オタサーの人形姫② (Pixiv Fanbox)
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2020-03-07 09:11:22
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2023-05
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金髪フィギュアになってしまい、しばらくは恥ずかしくてまた顔を上げられない日々が続いたものの、次第にふっきれつつあった。別に金髪にしてる人なんていくらでもいるし。でも私が金髪にしてるとなんか違うんだよね……。上手く説明できないけど。
部長だけでなく、花咲さんも漫研に顔を見せなくなった。噂によると部長の家に通ってアシをしているらしいけど……。漫画なんか描いたことないくせに。部長の仕事増やしてないといいんだけど。……私だったらちゃんとしたお手伝いできるのに。縮んでなければ。
そして彼女がいなくなったぶん、サークルメンバーの全員が私に構うようになった。ある人はわざわざ私用のコスプレ衣装を調達してきた。60センチの人間に合わせたサイズ。……普通の服だったら泣いて喜んだのにな。
私は固辞した。なんで魔法少女のコスプレなんかしないといけないんだか。そういうのは花咲さんに頼みなさい。
何度もこだわり続けていると流石に諦めたのか、代わりにお菓子やジュースを勧めてくれるようになった。こっちはありがたくいただいた。特にピンク色のジュースがとても美味しくて、毎日のように飲み続けた。しかし不自然なことが一点。自分でも買いたくなって銘柄を尋ねても、誰も答えてくれないのだ。
「えー、なんでー? 教えてよー」
「い、いや、ほら、さあ」
「えー、なんなのー?」
男共は額に汗を浮かべ、互いに顔を見合わせている。私は嫌な予感がした。
「……まさか、なにか変なもの飲ませてるんじゃないでしょうね」
「わかった! わかった、教えるよ、教えるからさ」
もう。なんでそんなに勿体ぶるんだろ。誰かの実家の手製とか? でも黙る理由にならないか。
「代わりに、これ着てみせてよ。ね。絶対可愛いから」
一人が段ボール箱から、いつか見た魔法少女の衣装を取り出した。はぁ? なんであんたら相手にそんなコスプレしてみせないといけないの? そのために今まで黙ってたの?
「むう……」
下心見え見えのニヤケ顔が気に入らなかったので、私は断ろうと口を開いた。
「わかった。着てみるね」
(えっ!?)
私は慌てて両手で口を覆った。なっ……何、今の? 私は確かにNOと言うつもりで……。うっかり言い間違え……いや、今、口が勝手に動いた……ような……?
「じゃ、俺ら出てるから」
「え? あ、ちょっと待って! 今のは違うの!」
全員がそそくさと部室から出ていった。あー……。どうしよう。勘違いさせちゃった。私は足元に転がるドレスに視線を落とした。ピンク色の魔法少女衣装。髪飾りや白いニーハイソックス、可愛らしい靴と手袋まで……。よくもまあここまで用意したもんね。自分がこれを着て得意気にポージングしているところを想像すると、恥ずかしくてどうにかなっちゃいそう。やっぱさっきのは咄嗟の言い間違えで、着ないって説明しなくちゃ。
外に向けて大きな声で呼びかけようとした、その瞬間だった。私は服を脱ぎ始めたのだ。
(えっ……!?)
驚いている間に、私の体は勝手に動き続け、すぐに下着姿になってしまった。
(待って待ってなにを……)
すぐにやめようとした。が、体がいうことをきかない。ドレスを手に取り、私は魔法少女のコスプレを始めようとしていた。
(あっ、ちょっ、なんで……誰か……!)
おかしい。ありえない。錯覚じゃない。ボーっとしていて無意識に動いているわけでもない。私の意識はハッキリしている。なのに、体は私のものじゃなかった。私じゃない意志に操られ、独りでに動き続けている。一体なにがどうなってるの?
助けを呼ぼうにも、下着姿じゃ……。と思っている間に、私は魔法少女のドレスを装着してしまった。体の暴走はここでおさまらず、ニーハイソックスに手を伸ばす。
(ちょっと! なんなの本当に!?)
靴を脱ぎ捨て、自分の脚を真っ白に覆った後、ピンク色の可愛らしい靴に履き替える。これで終わりかと思いきや、私の手は髪飾りにも手を伸ばし、ツインテールに結わい始めたのだ。
(や、やだ……大学生でツインテなんて……!)
花咲さんですらそんな髪型していないのに! 私、あの子以上のぶりっ子みたいになっちゃうじゃん!
必死に自分をとめようとしても、体はガン無視だ。いや、指令そのものを出すことができていない。私の体は私のものじゃなくなっている。
そうこうしている間に、私は金髪ツインテールの魔法少女に変身してしまった。
(あ……あ……そんな……!)
最後にステッキを拾い、いつもより高い声で叫んだ。
「どうぞー!」
(やだっ、入れないで!)
無論、自分の意志で出した言葉じゃない。しかしそんなことを知らない部員たちは我先に部室に戻ってきた。黄色い歓声が上がり、撮影会がスタートした。
「ちょっ、やめて、撮らないで! 違うの! これは……なんか……勝手に……違くてぇ……」
真っ赤になって否定しても、誰も話をきいてない。そりゃそうだ。私が普通に着たとしか思わないよね……。自分でもまだ、さっき起きたことが信じられない。
「これ、このポーズとって」
一人がスマホを突き付けそう言った。私と全く同じ格好をしたアニメキャラクターのイラスト。こ、これが……私の今の姿なの!?
(絶対いや!)
「うんっ」
あろうことか、私は言われるがままにポージングをとった。まただ。また体が勝手に……!
「うおーっ!」「可愛い!」「プリガー! リアルプリガー!」
(やっ、やめて……ちょっと!)
私は全員の指定ポーズを従順に実行させられ、その全てを写真に収められてしまった。あぁっ、そんな……。一体何がおこっているの……。ま、まさかあなたたちが私の体を操ってるの!? でもそんなことが可能なの……!?
撮影会が終わった後、私は男共に詰め寄ろうとした。しかし、何故かうまくできなかった。体の支配権は戻った? のに。
「ね、ねえ……ちょっと、今日の……一体……」
私は体をくねらせながら尋ねた。もっと大声で、怒りの形相で問い詰めたいのに、何故かそうはできない。
「あっ、そうだ、そうだったね」「え、おい、言うのか?」「まあ、しょうがないだろ。約束しちゃったんだし……」
や、約束? ……ああそうか、ジュース。今はそんなことどうでもいい。絶対あんたらが私の体を操ったでしょ。事と場合によっては……。
「ごめん、あれ、ジュースじゃないんだ」
「?」
「コレなんだ」
スマホに映し出されたのはある会社の製品情報。ペット用の遺伝子染色剤。行動矯正用。あざといタイプ……!?
「なっ……ちょっと、あんたたち、まさか……!」
信じらんない。私にペット用の遺伝子染色が有効だって知って、私を知らず知らずのうちにぶりっ子に改造しようとしていたっていうの!? ひ、酷い! 犯罪でしょこんなの!
「もうっ、なんでそんなことしたのよ」
(あ、あれ……違う、もっと怒って……)
私は両手を腰に当て、ハムスターのようにほっぺたを膨らませながら尋ねた。……違う、私は……もっと怒ってる……はず……なのに。
「ごめんごめん。でも、ほら、そうしたら可愛いコスプレしてくれるかなーって」
「もう……」
(「もう」じゃないでしょ! ごめんじゃすまないわよ!)
なんなの、さっきから。上手く怒れない。怒髪天を衝く勢いで激怒してるのに。遺伝子レベルで行動をあざとく矯正されてしまったから!?
「まあまあ。そのおかげでほら、こんな可愛く撮れたんだしさ、ほら」
(ほら、じゃないわよ!)
次々と映し出される私の痴態。完璧な魔法少女のコスプレをかまして、硬い笑顔でポージングをとっている。異常に綺麗な肌のせいで、完全にそのキャラクターのフィギュアにしか見えなかった。こ、これが私だなんて……。
「もうやめてよね! 次から気をつけてね!」
「はーい」
(そ、そんなことですましていい問題じゃないでしょ!?)
しかし、私はそれ以上怒ることができず、その日はそれで終了となってしまった。
(し、信じられない……まさか、こんなことを……)
家に帰ってから私は全力で例の商品について調べた。行動矯正は遺伝子染色の中でも最もデリケートな部分で、異なるものの併用は不可とある。そ、そんな。ラインナップに並んでる「クールタイプ」とかで打ち消しはできないの!?
さらに具体的に調べると、ペットの頭がおかしくなるから併用は本当にやめとけ、という体験談が多くでてきた。
(ひっ……)
全身に悪寒が走った。このことはみんな知ってるだろうか。まさか「次はクール系でいこうよ」などとは……考えてないよね!?
翌日、私は講義を終えるとすぐ漫研に飛んでいき、訴えた。一番知りたいのは、既に併用していないかどうかだ。
幸い、それに対しては安心してよかった。私には「あざといタイプ」しか飲ませていないらしい。
「よかった……」
いや、よくはないけど。
「とっとにかく! もー本当にやめてね! 警察行くからね!」
いや、今すぐ行ってもいいんだけど。ていうかいこう。でも信じてくれるだろうか。人間には効かないって書いてあるのに。元からややあざとい子なんですって部員たちに証言されちゃったらそれまでなんじゃ……。そうだ部長。部長なら……。
「わかってるわかってる。あざとい系しか使わないからさ。安心して」
「それはもう……え? いや、だから」
「はい、今日の分」
「!?」
またコスプレ衣装が目の前に置かれた。今期流行ってるアニメのキャラだ。
「じゃ、よろしくー」
「うんっ」
(あっ、待って!)
昨日と同様、私は無人の部室で着替えさせられた。止められない。あざとい女にされてしまった私は、可愛らしいコスプレを拒むことができないらしい。
(じょ、冗談じゃないわよ……!)
泣き叫びたかったが、それもできない。悲痛に泣き叫ぶのは可愛くないからだろうか。
全身完璧に決めた私はみんなを呼び寄せ、撮影会を開始してしまった。な、なんか昨日よりも体がノリノリになってない!?
撮影の間中、私は心の中でずっと抗議の声を叫び続けたが、私は笑顔であざといポージングを決めまくることしかできなかった。
(ちょっとお願い、本当にやめて!)
「おー! いいねその顔!」
(んんっ)
きのうの硬い笑顔より、もっと柔らかい、自然な笑みを作らされてしまう。やっぱり昨日より悪化してる。……あっ、昨日も飲んじゃったからだ! 撮影前に!
散々晒し者にされたあと、「お疲れー」と言いながら、またピンク色のジュース……いや、遺伝子染色剤の入った小さなコップを手渡された。
(馬鹿じゃないの!? こんなもの飲むわけ……)
「飲んでるとこも可愛いよねー」「わかるー」
可愛いと言われた瞬間、再び体があざとい遺伝子に乗っ取られた。
「……えへへ、そうですか?」
(馬鹿、やめて!)
私は食レポをする女子アナみたいな動きで、悪魔の液体を飲み干してしまった。
(あっあっあっ)
「えらい、えらい」
頭を撫でられると、やはり体があざとく返す。私はニコニコ笑いながら、その手の動きに身を委ねてしまう。
(やめなさい、ちょっと!)
結局、私はまた強く抗議することができないまま、一日が終わってしまった。家のベッドの上で私は震えた。今日も飲まされてしまった。明日はさらに悪化するに違いない……。
(嘘……まさか、私、このままぶりっ子に改造されちゃうの!?)
ど、どうしよう。漫研はもう駄目だ。外部の誰かに……。そうだ、部長にも……。
私は部長にメッセを送り(心なしかいつもより文章が砕けた)、事情を説明した。漫研潰れるかな……。いいやもう。あんな奴ら。あとは漫研じゃない友達に……。待って。本当にいいの? 事情を説明しちゃったら、私にはペット用のアレやコレが効くってことが広がっちゃう。そしたら……。こっそり飲食に変なもの混ぜられたり、或いは強引に……。想像すると怖くなってきた。まずは部長だけで。
翌日、部長が久々に顔を出し、みんなに注意してくれた。よかった。これであとは遺伝子が安定するのを待ってから反対のやつを適量入れれば元に戻る……のかな? そう信じたい。
だがしかし、追い込みにかかっている部長はまたすぐに顔を出さなくなってしまった。代わりに派遣されてきたのは花咲さんだ。案の定、あんまり役には立てていなかったようだ。体よく厄介払いした感じ?
講義が終わり、友人と別れたタイミングを見計らって彼女が近寄ってくる。漫研に顔を出さないのかと毎日のようにしつこく絡まれる。うざい。行くわけないでしょ。
するとある日、私の家まで訪ねてきたので、私は怒った。いや怒ろうとはしたけど怒れなかった。
「だから、漫研にはいかないってば!」
またちょっと子供っぽい発声に……。気が立つと矯正の効果が強く出ちゃう。早く治したいよ……。
「わかってますよぉ。だからぁ、みんなからお詫びの服を預かってきたんですぅ。入りますよ~」
「あっ、ちょっと、勝手に」
60センチでは到底押し勝てるものではない。あっけなくドアは全開にされ、彼女は私の家の中に上がり込んだ。くっ……。小さいからってみんな私を馬鹿にして……!
とにかく、こうなったらサッサと用事を済まして帰ってもらうほかない。
「で、お詫びって?」
「ほら、これですよぉ」
彼女はケーキでも入っていそうな紙の箱を床に置き、中から無数の服を取り出した。私にピッタリなサイズの服ばかり。靴や手袋、髪飾りまで……って、これ、あいつらが私に着せようとしてた奴じゃん!
いつかの魔法少女セットは勿論、他の衣装もアニメゲームキャラのコスか、フリフリのロリータ、派手なドレス、キラキラのアイドル衣装、そんなのばっかり。
「わーい、やった! ありがとう!」
(いらないわこんなの!)
って、あ、あれ? また口が勝手に……。
「わぁよかったぁ」
……まあ、別に家に置いとくだけならいいか。
「ちゃんとした服が揃ってよかったですね~」
いや、服ってか衣装でしょ。普段使いは無理。
「どれか着てみせてくださいよ~」
「うんっ」
(いや!)
拒否しようとしたが、口から勝手に了承の言葉が飛び出した。もうっ、この……!
体が勝手に動き、私は彼女の目の前でゴスロリ衣装に着替えだした。よりにもよって花咲さんに操られて着せ替えを強要されるのがたまらなく惨めで、悔しかった。
私が金髪のゴスロリ女に変身すると、彼女は褒めも撮りもせず、私の脱いだ服を畳んだ。
「私が仕舞ってあげますね~。普段の服はどこにしまってるんですか?」
「そこ」
「あ、ほんと」
あんまり他人に弄ってほしくないんだけどさ。あざとく矯正されてるせいで、どうにも人に強く出られない。ホントやだ。
衣装と脱いだ服が全て片付けられた後、
「あと、これもー」
花咲さんは鞄から小さな容器を取り出し、私の前に置いた。可愛らしいデザインの中に印字されている文字は、遺伝子染色剤……あざといタイプだ。私に飲ませてたアレだ!
「いらない、いらない!」
私は両手を前に突き出し、全力で否定した。もう見たくもない。そっちで処分しなさいよ!
「いいじゃないですかぁ。これ飲んだおかげで、とっても可愛くなれたって聞きましたよぉ」
「いや、だからそれは」
「もっと飲んだら、もっと『可愛く』なれちゃいますよねっ」
彼女は小さなコップにピンク色の液体を注ぎ、私に差し出した。私の両手は独りでにそれを受け取ってしまった。
「あっ……」
まただ。可愛くなれるという言葉に反応してる。私の体はコップを口元につけ、恐ろしい行動にでた。
(やっやめて!)
チビチビとちょっとずつ、私はあざとくそれを飲み干してしまった。そ、そんな! どうしてこれ以上飲ませるのっ!? 取り返しがつかないことになったらどう責任とるのよ!?
「あはっ、先輩えらーい。可愛いーい」
彼女が私の頭をなでると、私は笑顔でそれに身を委ねた。うっ……う、動けない……駄目……。
「毎日飲んだらぁ、もっともっと可愛くなれてぇ、いいと思いますよぉ」
(いやっ、そんなこと絶対に)
そんな言葉を残して、彼女は私の家から出ていった。うぅ……。そろそろ安定期かなって思ってたのに。まだ当面クールタイプは飲めない……。
花咲さんがとんでもない行動に出ていたことに気づいたのはお風呂に入る時だった。着替えがない。棚をいくら探しても、あるのは今日持ち込まれた衣装ばかり。いつも使っていたベビーウェアがない。家中探してもどこにもない。
(ま……まさか)
電話で彼女を問い詰めると、あっさりと白状した。私の家にあるベビーウェアを全部持ち出し、処分してしまったというのだ!
(ふっ……ふざけないでよ、泥棒じゃん!)
「もうっ、困るでしょっ」
ああもう、だからなんで怒れないの! イライラする!
「あはは、ごめんねー。でもー、代わりに可愛い服いっぱいあげたでしょー? いいじゃないですかー」
(ふざけないで! 明日から何着て外出ればいいのよ! コスプレして大学来いっていうの!?)
「えーっ? でもちょっと恥ずかしいかも……」
(ちょっとじゃないわ!)
もどかしい。気持ちが昂るほど矯正が強くなる。
「だいじょーぶ、ぜえったい似合うから。楽しみにしてるねぇ」
「あっ、ちょっ……」
電話は一方的に打ち切られ、再度かけても出なくなった。あの女……!
しかし困ったな。どうしよう。明日は必修で試験があるのに。今から通販で注文しても間に合わない。店に行こうにも、着られる服がない。少なくとも一回は、何かのコスプレで行かなければならない……。
(さ、最悪……)
どこまで私を虚仮にすれば気が済むの? そんなに私を貶めたいの? 酷い……みんな酷すぎるよ……小さいからって人を玩具にしてさ……。
翌日、私は地獄の選択を迫られた。メイドか、チアか、魔法少女か、アイドルか、ゴスロリか……。私は何かの衣装で大学に行き、試験を受けなければならない。非常識で痛い女だと思われるのは必須。事情を説明したら……信じてくれるだろうか。いや、道行く人すべてに説明するわけにもいかない。私は町中でコスプレして歩く女になってしまう……。
(エプロンドレスだけなら……)
私はアリス衣装に賭けた。水色のエプロンドレス。フリルが多く子供っぽいデザインではあるが、これだけならギリ、ありかな……? 元々小さくて子ども扱いなところもあるし、まあなんとかなるかな?
だが、甘かった。私がアリスのエプロンドレスに袖を通した瞬間、再び体が勝手に動き出した。
(あっ、まさか……)
私は白いニーハイソックスに手を伸ばし、それを履き始めてしまった。
(いらない、いらないってば)
いくら止めようとあがいても、両手がいうことをきかない。いや、足も、腰も、顔もだ。全身が反乱している。可愛らしい装飾の施された手袋も身につけ、おまけに水色のリボンカチューシャまで頭にセット。私は上から下まで完璧にアリスのコーデを完成させてしまった。長く伸びた金髪とフィギュアみたいな肌も相まって、すっかり不思議の国のアリスそのまんまだ。
(あああっ、そんな)
これじゃ言い訳できないよ。せめて頭のリボンカチューシャだけでも……。だめ、触ると手が止まる……。他の衣装にしようか。いやでも、多分結局同じになるよね。いやでも勝手に全身コーディネートされちゃう。
試行錯誤を繰り返したが状況は好転せず、時間ばかりが浪費されていく。
(あっやば……もう行かないと)
もう家を出ないと必修の試験に間に合わない。で、でも嘘でしょ!? アリスの格好をして大学に行くの!? これで……これで試験を受けなくっちゃいけないわけ!?
死ぬほど恥ずかしかったが、私はそのまま家を出た。神様、どうかみんなが一日だけのおふざけだと思ってくれますように!
「えっ、何あれ!?」「可愛いー」
案の定、すれ違う人みんなの注目を集めてしまう。幸い、みんな小さい子供だと思ってくれてるようだ。……いや幸いじゃないけど。でも今は大学生・黄木里奈だとは知ってほしくない。
真っ赤に染まった顔の血管は収縮する気配を見せない。私はなるべく顔が見えないように、俯きながら小走りで駆けた。
大学に着けば着いたでちょっとした騒ぎだった。そりゃそうだ。学祭でもないのに、いきなりアリスのコスプレしてやってくれば。元々子供扱いされていたこともあってか、可愛い可愛い、抱っこさせて、などと好意的反応が多かったのだが、それがかえって私の羞恥心を煽った。
「ちが……花咲さんが……服を……」
耳まで熟れたリンゴのようになりながら、小声で呟いた。誰もきいてない……。恥ずかしいよぉ……。死にたい……。
講義の合間に事情を説明しても、誰も碌に信じちゃくれなかった。勝手に人の家に上がり込んで服を処分する女がいるなんて普通は思わない。しかも、私がわざわざ全身完璧にアリスしちゃっているせいで、これしか服がなかったのだという言い訳も説得力を欠いた。せめてリボンカチューシャがなければ……!
(花咲さんを捕まえて抗議しないと……!)
しかし、結局その日はずっと友人たちに取り囲まれて、彼女を捕まえることはできなかった。
晩。家の中で私はまた体を乗っ取られた。ピンク色のあざとい染色剤をコップに注ぎ始めたのだ。
(なっなんで……嘘……)
誰も見てないのに。誰も私に飲めなんて言っていないのに。両手がコップを掴み、口に……。
(馬鹿! 止めて! ……あああ!)
私はそれを飲み干し、また遺伝子の汚染を進めてしまった。自らの手で。
(……っ一体どうして……)
必死に原因を考えた。あざとい遺伝子がよりあざとくなるためにこういう行動をとらせたのだろうか。だとしたらヤバい。最凶の悪循環に陥ったことになる。
(も、もうっ……花咲さんのせいでっ……)
ひょっとして、あの一杯が境目だったんだろうか。どうにかして止められないかな……。捨てよう。
しかし、捨てようと容器に手を伸ばすと、再び体が暴走した。コップに二杯目を用意しだしたのだ。
(ち、ちが……今のは飲もうとしたんじゃなくて……!)
必死に抗った。全身全霊をこめて両手を静止しようと努めたが、どうにもならない。私は二杯目を無理やり飲まされてしまった。
(そっ……そんなー!)
翌日、私はメイド服で大学へ出向くことになった。注文したベビーウェアがまだ届かないためだ。勿論、ヘッドカチューシャまでつけたフルスタイル。
「えっ何? 今日メイド?」「可愛いー」
「えへへ……ありがとっ」
(え? 今、私なんて?)
褒められた瞬間、思ってもいない返事が出た。
「ねえねえ、ご主人様って言ってみてよ」
私はスカートの裾を持ち上げ、答えた。
「……はいっ、ご主人様っ」
「おおー」
(ち、違うの! 今のは体が勝手に……うぅ)
いけない。あざとさが増してる。このままじゃ……。
三日目にようやくベビーウェアが届いたが、私はそれを着ることができなかった。体が勝手にゴスロリ衣装をセレクトしてしまったためだ。あざとい染色剤もまた飲まされた。
(だっ、だれか止めてぇ)
私の言動は日に日に痛々しさを増していく。感情が昂った時だけだったぶりっ子仕草も、次第に日常動作を蝕み始め、私はあらゆる会話で甘ったるく高い声でしゃべるようになっていき、語尾を跳ねたり、幼児言葉を使ったり、ジェスチャーを交えるようになったり、そして最後は上目遣いをして、ぶりっ子ポーズを普通にとらされ……。まるで拷問だった。私は全力で普通に喋ろう、動こうとしても、体が勝手にぶりっ子矯正してしまう。
遂に私の体は魔法少女衣装に手を出し、金髪ツインテールの魔法少女コス、それもステッキまで持って大学へ行くまで悪化した。
「えへっ、みんなぁ、おはよー!」
「あ……おはよう」「ん……」
「も~っ、みんなつれないなぁっ」
(ぎゃああああっ、やめ、お願いやめてえぇええ!)
私は完全に痛い子扱いされて、全ての友人、いや友人じゃない人にも距離を置かれるようになった。……当たり前だ……。
「どうどう? 今日はねっ、プリガーにしてみたのっ」
(だめっ、もうやめて、話しかけないで!)
私はハブられてることすら理解できないかのような振舞いで、隣の人に話しかけてしまった。絶対ドン引きしてる。ああああマジでもう無理。違うの違うの、「私」じゃないの! 遺伝子が……汚染されて……勝手に……!
「あ、うん……かわいいかわいい」
棒読みの賛辞を述べた後、彼女はそそくさと席を移動した。私は恥ずかしさと申し訳なさで気が狂いそうだった。
「私」はニコニコと笑いながら、いちいちあざとい仕草を繰り出しながら席に着いた。ここんとこ毎日、嫌な汗が出ない日はない。死にたい。私の、黄木里奈の悪評は大学中に轟いている。ひょっとしたら学外にも……。これからどうして生きていけばいいの……。絶望だ。
そもそも、こんなことになったのは全部花咲さんのせいだ。彼女とコンタクトをとれたのは、友人全てを失ってから。ある日突然、彼女の方から寄ってきた。
「お久しぶりです~。っぷぷぷ……。先輩、可愛くなったって……ふふっ、評判ですよぉ」
「うんっ、ありがとっ!」
私はステッキをかざして得意気に返事した。花咲さんが常識人に見える。余りの惨めさに脳が破裂しそうだった。
「さ、漫研行きましょう。みんな待ってますよ」
「うんっ」
(いや!)
私はまるで子供のように、彼女と手を繋いで歩かされた。抵抗できない。意思表示する権利さえ、今の私には残されていない。
オタク揃いの漫研だからか、こんな私でも歓迎された。全員が私を可愛いと褒め、あっという間に撮影会となった。私は以前とは比較にならない全力のポージングと満面の笑顔でそれに応えざるをえなかった。
「んほーっ、こりゃもうプリガー本人じゃん」
「うんっ、今日のリナはね、プリガーなんだよ!」
(なっ……やめてよ! お願い!)
私はあなた達のコスプレフィギュアじゃない! しかし私の心の声は誰にも聞かせることができない。
「明日から毎日来てよー。お菓子あげるから」
「ホント? わーい、約束ねっ!」
(いやよ!)
たったこれだけの口頭の約束が、私を徹底的に縛り付けた。私は毎日のように部室に顔を出し、アニメキャラでもドン引きするようなあざとい言動で彼らに甘え、コスプレ撮影会をし、シーン再現をして、体を触らせてあげ、従順な生きた玩具として奴隷のように仕えることになった。逃げたくても逃げられない。あざとい染色剤を容器一つ分全て飲み干した私は、生まれつきこういう言動をする生命体に作り変えられてしまったのだ。
(部長……部長がいれば、きっと……)
あいにく部長は就活で顔を出さない。わ、私は本当にどうなるの……。
花咲さんに元に戻してほしいと上目遣いで懇願しても、かるーくいなされてしまう。自分ではもうクールタイプの遺伝子染色剤を注文することさえできない。あざとくなることに反しているからだろう。まともな服も、どうしても着られない。派手な衣装しか選べない。それで大学に、街中に繰り出さなければならないのだから、もう精神が持たない。
そうすると驚くべきことに、漫研にいる時間が数少ない癒しの時間となり始めた。部室は狭くて見知った人しかいないから、かく恥の上限が低い。それに、ドン引きする普通の人たちとは異なり、ここのみんなは堕ちた私でも受け入れ、可愛い可愛いと褒めてくれるし、可愛がってくれる。
(いや、そもそもこいつらのせいじゃないの……)
頭ではそうわかっていても、漫研以外で受けるダメージが半端じゃないため、どうしても心が傾いてしまう。
一縷の望みだった部長も、あっさりと陥落した。私の変身には相当驚いていたが、周りの勝手な作り話にあっさりと騙され、私を助けてくれることはなかった。部長の前でこんな醜態を晒さなければならないのが一番辛かった。
(違います……私じゃないんです……こいつらが……花咲さんが……)
部長はいつの間にか花咲さんと仲良くなり、部室に来ても私を無視して彼女とばかり話すようになった。そりゃ両手にポンポンを持った金髪ツインテチアガール姿で大学に来る60センチのぶりっ子と比べれば、花咲さんは大層お淑やかな常識人に見えるに違いないでしょうよ。
彼女が私を見下ろす度に、胸が張り裂けそうだった。あの勝ち誇った顔のいやらしさ。あんたの……あんたのせいで私の一生は滅茶苦茶よ……。どうしてくれるのよ……。泣きたくても泣けない。私が泣けるのは周囲の気を引く時だけ。それも、わざとらしい「あ~ん、ひどぉ~い~ぃ」とかいう泣き声で。
月日は巡り、部長が卒業し、私の就活の年が来た。とはいえ、遺伝子そのものを書き換えられた私は、相変わらず金髪ぶりっこフィギュアのまま、漫研のペット兼アイドルのままだった。ただでさえ身長60センチってだけで尋常じゃなく不利なのに、就活なんてできっこない。私は就活サイトに登録する勇気さえでぬまま、漫研でコスプレイヤーと過ごすだけの日々を送り、一年を棒に振った。
(まさか……私、一生このままなんじゃ……)
信じられないし信じたくないけど、二年もこんな生活を続けていれば、流石に悪夢のような現実と向き合わなければならなくなる。何しろ遺伝子を改造されてしまったのだから、いくら待っても光明など見えない。目途も立たない。
流石に漫研の人たちも不憫に思ったのか、罪悪感に駆られたのか、私の将来を議題に上げることが多くなった。
「リナちゃんはどうしたいの?」
「リナはぁ~、ずーっとみんなと一緒にぃ、楽しく過ごしたいなっ」
(ああもう……「リナ」は……)
私は今の自分を自分から切り離し、映画でも見ているかのように日々を過ごすようになっていた。そうでもしないと発狂しちゃう。
「そうか……そうだな……」
(いや、真面目に受け取んなくていいから)
「そうだ!」
部員の一人が提案したあるアイディアが、鶴の一声で採用された。卒業後も私をずっと漫研で面倒見よう、というのだ。
(えーっ! そんな、いやよ! 永遠にここへ閉じ込めるつもり!?)
「わぁーっ、リナ、嬉しいーっ!」
嬉しくない。アラサーアラフォーになっても金髪ツインテのままぶりっ子を演じ続ける自分の姿を想像すると魂が抜け落ちそうになる。
しかし、私には反論する術がない。というか、できない。実際問題、私にはこの漫研以外に受け入れてくれるコミュニティがないからだ……。
「でも、流石に誰かに見つかったら問題じゃね?」「うーん、それなぁ……」
そりゃそうだ。大学内の部室に卒業生を住まわせるなんて。
しかしこいつらに任せっきりというわけにもいかない。私だって打開策を考えないと。でも……無理だ。体はすっかり「リナ」のものだし、年月が経っても効果は薄れないし……。あう。
(しつけ……遺伝子染色剤?)
無事(ではなかったが)卒研も終わり、この漫研とも本来ならばおさらばという時期。ハムスターを飼っている女子が家から持ってきたのは、学習効果を高める遺伝子染色剤。ペットへのしつけに使うらしい。効果は短期で遺伝子に定着しないため、後から余計なことを覚えることもなく、非常に使い勝手がいいのだとか。
「これでさ、バレそうになったら人形のフリをするようにしたらいいと思わない?」
(は、はぁ!?)
「おっ、いいねーそれ」「それならいけそう」「リナちゃん、フィギュアみたいだしね」
あっという間に議決され、私は漫研メンバー以外の人が来たら動きを止めて、フィギュアのフリをするよう躾けられることが決まった。私は反対しようとしたが、あざとい遺伝子がそれを阻む。
「わぁっ、楽しそー! やるやるっ!」
(いやっ! そんなことされたら、二度とここから出られなくなるじゃない!)
そんな滅茶苦茶なことを遺伝子に刻まれれば、部室の外に出て誰かに見られても動けなくなってしまう。でも誰もそこまで頭がまわっていないようだった。
「はい、それじゃあリナちゃん、これ飲んで~。お薬ですよぉ~」
「はーいっ」
(だっだめ!)
抵抗空しく、私は躾け用の遺伝子を植え付けられてしまい、翌日から訓練が始まった。漫研メンバー以外が部室に入ってきたら、私は動きをとめる。それを何度も繰り返す。
「あとで可愛いお洋服きせてあげる」
この一言で、ぶりっ子「リナ」は躾けに同意し、私は逃げられなくなった。毎日のように体が勝手に部室に通い、だるまさんが転んだの訓練を受ける。何よりキツイのは、あざとい遺伝子のせいで、動きを止める際、必ず可愛いポージングをとってしまうこと。笑顔だったり、媚び媚びの上目遣いだったり、アニメキャラの再現ポーズだったり、とにかく可愛く静止しようとするのだ。ポーズがキマッていると、よりフィギュアらしく見えるからか、誰もがこれを歓迎した。
そして春休みが終わる頃、私は漫研の部室に「引っ越し」させられてしまった。部室の奥に取り付けられたカーテンレールで囲まれた75センチのベッド。それが私に与えられた唯一のパーソナルスペース。無論、プライバシーなどあってないようなものだ。私の持ち物は邪魔だからと全て処分され、いよいよ私は漫研のペットとして生きることになってしまったのだ。
躾けも完璧に仕上げられ、私は逃げることができなかった。部室の外に出て誰かの視界に入るだけで、あざとくポージングし、指一本動かせなくなってしまう。変な人に捕まるリスクも考えると、部室の外に出るのは危険すぎる。
(ふざけないでよ! 私はあんたたちのハムスターじゃないのよ!)
「えへへっ、みんな、ありがとー!」
呪詛の言葉をこれでもかとばかりに投げつけてやりたいのに、私は体をクネクネさせながら上目遣いで感謝の言葉を述べる始末。ちょっと嘘でしょ。わ、私、本当に漫研のペットになるの!?
余りに現実離れした運命に、まるで実感が湧かない。これは夢なんじゃないか。私は映画を観ているんじゃないだろうか……。
年度が変わり、惨めな虜囚としての新生活が始まり半月。いよいよ私はこれが現実なのだと受け入れざるを得なくなった。日に日に、胸中に絶望が広がっていく。自分本来の意志表示が一切行えないこのもどかしさ、辛さを誰もわかってくれないのが死ぬほど悔しい。毎晩枕を涙で濡らした。しかしその涙すらも、わざとらしく両手を目元にあてて「えーん、えーん」という泣き声を伴わなければならない。
(誰かぁ……誰か助けてぇ。誰でもいいから、何でもするから……)
まさかこれ以上の地獄はないだろう。そう思っていたのだが甘かった。新入生が漫研の部室に入ってくると、私は瞬時にぶりっ子ポーズをとって固まった。私に行われた躾けは昨年度までのメンバー限定で、新入生に対応してくれないのだ!
(そっ、そんな……)
みんなは「あちゃー」というだけで、特に改善しようともせず放置する。それどころか、積極的に私を「備え付けのフィギュア」だと新入生に説明しては、目配せして面白がっている。
(ちょっと! ちゃんと説明しなさいよ!)
「へー、すげー」「うおーよく出来てますねー」「可愛いー」「生きてるみてー」
それを聞いて、既存メンバーが笑った。怒りで頭がどうにかなっちゃいそう。私はあなた達に笑いのネタを提供するためにフィギュアにされたの!?
しかし同時に、このままでいい、知られたくないという思いも湧き出る。卒業生が部室に住み着き、日々コスプレしてぶりっ子ポーズでフィギュアのフリして遊んでいるだなんて、私を、黄木里奈という人間がそんな頭のおかしい人間だと思われたくない。せめて新入生にぐらいは……。
でも人間だっていつまでも説明されず、ただのフィギュアだと思われるのも、それはそれで惨めだし悔しい。
二つの相反する気持ちがせめぎ合い、日中は心の休まる時がなかった。僅かな自由時間は、部室から誰もいなくなった夜だけ。人気がなければ部室の外を軽く散歩もできる。でもちょっとでも物音や話し声がしたら、部室に飛んで帰らないといけない。固まって持ち去られでもしたら大変だ。しかし、自分の意志でこの部室に戻るたびに、あいつらに屈服し、漫研のペットフィギュアとして生きることを認めさせられたかのように感じて胸がギュッと締まる。
(違う……違うの、そうじゃない……)
なんだかんだ言っても、一連の事情を知るのは漫研の人たちだけだ。私を解放してくれる人が現れるとしたら、やはり漫研しかありえない。
いつ来るかもわからない助けを待ちながら、私は部室を毎日色んな衣装で彩り続けた。
さらに年が巡り、人が入れ替わると、ますます私は窮屈になった。ほとんど人前で動けなくなってしまったからだ。去年までは、動く私と話したことない人でも「可愛い」とか「似合ってる」とか言って撫でてくれたものだけど、今年に入ってからそういうのもほとんどなくなった。私が可愛くコスプレして部室を飾っていることはいつの間にか当たり前のこととなり、すっかり日常の風景として溶け込んでしまったのだろう。たとえあざとさ全開のぶりっ子でも、人前で動いて喋れていれば、キチンと相手にしてもらえたに違いない。しかしもうこの漫研は、半数が私と言葉を交わしたことのない面々で占められている。彼らにとって私は「毎日服装とポーズを変えるフィギュア」であり、声をかけるなんて発想すらないのだ。
もしも……このまま、さらに一年二年と経ったらどうなるんだろう。私と言葉を交わせる人は一人もいなくなる。私は正真正銘のフィギュアと化してしまう。それに、今はまだ知識の上では私が人間だとは伝えられているけど、誰の前でも動けなくなったら、果たしてその事情は正しく伝わってくれるんだろうか?
先のことを思うと、恐怖で胸が締め付けられる。いやよ。まさかこのまま……「痛いぶりっ子」でさえなくなり、「漫研のフィギュア」に落ちていくなんて……。
精一杯の抵抗として、私は毎日、できる限り可愛くコスプレし、可愛いポージングで固まることに努めた。ここに私がいること、意志を持った存在がいるのだということを、どんな方法でもいいからアピールしていかなければ……。
「今期どれ見てます?」
「俺これとこれ」
「あー。この子可愛いですよねー」
「お前どっち派?」
「自分幼馴染波ですねー」
(こっち! こっち見なさいよ! アニメなんかどうでもいいでしょ! 私はいるの! 現実に! 私の方がぜーったい可愛いんだからー!)