正義のヒーロー ブルーライトニングの改変 (Pixiv Fanbox)
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商店街の名前の由来は、すぐ近くの寺の名前だった。
そんな由来なのだから当然のように、そこは素朴な造りだった。
一時期は洒落た横文字の名前などつけてもみたが、どんな下駄を履かせたところで、本物の都会には敵わないと気が付き、それからは開き直ったように下町情緒を全面に押し出している。それが正解だった。
つい先日テレビで紹介されたせんべい屋が少し大きな顔をしている以外は、ごくごくどこにでもある商店街になり、よくある幸せを手に入れた。
魚屋が手を叩き、ペットショップで犬が回り、酒屋が夕方から暖簾を出す。日も傾きはじめた。買い物をする主婦が増え、にわかに活気が見えてきた。
そんな情緒を切り裂くように、まったくの異物が道のど真ん中を歩いていた。
「やあ、どうもどうも、皆さん、こんにちは」
男は爽やかに腕を上げ、すれ違う人すべてににこやかな笑顔を向けていた。
態度はなかなかの快男児だ。だがしかし、その姿は個性的……の一言では片付けられない。身につけているのは、一般的に流通するデザインではなかった。それどころか、布製品ですらなかった。
青色の光が首から足元まで完全に覆っている、胸には稲妻のエンブレム、足には白いブーツ。
全身タイツ姿の、正義のヒーロー。
舗装されたブロックの道を正義の味方が唐突に歩いていた。
「やあ、まだまだ暑い日が続きますねえ」
挨拶のたびに胸を覆う大胸筋をピクピクと動かすのは、おそらくヒーローなりの挨拶なのだろう。全身これ筋肉の塊といった姿である。胸板で青い光とエンブレムが暑苦しいほどに膨らんでいる。
「ふぅー、今日も異常なし、素晴らしいことだな」
ヒーローは空を飛ぶでもなく、地を走るでもなく、本当にただ散歩するように商店街を歩いていた。ヒーローとて人間であるのだから、それ自体は非難される謂れはないのだが、やはり人々は不思議な目を向けている。返される会釈もぎこちない。
「ふうー」
ヒーローは窮屈そうに太い首を回して、汗ばんだ褐色の顎を拭った。
ヒーロースーツが普段使いするようなものでないのは、誰が見ても明らかだ。
汗ジミこそ広がっていないが、その全身が汗だくであることは少ない露出部分だけで容易に察せられる。黒ずんだ無精髭から垂れた汗が商店街に落ちた。
「やあ、どうだい調子は」
「あ、ブルーライトニング、いらっしゃいー」
「今日も店番か、偉いなあ」
ヒーローは迷いのない足取りで商店街の中程までくると、ある肉屋を覗き込んだ。そこで店番をしている小学生ほどのせがれに向かって、やはり胸板をピクピクと力強く動かして見せた。
「ヒーローは今日もお仕事してきたの?」
「ああ、勿論だとも、よくわかったなあ」
「わかるよ、すごく汗の臭いがするもん」
少年はそう言って肉の並んだショーケースを内側から見た。マグマのようにぐつぐつと煮えるヒーローの肉体のせいで、透明なガラスが白く濁っている。腰に手を当てて仁王立ちするヒーローに、まるでモザイクを掛けるかのように股間部分が濃くぼけていた。
「いやあ、お肉に染み付いてしまうかもしれないな。さながらヒーローフレーバーの燻製か、ハハハ」
自分で発した冗談に一人で笑いながら、ヒーローはマスクを脱ぎ去った。
「ふぅーッ、ひとやすみだ」
露出した男臭い顔面を手で扇いで、ヒーローは少年に微笑みかけた。細い目が糸のように細くなり、太い鼻がテカテカと光っていた。
「今日も筋肉ぜっこーちょー?」
「ああ、勿論だとも、ヒーローはいつだって逞しく、雄々しく、人々の見本であるべできだからな、不調な時などまったくないぞ」
ヒーローは模範的にも程がある返答をすると、力強くポージングをした。
腋を晒し、肉を寄せ、スーツを内側から押し上げる。右足の踵を持ち上げて、全身の筋肉を誇らしげに強調した。極薄いスーツはボディペイントのようで、ヒーローというものを余すところなく少年の目に晒した。
「すごいすごい、よっと」
少年は目の前に差し出された太い腕に飛びつき、嬉しそうに足を振った。
ヒーローの腕はびくともしない。それどころか、まるでアトラクションになったように少年を上下に揺らしてみせるほどだ。
「おいおい、汗臭いんだろう」
「うん、でもヒーローだから、しょうがないもんね」
「そう言ってくれるととても嬉しいよ。そうだとも、この汗と臭いは、一日平和の為に戦ってきた、その証だ」
君だけだな、わかってくれるのは。
ヒーローはそう言うと、少し困ったように笑った。大きな息が出る度、腕にぶら下がった少年が弾んだ。
「他のヒーローは全然臭くないよね」
「ああ、だが彼らも決していい加減に平和を守っているわけではないぞ。ただ私が少しばかり熱心なだけだ」
「熱心?」
「ああ、このスーツはとんでもなく筋肉が締め付けられるし、かなり蒸れるんだ。近頃の皆は、こんなタイプのスーツは流行っていないな。それに最近は体重が増えて、より一層キツくなってきてな。一時間もすれば、ブルーライトニングの体力を持ってしても汗だくなんだ」
「着替えないんだね」
「ああ、ブルーライトニングは常に戦えるように、24時間常に変身しているんだ。これが私の使命だからな」
ヒーローはそう言ってムキムキと腕に力を入れた。顎からまた汗が垂れて、一滴がショーケースに垂れた。
「それで、ブルーライトニング、今日はなにをお売りしましょうか」
「あー……ううむ、そうだな」
「どうしたの」
いつもどっさりと買い込んでいくヒーローが、珍しく言い淀んだ。
「今日はな、一人分でいいんだ」
「あれ、そうなの? 奥さんは?」
「いや、なに、その、大人のはなしでな」
あれほどハキハキと語っていたヒーローが、大きな口をぎゅっと引き結んだ。
「教えてよ、ブルーライトニング」
「ううーん、いくら私と君の仲であっても、こればかりは」
「嫌われちゃったの?」
「ム」
図星をつかれたのか、ヒーローは気まずいように目を逸らした。
「――正義というものに、理解のある人だったとおもっていたのだが」
観念したのか、それとも本心では語りたかったのか、ヒーローはすぐに語りだした。
「私がこの格好で帰るのが、どうも……その、おかしいと、言い出してな」
「変身して、シャワーとかにも入らないで、そのままの格好で帰ってきたら、嫌だっていうの?」
「ああ、そうだ。私がこの格好でソファに座ってテレビを見ていると、随分驚いてな。先ほどのように、正義というものを語ったのだが……」
「おかしいね」
「まったく、どうしてしまったんだろうな」
ヒーローは自分の筋肉を悲しそうに見つめながら、汗ばんた頭髪を揺らした。
「それどころか、夜も……ん、いや、なんでもない」
「ふーん……、ヒーローと一緒に眠れるなんて、僕ならすごく喜ぶのになあ」
「む、そう言ってくれるのかい。ありがとう」
ヒーローは切なげな目を再び笑顔に戻した。満面の笑み一歩手前の、少しだらしのない笑顔だ。恥ずかしげにも見える。
夜といえば眠るだけの少年に、あやうくとんでもない事を聞かせるところだった。どうやら、よほど溜まっていたらしい。しかしこのスーツと使命は何よりも大事なものだ、たかがセックスの為だけに脱ぐ訳にはいかないのだ。どうしてそれがわかってくれないのだろうか。
「ねえ、ブルーライトニング」
「なんだい」
「ちょっとお留守番頼んでいい?」
「な、留守番?」
「うん、ちょうどよかった、買い物いかないといけないんだけどさ、もう閉まっちゃうから、ちょっとだから、ね、お願い。僕の代わりにさ」
ヒーローは点々と髭の生えた顎を動かし、何か言い返そうとした。だが、少年の甲高い声を聞くうちに忘れてしまった。
大人のまね事だろう。少年は掌をこすりあわせて、必死の顔でヒーローに頼っている。子供に頼られている。ならば、ヒーローの応えは一つではないか。
「仕方がない、このブルーライトニング、君のために一肌脱ごう」
「ありがとう、そんじゃね!」
少年はあっさりとお礼を言うと、ヒーローの腕からひょいと飛び降りた。
そのままエプロンをヒーローに投げて、オレンジ色の商店街に駆けていった。
まったく、忙しいものだな。
ヒーローは受け取ったエプロンをスーツの上から身につけようとしたが、丈がまるで足りず、結局そのままの姿でショーケースの内側に入った。
「よし! さあさあ、そこの奥さん、見てってくれー。ヒーローのお墨付き、安心安全、美味しい肉がお手頃価格だよー!」
ヒーローは青いタイツスーツ姿のままで、いくつもの正義を宣言してきた大きな声で、商店街中に轟く態度で、肉の値段を叫びだした。
「やあぼっちゃん、お買い物かい。ん、そうだ、私はブルーライトニング。バリバリ現役の正義のヒーローだぞ。ああ、今はわけあってこのお店でお留守番だ。どうだい、ああ、お買い物はお野菜なのか。それならばしかたがないな、今度はぜひ肉も買ってくれたまえ、ハハハッ」
「ブルーライトニング」
「おっ、帰ったか、お帰り、用事はもう終わったのかい」
「うん」
少年はヒーローの横をくぐり、丁寧に頭を下げた。
「ありがとう、ブルーライトニング」
「なあに、君のお願いだったら、これくらいお安いご用だよ」
ヒーローは胸を張って雄々しく答えた。その背後に回り込んだ少年は、不意に声のトーンを静かにして言った。
「あ、ブルーライトニング、随分おしりが大きくなったね」
「おお、やはり気がついてくれたか」
ヒーローはその指摘に、嬉しそうに笑って振り返った。
膝を少しだけ折って、尻の肉を少年の目の前にほんの僅かに突き出した。
「ココ最近は大臀筋を重点的にトレーニングしてみたんだ。どうだい、力強い盛り上がりだろう。太ももの迫力にも負けていない大きさだろう。遠慮無く言ってくれていいんだぞ」
「うん、すっごいでかい」
「ハハハッ、そうだろうそうだろう」
体を褒められたことがよほど気分がイイのか、ヒーローは得意気に片足を持ち上げて、より大きく尻を強調した。肉厚な尻が擦れ、スーツがパツンパツンに膨らんでいる。尻の奥でもっこりと膨らんだ二つの小山が見えた。
「揉んでもいい」
「ん? ああ、いいぞ、勿論だとも」
ヒーローはなんの躊躇いもなく頷いた。
「そもそも、君に言われて鍛えだしたところだったからな」
「あ、そうだったね、それじゃあ」
「ああ、遠慮なんかするんじゃないぞー、ヒーローの最高級霜降り尻肉は、君にだけは大安売りだッ」
ヒーローの安っぽい言葉に返事をせずに、少年は両手でヒーローのムキムキになった尻を掴んだ。
「うわ、すごい、片手じゃ持ちきれないや」
はみ出る肉を指でぐにぐにと押し上げる。力を入れねば、簡単に押し返されてしまう。
「ん……おー……っ」
「気持ちいい?」
「ああ」
ヒーローは迷いなく答えた。聞かれたならば正直に答えるのが、男である。
「ところで、ここが大きくなると、どんな時に役に立つの?」
「……ふむ」
やはり迷いなく答えようとして、ヒーローは言葉に詰まった。
頭の中に答えがなかった。さて、どうだったろうか。いつも鍛えるときには、戦いを想定し、力をイメージし、未来を見据えて鍛えていた筈だった。
胸板ならば重厚な武器を持ち上げるため。肩は強烈なパンチを繰り出すために。足はどんな窮地にも駆けつける為。
では、この大臀筋は、なんだったろうか。後ろ蹴りには効果を発揮するには違いないが、その目的で鍛えていたという記憶がない。
しばし真面目に考えたが、出た答えは一つだった。
「キミに揉まれッ、るとォー、んー、きもちがいいー……からだなあー」
「そうなんだ」
口をついて出た言葉は、しっくりと胸に馴染んだ。
まったく間違いのない言葉だ。
こうしてグニグニと触られまくると、とても気分がいい。この少年の掌にいいようにされると、身も心もほだされてしまう。それがなんとも言えず心地よい。
「ハァ、ハァ」
段々と大胆になる少年の手に、ヒーローの息は荒くなった。股間が窮屈そうに息をしていた。汗がじくじくとこみ上げて、体が火照ってきた。
グッと左右に尻の肉が分けられるのを感じた。ケツ穴はスーツに覆われて見えないはずだが、ヒーローの恥部を少年に晒していると考えると、やはり気持ちよかった。
「ハハハ、こらこら、ヒーローのそんなところを見てはいけないぞお」
「え、なんで、ここは鍛えてないの」
「んー、そうだなあ……そんなところはいかなヒーローでも……」
「だめだよ、ヒーローなのに鍛えてないなんて、おかしいよ」
「む、そうか、それもそうだな。うむ、そのとおりだ。そうか、では次はココを、オッ、オッ、オォッッ、きたえっ、るかッッ……」
「そうだね、それがいいね、ヒーローはいっつも体を鍛えないとね」
「ハァ、ハァ、まったく、君はいつも私の為になることを教えてくれる、なァッ!」
今日もまた教わってしまった。少年の目はまっすぐだからこそ、ヒーローの欠点を決して見逃さないのだろう。
ヒーローはあたたかな気持ちで振り返った。汗ばんだケツを揉む小さな少年が嬉しそうにヒーローに視線を返してきた。彼だけは決して私に失望しない。私におかしなことを言わない。私を愛してくれる。
孤独と戦うヒーローの心が、熱せられた肉のように柔らかくなるのがわかった。
ふと、少年のすぐ横にカメラが置いてあるのが見えた。
そういえば今日も写真を取るのだろうか。ヒーローは視線を店内の壁に向けた。何枚もの写真が飾られていた。
芸能人や、スポーツ選手の訪問を記念した古い写真もあるが、殆どが逞しい筋肉男の写真だ。
八割。
実に八割が、同じ顔だ。同一人物だ。
そう、どれもがブルーライトニングの笑顔だ。
心地よさでぼんやりとした頭で、ヒーローは懐かしい姿を見ていた。
一番左は、最も古い写真だ。
タンクトップにハーパン姿の一般男性の姿をしている。変身はしていない、素のままの俺だ。確かヒーローであるとも言わず、この肉屋にもなんとなく立ち寄ったのだ。ヒーローの正体を明かすわけにもいかず、プロレスラーだと偽った覚えがある。
にこやかに握手をしている。汗はかいていない。拭きとったはずだ。
白い歯がいささかわざとらしい。サービス用の顔だ。
次の写真でもやはり変身はしていない。サイズの合っていないTシャツ姿で、やはり笑顔でポージングしていた。
この頃から、少年とはどんどん親しくなっていったのだった。そういえば、体格が今ほど勇ましくない。太さも雄々しさも人一倍強いが、やはり今のブルーライトニングには遠く及ばない。
私は誇らしくなった。尻が気持ちよかった。気がつけば股間をすりすりと触っていた。気持ちよかった。
何枚も何枚もそんな写真が続いていた。
私はだんだんと逞しさを増し、髭が濃くなり、汗が服に滲むようになっていた。
そして、先週の写真。私は青いヒーロースーツをまとって、ブルーライトニングとしてこの商店街と少年に会いに来た。
着替えることなく、汗を拭うこともせず、そのままの格好で訪れた。
先週。
たったそれだけのことだったのか。
もうずっとこの姿でいるような気持ちでいた。
股間をこする手が早くなった。
息が荒い。気持ちがいい。
そして、つい先日。
腰を突き出して店先でポージングしている写真があった。
「懐かしいね」
少年が尻から手を離して言った。
「最初の頃覚えてる? ブルーライトニング」
「あ、ああ」
「最初から優しかったけど、ヒーローだってことは隠していたね。俺はプロレスラーをやってるって言ってた」
「そう、だったな」
「僕はびっくりしたんだ。こんなに格好いい人がこの世にいるんだって、すごくすごくびっくりした。優しくって、清潔にしてて、いつもここに来るときは着替えたばかりのシャツでさ」
「そんな時も、あったな」
「なつかしいね、でも今は変身したままで来てくれるようになったし、買い物した後でも僕と一緒にいてくれるようになった。僕のこと、大好きになってくれたよね」
「……ああ、そうだ、そうだった。私は君の事が、大好きだ」
少年はあたりまえのことを、いまさらに何度も繰り返した。
「誰よりも好き?」
「あたりまえじゃないか」
まったく、いまさらどうしてこんな事を聞くんだ。
何一つ間違いない。君のいうことが間違っていたことなんてただの一度もない。そうだ、私は誰よりも君を愛している。汗臭さを指摘してくる同僚より、ヒーロー姿のままセックスしてくれない嫁さんなんかより、君のほうが何倍も何十倍も何万倍も好きだ。
ふいに、自分の汗臭さが自分が鼻をついた。
すごい臭いだった。スーツの内側が汗だくだ。先走りの臭いも、足の匂いも、すべてスーツの中でギチギチに発酵している。こんな男臭い私を愛してくれる少年は、きっと君だけだ。
「あ、ほら、お客さんだよ、ブルーライトニング」
「おっ、らっしゃいらっしゃい! さ、なんにしましょうか!」
ヒーローの口からは、なんの迷いもなく声が出た。
肉屋の店員と言われれば、そう聞こえるに違いない、立派な接客だ。
「とっても似合うよ、ブルーライトニング」
「ハハハ、そうかそうか、君に褒められるととっても気持ちよくって、ムズムズしてしまうな、ハハハッ」
「うん、あ、でもさ、僕思ったんだけどさ、ブルーライトニングって名前は、お肉屋には似合わないと思うんだ」
「んー? なんだ、どういうことだ」
「だからさ、今日からブルーマッチョって名前にしようよ、ブルーライトニングはもうやめ」
「それは」
私の体の中で、耐え難い疼きがこみあげた。
俺の名前。
組織に名付けられた、誇りあるこの名前。胸にある黄色の稲妻。悪を切り裂く光の塊。俺の正義。俺の……。
「ね、それがいいよ。だってこんなにマッチョだもん。ぴったりだよ、ライトニングなんかより、ずっといいよ」
だが、少年はこう言っている。
すべてが正しい言葉に思えてくる。疑問に思うこの心がおかしい気がする。愚かであるとしか思えない。俺の体。俺のマッチョ。私はマッチョだ。そうだ、私はマッチョ以外の何があるというのだろうか。
声が出ない。
まるで言葉が出ない。
そのとおりだ。すばらしいな。まちがいない。
全身が肯定していた。
「ね、そうだよね、ブルーマッチョ」
少年に名前を呼ばれた。少年に笑いかけられた。
体の奥からとても良い気持ちがこみ上げた。気がつけば大声で笑っていた。
「ハハハ、そのとおりだな! すばらしいな! 私の名前は今日からブルーマッチョ! 力と筋肉で戦う正義の味方だ!」
アレほど動かなかった体が軽々とポージングを決めた。肉屋の置物のように、完璧な肉体を持つヒーローがショーケースの裏で佇む。少年の役に立っている、少年に名付けられた、そう思うとそれだけで涙が出そうなほどに嬉しかった。
「まったく、君の言うことはなにもかも間違いがないな。私はどうしてブルーライトニングなんて名前で戦っていたんだろうな」
そうだ。この肉体、この力強さ。マッチョ以上に相応しい名前などありはしない。
「そうだよね、ブルーマッチョ」
「またデザインを変えねばならないな。胸のマークも、……そうだ、必殺技も全部考えなおさないとな、一緒に考えてくれるかい?」
「えーしょうがないなあ」
「ハハハ、すまないなあ、いつも色々決めてもらって」
「いいよ、ブルーマッチョは正義のお仕事と筋肉を鍛えるので忙しいもんね」
「ああ、頭を使う時間なんて殆どなくってなあ。いやあ、君は本当に優しいんだな。正義の味方の味方だな!」
私は嬉しくなった。
嬉しくて嬉しくてしょうがなかった。こんなにも頼もしい小さな味方が、孤独アンヒーローを支えてくれているのだから。
この世はなんて素晴らしいのだろうか。
「ブルーマッチョ」
「なんだい」
「もっこりさわらせて」
「ああ、勿論だとも」
ヒーローは少年の提案を断らない。
少し猥褻ではないかと思いはしたが、しかし少年が望むのだからそれは法律や常識がおかしいのだと思った。
「もうちっとも嫌じゃなくなったの?」
「おぉー……そ、そうだ……あたりまえじゃないか」
「だって、一番最初触った時は、このわるがき!って大声で叱ってきたよ」
「そうだったかあ、それは申し訳ないことをしたなあ、おお、こんなに、こん何私の……ブルーマッチョを助けてくれる君をわるがきだなんて、私はなんて愚かなヒーローだったのだ。名前を変えた今日からは、そんなことはもう二度としないぞ、君と正義に誓おう」
ヒーローは腰を揺らしながら、とろけた瞳で遠くを見ていた。
「それにとっても、その、気持ちいいぞ。昨日はあれだ、私はセックスを断られてしまって、ヒーロースーツのままシコシコするのもはばかられて、イッパツも抜いていなくってな、きみに優しくスリスリされるだけでー」
「ほんとだ、こんなに……これ、なんていうんだっけ」
「ぼ、勃起だ。ガッチガチのフルボッキのチンポだ」
言葉にするとさらに肉棒に芯が通るのがわかった。スーツがたまらなく窮屈だった。だが、その締め付けもまた気持よかった。
「あぁー……気持ちいいなァーッ」
「そうなの、あ、でも、ここはお店だから、出したりしちゃダメだよ」
「ああーッ、そんなこと言ったって、そんなにそこを刺激されては、あ、あ、辛抱たまらんぞぉッ」
ヒーローは拳を握り、顎を引き締め、腰を落として懇願した。
男らしさでは覆い隠せないほどの肉欲が、スーツの奥からにじみ出ていた。膝がガクガクと震え、腰が沈んだ。ついに汗のシミが、スーツにじっとりと浮かび始めた。少年に揉まれる股間からも、恥ずかしい染みができていた。
「くっ、はぁー……! ヒーローは、我慢が得意だ、君の頼みならば、どんなことでも耐えられるッ、だが、あーッ、だが、気持よくしてくれたならば、もっともっと、君のためだけのヒーローとして、私は、ブルーマッチョは、良いマッチョになれる、なれるんだがなあッ!」
「そっか。まあ、お店の外ならいいよ」
「ほ、本当かい、そうか、それならば、話は簡単だな!」
ヒーローはそう聞くなり、膝を折り曲げて跳躍した。
ショーケースと天井の隙間をくぐり抜け、どすんと重たい体を肉屋の外に向けた。
傾いた日差しが汗だくの体が照らした。ガチガチの肉棒が上下した。
「おぉお!」
商店街を夕焼けに向かって、ヒーローは腰を強くつきだした。少年に鍛え上げた尻を向ける。締め付けられる極薄のスーツに、風が通り抜けた。
「おっ……! おぉッ! イク……ブルーマッチョ、射精ッ、ヒーロー射精ぃッ……!!」
人通りがまだある商店街の中央で、ヒーローはびくびくと股間から精子を吹き上げた。
ヒーローは痙攣を繰り返しながら、何度も何度もブルーマッチョ、ブルーマッチョと、新しい自分の名前を呟いた。
「気持ちよかった_?」
「あああ、ブルーマッチョになって初めての射精だな、記念すべき初射精に付き合ってくれてありがとう」
「うん」
ヒーローは腰に手を当て堂々と少年に語っていた。青いスーツにあちこち汗と精子のシミが残っていたが、そんなものは男の証であるのだから、隠すどころは誇るべきだと思った。少し痒くなってゴシゴシと乱雑に拭ってみたが、薄くなって広がってしまった。
「さて、今日は一人分の買いものも終わったし、ブルーマッチョは家に帰るとしよう」
「帰ったら一人なの?」
「ああ、そうなるな」
「それはさみしいね」
「そうだな、しかし今日は君とたのしく話せたから、ヒーローは辛くないぞ」
「あーあぁ、ヒーローがうちのお店で本当に働いてくれればいいのになあ」
「ハッハッハ!」
冗談だと思って笑い飛ばしたが、ヒーローは心のどこかで本気にしていた。ヒーローとしての仕事はまあある程度セーブすれば、少年と長い時間一緒に入られるではないか。正義を守るヒーローは何人かいるが、少年と愛し合えるのはこのブルーマッチョだけなのだから。
「うーんそれもなんだか悪くないかもしれないなあ」
「よかった、嬉しいよ、ブルーマッチョ」
「ああ、私もさ」
少年がうれしいならば、この私もうれしい。
あたりまえの常識だった。
ヒーローは汗まみれの顔面でニッコリと笑った。少年が写真を撮った。
またひとつ、私は逞しくなれたのだ。