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 ――最悪の現場だった。 「おいトカゲ! もっとキビキビ動け!」  寒風吹きすさぶ冬の現場に、現場監督の熊獣人の怒声が飛ぶ。今にもはちきれんばかりに腹を弛ませたその男が派遣と呼ぶのは正しく俺――のたのたとした所作で台車の上の砂利を運ぶ、派遣作業員の蜥蜴のことである。  先んじて弁解しておくと、俺が怒られていることに俺の落ち度はない。仕事のやる気はあるし、したくて緩慢な所作で砂利を運んでいる訳でもない。これには事情――人生において誰にだって一度や二度はあること――があり、そうなっているのはこのビール腹のクソ熊野郎のせいである。 「給料泥棒って上に報告すんぞ! いいのか、あぁ゛!?」 「……すんません」 「チッ、だから最近の若い奴は……」  俺のせいじゃねえ、という怨念をふんだんに込めながら平謝り。それをしつつも、冷や汗まみれの俺の脳裏は全く別のことを考えていた。 (ションベン、してえ……!)  吐く息が白くなるほど冬だというのに、俺の纏う作業着の内側は冷や汗でびしょ濡れだった。まさしく独白の通り、今現在俺は強烈な尿意を堪えていて、そのせいで前屈みになってモジモジしている。膀胱に爆弾を抱えたこんな状態でまっとうに動けるはずもなく、労働が滞りまくっているのだった。  ちらり、と現場の隅に設置された仮設トイレに目をやれば、先程の熊獣人が小便器の前に立って用を足そうとしているところだった。悔しさや苛立ちさえ通り越し殺意さえ覚えてくる。思い切り角材で後頭部をぶん殴ってやりたいところだが、力んだとたん俺の膀胱は間違いなく破裂するだろう。この年になって大衆の面前でお漏らしとか、正直笑えない。  笑えないのだが、現実は刻一刻とその最悪の状況へと進みつつあった。こんなことなら深酒などしなければよかった、起きて目覚めが悪いからってコンビニでコーヒーなんざ飲まなきゃよかった、仮に飲んだとしてめんどくさがらずにコンビニの便所に寄っとけばよかったのだ。  だが、そもそもとして。この現場の狂った環境こそが何より一番悪い。そんで俺に罪は正直ないだろう。  ――何を隠そうこの現場、派遣労働員である俺だけ仮設トイレ使用禁止とのことだった。 (んなバカなことあるかよ……ッ!)  現着し、現場監督に挨拶を済ませるや否や現場の仮設トイレに寄ろうとした俺を熊が呼びとめ、そのように告げたのだ。曰く、この仮設トイレはトイレのレンタル業者と組との契約に基づいてレンタルされており、その契約内容に組以外の部外者の使用を禁ずるというものがあるらしかった。  ――んなアホな。  常識的に考えてそんな契約が真面目に決められている訳がない。そもそも俺が作業時間中に一回か二回小便したところで、タンクの中の洗浄水の量はそう大して変わるものでもない。そもそも今まで派遣で出向いた現場では普通にトイレも使えた訳で、どう考えてみても派遣の連中が気に食わない組の奴らの嫌がらせに違いなかった。現に、その言葉を受けたときの熊獣人や、それら周囲の獣人達のニタニタとした気持ち悪い笑みを思い返せば、嫌がらせ説は濃厚だ。 (ああクソ、クソ……ッ、漏れる……!)  嫌がらせであることが分かったとして、それから逃れる術があるかといえば正直なかった。隙を見てトイレに駆け込もうにも俺の近辺には常に現場監督の熊獣人がついて回るし、その辺で立ちションなんてもっての外だ。唯一、昼休憩の際にはコンビニに行っていいことになっているから、仮にトイレで小便できるタイミングがあるとすればその時だが――。  ちらりと腕時計の時刻を睨む。午前八時十三分、昼休憩まであと4時間弱。つまり、どう転んでも俺はあと4時間は放尿できないという訳である。現状を報告するならば、もう1時間さえ堪え切れるか怪しいところまで来ていて、俺はもう半ばあきらめの境地へと到達しようとしていた。  きっとここで漏らせば、熊獣人を筆頭に大勢の連中が俺をあざ笑うだろう。派遣としての履歴に失禁が追加され、今後どこの現場に行くにしても陰口の対象になる。だが、そんなこと言われても、もう、尿意が限界だ……! (誰か、助けてくれ……ッ!) 『あー、助けてあげようかあ?』  助けてくれ――などと神頼みめいた感情を抱いたその直後、人生において一番聞きたくなく今現在において一番聞きたい声が脳裏に閃く。気だるげで、どこか人を喰ったような腹立たしい半笑いの声。俺の友人にして『魔法使い』だとかいう現代社会に真っ向から反抗するような肩書及び能力を持つ、真っ白な毛並みの犬獣人――本人曰く白狼らしいが、白い毛並みの狼獣人なんざもう数千年前に絶滅しているらしいのでどうせ嘘だろう――の顔が浮かび上がる。 (お、お前、なんで) 『暇だからキミのこと見てたんだけどね、なんかめっちゃピンチじゃん。このまま君がお漏らししてベソかくの眺めててもいいんだけど、折角だし助け舟でも出してあげようかなーって。あ、お礼は缶ビールでいいよー』  この脳内で繰り広げられる会話も、幻聴ではなくマジのものである(これを理解するのに3年かかった)。曰く念話の魔術でうんたらかんたらという話らしいが、念話ってなんだよそもそも魔術ってなんだよ、今西暦何年だと思ってんだよマジで。 『で、ぶっちゃけあとどんぐらいおしっこ我慢出来るのよ。それによって「干渉」の方法が変わってくるから正直に言いな』 (……)  恥を忍ぶとか、見栄を張るとか、そういう感情は少なくとも現在の俺の内に一滴足りとて存在しなかった。  もう本当に、白状すると今すぐにでもションベンがしたい。この感情を隠すことが命取りになるだろうことは、これまでの経験で身に染みてわかっていた。 (正直、今すぐにでも……ションベンしたい……) 『おっけ、なる早コースね。んじゃ「消失」の魔法にしよう』  「消失」とな。  なんだか不穏な響きがして、俺はふるりと身を震わせた。あっやばい出そう。 (な、なあそれ大丈夫なのか!? 消失ってなんだ、俺消えるのか!?) 『んー、消失ってのは聞こえがいいから呼んでるだけで、本当は一時的に君の存在をあらゆる認識の外に転移させる魔法だよ。一時的に君の姿は誰からも見えなくなり、その間に君が起こしたことは「誰かが気が付かない内にやったかも」としてあいまいに処理される』 (……俺が消えたりは?) 『しないよ。まあ魔法がかかってる間に海に飛び込んで死んだりしたらある意味消失になるけど、させないし』  こと現代社会において、至極真面目に魔法の効果について質問をかわす一般成人蜥蜴男性と一般成人犬男性。いや後者は一般ではないが。なんともおかしな話だが、俺がこいつの『魔法』とやらで救われたことについては、鼻で笑い飛ばせないほど数多くのエピソードがあるので信じるしかない。銭湯の帰りに何故か俺の服だけ一式盗まれていたときとか、地元の祭りで俺の褌が死ぬほど緩くて当時気になっていた女子の面前でチンチンを大公開しそうになったときとか、アレなんか俺の尊厳に関するトラブルばっか起こってんな。 『消失の魔法の効果はだいたい5分。その間にさっさとおしっこ済ましちゃいな。あ、でもそこの仮設トイレ使うのはやめといた方が良いかも』 (な、なんでだよ) 『うんとね。消失の魔法って別に君が物理的に消える訳じゃないから、君がオシッコしてるときに誰かが小便器を使おうとすると、なんかごつごつした見えない透明の壁、つまり君の身体に阻まれることになる』 (は、はあ) 『それだけならまだしも、もしそいつが小便器からちょっと離れたとこでおしっこするタイプの奴だった場合、見事に君に引っかかることになる』 (……それは……死んでも嫌だな……)  魔法が掛かるや否やすぐそこの小便器の前へ駆け込もうとしていたのに、出鼻をくじかれてしまう。  だが、忠告されたその現象がもし起これば俺は一生涯のトラウマを抱えることになる。何が悲しくて小汚いオッサンどもの小便を浴びなきゃならんのか。 (わかった、とりあえずその辺で立ちションする) 『うんにゃ、それがいいね。本当は一部始終を眺めてたいけど、この魔法をかけると僕も君のことが認識できなくなっちゃうんだよね』 (そうか、安心したぜ)  人生二十ウン年生きてきて、一応幼馴染であるこいつからプライバシーを守れたことなど一度もなかったが、ついに俺の尊厳がコイツから守られる日がきたらしい。これで心置きなくションベンが出来るという訳だ。 (んじゃさっさとかけてくれ。もうマジで漏れる) 『はいはい。いち、にーの、さん――!』  一瞬。  ほんの一瞬、意識が遠くへと引き延ばされるような眩暈を覚え、そして正常に戻る。  犬のアイツの言葉が正しければ、いま俺の存在は世界のだれからも認識されていない、はずだ。……にわかに信じがたいが。  もしこれであいつの吹いた盛大なホラだった場合、ものの見事に俺の尊厳は崩壊する。あいつが俺に嘘を付いたことなど一度もないが、とりあえず試しておいて良さそうならさっさとその辺でションベンしよう。はやくションベンしたい。   「あの……」  とりあえず、近くにいた熊の現場監督に声を掛けてみる。――返事はない。  無視されている可能性はたぶんないだろう。傾向からして、俺が声を掛けたら謎のブチ切れが発生するに違いない。  この時点で確証は持てていたが、念のため。俺は息を吸って、熊の目の前で絶叫した。 「ションベン! ぐらい普通に! させろこのクソデブハゲ熊! 死ねッ!!!」  ――応答なし。  これで何の応答も無かったらそいつは耳が死んでいるか身体的に死んでいる。つまり、魔法は本当にマジだったわけだ。 (っしゃションベンションベンションベン……!)  はてさてどこで立ちションすべきか。現場の隅の方でするか、或いは仮設トイレの裏に引っ掛けてやるか、はたまた一旦現場を出てその辺の草藪にでも済ませるか。魔法が解けた後に痕跡が残るかもしれないことを考えたら、なるだけ人目に付かないところの方が良いが……。 (いや待て、なんで俺がコソコソしなきゃいけねえんだよ)  もとはと言えば、あの熊野郎を筆頭に組の連中が俺に便所を使わせなかったのが事の発端だ。それなのになんだって俺が気を使って隅っこでコソコソとションベンを済ませなきゃならんのだ。  どうせ俺の姿は誰にも見えてない。だったらもう、どこでしてやったって文句は言われねえ筈だ。 (……一回、やってみたかったんだよな)  ちらり、と排尿場所の心当たりに視線を送る。6階建ての古いビルの外壁にまとわりつくようにして張り巡らされた仮組の足場。都会の街並みをそれなりに一望することが出来る、解放感に溢れた上階で誰の眼もはばからずションベンが出来たなら、きっと死ぬほど気持ちいいんだろうな。 ◇ (お゛……ッ、やべ、マジ……出る……ッ!)  という訳で。  意気揚々と仮組の足場を登り切り――などという爽やかなプランニングは、俺の膀胱が破裂寸前であるという大事な事実を見逃していたがゆえに見事に滞りまくった。意地でも登り切ろうと階段を上がれば上がるほど、縁日の水風船なみに水を詰め込まれた俺の膀胱が揺れ動き、その度に果てそうになる。  誰も見てないのをいいことに作業着のベルトを外し、パンツの上から直接手でスリットを抑え込む。こうでもしないとションベン出ちまう……! (マジ、その辺で済ませときゃ、良かった……!)  変な解放欲求を抱いてしまったがゆえの事故だが、どう考えても自業自得だ。それでも途中の階で諦めてションベンするのはなんか嫌だったので、歯を食い縛って滝のように汗を流し、人には聞かせられないような呻き声をあげながら階段を上り――ようやく目的地の六階へと差し掛かる。 (や、やっと着いた……!)  目的地に到着したことへの感慨に浸る暇はない。鉄の棒柵の向こうに広がる青空と足元の都会の街並みは、今の俺にとっては壮大な小便器にしか見えなかった。かつて人生でここまで小便がしたくて堪らなくなったことなど、中坊のころ素行不良が過ぎてあらゆる科目の先生に入れ代わり立ち代わり朝から下校時刻まで叱られ続けたときぐらいのものだ。冷静に考えたらなんで俺はあの時便所に行かせてもらえなかったんだろうか。生活指導室の隣に男子便所がなかったら、放課後の廊下で立ち尽くす悲しき蜥蜴が生み出されるところだったぞ。  さておき。足早に棒柵に駆け寄った俺は即座にズボンとパンツを下ろす。6階にはごくごく普通に作業をしている奴もいるが、羞恥よりはるかに尿意が勝っている俺を止められる奴はいない。 「んっ、は……っ」  局部を外気に露出した瞬間、待ってましたとばかりにスリットの内側から俺のちんぽがにゅるんと飛び出してくる。ひんやりとした外気が俺の最も敏感な箇所に触れると同時に、先端がひくんと震え―― 「あー、出る出る出る……っ、はああああああ……ッ」  ――ぷしゃあああああっ。  限界を超えて溜め込まれた、ほとんど透明な水に近い俺の小便が、ちんぽの先端から奇麗な放物線を描いて勢いよく中空へと放たれる。小便特有のつんと来るアンモニア臭と、行きがけに飲んだ珈琲に似た香りが入り混じり、むせ返るような濃い臭いが漂い始めた。  高所の強烈な風に煽られた俺の小便は、散り散りに霧散して空気の中へと消えていく。俺が小便している眼下には、ちょうど地面での作業中らしい組の連中がいる。まさか俺に間接的に小便を引っ掛けられてるとは思わないだろう、マジでいい気味だ。 (あー……やっべ、クセになりそう……)  圧倒的解放感。限界まで溜め込んでいた小便を漸く解き放てたこともそうだが、トイレとかいう閉鎖的な空間ではなく、ビルの上階から外に向けてという解放的極まりないロケーションが何より堪らない。小便が放たれ続ける敏感なちんぽを、むき出しの尻を風が撫ぜるたびに、一歩ずつ何かヤバいフェチズムに目覚めそうになっていた。  しかも、少し視線を逸らせば普通に作業している奴がいる。まさか連中もこんなとこで小便してるなんて思わないだろう。こいつらには生涯できないだろう体験を味わっているという事実に、なんとも言えない優越感を抱かざるを得ない。  一生この快感を味わっていたいものだが、残念なことに俺の膀胱は有限だった。下腹部の張りつめが収まっていくと共に、少しずつ小便の水流が弱くなっていき、やがて途絶える。ちんぽを振って残尿の雫を払ってやれば、熱気と共に冬の空へと消えていった。 「はー……すっきりした……」  俺の中に溜め込まれていた熱が消え、肌寒さにぶるりと身体を震わせる。若干湿ったパンツと奇跡的に無事だったズボンを引き上げ、ベルトを締める。おおよそ一分半以上小便が続いたせいで、魔法の効果が切れるまであと一分もないぐらいになっていた。  あれほど追い詰められていた尿意が消えうせ、すっきりとした足取りで階段を下る。ヤツにはせっかくだから、いつもより高価なビールをごちそうしてやろう。 ◇ 「よっす。俺。開けて」 「おー、大変だったね」  仕事終わりに奴のワンルームマンションへ寄り、玄関のチャイムを鳴らす。インターホン越しに一切情報量のない名乗りを上げれば、ややあって扉が開かれスウェット姿の白い犬獣人の姿が現れる。 「んで、例のブツは」 「へいへい、ちゃんと奉納させて頂きますよ」 「やったー。お酒はやっぱ現代のがいっちゃん美味いよ」 「昔から生きてたみたいな言い草すんな」 「昔から生きてきたしー」  コンビニによって調達してきたビール類をビニール袋ごと犬に押し付ける。よれっよれのスウェットを身に纏い、愛玩動物にでもやるように缶に頬ずりする姿は、どこからどう見てもダメなタイプの社会人でしかない。どう見ても『魔法使い』なるものとは結び付かないが、数多救われているがゆえに飲み込まざるを得ない。  とりあえずリビングに押しかけ、ソファにどっかりと転がり込む。今日は死ぬほど気疲れしたせいか、夕方なのにもう既にねむい。   「にしてもまあ、難儀だったね。君の派遣先の……熊野組だっけ? なんかそういう陰湿な感じの噂が結構立ってるみたい」 「噂?」  酒缶と適当なつまみを開けつつ(俺は発泡酒だが)、犬は別室に置いてあったタブレット端末を魔術で手繰り寄せた。見えない力にけん引されて低速で飛来するタブレットはまさしくハイテクとオカルトの最終融合系という感じで、真面目に考えると色々頭が痛くなる。 「ほらこれ。組で結託して派遣作業員に仮設トイレを使わせない嫌がらせとか、場所ないからってプレハブの外で着替えさせたりとか、物陰で性的な暴行したりとか」 「もろ犯罪じゃねえか!」  性的暴行はもうアウトとかの域じゃねえんだよ。豚箱行きだよ。   「あくまで掲示板の噂だからなんとも。でも君が今後関わることがないようにはしといたよ」 「……なにしたんだよ」 「国にチクっといた。そのうち倒産すると思うよ」  巻き込まれたくはないので酔った時に若干小耳にはさんだぐらいだが、どうにも現日本政府とこの目の前の犬は秘匿的ズブズブの関係であるらしい。というか、魔法使いの気まぐれで天変地異なり国家転覆なりが起こされないよう、ちょっと引くレベルの大金を渡されているらしく、ていうかそんな奴と普通に居酒屋で飲んでる俺もだいぶ狂人だと思う。酒が苦い。 「まあ、これに関しちゃ自業自得だな」 「だね。そんなわけでまた新しい派遣先探してね、ガンバ」 「……めんどくせえなあ」 「君が僕のヒモになれば解決するけど」 「ぜってえやだ」  まあ流石に、毎日毎日お漏らしの危機なんかと対面したくはない訳で。  毎日消失の魔法かけてもらって屋上から小便するってのは……いやまあ、悪くはないか……? 「にしても、マジでお前のお陰で助かったよ。この年になってションベン漏らすとか勘弁だわ」 「親友の危機だもの。ま、それはそれとしていいもの見れたし。いやあまさか君があんな大胆なとこで立ちションするなんてね」 「一回やってみたかったんだよなー。……ん、あれ、なんでお前それ知ってんだ」 「あやべ、今のなし」  俺は目にも止まらぬ速さで隣に座っていた犬の首根っこを掴み、肘の関節の曲がる方とは逆に力を込めた。悲鳴が上がるが悲鳴を上げたいのはこっちの方だ。 「おい、消失の魔法中はお前からも見えなくなるんじゃねえのか」 「あいだだだだ! 待って! 折れる! 折れるってえ!」 「おっまえ嘘ついたな!? まさかアレ全部見てたのか!?」 「いででハイ! 見ましたッ! 君がきもーち良さそうに高いところからちんちん丸出しでおしっこしてるの、実は全部丸見えでした! なんだったら魔法かけたドローンで映像取っといたからあとで違法動画サイトに視線隠して横流ししようかなってア゛ッ! 待って折れた? えっ折れた!?」 「お前の返答次第でマジで折る。映像は消せ、嘘ついたことを詫びろ、んで今日見たことは全部忘れろ」 「わかった! 分かったから! 消します消します!」  どうせ魔法で治るからと折る寸前まで追い込んだ甲斐があったのか、犬はきゃんきゃんと子犬みたいな悲鳴を上げて詫び始めた。こういう時は魔法を使おうとしないのがまったく以てこいつらしい。 「いやあまさかウン千年来の友人にあんな露出癖があるとは」 「適当なこと言うな。俺達まだ二十代だろうが」 「ん、そうだねえ」  にへえ、と気持ちの悪い満面の笑みを浮かべる犬の瞳は、不気味なほどに透き通って青い。 「ま、お前に救われたのは事実だし不問としてやる。ほら飲むぞ」 「えっ腕に力入らないけど」 「じゃあ鼻から飲め」 「ツンってするじゃん!」  それはまるで青空のようで、だが透かしているのがいつの頃の空なのか、俺にはまるで分らない。  本当に不気味でつかみどころがなくて――    ――そしてまあ、いいやつだった。変態だけど。

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