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異常なのは、むしろ俺ではないか。 洋蔵は警官と自衛官を囲む人の波を掻き分けながら、気が狂いそうなほどの孤独感に苛まれていた。妻も息子も旧友も、誰も洋蔵の苦悩をわかってはくれない。立派なマッスル人間になってくれたと、むしろ誇りにさえ思っているほどだ。 「ああ、すみません、通してください、通してください」 どんなに人とすれ違っても、洋蔵と同じ男はいなかった。 他人の衣服と丸出しの筋肉が擦れてくすぐったかった。そのたびに、自分はこの世界の異物なのだと思い知らされた。 萎え始めた肉棒がマンキニに挟まり、ぶるぶると上下に揺れていた。挨拶される度腰を振って応えるせいで、なかなか足が進まない。 ようやく歓声が遠のいた頃には、すっかり魔羅は萎えていた。発酵した雄臭だけを残して、静まった肉棒は再び細い変態的衣装の中に収まった。 実際、もう己の精神が正常であるかもわからなかった。人に尋ねることすらできない。そうすれば直ちに通報されてしまう。 もしかして、彼らの姿こそが正しいのではないか? こんなくだらない羞恥心やプライドのために、不要に苦しみを長引かせているだけではないか? いっそもう楽になったほうがいいのではないか? 普通に服を着て、街を歩き、仕事をしていたあの日々こそが夢の様なもので、真実は今の世界ではないだろうか。 苦悩はいつまでも続いていた。孤独であった。洋蔵は再び、道の中央を歩き出した。胸を張ることは必須である。堂々とした姿で、露出狂のような姿で、ただ独りで歩いていた。 マッスル! マッスル! タイイク! タイイク! 遠く、人々の声に混じって男の叫びが聞こえた。洋蔵は声を道標にして歩いた。 彼はそこにいた。 夏祭りに用いられた簡素なステージの上、限りなく全裸に近い男がホイッスルを吹きながら下品な運動をしていた。やはり逞しい中年男性である。現役の体育会系とは違って、多少丸々とした脂肪がついた重量級の肉付きだった。 長男が高校時代に担任だった、現役教師の滝岡だ。 「マッスルタイイク! マッスルタイイク! さ、さあ今日も、先生のおちんぽ授業をはじめるぞお!!」 彼はがっしりと太い首にホイッスルを掛け、紺色のジャージを上だけ羽織っていた。身に付けているのはそれだけだった。体育教師の記号的なものだけを残し、あとは見事な素っ裸だ。むしろ何も身に着けていない下半身が強調されている。 ……そもそも彼は、古文を愛する国語教師であった。体育教師でもなんでもなかったはずだ。だがマッスル人間へと転向した今ではそんな過去はなんの意味もない。 今の彼は、真っ赤な顔でお立ち台に立ち、「生徒」に向かって元気に下半身を見せつけるのが「授業」の体育教師だ。教室ではなく往来で、学生ではなくすべての人に、チョークではなく肉棒を用いて授業をしなくてはいけない。 それがタイイクマッスル人間だ。 「さあ、今日も、みんなで男のからだを学ぼう! お、男にとって一番大事なところは、どこだろうなあ!」 じっと眉の太い顔立ちを見つめると、そこには微かな羞恥が見て取れた。恥じているのだ。 彼は洋蔵が知る限り、唯一残った正常な理性を残したマッスル人間だった。まだ羞恥心があり、判断力があり、男のプライドも残っている。 「そ、そうだ、男はチンポが一番大事だ! 先生もこうやってチンポを勃起させていると、とーっても幸せなんだあぁ!」 目を固く閉じて叫ぶ顔は、やけくそという言葉が似合っていた。 洋蔵はその悲痛な姿に、どこか勇気づけられた。そうだ、ああやって恥じる事こそ正常なのだ。俺も、彼も、まだ戦っているのだ、この異常と。 マンキニを身に付け、尻を紐に食い込ませながら、洋蔵は心臓が熱く鼓動するのを感じた。 「男はなあ、こ、ここを、亀頭と皮をな、くちゅくちゅされると、あーっというまに腑抜けになって使い物にならなくなってしまうぞお! ほれ、さっそく実験をしてみよう!」 彼は教師という立場を失い、男として屈辱の限りを受けながらも、決して絶望せずに戦っている。そうだ、俺も弱気になっている場合ではない。洋蔵は力瘤を作った。 「あ、あ、さ、さあ、先生の、先生のおちんぽぉ……さわ、さわろう!」 待て。 洋蔵は奮い立っていた心が瞬時に冷たくなるのを感じた。 なんだあれは。 「ああぁ……せ、先生のおちんぽ、どうだあ、ハァ……はぁ……タイイク! タイイクゥ!! 体育教師のオチンポガチガチ! ガチガチガタイの体育教師! おちんぽ触られへなへな! へなへな!」 言い淀む教師の顔には確かに迷いや羞恥が見える。だが、それだけではなかった。汗を浮かべ、顔を赤くしているからこそ見える、雄が発情した雰囲気があった。 恥ずかしい。だからこそ気持ちがいい。そんな、欲情と羞恥が混ざり合った表情に見えた。 「あ、あっ、チンポは弱点そのものであるが、個人差というものがあってだな! あっ、あっ、たとえば先生のような包茎チンポの場合は、サキッチョをくりくり攻撃されると、あ、あ、あ、っというまに、気持ちよくなって……しまうんだぁ……、こ、こんなふうに、こんなふうにぃッ……!」 堪えて、耐えて、だからこそ気持ちいい。駄目だ駄目だと考えながら、しかしどうしてチンポに勝てぬ。俺は負ける、チンポに負ける。そんなふうに鼻の下が伸び、あふぅと情けない溜息を吐いている。その繰り返しだ。 いやらしい顔だ。 そうとしか言いようがない。 洋蔵は立ち尽くした。他人とは思えなかった。 その、耐えて出す感覚には覚えがあったからだ。 恥ずかしさの中でする射精が気持ちいいという感覚に、どうしても共感できてしまう。 あんな顔を、俺もしているのか。 まるで変態じゃないか。自分は違う、違うと、そう思っていても、結局チンポの快感にあんなスケベな顔を晒しているのか。 そんなわけはない、違う。間違っている。 だが、現に正常であるはずの彼の顔はどうだ。以前はもっと凛々しい表情だった。快感と戦う戦士のようだった。 「はふぅ……おぉお……そ、そうだぁ、そ、そうやって先走りをぉ……んぉぉ、くっちゅくっちゅするとぉぉ……先生は……じゃなかった、男はみぃぃんなチンポ様に負けてしまうんだぁあ……!」 負ける。 まさにその言葉が、今の彼には正確な表現だった。 あれはチンポに負けた男だ。 何度も何度も授業をするうち、やらされていた行為がいつしか染み付いて、こびりついて、離れなくなって、本当に気持ちよくなってしまったのだ。 顔はあんなではなかった。腰も、ああまで下品にカクカクと揺すっていなかった。ガニ股も控えめだった。今なんぞ、まるで四股踏みだ。ケツだけ突き出して、なんたる浅ましさだ。ぴゅふるるると、笛が抜けた音を出した。 耳障りに甲高い笛の音で温度を取りながら、体育教師は壇上でコマネチを繰り返している。机に乗り「体育教師の元気汁」がどうのこうのと喚いている。目はアーチ橋のようにニタニタと歪み、勃起した肉棒からはだらりだらりと蜂蜜のようにねばっこい先走りが垂れている。 通報もされていないはずなのに。 「せ、先生の連発射精開始ィ❤ マッスルマッスルゥ❤」 ピィイィィィ。 一際甲高い音を笛から鳴らし、体育教師は腰を突き上げた。ピッとひと吹き、その瞬間にひと噴き……精子が包茎チンポから飛び出した。コマネチの動作に合わせて一回、音が鳴り、肉棒が跳ね、間抜けな精液がどくどくとこみ上げる。 なぜ、そんなに気持ちよさそうなんだ……。 やめてくれ、せめてあなただけは、一緒に戦ってくれ。そんなスケベな顔にならないでくれ。 洋蔵はマンキニを尻ではさみながら、悲痛な顔で彼を見ていた。 「俺、俺は……あぁぁ駄目……駄目だ……、ああ、ち、ちがう、マッスル……マッスル……ゥ!」 洋蔵は自分の心の不安を打ち消すために、ガニ股になり力こぶをつくり男らしい気合をいれた。 俺はならない。俺はおかしくはならない。俺は変態ではない。俺は家族と会社の立派な大黒柱なのだ。 「せ、先生のマッスル射精……皆見てしまったかあ……、こ、このように、射精中は先生のような大人でも、頭がふわーーっといい気持ちになってしまうので……とってもよわよわなんだあ、だ、だから……ええっと……みんなも周りの大人をお仕置きするときは……射精させてしまえば……簡単だぞお……❤」 吐き出した雄汁でベトベトの右手の人差し指を突き出して、タイイクマッスル人間はさも立派な講釈のように言った。 恥ずかしくって気持ちいい。 堂々とすればするほど、自分の間抜けさと恥ずかしさで興奮してしまう。表情からすべて読み取れた。鏡に写った自分の顔を見るかのようだった。 いつか、ああなるのか。 必死に通報から逃れても、今度は快感に追い詰められるのか。結局俺たちマッスル人間は、変態になるしかないのか。 「なぜ」 洋蔵は呟いた。 「一体何のために」 理由がわからない。ああして変態行為を晒す理由も。自分たちが変えられていく理由も。全てがわからない。そして、自分が何のために堪えているかも見失いそうだった。 ただ笛の音だけが頭の中で響く。タイイクマッスル人間が、二時間目の授業を始めたのだ。今度は前立腺の刺激についてだ。 ……おかしくなってしまいそうだ。 気がつけば、笛の音に合わせて腰が動いていた。 「マッスルマッスル❤」 手を頭の上に置いて、ガニ股になって腰を振る。確かに言われた通りの姿勢をとると気持ちが良かった。

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