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『ようこそお越しくださいましたマリーツィア様。魔法の研究は順調でございますか?』 「まずまず……ってところかしら。このままいけば6人目になる日も遠くはなさそうよ」 『道行きが順調のようで、担当者としては誇らしく思いますが……しかしマリーツィア様。野望が過ぎては自分自身をも焦がしてしまうかもしれませんよ』 「忠告はありがたく頂戴するわ。その通りにするかは別としてね」 洞窟での一件から数日。マリーツィアは中央ギルドへとやって来ていた。 そこで彼女をメインに担当する顔見知りの受付と会い、一つ二つ軽口を交わす。 「しかし自分で言ってて疑問に思ったのだけど……今いる5人の中に前線を退いた人も含まれているのはなぜかしら?普通に考えれば除外されていそうなものだけど」 『それは仕方ありません。あの方たちは単独で国家間の戦力バランスをも崩しかねない超人……人数こそ5人と少数ですが、それだけで数千の冒険者を擁する我々中央ギルドより大きな戦力と言って過言ではありません。あの方たちが万一にも全員離脱などすればギルドの戦力は6~7割減少するでしょう』 『ギルド所属のうちは手を出すことはありませんが、諸国家にとっても最強の冒険者は喉から手が出るほど欲しい戦力です。万一にも引き抜かれてしまえばそれは一大事……ですのであくまでも前線を退いたというだけで所属はしていて頂かないと、ギルドそのものが揺らぎかねないのですよ』 「……ギルドの方も、それなりに世知辛いのね。まあ見ていなさい、私が近くその位置に就くでしょうから」 『それでマリーツィア様、本日はどのようなご用命で?』 「まあ大体わかってるとは思うけれど……いい具合の実験台がいないかと思って」 『そうかと思ってお調べしておりますが……丁度いい討伐依頼は今のとこr』 《総員 整れェつ!!!》 マリーツィアとの雑談に興じてばかりもいられない担当官が適度なタイミングで切り上げ、本題へと入ろうとした瞬間、待合室にきりりとした女性の声が響き渡る。 《今日の目的地はマランカズ大森林!!!目標はキラービーの巣を殲滅することである!!!》 《此度の任務に於いて、お嬢様の魔法は必要不可欠である!!!故に我らエルウィース家お嬢様親衛隊は命に代えても御身を守護!!自らが毒に倒れようとも断じてお嬢様の肌に傷をつけてはならない!!!》 《それでは総員!!!ギルド受付の方にご挨拶!!!!》 《《《《《よろしくお願いしまァす!!!!!!!!!!!!!!》》》》》 《依頼表を受け取り次第、出立ァつ!!!!!》 《《《《《ガン・ホー!!ガン・ホー!!ガン・ホー!!》》》》》 《皆様たいへんお騒がせしました!!!失礼致します!!!!!》 「……………………なに、今の」 嵐のように現れ、嵐のように去っていった大人数の冒険者集団。その去り際を冷たく見つめながら、マリーツィアが担当の受付に問う。 あまりにも当然のその質問に対し、担当官はいたって丁寧に解説をしてくれた。 『あの方たちは近頃よくギルドをご利用なさっている方々でして、この辺りで小規模ながら領地を持っている貴族の方たちなのだそうです』 「……ははあ。お覚えめでたい方たちが、文武どちらも優れた我が家、を演じたくて危険な火遊びに挑んでいると。大層な護衛付きで」 『表現の仕方はともかくとしまして、少なからずそのような目的はあるのでしょうね。とはいえあの集団の要であるお嬢様……アミーリア様は若年ながら優れた魔法の才をお持ちのようで、あの大集団はそのお嬢様が魔法を放つまで前線を守護する肉壁に等しいもののようです。なので大勢で露払いをして戦果をお嬢様に、といったわけではないようですよ』 「……へえ?参考までに聞くけれど、そのアミーリアお嬢様って?」 『ご実家の方で長く魔法についての勉学を重ね、養成学校魔法科においては飛び級に次ぐ飛び級。わずか1年足らずでご卒業なされた才媛とのことです』 「……へえ、それはなかなか……」 『今回の依頼についても、Cクラス相当の依頼でありながらあの集団のほとんどはEからD級冒険者……彼女らが依頼を受けることができたのはお嬢様の実力があってこそのようです。気立ても器量もよく、親衛隊のほとんどは彼女自身の人柄に惚れているとか』 「なるほどね。よくわかったわ」 『ご出発なさいますか?依頼はなにもございませんが』 「構わないわ。冒険者は冒険してこそ……依頼を受けるだけの何でも屋じゃないもの。それじゃあね、良い情報をありがと」 『野望の成就をお祈り致しております。マリーツィア様』 自分なりの冒険者哲学を口にしつつ、待合から出ていくマリーツィア。その胸の内に秘めたる野望を、ほの暗く燃やしながら。 マリーツィアの野望。それは世界屈指の超人たるA級冒険者になること。 そしてもうひとつが…… 「……そそられた。そそられたわ!愛しのアミーリアちゃん!!!」 「顔は有象無象が邪魔でよく見えなかったけど!!!あんだけ大勢に慕われるお嬢様!!!きっと愛くるしい顔立ちのルォルルルィイイイイイタァ!!!!!」 「魔法の天才でー?名家のお嬢様でー?親衛隊できるほどカワイイカンペキお嬢様のー?ちょっとイイとこ見てみたいィィ!!!!!!」 「ン待っていなさぁいミスプリティガール!!!!このA級入り目前の魔導士幻惑のマリーツィアが!!!!名家の誇りを黄金の恥ずかしメモリーで塗り潰してあげるわ!!!!!」 街を出ていくお嬢様親衛隊の後をこっそり追いかけながら、欲望を雄叫ぶマリーツィア。 森林に向かう道すがら欲望モードのスイッチを入れた彼女の内なる野望。それは自身の持つ変態性癖を満たすこと。 悪辣極まる魔女の目が、清純なる良家の令嬢を捉えた。 マリアンヌ・ツィー・アウストリア(マリーツィア) 二つ名 幻惑のマリーツィア 習得魔法 視覚改変 聴覚改変 嗅覚改変 触覚改変 四大属性魔法全般 所持品 あきびん×10 携帯糧食バー・家畜の臓物味×20 ティファニーのオシッコ×2 ひみつ道具一式 今回もいい具合の獲物を見つけることができたB級冒険者。 出立前に欲望を叫ぶのが彼女のルーティンであり、これをすることによって彼女の中のスケベモードが入り、彼女の意中の子たちを良いように弄ぶための演技力などが増強される。 普段の喋りは若干トゲのある彼女が、可愛い女の子の前では頼れる年上のおねえさんとなるのはこれが理由。 彼女の中にあるトゲをうまく覆い隠し、獲物を誘い込み仕留めるためのスイッチ。これが欲望のおたけびなのである。 なお今回は前回と比べてかなり大荷物。それというのも前回は彼女にとってもはじめてとなる経験であったせいか、見えないところで準備不足があったため。 実は前回のガールハントにおいて、彼女自身も若干「危ない」ことがあったのだ。当然ではあるが、対象を追い込むために時間をかければ彼女自身にもその影響はどうしても現れてしまう。 前回は視覚聴覚改変を使い、さらには出してすぐ炎熱魔法を使うことでなんとかしていた。しかし毎回これをやるのは面倒なので今回は自分が使う用のあきびんを大量に持ってきている。 ついでにお腹が空いたときのため、さるA級冒険者が開発した戦闘用携帯糧食バーも今回は持ち込んでいる。 これの味はフルーツや乳製品など様々あるが、彼女が好んで食べるのはその中でも一番のゲテモノ。 栄養価は抜群であるが触感はパサパサとしているこの戦闘糧食バー。彼女が好む家畜の臓物味は、いわゆるところのモツ煮に近い味とされているが…… パサパサの触感にモツの生臭さなどなどが融合した結果生み出されるそのお味のほどは、100人が食べればそのうち90人は戻すと言われ、残り9人は涙目で飲み込み、選ばれた1人だけが食べる資格を有するともっぱらの噂。 大事なのは栄養の迅速な補給であり、生命維持という目的の前では味など些細な事。とは開発者の弁である。 選ばれし味覚を誇る27歳。 _______________ 【マランカズ大森林】 「ふむ……この森にも久しぶりに来たわねえ。私がまだC級だった頃と言ったら、4~5年前くらいだったかしら?植物系魔物なんか、今戦ったら普通に炎魔法で瞬殺だけど……当時は苦労したわねえ」 「魔導士は魔法使うまで時間かかるから、前衛不在のうえカサカサ動き回る虫だのなんだのの相手はまあ面倒くさいったらありゃしない……その点、お嬢様はいいわよねえ。前衛には事欠かないんだもの」 「まあお嬢様も魔導士だっていうし、前衛がもしやられでもしたら悲惨だけど……さすがにこんなすぐやられるなんてことh」 《ぐわああああああああーーーーーーーー!!!!!!》 お嬢様率いる部隊を追い、気づかれないよう彼女たちからだいぶ遅れて森に入ったマリーツィア。 とはいえアミーリア親衛隊たちが森に入ってから20分程度であり、あの大部隊が壊滅か撤退かした後にでもお嬢様と接触するつもりでいた。 なにしろ普通に歩けば半日かかっても抜け出すことは叶わないと言われる広大な森林である。ここにあるキラービーの巣は一つではなく、そのうちのどれかと戦っているうちに疲弊しきった部隊が壊滅か撤退。残されたお嬢様を自分がじっくり……という想定でいたのだ。 だがそんな彼女の想定を裏切り、親衛隊が森林に入ってからわずか20分。あの猛々しい部隊のものと思われる絶叫がマリーツィアの耳に聞こえてきた。 まさか、いくらなんでも、と思いながら現地に駆け付けたマリーツィアを出迎えたのは飛び交う無数のキラービーと、倒れ伏す何十人もの大部隊…… そして倒れた親衛隊を治療する、美麗なる金髪の少女の姿だった。 心配そうな顔で健気にもひとりひとりを治療する心優しい少女。間違いなく彼女こそこの集団の要、アミーリアだった。 『みんな……!?待っていて、今治してあげるから……!キュアヒール!』 (へえ、これは……) 隠れて見守るマリーツィアの前でお嬢様が使った魔法、キュアヒール。 それは受けた人間の代謝を強化して排毒力を高めつつ、魔力を生命力として送り込むことで治癒力を高めて快復させる、毒と体力の双方を回復させる中位回復魔法の中でも難度の高い代物である。 さらにはそれを大集団に対して使うということは、彼女はこの難しい魔法を連続で使用することができるということ。受付の言った通り、お嬢様の持つ魔法の才覚は確かなものだと言える。 だが…… 《ぐ、ぐあああああああああーーーーーーーー!!!!!》 『み、みんなーーーーーーっっ!!!!』 「んフッ……!」 せっかく治した親衛隊は治った端からキラービーに囲まれて全滅。わずか1分も前線を維持すること叶わない清々しいほどの瞬殺ぶりに、マリーツィアは思わず吹き出してしまった。 芸術のようなやられぶりに内心で敬意を表しつつ、死人が出る前に助け舟を出してあげることにした。 「蜂の相手なんかするのは何年ぶりかしら……ヴェルフレアー!!」 橙色に輝く、鉄をも溶かす高温の炎をキラービーの群れにぶつけながらお嬢様の前に立つマリーツィア。 何が起きたのか理解できずにいるお嬢様をよそに、まずはこの混沌たる現場を収めるべく巣に狙いを定める。 大木の枝下、人ひとりを覆えそうなほどに巨大なハチの巣。そこにてのひらサイズの業火をぶつけ、宿り木ごと炎上させる。 あとは巣の危機に際し、本能的にそこへ飛び込んでいくキラービーをただ見ているだけでいい。飛んで火に入る毒虫の死にざまを。 『あ、あの……貴女は、いったい……?』 「通りすがりのB級冒険者よ。……それより、お仲間を治してあげた方がいいわ。放っておくと手遅れになってしまうから」 『あっ……は、はい!』 キラービーをにべもなく瞬殺し、念願のお嬢様との邂逅を果たすマリーツィア。 だがここで欲望を剥きだすわけにはいかない。まだ「いい人」を演じ、完全に毒牙にかけてからでなくては。 キラービーより遥かに強い猛毒が、清楚なるお嬢様に向こうとしていた。 アミーリア・エルウィース HP 142/210 MP 82/320 装備 みぎて 黒水晶のつえ ひだりて エルウィースバックラー ふく 高級シルクのローブ あし 精霊のブーツ したぎ しろのレース 魔法 中位属性魔法全般 ヒール キュアー キュアヒール ヒーリング ディフェンス ヘイスト 所持品 MPポーション×21 HPポーション×13 メイドお手製サンドイッチ入りバスケット×2 水ボトル×2 お茶セット一式 依頼開始わずか20分で大部隊壊滅の憂き目に遭ってしまったお嬢様。 2~30人はいた親衛隊はキラービーの大群を前に1分足らずで全滅。治療されても結果は同じだった。 前衛がやられている間に巣を燃やすなりしていれば勝てた可能性はあったのだが、優しい性格の彼女は自分と一緒に暮らしている人たちが倒れていくのを黙って見ていることができなかった。 結果として治療に時間を費やした挙句に再び部隊が全滅、という最悪の事態を招くことになってしまったが、そもそも親衛隊がついて来ず彼女だけならもっと簡単に勝てたのは言うまでもない。 キラービーに気付かれる前に、あるいは気づかれても攻撃される前に巣を強襲していればあとは自分の治療をするだけで済んだのだから。 だが現実は親衛隊がぞろぞろと付き従ったことでキラービーに気付かれ、肉壁も全うできず瞬殺。盛大にお嬢様の脚を引っ張るだけに終わってしまったのは悲惨としか言いようがない。 本来は中位クラス魔法、すなわち今回マリーツィアが使ったものと同等の攻撃魔法を使うことができるものの、実際の戦闘ではそれを使う前に前衛が壊滅して回復を余儀なくされたため使う暇がなかった。 本当は割と強いのに実力を発揮しきれなかった14歳。 _______________ 『_____ええ。ええ、そうです。これより先は……そうです。ここから先はわたくしに任せて、あなた達は仲間を連れて……』 『……大丈夫。大丈夫ですよ。エルウィース家の息女として……一度受けた依頼を投げ出すようなことは致しませんから。……必ず、果たして帰ります』 『だから待っていて。私が……勝利の報せを持って帰るのを』 「……親衛隊の人たちはこれで全部?どこかに隠れていたりはしないかしら」 『いえ、今帰したので全員……のはずです。通りすがりの魔導士様……ご協力に感謝いたしますわ』 「ああ、そういえば名乗っていなかったわね……私はマリーツィアよ。よろしくね」 それからしばらく。親衛隊を回復させたアミーリアは、なんとしても付いていこうとする親衛隊をなんとか説得して街へと送り返していた。 なにしろ先のやられぶりである。これから先の戦いで彼女らがいたところで、足手まといにしかならないのは誰の目にも明らかだ。 下手をすれば親衛隊がいるせいでお嬢様に危害が及ぶようなことにもなりかねない。それを察した親衛隊は、無力を噛み締めつつも去っていった。 本来ならいるべきでないダンジョンに、いるべきでないレベルの者がいる。それが意味するものを、ようやくお嬢様も含めた全員が理解したのである。 『マリーツィア様……あの、お間違いでなければあなたはあの……幻惑と称されるお方でしょうか?』 「そうね。そんな名前で呼ばれることもあるわ。……ところでせっかく振舞っていただいて言うのもどうかと思うのだけど……なぜダンジョンの中で私はシートを敷いてお茶をいただいているのかしら?」 『二つ名をお持ちの方でしたのね……道理でお強いはずです』 『それとこのお茶会ですが……これはその、お父様が親衛隊に持たせたものでして……なんでも、旅先で休憩がしたくなった時に使うべきと』 「あなたのお父様、ダンジョン攻略をピクニックか何かと勘違いしていらっしゃる?」 『しかし、このお茶が緊張を和らげてくれるのもまた事実なので……おかわり、いかがですか?』 「ありがと。まあ……外野が言うことではないのかもしれないけれど、あなた達は逆にもっと緊張感を持った方がいいのかもしれないわ。特にあの親衛隊たちね」 『……そうですね。もっと、励んでまいります……』 親衛隊を返した後、マリーツィアと件のお嬢様は一緒にお茶を嗜んでいた。 曰く休憩用の道具らしいそれは旅先に持ち込むとは思えない精美で高級な調度品であり、どう見てもかさばる代物でありながら捨てることのできない厄介な逸品だった。 どう見ても依頼の遂行を舐めているとしか言いようのない有様だが、そこには数の有利を過信しすぎていた一面があるのは間違いない。 いくら適正でないとはいえ、C級の引率があってあの人数ならばやれないことはないだろう。そんな認識が当のアミーリア自身にもあっただろうから。 その肝心のアミーリアに、肉壁を肉壁として使うだけの冷徹さがあったならあるいはなんとかできたのかもしれないが、むしろそれがないからこそのあの大所帯なのだろう。 「まあ、それはそれとして……あなたはこれからどうするの?帰るつもりはないのでしょう?」 『はい。エルウィースの名を広め、領民をより安全で豊かにするため……わたくしに撤退はあり得ないのです』 「心意気は立派だけれど……冒険者の鉄則は知っているでしょう?危ない時には退け……旅先でもし倒れたりして、貴重な装備をもし魔物に持ち去られたりしたら、その時はあなたが死ぬだけでは済まない損失を色んな人に与えることになってしまうわ」 『……存じています。コボルトを始め、人間の武器を使う魔物もおりますから……』 「その通り。だからもしあなたに逃げられない事情があるのなら……逃げなくてもいいようにするしかないわね」 『それは……?』 「つまり、負けなければいいっていうことよ。絶対に勝てる段取りを組むの。どんな敵が来ようと負けない圧倒的な力を自分のものにすれば、逃げなくたっていいもの」 「さあてここに、Cクラス魔物なんか目じゃないくらい強い二つ名持ちのB級冒険者が暇してるわ。これを仲間にできたらこんな依頼も楽勝よねー」 『え?あ、あの……マリーツィア様……?』 「暇で暇で仕方ないB級冒険者は報酬さえあれば手伝ってもいいって思ってるわぁー……誰か雇ってくれないかしらー?」 『ほ、報酬……でしたらその、帰還した後dむぐっ!?』 「ああ、なんだか喉も乾いちゃった……どこかの親切な人がお茶でも振舞ってくれないかしらぁ……?」 『あ……』 『……ふふっ、でしたらたんと振舞って差し上げますわ。他ではなかなか手に入れることのできない、我がエルウィース家御用達の逸品です。……これで、頼まれていただけますか?』 「なんなりとお申し付けください、お嬢様……なんて、わざとらしかったわね」 「退屈だから手伝ってあげるわ、かわいらしいお嬢様?」 『お心遣いに感謝いたします。ご親切な魔導士さま?』 ほほえみとお茶を交わし、しばしの談笑に耽る2人。短い時間ですっかり打ち解けた様子のお嬢様は、すっかりマリーツィアのことを信用したようだ。 彼女にしてみれば自分と親衛隊の危機を颯爽と救い、さらには少ない報酬で依頼の手伝いまでしてくれる親切な有名魔導士という、この上もなく頼れる存在であるのは確かに事実。身のこなしに自身がある方ではない彼女にとって、一人でダンジョンを攻略するのは不安が残る。 それを解決し得る存在との出会いを大切にしたいのは無理からぬことである。 だが彼女は知らない。いまここで優しく微笑んでいる女性がどのような目的で接触しているのか。その内に秘めたる野望を。 マリアンヌ・ツィー・アウストリア(マリーツィア) 二つ名 幻惑のマリーツィア  習得魔法 視覚改変 聴覚改変 嗅覚改変 触覚改変 四大属性魔法全般 所持品 あきびん×10 携帯糧食バー・家畜の臓物味×20 ティファニーのオシッコ×2 ひみつ道具一式 ごり押しと念入りな仕込みによってうまく人の心に取り入り、見事お嬢様と同行する権利を勝ち得たB級冒険者。 隣で同行するのを拒まれたらそれはそれでこっそり尾けていくつもりではいたのだが、警戒されているのといないのとでは難度が雲泥の差。お嬢様の信頼を勝ち得るに越したことはない。 それにマリーツィアにとっても、お嬢様が仮にキラービーや他の魔物に取り囲まれて死んでしまったりするのは望ましくない。なのでほどほどに護衛できる位置にいた方が安心ではある。 なお、彼女は優れた魔導士ではあるがその才能は基本的に攻撃一辺倒。そのため回復と攻撃の両方を使いこなす賢者タイプのお嬢様とは同じ魔導士の中でも微妙に違う系統に位置する。 その代わり攻撃力は高く、特級魔法のような例外レベルのものを除けば最高位の魔法を行使できる。次にA級になるとすれば彼女、と言われるくらいには強い。 どのくらいの火力かと言うと、まともに踏破すると半日かかるぐらいに広いこの森林でもその気になれば全焼させられるほど。 もちろん延焼も考慮に入れてのことではあるが、手段を選ばなければキラービーの全滅などは彼女にとって造作もない。ただしそれをやったが最後、ダンジョン破壊の咎で即刻お縄だが。 野望に向かって邁進する27歳 _______________ 「ところで今回の依頼だけれど、この森中にあるハチの巣を殲滅させる依頼なの?それだとなかなかに大変だけど」 『そうですね……さすがにそこまでではなかったかと思いますが、それでも……』 歩きながら依頼書を確認するマリーツィアとアミーリア。そこに記されていたターゲットの情報はというと、それはそれは広範囲だった。 広い森の中を、まるで賽の目のように端から端につけられている印。地図の四隅と中央という、見事なまでに全域をカバーする探索範囲である。 その辺りにキラービー異常発生の兆候が見られ、あると思しき巣を殲滅せよという依頼なのだろう。だがそれにしても、あの大所帯に担わせる依頼ではないように思える。 「……ねえ、あなたたち本当にこれをできるつもりでいたの?入り口で全滅するような戦力で」 『………………あの数なら、大丈夫かと思いまして……』 「烏合の衆とはこのことね……大人数ってのは確かに手は多いけれど、その分けが人だったり疲れるのが出たりで長時間行動するのには向いていないわよ」 『……手分けすれば大丈夫かと……思いまして……』 「それこそ死人が出かねないわね……逆に入り口で全滅してよかったわ」 『うぅ……申し訳ございません……』 「あなたが悪いんじゃないわ。そんな依頼を受けさせたギルドの方に落ち度があることだし、あの親衛隊にちゃんと実力があったら確かにあなたの言う通りにすぐ終わってたでしょうから」 「まあ、それはともかく……地図で言うと入り口はこの右下の辺りでしょうから、この右下はさっき倒した巣だと思っていいわね。となると次に向かうべきは……」 『順当に考えるなら、地図の下側もう一方……つまり左下の方にある巣に向かうべきですね』 「それが一番無駄が少ないものね。なら、それで行きましょうか」 依頼書を元に作戦を練る2人。その作戦とは至ってシンプルなもので、今いる場所から最も近い巣を撃滅し、順繰りに他の巣を壊していくというもの。 おおまかな場所は依頼書に記されているものの、そもそもが広大な森林である。端から端まで歩けば半日かかる森を、巣を探しながら踏破するのはなかなか大がかりな旅となる。 なるべく効率よく行動するというのは、冒険者として極めて当然のことであった。 かくして二つ目の巣を破壊するため歩き始めたマリーツィア達。その道中、マリーツィアとアミーリアはちょっとした雑談に勤しんでいた。 「ところで貴女、ある程度魔法は使えるのよね?回復はともかくとして、攻撃はどのくらいできるの?」 『ええと……四大属性魔法なら中級レベルまで、ひととおりの属性は修めております』 「中級レベルの炎魔法が使えるのね。それならなんとかなるかしら」 『キラービーの甲殻は鉄より堅く、熱を通しにくいと聞きます。しかしその断熱性を上回るだけの火力であれば、殻の内側にある身体を焼き尽くすことが可能と……』 「そうね。だから中級魔法程度の火力……高温の炎を出せるのでもないと、魔法では歯が立たないのよ。まあ物理でもそうそう倒せるものではないけれどね」 『鉄をも溶かす橙色の炎……特殊な空気を燃料として燃える炎が、キラービー攻略には不可欠と聞き及びますね。その意味で……ご協力くださったこと、とても心強く思いますわ』 「どちらかというと魔導士向きの相手だものね、キラービーは。まあ前衛がいないと魔法撃つ前にやられてしまう可能性は高いけど……」 『2人いれば、どちらかが倒されてもどちらかが巣を撃滅することができますから』 「あら、私が囮になるってことかしら?」 『ご心配なく。わたくしは毒も外傷も治癒できますから』 「おっとりに見えて、意外と話せるのね。そういうの嫌いじゃないわよ」 キラービーの生態や弱点といった戦術的な話に始まり、道端で見かけた花についての蘊蓄、果てはこれまで受けてきた依頼に纏わるちょっとした自慢話など、雑談に花を咲かせる2人。 そうして歩くこと1時間と少々、辺りから虫の羽音が聴こえてきた。 「ぶんぶんぶん……蜂の飛ぶ音が聞こえてきたわね」 『そうですね……巣が近いのでしょうか』 「とりあえず、いつでも魔法を撃てるように準備しておいた方がいいわ。この蜂たちが向かう先に、恐らく巣があるわよ」 ぶんぶんと辺りを飛び回る蜂。その向かう先に恐らく巣があるのだろうと思い、向かっていく2人。 木々をかき分け、やってきた少し開けた場所。そこには目的の物と……そしてその周辺で倒れる冒険者の姿があった。 まったく想定に入れていなかった、倒れ伏す先客の姿。まだ息はあるらしくもがく彼らを、放置してはいられない。 「ちっ……!なんだってこんなところに!」 『……マリーツィア様!こちらはわたくしが!巣の方をどうか!』 「まあ、そうなるわよね!!」 巣の近くで倒れる、恐らく修行でここを訪れたのだろう冒険者たち数人。彼らがいる限り、迂闊に巣を攻撃することはできない。巻き添えを出してしまうからだ。 ずるずると倒れた冒険者たちをひきずり、戦場から引き離すアミーリア。それと同時に回復魔法をかけ、ひとまずの応急処置を済ませる。 その邪魔をさせないよう、マリーツィアがその前でキラービーの苦手とする高温の炎を振りかざして簡易的な壁を形成する。 救助が終わるまで攻撃はできず、ただ向かってくる羽虫を振り払うだけの窮屈な戦い。マリーツィアのフラストレーションはどんどんと溜まっていく。 一方アミーリアの救助はなかなか迅速で、腕力が乏しいことによる避難の遅さを除けばその後の回復処置は手慣れたもの。既に残るはあと一人となっていた。 戦闘開始から10分少々、ついに最後の被害者を助け終えると、待ちかねたようにマリーツィアが最大魔法を叩きつけた。 鉄をも溶かす中位魔法をさらに凌駕する、太陽熱の顕現。核融合のもたらす超高温が、キラービーの巣を灰も残さず焼滅させた。 『す……ごい……!』 「ふうーーー……!すっきりしたわあーーーー……!」 『さ、さすがです……マリーツィア様。A級に次ぐ強さの……次席の筆頭とも言われるのはやはりその通りでしたのね……』 「あら、珍しい呼び名を知ってるのね。次期A級と目されるB級冒険者の俗称……だけど、本人としては何とも言えない呼び名なのよねえ」 『それは……?』 「知ってるでしょう?次席と呼ばれる冒険者から、本当にA級になった者はいない……A級とはなるべくしてなっているもの。故に次席とは、A級のなりそこないとも言えるのよ」 『あ……も、申し訳ございません、そのようなつもりは……!』 「大丈夫よ、わかってるから。それに燃えるじゃない?そんな隔絶した存在に、なりそこないが成り上がる……その第一号になるだなんて」 「ところであっちはほっといていいの?応急処置はしたとはいえ、多分放っておくとヤバいわよ」 『…………あ』 マリーツィアに促され、慌てて治療を開始するアミーリア。その後ろでひとり、ぐっと握りこぶしを作る。 いつか必ずと胸に固く決意を抱いて、B級冒険者は密かなる野望を燃やすのだ。 そんなマリーツィアをよそに、冒険者の治療を始めたアミーリアはその傷の深さに苦戦していた。 キラービーの最も恐るべきは当然その毒針だが、しかしもうひとつ厄介な攻撃を有していた。 蜂でありながら人の肉を好んで食らう習性があるこの魔物は、小さな身体には不釣り合いなほど強力なアゴの力を持っているのである。 その力のほどは、装備を着けていない部位であれば容易くかじり取れてしまうほど。そんな力を持つ羽虫が毒針を携えて無数に集ってくるのだ。 スライムやコボルトなどとは比較にならない、Cクラス危険度に分類されるのはこれが理由である。 さてそんな殺人蜂に集られた被害者たちのやられ方。それは当然毒針による被害と、肉をかじり取られたダメージとが混在しているのだ。 毒を癒そうにも、排毒は基本的に本人の免疫に依るところが大きい。その生命力を齧られたことによる失血で蝕まれては仕方がないし、先に傷を癒そうにもそのためにはやはり本人の治癒力が不可欠だ。本人の生命力を蝕む毒が消えないことには治療も捗らない。 必然、アミーリアはその魔力の大半を生命力として分け与え、その上で解毒魔法を使わなくてはならない。一人を治療するのに、おおよそ二回はMPの補充を要する大作業となってしまった。 それを四回、四人分も繰り返したアミーリアはそれまでに20本近いポーションを消費してしまうことになるのであった。 アミーリア・エルウィース HP 142/210 MP 300/320 装備 みぎて 黒水晶のつえ ひだりて エルウィースバックラー ふく 高級シルクのローブ あし 精霊のブーツ したぎ しろのレース 魔法 中位属性魔法全般 ヒール キュアー キュアヒール ヒーリング ディフェンス ヘイスト 所持品 MPポーション×15 HPポーション×13 水ボトル×2 お茶セット一式 二個目の巣にて、思いもよらぬ人助けをする羽目になったC級冒険者。 毒も外傷も治療できる彼女を以てして、瀕死レベルのそれを治すのには一方ならぬ努力が必要だった。 その結果彼女自身が持っていたポーションは殆ど使い果たしてしまったが、代わりに助けた冒険者たちの持っていたポーションをお礼としていただくことになった。そのため結果としてはあまり減っていない。 なお、先ほど助けた冒険者たちは依頼とは別に単なる修行としてこの森を訪れていたらしいのだが、道に迷った挙句疲れた身体でキラービーの巣に遭遇。 物理職だけのパーティにとってキラービーはかなり相性が悪く、そのうえ疲れた身体である。 万全ならなんとかなったかもしれない相手でも、コンディションが悪ければ悲惨な結果になってしまうのだ。 しかし基本は脳筋パーティなせいか、傷と体力が癒えるなりガハハと高笑いしながら歩いて帰ったのはさすがの体力。 そんなのを満たすほど生命力を注がされた彼女の消耗はなかなかのもので、ポーションをがぶ飲みした上で休憩を要するほど疲れ果ててしまった。 まだ二個目なのにへとへとの14歳 ___________________ 【キラービーの巣 三個目道中】 『お手間を取らせてしまい申し訳ありません……もう大丈夫です。参りましょう』 二個目の巣を壊した後、2人は小休止を取っていた。 先ほどキラービーの被害に遭っていた他の冒険者たちを助けるのに要した多大なMPと体力の消耗。それを取り戻すためにアミーリアはお茶会用のシートを敷き、休憩を取っていたのだ。 そうして休むこと数十分。ある程度は体力も戻って来たのか、ぐったりしていた彼女も今はしっかりと大地を踏みしめている。 2人が森に入ってから4時間近くが経過して、ようやく三個目の巣を破壊するために動き出したのだった。 (さて……私たちが森に入ってから随分経つし、その間に飲んだポーションも20本以上……というか親衛隊壊滅時点でもだいぶ飲んでたはずだから、そろそろ……というかとっくに来ててもおかしくないはずなんだけど) そんな折、マリーツィアはふと思った。 このクエストが始まってからアミーリアの摂取した水分量は相当なもので、まず森に入ってすぐ壊滅した親衛隊を二回治療するのに飲んだポーション、次にマリーツィアとの茶会で飲んだお茶、そしてさっき。 親衛隊の治療で飲んだのがどのくらいか正確には把握できていないが、少なくとも親衛隊を追い返すときの治療分では15本程度飲んでいた。さらにそこへ紅茶とさっきの治療で飲んだ20本が加わる。 初級ポーション一本ごとの容量は女性や子どもの1口分程度と少ないが、それでも塵も積もれば相当なもの。延べにして40本近くも飲んでいれば、そのお腹はとっくにたぷたぷのはずだ。 特にポーションは迅速に体内に吸収されなければならない性質上、分解吸収はかなり早い。当然ながら利尿作用も相当に強いものなのだ。 『さて、次の巣は……ちょうど森の真ん中辺りにあるようですね。距離もきっとかなりあるでしょうし、あまりのんびりとしてはいられませんね……』 (んー……でもなんていうかこの子、ちょっと怖いくらいになんともなってないわね……普通ならとっくに漏らしててもおかしくないレベルなんだけど) (なんせ私もこの子がぐったりしてる間、こっそり済ませてきてるわけで……あまり飲んでない私ですらしたくなるのに、あれだけ飲んでて何ともないなんてことある?今回は私、まだ何もしてないわよ) (何かこう、貴族がメンツを保つために使う特殊な魔法があるとか……?例えばおしっこだけを違う場所に転送するとか) 『…………?あの、マリーツィア様……?』 (……あり得ない話じゃないわ。遺物の中には違う空間同士をくっつけることのできるものもあるというし、お金持ちならいざという時のエチケットとして持たされていても何もおかしくは……) (だとしたら今回私、ただの骨折り損ってことに……) 横で歩くアミーリアの顔をじっと見ながら思案に耽るマリーツィア。もしも彼女の思う通り、空間転移を可能とする類の遺物を持っていたとしたら完全に骨折り損となってしまうのだ。 世界各地の遺跡に納められている、魔法や科学の力で動く摩訶不思議な代物、遺物。公にされてこそいないが、さるA級冒険者はそれを自分の力として用いることもしていると聞く。 違う空間から物を取り出したり、逆にそこへ不要なものを捨てることも可能な便利な代物。本来ならギルドが回収して博物館や研究所に送るようなものでも、それが何かの拍子に人の手に渡ることがないとは言えないだろう。 もしそれをアミーリアの家が買い落し、いざという時のエチケットとして彼女に持たせていたなら。 膀胱内にその空間を繋げ、どれだけポーションを飲んでも問題が無いようにしていたのなら。 そのような考えがぐるぐると頭を巡り、深い思案に囚われるマリーツィア。 そんな魔女の顔を怪訝にのぞき込む純粋な瞳に気付かず思案し続ける彼女の頬を、白い指がつんつんとつついた。 『どうかなさいましたか、マリーツィア様?なにやらぼ~っとしておいでのようでしたけど……』 「え?……あ、ああ、ごめんなさいね。こう……若い子の肌に見とれちゃってて」 『あら、お上手ですのね。でもマリーツィア様もお若いですし、お綺麗ですよ』 「ありがと、素直に受け取っておくわね」 頬を指でつつかれ、ようやく思考の渦から戻ってくることができたマリーツィア。 色々と不安なところはあるが、それでも乗りかかった船である。それに危険な任務に挑む少女を放ってもおけない。 本来の目的は達せられないかもしれないが、それでもこのまま一緒に旅をするのもいいだろう。ある種開き直って、魔女はお嬢様に付き従う。 その果てに何が待ち構えているか、知る由もなく。

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