とても強く。

「あの、デンテネル様?嬉しいですけど、私なぜかぬるぬるしてますし、裸なので…」

「あ、ああ…ああ、ああ…」

 いったいどうしたんでしょうか。デンテネル様らしくありません、言葉が出てこないなんて。

 私はデンテネル様に抱きつかれたまま、滑って転ばないように慎重に卵の殻から出ました。卵の殻?

「あれ?これ、何かに似てますね・・・そうだ、バンサの卵。そうだ!デンテネル様、子バンサはどうなりました?生まれましたか?」

 バンサはまだ生まれていませんでした。

 でも、私は生まれました。

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「本当に…本当に良かったよ。

 成功しているのは分かっていたんだ。しかし、いつ戻ってきてくれるのかは全く予想が出来なかった。何しろ本物のバンサがまだ卵のままなんだからね。あれ以来ずっと気が気じゃなかったよ」

「で、でも、そういえば、私確かに、バンサを楽しみにしてて、おばあさんになって、徴収炉を作って・・・」

 デンテネル様は落ち着きました。代わりに私が混乱する番です。

「落ち着きなさい。戻ってきてはくれたが、どんな変化が起こっているのか見当もつかないんだ。いや、明らかに変化している箇所もあるが…とにかく、しばらくは絶対安静だ、いいね?」

「で、でも私、確かにおばあさんで、それからし、し、死んじゃって、でも起きたら、というかなんで起きれたんです?死んだような気がするのに…」

 そうです、そうでした。私は確か死にませんでしたか?デンテネル様に看取られながら。

「いや、君は死んでないよ。一度もね。ただし、2度生まれたことにはなる」

 私は身体を拭かれただけで、裸のまま無理矢理寝かしつけられました。お尻がごわごわします。

「死んでないんですか?私。お尻がごわごわするんですけど、なんですか?これ」

「え・・・き、気づいてなかったのかい?いや、無理もないが・・・と、とにかく今日はもう何も考えずに眠りなさい。横を向いて寝ればごわごわしないから」

「でも、でも私眠くなくて、色々と…いろいろ・・・」

 眠くなかったはずですが、デンテネル様に手をさすって貰っていると、次第に目蓋が重くなってきました。

 眠るのは久々ではないような気がします。でも、夢を見るのは久々でした。


「う…うわぁぁぁ~~~~~っっっ!!」

 目を覚ますと、床に膝をつき上半身を寝台の上に乗せてデンテネル様も眠っていました。私は喉がとても渇いていたので、起こさないように布団を抜け出し台所に向かいました。ただ水を飲んだだけですが、なぜか驚くほど美味しかったです。

 そのままお風呂にも向かいました。昨夜拭いては貰いましたが、ぬるぬるが乾いてぱりぱりしている気がします。

 そして、鏡に映っている自分を見ました。

「ど、どうした!?大丈夫かい!?」

 私の大声を聞いてデンテネル様が駆けつけてきてくださいました。

「で、で、デンテネル様!わたし、どうなってるんですか???」

 鏡の中に理解出来ない誰かが映っています。それも、生半可でなく理解しにくいものが。

「あ・・・う、うん、なんだ、その事か。心配するじゃないか。

 とはいえ、うん、そうだね、何を差し置いても、まずそのことを説明してあげないとな」

 鏡には子供が映っていました。遠い昔にどこかで見たことがあるような子供が。

 そしてその子供の頭には、耳があります。犬のような耳が。

「とにかくお湯を浴びてきなさい。そうしようとしてたんだろ?私は何か着る物を・・・残ってるかな?探してきてあげるから」

「は、はい、分かりました」

 混乱していても、鏡に映っている子供が自分だと言うことくらいは理解出来ます。

 でもそこから先、なぜそんなことに、しかも耳まで生えてしまっているのかを考えられないほどには混乱したままです。

 怖いので頭の上に生えているらしい耳を触って確かめてみる事も出来ないまま浴室に入り、身体と髪に残っているぱりぱりを、恐る恐る洗い流し始めました。

「う?え?えぇっ!?…うぇぇぇ~~~~~っっっ!!」

 お尻に、尻尾が生えていました。


 一層混乱しそうですが、実際は逆でした。ここまで来ると最早自分の身体とは思えないので、半ば強制的に客観性を取り戻すことが出来ました。

 若返った私には大きい服を着ます。ツワグの個人宅はどれも共有された同じ設計図を元に作られているのであまり個性がありませんが、それでもここが私とデンテネル様が長く過ごしたあのお屋敷だという事は分かります。

 ただしいくら慣れ親しんだ家でも子供の頃の服など残っているはずもなく、デンテネル様は私が最期の頃に着ていた服を出してきてくれました。それでも残してくださっていたことに驚きですが。

「私は落ち着きましたけど…デンテネル様も落ち着いてますね。驚かないんですか?この姿」

「いやいや、驚いたよ、とてもね。

 ただまぁ…どちらかというと君が何の前兆もなく突然生まれた…というか戻ってきてくれたことに驚いたんだがね。

 君が殻の中で生きていることは分かっていたけど、いつ目を覚ますかは全く予想出来なかったからね」

「じゃあこの姿になってることは予想出来てたんですか?

 あのぉ・・・私もう結構落ち着いて来たので、何となくどういうことなのか分かって来てるんですけど、もしかして・・・」

「お、おお、流石君だ、察しが早い。ふっふっふ、いや、懐かしい。確かに君はそのくらいの歳の頃から聡明だったからね」

 笑い事ではありませんが、どうやら予想通りのようです。

 デンテネル様は寿命を延ばす為、生体転写術でバンサの特性を私に転写してくださったようです。

 お婆ちゃんの姿のまま寿命が伸びたのではなく若返った理由は分かりませんし、生物の特性を転写すると形状まで変わってしまうものなのかも分かりません。

 だってデンテネル様自身があんなに植林以外に生体転写術を使う事を懸念していたんですから。

 偽タオヤリム以外の使用例なんか私は知りません。

 ともかく転写術を使った結果、意識は戻りませんでしたが心臓は動き続けていたそうです。

 そしてその時から変化は始まったそうです。

 昨夜卵から出てきた私はぬるぬるしていましたが、その時の私もぬるぬるし始めたそうです。

 しかも、身体の表面は身体から出て来たぬるぬるに覆われ始めているのに、身体そのものはかさかさになって行ったそうです。

 デンテネル様はバンサの成獣ではなく、元々所持していた卵から読み取った特性を転写していたんです。その辺りに私が若返った理由がある気がします。

 私がぬるぬるかさかさになっていくのに慌てたデンテネル様は卵から読み取った特性を与えたんだから私も卵に入れなければならないのではないかと考え、機巧術で偽物の、大きな殻を作ったそうです。結果、それは正解だったようです。

「君が床に伏せりだしたときから迷っていたんだ、言い出せなかったがね。

 君を引き留めるには使うしかないが、上手く行く保証はないし、どんな副作用があるかわからない。それでも結局、君が意識を失って目を覚まさなくなってからは、懸念などどうでも良くなった。その…置いて行かれるのが嫌でね。勝手なことをしてすまない」

 もう・・・しょうが無いですねぇ、デンテネル様は♫嬉しいですけど。

「その副作用がこれですか?」

 耳と尻尾を動かします。自由自在とまではいきませんが、元々人間の耳があった辺りやお尻の穴に力を入れると、ぴくぴくと動かせます。

「副作用と言えば副作用になるのか…な?やはり生体転写術は完全な代物ではなかったんだよ」

 やはり?

「生体転写術で漸く生物のエネルギーを特性として認識出来るようになったばかりだというのに、鉱物よりも複雑な生物の特性を、必要な部分だけ読み取るには術として不完全だったんだ。

 寿命に関わる特性だけを転写したつもりなんだが、やはり形状の特性も混ざってしまっていたらしい」

 やはり?何でしょうこの口ぶりは。まるで私以外の使用結果を既に見ていたので、私ももしかすると殻の中で変化しているのではないかと予想していたような口ぶりです。

「しかしまぁ、耳や尻尾はいいじゃないか、別に。それより具合は悪くないかい?まだ目覚めたばかりなんだし、もっと安静に…」

「具合は凄くいいですよ?たぶん、年老いた自分の身体を経験したことがあるからだと思うんですけど、凄く快調です」

 お尻を出して飛び跳ねます。下着を履くと尻尾が邪魔でお尻が半分出てしまうので、上着しか着ていません。これから服をどうしたらいいんでしょう。

「元気ならいいんだが…それでもやはりしばらくは安静にして様子を見ないと」

「むぅ~・・・あ、でも、そうするしかないですよね。だってこの耳と尻尾…帽子と大きいスカートで隠せますかね?隠さないと町を歩けないですよね?」

「あ~・・・うん、そうか、そうだね、町に出るのはまずい。しばらく家の中にいないと」

 あらあらぁ?10歳からお婆ちゃんになるまで一緒にいたんですよ?そしてまたなぜか子供に戻っていますが記憶はしっかりと、全部残ってます。デンテネル様のこの口ぶりは、完全に何かを隠しているか誤魔化そうとしているときのものです。私は誤魔化されませんよ?

 でも追求はしません。その内教えてくれるはずです。

「デンテネル様、色々驚いてはいますしまだ混乱してますけど、私喜んでますよ?長く眠っていた気はしないんですけど、1度死んだ気はしてるので、またこうしてデンテネル様とお会い出来て嬉しいです」

「そ、そうかい?それなら良かった。私も、君が私が生きている内に戻ってきてくれて本当に嬉しいよ。何しろ卵の中で生きてることは、触ると温かかったから分かっていたんだが、中の様子がまったく分からなかったからね。硝子で作れば良かったと何度も後悔したよ。それに…」

 うふふ、襤褸が出ちゃってますよ?殻の中の様子が全く分からなかったのにどうして私が変化してるかもと予想出来てたんですかねぇ?

「デンテネル様が生きている内って・・・そういえば、お髭以外にも少しお年を召されましたか?私はどのくらいの間卵の中にいたんです?」

「う・・・それは・・・と、ところで君はどう思う?君を卵の殻の中に入れたのは正解だったようだが、どうして若返ってるんだろうね?耳と尻尾は転写術の不具合や副作用で説明出来ると思うんだが、若返っている理由は分からない。バンサの特性は長寿であって若返りではないだろう?」

「それはたぶん…バンサの特性が影響したんだと考えて問題無いと思いますよ?だって私もデンテネル様も、他のツワグも人間も誰も、バンサが長く生きてるから長寿だって知ってるだけで、研究してきたわけじゃ無いじゃないですか。私たちが知らないだけで、バンサが持つ長寿以外の要素が原因なんだと思います」

「ふぅむ?・・・という事は、君はバンサの長寿命が変異して若返ったんではなく、何かが原因で若返った上に、予定通り長寿にもなっていると言うことかな?」

「え?そ、それは・・・そうなんですか?そうだとしたら・・・分かりません、今は。それより教えてくださいよ、私はどれくらい卵だったんです?」

「・・・それはだね・・・驚かないでくれたまえよ?・・・・・70年」

「え・・・えぇぇぇ~~~~~っっっ!?」


 私がいくら快調を訴えてもデンテネル様は信じてくれず、様子を見るためにお屋敷から出ないように命じられました。70年で町がどのくらい変わったのか凄く興味があるんですが、70年も卵の中にいた人間が健康だと主張しても信用出来ないのも分かります。

 それに本当に元気だと分かって貰っても、この耳と尻尾をどうにかしないと外なんて歩けません。

 それにしても、まさかそんなに経っていたなんて。

 私は確か卵になる前は80歳くらいでした。それが今10歳くらいに戻っていると言うことは、実際に70年掛けて70歳若返ったという事になります。

 そんなに経ってしまっていたんでは外に出たところで知り合いは一人も残っていないはずです。私は前回の人生の後半、今では制度化されているらしい学校と名付けられた施設と同じようなことを、個人で小規模に勝手にやっていたので、その頃教えていた子供達ならもしかすると辛うじて少しは残っているかも知れませんが。

 なんにせよ今の自分の状態をデンテネル様以外の誰にも見せられないので、しばらくはデンテネル様の言うとおりお屋敷内でのんびりすることにします。

 それはそれで、とても楽しめます。

 私としては年老いた自分が少し眠ってから目を覚ました感覚しかないんです。70年経過したどころかそもそも卵の中にいた感覚も全くありません。

 卵に入れて貰う直前はもう完全に容姿では自分の方がデンテネル様よりも老いていましたし、そのせいで身体も碌に動かせませんでしたので、当時の時点でデンテネル様に甘えることなど出来なくなっていました。

 それがちょっと眠って目を覚ますと、子供の頃の自分に戻っていたんですよ?しかもデンテネル様はもう仕事も特になく、私を心配して家から出してくれません。

 甘え放題です。うふふ♫

 それにしても、尻尾が邪魔です。

 耳は別にあってもいいんですけど、せっかく子供に戻ったのに、子供の頃のようにデンテネル様の膝の上に座れないじゃないですか。

 その内慣れるんでしょうか?慣れるまでは、乗りやすい姿勢を模索するしかなさそうです。

 ええ、乗りはします、絶対。


「それで、何してたんですか?デンテネル様は。私がいない間」

「ああ、随分長い間なんで色々とやっていたんだが、情報物質化術の手直しをしていたよ、主にね」

「え?何か不都合なところがありましたか?」

「うん、実はね・・・」

 ゾッとしました。言い訳になりますが、外部から取り込んだ情報を肉体に還元することと、徴収炉が集めたエネルギーを物質化して保存することばかりを考えていて、物質化される情報の種類ことはあまり考えていませんでした。

 情報もエネルギーも、徴収炉が集め変換した物だけなわけがありませんよね。他にいくらでもあります。石も木も動物も人間も、そしてツワグも情報でありエネルギーです。

 徴収炉のエネルギーだけを変換するなら問題ありませんが、情報変換術に制限はありません。もしツワグが自分自身の情報を物質化した場合、その情報はツワグの中から失われてしまいます。

 その情報が例えば昨日の夕飯程度、或いは形状変換術までなら何とかなりますが、走査術を物質化してしまうと自分一人では物質から情報を回収出来なくなってしまいます。

 更にゾッとするのは、もし万が一情報は情報でもツワグの特性を物質化した場合、使用者自身が物質化されてしまいます。

 昨日の夕飯や各種の術は脳内に蓄えられますが、全ての術を可能にしているエネルギーの可視化というツワグの特性は、脳を含めた身体を構成する細胞そのものに備わっているわけですから。

「す、すいません。そういう事故が起こるかも知れない可能性を考えていませんでした。

 あの、だ、大丈夫でしたか?もしかしてもう起こってたり・・・」

「いや、安心しなさい、そういう事故は起こってないよ。

 というのも、手直しは終わってるんだがまだ公表はしてないからね」

「ふう…そうですか、良かったです。

 でも、まだ公表してないんですか?だって、私70年卵になってたんですよね?変換術が出来たのはもっと前ですから、もう100年くらい経ってますよ?」

「うん、供給網が上手く機能しているし、それが今では更に町の至る所にまで伸ばされているからね。

 炉から物質として運んで各自が保管していなくても供給に不自由がないからまだ放置したままなんだよ。

 制限は加えたから事故は起こらないとは思うんだが、どうも共有する踏ん切りがつかなくてね」

「そうなんですか、そんなに便利になってるんですか。でもそれだと…」

 徴収炉のエネルギー保存が必要無いのはいいことなんですけど、私が情報物質化を作った理由はそこではないんですよね。エネルギーの保管は二の次で、そもそも炉の完成以前に使用していたエネルギーを肉体に還元して、デンテネル様に長生きして欲しかったからです。

 見たところ公表してないだけではなく、ご自身にも使用されてないようです。

 元々20歳くらいの差しかなかった私とデンテネル様の年齢差が、今では90年開いてしまってるわけですから、せめてデンテネル様だけでも使って欲しいんですけど。

「それに今加えている制限だけで本当に十分なのかという自信もない。

 まあ、君が戻ってきてくれたから、また君の力を貸して貰って問題なさそうなら公表してもいい」

「はひゃひゃひゃひゃひゃぁぁぁっ♫」

 尻尾が邪魔なので、私は仰向けで膝を抱えて、無理矢理デンテネル様の膝に乗っています。子供の身体に戻っていなければ無理な姿勢です。

 その尻尾を、デンテネル様が撫でてくださいます。

 そうすると、撫でられているのは尻尾なのに背筋とお尻の穴がむずむずぞわぞわします。

「おっとすまないね。やっぱりしっかり身体の一部として生えてるんだね、これ」

onKnee

「はひひひひ~~~♫ま、まだ慣れてないから撫でて欲しいのか嫌なのか分かりません~~~っいひひぃっ♫

 で、でもなんか気持ちいい気がしますぅ~~~♫♫♫」

 やっぱり邪魔じゃないです。生えてて構いません、尻尾。

「しかし、君も今まで気がついていなかったと言うことは、昔君が言っていたのはこのことじゃなかったのかい?

 ほら、言ってただろう?物質化術を元にもっと高度な術が作れそうだと」

「え!覚えててくださったんですか?嬉しいです♫でもそれは…」

 私は当時、情報物質化術と生体転写術を掛け合わせ、人間にツワグの力を与えられる、名付けるとすれば物質化機巧術のような物が作れるのではないかと考えていました。

 しかし今まさに物質化術の危険性を教えられた上に、生体転写術にも問題点があるようなので、実現させられそうにはありません。

 情報も物質もエネルギーも本質的には同じものだとデンテネル様に説いていた私が、肉体もまた情報でありエネルギーであると言うことを考慮出来ていなかったのはお恥ずかしい限りです。

 人間に機巧術を使わせるためには術だけでなくツワグの特性まで転写する必要があり、それをすると術の使用者であれ第三者であれ、一人のツワグが転写用の情報に変換され消えてしまうことになります。

 そんな術作っていいはずがありません。

「そんなことを考えていたのか…ふむ、言うなればツワグの継承か…ふむ…ふむ…ふむ・・・」

 デンテネル様はなにやら考え込んでしまいましたが、物質化機巧術の作成はあり得ません。だってデンテネル様が危惧している、情報物質化術の危険な箇所を、そのまま別の術にしてしまうようなものですから。

「物質化機巧術はもういいですよぉ、無理ですから。

 それよりデンテネル様が安心出来るように情報物質化術を見直しましょうよ♫」

 実は、それもどうでも良かったりします。デンテネル様がもう手直しされてるそうですし。

 でも一緒に作り直せば、またあの遊びをして貰えますよね?くふふ♫


 私が目覚めてからしばらく経ちました。

 若返ったことは嬉しいだけなのですぐに慣れましたが、耳と尻尾はまだ慣れません。特に尻尾は何も考えずに今まで通り椅子に座ったりすると、自分のお尻に敷いてしまって痛かったりします。

 でもとりあえず、私が至って健康だと言うことはデンテネル様に信じて貰えたようです。

 そして健康なら、私と昔のように遊んでも問題無いと考えてくれたようです。

 ですから、今私は動けません♫

「う~~~む・・・いやぁ、随分と久しぶりだなぁ、この眺めは。君が卵になる前から長い間していなかったからね」

「んむ~っ♫昔より厳重になってませんかぁ?全然動けませぇん♫」

「はっはっは、いやぁ、久しぶりだからつい凝ってしまったよ。

 ただ…君には申し訳ないが、流石に君のお気に入りの玩具達は残してないんだよ。まあいくらでも作り直せるが、せっかくだからこの形に合った物を新しく作ってあげよう」

 若返ったせいでほとんど無くなってしまった胸の方に膝を引き付けて、小さくなった私を形状変化術で細長く形を整えられた鉄が取り囲み、檻のようです。

 その檻の内側から中にいる私に向かって更に金属が細く伸び、身体を覆って動けなくしています。私も檻も床についていなくて、デンテネル様が眺めやすい高さに、壁に支えられて浮いています。

 左右に拡げてヒザを曲げている私の両足の付け根に、デンテネル様が新品の玩具を作って下さってます。今回はどうやっていじめられるんでしょうか、私♫

「そうか・・・そういえば君を発情させる薬ももう残ってないな。屋敷のどこかに残っていたとしても使い物にならないだろう。

 まあいい、今回はせっかく君が戻ってきてくれたんだ、たっぷりと気持ち良くさせてあげよう」

 あら?いじめずに可愛がってくれるんですか?嬉しいですけど残念な気もします。

 形状変換術で物体がうねうねと形を変えていくのは、見てるだけで楽しいです。それが硬いと分かっている石や鉄だったりすると余計にです。あり得ない光景ですから。

 その硬い金属が、私の足の間で徐々に形になっていきます。ある程度形が整うと、もう何をされる為の機巧か分かっちゃうんですよね。

 今回は円形です。でもただの円じゃなく、小さな物が同心円状に並んで円を形作っています。

 並んでいる小さな物の先端は…ふわふわですね。

 もうだいたいどうなるのか分かります♫

「いやぁ、随分久しぶりだ。こういう物を作るのは。

 形状変換術自体、日用品の修復ぐらいにしか使ってないな。使う相手がいなかったからね」

 私がお婆ちゃんとはいえ一緒にいた期間ならともかく、いなくなった後もずっとお一人だったんですか?70年も?

 そう思うとまだ何もされてないのにあそこがむずむずしてきます♫

「おっと、そうか。君は若返ってるんだね、それも子供の頃に。

 いきなり昔のように激しく動く機巧はまずいかね?」

「え?いいですよぉ、そんなの気にしなくても。デンテネル様の好きなように遊んでくださぁい♫」

「そうかい?じゃあお言葉に甘えて」

 ほとんど出来掛かっていた足の間の円が、2列になってしまいました。しかもただ刷毛のような小さいふわふわが円形に並んでるだけではありません。同心円状に並んだ刷毛が回転するのは見ればすぐに分かりますが、その並んだ幾つもの刷毛自体も動くようです。

 ・・・好きにしていいなんて言わない方が良かったですかね?

「よし、出来たぞ。

 それで・・・何について議論したいかね?やはり情報物質化術についてがいいかな?」

 あ、そうか。一応議論はするんですね。私としてはただ遊んで貰うだけでもいいですが。

「はい、それでいいです。とりあえず、デンテネル様がどう手直しされたのか教えてください」

「うむ、そうしよう。かなり限定的な術に作り直したつもりだが、見落としがないか確認してくれたまえ。

 それでは動かそう」

 デンテネル様が絶抵抗無限機関術で動力を与えると、檻の中で浮いている私の下から伸びている機巧腕がゆっくりと持ち上がり、その先端にある2列の円を私の割れ目に向かわせます。

 円が2列に増えたので少し幅が広いですが、若返って肉付きが薄くなった私の性器をデンテネル様が指で拡げてくださると、ふわふわの刷毛はぴったりと私の谷間にはまりました。

 そして予想通り、ゆっくりと回転を始めます。

「あっ♫あっあっあっ♫あぁぁ~~~っ♫」

「どうかな?私も久しぶりに作ったが、君も久々に味わうだろう?」

「はぁぁ~~っ♫す、好きですこれぇぇ~~~っ♫」

 円は膣からクリトリスに向かって回転しています。ぴったりと押し当てられている上に刷毛がとても柔らかいので、膣の入り口やクリトリスの裏側は勿論、細かな隙間にも毛先が入り込んで撫で上げられます。

 確かに久々なのでかなりくすぐったさもあり、もじもじしたくなりますが鉄がしっかりと私の身体を押さえていて、お尻の穴をひくひくさせるくらいしか出来ません。あ、後新入りの尻尾も。

 しばらくこの速さで気持ち良くして貰えるみたいです。

「・・・という具合だよ。どうだろう?これなら間違いないと思うんだか」

「はぁ♫ん~♫んふ~♫、は、はい、間違いはないと思いますけど、それだと・・・んやぁ♫」

 情報物質化術で事故が起こるかも知れない最大の理由は、生体走査術で漸く読み取れるようになった生物の情報が、それまで走査していた石や木や鉄に比べ遙かに複雑だからです。

 私に耳や尻尾が生えてしまっているのも同じ理由だと思います。長寿の特性だけを読み取ったつもりでも、そこに形状の情報も含まれている場合があり、転写してみなければそれが確認出来ないのが問題です。

 徴収炉から供給されたエネルギー変換用の情報を肉体に還元しようとしても、そこに術者固有の情報が混ざっているかも知れないんです。そうすると確かに肉体の寿命は延びますが、いつかの思い出も失ってしまっているかも知れません。

 名前が似ていてややこしいですが、ツワグ全員が平等にエネルギーを受け取るために作った情報変換術も、1度脳内に取り込んだ情報を変換するという点に於いては、物質かエネルギーかの違いでしかないですが、情報変換術で事故が起きる可能性がないのは、徴収炉とツワグ、どちらも同じ術を使っているからです。

 徴収炉が集めたエネルギーをツワグのために情報に変換する仕組みも、ツワグがその情報をエネルギーに戻す仕組みも、どちらも情報変換術を使用して行われています。

 自由度がないという意味では不具合とも言えますが、情報変換術は情報変換術に因ってエネルギーから変換された情報しかエネルギーに戻せないため、結果的に予期せぬ事項を防ぐ為の制限が最初から設けられていたようなものです。

 情報物質化術にはその制限がなく、どんな情報でも変換出来てしまうのが問題、大問題です。

 その問題を解決するには二通り方法があります。

 1つは生物には使えないという制限を加えてしまうこと。デンテネル様はこちらを選ばれたようです。

 これなら確かに万が一にも事故は起きません。ですが本当に当初の予定通りエネルギーの保管くらいにしか用途がなくなってしまいます。私はデンテネル様にも私の様に若返って貰いたいんです。

 もう一つは自分自身の情報とそれ以外をはっきりと判別出来る手法を考え、それを術に組み込む事です。

 私としてはこちらを選ぶしかありません。これならデンテネル様がこれまでの機巧術の使用で消費した何十年か分の寿命を回収出来ますから。

「いやそれは・・・私も最初はそう考えたんだが、どうにも難しくてね。

 ただ絶対に不可能というわけではないと思うよ。私も昔試してみたんだが、しっかりと集中すれば任意の情報だけを物質化出来る。その時は君が集めた生物の情報を物質化したかな。

 しかしそれだとやはり心配なんだよ。無限機関術に近い。術と言うよりも技術だね。しっかりと判別出来る者とそうでない者がきっと出て来る。私だってもしかしたら実験の時、生物の情報以外に何か混ざって物質化しているかも知れないんだ。頭の中からなくなっているから気づかないだけで」

 確かに、デンテネル様の仰るとおり判別法を見つけて組み込むのはかなり難しいと思います。

 でも早くしないと。

 早くしないと今度は私がデンテネル様に置いて行かれてしまいますから。

「ん~~~っ♫か、考えてみましょうよぉ♫私が考えますぅ♫」

 たぶん、デンテネル様は現時点でも制限無しの情報物質化術を使って肉体を回復させられます。でもそれをしないのは、ツワグが平等意識の高い種族だからだと思います。自分だけ若返るのを同胞に申し訳ないと思ってるんです。

 だからデンテネル様に若返って貰うには、情報物質化術をツワグ全員が安心して共有出来る術に作り直すしかありません。

「ふっふっふ、頼もしい。何とも懐かしい感じだ。

 さ、もっとしっかり動かしてあげよう」

 デンテネル様がもう一度無限機関術を使い、私の溝を撫でている円に更に別の動きが加わります。

「はっ!?んひゃぁぁぁ~~~~んっっっ♫♫」

 並んだ刷毛によって作られた二枚の円が、私の割れ目に食い込んだまま左右にも開閉を始めました。回転速度も当然のように速まります。

「んにゃぁぁぁっ♫あひひひひ~~~っっっ♫あぅぅぅ~~~っっっ♫」

 あくまで二枚は私の溝にはまったままなので、回転しながら開閉されるとクリトリスは左右から挟まれ、割れ目自体は逆に左右に拡げられながらず~っと撫でられ続けている感覚です。経験したことのない動きと刺激です。

 回転も開閉も更に速くなっていきますが、刷毛がかなりふわふわなので刺激が強すぎません。はっきり言って気持ちいいです。

 なので、イきます♫

「んん~~~~っっっ・・・っくあぁぁぁ~~~っ♫♫♫」

 イキましたぁ♫でも、止めては貰えません。

「あひゃっ!?ん~っん~っんいぃぃぃ~~~っ!ふひぃぃぃ~~~っ!!!」

 イったばかりで敏感になっている割れ目を余すことなく撫でられ続けているので、くすぐったくて身体がビクビクします。でも実際に動かせるのは指先と尻尾だけです。

「どうかな?やはりこれだと議論は無理かな?」

 はい、無理です。だってくすぐったいと思いながらもまたイきそうなんですもん。

 あ、おしっこも漏らします♫

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「んはぁぁぁ~~~~~っ♫む、むりですぅぅ~~~っイきますぅぅぅ~~~♫」

 う~んやっぱり、遊んで貰いながら議論するのに、イかされ続けるのは向いてないですね。何も考えられません。

 発情させられたままの方が合ってます。むらむら悶々しながらでも頭は動きますから。

「そうか、やはり無理か。じゃあまた薬を手に入れないといけないかな。

 しかしまぁ、せっかく作ったんだから今日はこれで楽しみなさい」

「はひぃぃぃ~~~っっっ♫♫♫」

 女の子の溝をシュルシュルとなぞられ続けます。全然止めて貰えませんが、自分で潤滑液を分泌しているので痛くもなりません。その潤滑液をふわふわの刷毛が吸ってしまっているのでもうふわふわではなく、自分の蜜を自分の溝に塗られ続けています。

 私がいっぱい、何度もイってるのを見てデンテネル様も嬉しそうです。未だに原因は良く分かりませんが、若返って良かったです。若い身体なので意識がなくなるまでイかされ続けても大丈夫ですから♫

 ただ…こうやって気持ちよさでいじめて貰うのも楽しいんですけど、楽しんでる場合じゃないんですよね。

 早く安全な情報物質化術を作らないと。

 ま、次からでいいです。今日はもうこのまま、ずーっとイキ続ける姿をデンテネル様に見て貰います♫



 私が孵化して半年ほど経ちました。

 物質化術の作り直しは今の所順調です。

 ですが、まだ一度も町に出ていません。外に出るのは庭までです。お客様がお見えの時は寝室に隠れてます。

 もう限界です。ツワグは大らかさのせいで時間を忘れて1つのことに長く没頭出来ますが、私は好奇心旺盛なんです。

 変化した町が見たいですし、いい加減子バンサにも生まれて欲しいですし、何より私はまだ、稼働している徴収炉を見てないんです。

「ですからデンテネル様、布を買って来て下さい!もう服は自分で作ります。帽子とスカートで隠せますから、これ」

 耳と尻尾を動かします。半年も経ったんで、だいぶ自由に動かせるようになりました。

「そうか、そうだな、確かに徴収炉は私も見せてあげたい。中々凄い光景だからね。それにあれは君が考えた物だし」

「じゃあ買って来てくれますかぁ?」

「う~むそうだな、身体も問題無いようだし、そろそろ外に出たいだろうね。

 う~~~~~~~む・・・・・」

 外に出たいと訴えたのは今日が初めてではありません。ですがその度にはぐらかされてきました。なぜ私を外に出したくないのか良く分かりません。最初は身体を気遣ってくれてるのかと思いましたが、もう何度もへとへとになるまで遊んで貰ってます。

「う~~~~~~~~~~~~む・・・・・分かった、引っ越すことにしよう」

「…え?いえ、そこまでしなくても…ちょっと外に出たいだけなんですけど…」

「いや、何というか…君が戻ってきてくれて、その姿を見たときからそうしようと持って居たんだが…中々言い出せなくてね」

「?…引っ越しをですか?別に引っ越したいんでしたら反対じゃないですけど…???」

「いや、そういうことじゃなくてね。ディティヤのことは教えたろう?」

「はい、東の徴収炉の近くに出来た町ですよね?そこも見たいと思ってたんですよ。それに西も。向こうも解散せずに続いてるんですよね?」

「うん、どちらもかなり大きくなってるよ。西の方はほとんど人間の町になってるがね。

 引っ越すのはティティヤの方だが」

「はぁ、じゃあ引っ越しの準備を始めますか?私、ちょっと外に出たいって言うお願いをしたと思うんですけど、引っ越しの時まで我慢しろってことですか?」

「いや、外に出るのはここでも構わないんだが、何というか、外をうろうろするならディティヤの方が君も暮らしやすいと思ってね」

「・・・もぅ!!はっきり言ってくださいよ!何なんですか一体?何がそんなに言いにくいんです???」

「わ、分かった分かった。しかしね、これは本当に言いにくいんだよ、特に君には。

 ほら、君は人間の中でも特にツワグを好意的に思ってくれているだろう?これは私個人がどうこうではなく、私を含めたツワグ全体の大失敗なんだよ。それを君に知られたくなかったんだが…」

「あ、あれ?聞きたいと思ってたのに、そんな風に言われると怖くなってきました。・・・な、何なんですか?大失敗って」

「君はその耳と尻尾を隠すための服がいると思ってるだろう?

 ・・・要らないんだよ。

 君のような人間は、君が始めてじゃないんだ」

「…え?…え?どういうことです?」

「だから…居るんだよ、他にも。君の…というより私の様に人間に対して生体転写術を使ってしまったツワグ達が。

 その結果、色々なものと混ざった人間達が現れ始めているんだよ」

「え・・・えぇぇ~~~~~っっっ!!??」


 都市間の移動には自走車を使います。今では10日に1度ほど定期便も出ているようです。

 サハバスタナは狭いわけではありませんが、繁殖間隔の短い人間が合流して急激に人口が増加していく過程で無計画に広がっていった区域も多く、道が曲がりくねっていたり急に広くなったり狭くなったりして危険なので、街中では自走車はあまり見かけません。小回りの利く機巧馬が今もまだ使われています。

 ってそんなことどうでもいいですよね。

 今自走車に乗っているものでつい。

 自走車に乗っていると言うことは当然お屋敷の外に出ています。デンテネル様と一緒です。

 耳も尻尾も隠してません。ですから、自走車乗り場に向かうまでの間にいろんな人にじろじろ見られました。

「話が違うじゃないですかデンテネル様。みんな見てますよ」

「まあ、珍しいことは珍しいからね。増えてきたといっても人間よりは勿論、まだツワグよりも少ないんだ。それにほとんどがディティヤで暮らしている。だから向こうに引っ越すことにしたんだよ」

 確かに、見られてはいますが驚かれてはいません。信じられませんがデンテネル様が仰っていることは本当のようです。みんな、私の様に混ざった人間の存在を既に知ってるんです。

 そわそわしますしせっかく久しぶりにサハバスタナの町並みを見ているのに、目的地の方が気になって仕方ありません。

 結局、生体転写術は広まってしまったようです。

 未だに情報物質化術と同様に正式に共有はされてないんです。でも、物質化術と決定的に違うのは、ツワグの誰もがその術が存在していることを知ってしまっていたことです。


「そういえばお前、植林を受け持ってるらしいな」

「そうだよ。お前は供給網か?」

「ああ、人間が穴を掘って、俺たちが梁を作る。いいよなお前達植林組は。事故が起こらなくて。

 ・・・で、どうなんだ?あれは」

「あれって何だ?」

「生体転写術だよ。まだ全体共有はされてないけど、お前達だけには共有されてるんだろ?」

「ああ、あれか。されてるよ。あれはあれで大変なんだぞ?・・・いや、そうでもないか。お前を励まそうと思ったけど何も思い浮かばなかったよ、ははは。

 でも植林の方針を変更する前は大変だったんだぞ?岩みたいな種を運ぶんだから。まあ供給網と同じで、俺たちが台車を作って、人間が運ぶんだけどな」

「・・・ちょっと共有してくれないか?」

「なにっ!?バカなこと言うなよ、出来るわけないだろ」

「興味があるんだよ。だって長年できなかった事が出来る様になるんだぞ?いや、もうなってるんだぞ?なのに少なくとも植林が終わるまでは全体共有されないんだろ?みんな待ちきれなくなってる」

「そりゃまぁ、わかるけど。でも植林組全員が共有されてるわけでもないし、俺たちだって植林以外には絶対に使わないようメトセラルからきつく言われてるんだ」

「なぁ、頼むよぉ。ここは奢ってやるから。

 ちょっとだけ試したら正式に公開されるまで絶対使わないから。な?いいだろ?」

「何を試したいんだよ?俺だって試したいことがあっても我慢してるんだぞ?」

「いやその・・・上さんに使ってみたいんだよ」

「なにっ!?何をバカなことを…」

「まてまて、最後まで聞け。エフェリーン知ってるか?」

「エフェリーン?踊り子か?人間の」

「そうそう、で、エフェリーンと言えば何が人気だ?」

「そりゃ踊りだろ。踊り子なんだから。でも人間の男にしか人気はないだろ」

「そりゃそうだが、その踊りを人間の男達が好む理由は何だ?」

「・・・でかい胸か?」

「そうだよ!・・・あの特性を、上さんに転写したらどうなると思う?」

「それは・・・」

「ツワグの女はあんなに胸が大きくならないだろ?かといって、俺たちは人間の女には興味はない。しかし、胸は大きい方がいい。そして、この時代に生体転写術が作られた。試してみたくなるだろ?」

「そんなバカなことに・・・でも、興味はあるな・・・」

「だろ?後何十年も我慢出来るか?思いついたらすぐ試してみたいだろ?」

「まあそれは・・・一概に否定は出来ないな」

「じゃあ共有してくれよ。絶対上さんにしか使わないから」

「・・・分かったよ。ただし絶対、使ったことだけじゃなく、俺から共有して貰ったことも誰にも言うなよ?」


 こうして、絶対と、誰にも言うなを3人も経てしまえば、最早統治者メトセラル様の抑止力も効力を発揮せず、生体転写術はいつの間にかかなりの数のツワグの間に広まってしまったそうです。

 広まってしまったことも問題ですが、もっと問題なのはそれが非公式だったことです。

 もし公式に共有されていれば、その際にメトセラル様から全ツワグに向けて直接注意を促し、乱用を抑止することが出来ていたはずです。基本的にツワグは善良で真面目で、そして賢いので、はっきりと「まだ実験段階なので植物や単純な生物くらいにしか使用しないよう」に言い渡されていれば従っていたはずです。

 しかし実際には単に、使用していいのは植林にだけと命じられていたツワグの労働者から流出してしまい、そうなるともう2人目からは直接命令を受けていないので、統治者の抑止力は一気に弱まってしまいます。

 事態が発覚した後当然メトセラル様は流出経路の調査を始め、デンテネル様も協力したそうです。

 発覚したのは私が卵になっている間です。

 ですが流出は私が一度目の人生の後半を送っている頃から既に始まっていました。

「全く困ったものだよ・・・私が手直しした後も物質化術を公表する気になれなかったのはこれが最大の原因だよ。

 いくら口頭で制限を設けてもいつかは流出…物質化術の場合は注意を怠って取り返しのつかない事故が起きてしまうんじゃないかとね。

 やはり制限を設けるなら、しっかりと術に組み込むしかないと」

 私が戻ってきた直後からデンテネル様が言いにくそうにしていたことがなんなのかは漸く分かりました。耳と尻尾を生やして戻ってきた私の姿を見て驚かなかったのも、もう見たことがあったからなんですね。

 言いにくかった理由も分かります。私がツワグを好きだから失敗を知られたくなかったとデンテネル様は仰っていましたが、実際は私個人、デンテネル様個人と言うより、ツワグとして人間に申し訳なく思ってらっしゃるんだと思います。ツワグは様々な情報を種全体で共有してきた種族ですので、いいことだけでなく仲間の失敗も自分の失敗のように感じて仕舞うんです。

 それに、ツワグが発生してからの全歴史は知りませんが、少なくともカリドラに流入してきてからの歴史は順風満帆で、失敗と言えるのはこれが最初、しかもかなりの大失敗らしいので、一層恥ずかしく感じてるんだとお思います。

 その大失敗を、私はまだ見てないんですけどね。


 カリドラ地方は広いので、自走車を使っても都市間の移動に数日かかります。元々ツワグと人間の混成都市はサハバスタナ1カ所しかなく、東西の徴収炉建造に伴い新しく出来た2カ所の町の間に他の町はありません。西の町ならベシーナを通過するので間に人間の集落が点在していますが、集落があったところでデンテネル様と一緒では滞在させてはくれないでしょう。

 私とデンテネル様と運転手さんは車に泊まりながら、ディティヤを目指しました。

「う、うわぁ…もう見えてますよ」

「あ、こらこら、ここから先は窓の外を見てはいけないよ」

 ディティヤに近づくと、明らかに1カ所だけ飛び抜けて高い木が密集している箇所があります。その根元に徴収炉があるんですね。

 デンテネル様は私を驚かせたいらしく、徴収炉に着くまでは外の景色を見て欲しくないようです。そうします。

「・・・それでデンテネル様、凄く気になってるんですけど…いじめられてたりするんですか?こんな感じになっちゃった人たち」

 耳を動かします。

「ん?あぁ、いやいや、そんなことはないよ、心配しなくていい。

 それにね、まだ彼らは何というか、生体転写術に因って病気を発症したようなものだと考えられているから、ツワグも人間の医者も何とか治せないかと考えている最中なんだよ」

「え、治す?」

 思わず考え込んでしまいました。その発想はなかったので。

 治せるようなものでしょうか、これ。

 私の様な人たちは今の所異人と呼ばれているそうです。単に人間ともツワグとも異なる人という意味でもありますが、何より彼らに転写されたのが異系生物の特性だからです。何か特殊な能力を身体に加えようと言うときに、変わった力を持つ生き物が多数生息する地域に住んでいる人たちが、あえて特に変わった能力のない犬や猫の特性を選ぶわけがありませんもんね。鼻が良くなったり舌がざらざらになるくらいです。

 知的労働と肉体労働に分かれているのはあくまで適性に因る分担で、決して主従関係ではありません。それに最近では人間の中からも知的労働に従事する人たちも出て来ているようです。誰のおかげですかね、ふふ♫

 私とデンテネル様のような男女の関係はあまりないと思いますが、ツワグと人間の友人関係は珍しくもなく、普通のことです。


「結局奧さんには何の変化もなかったらしいね」

「お、おい、大きい声で言うなよ。

 ・・・う~む、なぜか分からないけど全く変化がないな」

「人間の特性は人間にしか写せないとか?」

「そんなはずはないだろ。同じ種類同士でしか転写出来ないならそもそも植林に使えない」

「ああそうか・・・・・じゃ、じゃあもう一度試してみない?」

「いやもういいよ。人間のお前に言っても分からないかも知れないけど、生体転写術は只じゃないんだ。普通の転写術みたいに1回情報を読み取ったから何度も使い放題って術じゃない。必要な情報を自分のエネルギーを使って転写用の情報に変換して、情報を写したい相手に複写するんじゃなくて移動させるんだ。

 という事はだな、何度も上さんに試すには、何度もエフェリーンに触らなければならない。変に思われるだろ」

「確かに細かいことは分からないけど、そうじゃない。

 ・・・俺に試してみないかってこと」

「なに?お前に?お前の上さんにか?」

「俺自身にだよ。いや・・・まあ奧さんに試してもくれるならそれはそれでありがたいけど、その…エフェリーンのあれを。

 とにかく、俺に試してみて欲しいものがあるんだよ」

「何が欲しいんだ?・・・チューラの特性か?」

「おい、頭を見るな。別に気にしてない・・・いやまあ、後から試してくれてもいいけど。

 そうじゃなくて…オスリリだよ。あれの特性を俺に写してくれないか?」

「オスリリぃ?何であんなもの・・・ああ・・・文句言われてるのか?」

「おい、可哀想な目で見るな。とはいえ、その通りなんだけどな。口げんかの度に持ち出されるから、いい加減見返してやりたいんだ。あいつら1度始めると10時間くらい続けるから、そのせいで雌が死ぬことだってあるだろ?1回そのくらい攻めてやりたいんだ」

「なるほどなぁ…まあ気持ちは分かるが…しかしなぁ…」

「大丈夫だよ。頭は急にふさふさになったら怪しまれるかも知れないけど、これなら普段は服に隠れてるからばれないって。それに、奧さんが何かおかしいと思っても喜ぶだけだろ?」

「う~んまあ、別に構わないと言えば構わないが…」

「いいだろ?それにお前の奧さんに効果がなかったってことは俺にも効果がないかも知れない。という事はその新しい術がどっかおかしいのかも知れないだろ?そういうのを見つけて報告すれば、流石に統治者は無理でも何か別の役職を与えられるんじゃないか?敷設班は嫌なんだろ?」

「う~む、そ、そうか。じゃあ試すだけ試してみるか。でも…絶対誰にも言うなよ?」


 というようなことが至る所で、非公式に生体転写術を入手したツワグと要望を持つ人間の友人の間で行われ、知らず知らずのうちに何らかの特性を転写された人間が増えていったそうです。至る所と言っても生体転写術は植林従事者の一部に共有されていたので、広まったのはサハバスタナではなくディティヤの至る所です。

 元々ツワグ同士では転写術に因って情報交換がされていたので、実際に変異した人間が現れるまでは生体転写術が危険かも知れないとは全く思われていなかったようです。ただ使用範囲が広がったくらいの認識でした。

 その認識は仕方が無い部分もありますが、知らず知らず広まったというのが大問題でした。

 当事者同士が秘密にしていたからではありません。いくら秘密にしたところで、またいくらツワグと人間が2人だけの秘密だと思っていても同じようなことをしている別の2人がそれほど広くないディティヤに何組もいたので、もしも転写が成功していればすぐに噂は広まったはずです。

 転写は上手く機能しませんでした。奥様の胸も、ご友人の…あそこにも何の変化も起こりませんでした。

 ですので非公式に共有して貰っているツワグ達は、生体転写術を欠陥術だと考えるようになっていました。そしてそうは思ってもはやり非公式に共有している後ろめたさから欠陥があるのではと報告することもなく、むしろ機能しないなら特に危険もないとないと考え、更なる共有や試用に対する自戒の念が薄まってしまったようです。

 実際にはしっかり、転写術は機能していたのに。

 デンテネル様も私に転写術を使っているので、深く考えることなく術を乱用した仲間に強く言えない、どころか寧ろ責められる側だと思ってらっしゃるようです。

 私は老衰直前に、卵生であるバンサの特性を転写されたことによって卵の中で変化することになりました。

 ですが、バンサが胎生だったらだったらどうでしょう。お婆ちゃんの私の頭とお尻に、耳と尻尾がにょきにょきと生えてきたんでしょうか?

 そうは思えません。

 たぶんバンサが卵生でなければ、私は寿命を延ばすことなくあのまま死んでいたはずです。

 というのも、異人と呼ばれはじめた人たちは、転写術を使われた本人ではなく、その次の世代から現れ始めたとのことですから。

 生体転写術はしっかりと被施術者の身体に、別の生物の特性を組み込んでいたんです。発現しなかったのは、転写された肉体の方にその余地がなかったからです。

 例えば、あまり考えたくないですが、カリドラには可燃性の体液を飛ばす蛇のような生き物が居ます。その特性を人間に転写したとします。

 その特性を発揮するには、身体に可燃液を製造し溜めておく体液嚢が出来なければなりません。

 ですが特性を与えられたところで、人間にもその蛇にも、後天的にその器官を作り出す機能はありません。

 人間側にその機能がないのは当然ですが、蛇側にもありません。

 だって最初から備わってるんですもん。

 最初からです。犬でも猫でもバンサでも、生まれた後に耳や尻尾が生えてくるわけではありません。最初から、お母さんのお腹の中や、卵の中で既に作られてます。

 生まれる前に決まっていることです。

 だからこそ、転写術の効果は被施術者の子供達から現れはじめました。

 人間として形作られる以前の、精子と卵子が結合した瞬間からなら、既に転写されている特性は機能しました。してしまいました。

 オスリリには角があります。オスリリの特性を転写されたツワグのお友達の頭から、その場で髪の代わりに角が生えてきていれば、すぐに生体転写術が機能していることが分かり、更には生体転写術が非公式に共有されはじめていることもすぐに発覚していたと思います。

 ですが実際にはそうはならず、彼の奥様がその日の晩に身籠もり、その子供に角が生えていたとしても発覚するのは最短で10ヶ月後です。

 ですが実際には更にそうはならないこともあります。

 生体転写術の不具合は、必ずしも任意の特性だけを選べるとは限らない点。私は偶々耳と尻尾の特性まで混ざっていましたが、もしかするとただ若返っただけで孵化していたかも知れません。

 それと同じようにオスリリのその…絶倫という特性だけが上手く転写され、形状の特性が混ざっていなければ、傍目にはただの人間の赤ちゃんです。

 そのせいで転写術の乱用が始まり、それが発覚するまでに数年の空白期間が生まれてしまいました。

 数年は大きいです。数年あれば生体転写術を使われた時点では独り身だった人が、相手と出会い結婚し、子供を授かるには十分ですから。

 当然、私の様な誰が見てもすぐにおかしいと分かる特徴を兼ね備えた赤ん坊が生まれはじめると、ディティヤは大騒ぎになったそうです。

 大騒ぎににはなったものの、原因はすぐに分かりました。

 メトセラル様はデンテネル様をはじめ主要なツワグ達を呼び集め何とか対処しようとされたらしいですが、現時点でもどうにもなっていません。

 当然です。でも、生物を研究していた私でなければ理解しにくいかも知れません。

 私は生き物を形作っている細かい集まりを細胞、更にその中に組み込まれ、細胞へ役割を伝える設計図を遺伝子と名付けていますが、転写術に因る特性はその設計図の中に書き込まれてしまっています。

 まだ変異を病気と考えて治そうとしている人やツワグも居るようですが、それはたぶん無理です。

 だってそれは、犬を治そうとしているようなものです。犬を治したところで、犬は犬です。

 最早カリドラにはツワグ、人間に続く、3番目の種が現れたと考えた方がいいです。まだ少ないですが。

 ただし、それもこの先どうなるか分かりません。

 私は70年卵の中に居て、乱用はそれ以前から始まっていました。

 となると、その間に人間の世代が1世代分しか進んでないはずありませんよね?

 やっかいなことに、転写された特性は隔世する場合もあるようです。

 異人第一世代と同じ世代の、ただの人間と思われていた夫婦の子供が、異人だったりする場合もあるようです。

 つまり発現していないだけで、夫婦のどちらかの親が、生体転写術を使われていたと言うことです。

 そうなるともう、誰がどの生物の特性を遺伝子内に保有しているか分かりません。

 今はまだ異人の数はツワグより少ないそうですが、今後どうなるのかは分かりません。

 ・・・私には、予測がついてしまいますが。

「でも・・・結局大騒ぎになっただけで済んでるってことですか?」

「まぁ、幸いというか何というか、容姿に差が出た以外は特に不都合な点は無いからね。寧ろ、特性が加わったんだから容姿の変化を無視すれば進化したとも言える。一応、出鱈目に特性を加えたわけじゃなく、あの生物のこういう有益な特性が欲しいという申し出の元転写術を使っていたわけだから。

 ただまあ・・・あまり悪く考えたくはないが、その容姿の変化も今の所皆君くらいの変化で済んでいるというのが必要以上に大騒ぎになってない理由だと思う。見方によっては普通より愛らしくもあるからね。

 ただまぁ・・・この先その変化がより顕著なものにでもなってくれば・・・」

 なるほど、だから治そうとしてるんですね。確かに、今の所私程度の変化で済んでいるなら、変異していると言ってもあくまで人間に耳と尻尾が生えていると認識出来ます。

 ですがこの先、異人同士の交配が進んで、口や手足までバンサのように変わった人たちが現れたら、一部だけでなく全身が鱗に覆われた人たちが現れたら、その時こそ人々は異人を3番目の種族だと認識しはじめると思います。

 その時、人間は大丈夫でしょうか。

 大らかなツワグは大丈夫だと思います。そもそもの原因もツワグですし。ですが人間は、いくら今ツワグと共存していても過去に苦い経験をしています。種が違っていても見た目は小さい人間にしか見えないツワグとは仲良く共存出来ても、明らかに形状の違う種と仲良く出来るでしょうか。たとえそれが人間から派生した種だとしても。


 自走車が止まりました。

「おっと、着いたようだ。さ、降りよう。でも私がいいと言うまで目は手で隠してなさい」

 凄くもったいぶられてますけど、言うとおりにします。

 デンテネル様に誘導されて、車から降ります。扉が開いた瞬間に凄く濃い木の匂いがします。上の方からかさかさという小さな音がひっきりなしに聞こえています。たぶん偽タオヤリムの葉の音ですね。その偽タオヤリムを巣にしていると思われる、鳥たちの鳴き声もあちこちから聞こえて来ます。

「・・・よし、いいよ。君が考えたモノの見てご覧」

 手をどかし、目を開きました。

「・・・・・・・・・・」

 あれ?暗い、というのが目を開いた瞬間の感想でした。ですが…。

「・・・・・・・・・・・・・う・・・うぁぁぁぁぁ♫♫♫」

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 少し首を傾けただけで、目眩がしそうになりました。

 私たちが普段目にすることが出来るものの中で一番高いところにあるものは雲です。星や太陽は高いとか低いとか位置で形容出来るものではありませんし。

 その雲よりは低いはずなのに、物体として目の前にある方が圧倒的に高さを感じます。少し怖いくらいです。

 何本ものタオヤリムが密集して聳え立っています。日光はほとんど遮られ、所々葉の隙間から漏れているだけです。通りで暗く感じるはずです。

「す・・・凄いですデンテネル様、これ・・・」

「そうだろう?西の三基よりももっと大きい。壮観だろう?」

 徴収炉も目には入ってます。デンテネル様は徴収炉の方を私に見せたかったんだと思いますが、私はその周りの方に釘付けです。

 その大きくて壮観な徴収炉よりも遙かに大きいものが周りにあるんですから。

「凄いですこの景色、本当に・・・凄いです…けど、凄すぎませんか?

 これ、偽タオヤリムですよね?なのに本物のタオヤリムくらい大きくなってませんか?それに…こんなに密集させる予定でしたっけ?」

「う・・・それはだね…」

 またです。また生体転写術の不具合のせいで不測の事態が起こっていたみたいです。またと言っても実際は生体転写術が最初に試用されたのがタオヤリムに対してなので、ここが始まりです。

 そして今回は私も無関係ではありません。タオヤリムの成長を早めるのにシャオラを推薦したのは私で、そのシャオラの特性が原因なんですから。

 シャオラは苔です。ただでさえ成長の早い苔の中でも更に早いのでお勧めしましたが、例によってその成長速度だけでなく増殖方法まで組み込まれてしまっていたようです。

 つまり偽タオヤリムは種子ではなく胞子で増える植物になってしまっているんです。

 人間と同じように第1世代の偽タオヤリムはもっと離れた場所で、当初の予定通りもっとほどほどの大きさに成長しているらしいです。

 ですがその第1世代のタオヤリムから蒔かれた胞子が風に乗って徴収炉付近まで到達し、第二世代がもうここまで大きく成長してしまっているらしいです。

「あのぉ…それ、大丈夫ですか?このまま広がったらその内ブルサロパナのほとんどが大きな森になってしまうんじゃ・・・」

「う、うむ…確かに…だからそれを防ぐ為に成長を早めた上から更に成長が遅い生物の特性を転写しようかという話も出ている。

 出ているが・・・既に生体転写術の不具合が知れ渡っているから、また何か予想外の変化が起きてしまうんじゃないかと二の足を踏んでいるところだよ」

 無理もありません。やっぱり情報物質化術だけじゃなく、生体転写術も何とかしなければいけませんね。寧ろ優先するべきは生体転写術かも知れません。



 生まれ直した後の新生活は、ディティヤで仕切り直しです。デンテネル様が引っ越されたことを知り、メトセラル様から改めて監督者になって欲しいとの要請がありましたが、デンテネル様は改めて固辞されました。良かったです♫

 あ、生体転写術を作ったことによって統治者になられたメトセラル様ですが、その術に不具合があったからと言ってその座を追われることはありません。確かに不完全な術でしたが、その術で問題を起こしたのはメトセラル様本人ではないんですから。

 それにしても驚きました。

 徴収炉とその周辺の光景にも驚いたんですが、やっぱり街中にいる異人達にも驚いてしまいます。自分も今では異人のくせにです。

 ディティヤは組成力の消費を気にすることなく好きなように造ることが出来た町なので新しく、かなり整然としていて奇麗な町ですが、サハバスタナに比べるととても小さいです。設備は素晴らしいですが規模は町と言うよりも村です。

 当然人口も少ないので、その中に異人が混ざっているとすぐに目を引いてしまいます。

 それを差し引いても、話が違うんですもん。

 今の所姿が変わっていると言っても私程度の変化だとデンテネル様は仰ってました。

 確かに、耳や尻尾が生えている人たちを見かけます。

 でもその耳や尻尾が、ほ乳類のものとは限らないんですね。そんなことは仰ってませんでした。第1世代の人がどんなの特性を欲してその生物を選んだのか分かりませんが、爬虫類の尻尾や肌が現れている人も居ます。耳の代わりに角が生えている人も。

 思った以上に異なっている人も見かけると、どうしても驚いてしまいます。そして心配にもなります。

 1つ安心出来るのは、ディティヤなら私が何も隠さず外を出歩いても、大して目立たないと言うことです。

「そういえば、ずっと気になってたんですよ。どうして私の寿命を延ばしてくださるときに、デンテネル様ご自身の特性じゃなくて、バンサを選んだのかなぁって。ツワグだって十分長生きじゃないですか。

 もしかして…」

「うん、そうなんだよ。物質化術と違ってなぜか生体転写術はツワグに効果がない」

 そうなんです。変異した人間は見かけるのに、変異したツワグは全く見かけないんです。非公式に転写術を使って仕舞ったツワグ達は何も人間にだけ術を使ったわけではありません。調査の結果ツワグ同士でも試されていたそうです。にもかかわらず変化が現れたのは人間だけです。いくらツワグの寿命が長くても人間が2世代進む間には子供も生まれます。でもまだ変異したツワグの子供は確認されていません。

「どう思う?ツワグ自身の事なのに、どういう理由でツワグに転写術が効かないのかさっぱり分からない」

「それはですねぇ~♫」

 お尻と尻尾を振ります。議論を始めるなら、あの遊びをしないんですか?という催促のつもりです。

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 ツワグがツワグ同士で生体転写術の、特に転写が効力を発揮しない理由はすぐに察しがつきました。

 だってメトセラル様が生体転写術を作り出す前から、ツワグは普通の転写術をツワグ同士で使ってたんですよ?寧ろそれがツワグの本領でもあります。転写術で情報を共有し、発展する。ツワグに関しては生体だろうが何だろうが関係ないんです、元々。

 つまり、転写術を使われても身体に書き込まれるのではなく、単なる情報として自動的に脳に保存されてしまうんです。石や金属の特性と同じように。ツワグ同士に取って生体転写術は、ただの転写術と変わらないんです。

 それと、生体走査術でも普通の走査術でも、ツワグは元々ツワグを走査出来ません。機巧術は全てエネルギーの可視化という特性の元に成り立ってますけど、ツワグはツワグをエネルギーとして認識出来ません。もし出来てたらツワグは自分達を生物ではなく、エネルギーの塊のような生き物だと認識しながら進化してしまっていたかも知れません。それにツワグがツワグを走査出来ていれば、術を共有するかしないかを作成者が決められなくなってしまいます。作成者が止めておこうと思っても、触ってこっそり非公開の術を手に入れられてしまいますから。

 だから走査、転写共にツワグには効果がありません。

 ・・・効果がないという事は・・・あれ?デンテネル様にも私の様に若返って貰おうという計画は…無理ですか?

 安全に作り直した物質化術を使っても若返ることは出来ます。ですがそれは既に使用した組成力を肉体として回収しているだけです。まだ屋敷の中に残っている試作徴収炉が完成したのはデンテネル様が40歳を少し過ぎた頃で、以降はご自身の組成力を使用することはほとんど無くなっていましたので、最も多くて40年、不用意に術を使って寿命を縮めてしまわないように幼児期は厳しく監視されていることを考えると、物質化術では30年くらいしか若返れないかも知れません。

 それでも、出来るだけ長く一緒に居たいので、物質化術の改良は急ぎます。

 目の前で何も履いてないお尻を振っているのに遊んでくれないのは、お髭で良く分かりませんが、デンテネル様も随分お年を召してしまっているからだと思います。

「なるほど、それはそうかも知れない。組み込めず、保管されてしまうわけか。それなら生体転写術はツワグに対しては安全と言うことになるな。安全というか、無意味というか」

 私は生体転写術も改良してデンテネル様に長生きして貰う気満々ですが、デンテネル様は興味がないようです。

 一点を除いて。

 ツワグに対して生体転写術が効果を発揮しないと分かっているのは、流出と同時期に人間に対してだけでなくツワグ同士でも転写術を試みており、未だに何の変化もないからですが、その際ツワグが欲しいと望んだ特性は一部の例外、妻の胸を大きくしたいという望みを除いて1つだけです。

「デンテネル様は大きくなりたくないんですか?ふふふ♫」

「う、んんん、ま、まぁ…そうだな、それはまぁ…そうなれば面白いというか便利だとは思うが…」

 そこには興味があるようです。可愛いですね♫

 生体転写術は私ではなくメトセラル様が作った術で、ただでさえ物質化術の改良が残っているので、そちらに取りかかるのはまだまだ先になりそうです。もしかすると生体転写術を改良するより、強制的に情報として脳内に保管されてしまった特性を自分自身で自分自身に転写する、別の術を作ってしまった方が早いかも知れません。

 今まさに物質化術に組み込む為に、自分自身の思い出と外部から得た情報を明確に区別する方法を考えているわけですから、流用出来るかも知れません。


 ディティヤでの生活は楽しいです。

 人間とツワグ、人間と異人の関係も良好です。

 異人が生まれたのは悪いツワグが現れて無理矢理人間を生体転写術の実験に使ったのではなく、人間の方からこっそりお願いした結果ですし、ディティヤは植林と徴収炉建造に従事していた人たちが少しずつ発展させていった町ですので、今はまだ発現していなくても何らかの混成遺伝子を保有している可能性が高い人間が多く住んでいて、いつ自分の子が異人として生まれてくるか分からないので、人間と異人もぎくしゃくしてません。たぶん、自分自身や親がツワグに転写術を使って貰ったという心当たりがある人間は、植林や建造が終わった後もサハバスタナに戻らずにディティヤに残ってるんだと思います。ですから、今後ディティヤの異人比率はどんどん高くなっていくような気がします。

 卵から出て来てまだ数年しか経っていない私にとってはツワグと人間に混ざって見慣れない人たちが混ざって生活している光景はまだ違和感がありますが、普通に生きてきた人たちにとっては70年掛けて、その間騒ぎにもなったはずですが少しずつ増えて定着してきた光景ですので、もうほとんど馴染みつつあるんでしょうね。

 というか、私も異人なんですけどね。

 少し視線をあげただけで目に入る密集したタオヤリムと相まってディティヤの景色は凄く不思議な感じがしますけど、とにかく楽しく生活しています。

 楽しいですが、私は異人になっただけでなく子供に戻ってしまっているので、他の子供達の中に混ざって生活するしかありません。今の所私の様に若返った異人は報告されていないので、内緒にしています。

 学校にも行くようにデンテネル様に言われました。その学校とやらはそもそも、私が基礎を作ったんですけど。

 それでもいざ行ってみると、教わる内容はともかく、驚くことはありました。

 人間の子供と異人の子供が一緒に学んでいることは分かっていました。容姿に差があるだけで知能に差はないですから。

 ですが学校には、ツワグの子供も通っていました。そっちの方が驚きました。

 確かにツワグは40歳くらいまでは人間と同じように成長しますし、身長も子供の内なら人間と大差ありません。

 私が卵の中に居る間に外見上の差は増えていても、種族間の差は減っているんだと思うと嬉しくなり、学校に通わされるのが嫌ではなくなりました。

 遺伝子だけでなく、社会的立場も混ざりつつあるようです。そういう町に住むのは、やっぱり楽しいです。

 1度お婆ちゃんの自分を経験しているのですぐには馴染めない…というか妙に照れくさい感じがしましたけど、無理矢理子供達と一緒に学んで遊んでいるといつの間にか本当に自分が子供のように思えてきます。

 教える側も、人間の教師がほとんどですが、若いツワグも居ます。

 人間に工学を教えてもツワグのように術を使って簡単に機巧を作ることは出来ませんが、時間は掛かっても手で作り出す事は出来るので、無駄ではありません。

 私は、自分で言うのも何ですがツワグより賢いと思ってます。

 それでもやはり、工学に関してはツワグに敵いません。ですので私にとってもツワグの授業は為になりました。


「いったい何をして・・・膝に乗らないのかい?

 ・・・え?き、君…とうとう工作にも興味を持ち始めたのか?」

 私は床に座って、がらくたを使って玩具を作っていました。流石に膝の上で工作は出来ませんからね。

 お、玩具と言っても本当の玩具ですよ?デンテネル様が私に使うような玩具のことじゃないです。

 何となく、何をどうすればどこがどう動くのかという工学の仕組みが分かって来たので、試してみたくなったんです。とはいえ、機巧術を使えない私では歯車とか細かい部品は作れないので、がらくたを分解して再利用してます。

「何を作ってるんだい?」

「バンサの人形です。ちゃんと動くようにしますよ」

 まだ産まれないんです。一時期はあまりに生まれないんでまさか卵のまま死んじゃったんじゃないかと心配しましたけど、今は逆の意味で心配してます。

 触ると温かいので生きてることは分かりますが、バンサの卵から得た特性を与えられた私が、卵の中で70年掛けて70歳若返ったことを考えると、もしかしたらバンサは寿命と同じだけ卵のまま過ごすのかも知れません。

 バンサの正確な寿命は分かってませんけど、ツワグ以上に長生きだと言うことを考えるとまだまだ生まれてくれないかも知れません。統治者になった記念にデンテネル様が卵を貰ってから、もう100年以上経ってるんですけど。

 バンサの成獣を飼っている人なら他にもいますけど、卵を孵化させた経験があるツワグは見つけられなかったので、そういうことなんだろうとちょっと諦め掛けてます。

 なので、代わりに玩具のバンサを作ってるんです。

「あ、デンテネル様、小さい発電機が欲しいです。この子の動力にするんで」

「ん?動力なら私が無限機関術で…」

「え!ダメですよぉ!そんなことしたら…」

 私は当然無限機関術も使えないので、自分で作ったモノを動かすには撥条や電気などの動力が必要です。

 無限機関術は完成した機巧に後から加える事は出来ません。形状変換術で物体を機巧に変化させている最中に、駆動部の各部品そのものに組み込む術だからです。

 ですから私が作った玩具に無限機関術を施すと言うことは、デンテネル様が一から作り直して最終的に私が作った形状に戻すと言うことです。そんなの自分が作ったことにならないので、お断りです。

「そ、そうか、それもそうだね。よし、発電機を作ってあげよう」

「ありがとうございます♫あ、そうだ!せっかくだから発電機…というか電気の仕組みも教えてください。まだ学校ではそこまで習ってないんですよ!」

 と、つい言ってしまった結果、また私は動けません。むふぅ♫

 最近遊んでくれなくなっていたデンテネル様ですが、私がツワグの得意分野に興味を持ったことが嬉しいらしく、改良の必要がある術をほっぽいて電気について教えてくれるみたいです。

 私の身体を使って♫

 ひ、久しぶりにちょっとドキドキしてます。全然嫌じゃないですよ?ただ、動け無い状態は同じですが、敏感なところに与えられる刺激がこれまでとは全く違うので、少し怖くもあります。

「で、デンテネル様ぁ…これ痛いんですかぁ?」

「いやいや、そんなに痛くはないはずだよ。私は君に痛いことなどしないから、安心しないさい」

「でもぉ~昔は電気を使った装置の事故で、ツワグが死じゃったりしてたんですよねぇ?」

「うん、確かに。妙な話だが、機巧術が使えるせいで我々の祖先は電気を理解する前にその発生装置を作り出せてしまっていたからね。順序が逆だった頃は、確かに事故も起こっていたらしい。

 ただ言いにくいが、そのおかげで今ではしっかりと仕組みが分かっているから大丈夫だよ。刺激を与えるだけで身体に危険を及ぼさない量と方向の電気を発生させることは出来る」

 私は仰向けで、膝を抱え込むように丸まって拘束されてます。回転刷毛の時よりももっと丸くなっているので、自分で自分のあそこが見えます。

 ほとんどはいつものように太い縄のような金属で全身を覆われてますけど、お腹の上に小さな発電機を作ったみたいで、そこだけ平になってます。

 その平らな部分に私が作った玩具のバンサが置かれました。

「あ、あの~、全身に電気流されちゃうんですか?私」

「いやいや、そんなことはしないから安心しなさい。ここだけだよ」

 そう言いながらクリトリスがつんつんされました。平らな部分の端は私のクリトリスまで続いていて、そこが円形の穴になってます。その穴の中から、私のクリトリスが顔を出してます。

「初めて作ったのに良く出来てるよ、このバンサの玩具は。一応確認したが、これなら電気を流してやればしっかり動く。

 そのついでに、ここにも電気が流れるわけだ」

 またクリトリスをつんつんされました。つんつんされた所の周りの円の内側には、尖った部品が4つ、クリトリスの方を向いて取り付けられてます。尖ってますけどクリトリスには当たってないので痛くないですよ。

 その部品は電極って言うらしいですけど、そこらから私のクリトリスに向かって電気が流れるらしいです。

「それじゃあいいね?君も早く自分が作った物が動いてるのをみたいだろう?

 大丈夫だとは思うが、もし痛かったら言いなさい、止めてあげるから」

 デンテネル様は発電機巧が収まっている平らな部分に触れ、無限抵抗術を施しました。

 凄く馬鹿馬鹿しくて無意味なことなので普通はどんなツワグもしませんが、今回の小さな発電機はデンテネル様の無限機関術で動いています。ツワグに取って電気はそもそも、誰でも使えるわけではない無限機関術の代わりに安定供給出来るエネルギーとして使われているので、無限機関術で電気を起こすことは本来あり得ません。

「んんっっ!?・・・あぃっ?・・・ほわわわわわわっっっ!?」

 期待とつんつんで膨らんでいた私のクリトリスが驚いてビクンと跳ね上がりました。

「へぇぇぇぇっ!?にひひひひっ!!な、なんですかこれぇぇ~~~っ!!」

 無駄だと分かっていても私の身体は無意識に暴れようとします。ですがしっかりと鉄の縄で押さえつけられているので、やっぱり無駄です。

「いひゃあぁぁぁぁっ!!もっ!もじょもじょしますぅぅぅぅ~~~~~っ!!!」

 デンテネル様は嘘を仰いません。本当に痛くはないです。正確には表面が少しちくちくはしますけど、発情薬を塗られてるときの方がもっとちくちくします。

 それよりもぞわぞわむずむずしますぅぅ~~~っ!しかも、クリトリスの内側がぁぁ、奥の方がぁぁぁぁ!内側から細い筆の先っぽでこちょこちょされてるみたいな、これまでに経験の無い、どんな玩具を使っても外側からの刺激では起こりえない感覚ですぅぅぅ!!

「む、むりですぅぅぅ~~~これぇぇ~~~っっ!!」

 す、すごいです。発情薬を塗られたままにされるのもかなり耐え難いんですけど、頭は働かせられます。でも電気は無理です。クリトリスのぞわぞわから逃げることしか考えられません。

 でも当然逃げられないので、お尻の穴だけぱくぱくしてしまいます。手首と足首から先は拘束されてないので、わしゃわしゃしてしまいます。

「と、とめてくださぃぃぃぃ~~~っ、デンテネル様ぁぁぁ~~~っ!!」

「ん?痛いのかね?この発電機で起こせる最小の電気しかまだ流してないんだが?」

「いぃぃ、痛くはないですけどぉぉぉぉ~~~っ!!ももも、もじょもじょなんですぅぅぅ~~~っ!!」

「おお、痛くはないか、安心したよ。それなら止めなくても大丈夫だね」

「やぁぁぁ~~~っ!も、もじょもじょするの我慢出来ないんですぅぅぅ~~~っっっ」

 尖った4つの電極は円に沿ってゆっくりと回転しながら、私のクリトリスに絶えず電気を流し続けています。

 何の感覚に一番似ているかと言われると、くすぐったさですかね?回転刷毛もくすぐったかったですけど、電気は普通はどうやっても何も届かない、私のクリトリスの奥までぞわぞわとくすぐってくれちゃってます。

 私が作ったバンサの人形は、私のお腹の上で、私のクリトリスを通過した電気を与えられてしっかりと動いています。

 でも、初めて作った玩具がせっかく正しく動いているのに、それどころじゃないです。

「にょひひひぃぃ~っ!!、こ、これぇ~、ずずずっと流しっぱなしにしてて大丈夫なんですかぁぁぁぁ???怖いですぅぅぅ~~~にゃひぃぃぃぃ~~~っ!!」

「ふふふ、心配しなくていいよ。ずっと流れてるように感じるかね?ずっと流れてはいないんだよ。

 電気を目で見る機会があるのは雷が光ってる時くらいだろう?あれでもかなり早く移動しているように見えると思うが、実際はもっと早いんだ。

 今君に流してる電流は、明滅…流れたり止まったりを繰り返させてるんだよ。でも凄く早く君の芯を通り過ぎてるから、君の方では…というよりも生き物の感覚ではその明滅に気づけないんだよ。だから安心しなさい」

 そ、それって安心出来るって言うんですかぁ?き、危険じゃないのかも知れないですけど、刺激はすっごいんですよぉ?

 私はぎゅっと目を閉じて身体を強ばらせてますけど、時々目を開けると確かに小さな稲光が電極からクリトリスに向かって落ち続けてます。

 目でもクリトリスでも途切れ途切れになってるようには見えないし感じませんけど、実際は凄く短い間隔で、4つの電極から順番に電気が流れてるようです。

 電気のことを教えて貰うつもりでいたのに、とても何かを学べる状態ではないので良く分かりません。ですけどデンテネル様が大丈夫と仰るので、大丈夫なんでしょう。

 つまり安全に、このまましばらく虐められちゃうと言うことです♫

 喜んでる場合じゃないのに、やっぱり喜んじゃいます。ちょっとだけ久しぶりですから♫

「んひひひひひ~~~~っっっ!!」

 といっても、遊んで貰えている事に頭の奥の方が喜んでいるだけで、身体は全然喜んでいません。

 くすぐったさに似ているだけで未知の刺激なので、その刺激が強いのか弱いのかも良く分かりません。

 ただただ、クリトリスがむずむずしてお尻がひくひくします。

「うむうむ、何というか…こういう風に悶える君も愛らしいな、ははは」

 私が初めての刺激を与えられてるんですから、当然デンテネル様も発情や快感とは違う、私の初めての悶え方を見ています。そして気に入ってくださったようです。

「愛らしいが、う~む、これは勉強など出来そうにないな。せっかく君に教わるんじゃなく教えられる機会だと思ったんだが」

 じゃ、じゃあ止めてくださいよぉ!

「勉強出来ないなら、電流を強くしてみてもいいかね?もう少し君が悶えているところが見たいな」

 えぇぇっ!?そっちですかぁ?

 デンテネル様がもう一度平らな部分に触れます。

 後で、虐められてない時に改めて教えて貰いましたけど、電気は回転によって生じさせることが出来る様です。

 なのでこの時も、かすかに聞こえていた何かが回っているような音が、少し大きくなりました。

「へひっ!?んにゃぁぁぁああああっひひひひぃ~~~っ!!!」

 どのくらい強くなったのかは分かりませんが、確実に最初よりは強くなりました。くすぐったさより、ちくちくが増した気がします。

「むひぃぃぃぃ~~~っ!!で、でんてねる様ぁ!!と、とめてぇぇぇぇっ!!」

 発情させられてる時でも、つぶつぶ機でいっぱいいかされてる時でも、回転刷毛で割れ目を撫で撫でされてる時でも、私は止めて欲しいとお願いしたことはありませんでした。きついことはきついんですけど、気持ち良くもありますから。

 でも電気は無理です。何とか耐えてみようと思うんですけど、耐え方が分かりません。暴れられないなりに暴れてみても、身体を強ばらせてみても、逆に、難しいですけど力を抜いてみても、何をやってもちくちくぞわぞわがクリトリスを責め続けます。

「んひっ!あひっ!むほほほぉぉ~~~っ!!ぷひぃぃぃ~んっ!!」

 今回に限った事ではないですが、私が徹底的に拘束されているのは、無意識に暴れてしまった時に身体が傷つかないようにと言うデンテネル様の配慮でもあります。暴れられる余地があると、身体と拘束具がぶつかって痣になっちゃいますから。

 デンテネル様の拘束金属縄にはそんな余地が全くありませんから、私は安心して思いっきり悶えられます。

 デンテネル様は私の頭やお腹を撫でてくださいます。びりびりで悶えてる私を励ますために…と見せかけてしっかりその度に、少しずつ電流を強くされちゃってます。

「にゅひひひひ~~~っ!!ばっばれてますすすすよぉぉぉ~~~っ!!」

 デンテネル様はこっそり強くしてるつもりかもしれませんけど、気づいてますよって伝えたいんです。一番敏感な所に逃しようのない刺激を与えられてるんですから、そりゃ気づきますよ。

 刷毛でこちょこちょされてる時は、くすぐったくてもイケるんです。

 でもこれは、もう良く分かりません。くすぐったく感じているのは間違いないんですけど、刺激が強すぎて自分がイキそうなのかどうか、そもそもびりびりでイケるのかどうかも分からないです。

 あ、あ、あ、な、なんかでも、あそこがきゅっきゅ締まって・・・

 あ、あぁぁ~~~~っ!な、なんかでましたぁぁぁ~~~っっっ!ぷしゃぁぁぁっっとぉぉぉ!!

 お、おしっこでしすかぁぁ?私お漏らししましたぁぁ?イったんですかぁぁわたしぃぃぃっ!!

 びりびりしながらおしっこの穴からなんか出してますぅぅぅ~~~っ!!

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「おっと、こらこら、お漏らししちゃ駄目だよ?電気は液体にも流れてしまうからね。

 ここにしか…おっと、ここにしか流れないように調整してるのに、お漏らしで濡れてしまうとそこにまで電気が流れてしまうからね」

 ここ、といいながら私のクリトリスをつんと触ったデンテネル様は、驚いて指を引っ込めてました。指で触っても驚くような刺激を女の子の急所に流さないでくださぃぃぃっ!

 で、でも確かに、デンテネル様の言うとおりクリトリスだけだったびりびりが、あそこの入り口やお尻の穴の方まで伝って行ってしまってる気がしますぅ。

「あっ!?・・・はふぅぅぅ~~~っ」

 デンテネル様が無限機関術のエネルギーを回収してくれました。発電機が、そしてバンサの人形が止まります。

 自分で出したおしっこのようなもので濡れてしまったあそことお尻の周りを拭いてくださってます。

「本当にあまり良くないんだよ、電気を使っている時に濡れてしまうのは。細かい調整が狂ってしまうからね。

 電気で遊んでいる時はお漏らしを我慢しなさい」

 そう言いながら、指先に纏わせた布でおしっこの穴をくりくりと撫でてくださいます。まだ穴の中に残っているおしっこのようなものが、布に吸い取られます。

「我慢なんて出来ないですよぅ。勝手に出ちゃいますぅ」

「ふぅむ?勝手に出てしまうか。それはいかんな。

 では・・・ここに栓をしようか?」

「えっ?な、何て言いました?あひゃぁっ!?」

 おしっこの穴に初めての感覚があります。

「おっと、鉄は駄目だな、こっちで作ろう」

 小さく丸まった姿勢なので、やっぱり何をされてるのかしっかり見えちゃいます。

 デンテネル様は私を拭いていた布を変化させ、その細くなったものが私のおしっこの穴の中に入って来ます。

「ひひゃあぁぁっ!せ、栓って言ったんですか?わ、私おしっこの穴閉じられちゃうんですかぁ?」

「さっき沢山出たからもう出ないとは思うが、念のためにね。痛くないだろう?」

 悔しいことに全然痛くないんです。形状変化術を使っているので、最初に布を凄く細く、少し固く変化させて、私のおしっこの袋に先端が届いたらお漏らし出来ないようにぴったりと太くすればいいんです。

 痛くないので、嫌がれません。

 といっても、元々私はして欲しくない時だけでなく、して欲しい時も自分からは言わないんですけど。お尻を振り振りしてちょっと誘ったりはしますけど、基本的にデンテネル様の好きなように私で遊んで欲しいので、拒否は勿論具体的におねだりすることもありません。

 私が気持ち良くて鳴いていても、辛くて鳴いていても、その反応をデンテネル様が楽しんでくださっているのなら、私はどっちでもいいんです♫

 デンテネル様は私のクリトリスを引っ張ったり持ち上げて裏を見たり、たぶん火傷してないか確認してます。ちくちくは感じますけど、熱さは全然感じないので実感はわきませんが、ちゃんと予定通りに流れないと、電気とは身体に火傷をさせてしまうものらしいです。

 というか、そういうことを色々、ちゃんと教えて欲しかったんですけどぉ?

「うん、問題無いな。じゃあ続けるよ?」

「えっ?は…はい…」

 勿論まだ終わりじゃないのは分かってました。でも頑張ってびりびりぞわぞわ我慢したんですから、もうちょっとクリトリスなでなでしてて欲しかったです。

「はぅっっ!!」

 デンテネル様がまた平らな部分に触れ、無限機関術に因って循環経路を組み込まれている発電機巧の各部品に組成力を送り込みます。その組成力は勿論、徴収炉から各家庭に送られているエネルギーです。

 徴収炉からのエネルギー供給機構は、蛇口から水を入れ物に注いで机の上に置いておくのとほとんど同じです。

 一日で飲む分の水をまとめて注いでおくことは出来ませんが、入れ物が空になったらまた蛇口を捻りに行けばいいだけです。ツワグの場合一日分くらいのエネルギーは脳内に蓄えておけますが、数日分ともなると無理なので、無くなる度に補給しています。

 ですから私とちょっと遊ぶくらいなら、途中で一度も補給する必要はありません。

「はひゃっ、にひっ、にひひひひっ!」

 平たい部分から中々指を離してくれません。

「あむぅぅぅ~~~っ!いっ、いきなりですかぁぁぁ?」

 中々離してくれないので、その間ぴりぴりぞわぞわは大きくなり続けています。どうやら最初から再開するのではなく、お漏らししてしまう直前の強さまで一気に戻されてしまうようです。

「んにゃあぁぁぁぁんっ!むひひひひぃぃぃっ♫」

 またすぐにさっきの堪らない感じが戻ってきて、わたしはくいくいと腰を動かして…いるつもりですが実際に動いているのは足と手の指とバンサ人形だけです。

ちゃんと動くように作ったバンサ人形の足が私のお腹の上でくるくる回りながらひょこひょこ動いてますけど、私のクリトリスも勝手にぴょこぴょこ動いちゃってますぅ!

 そんなに動いたってぴりぴりからは逃げられないのにぃ、というよりぃ、人形が動くためには私のクリトリスがびりびりするしかないんですぅ、可哀想な私のクリトリスぅ♫はふぅうぅうぅ~~~っ。

「さっきはこのくらいだったかな?大丈夫だね」

「うひひひひっ…だだだ、だいじょうぶっ、ででですけどぉぉぉ」

 外から内から、表面と芯の奥をもじょもじょされてるので全然大丈夫ではないんですけど、たぶんデンテネル様が聞いてるのは痛くないかどうかですよね?

「よしよし、じゃあさっきより強くしてみるからね」

 私の状態を確認するために一瞬離していた指をまた平らな部分に乗せ、小さな発電機巧が電気を生むための回転運動を早められます。

「う・・・うぅぅぅ~~~っ、んふん、んふぅぅぅぅ~~~~っ!!!

 う・・・ん?んあぁぁっ!?あぁぁぁぁ~~~っ!!!いっ、痛い痛い痛いぃぃぃ~~~っ!!

 デンテネル様痛ぃぃぃ~~~っ!!!」

 途中まではそれまでのぞわぞわむずむずが強くなっていってましたが、ある瞬間から急にちくちくだけ、それも針の先っぽでつんつんされてる程度のちくちくではなく、しっかりと刺されているような痛みに変わりました。

「おっ、おわわわわっ!いいい痛いかね、す、済まない、すぐに…」

「はっ!?んぎゃぁぁぁ~~~っ!!痛いですぅぅぅぅ~~~~っ!!!」

 デンテネル様は慌ててしまって、本来回収しなければいけない無限機関術用のエネルギーを、うっかり更に送り込んでしまったみたいです。

 動け無くされて虐められることには慣れていましたが、虐められると言ってもデンテネル様は優しいので私が痛がるようなことはこれまで一度もなさいませんでした。

 ですから私が痛いと悲鳴を上げるのはこれが初めてなので、デンテネル様がびっくりされるのも無理はありません。

 でも本当に痛かったんですもん!

「す、すまないすまない、もうだいじょうぶかね?」

「へひっ、だ、だいじょうぶですぅぅぅ~」

 すまないと言いつつ、完全に止めてくれるわけじゃないのがデンテネル様の意地悪なところです。痛くなる直前まで戻されただけです。

 でもデンテネル様が意地悪な気分になってる時はそれだけ楽しんでくれていると言うことでもあるので、私は満足です♫

「じゃあ今日はこれ以上は強くしないようにしよう。

 このままならもうしばらく君の可愛い姿を見ていてもいいかな?」

「はひひぃ~っ、い、いいいいですよぉ、見ててくださぁぁぁい♫」

 デンテネル様は私のお尻の前にソファを移動させ、そこに腰掛けました。

 デンテネル様がうきうきしてらっしゃるのが分かったのでつい見てていいと言ってしまいましたけど、痛くなくなっただけで全然楽にはなってないです。今回の体勢は自分のあそこがしっかり見えて、でも目の前にあるのに自分ではどうにも出来ないのがもどかしくて、一層堪らないです♫

 私にも全部見えているので、お尻の前に座っているデンテネル様にも当然、びりびりでぴくぴくしているクリトリスも、ぱくぱくしているお尻の穴も、くるくるしているバンサ人形も、涎を垂らして悶えている私の顔も、全部見えてます。

 私はそのまま半日くらいぴぃぴぃ鳴かされ続けて、デンテネル様を楽しませました♫

 今回は遊び方ではとてもじゃないですけど頭は働かせられませんでしたので工学や電気のことは何も学べませんでしたけど、後々ちゃんと教えて貰いましたよ?

 だからもし私が機巧術を使えれば、機巧馬くらいなら作れちゃうと思います。

 私が機巧術を使う事なんて、あるはずないですけど。



 ■

 最初から少し、生体転写術に不具合があると分かってからはかなり心配していましたが、大丈夫みたいです。

 私はちゃんと、普通の人間と同じ速度で成長出来るようです。

 それが分かるくらいに、また時が流れました。

「・・・ど…どうですか?」

 膝の上でぎゅっと拳を握って、デンテネル様を注視します。

「え~と・・・・・君は誰だったかな?」

「えっ…えぇぇっ!?」

「はっはっは、すまんすまん、冗談だよ。妙に感じる部分はないよ」

「む、むぅぅぅ~~~っ!!止めてくださいよそういうのぉ!怖いじゃないですかぁ!」

「はっはっは、いやぁすまない、どうしてもやりたくなってしまってね。

 とはいえ・・・記憶の方は問題なさそうだが、肝心の身体の方も特に自分では何も感じないな。君が見た方が分かるんじゃないか?どうだい?若返ったかな?」

「う~~~んと・・・よくわかりません」

 情報物質化術の改良が漸く終わり、たった今デンテネル様が試されました。

 ホントにもう、イタズラは止めて欲しいです。昔デンテネル様は1度ご自身の記憶、暗記した生物図鑑の情報を使って物質化術を使ってみたらしいですが、その時出来たのは小さな粒くらいの大きさの物質です。

 これまで消費した肉体を回復させようと思ったら、その時とは比べものにならない量の情報が必要です。もし間違って変換用の情報でなくご自身の記憶を使って仕舞ったら、生まれてから今まで全ての記憶が消えてしまってもおかしくないんですから。

 ホントにもう、尻尾の毛が逆立っちゃいましたよ。

 ドキドキしましたが、どうやら失敗はしなかったみたいです。ただ、失敗していなかったからといって成功しているのかも良く分かりません。

 そして、もし上手く成功していたとしたら、この術はもうほとんど使い道がないんですよ。

 今デンテネル様は実験の為に私が書いたちょっとした詩を暗記してくださり、それを物質化されました。

 忘れても貰っても一向に構わない詩ですが、物質化された詩は砂利の一粒ほどの大きさくらいしかありません。

 物質化された情報は質量に換算すると微々たる量になってしまいますので、もしも生物一体を丸ごと物質化しても、元々の大きさよりぐんと小さくなってしまいます。犬は本来犬の大きさとして存在してしまいますが、それを絵に描くと紙切れ1枚、余すことなく生態を観察して文字で記しても本一冊で事足りてしまうのと同じ事です。

 ですから素材生成のための術としても価値がありません。わざわざ情報を物質化しなくても、石でも木でも鉄でも、そこらじゅうにいくらでもあるんですから。

 では記憶を保管する為の術としては?記憶を脳以外に保管する必要なんかあります?大事な記憶なら予備を保管したいかも知れませんが、情報物質化術は情報を複製出来ません。ですから保管しようとした場合、その大事な記憶は脳から出てしまいます。そして脳から出てしまった情報のことは忘れているので、内容を書いた紙を貼っておかないと何の情報だったのか分からなくなります。そんなの意味ないですよね?せいぜい嫌な記憶を消したい時くらいにしか使えませんが、その嫌な思い出をわざわざ物質にして残しておく必要もありません。

 ですから記憶保管のための術としても使い道はなさそうです。

 やっぱり既に機巧術に因って消耗した寿命を回復されるため位にしか使い道はなさそうです。

 その使い道にしても、徴収炉が出来る前なら凄く有用だったと思います。使った分の組成力を後で肉体として取り戻せますから。

 ですが徴収炉が出来た今となっては、それ以前に生まれていたツワグだけしか回収する必要がありません。しかも、1度使って回復してしまえば、後はもう必要ありません。供給網も発達しているので徴収炉でエネルギーを物質化し、都市まで運び保管する意味もほぼありません。どこか、徴収炉の供給網がない遠くの場所で機巧術を使用する必要に迫られた場合は役に立ちますが。

 結構苦労して改良したんですが、あまり有益な術ではないです。

 でもいいんです。デンテネル様がとりあえず3、40年分の寿命を取り戻してさえいてくだされば。

 いいんですけど、やっぱり成功してるかどうか良く分からないです。

 だって見た目が全然変わらないんですもん。

 徴収炉が出来る前は、組成力の使用に因る消費を含めてツワグの寿命は150年くらいと言われていました。徴収炉が出来てから生まれたツワグは今後本来の300歳くらいまで生きられることになるはずです。

 徴収炉が完成した時点で150歳くらいだったおじいちゃんツワグなら情報変換術で150年分若返られるので見た目にも変化は現れると思いますけど、デンテネル様は正式な徴収炉どころか、40歳くらいの時に既に完成していた試作炉も使っていました。

 ただでさえツワグは40歳くらいからほとんど加齢による変化がないので、3、40年ぽっち分若返っても見ただけじゃ良く分かりません。若返っててくれるのを祈るだけです。

「それで、どうしますか?公表します?」

「う~む、それなんだが、まずメトセラルに相談してみようと思う。

 公表するにしても私1人が試しただけでは不安だからね。メトセラルが試してくれるかどうか分からないが。

 それにだね、私が公表してしまうとまた…統治者が交替と言うことになってしまうかも知れないだろ?

 私はもう役に就く気は無いから、メトセラルか、メトセラルが誰かを後継者にと考えているならその人物に公表して貰えればと思ってる」

 それは大賛成です。また統治者なんかになられてしまっては一緒にいる時間も減っちゃいますし、サハバスタナに戻らないといけなくなります。せっかくディティヤで新しい友達も出来たのに。

 後日デンテネル様はサハバスタナに向かい、メトセラル様と話し合いをされて来られました。

 メトセラル様は申し出を了承してくださったそうです。ただしすぐに公表というわけにはいきません。植林の時と同じように少数のツワグで共有して、勿論今度こそは徹底的に流出を管理しながら数年様子を見て、問題が無ければ正式に全体共有となります。

 検証にはそれほど時間は掛からないと思います。

 こう言っては何ですが、最初に使用されるのがデンテネル様なので、絶対に、万が一にも事故は起きないように改良しましたから。

 大丈夫です。事故は起こりません。ええ、事故は・・・いえ、何でも無いです。

 さ、次は生体転写術の改良です。


「驚きだな。この術もそうだが、それよりも君の新しい異人の女中が、かつて君がご執心だった人間の女中と同一人物だったとは。

 しかもその娘がとんでもなく賢くて、君が術を作る際に助言をしていたとは。いや、君だけじゃないな、徴収炉がなければ私も生体転写術を作れていなかったから、私も知恵を分けて貰ったようなものか」

「私は今はもう、本来人間とツワグにそれほど知能の差はないんじゃないかと思っているが、それでもあの娘は特別だろうね。

 ん?あ、お、おい、早速使ったのか?」

「ああ、君が大丈夫なんなら恐らく大丈夫だろ?

 私と君はほとんど同じ歳なんだから、こんな術が作られたんなら使わない手はないよ。

 ああ、心配するな。今度こそ軽々には共有しない。発表自体も控えるよ。ヨンキントやファレンテイン辺りの近しい者だけで確認作業をする。

 とはいえ、我々と同じか上の世代にとってはとてもありがたい術なんだから、確認は急いだ方がいいがね。

 ・・・どうだ?若返ったか?」

「・・・ふ~む、なるほど、あの娘も良く分からないと言っていたが、確かに我々は30年程度若返ってもほとんど変化がないな。少し皺が減ったか?」

「外見では分からないかもしれないが、死期感で分かるじゃないか。しっかり遠ざかってる。正しく機能してるよ、この術は。それを教えてやればいいじゃないか」

「ああ・・・そうなんだが・・・」

「何だ?我々の死期感については教えてやってないのか?」

「いや、随分長く一緒に居るから、どこかで教えては居るはずなんだが、たぶん勘違いして理解している。ぼんやりと、何となく分かる程度なんだろうと」

「そうか、近づくにつれよりはっきりと分かるようになってくるんだがな。

 それにしても、この術では30年ほど遠ざかっただけだが、徴収炉のおかげで本当に我々は300年近く生きられてしまうような気がしないか?」

「ああ、する。長いな。そこでだよ、この術なんだが・・・」


 思った通り1年ほどで、情報物質化術に生体転写術のような問題が内在していないことを確認されたメトセラル様は全体共有なさいました。

 汎用性は少ないですが、もうじき命を全うされようとしている老ツワグ達に取っては、天の恵みのような術であることには違いないですからね。

 共有から更に時間が経った今では、全てのツワグが情報物質化術を使っています。

 私はあまり使い道がないと思っていたんですが、自走車や機巧馬の動力として積み込んでおいたり、もっとめんどくさがりなツワグの場合は各家庭に設置された供給末端からのエネルギーを物質化し、各部屋にまで置いておくなど、細かい使い道は以外とあったみたいです。

 そして当然ですが事故も起きていませんので、私としては一安心です。

「デンテネル様、ご飯を食べに行きましょう。ノアハのお店が今年もジヌクのガラマパトラを始めましたよ。あれ好きですよね?」

 ツワグよりも人間の方が得意としていることも勿論いくつかあって、料理もその1つです。ですから料理店を営んでいるのは人間ばかりです。今は異人もいますけど。

「あ~あれか、あれは旨いな。しかしよりにもよって冬にしか取れない食材というのが・・・

 この頃冷えてくると腰が痛くてね」

 色々理由があるんですけど、人間もツワグもほとんど海では漁をしません。ジヌクは貝の一種で海産物ですが、これまでは滅多に手に入らない高級食材でした。

 ですが、海底に潜って漁が出来る水棲系異人のおかげで安定して収穫出来るようになり、大衆食堂の献立にも加わるようになりました。サハバスタナよりもディティヤの方が海に近いのという理由もありますが。

 料理法が1種類しか無いわけではないですが、冬場が漁期なので私もデンテネル様も一緒に食べられて暖まるガラマパトラが一番好きです。ですが…。

「え~、お腰痛いんですか?ちょっと雪も降ってますもんね。じゃあ今日は止めて揉んであげます、腰」

 カリドラは全体的に一年中温かいですが、1年の内数ヶ月は寒くなり、たまに雪も降ります。

 私は少し焦っています。ジヌクが食べられないからじゃないです。

 生体転写術の改良がとても難航しているからです。

 ただし、難航してるのは私が勝手に加えようとしている新しい機能のせいです。メトセラル様が植林の為に作成した生体転写術の改良なら、情報変換術が完成した時点でほぼ終わってます。

 異人を生み出した原因でもある、任意の特性以外も誤って読み取り書き込まれてしまうと言う不具合は、情報変換術に組み込んだ情報判別法が流用出来ますから。

 ですから、改良されたからといってメトセラル様が全体共有なさるかどうかは別問題ですが、少なくともデンテネル様を通して改良生体転写術をメトセラル様にお教えして差し上げることはもう出来ます。

 ですが、随分昔に私が考えていた、情報物質化術と掛け合わせるための生体転写術はその改良だけでは全然足りないことが発覚しています。

 そこを考えるのがとても難航してるんです。

「じゃあ横になってくださぁい。お尻のせますよ~♫」

「えっ?お尻っぐほっ・・・も、揉んでくれるんじゃないのか・・・な?」

「ちゃんと揉んであげますよ?お尻乗せたまま♫」

 デンテネル様がご自身の身体に情報物質化術を使われてから、私のお尻が昔くらいの大きさに戻るくらいには、また時間が流れています。

 相変わらず成功しているのかどうか良く分かりません。成功しているような気はしますけど。

 成功しているとは思うんですけど、その上でここのところデンテネル様が身体の不調を訴える機会が増えたように思えます。

 デンテネル様には気づかれないように心がけてますけど、私はやっぱり焦ってますし、不安ですし、怖いです。

 私が怖いのは、ツワグが老衰をしないという事なんです。いえ、本当はするはずですし、徴収炉建造以降に生まれたツワグは人間のようにわかりやすく老いるようになるかもしれません。

 ですがこれまでのツワグはある時点からほとんど老いること無く、ある日突然エネルギーが切れて逝ってしまわれていました。組成力の消費に因って減ってしまう寿命は、加齢による変化とは関係ないからです。

 前兆がないので、昨晩まで楽しくお喋りしてたのに、翌朝になると・・・という事が起こってしまうんじゃないかと、怖くて仕方ありません。ですから、しばらく前からデンテネル様から目を離してません。

「痛いのは腰だけですか?他は大丈夫ですか?」

「うぐっ、だ、大丈夫。寒いせいだよ、ぐっ」

 ご飯を食べに行くことすら億劫になってしまっているデンテネル様ですから、もうほとんど遊んでくれません。なのでせめてお尻くらい押しつけたいですよね、えい♫背中にお尻を乗っけて腰を揉んであげてますけど、勿論体重は預けてないですよ。

「外に出ないならあれを考えましょうよぉ、腰揉みながらでいいですから」:

「う、うう~ん、あれかね。しかしあれはなぁ…」

 どうも、デンテネル様はツワグのための生体転写術改良に乗り気じゃないようなんです。

「あれはデンテネル様が協力してくれないとどうにもならないんですもん。ツワグ自身の事なんですから」

「そうだなぁ、しかしなぁ、我々が我々をエネルギーとして可視化するようにする方法というのは、考えてどうにかなるようなことなのかね?

 是非はともかく、既に何らかの生物が獲得している特性を、人間を含めた別の生物に写すことは出来るようになった。しかしツワグがツワグをエネルギーとして可視化するという特性は、ツワグの中に無いものなんだよ?

 つまり、どこにもないという事だ。という事は、新たな特性を一から作って組み込まなければならなくなる。

 我々は我々の特性を使って術は作れるが、特性は作れない。

 ・・・君なら…いや、こればっかりは君でも難しいだろう。

 万が一特性を作れたとしても、結局生体転写術が効果を発揮しないからそれをツワグに組み込む事も出来ない。堂々巡りだよ」

 たぶん、デンテネル様が乗り気じゃないのは、私が考えているような生体転写術の改良は不可能だと思ってるからだと思います。

 そう思われても仕方ないくらい、難題が山積みなのは事実です。

 デンテネル様が無理だと思っていても、私は諦めませんけど。

「でも、デンテネル様も…見た感じでは良く分からないですけど、たぶんお年なんでしょうから…ほら、ちょっと寒いからって腰が痛い痛いなんて言っちゃって。だから生体転写術を完成させて、また元気になって貰わないと」

「うぐぐ…失礼な。私はまだまだ元気だよ。

 よし、そんなに言うなら今からノアハの店に行こうじゃないか。さ、その大きなお尻をどかしなさい」

 むぅ、行かないなら行かないで、ツワグ可視化法を考えようと思ってたのに、結局行くんですか。嬉しいですけど♫


 という、熱々のガラマパトラ料理が美味しい季節が、更に何度か過ぎました。

 徴収炉や発電、給水、地下資源汲み上げ施設など大規模な施設建造の際には多くのツワグが駆り出されますが、それ以外の時は組成力消費の均一化のための持ち回りの仕事、そういった施設や都市内の外套や各家庭に使われている何らかの機巧の点検と補修がツワグ達の主な仕事で、その仕事すら徴収炉が出来た今となっては若いツワグだけで手が足りてしまうため、既にかつての寿命を越えて生きているツワグは外されています。

 ですから私とデンテネル様は、ほとんど二人っきりで家の中にいます。

 本当は私も何か、人間や異人の職業に就くべきなんですけど、それどころじゃないんですよ!

「むぅぅ~~~よくわからないです!」

 昔と同じくらいの長さになった髪を掻きむしってしまいます。

「はっはっは、いやぁ~君がそんなに苦戦している姿は見たことが無かったなぁ」

「もぅ!笑い事じゃないですよ!ちゃんとデンテネル様も考えてくださってますか!?」

「あ、ああ、考えてるよ。しかし、君が思いつかないものをだね…」

 いらいらしてすいません。でもあれからまた数年経ったのに、肝心の部分は全く進歩してません。

 メトセラル様の生体転写術は、改良したものを既にデンテネル様がお伝えしています。ですが私独自の生体転写術はさっぱりです。

 しかもそのさっぱりな要修正箇所が3つもあるんです。

 1つは根本的な原因であるツワグがツワグをエネルギーとして認識出来ないという問題。

 2つ目は仮に一つ目の問題を克服して新たな特性をツワグに加えられるようになったとしても、今のままでは異人と同じようにその特性が発現するのは本人ではなく、早くとも次の世代からだと言うこと。

 そして最後は、その2つの問題を解決した時、ツワグ本来の特性はちゃんと維持出来るのかと言うことです。

 つまり、仮に半透明な水棲生物に陸上生物の特性を転写した時、その生物が半透明な陸上生物になるのか、陸上でも水中でも生きられる生物になるのか、はたまた混ざってしまって変異した特性が備わってしまうのか、最悪の場合全て相殺されてしまうのか、全く分からないんです。

 人間は元々特性を持っていなかったのでしっかりと、予期せぬ変化はあったものの新たな特性を得ることが出来ました。

 ですが既にツワグは2つの特性を持っています。エネルギーの可視化と長寿です。エネルギーの可視化による機巧術の使用と寿命の長さは切っても切り離せません。もしツワグが人間と同じ程度の寿命しかないのに機巧術を使っていたなら、その平均寿命は3、40年ほどになってしまいます。今は徴収炉があるとは言え、やはりエネルギーの可視化と長寿命は切っても切り離せません。

 私はデンテネル様にも私と同じバンサの特性を転写して、今度こそ私を見送って貰いたいと思っています。今のままだと逆になってしまいそうですから。そんなの絶対嫌です。

 ツワグの寿命とバンサの寿命が上手く置き換わるか、単に三つ目の特性として加わることが出来るなら何の問題もありません。

 でもそれ以外だと大変な事になってしまいます。

 それを確かめるには、実験をするしかありません。

 勿論ツワグではなく人間でも異人でもなく、何か小さな異系生物を使って。異系生物なら犬や猫と違って少なくとも最初から1つは何らかの特殊な特性を持っているので、ツワグに近いです。

 と、考えている頃でした。

 漸く、やっと、バンサの卵が孵化したのは。


 卵になった私ほどではありませんがバンサの卵も結構大きくて、人の頭くらいあります。

 もう100年くらい何の変化もないので、置物として寝室に飾ってありました。デンテネル様が私に転写するために特性を抜き取ってしまったので、中で生きてはいるようですけど孵化出来ずにいるんじゃないかとかなり心配していました。

 その日私が寝室の掃除をしていると、床に見慣れない細かい欠片が散らばっていました。

 欠片は寝台の横の小さな箪笥の下に集中しています。原因を探ろうと顔を上げると、上に乗せられていたバンサの卵にぱきぱきと罅が入っていっている最中でした。

「でっ…デンテネル様ぁ~っ!!デンテネル様ぁ~っ!!」

「・・・・・ふぅ、疲れた。年を取るとこの大きさの家でも移動が辛いね。

 それで、どうした?・・・はっ!?」

「う、生まれそうですよぉ!!」

 私の時もそうだったらしいですが、1度罅が入り始めると後はもうあっという間でした。中の生き物が頑張って壊して出て来ると言うより、一気に殻が崩れ落ちます。

「・・・」

「・・・」

「・・・」

 最初に目があったのは私でした。やっぱりぬるぬるしてます。

「こ、こんな急に…で、デンテネル様、生まれましたよ?」

「あ、ああ、生まれたね。君とそっくりの生まれ方だ」

「ど、どうしたらいいんですか?」

「どうと言われても…私も子バンサは見るのも初めてだから…とりあえず君と一緒で、そのぬるぬるを洗ってやったらいいんじゃないか?」

「そ、そうですよね。抱き上げて大丈夫なんでしょうか?」

 恐る恐る殻の中に手を伸ばそうとして、一旦考え直します。ぬるぬるで滑って床に落としてしまうと大変なので、布巾でくるんで改めて抱き上げます。

「はふ、はふ」

 ぬるぬるが入って息がしにくのか、むず痒いのか、小さな鼻をひくひくさせてます。

「うわぁ♫デンテネル様、見てくださいよぉ♫」

 成長したバンサは犬や狼よりももっと凛々しいんですけど、生まれたばかりだとただの子犬ですね、可愛い♫

 私もデンテネル様も長く生きているのに、生き物を飼ったことはなかったです。というより、途中までは私はバンサが飼えると思ってうきうきしてたんですけど。こんなに長く掛かるとは思ってなかったので、一度目の人生でお婆ちゃんになった頃にはほとんど諦めてました

 お風呂でぬるぬるを洗ってあげます。まだ毛が短いし小さいのですぐです。

「きゅわん」

「はっ!?・・・そんな泣き声なの?君♫」

 洗っている間に声を出せるだけでなく、自分で立てるようにようにもなっています。まだふらふらしてますけど。

 考えてみると、こんなに長く卵の中に居る時点で親に守って貰えるような生き物ではないので、孵化直後から行動出来るようになるまでの期間は短いんだと思います。私も70年卵になってたのに全然気分も悪くなかったでしたしすぐ歩けましたから。

「・・・?どうかしたのかい?」

「え?何がですか?」

 子バンサを抱いてお風呂場から戻ってきた私を見てデンテネル様が怪訝な顔をなさってます。

「いや、見たことの無い表情をしてたから」

 ・・・あ、もしかしたら、ちょっと悪い顔をしてしまっていたかも知れません、私。

 可愛いし、嬉しいんですけど、それ以上に凄くいい時宜に孵化してくれたんですもん。

「きゅわん、きゅわん」

 身体を拭いてあげると、とことこと歩いて私にすり寄って来ます。・・・ま、まあ別に、そんな悪いことを考えてるわけじゃないですし…。

「ふーむこれは…この場合、彼…いや、彼女か?」

 私は子バンサを持ち上げて、お腹の裏を確認します。

「彼ですね」

「彼か。彼は君の父親か、兄とも考えられるのかな?」

 う…そんなことを言われてしまうと罪悪感が…。

 でも、でも、こんなに実験に適した生き物、他に居ないんですよぉ。


 3日もするともう元気に走り回ってます。

 流石に生まれたその日に、というのは可哀想だったので3日待ちましたが、もう我慢出来ません。あまり時間が無いんですから。

 私はデンテネル様に考えを話しました。

「じゃ、じゃあ君は、この子に転写術を使えというのかね?」

「はい、凄く丁度いいんです、この子は。特性の数もツワグと同じですし、その内1つはツワグと同じ長寿命ですから」

 デンテネル様は腕組みをしながら、ちらちらと私の目を見ています。きっと、私の目は爛爛と光っていたんだと思います。

「いやしかしそれは…。

 その前に疑問があるんだがね。この子云々ではなく、もし一体の生物にいくらでも新たな特性を加えることが出来るとなると、それを繰り返していけばやがてとんでもない生物が出来てしまうんじゃないか?

 空を飛べて海にも潜れて、保護色にも透明にもなれるし火も吐ける。更に傷も自分で治せて知能も高く、その上長寿などと言う生き物をツワグが作れるとは思えないし、生き物自体にもそこまでの容量は用意されてないんじゃないか?

 生物は君の方が詳しいと思うが、なんと言ったかな、多様性?多様性が失われてしまう。そんな完全な生物は1種類、というか一匹いれば十分だからね。

 実験をするまでもなく、1つの生物に無制限に特性を加えるのは不可能なんじゃないか?」

「う…それは…そうですけど…。

 でもそんなにたくさんの特性を加える必要は無いんです。3つ、今のツワグの特性に加えてあと1つだけ、最悪でも長寿の部分が上手く置き換わるかだけ確認出来ればいいんです」

「う~む、しかし他の生き物ならともかく、バンサはなぁ。確かにこの子は私が貰った卵から孵化したが、バンサ自体がツワグ全体のものでもあるわけだから、私が勝手に転写術で何らかの特性を加えていいものかどうか…」

「むぅ…それは…そうですけど…」

 それはそうですけど、確かにデンテネル様は加えてはいませんけど、既に抜き取って締まってるんですよ?。私のためですけど♫

「それにだね、もし転写術を使ってみるにしても、今君が悩んでいる3つの問題点の内、2番目を解決してからじゃないと意味が無いんじゃないかね?

 つまり、子供でなく転写された本人に特性が発現するようにしてからでないと。ただでさえバンサは長生きなんだから、バンサで既に特性を持っている生物に新たに特性を加えて場合その特性がどう反応するのかを確認使用とすると、結果が分かるのがまた100年か200年後になってしまうよ?いや、この子は生まれたばかりで当分卵なんか産まないはずだから、もっと掛かるな。

 その実験をするなら、その実験をするなら、短期間で繁殖していく小さい虫の方がいいんじゃないかね?」

「むぅうぅうぅ~…そ、それもそうなんですけどぉ~…」

 やはり私は焦ってるんでしょうね。そのくらいのことは自分で気づけても良さそうなものなんですけど。

 難題が3つもあって、それが遅々と進んでないので、つい深く考えずに生まれたばかりの子バンサを実験台に使おうとしてしまいました。

 ごめんね、子バ・・・そうだ、名前を付けてあげないといけませんね。



 しばらく前にデンテネル様は1人、異人の子供を使用人として雇いました。ルボシュ君です。

 デンテネル様だけでなく、私まで時々腰や身体の節々が痛むようになってしまったからです。一度目の時はデンテネル様がまだまだ元気だったので私のお世話をしてくださってましたが、今回は2人とも年を取ってしまいました。

 女中でなく男の子を雇ったのは、私がやきもちを焼くかも知れないと気を使ってくれたからかも知れませんね、ふふ。

 ツワグと人間と異人が入り交じり始めた時代でも、ツワグのおじさんと人間のおばあさんが2人で生活している家はかなり珍しいと思います。珍しいというか、私たちだけかも知れません。

 そこに加えてアヌの世話もルボシュ君にお願いしています。昔はデンテネル様と一緒に散歩させてましたけど、もう毎日外につれて行ってあげるのは難しいですから。

 あ、子バンサの名前です、アヌグルハ。長いのでアヌと呼んでます。もう子バンサじゃなくて立派な成獣で、サハバスタナで見かけていた他のバンサと同じように、凛々しい姿に成長しています。

 そういった変化は色々と起こっているのに、まだ生体転写術の改良は終わってません。

 というより、私は最早生体転写術の改良とは思ってません。

 ツワグについてはツワグ以外では一番、もしかしたらツワグ自身よりも私の方が詳しいんじゃないかという自負がありましたが、今はそれを更に深く掘り下げています。

 というのも、随分時間が経過しただけあって、抱えていた3つの問題の内2つは解決しているからです。

 被転写者の次の世代からしか特性が発現しないという問題点は、蛹などに変態することなく1世代で形状を変化させていく種の異系生物の特性を解析し、それをデンテネル様に術化して貰った上で生体転写術に組み込む事でほぼ解決しています。私の様に卵になってしまわなくても、成体のまま生まれ変われる生物は何種類か居ますので。

 既に何らかの特性を持った生物に対して特性の追加を行った際、元の特性がどうなってしまうのかという問題も、実験を重ねたことにより大凡予測が付くようになりました。それだけ時間が経ってしまったと言うことでもあるんですけど。

 デンテネル様が仰ったとおり、やはり一個の生物が保有出来る特性の数には限界があるようです。

 2個か3個、多くても5個くらいまでならそれぞれの特性は単独で機能します。ですがそれ以上に追加していくと、全ての特性が混ざり合い、元々あった特性とも、新たに加えた特性とも、そして有益ですらない、全く別の特性に変わってしまいます。或いは、あたかも特性のように振る舞う、ただの不純物に変わるとも言えます。

 でもいいんです、それが分かっただけで。

 私はデンテネル様にあと1つ、バンサの特性を加えたいだけなので問題ありません。

 3つの問題の内、2つは解決出来ました。

 ついでに、私はそれほど難しいと思っていませんでしたがデンテネル様が懸念されていた、既に何らかの生物が進化の過程で獲得している特性を別の生物に写すのではなく、どこにも存在していない特性を作り出さなければならないという問題も解決しています。

 解決する為に新しい術…いえ、技術を考え出しました。絶抵抗無限機関術の方に近いので誰でも使えるわけではない技術になってしまいました。でも無限機関術を使用出来るデンテネル様ならたぶん使えます。

 デンテネル様が仰るように特性自体を作り出すのは流石に難しいので、既に保有している特性を変化させる技、情報操作術を作りました。無限機関術が形状変換術と併せて使用されるのと同じように、情報操作術は生体転写術と併用されます。

 元々の特性を変化させるので、水棲生物の特性を陸上生物にしてしまうような大きな変更は出来ませんが、淡水生物を海水でも生きられるようにしたり、草食、或いは肉食生物を雑食にすることくらいは出来ます。ただこの技術を使うには無限機関術のように2つの術を同時に使えるような高い知能だけでなく、生物の知識まで要求されてしまうんですけどね。

 ともかく、残り1つを除いて問題点は全て解決出来ています。

 ですがその残っているのが最も重要で、最も根本的な問題です。

 つまり、解決した全てを、ツワグには適用出来ないんです。それを解決するにはやっぱりツワグそのものを徹底的に研究するしかありません。

 同胞を可視化出来ないというツワグの特性に手を加えるために為に作った情報操作術も、ツワグがツワグに転写術を使えないので意味がありません。

 私は卵が先かバンサが先かという二律背反にどっぷりと陥り、ツワグじゃなくて人間か異人が使える全く別の系統の術を作った方が早いんじゃ無いかとまで考えました。可能か不可能かはともかく、そんな術を作る時間は残ってませんけど。

 第二の人生の大半を費やして何とか解決した問題も、ツワグが、デンテネル様が使えなければ何の意味もありません。

 ・・・と、若い頃の私は思っていました。


 更に時が流れたある日。

 ルボシュ君はすっかり大きくなりましたが、まだ働いてくれてます。

 ディティヤのお屋敷は最初から私とデンテネル様が暮らすことが分かっていましたので、ツワグではなく人間の大きさに合わせて作られてます。

 ですから大きくなっても扉の上に頭をぶつける心配を、常にし続ける必要はありません。

 尤も私の方はといえば、頭をぶつけるどころかベッドからほとんど起き上がれなくなってしまってますけど。

 また。

「ふふふ♫なんだか、前も同じ事があったような気がします」

「ふっふっふ、気がするんじゃなくて、実際にあったんだよ」

「そうですよねぇ、2回お婆ちゃんになるなんて経験、長生きのツワグだってしたことないですよねぇ」

 今回は2人ともおじいちゃんとおばあちゃんになりましたけど、まだデンテネル様の方が少しは元気なようです。

 あ、そうそう、情報物質化術をご自身にお使いになられてから60年くらい経ちましたので、流石にデンテネル様のお顔にも皺が多くなって来ました。サハバスタナとディティヤで長い間沢山のツワグと一緒に生活してきましたけど、人間のお爺さんのように年を取ったツワグを見かけるようなったのは最近のことです。最近と言っても、外を歩けたのは随分前ですけど。

「残念です。生体転写術が完成しなくて。でも、あんまり心残りではないかも知れないですね。

 ・・・白状しちゃいますけど、わたしデンテネル様に先立たれるのが嫌で、必死になって解決策を探してたんですよ。

 でも、今回もデンテネル様に見送って貰えそうなので、もういいです♫」

 そうなんです、凄く自分勝手なような気がしますけど、私がずっと独自の生体転写術作成に固執していたのは、デンテネル様を見送りたくなかったからです。そんな悲しい瞬間を経験したくなかったからです。

 生体転写術は完成しませんでしたけど、悲しい思いはしなくて済みそうなので、私はもう満足です。2回分の人生をデンテネル様と過ごせましたし。ふふふ、ごめんなさい♫

「おいおい、また気弱なことを。まだまだ元気だろう?ただの風邪だよ」

「ふふふ、そうですね、風邪です。

 あ~よかった、物質化術だけで足りて」

「・・・それだけじゃない、徴収炉もだよ。ずっと一緒に居たから気づいてないんじゃないかね?私はもう200歳を越えているんだよ?かつてのツワグではあり得ないほど長く生きてる。私だけじゃなく、メトセラル達も。全て君のおかげだよ」

「ふふふ、2週もすればだれでもいろいろ出来ちゃいますよぉ。

 ふぅ・・・でんてねるさま、わたしちょっと、ねむりますね・・・」

 私はそのまま目を覚ましませんでした。

 二度目の人生では。



 バンサはカリドラの固有種ではなく、自然災害によって散り散りに故郷を離れることになったいくつかのツワグの集団の内、東に移住しサハバスタナを築くことになるツワグの祖先達が連れてきた生物だった。

 長寿、飼い主であるツワグよりも長寿であると言う点以外はこれと言って特徴はない。容姿が似ている犬の中にはバンサより大きく育つ種も居るし、持久力は狼、俊敏性は狐の方が優れている。

 知能はそれら三種のよく似た生き物より優れているかも知れない。バンサには檻も首輪も綱も必要無く、ツワグ全体で飼育しているものの直接的に餌や与えたり身体を洗ってやる担当者が変わる際も、言葉でそう伝えるだけで素直に従う。

 ほ乳類であるにも関わらず卵生である点は十分に他の生物とは違う珍しい特徴だが、ツワグはそこには注意を払ってこなかった。

 意識を失った彼女が再びぬるぬるを分泌し始めた時、漸くデンテネルはバンサがこれまでツワグ達が考えていたような、ただ長生きなだけの生き物では無いのではないのかと思い至った。

 二度目があるとは考えもしていなかった。

 考えもしていなかったが、一度目と同じ現象が起こり始めたので、一度目と同じ処置をする。

 彼女の服を脱がし、形状変化術で殻を作る。今度こそは中の様子が分かるように硝子で作ろうかと思ったが、前回の経験で長い間卵の中に留まることが分かっている。硝子のように脆い物質で70年近く彼女を守り続けられるか不安だったため、今回も結局金属で作成した。

 ひとまず準備を終え、デンテネルはその場にへたり込んだ。

「これは・・・」アヌを呼び寄せる「おいお前。お前達もしかして・・・卵を生んだ後に死に場所を探して姿を消してたんじゃなかったのか?」

 アヌを撫でながら、唖然としつつ考えを巡らせる。

「・・・卵に…戻ってたのか?ん?」

 バンサが長寿なのは間違いなかった。少なくとも徴収炉完成以前のツワグの平均寿命である150から300年以上生きることは間違いない。

 しかしそれだけではなく、長寿である上にその長寿を繰り返しているのかも知れない。そしてデンテネルが彼女に転写したのは、長寿の特性ではなく繰り返しの方だったかも知れない。

「これは・・・」アヌと共に大きな卵を眺める「・・・間に合うか?」


「バンサが!?いや、どうだったかな・・・?そんなことを聞いたことがあるような気もするが…我々の悪いところだ。共有した情報は決して忘れないが、聞いた話は忘れる。

 我々も今からでも人間のようにしっかりと書物に情報を残すべきだな」

「ふっふっふ、それはもう学校で教えてるらしいよ?ツワグにも。若いツワグ達はしっかりと文字でも情報を残し始めてるんじゃないか?」

「そうなのか?いかんなどうも。君も知ってるだろうが、大きな案件が無い時はこの仕事は暇でね。いや、暇なら色々と見て回ればいいんだが、君と同じで私ももう200歳を超えているから、どうにも身体の調子がね。

 それにしても・・・ふっふっふ、今回は君、前回のように気落ちしていないんだな」

「う…それはまぁ、今回は2回目だし、戻ってきてくれるだろう事が確実にわかっているからね。

 ただし、戻ってきてくれるにしても・・・」

 サハバスタナに赴いたデンテネルはメトセラルに懸念事項を伝え、助力を求めた。

「・・・ふむ、ふむふむ・・・確かに…間に合うかどうかは何とも言えない所だな。

 しかしね、助力は惜しまないが、私の方がまだ生きていられるという保証も無いんだよ?」

 デンテネルに取っての懸念は1つ、彼女が戻って来るまで待っていてやれるかどうかが不明な点。もし無理だった場合、自分に代わって卵を守ってくれる人物が必要だった。彼女に転写された特性がバンサのものだと知っているのは、メトセラルをはじめ気心の知れた数人。異人が存在するようになった現在に於いては人間に生体転写術を使って仕舞ったことを隠さなければならない理由はほぼ無いが、デンテネルが利用したのはツワグ全体の所有物でもあるバンサ、しかも、その抜き取ってしまった特性が単なる卵生の特性ではなく、バンサの根幹に関わる特性であるかも知れないことが今になって分かった。生体転写術は情報を複製出来ず抜き取ってしまうので、アヌグルハは今後生まれ直すことが出来ない。今ある寿命を使い切ってしまうとそこで天寿を全うし、これまで増えることも減ることもなかったバンサの数が必然的に一匹少なくなる。そうなると多くのツワグには相談出来ない。

 アヌ同様彼女を慕い懐いているルボシュに頼むことも出来るし、念のためそうするつもりではいるが、彼女がまた70年近く卵になったままだとすると、待っていられるかどうかはデンテネルより期待出来ない。

「まあ協力はするが、君が頑張って待っててやることが一番だよ。

 ところで、私の方もそろそろ終わりの準備を始めようと思っているんだよ。

 君も依然示唆していただろう?情報物質化術の使用法について。

 君が最終的にどうするつもりでいるのかは聞くまでもないが、私の方はだね・・・」



 目覚めてすぐ、信じられない思いに捕らわれました。

 今回は目の前に誰もいないので、裸でぬるぬるのまま考えを巡らせます。

 真っ先に身体を確認します。やっぱり!また子供に戻ってます!

 という事は、また70年?

 その瞬間、背筋が凍りました。どうして3回目が始まっているのかなんて理由は後でいいです。

 デンテネル様は!?

 割れた殻から、そして部屋から出ます。急ぎたいのにぬるぬるのせいで走れません。

 うん、ここは…寝室?部屋の造りは同じだと思うんですけど、使い慣れた寝台は見当たりません。またゾッとします。

「デンテっあぷっ!?」

 部屋を出てすぐに、何かにぶつかりました。

「うわぁぁっ!?だっ、誰君っ!?どこから入って・・・いや、なんで裸?」

「痛た…君こそ…ん?あれ?ルボシュ君?」

「いえ、違いますよ…って言うか、知ってるんですか?それはボクのおじいちゃんですけど、もう亡くなってますけど」

 またまたゾッとします。やっぱり今回も長い間卵の中にいたようです、私。

「で、デンテネル様は!?ここデンテネル様のお屋敷!?」

「そ、そうですよ?だから君は誰?旦那様の知り合いですか?」

「そうよっ!早く案内して!」

「案内って…そんな誰かも分からない、ぬるぬるで裸の人を・・・はっ!?はぁぁぁぁっ!?た、卵がぁぁぁっ!!!」

 私の後ろの、割れた卵に気づいたようです。どうやら私の世話もしてくれてたみたいですね、このルボシュ君のお孫さんは。

「あそこから出て来たのよ、私。だから割れちゃったことは心配しなくていいから、早くデンテネル様の所へ連れてって!」

 せめて先にぬるぬるを落としてはというルボシュ君のお孫さんを急かして、私は裸のままデンテネル様の所へ案内して貰います。

 少なくとも、ルボシュ君と同じことにはなっていないようなので、その点は少し安心しました。

 どうやら以前住んでいたお屋敷と同じようです。そして同じならそんなに広くはありません。

「え?ここ?」

 案内されたのは昔居間として使っていた一番大きな部屋の前です。

「うん、デンテネル様は足もお悪いのでいろんな部屋を行き来するのは辛いとのことで、ほとんどこの部屋で過ごしていらっしゃいますけど?」

 私はもう既に泣きそうでした。勢いよくドアを開けます。

「デンテネル様っ!!」

「!?・・・・・おっ・・・おぉぉっ!!」

 居間に置かれた寝台の上に横になっていたデンテネル様は、ゆっくりと身体を起こしてくださいました。ルボシュ君のお孫さんの仕事を増やしてしまって申し訳ないですけど、私はそこに飛びつきました。

「うぐぅっ!!こっ、こらこら・・・み、見れば分かるだろう?私はこの通り、すっかり歳を取ってしまったんだから、無茶は止めなさい」

「うぅ~~~っ!うぅぅぅ~~~っ!!」

 私は布団に顔を押しつけます。今回もやはり私は卵の中での時間経過を全く感じてません。ですからまた寝て起きたらお婆ちゃんからいきなり子供に戻ったようにしか思えませんけど、デンテネル様のお姿を見ればどのくらい中で過ごしていたのか一目で分かります。

「うぅ~~~デンテネル様ぁ!ツワグも、ツワグもお爺ちゃんになるんですねぇ」

「なに!?全く君は起きたばかりだというのに相変わらず失敬な…これでも見た目は若いつもりなんだが…はっはっは」

「もうすっかりお爺ちゃんですよぉ、ふふふっ」

 お孫君は何が何なのか分からなくて困惑してると思いますけど、ごめんね?気にしてあげられなくて。

 私には久しぶりという感覚はありません。でもデンテネル様にとっては、2回目の久しぶりなんですよね。顔を埋めたままの私の頭を撫でてくださいます。

「・・・どういうことなんですかぁ?ずずっ、なんでこんなことになってるんです?」

「ああそれはだね…」

 そこから先、私はもうデンテネル様の側から離れませんでした。今回も私は元気ですけど、お孫君、カエタン君の手伝いはしてあげられません。

 だってもう、一緒にいられる時間はほとんど残ってないと思いますから。


 デンテネル様の横でごろごろしながら、私はまた私がいない間に起こったことを色々と教えて貰いました。

 アヌはまだまだ元気で、未だにデンテネル様のお屋敷で飼われていて、カエタン君がお世話をしてくれてます。

 そのアヌ、バンサの特性をちゃんと理解していなかったばっかりに、私の3回目が始まってしまってるんですよね。

 ほんとにもう、驚きです。

「まったく、それじゃあもう、この子はこれっきり、次は卵になって若返れないんですね?ごめんね、アヌ。デンテネル様のせいなのよぉ?」

「はっはっは、君がいない間に散々私も謝ったよ。バンサは賢いからきっと理解して許してくれてるよ。

 それにしても・・・心配していたんだよ。いや、今回は君ではなく、自分をね。

 君は戻ってくるだろうと思っていたが、私が待っていられるかどうか」

「うぅ~」

 私は泣きそうになると、顔を埋めます。

 まったく、ほんとにもう、私の方はデンテネル様を見送らずに済むと思って安心しきってたのに、台無しじゃないですか。

「君のおかげで待っていられたよ。君がくれた30年がなければ、私は卵のままの君を残して先に行ってしまっていただろうからね。ありがとう」

「うぅ~、止めてくださいよぉ!」

 もう遊んで欲しいとは思いもしません。とにかく、最後まで一緒にいるだけです。

「ふっふっふ、同じようなことが何度もあった気がするなぁ。立場は逆だがね」

「気がするんじゃなくて、実際にあったんですよ、もう!」


 その朝は突然やって来ました。

 一時期はある程度覚悟し、怯えてもいました。ツワグは老衰しないので、予兆を感じることなくある日突然お別れすることになってしまうんじゃないかと。

 ですが3回目に戻ってきたデンテネル様はすっかりお爺ちゃんになってしまっていたので、私は少しだけ安心ししていました。お婆ちゃんの私をデンテネル様が看取ってくれたように、今度は私がデンテネル様を看取れるだろうと。

 悲しいし嫌ですけど、少なくとも突然お別れすることは亡いはずだと。

 ですがその朝、デンテネル様は私の隣にいませんでした。

「・・・・・・・え?」

 私は真っ白な頭で布団をめくります。

 そこはやっぱりデンテネル様はいなくて、代わりに小さな箱が1つありました。

 私は真っ白な頭でその箱を手に取り、蓋を開けました。

 流れ込んできます。


 ・・・・・・。

 ・・・。

 やあ、分かってる、うん。どういうことだと思ってるだろう?

 君が悲しむことは想像出来たんだが、こればかりは意識がはっきりしている内でなければ出来ないことだから、許して欲しい。

 いや、悲しんでないかな?怒ってるかな?だとしても、許して欲しい。

 いつか君にツワグの死期感について教えたことがあっただろう?私には私の寿命がもう数日しか残っていないことが分かっていたんだよ。

 君が戻ってきてくれた時でさえ数ヶ月しか残っていなかった。

 だから間に合った時には、本当に嬉しかったよ。

 君に残り時間を伝えようかとも思ったんだが、やめておいた。

 そうすると君は、また研究を始めてしまうと思ったんでね。君には残りの時間、ただ側に居て欲しかったからね。

 聡明な君のことだ、うすうすは分かっていたと思うが、私のために頑張ってくれていたんだろう?ありがとう。

 しかし君が最後まで悩んでいた点、ツワグがツワグに新たな特性を加えることは、きっと無理な事なんだよ。生体転写術ですら、生物が使っていい技術の枠を越えてしまっているのではないかと今では思っている。

 その生体転写術を使う我々が更に都合良く進化することなど出来ない、というよりしてはいけないことなんだよ。

 分かってくれるね?

 といいつつ、ふふふ、私はどうしても君に機巧術を残したかったんだよ。矛盾していてすまない。

 これまで私を介して君の案を実現してきたが、君自身が直接機巧術を使えればもっと新たな発見があるかも知れない。君なら有意義に使ってくれるだろうしね。

 ツワグに取っても人間にとっても異人にとっても。

 異人達全ての考えが元に戻りたいと一致しているとは思わないが、少なくとも君なら戻りたいと考える者を助けてやることが出来るかも知れない。

 同胞の失態の尻ぬぐいを頼んでしまって申し訳ないが、はっきり言って、ふっふっふ、同胞達より君の方が頼りになるからね。

 突然お別れすることになってやはり君は怒ってるかな?

 しかし君は私を見送りたくないようだったし、目の前で私が情報物質化術を使おうとすれば止めただろう?

 それが明らかだったので最後の言葉を直接言えなくなってしまったが・・・うん、それも申し訳ないと思っている。しかしこれも私の言葉には違いない。一方的ではあるが。

 いつか君は幸せだったと言ってくれたが、それは私も同じだったよ。

 ツワグの長い寿命のほとんどを君と過ごすことが出来てとても幸せだった。本当に、とても充実していた。ツワグは長く生きる分、人生の終わりにさしかかると無為無聊の日々を送ってしまう者も少なくないが、私は最後までとても楽しかったよ。ありがとう。

 何というか・・・自分が寂しいからと君の寿命を延ばしておいて、自分が先に行ってしまうことも本当に申し訳ない。

 しかし、君のおかげで私は人生を終えた後も君の力になることが出来る。物質化機巧術に因ってね。ふふふ、君はきっと文句を言いたいだろう?自分が考えていた物質化機巧術はこうじゃないと。しかしね、誰かにツワグの特性を継承させられるという点に於いて、情報物質化術は既に物質化機巧術だったんだよ。

 君を待っている間に、君が私のために考えてくれていたいくつかの解決案も組み込んでおいた。

 人格までは・・・恐らく残せないと思うが、いつまでも私が君の頭の中で喋っていてもうんざりするだろう?はっはっは。

 こうして機巧術と、最後の言葉を残せるだけで十分だよ。

 何というか…いや、何というかなどと言ってる場合じゃないな。随分長く一緒にいたからどうも照れくさくてね。

 私は君を愛していたよ、とてもとてもね。

 さて…物質化機巧術でどのくらい言葉を残せるか分からない。このくらいにしておこう。

 それじゃあ今度こそ、向こうでまた会おう。或いは・・・別の場所で。

 君が後何度君を繰り返すのか分からないが、私はまた待っているよ。

 ひとまずお別れだ。何度も言うが、こんな別れ方をしてしまって本当にすまない。寂しい思いをさせるかも知れないが、君も最後まで楽しく過ごすんだよ?いいね。


 私はまだデンテネル様の匂いの残る布団に顔を埋め、長い時間そうしていました。勝手に私を置いて行ってしまったデンテネル様の置き手紙を、頭の中で何度も繰り返しながら。

 そして顔を上げた時、涙で歪む視界の向こうに、エネルギーで構成された輝く世界を見ました。

 デンテネル様が見ていたのと同じ世界を。


 一度目の人生でメトセラル様が生体転写術を作られた際、私はぼんやりとその術を応用して人間が、いえ、はっきり言って私がツワグの特性を得られる術が作れないかなぁと考えていました。

 そしてその際、私自身が術を使えるならともかく、実際に術を使うのはデンテネル様になるはずなので、ツワグ1人分の情報全てを脳に保管出来るはずもなく、一旦物質化する必要があるとも考えていました。

 それが生体転写術と情報物質化術を掛け合わせた物質化機巧術です。

 目的は1つです。デンテネル様の寿命を延ばす為じゃないですよ?それは後々の目標です。

 最初に私がツワグの特性を欲した理由は、私がツワグの特性を得られれば、デンテネル様と子供が作れるんじゃないかと思ったからです。人間とツワグの間では交配が出来ませんから。

 ですが研究を進めていく内にそれが無理だと分かりました。

 例えば、カリドラ地方では音の波長で形状を記憶させたり硬度を変えられる音鉄という珍しい金属が採掘出来ますが、珍しくても普通の転写術を使えばただの金属にその特性を転写し、いくらでも増やすことが出来ます。

 ですが生体転写術の場合、とても視力のいい人の特性を視力の悪い人全員に転写することは出来ません。出来たとしても目が良くなるのは1人だけ、しかも元々目が良かった人は普通の視力になるか、悪くすれば視力自体を失ってしまいます。技術的には可能ですが、倫理的に不可能です。

 ですから私はツワグの特性を得るための研究は諦め、ツワグに特性を与える為の研究に切り替えました

 ・・・結局間に合いませんでしたけど。

 ですが、最後にデンテネル様も仰ったように、実は私が考えていた物質化機巧術は、ある意味もう完成していたんです。

 私は予期せぬ事故が起こらないように情報物質化術に判別法を組み込みました。

 ですから大事な記憶を誤って物質化してしまい失ってしまうような事故は、私がまた70年近く卵の中で過ごした今でも起こってないそうです。その点はとても嬉しいです。

 ですが、事故は起こりませんが、自分自身の意志でなら自分自身を物質化出来てしまいます。私が組み込んだのはある情報だけは物質化出来ないと言った制限でなく、どの情報がどの情報なのかを判別するだけの方法なので。

 ですからデンテネル様はご自身を物質化されました。私のために。

 たとえ私が、ツワグがツワグをエネルギーとして可視化出来る方法を考え出せていたとしても、私にツワグの特性を与える為に他のツワグから特性を抜き取ることなどしてはいけませんし、デンテネル様は絶対になさいません。

 ですがご自身の特性なら、しかも残りの時間が分かっているご自身の特性なら、物質化して残せてしまいます。

 その事は情報物質化術の改良が終わった時点で分かっていました。ですがそんなことをするツワグがいるとは思ってませんでした。だってそれは、言わば自殺ですから。

 でも、デンテネル様はそうなさいました。私にツワグの能力を与える為に。尤も、デンテネル様はご自身がしたことを自殺だなんて全く思ってないと思いますけど。

 全くもう…ホントに…デンテネル様は・・・。

 ええ、デンテネル様の仰るとおり、私怒ってますよ?

 あんな形で私とお別れするなんて。まぁ…デンテネル様はどのくらい言葉を残せるのか心配してらっしゃいましたけど、最後のお別れは私の中から消えてないので、何度でもデンテネル様の声が聞けるのでそれはそれで…ちょっと嬉しいけど。

 ですけど怒ってます!だからあんまり悲しんであげません。

 それにデンテネル様も、最後まで楽しく過ごせって仰ってましたし。

 はぁ・・・これから、どうしましょうかね?


 悲しみも怒りも時と共に薄れていきます。楽しかった思い出だけが残っています。

 いくら何でも二度目の学校生活はどうかなとも思ったんですが、異人の子供が1人で生活していても不自然なので、カエタン君の実家でお世話になりながら、また子供としての生活を送っていました。

 何をするにしても、子どのものままでは色々と不都合が多いですから。

 数ヶ月ですが、一緒に過ごした最後の日々で、私が卵になっている間のディティヤやブルサロパナの変化についてはほとんど教えて貰ってます。

 もうメトセラル様も、ヨンキント様も、ファレンテイン様も居ません。最初の人生での知り合いは、長寿のツワグですら誰も残っていません。デンテネル様が一番長生きだったようです。

 勿論、新しい知り合いもいるんですが、なんだか寂しいです。

 その寂しさを紛らわせるためというわけではないんですが、いえ、それも少しはあるんですが、私は一大決心をしました。

 ブルサロパナを、カリドラを出ます。

 好きな人が居なくなったカリドラにもう用がないとかそういう冷たい理由じゃないですよ?

 ただ、留まり続ける理由がなくなったのも事実です。

 自分の足でしっかりと、外の世界を見て回りたいんです。

 ちゃんと目的もあります。

 昔、徴収炉建造の為にカリドラを回った時に聞いた昔話に出て来る種族のことがずっと気になっていました。

 かつて居たというその種族は現在のカリドラには居ません。という事は当然、居るとすればカリドラの外ですよね?

 それに、ツワグ発祥の地も訪れてみたいです。もしかすると、カリドラに流入してしてきたツワグとは別の一団がまだどこかに居るかもしれませんし。

 問題は、どちら一方しか選べないと言うことです。

 ツワグは東からカリドラに流入してきました。そのツワグの歴史に謎の二種族が全く出て来ないということは、西に移動した可能性が高いです。

 ですのでツワグ発祥の地を巡るなら東、謎の種族を追うなら西に向かわなければなりません。

 たぶん、どちらもそう都合良く見つかるとは思えないので、残りの時間を考えると一方を選ぶしかありません。

「うぉん、うぉん」

「むぅ~・・・どっちがいいと思う?どっちも気になるのよねぇ」

 アヌはまだ私が飼ってます。デンテネル様がメトセラル様に、そしてメトセラル様が現在の統治者様に申し伝えをしてくださったおかげで、特別にただの異人の私が飼えることになりました。アヌは私のために大事な特性を失ってしまっているので、最後まで私が面倒を見てあげる責任もありますし。

「きゅ~うぉん、うぉん」

 気のせいだとは思いますが、何となく何を言いたいのか理解出来るような気がします。いくら私にバンサの特性が混ざっているからと行って、まさか…ねぇ?

「う~ん・・・長いお散歩に行く?行き先はあなたに任せてみようかしら」

「きゅわん!きゅわん!」

 3度目の人生、3度目の18歳になった私は身辺を整理し、ディティヤを、ブルサロパナを、そしてカリドラを後にすることにしました。

 長い長い思い出と共に、凛々しい白い生き物に導かれて。




 ベシーナの中央付近、点在する小規模な集落の1つでしかないマジャリ村に、1人の少女が居た。

 その少女は生まれて数年で、神童として人々から崇められるようになった。

 明確に何が出来るというわけでも、際だって聡明というわけでもない。

 しかしその少女が望めば天候が安定し、作物が良く育ち、村にだけ疫病が寄りつかない、或いは寄りついたとしても、広がる前に沈静化するという噂が早い段階で立ち、広まっていった。特に疫病が寄りつかないという噂は周囲の集落にまで広がり、長年、定期的に発生する流行病に悩ませられ続けていた人々が集まり、徐々にマジャリ村は大きくなっていった。

 当の少女は、物心ついた頃から絶えず地下で何かが移動しているのを感じていた。西から東へ。

 そしてそれが嫌で、怖くて仕方なかった。姿の見えない巨大な蛇が、足の下で蠢き続けているように思えていたから。

 我慢の限界に達した少女はある日、その蛇を千切ってしまった。

 マジャリ村の真下で。

 千切れた蛇の半分は西に戻り、もう半分は東に去った。

 しばらく後、分断された蛇は大暴れし、少女は怒らせてしまったと怯え、泣きじゃくった。

 しかし、怒りはやがて収まった。収まったと言うより、蛇は死んだのだと少女は思った。

 それ以降、蛇が少女を悩ませることはなくなった。

 そして更に、不明瞭な力を増していった。

 マジャリの人々は少女と少女の力に特別な名前を与えた。それは―――。


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