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「ただいまぁ……」 帰宅した洋蔵は消耗しきって声を出した。 店の裏側にある自宅用の扉を開き、玄関に荷物を置いた。両手で抱えなくてはいけないほどの大きな額物はなかなかの重量だったが、洋蔵の疲労の原因はそんなものではない。 気力体力は文字通り搾り取られたのだ。 商店街と店の往復、ただそれだけで随分なマッスル人間活動をしてしまった。あれから人とすれ違う度に、マッスル人間としてマンキニを強調するポーズで射精をさせられた。その度腰と脳までズクズクと届くような快感を味わったのだ、いかに体力自慢の洋蔵といえどヘトヘトだ。 マッスル人間になる前は、こうして買い出しに行った後など、正面入り口から堂々と店に帰ったものだ。今ではそんな必要はなくなってしまった。 店番などマッスル人間にやらせるような家はない。その時間を使って、筋トレや屋外徘徊をさせることこそが、マッスル人間という国の誇りを抱える店や会社のやることだ。 どこからか降りてくる補助金で会社は以前より遥かに潤っている。マッスル人間が上司であるという誇りで社員たちもやる気に満ちている。 全てが万事順調なのだ、ただ、洋蔵がこの格好を恥ずかしい思っている以外は。 「おとうさん、おかえりなさい」 「ああ、ただいま」 大荷物を降ろしていると、息子が嬉しそうに出迎えにやってきた。夕方のテレビ番組を見るのも止めて父親を出迎える、なんてできた息子だろうか。理想的家族の姿だろうか。親父の方が変態的な∨字のサスペンダーだけを身に付けた姿でさえなければ。 洋蔵は玄関に置かれた鏡を見つめた。息子の幼い頭髪を撫でる自分の姿は、やはり何度見てもいやらしい格好をしている。 ――格好いい、国の宝、逞しい。 誰もが洋蔵をそう称える。だが、ひとつも納得できなかった。 どう見ても変態、露出狂、恥ずかしい筋肉親父ではないか。 「と、父さんは……格好良いか」 マンキニ姿のまま、洋蔵は息子に尋ねた。馬鹿げた質問だと思っていた。 「うん、お父さんは世界一かっこいいよ、すごくすごく格好いいよ」 「……そうか」 「うん」 得意げな顔で息子が笑っている。返事はわかりきっていた。 「こーんなでも、か?」 洋蔵はガニ股になってコマネチをしてみせた。マヌケだろう、無様だろう。だが、息子の笑顔は変わらない。 「かっこいい! さっきよりかっこいい!」 「でもほら、父さん腰振っちゃってるぞ、ぐるぐる回しているぞ」 「ううん、そのほうがかっこいい」 「……ケツなんてすごい食い込んでいるんだぞ、最近また鍛えたから、ますます太腿も尻もすごい……でかくなっているぞ」 「おっきいほうがかっこいいいよ」 「ハァ……でも、しかし、父さんは……」 「お父さんはかっこいいよ」 息子は洋蔵の変態ポージングを見ながらにこにこ笑顔を浮かべていた。 「あぁ……あぁ……あ、あ、ああ、あ、あ……」 快感が込み上げ、洋蔵は低く短く喘いだ。 空っぽだと思っていた金玉がフル回転し、ムクムクと竿に力が戻ってくる。 ぽたり、ぽたりと、玄関に精液が滴った。 マッスル人間梶原洋蔵は、息子に褒められイッてしまいました。 気がつけば洋蔵は叫んでいた。口が勝手に開き、いつもの文句を呟いていた。快感がさらに込み上げ、どろりと多めの汁が亀頭から飛び出した。 またやってしまった。何度味わっても、このタイミングの射精はやめられない。病みつきだ。 帰宅直後の父親のポージング射精を見ても、もう息子は驚く顔一つみせない。 「……なあ、父さん……商店街に行ってなにをしてきたと思う?」 「うーん………わからない、プロテイン買った?」 「いや、それはもう半年先まで確保してあるぞ」 「えー……じゃあわからない、こうさん」 「そうか、それはな」 洋蔵は玄関に一度置いた額縁を持ち上げた。あんな恥ずかしい思いをしてまで、直接取りに行った大事なものだ。隠されていた布を取り外すと、洋蔵はその正面を息子に見せつけた。 「ほら」 『創立○十周年記念』 そう刻印が刻まれた、釣具店の集合写真だ。 礼服とまではいかないが、皆しっかりとした衣装と、少しばかり気取った化粧や髪型をしてずらりと並んでいる。家族や社員の厳かな姿だ。 そんな中で、柱田と洋蔵の二人だけが全裸も同然の格好で勇ましいポージングをしていた。マンキニ姿と褌姿の筋骨隆々の中年親父が中央に二人。まるで晒し者のようになっている。 「ああ」 なんてザマだ。 なんて無様なんだ。 あの時のことを思い出すだけで、恥ずかしさで気が狂いそうになる。プロのカメラマンの前で、家族や社員が全員着衣の中で、親父が二人並ばらされた。 社長さんはーー……もうちょっとガニ股になってください。 社長、言われてますよほらほら。 皆待ってますから頼みますよ。 お、いいポージングですね、そのまま勃起の角度をもう少しいただけますか? そんな指示をあれこれされて、必死になって助平な姿になった。 ちょうどシャッターを切られるタイミングで射精するようにと、カメラマンは洋蔵や柱田が興奮するようにねっとりとした言葉で卑猥な気分にさせてきた。 まんまと口に乗せられて、二人して射精したタイミングで撮影されてしまった。 それがこの写真だ。 射精の瞬間という、最もコントロール不可能な状態での己の顔面は、酷いものだった。 気持ちよさそうに口を開けて眉をへろへろにした無様な社長の顔だった。 「わあ、でっかい写真!」 「そうだ、……こ、これを、ちゃんと、店の一番目立つところに飾らないとな、マッスル人間が二人もいるなんて、すごく誇らしいことだもんな」 そんな恥ずかしい体験が形となった写真だが、まさか隠しておくわけにはいかない。マッスル人間としての義務として、晒す、誇る、見せつけるのは当然なのだ。 疑われるわけにはいかない そのためには、こんな恥ずかしい姿を晒した写真を一年中、これから先何年も何十年も店に飾り続けなくてはいけないのだ。 これを降ろすときは、また十年や二十年先の記念撮影の時だ。 その頃には息子達も立派に成長していることだろう。その横で、俺は白髪交じりの頭で同じように……ポージングして射精しているのだ。 「……ハァ……ハァ」 ガチガチの竿が再びマンキニの前をビンビンにさせていた。 恥ずかしい。 ああ、なんて恥ずかしいんだ。 俺は本当は正気なのに。 疑われるわけにはいかないから、こんな恥知らずなことをしなくちゃいけないんだ。もうこの街でマトモなのは俺だけだ。俺だけは屈しない。だから、どんなに恥ずかしいと思っていても、そこから逃げるわけにはいかないのだ。 気がつけば洋蔵は一人になっていた。息子は洋蔵を出迎えて写真も見て満足してしまったのか、既にリビングまで戻っていた。 誰もいない玄関で、洋蔵はガチガチになってしまった射精直後のチンポを剥き出しにしていた。ドクンドクンと、心音に合わせて竿が跳ねる。 射精がしたかった。 だが、人のいない場所での射精など、マッスル人間に許されているはずがない。 人のいない場所での射精を見られたら、即刻通報されてしまう 店に行こう。 店ならば大勢の人がいる。 そこでなら射精が許される。 洋蔵は勃起を晒しながら、額縁を抱えて家の中を歩いていった。店につながる廊下を、早る心音に負けぬように早足に掛けていく。 街で出会ったあの男たちのように、変態になりきったら楽だろう。だが、このような羞恥に耐えてこそ、真の男というものだ。堪えなくてはいけない。今も勃起した竿がマンキニからはみ出て左右に揺れている。この姿を恥ずかしいと感じている。その思いを抱えながらも耐えるのだ。 みっともない。 ああ、俺は二人の子供を持つ親父なのに、社員を抱える社長なのに、店を持つ店長なのに、こんなに恥ずかしい思いを続けている。 耐えるのだ。耐えなくては。ガマンだ、ガマン。もう少しガマンだ。今はまだ人の目がないから射精はできない。店に入ったら、入ったらイッてもいいんだ。人前で、自分の店の中で、思い切り射精するのだ。手に持った写真を天高く持ち上げて、雄々しく叫ぼう。マンキニをグイと食い込ませて、勃起をブルンと跳ねさせよう。そうすれば店員もお客様も誰もが一斉にこちらを見るに違いない。なんて恥ずかしいいんだ。耐え難い苦痛だ。そうだ、そのタイミングがもっともいい。それまではガマンだ。ガマン。耐えるのだ。 洋蔵は暖簾をくぐり、店に出た。 「い、いらっしゃいませーーマッスルマッスルゥ❤❤❤❤❤」 終わり

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