Home Artists Posts Import Register

Content


 月に有用な資源はないと思われていたのも今は昔。

 技術の発展とは偉いもので、新たな方法で月に存在する資源を発見したのである。

 それは停滞しつつあった人類の歴史に爆発的な発展を起こし、中断されていた宇宙開発という夢が復活していったのだ。

 『人類史で最も恵まれた時代』という表現が胡蝶でなく当てはまる時代であり、人々は労働というものからさえも解放される幸福な生活を送っていた。

 数百年前に起こった少子化という問題はむしろ全ての人類に社会福祉を届かせることを可能とする要因となり、最低限の生活ならば労働を行わずとも生活することが可能となったのである。


 この時代は比較的、文化的な活動がしやすい時代と言えるだろう。

 AIなどを利用した、あらゆる娯楽作品や論文のアーカイブ化も進んでいるために過去に残された大量の文化にアクセスしやすいことも非常に優位に働いているのだ。


 ただ、だからといって全ての文化が保全されているとは言えなかった。

 新たなものによって古き常識は駆逐され、それに釣られるように古い文化もまた歴史の海へと沈み込んでいってしまう。

 人間が一生に触れられる作品が限られるために、それを重要視されず、文化として消えていくものも非常に多いのだ。

 その中の一つには、今から五百年以上も前に隆盛を誇っていたアニメや漫画などの『オタク文化』が含まれていた。

 様々な技術進歩と、流行り廃りの変化によってそのようなオタク文化は、ゆっくりと、しかし、着実に死に絶えてしまったのである。


「ど、どうぞ、その粗茶ですが……!」


 ただ、そんな文化でも文化としての輝きを放ってみせた以上は、どのような時代であってもその輝きに魅入られたからこそ掬い上げようとする人間が、どんなに少なくとも存在する。

 肝田優太。

 彼こそがまさにその一人であった。


 二十の折り返しを迎えたものの未だに女性との交際経験が一切ない、中肉中背で、少し癖のある軽い天然パーマと、彫りの浅い『平たい顔』をしている一般的な日本人男性である。

 今は姿形も見えない、五百年も前の文化である『オタク文化』に人生のすべてを注ぎ込んでいるためか友人も少ない。

 さらに、両親は幼い頃にとある事故ですでに他界しており、兄弟姉妹も居ないために施設で生まれ育った、天涯孤独の身だ。


 その背景を知った人からはその不幸な境遇から心を閉ざして奇妙なものに傾倒してしまったのだとしたり顔で分析をされてしまうかもしれないが――――実際のところは、偶然にもアーカイブの中で眠っていたその御百年前のオタク文化が彼の心を癒やしたのである。

 自分を救ってくれたオタク文化に熱中した肝田は、日本のとある地方大学で日本の『アニメ・漫画文化学』の研究を行うほどにまでなったのである。

 とある地方の国立大学を卒業した後に、アニメ・漫画文化学という名の『オタク文化』の研究を行っている肝田だが、これは国からの助成金で成り立っている零細研究であるために、日の目を浴びずに、趣味さながらに研究を続けている。


 生活費を完全に社会福祉に依存している肝田は、『世界連邦』が維持して無料で公開している文化アーカイブを利用して、かつてのオタク文化が生み出した作品を摂取することで研究を行っているため、よほどのことでなければ経費がかかることが少ない。

 このことからも分かる通り、肝田がいるこの時代の大学とは、五百年ほど前の大学の状況と比べれば、もはや『大学』という名前を使うことさえも躊躇われるほどに異なるからこそ成り立つ、娯楽や趣味として過ごす研究者の生活であった。


「急なご連絡だと言うのにこれほどの歓待、感謝いたします。よもや、高名な肝田先生とこう膝を突き合わせるようにお話をうかがえるなんて、とても光栄に思いますわ」

「い、いや、高名だなんて……! まだまだ駆け出しの身ですし……」


 そんな肝田は今、自身の研究室に訪れた一人の女性への対応に四苦八苦していた。

 別にその女性の振る舞いが非常識であったり、あるいは生理的な嫌悪感を抱くほどに不潔な人間であるというわけではない。

 むしろ、その逆だ。

 その女性は、あまりにも礼儀正しくこちらを目上の者として敬ってきて、男ならば誰もが見とれてしまうような美しい容姿をしている麗人なのである。

 しかも、その立ち振る舞いからしてかなりの教育を受けてきたと思われる上品な仕草をしており、木端研究者にしか過ぎない肝田にとっては雲の上の存在だと感じるほどの人物だった。

 そして、恐らくは今の世界で肝田が唯一と言えるだろうが、その女性の容姿と名前の関係で、肝田は余計に緊張してしまうのである。


(八雲紫さん……か。すごいな。金髪のきれいな髪も、美人過ぎる顔も、口調とかも、服装のちょっと道士服っぽい服装も……完全に、『東方Project』の八雲紫そのものじゃないか……!

 ほ、本人は知ってるのかな……? これって、コスプレ……? 僕の研究は目を通したって言ってるし、東方ぐらいの大きなジャンルだと、知っている可能性も……? で、でも、『八雲さんは東方のゆかりんにそっくりですね!』なんて、初対面で言えるわけないよな。ただの偶然だったらドン引きされるだろうし……!)


 八雲紫。

 そう名乗った客人の美女は、肝田の研究対象である二次元文化においては、東方Projectというご百年以上前のゲーム作品に登場する大人気キャラクターと名前も一緒ならば外見もそっくりそのままだったのだ。

 流れるような金色の髪は豊かにウェーブを描いており、ただでさえ小さな顔をより小さく見せる効果を得ている。

 その小さな顔の中には大きくパッチリと開いた瞳は男を誘うようなトパーズさながらの金色に輝いており、白磁のような肌には鼻が嫌味にも奇妙にも見えないほどに高く伸びていた。

 顔の中にある真っ赤な唇もまた、大きくはないが非常に強調されるぷっくらとした蠱惑的な、それこそ気を抜いてしまえばその唇を貪らんとする強姦魔になってしまいかねない魅力を携えている。

 そんな美貌だけでも国宝級の美女だというのに、その八雲紫氏の魅力は顔だけでは終わらない。

 日本人女性の平均より少し高いほどの身長に、日本人女性の平均よりも遥かに細い華奢な体躯。


 しかし――胸部と臀部という、男性と女性の体格で最もわかりやすい違いが現れるであろう箇所には、過剰なほどに媚肉が携えられていた。

 道士風の中華服は首元から手首と足首まできっちりと覆った、露出度など皆無な服であり、さらにはダボっとして体のラインを隠すような服なのだが、そんな服であってもの強調されてしまうほどの魅惑的なスタイルをしている。

 押さえつけられていてもなおその小顔より大きいのではないかと思うほどの爆乳に、ただ歩くという行為さえ阻害する邪魔な肉の塊だろうと下衆な考えが浮かんでしまうほどのデカ尻。

 それでいて、キュッとくびれた腰は男ならば抱きしめてその細さを感じたいと願うこと間違いなしのものである。

 今、肝田の前に現れて八雲紫を名乗るこの女性は、顔立ちも体つきも、どれか一つだけでも手に入れれば女性ならば涙を流して喜ぶであろうパーツの全てを搭載した絶世の美女なのだ。

 それこそ、やはり『二次元の中から飛び出してきたような』という、五百年以上前にはすでに使い古されていた表現がよく似合うほどである。


 そんな美貌を持つ八雲紫が髪型などを二次元キャラクターを思わせるファッションをしているのだから、八雲紫氏もまた肝田のように衰退してしまった二次元文化を愛する『同志』であり、そのために美貌を活かしてコスプレを楽しんでいるのかと考えてしまうのもおかしくはないだろう。


(よし、ひとまず……偶然にもそっくりな人でしたということで、とりあえず会話を進めよう。オタクだと判断できてから、ちょっと聞いてみる感じで!)


 ただ、コミュニケーション能力がそれほど高いわけでもない肝田としては、話術でそれがコスプレであるかどうかを上手く探るというようなことは出来なかった。

 なにせ、いくら五百年前は超メジャーなオタク作品のメジャーキャラクターであったとは言え、『アニ、メ……?』という人も多いほどに、オタク文化が死滅しているのが今の世界なのだ。

 この八雲紫氏はひょんなことからオタク文化に興味を抱いて、さらに行動力があふれる人物であるために研究者である肝田の元に訪れた、言うならば『オタク初心者』なだけかもしれない。

 そこで『ぶひひ! 紫氏は東方がお好きなのでござるか? いや~、奇遇奇遇! 拙者もあの作品ではゆかりんが大好きでしてな! スキマに挟まれて幻想郷に迷い込みたいでありますな~!』などとオタク文化全開のコミュニケーションを取れば、せっかく来た新たな可能性が閉ざされてしまうだろう。


「先生の著書は、初作の『ソーシャルゲームの盛衰に見るオタク文化』から全て読ませていただいています。今となっては先駆者も少ないこの分野で鋭い分析と、同ジャンルを憂うからこその厳しい叱責にとても感銘を受けまして。こうして実際に先生とお会いして……いい歳をしてお恥ずかしいのですが、子どものように胸を高鳴らせてしまっています。粗相あるかもしれませんが、どうぞお許しください」

「へ……そ、それ、自主出版ともまた違う、いわゆる同人誌程度のものなんですけど……!」

「素晴らしいものにとっては、そのようなこと些細なものではありませんか」


 その美女、八雲紫氏はなんと肝田が今から十年前、十代の後半の頃にフリーマーケットで出したコピー本もどこからか入手しているようだった。

 今から見れば独断と偏見も著しい、それこそ切腹したくなるほどの駄作なのだから、それを読まれていると思うと顔から火が出そうなほどに恥ずかしい。

 肝田は決めた。

 さすがに今日はある程度のお話をして、日を改めてもらおう。

 このメンタルでまともな話が出来るとは到底思えないのだから。

 そう思って、なんとか笑みを浮かべて、この美しい女性と向き合うのだった。



 そのはずだったのに―――。



「――――そもそもですね、僕はこの大学側から認定された『アニメ・漫画文化研究』という名前さえも間違っているんですよ! アニメや漫画に興味がないというわけではなく、そもそもとしてあの時代に輝いていたものにはライトノベルやゲーム、もっと言えば、人形劇など、多岐に渡ったジャンルを含んでいるものを、僕は『オタク文化』と呼んでいるのですから!」



――――気づけば熱弁を振るっている肝田が居るのだった。


 しかし、これは八雲紫氏の巧みな話術が引き起こした出来事と言えるだろう。

 それこそ、東方の原作で『賢者』とも呼ばれているキャラクターの方の八雲紫のように、優れた知性を感じさせる相槌や言葉で肝田の自尊心をくすぐり、気をよくさせて口を軽くさせるというテクニックをこの女性は持っていたのだ。


「特に、21世紀前半に見せたソーシャルゲームはゲームとしてプレイすることが非常に難しくなっていましてね。漫画やアニメに買い切りのゲームなどはアーカイブ化が可能なのですが、携帯端末のソーシャルゲームやインターネットを通じたMMOゲームなどは、どうも保管した時代の価値観から軽んじられていたのです。

 となると、今更ソシャゲをするためだけという理由で五百年以上も前の携帯端末を掘り出すことも出来ませんし、そんな場末となってしまったソシャゲのために専用のゲーム機を開発するものもいませんでした。

 なので……作ったのですよ、僕が! えへへ、これなら覇権作品とも呼ばれていた『Fate/Grand Order』も『グランブルーファンタジー』に『アイドルマスター シャイニーカラーズ』や『ブルーアーカイブ』、『アズールレーン』だって、この特殊な携帯ゲーム機でプレイできるんです!

 ……まあ、ソーシャル要素はAIに任せた疑似的な楽しみ方しかできませんが……そ、それでもこれは二次元文化の保全に大きな力となるはずなのです!」

「まあ……! さすがは先生なのですね」


 覇権という言葉には同年代の作品を蔑むような色合いが出てきてしまうために、当時のSNSではもちろん、今の時代でも避けられるものなのだが、当時のオタクの魂を大量に受け継いでいる肝田はそんなことも構わずに熱のこもった言葉でとある小型端末機器を取り出していく。

 優太自身が若い研究者ということもあるのか、その言葉は非常に自分本意な言葉だった。

 また、新たに取り出したその機械は、科学が進歩した今の時代ならば小学生でも作れそうなちゃちなものである。

 だが逆説的に、小学生でも作れるものでも作られないほどには、この時代のオタク文化は歴史の海に飲み込まれていってしまったものなのである。


「よ、よろしければ八雲さんにもプレゼントさせてもらいます! 布教用に複数台は作成していますので!」

「よろしいのですか? それならば、私と同じく先生を敬愛する『同志』にも配りたいので、いくつかお貸しいただけたらと思うのですが……ああ、浅ましい発言で申し訳ありません」

「ええ、ええ! もちろんです! どうぞ持っていってください! ああ、自宅に行けばもう少しあるのですが、研究室にあるものではこれだけしかなくて……!」


 八雲紫氏の発言を聞いて、肝田は少年のように顔を輝かせながら研究室にある全ての自作ゲーム機をプレゼントをしていく。

 最初はあまりの美貌にドキマギと、どうしても性欲に基づく欲望を八雲紫氏に抱いていた肝田だが、彼女へとオタク文化への愛を語っていくうちにそんな邪な気持ちも吹き飛んでしまった。

 それほどまでに、五百年前に隆盛を誇っていたオタク文化へと向ける肝田の愛は大きなものなのである。


 その情熱を感じ取った八雲紫氏は、その東方Projectの八雲紫にそっくりな容姿の中で唯一ゲームキャラクターと異なる部位である、頭ほどの大きさもありそうな爆乳にぎゅっと両手を添えて、目を潤ませていた。

 そう、この八雲紫氏にはとある秘密があり、言い方は悪いが、肝田優太というもはや死滅したと言っても過言ではないオタク文化を救おうとする人物を試しに来ていたのだ。

 そして、その言うならば『面接』は文句なしの合格をしたのである。

 八雲紫氏が、その蠱惑的な真っ赤な唇を、ゆっくりと動かして、ある言葉を放った。


「先生。一つ、ご提案があるのですがよろしいでしょうか?」

「はいはい! 僕に出来ることならばなんでも仰ってください!」

「ああ、よかった。それでは、まず――――我らが異世界に、ご招待させていただきますね」


 その言葉を聞き終わった瞬間に、肝田は意識を失ったのであった。

 八雲紫氏の背後には、真っ黒な裂け目が現れ、その中からおどおどしい無数の目が肝田を見ているのだった――――。



「…………あれ、どういうことなんだっけ」


 目を覚ました時には、ガタンゴトンと揺れる、あまりにもレトロな電車に揺られていた。

 肝田にとってはアニメや漫画で何度となく見た、あの頃の年代の公共機関である。


「うん……電車……? エヴァンゲリオンとか千と千尋の神隠しみたいだ……」


 公共機関として現存する電車がない以上、レトロ趣味のものが私有地で走らせることしか出来ないはずのその電車の中で、どうやら肝田は眠ってしまっていたようだった。


「度重なる無礼をどうかお許しください、肝田様」


 目を擦ると、目の前にはとんでもない美女が淑やかに座っている。

 研究室に訪れた客人、八雲紫その人である。


「八雲……さん……?」

「肝田様、これからお話することは真実です。なにかの映画のように、貴方をからかっている趣味の悪い企画などでは決してないことを、これより向かう場所の管理人の一人として誓わせていただきます」

「…………?」

「肝田様ほどの御方に不敬ではありますが……よろしければこれより、私の話す内容をお聞きし、吟味していただきたくございます。また、貴方の魅力的な好奇心を強制的に抑え込むご無礼は承知の上ですが、質問はできれば最後にお願いします」

「……は、はい?」


 疑問の意味が強いその『はい?』という言葉を了承の意と取ったのか、紫はその蠱惑的な唇を動かして、二人だけしか居ない電車の中によく響く声で語りだしていく。

 いや、紫ほどの聡明な美女ならば、肝田が漏らした言葉が疑問の言葉であることは理解しているだろうが、それでも説明をスムーズに行うために、まずは前提の『世界観』とでも呼ぶべきものを口にする必要があると考えたのだろう。


「これより向かう先は、私たちの住まう場所でございます。そこは『世界の裏側』、あるいは『歩いてはいけない隣』など、様々な言い方が出来る――この科学全盛の時代であってもなお認識できない、異世界となっているのです」

「世界の裏側……歩いてはいけない隣……FGOに、シャナ……?」

「さすがは博識でございますね」


 肝田が愛する名作の中に存在する作中用語に思わず言葉を漏らしてしまうが、それを聞いた紫はなんとも嬉しそうにニッコリと微笑むのだった。

 ただオタク文化の知識を知っているだけで博識も何もない――研究者である肝田でさえそう思ってしまうほどには、今の時代にオタク文化は軽視、いや、透明化されてしまっているのだ

 そんなこともあって、突如として向けられた金髪爆乳美女の微笑みは、オタク文化に生涯を費やしてきた肝田にとってはあまりにも慣れないものであり、思わず赤面してしまって視線をそらすことしか出来ない。

 そんな肝田へと向かって、紫は言葉を続けていく。


「まず第一に、聡明な肝田様ならばすでに勘づいているかもしれませんが、私は『東方Project』なる作品に登場する八雲紫、その人です。いえ、厳密に言えば異なるのですが……そうですね、二次元の文化に造詣の深い肝田様ならば理解していただけるでしょうが、私は『東方Projectという作品が忘れ去られて幻想郷に流れ着いたことで生まれた、本編とは異なる八雲紫』なのです」

「え、えっと……作中その人じゃなくて、そのキャラクターが概念的に誕生したってこと? 二次創作的な要素も取り入れられたりする感じで?」

「まさしくその通りです! 私は八雲紫ですが彼女の物語を記録として承知しているだけの存在! 言うなれば、アニメキャラクターの情報だけを学習して再現したAIのような存在なのです!」


 肝田の理解力というよりもオタク適性が高いために妄想のような自体を受け入れられることを再確認した紫は、そこからまさに、オタクのように早口でどんどんと言葉をまくし立ていた。


「そして、先程は『幻想郷』といいましたが、こちらも厳密に定義付けすれば『幻想郷』とは異なる世界になります。

 忘れ去られた存在が流れ着くという意味合いでは良く似ていますが、そこは東方Projectで描かれたような牧歌的な、それでいて危険な妖怪が跋扈する前時代的な世界とも異なるのです。

 どちらかと言えば、そうですね……地理状況や文化的水準は、ブルーアーカイブの『キヴォトス』に近いでしょうか?

 また、我々はこの世界に『名前』をつけることが出来ません。ただ単純に、『アーカイブ』とだけ呼んでいますね。

 これは、あくまで我々が『被造物である』という自覚を、どうしても捨てきれないからです。

 我々は創られて捨てられた存在であるがゆえに、正確な意味での『創造』が出来ないのです。

 もちろん、キャラクター属性として『天才発明家』に『鬼才小説家』、『常軌を逸した漫画家』に『神の如き映画監督』など、そういう『設定』をさせられて、創作活動に励むキャラクターは大勢いますが……そう、世界を前進させるような行為は出来ないのですよ。

 町の名前はある作品から引用したものに過ぎず、歳を取らない代わりに原作には存在しない新しい子どもを産むという行為は出来ない。

 我々はですね、創作行為においても決められた枠からはみ出すことは出来ず、人とのコミュニケーションにおいてすら、オタク文化が愛した『テンプレート的な反応』を越えた、言うならば『現実的な反応』さえ取ることが出来ないのです。

 肝田様。

 我々は――――どこにも行けないし、なんにも創れない、哀れな魂なき獣も同然なのです」


 ごくり、と。

 肝田は喉が動いた。

 ガコンガコンと音を立てながら揺れる、今の時代には考えられないほどに粗悪な走行を行う電車という乗り物の中で聞くその話は、あまりにも馬鹿らしい話だ。

 担がれているとしか思えない。

 だが――肝田はそれを信じた。


「どうか、この時代にあってなお、我々オタク文化を愛してくれている肝田様に、恥知らずながらも助力を賜りたいのです。お願いします、我らをお救いくださいませ――――」

「もちろんです!」


 何故信じたのか。

 それは、彼がオタクだからだ。

 目の前に東方Projectの八雲紫という愛するキャラクターが居て、また他にも肝田が愛して、その時代に生きれなかったことを号泣するほどに悔いた作品のキャラクターたちが居るというのである。

 そのキャラクターたちに会ってみたいという利己的な欲望と、その愛するキャラクターたちが『停滞』という人間的な存在にとっては何よりも苦痛を生む事態に直面しているのならば助けてあげたいという利他的な感情が、同時に湧き上がってくる。


「オタク文化……僕が生まれる数百年も前に歴史の海に消えていき、今では時折、波間に浮かぶ泡のように浮かび上がっても、すぐに人々の記憶から消えていくもの!

 ぼ、僕は常に思っていました! そのオタク文化をリアルタイムで体験したかった、と! それが出来ない己の不幸を呪いましたが……し、しかし、こんな、お祭りに乗り遅れた間抜けな遺伝子が、そのオタク文化の結晶である、『実存するキャラクター』の助けになれるというのならば、これ以上の悦びはないですからね!」

「き、肝田様……!」


 女性との交流経験がとにかく少ない、今の時代であっても『非モテ』と呼ばれる人種であった肝田は、紫の美しい顔を見るたびにどもりながらも、心の底から感じた言葉を確かに伝えるのだった。

 もはや誰も見向きもしなくなって百年が経つのではと思われるオタク文化へと向ける肝田の愛は、それほどに強烈なものなのである。

 そんな肝田を見て、紫はほろりとその大きな目から涙をこぼした。

 原作とそのファンコミュニティの中では『策士』で知られる紫ならば涙の一つや二つ自由自在に漏らすことが出来るため、その涙も肝田の気を良くするための演技かもしれない。


「私の目に……間違いはありませんでした……! 肝田様、貴方こそが私たちの救世主様なのですね……! 我ら、『アーカイブ』の住民は貴方を歓迎いたします!」

「はいっ!」


 だが、それは演技ではなかった。

 この八雲紫は東方Projectの八雲紫であって、厳密な意味では八雲紫ではない。

 現実世界からは絶対に足を踏み込むことが出来ない、キャラクターの成れの果てたちが暮らす『アーカイブ』の中に数百年の時を過ごしてきたことで、原作とは異なる性格の変化が生まれたのだ。


「あ、でも……その……救うって、実際にはどうすればいいんですか?

 僕、オタク文化が好きなだけの、その、平凡な人間なんですけど……オタク文化のキャラクターがいっぱいいるんなら、そこには神様とかも居るだろうし、紫さんもそれぐらいすごい能力使えるだろうから、正直役に立たないんじゃ……?

 あっ、その世界の名前とかをつけることだけでいいってことですかね? あんまりネーミングセンスないから、緊張しちゃうな……」

「もちろん、世界の名付けこそが肝田様のみに出来る偉業ですので、ぜひともお願いをしたいことであります。

 ですが、その……これはもう、我々被造物にしか通じない感覚かもしれませんが……もう一つだけ、やってもらいたいものがあります」


 安請け合いしたはいいが、具体的にどのようにすればいいのかわからない肝田は照れ笑いを浮かべながら、さらなる説明を紫に求めていく。

 そんな肝田へと向かって、紫は原作の老獪とさえ言える底知れない恐ろしさとは裏腹に、なんとも純粋さを感じる笑みを浮かべながら、ある意味では本題と呼べる話題へと移るのだった。


「我々の愛を、受け取っていただきたいのです」

「…………………愛?」

「愛、でございます。私、八雲紫はもちろんですが、このアーカイブの如き世界の中から、我々は肝田優太様をずっと見てきました。

 肝田様、貴方は我々の物語を実に嬉しそうに体験し、作中の悲劇には涙を流し、それを上回るハッピーエンドには無邪気に喜んでくれました。これは、作中のキャラクターである私たちにとっては、何よりも幸福感を抱ける反応なのです。

 我々はキャラクターであるがゆえに、作品の受け手が居なければ存在できない。

 そのため、受け手から忘れ去られて、アーカイブという異世界の中に閉じこもることしか出来なくなった日々は……どれだけ資源に恵まれて、戦争などない穏やかな日々を過ごそうとも、地獄のような世界なのです。

 肝田様。貴方は、我々を愛してくれました。

 それだけ十分……と言えれば、我々も格好がついたのでしょう。ですが、我々は非常に欲深い存在です。貴方の愛をもっと受け取るために……我々の愛を、貴方に受け取ってもらいたいのです!」


 愛。

 肝田が女性からそんな言葉を向けられたのは今は亡き母親だけであったために、その言葉に思わずフリーズしてしまったが、そんなことはお構いなしに紫は情熱のこもった熱い言葉を連ねていく。

 それを聞き終わることで、その愛というのは異性間の愛情などではないことを察して、肝田は思わず赤面してしまうほどの恥ずかしさを覚えてしまった。 


「………………な、なるほど! いやあ、びっくりしたなぁ。愛って言われるから、てっきり紫さんが、その、女性として僕を愛しているのかと思っちゃった!

 キャラクターとして、読者やプレイヤーって呼ばれる僕のことを愛しているということなんですね! びっくりした、びっくりした!」


 肝田はそんな恥ずかしさを誤魔化すように、ヘラヘラとした笑いを浮かべながら、言い訳をするように早口で言葉を放っていくではないか。


「へっ、なっ、あっ、そ、そのっ……❤」

「………え?」


 だが、ここでもまた肝田をフリーズさせる出来事が起こったのである。

 八雲紫が――あの東方Projectの『ゆかりん』が、顔を真っ赤に染めて、瞳を潤ませながら、恥ずかしそうに視線を宙へと向かってキョロキョロと動かしているのだ。

 肝田は生で見たことなど一度もないが、それはまさに、アニメキャラクターが行う、『ガチ恋』の表情にそっくりである。

 つまり、紫はそういう感情を肝田に向けているということだ。


「そ、それも……ございます……❤ わ、我ら、女性のキャラクターは、その……❤ 我々の存在そのものを肯定していただけて、必要としてくれている肝田様を、お、女としてっ❤ お慕いしているのですっ❤」

「ふわぁ!?」

「そ、それに関しても、ご説明をさせていただきます! ですが、その、も、もう目的地に着きました! どうぞ、私の管理している地区を、ご覧くださいませ……あ、あうぅ……❤」


 あの八雲紫が、自分のような冴えないオタクにガチ恋している。

 あまりにも信じられないことだが、八雲紫が二次元の想像上のキャラクターであるが故に、その反応はがラブコメ漫画のキャラクターが主人公に惹かれている様子そっくりなものである以上、紫は肝田にガチ恋していることはほぼ確定と言えるだろう。

 そう言ったテンプレートから抜け出せないことが、被造物の悲しみだとも紫は語っていたのだから。

 それでも、肝田はこう漏らすことしか出来なかった――――。



「これ、なんてエロゲ?」





 紫とともに電車を降りると、そこは牧歌的な山村であった。

 田んぼや畑という、人工的に自然を切り取った農業的な『施設』が多数あるというのに、『自然に溢れた場所だな~』などというズレた感想を抱いてしまいそうになるほどには、それこそ絵に描いたような田舎村である。


「凄いなぁ……本当に、五百年前の世界みたいだ。アニメや漫画、ゲームで見たのとそっくり……!」

「少し歩きますが、大丈夫でしょうか? 車ではなく、肝田様に実際にここを歩いていただいて、この『アーカイブ世界』がどのような場所かを実際に見ていただきたいのです」

「もちろんです! これでも身体は鍛えていますからね!

 アニメや漫画はですね、かつては文化の中心にありまして、多くの『趣味アニメ』が生み出されていたんですよ! 可愛らしい美少女キャラクターたちが、キャンプや筋トレ、自転車やバイクにDIY、ロック・ミュージックなどに興味を持ってその面白さにハマっていく形式は素晴らしいもので、僕もそれに影響されて多くのことに手を出しちゃいまして! その分、体力には自信がありますよ~! 『ダンベル何キロ持てる?』を見てジム通いもしましたから!」

「まあ、そうなのですね」


 オタク特有の会話の脇道に全力で走り出して早口になるという、コミュニケーション的には『不正解』とされがちな行動を取ってしまうのだが、そんな肝田を紫はなんとも嬉しそうに柔らかな視線で見つめていた。

 その暖かい目を見るだけで――――この八雲紫は、原作の東方とはまた別の人格が形成されることになった美女なのだということが嫌でもわかる。

 あるいは、肝田にだけ向ける視線なのかもしれないが、それでも原作の八雲紫ならば男に心の底から惚れたような、いわゆる牝の顔を見せることはないだろう。


「うわ、あ、あれは……! 慧音先生と、『サモンナイト3』のアティ先生……!? そ、それに向こうには、『ひぐらし』の梨花ちゃまと沙都子に、『のんのんびより』のれんちょんも……! げ、幻想郷と言うよりも、田舎系の作品に出てるキャラが集まってる感じ……!?」

「さすがは肝田様です。様々な忘れ去ったキャラクターが流れ着くこの『アーカイブ世界』では、それぞれの『近しい空気』を持つ作品のキャラクターがそれぞれの特色を持つ『エリア』に別れた世界で暮らしているのです」


 そんな風に田舎の舗装されていない道を歩んでいると、そこには東方Projectのキャラクターだけではなく多種多様な作品から、やはり目を瞠るような美少女や美女たちが歩いているのである。

 まさしく、オタクが最後に見る夢のような光景であるためにそれこそ肝田は、『実は自分は死んでしまって、これは死ぬ直前に見ている幻覚なのではないか』と思ってしまうほどだ。


「わかりますか、肝田様。彼女たちの視線が……貴方を熱い視線で見ている、歓迎している視線を。

 彼女たちにとっても、オタク文化をこの世界で唯一愛してくれた貴方に、強い感謝と愛情を抱いているのです。肝田様が我々に注いでくれた熱烈な愛と同じだけ、私たちは貴方を愛しています。それを感じるように、堂々とこの道を歩んでくださいませ……❤」

「あ、愛って……!」

「ご安心ください、肝田様が私たちへ向ける『オタクとしての愛情や情熱』が程々のものならば、我々が抱く愛も程々のものにしか過ぎません。親切な人に向ける程度の感謝ですね。

 ですが……肝田様が私たちへと向けるオタクとしての感情が、人生を狂わせてしまったのだとすれば……ふふふ❤ 私たちも、肝田様へと人生が狂うほどの愛情を抱いてしまうのは、我々が被造物である以上は仕方のないことですよね❤」


 肝田優太という、今の時代では世界で唯一人だけだったオタク男性が捧げたオタク文化への愛情は、まさしく人生のすべてを捧げたものである。

 その愛情は、アーカイブ世界に存在する、モブキャラクターを含めれば数億数十億、あるいは数百億と存在するオタク作品のキャラクターに分割されて注がれるわけではない。

 むしろ、一人ひとりに、その強烈な情熱がそのまま注がれるのだ。

 そして、愛されるために、必要とされるために生み出された創作上の被造物であるキャラクターにとっては、その愛情はまさしく自信の存在を救済するほどの幸福感を与えてくれる。

 それを鏡写しのようにそっくりそのまま返すというのは、そこまでおかしなものではないだろう。


「ごくりっ……!」


 そう言われると、先程からこちらをチラチラと視線を向けてくる美少女キャラクターたちの視線に、下劣ではあるが雄としての欲情を抱いてしまう。

 女性とまともな交流をしたことのない肝田にとって美少女たちの熱のこもった視線はむずかゆいものであったが、同時にゾクゾクとするほどの興奮を与えてくれるものである。

 だが、そこで一つのことに気づいた。


「あれ? 男性のキャラクターは、居ないのかな?」

「少なくとも、私が管理しているこの区画では隔離しています。訳あって女性だけの世界と男性だけの世界に分かたれた……そう考えてください」

「へ、へぇ?」

「これからはわかりませんが、肝田様が楽しんでいただくために徹底的にプランニングをして都市設計のようなものをしましたので」


 男性は居ない。

 何かしらの理由があるようだが、そこを詳しく深堀りすることは避けた。

 紫の魅力的な背中を追いかけるように歩いていた肝田は、そうこうするうちに一つの大きなお屋敷へとたどり着いたのである。

 平屋建てのその屋敷は非常に大きな敷地をしており、それこそ肝田の研究室があった大学全体の敷地にも並びそうなほどの立派すぎるほどに立派な屋敷だった。


「ここが、肝田様のためにご用意させていただいた住居となります。手狭かもしれませんが、どうぞおくつろぎくださいませ」

「いやいや! こんな凄いお屋敷! ぎゃ、逆に住めないですよ! 普通の民家で十分ですから……一人暮らしだし……!」

「失礼ながら、これぐらいの大きさは必要になると思います。一ヶ月ほど暮らしていただき、気に入らないようであれば別の住居をご用意しますので、それまでどうかご容赦を。

 それでは、一度ご案内をしますのでどうぞお体をお休めくださいませ。中の使用人が歓迎の宴を準備をしていますので、お時間となればお呼びいたしますので」


 そんな屋敷を手狭と称する紫へと恐縮するように応える肝田であったが、紫には届かない。

 そのまま一時的な休憩室へと案内されて、その畳の上でごろりと肝田は寝転ぶ。


「…………か、歓迎の宴かぁ。なんだか、緊張しちゃうな。紫さんの説明からすると、オタク作品のキャラクターがいっぱいいるってことだもんな。うぅ~、変な空気にしちゃわないといいんだけど……!

 あっ、今のうちにシャワーとか浴びて身ぎれいにしておこう……不潔だって思われるのも嫌だし……!」


 飲み会文化やホームパーティーのようなものから程遠い生活を送ってきた肝田にとって、突如としてそのような催しのメインゲストとなれと言われても、正直なところ困惑が大きかった。

 なにか挨拶を求められたのに頓珍漢なことを言ってしまったり、自分を特別な存在と期待してきたキャラクターたちに変な受け答えをして幻滅させたりなど、失敗をしてしまわないかと、不安に押しつぶされそうになっているのだった――――。




「だからですねっ! アメリカン・コミックやアニメーション映画から火がついて、そこから日本で開花したオタク文化はまさに人類史に誇るべき素晴らしい文化なんですよ!

 時代によってその風味は変わりつつも、それでも二次元だからこそイマジネーションを刺激するそれらは、今の時代でももっともっと、多くの人に愛されるポテンシャルなんて当たり前に持っていますし、陽の目にさえ当たれば爆発的な普及が起こるに決まっているんです!」




 だが、実際に畳張りの大きすぎる宴会場でその『宴』が起こってしまえば、座布団の上であぐらをかきながら、お猪口に注がれた日本酒をぐいっと激しく呑む肝田は、アルコールの摂取によって顔を真っ赤に染めつつツバを撒き散らす勢いで誰にもぶつけたことのない持論を延々と口にしていくほどに楽しんでしまっているのだった。

 もちろん、最初は肩を小さくして緊張をしている肝田だったが、この宴を開いた八雲紫の差配で配置されている美少女や美女の接待によってその緊張はほぐれ、気づけば自分の土俵であるオタク文化への熱意を語ってしまっていたのである。


「肝田様は博識の上にお話がお上手ですのね……❤ って、 あらあら、申し訳ございません❤ お猪口が空になってしまっていましたね❤ この玉藻、時間も忘れてすっかりと肝田様のお話を聞き入ってしまいましたわ❤ ささ、どうぞご一献❤」


 そんな肝田の発言に、蒼色の和服をオフショルダーにミニスカ丈という花魁的な改造を施して身にまとっているピンク髪に狐耳と狐尻尾の美女キャラクターが合いの手を絶妙なタイミングで入れていた。

 この美少女は、玉藻の前。

 『Fate/シリーズ』に登場する、歴史上の偉人英雄を元にしたキャラクターであり、魅力的な魂の持ち主、『イケ魂』の運命の旦那様にお仕えする『良妻』を自称する女子力高めの美女である。

 平安時代の化生である玉藻の前を基にしたキャラクターは多く存在するが、それらのほとんどが『悪女』としての一面を強調された『大物ボス』であることが多いが、作品ファンには『キャス狐』とも呼ばれているこの玉藻は男性に奉仕をする妖怪としての一面を強調された、実に男心をくすぐる美女であった。

 その特徴はこのアーカイブ世界であっても活きているようで、肝田が夢中になってお酒を飲みながらもお酌を的確にタイミングで入れて、それと同時に持ち上げるような合いの手を差し込むことで、肝田が気持ちよく持論を打てるようにしていたのである。

 また、お酌の際にかがみ込むことで大きく開かれた胸元から、原作の時点で巨乳だったとは言え、明らかにサイズアップしているメーター越えの爆乳がまろび出るのではないかと不安になるほどのもちもち爆乳がぶるんぶるんと揺れており、そこに視線が向いてしまうのは男として仕方のないことだろう。

 そして、気持ちよくお酒を飲んでいる肝田に侍っているのは玉藻だけではなかった。


「私、生塩ノアはまだまだ未熟ですので、肝田さんのお話はとても勉強になりますね❤ 合理的で理性的な語り口も非常に聞きやすいですし、本当に楽しいです❤ 自分のことでありながらも無知で恥ずかしいのですが……よろしければ、もっとお話を伺えないでしょうか❤ うふふ❤」


 生塩ノア。

 『ブルーアーカイブ』に登場する、ミレニアム・サイエンス・スクールの生徒会セミナーに所属していて、役職は書紀である。

 常にニコニコと余裕を感じさせる穏やかな笑みを浮かべており、ミレニアム・サイエンス・スクールに所属するネームド・キャラクターの多くがそうであるように、天才的な頭脳を誇り、さらには一度見聞きした情報をほぼ完全に暗記できるという常軌を逸した記憶力を保持している才女だった。

 いつも穏やかな人ほど怒ると怖いを地で行くような人物で、周囲の人々から人格者として認められながらも、侮られることはなく敬意を持って接されるような、才知にも人格にも優れた将来有望な美少女なのである。

 酒の席には相応しくないきっちりとしたミレニアムの学生服に身を包んでいるが、これは『私はブルアカのノアですよ~❤』と、大好きで尊敬する『肝田さん』へと女の子らしいあどけないアピールをしているのだ。

 玉藻よりも年少に見えるあどけない容姿をしたノアは、いつもの穏やかな笑みとは少々異なる熱のこもった笑顔――『牝の顔』を浮かべながら、胸の前で手を組みながら熱心に肝田の言葉を聞いていた。

 その際に、原作ではスレンダーな美乳と言ったスタイルのノアなのに、今ではミレニアムの学生服のスタイリッシュなバランスを大きく崩すほどに胸元が膨れ上がっている。

 そのノアのスタイルの変化は、紫や玉藻を見た時に覚えた、『この世界にいるキャラクター、爆乳化している?』という疑問を確信に変えるには十分すぎるものだった。

 一方で、ノアと同じように嬉しそうに肝田の言葉を聞いている美少女キャラクターが居た。


「優太ちゃんは本当に物知りなのね、感心しちゃうわ❤ 剣の修業ばっかりに身をかまけちゃってたナルメアお姉さん、ちょっと恥ずかしくなっちゃうぐらいだけど……うふふ❤ でもね、大好きな優太ちゃんが賢い子で、お姉さんもなんだか嬉しいわ❤ すごいすごいっ❤ えらいえらいっ❤」


 ナルメア。

 『グランブルーファンタジー』に登場するナルメアは、ドラフという種族の女性が持つ特性上、まるで童女のような低身長に、人間を基準にすればその未成熟にも思える身長には不釣り合いな大きな爆乳おっぱいを携えていた。

 こちらは原作の時点でインパクトの強い爆乳をしているために分かりづらいが、それでもやはり肝田がプレイした原作での立ち絵やSD体よりも胸が大きいように思える。

 そんな『愛玩』するために生み出されたように見えながらも、その剣技の腕前は肝田では天と地が逆転しても敵わないほどのもので、まさしく『剣豪』や『剣鬼』という言葉がよく似合うほどの達人なのだ。

 おっとりとした性格のナルメアはいわゆる『お姉さん属性』のキャラクターであり、24歳という年齢であるために二十の折り返しである肝田よりも数年ほど年下であるというのに、年上であるはずの肝田に対してお姉ちゃんぶって、その低い身長で手を伸ばして肝田の天然パーマな頭をナデナデと撫でていく。

 その際に、その爆乳が『むにゅぅ❤』と押し付けていることも、肝田に下劣ではあるが確かな欲望を刺激してくれる。

 そして、玉藻とノア、ナルメアから甘やかされるように持ち上げられていた肝田の前に、一人の美しい女性が歩み寄ってきた。


「肝田さん、初めまして❤ わたし、アイドルをやらせてもらっている桑山千雪って言います❤ 今回のご宴席で、余興のショーを披露させていただきますね❤ お目汚しになるかもしれませんが、どうぞご笑覧ください❤」


 桑山千雪。

 『アイドルマスター シャイニーカラーズ』に登場する『アリストロメリア』のユニットのお姉さんポジションの、なんとも穏やかでたおやかな顔立ちをした大人の女性の魅力があふれるアイドルである。

 だが、その実際はユニットメンバーの女の子たちと同じぐらい可愛らしい一面を持つというギャップも非常に愛らしく、多くのオタクの心を掴んでいった。

 そんな千雪はアリストロメリアのライブ衣装に身を包んでおり、一度三つ指をついて肝田に挨拶をすると、すぐにアイドルとしてのライブショーを開始していく。

 そんな桑山千雪もまた爆乳化、そして、デカ尻化していて、清純なアイドル像を持っていたアリストロメリアの舞台衣装を淫らに歪ませる淫靡さを放っているではないか。


「…………あ~、すごい。本当に、なんだか、夢みたいだ」


 そんな風に『ポルノ化』している桑山千雪だが、それでもライブを行っている姿は――間違いなく、アイドルと呼ぶに相応しい、キラキラとした輝きを放っていた。

 本物の二次元アイドルの生ライブという矛盾したものを目にした肝田の目から感動の涙が零れ落ちていく。

 酒を呑む手も止めて、アイドル桑山千雪のライブをじぃっと見つめている肝田へと玉藻もノアもナルメアも声をかけずに、優しげな顔でその肝田を見守っていた。

 そんな中で一人の女性が肝田へと声をかけていく。


「夢のような気持ちになっているのは、こちらの方ですよ。肝田様」

「えっ、あっ、紫さん!」

「……どうやら、彼女たちのことを気に入ってもらえたようですね」


 このアーカイブ世界へと肝田を勧誘した、八雲紫その人である。

 紫は玉藻たちに囲まれて上機嫌であった肝田をやはり嬉しそうに見つめて、どこか官能的な色を感じさせる甘い声を、肝田の耳元で囁くのだった。

 ドキリ、と胸を高鳴らせてしまう。

 自分を歓迎してくれている美少女キャラクターたちへと邪な想いを抱いていたことを咎められているような、蔑まれているような気持ちになってしまったためである。

 もちろん、紫にそんな意図はないが、あくまで肝田の気持ちの問題だ。


「私も含めて、この世界の彼女たちの体つきは……貴方を思うあまり、貴方が好むであろうスタイルに変化してしまったがための姿なのです」

「へ?」

「お好きでしょう? おっぱい……ふふふ、無礼は承知で、貴方様の持つデータを確認して、どのような傾向が好まれるのかを、我々も研究させていただきましたの。貴方が、我々『オタク文化』を研究してくれたように……です❤」


 そんな、『彼女たちをエロい目で見たことを咎められてしまったかもしれない』という肝田の不安を、まるで笑い飛ばすかのように紫は新しい情報を教えてくる。

 その情報は肝田の好みに合わせて、あれほどの美少女や美女たちが肉体改造を行っているという情報だった。

 紫はいやらしい笑みを浮かべているものの、それは肝田をからかって嗜虐心を満たしているがためのいやらしい笑みではなく、肝田が気持ちよくなっている姿を見て自身も高揚しているからこそ思わず漏れてしまったというような類の笑みである。


「少し彼女たちをお借りしますね?」

「は、はいっ。もちろんです、その、とても楽しかったよ!」

「みこんっ❤ ありがとうございます、肝田様❤」

「私も肝田さんのお話、とてもタメになりました❤」

「お姉さんはもっと優太ちゃんのお話を聞きたかったけど……『また』会いましょうね❤」


 そんな紫が玉藻たちに声を掛けると、三人の美少女キャラクターは熱い視線を肝田に向けながら立ち去っていく。

 それはこのまま肝田の傍にいたいという感情を、童貞である肝田でさえも感じ取れるほどの情熱と恋慕のこもった、男ならばクラクラと脳が揺れてしまうほどに甘美な視線であったが、基本的に『ヘタレ』である肝田にはそれを引き止めることは出来なかったのである。


「…………肝田様。宴席が終わりましたら、寝所を用意しておりますのでそこにご案内いたします。

 どうぞ……『楽しみ』にしていてくださいませ❤」



 そんな女の子たちを名残惜しそうに見つめている肝田は、その言葉を放った紫の顔があまりにも淫靡に歪んでいたことに気付いていないのであった――――。


(続)

Files

Comments

No comments found for this post.